第4節 美希の悔恨
翌朝のことだ。
私は今日の正午には退院して、午後から警察署で事情聴取を受けることになっていた。とはいえ、何も恐れることはない。たとえ、私が数奇な人生を辿っていようとも、妹の死は事故死で片がついているし、父親の死についても、私には完璧なアリバイがあって無実だ。それらを蒸し返されることは無いだろう。
そして、今回の事件についても結論は明白だった。私は怪我をしている。そして、通話記録から、雪村さんが私を呼び出したことは間違いない。そうした状況での正当防衛。何ら揺らぐところはないのだ。警察がつかんでいる動機は、「望月先輩を、私と雪村さんが奪い合っていて、勝ち目がなくなった雪村さんが激高して、私を殺そうとした」というところで終わっている。
たとえ私に、先輩の彼女を奪ったという倫理的非難が値しても、それは刑法上の罪にはなりえない。ましてや、同意殺人などとは思いもしないだろう。
とはいえ、いくら形式的なものになることが予想される事情聴取とはいえ、何が起こるかは分からない。私は念のため、心の準備をしておく必要があった。
午前9時頃のことだ。早朝にもかかわらず、バタバタとやかましい足音が近づいてきた。その足音の主は、軽くノックをすると、私が「いいですよ」とも言わないのに、勝手に扉を勢いよく開け放ったのだ。
「千早さん!」
その声は美希だった。私は病室で目を瞑って心を落ち着かせていたのだが、突然の呼び声で、完全に無意味となった。
「美希・・・。」
「千早さーん!」
彼女は私に飛びついてきた。
「うわっ、美希、苦しいって・・・。」
美希はベッドで仰向けになっている私に思いっきり抱き着いてきたのだ。
「千早さん、千早さん、千早さん!良かった・・・本当によかったの!」
美希はわんわん泣いている。
「ミキっ・・・本当に、もう千早さんに会えないって思ってっ・・・辛くって・・・すごく泣いててっ・・・うわーん!!!」
私は号泣しながら抱き着いてくる美希の頭を左手で撫でていた。美希からは、甘いいい匂いが漂ってきていた。
「美希・・・本当にごめんね、心配させて・・・。」
「うぐっ・・・ひっくっ・・・本当だよ。千早さん!ミキ、どれだけ心配していたっと思ってるの!?うっ・・・。」
「ありがとう・・・。」
美希はそのまま5分くらい、私の胸で泣き続けていた。
やがて落ち着いた美希は、私の左隣にパイプ丸椅子を取り出して、座っていた。
「俊から、昨日連絡があったの。それで、千早さんの無事を知って、本当にほっとしたの。でもゆっきーが・・・。」
美希がそう切り出したのだが、美希の言葉が途絶えて、私たちは無言になってしまった。
しばらくして、美希が提案してきた。
「ねえ、千早さん。ちょっと散歩に出ない?二人きりで話したいことがあるの。ここだと、ちょっとまずいから。」
退院の時間まで、まだ3時間近くある。少しくらいなら外に出ても大丈夫だろう。
「・・・良いわ。じゃあ、出ましょうか。」
私は靴を履いて、美希と一緒に病室を出た。
昨日は窓越しにしか見られなかった病院の敷地は、私が想像していたよりも広いようだった。草木が程よく生い茂り、長期入院の人にとっては、いい気分転換ができそうだった。
私たちは、そんな病院の敷地の庭を歩ていた。
「今日は曇ってるね。」
美希がそう声をかけた。確かに、今日は昨日とは打って変って曇っている。まだ梅雨明けしていない6月末なのだから、それは致し方ないのかもしれない。どこか、雨のにおいがしていた。
私が声をかける。
「今日は、降るかもね。」
「ミキ、傘持ってきてないの。」
「私もよ。今日、退院するのに。」
突然こんなことになってしまったのだ。傘など持っているはずがない。
「千早さん、じゃあ、今日は一緒に濡れながら帰ろうか。」
