※この作品はR-18です。

女神が堕落する時   作:濡れ書生

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砂糖吐き出す様な甘めな展開になりそう
次回あたりから濡れ場に入ると思います


もし想いを告げていたら 2

 フィーナが下ごしらえを終えてジェバの家に戻れば既に竈にはアドルが火を入れており、後は食材に火を通すなどの調理するだけ。手早い作業を見ていると包丁裁きから味付けまでジェバから教わったフィーナの料理の腕は急速に上達しているのが見て取れる。元々お菓子作りやお茶を入れる事から簡単な料理の素養はあったのだ。ジェバが教えていくと直ぐにそれを吸収していくのはジェバが見ていて楽しいものだった。

 

「もう私が一緒にいなくてもあれだけ料理できるんだ。いつ嫁に出しても問題ないと胸を張っていえるよ」

 

「そうなのか。ちょっと意外だったな」

 

 ジェバがフィーナの後姿を眺めながら呟くとアドルもフィーナの後姿へと視線を向ける。最近元気も出てきた事でフィーナがアドルやジェバ以外の前でも笑うようになった。特に同世代の友人が出来た事も大きく影響しているのだろうと思うのだが、アドルとしてはいい所のお嬢様と思っていたので、フィーナの適応力が意外だったのだ。

 

「ほぉ。どうして意外だと思ったんだい?」

 

「記憶を失ってるけどフィーナは、どこかの豪商か貴族のお嬢様だからね」

 

「おや、アドル。あんたも気が付いてたのかい」

 

「なんだ。ジェバも気が付いていたのか」

 

 互いに見合って笑みがこぼれる。二人ともなんだかんだ人物の鑑定には自信がある。まさかフィーナが古代王国の女神だとわからなかったが、ただの村娘ではない。というのは大よそ検討が付いていたのだ。

 

「いくつか町で聞き込んだけど、裕福な家でフィーナの様な女の子の話を聞かないし、もしかしたら嵐の結界が出来る前に来て、取り残された商人や旅行客の家族かなって思ってた」

 

「私も、知る限りこの島にフィーナみたいな娘がいればうわさになるけど聞いた事がないし、多分そうかもしれないね。

 それにしても、アドルはどうしてフィーナが村娘じゃないと思ったんだい? 私なんか一緒に生活してたから、料理が出来ないとか、読み書き程度じゃなくてちゃんと本を読めるとか、計算できるとか、あの娘の特技で気が付いたんだよ」

 

 特技というべきか、フィーナが村の産業たる木製や銀製の楽器の演奏に中々良い技量があり、村人達に喜ばれていた。そういったフィーナの一面や、村娘なら上手い下手はあるが、料理など最低限の技能は身につく。それは日々の生活から必須になる為だ。それなのにフィーナは最初ほとんど何も出来ずにジェバが一から教えていたのだ。そこから、恐らくこの娘はこういった村落の娘ではなく、使用人がいる環境にあったのだろうと感じたのだ。

 

「僕も似たようなものだよ。ただ何よりもフィーナと出会って、ジェバの家につれて来る時に気が付いたんだ。

 手と足が綺麗だとね。あれは労働を知らない手と足だよ」

 

 アドルがそう自信をもって断言する。ジェバもフィーナの手足を思い返してみると、アドルの言う通りだと頷く。

 手は常に使う体の部位の一つである。女性であれば調理や洗濯で手の肌荒れが出来るし、刃物や食物で手を怪我する事もある。そして仕事をすれば当然手の皮が部分的に厚くなる事やタコが出来る。だが助け出した時に取ったフィーナの手はほっそりとして処女雪の様に綺麗な肌であり、穢れを知らぬものだった。あまりの感触にアドルがドキッとした程だ。

 足も同様である。足は特に色々な特徴が出やすい。例えば足跡一つとっても、理解してしまえば歩き方から貴族のものか、武芸を修めているか、更に詳しくなれば年齢や体型、職業、生活環境も断定できる。歩法一つとっても色々あり、労働によって土踏まず大きさの変化が生まれる為にそこからも予測できる。急ぎかそうでないかでも歩幅や足跡の深さが変わる。靴種類や慣れで多少の変化はあるが、特徴は大きく出てくるのだ。

 足の太さも同様である。太ももやふくらはぎの太さからある程度予測が立つ。使う筋力が特に毎日強化されていくのだから当然なのだ。ただなによりも一番は足首の太さである。ここは特にアドルが初対面の相手や敵として出会った相手を観察する中の一つの着目点になっている。足首が太くなるのは肥満もあるが、筋力で鍛えられた者であれば相当な修練量となり、危険な相手と判断する指標の一つである。アドルが冒険に出る時魔物や野生動物だけではない。犯罪者とも相対する事もあるため、父親に冒険者として心得と、剣を習う時に教わった『観察しろ』という教えが生かされた部分であった。

 

「あの娘がどこかのお嬢様だったとしても農民でも構わないさ。生まれがどうであれあの娘が今後身寄りが見つからない。生活する上で後見人がいないのなら、私はあの娘が嫌でなければ養子として迎え入れるつもりだよ」

 

 そうジェバがお茶を口に運びながら言葉にするとアドルが意外そうな表情になった。

 

「あの娘を放っておけないんだ。きっとサラの事もあるからなのかもしれないね」

 

「そうか。でもジェバが後見人になってくれるなら安心だ。ジェバがいればこの村でフィーナの立場も安泰だし」

 

 もし家族が見つからない場合、いずれこの冒険が終わったらどこか近くの港町までフィーナを連れて彼女の家族を探す事も考えていた。最悪自分の実家に連れて行く事も考えもしたが、もしフィーナがこの村で生活できるのなら、冒険の傍ら、情報を集める事も出来るし、フィーナも安全である。だがアドルが思ってもいなった一石をジェバが投じる。

 

「私が死んでも、家もちょっとした財産も畑も残る。近くにはちょっと問題を抱えているが息子がいるし、フィーナを守ってくれるだろうから暫くは安心だけどね。

 問題はこの村の男達さ」

 

「何かあったのかい?」

 

 何かフィーナと村の男達で揉め事でも起きたのか。心配になってアドルが座りなおして姿勢をただす。まじめに話しを聞こうとする姿に、本当にフィーナを心配しているのがわかるのだが、なのにあまりアドルが自分の感情に気が付いていないのだから困り所でもある。

 

「あれだけの美人さ。男達を夢中にさせてしまってね」

 

 そういって語りだしたのは今おかれている状況の説明からだった。

 

 

 

 

 

 ゼピック村には医者はいない。その為、定期的に、そして急患の時はミネアの町からクラーゼを呼ぶ事になる。彼は常に忙しくしているが、魔物の徘徊する中を危険を押してゼピック村までやって来てくれるのだが、問題がある。それは急患の場合に彼がゼピック村にたどり着くまでに、村からの急患の知らせと、それを受けてクラーゼがやってくるまでの合わせた時間が必要になる事。そして、ちょっとした事ならクラーゼを呼ばなくても済ませられる為の常備薬の備蓄や、クラーゼが本格的に治療に使う薬品類が村に不足している事だ。

 今まではサラが村で出し合った資金と自分の稼ぎから常備薬を購入して送っていてくれていたのだが、サラの死後伝を失いそれが不可能となった。それを立て直したのがアドルである。廃坑や神殿探索ではジェバの家を拠点にしていたが、それに対する礼としてミネアの町で消耗品や医薬品を調達する時に村の分まで合わせて買い物をして運んできたり、薬草の知識から簡単な薬を作り提供するなどしている。

 そして、その薬は村長とジェバの家に保管される為、けが人や病人が出るとまずはどちらかの家に行き、対処しつつ、常備薬でどうにも出来ない場合クラーゼの元へいくか、呼ぶ事になる。その為、何事か起きた時、村長とジェバの家は人が集まりやすい環境となってしまうのだ。

 そしてジェバの家には美しい独り身の娘がいる。これはゼピック村の若い男達がアドルがいない日をチャンスとばかりに狙って集まるのだが、何らかの理由がないと難しい。そこで薬を求める理由をつけて怪我をしてはジェバの家にやってきて、フィーナと少しでも話をしたり、家に誘う為にごった返してしまう。その日も同じような事態となり、遂に家で若い男達で諍いが起きたのだ。

 

 その日、いつもの様に穏やかな一日になるはずだったが、アドルが朝から廃坑の探索へと出かけた事で、患者が詰め掛ける事になった。

 

「まったく、薬もただじゃないし、アドルが補充してくれてるのを何だと思ってるんだろうねぇ」

 

 薬を預かるジェバが頭を抱えて一度息子を呼んでどうにかする必要がありそうだと真剣に考える。薬を預かる重要な役目であり、薬を渡す、渡さないの権限があるとはいえ、このままでは問題があるし、男達の訪問を拒否すればそれを理由に問題が起きかねない。

 先ほども村の老人に痛み止めや関節の痛みに塗る塗り薬を渡していたが、次に入ってきた人間は農地での労働で鍛えられた体で特に怪我が見当たらず、風邪を引いている様なくしゃみや咳もなく、目もしっかりとしている。どこからどう見ても健康な青年であった。その青年といえば、家の奥で常備している薬の整理をしているフィーナへと熱い視線を送ったままジェバに見向きもしていない。

 

「で、どうしたんだい?」

 

 こちらにフィーナが出てくる事がなさそうで、残念そうにため息をつきながら自分の腕を捲り上げる。

 

「え、ああ。ちょっと作業中魔物がうろついてて追っ払っときに怪我しちまってさ」

 

 そういって見せた腕には確かに傷はある。だがちょっとした爪による切り傷と、動物に噛まれた噛み傷だが深手ではなく軽症であり、各々が家に常備してある薬で十分な傷だ。本来ジェバや村長の家で保存してある高い薬を使うべき怪我ではない。

 

「まったく、このくらいの傷なら家にある薬を塗っときな」

 