美希は退院の時間まで私といるつもりなのだろうか。一緒にいれたとしても、一緒には帰れない。
「ごめんね、美希。今日は一緒に帰れそうにないの。」
「えっ、どうして?」
「今日ね、正午に退院した後、警察署で事情聴取を受けるのよ。」
「事情聴取・・・。」
美希がどこか不安そうな顔を浮かべた。
「大丈夫よ。事情聴取といっても形式的なものに過ぎないから。今日中に帰ってこれるはずだし。」
「そう・・・。」
美希は浮かない顔をしている。
「千早さん・・・どうしても聞いておきたいことがあるの。」
「何?」
美希は少し深呼吸をした。そしてその上でゆっくりと尋ねるのだ。
「千早さんは、どうして楓を殺したの?」
どうして・・・か。美希の目を覗き込むとそこには、私への強い憤りの色が浮かんでいた。
「先輩から聞いてないの?正当防衛だって。」
「・・・ミキが千早さんのことをよく知らなかったら、俊の言葉を素直に信じていたと思う。だけど・・・ミキはそうじゃない。」
近くに二人くらいが座れるベンチがあるのを見つけた。私は美希に提案した。
「そこに座って話そうか。」
「・・・うん。」
私たちはそのベンチに腰を下ろした。ベンチから見えるのは、緑豊かな人工の庭だ。だけど、手が入れられている分、見目麗しい景色だった。
ベンチに座ると、美希の方が切り出した。
「ねえ千早さん。そもそもこれって本当に『正当防衛』なのかな?」
「・・・どういうこと?」
「『正当防衛』って『急迫不正の侵害に対し、自分または他人の生命・権利を防衛するため、やむを得ずにした行為』って定義されるよね。」
「さすが美希、よく覚えているわね。」
「ミキも法学部だからね。それくらいは当然だよ。で、千早さんはミキに電話をかけてきたよね。その時の千早さんは、自分がゆっきーに殺されるって覚悟してた。違う?」
「・・・美希の言う通りよ。」
「それって『急迫』って言えるのかな?千早さんは、自分が襲われるって分かってた。それを利用して、ゆっきーに自分を襲わせて、反撃してゆっきーを殺した。これって正当防衛って言えないよね。そういう判例があったはずだよ。」
美希の言っていることは正しい。確かに、相手の侵害を奇貨として為した積極的加害意思がある場合、正当防衛は成立しえないのだ。だけど、そんなの分かりはしない。客観的な証拠として残っているものは、その「積極的加害意思」を立証できないのだ。
それに、そもそも私は本気で殺されようと思っていた。事実はそうでないのだ。
「ミキはね、千早さんが嘘を言っていたとは思っていないの。」
「えっ・・・」
「千早さんは、前に言ったよね。この作戦は誰も死に至るものじゃないって。あれは単にミキをなだめるための言葉じゃなくて、本当にそうだったと思うの。」
美希の推理は正しい。正しいがゆえに、どうしてその結論に至ったのか、私は気になった。
「どうしてそう思うの?」
「だって、ゆっきーがもし死んでしまったら、千早さんを人殺しにしてしまうことになるし、千早さんが死んだら、やっぱり俊は悲しむことになると思うから。」
相変わらず、美希は鋭い。
「図星でしょ?」
「・・・想像に任せるわ。」
「じゃあ、当ったことにして、次の推理に行くね。千早さんがゆっきーを利用して、千早さん自ら死に至ろうとするのは、そもそも計画外だった。ミキに電話をしてきたのは、何か意図があったわけじゃない。本当に死ぬつもりだったから、最期にミキに電話をしてきた?違う?」
「・・・確かに、私は自殺をしようとしていた。昨日、美希に言った通りよ。」
「だとしたら、どうして千早さんが生き残り、ゆっきーが死ぬことになったのかな?千早さん、ミキに真実を教えてほしいの。昨日、あの時何があったのか、ミキに教えてほしい。」
「教えてどうなるの?悪いけど、美希には関係ない話よ。」
これ以上、美希をこんな泥沼に巻き込むわけにはいかない。
「関係大ありだよ。ミキは・・・千早さんたちの計画を知っていた人間だった。ミキは、3人のバカな計画を止められる立場にあったの。にもかかわらず、ミキは止めなかった・・・。そのせいで、ゆっきーが命を落とすことになってしまった。ミキは、真実を知って、罪を償う責任がある。だから・・・知りたいの。」
美希・・・。
「美希は、私なんかよりよっぽど大人びているのね。私がいかに幼稚か、思い知らされるわ。」
「だったら、教えてほしいの。昨日何があったのか。」
「悪いけど、これだけは譲れない。もうこれ以上、あなたをこの件に巻き込むわけにはいかないの。絶対にね。」
「そう・・・。じゃあ、ここから先はミキの推理を言うからね。千早さんは聞いててもらうだけでいい。」
美希は私の目を見据えながら、ゆっくりと自分の推理を話し始めた。
「千早さんはゆっきーに殺されることを望んでいた。きっとゆっきーも千早さんを殺すつもりでいた。なのに千早さんが生き残ってしまった。そこには、何らかの想定外の出来事があったと思うの。例えば、千早さんが怖気づいてしまった。死ぬつもりでいたけど、直前で怖くなってしまって、彼女に抵抗した。そして、気づいた時には、ゆっきーを殺めてしまっていた。」
美希は私の目を覗き込む。私は最大限平静を装った。美希に心中の動揺を悟られまいと懸命だった。
「あるいは・・・やっぱりさっきの推理は間違いで、千早さんは密かにゆっきーを殺すつもりだった。確かに計画は、千早さんもゆっきーも死なないことになっていたけど、千早さんがそれを無視して、ゆっきーを殺すことにしていた。ミキに電話をかけてきたのは、フェイク。ゆっきーに殺されようとアピールするための演技だった。殺されるつもりだったけど、怖気づいて、ゆっきーを殺してしまったと言い訳をするための布石だった。」
美希は私の目を見つめて無言になる。
「あるいは・・・ゆっきーの方が死にたいって言ってきた。」
私の瞳孔がわずかに揺れる。美希はその動きを見逃さないようだった。
「ゆっきーは、はじめは千早さんを殺すつもりだった。だけど、そんなことをしても無意味だと悟り、逆に千早さんに自分を殺すよう求めてきた。今なら、正当防衛を主張できる環境にある。それを利用して、ゆっきーは千早さんに罪を着せない形で死のうとした。その右腕の傷は、千早さんが自分でつけたのか、あるいはゆっきーによる偽装工作かわからないけど、とにかく争ってできた傷ではない。」
しばらく美希は、私の顔を見つめていた。しばらくして、美希が正面に向きなおった。
「千早さんって、ほんっとっ・・・嘘下手だね。」
私は何も返さない。
「それって、確か『同意殺人』っていうんじゃなかったっけ?」
「はっ」
私は思わず動揺して、声を上げてしまった。
「・・・やっぱりね。」
鎌をかけられたのか。美希の中では確信がなかったけど、今ので確信したってことなのか。
「美希・・・本当に身を亡ぼすことになりかねないわ。あなたの為を思って言っているの。もうこれ以上関わらないで。先輩があなたのことを気にしているの。何か知ってしまっているんじゃないかって。これ以上は・・・本当に危険だから。」
「・・・うん。」
やけに素直だ。
「ミキ、何考えているか分からない人って、嫌いなの。」
「・・・どういうこと?」
「俊って、いつも澄ました顔をしているよね。笑顔なんだけど、鉄面皮みたいで、何考えているかわからない。ミキ、そういう人、怖くて近寄りたくないの。」
そういえば、美希は昔、先輩のことを「あの人・・・何か怖い。」と言っていた。その時は確か、先輩のことは好きでも嫌いでもない「フツー」と言っていたはずだ。
「先輩のこと、嫌いになったの?」
「なんか、だんだん気味が悪くなってきたの。」
気味が悪い?
「どういうことかしら?」
「自分でもよくわからないけど、なんとなく、気味が悪い。そんな感じ。」
美希の言葉は、なんだかよくわからない。
「だから・・・もう正直あまり関わりたくないの。もう真実を知ってしまったし。後はその罪を背負って生きるだけだから。」
私たちのわがままのせいで、関係ない美希まで、罪の意識に苛まれることになるなんて・・・。
「・・・本当にごめん。」
「いいの。ミキが勝手に巻き込まれに行ったんだから。一万円・・・受け取っちゃったから。だから、これはミキの自己責任。」
ぬるい風がほほをなでる。二人の長い髪がそよそよと揺れていた。
「ミキね、正直、何で人が自殺をしてはいけないのか、よくわからないんだ。だって、世の中には死ぬこと以上に苦しい想いをして、死にたくてしょうがない人はいっぱいいると思う。だけど、そんな人に『頑張って生きろ。そうすれば楽しいこともある。』なんて言うのは、よっぽど無責任だと思うの。そんなの誰も保証できないんだから。」
私は美希の言葉に耳を傾けていた。
「ゆっきーは多分、愛し方を知らなかったんじゃないかな。先輩のことは好きだし、自分では愛していても、どうやったらその愛を伝えることができるか、分からなかったんだと思う。それで、気づけば俊のことを傷つけていて、俊の気持ちはどんどん自分から離れていく。ゆっきーも、俊以外に生きる目的を見つけられれば良かった。だけど、きっとそれが見つけられなかったんだね。」
美希は続ける。
「もしもミキが、千早さんと同じ立場になったら、ミキはどうしていたかなって思う。今冷静に考えれば、あの場から逃げているのが正解なんだと思う。千早さんも、ゆっきーも誰も傷つかず、傷つかせずに、逃げていればよかったんだと思う。だけど、もし自分があそこにいて、自分が死ななくちゃいけないって思っていて、そんな状況の中で、冷静に対応できていたかと言われれば、ミキ自信ない。」
「美希・・・。」
「ゆっきーの人生は、多分明るかったと思う。愛し方なんて、後でいくらでも学ぶことができたじゃん。死を覚悟しなければならないほどのことじゃなかったと思うの。ゆっきーには失礼な言い方だけど、ミキは、ゆっきーは甘えていたと思うの。だけど・・・ミキもゆっきーを傷つけることに加わっちゃったからね・・・。ミキは何も言う資格はないと思う。だから・・・もうこの話はおしまい。」
美希の顔には、後悔の念が色濃く滲み出ていた。もっと、別の方法を促すべきだったのではないか、そんな後悔の色を感じていた。
しばらく私たちは、ベンチでぼーっと庭を眺めていた。正直、時間はあまりなかったのだが、今は美希とこうやってぼんやりとしていたい。次にいつこうやって、一緒に過ごすことができるかは、分からなかったから。
「千早さん、これからどうなるの?」
しばらくして、ふと、美希が尋ねてくる。
「・・・しばらく、雲隠れすることになると思う。」
「雲隠れ?」
「うん。大学を休学して、先輩が匿ってくれるところで、ほとぼりが冷めるまで一人で過ごすの。これからお腹も大きくなってくるだろうし、こんなことになった以上、私が大学に残ると先輩に迷惑がかかっちゃうから。」
「だから、政治家みたいに身を隠すわけ?」
「そういうこと。携帯電話の番号も、メールアドレスも変えて、みんなから接触できないようにするの。」
「そんな・・・もう、千早さんと会えないの?」
美希は悲しそうな表情で問いてくる。
「しばらくはね。」
「どれくらい?」
「・・・分からない。少なくとも、子供が生まれるまでは、隠れているようには言われた。」
「その間の生活は?」
「それは大丈夫。先輩が何とかしてくれるから。」
「子供が生まれたらどうするの?また大学に復帰できるの?それに、千早さんが先輩と結婚するんでしょ。それはいつなの?」
「正直、まだ分からない。先輩もまだそんな先のことまで気を回せないみたい。だけど、何とかしてくれると思う・・・。」
「春香は・・・どうなるの?」
春香のことを問われて、言葉に詰まった。もともと、春香とは離れるつもりだった。そのために引越しの準備も進めていた。ところが、こんなことになって、否応なく家を離れることになった。もう私は、春香のことをどうこうすることもできない。
「当然・・・春香とは一緒にいられない。でも、そのほうがお互いにとって幸せなんだと思うわ。一緒にいても、もうお互いいがみ合うだけなんだから。」
「春香、一人ぼっちになっちゃうよね。」
そうか・・・。もう春香には、頼れる人がいないのか。私は雲隠れをし、先輩も周りのことで忙しくなる。誰も彼女を守ってあげる人がいないのか・・・。
「美希、昨日の約束覚えてるよね?」
「春香を守ってあげるってことだよね。」
「うん。それを実行してほしい。」
「・・・千早さんのお願いなら、ミキ断れないの。」
「ありがとう。本当に・・・わがままばっかりでごめんね。」
「いいのいいの気にしないで。千早さんは、ミキがいないと、ダメになっちゃう子だから。」
私はふふっと笑った。本当にそうだ。美希は、私のことをよくわかっている。
「美希、もう少しだけ散歩していかない?風に当たりたい気分なの。」
「うん、いいよ。」
そういうと、美希は立ち上がり、私もそれに合わせて立ち上がると、庭の周りを歩き始めた。
「そういえば、今日大学はどうしたの?」
私は美希にそう尋ねた。
「今日は午後からだから平気なの。」
「それはよかった。」
「まあ、どっちにしろ今日はさぼるつもりだったんだけどね。」
「それはダメよ。ちゃんと、授業に出なくちゃ。」
「はーい。」
「素直でよろしい。」
草木が風に揺られて、ざわめいている。少しだけ風が強くなってきたようだ。
ふと、美希が尋ねてきた。
「千早さん、一つだけくぎを刺しておきたいの。」
私は恐る恐る尋ねた。
「・・・何かしら?」
「お腹の中の赤ちゃん・・・ちゃんと産んでほしいの。」
その言葉に、私は動揺を隠せなかった。
「やっぱり・・・よからぬことを考えていたんだね。」
私は身重のまま、雪村さんに殺されようとしていたのだ。自分だけじゃなくて、お腹の子の命も葬りたいと考えていた・・・そして今も葬りたいと思っているというのは、たとえ美希じゃなくても、簡単にわかる推理だ。
「・・・この子に罪はない。けど、そのせいでみんなが不幸せになるっていうなら・・・。」
「殺すっていうの?」
美希の言葉に怒りがこもっているのが分かる。
「・・・まだ分からない。」
「そこ迷うところじゃないよね。」
「・・・私はもう引き返せないところまで来てしまった。その原因が、この子なら・・・。」
「千早さん・・・どうして罪を重ねようとするの?」
罪を重ねる理由・・・それは・・・
「私が『正解』を捻じ曲げてしまったから。」
「『正解』を捻じ曲げた・・・?」
「私、やっぱり先輩は春香のことが好きなんだと思うの。私よりも。だけど、先輩はどういうわけか私を選んでしまった。それは、私が『正解』を捻じ曲げてしまったから。」
「千早さんの存在は、間違いだったって言いたいの?」
「美希だって感じているんでしょ?先輩は、春香が好き、だけど私のことも好きになってしまっているって。美希によれば、それは私の『負のオーラ』が原因なんでしょ。」
「・・・うん。ミキはそう思うの。だけど、それはあくまでミキの意見なの。それは絶対じゃない。それに、俊は春香と千早さんのどっちが好きか、なんて問の『正解』なんて一つじゃないと思う。ミキは、千早さんが俊と結ばれる結果も『正解』だと思う。だから・・・お腹の子の命は救ってあげてほしい。」
「・・・確約はできない。」
「千早さん!」
「・・・もう少し時間がほしい。考える時間が。」
「もうこれで千早さんとは会えなくなるんだよね。だから、これだけは言っておきたい。」
「何かしら。」
美希はその場で立ち止まった。私も立ち止まる。
「お腹の赤ちゃんを殺したら・・・絶対に後悔する。」
美希の目には凄みがかかっていた。私はその力に負けて、顔を背けてしまった。
美希は自分に目を向けさせようと、両手で私の顔を挟み込んで、顔をクイッと美希の方に向けさせた。
「千早さん、私の目を見て。しばらく会えないんだから。」
美希は私の目をじっと見据えた。私も彼女の目を見返している。
「・・・わかったわ、美希。心に刻んでおくから。」
「・・・ミキの言葉、忘れないでね。」
「ええ。」
こうして私たちの短くて長い散歩は終わりを告げた。