 呆れたとばかりにジェバがため息をつく。こんな状況を見るのは実はジェバにとっては二度目である。一度目はサラがまだこの家で生活していた頃に遡る。若い頃占い師となる前までは非常に感が良いだけだと考えていたサラは、人の怪我や死を無意識に予測してしまい、自分のその感に恐怖して人の少ないゼピック村のジェバの元に身を寄せたのだ。

 だが、サラにとって嬉しくない事に、閉鎖的な村に若く美しいサラが入ってきた事で男達が色めき立ち、理由をつけてはサラに会いに来ていた。まさに今のフィーナに会いにくる男達と何ら変わりがなかったのである。当時はゴーバンがいて従姉妹のサラをガードしていたが、フィーナにとってのゴーバンとも言えるアドルは常に彼女の傍らにいられるわけではない。まして昔と違って若くもないジェバではとてもフィーナを守りきれるかと不安で仕方がなった。

 

「最近あんたみたいに一人身の男がやたらと怪我してきてね。そんなんだから結婚相手もみつけられないのさ。それにしてもこのままじゃ村の薬が底をついてしまう」

 

 ジェバが嫌味を込めて青年を睨むがどこ吹く風とフィーナへと視線を向けたままである。

 

「そうはいっても、薬がもうないんだよ」

 

「まったく、少しわけてやるからそれを家に帰ってから傷を洗って塗りこみな。

 アドルが薬草から塗り薬を作っておいてくれなかったら、今頃薬代で是ピック村は破綻してたよ」

 

 ジェバが薬を取る為に立ち上がるが、慌ててそれを青年が止める。

 

「薬位俺がもらっていくからジェバは次のけが人の相談受けてなって」

 

 せっかく来た機会だと青年がフィーナのいる薬の保管棚へと歩いていくのをため息交じりで見送ると椅子に腰掛ける。目の届く位置だし、フィーナに乱暴な事はしないだろう。とは思っていたが、やはりフィーナが困惑しながら青年のモーションに晒されていた。

 

「やあフィーナ。村の生活に慣れたかい?」

 

「はい。アドルさんとジェバが良くしてくださいますし、デミとかもいてくれますから」

 

 青年に答えるフィーナの笑顔に青年の表情がだらしなく崩れる。清楚な雰囲気や物腰はそこらの村娘にはないものであり、多くの男達が夢中になるのは容姿もあるが、新鮮さも大きく影響しているのは間違いない様だった。

 

「そうか。うちのお袋がさ、フィーナが村に慣れてきたか心配してたし、今度ご馳走を作るから遊びにこないかっていっててさ」

 

 ジェバの指示の元、アドルが作り置いてくれた塗り薬の入った壷の蓋を開けて木べらで小さな貝殻で作った入れ物に必要量を小分けにしている中、ジェバに聞こえない様に声量を調整しながらフィーナを誘う。

 

「そんな、そこまで気になさならくても大丈夫ですよ。村長やジェンマの奥さんもデミも心配して毎日来てくださってますし。皆さんが来て下さるだけで十分です。

 それにお薬の管理とか、三人分の家事しながらは大変ですから」

 

 そういって微笑む姿はまるで昔話の女神の様に柔らかく優しい笑顔。だが実際フィーナは自分から積極的に交流を持とうとしているのはアドルとジェバのみで、後は皆気にしてフィーナの顔を見に来ているだけで、対応に差を付けない様にしていた。これは客人という立場だという事もあるのだろうが、こうやって明確に否とする事で、誰にも等しくお断りをしている事になる。平等な対応だが、それに青年は引き下がらず食い下がる。

 

「そうか。でも一日位フィーナもお休みもらってもいいと思うよ。今日何か働きづめじゃないか」

 

 青年の言葉にフィーナが困ったような笑みを浮かべるが、青年の聞こえたのかジェバが何処のどいつらのせいで忙しいと思っているのか、と思わず声をあげそうになるのをぐっと堪えて、クラーゼから渡された分の薬が尽きた老人の為に、必要な薬があるのを確認して、使用分を管理表に記入するとフィーナへと次の薬の準備を頼む。

 

「いいえ。ジェバに良くしてもらってますし、こうやって少し位恩返ししないといけませんから」

 

「そっか。まぁ無理せずにもし羽を伸ばしたいとかあったら声かけてよ。俺だけしか知らない穴場につれてってあげるからさ」

 

「そ、そうですね。その時は宜しくお願いしますね」

 

 青年の押しにフィーナが一歩後ずさりながら少し引きつった笑顔で答える。最近アドルがいない時、やたらと村の若者から声をかけられる事が多い。時には今の様に食事に誘われたり、アドルと湖に出かけたりしている様に遊びにいかないかと誘われる事がとにかく増えた。

 ジェバの手伝いで忙しい中でも、ジェバがアドルをせっついてフィーナと二人出かける事はあった。名目として見知った場所がないか探す事にしているが、所謂デートであるし、フィーナにとって楽しく心休まるい一時だが、アドル以外の他の男性と行きたいとはとても思えない事だ。デートする時だって仕事を中断しているのでジェバに悪いと思っている。そういった事もあり、そうそうフィーナが了承する事はないのだが、悲しいかな。男達は諦めずに花に集まる蜜蜂であり、互いにけん制しあっているのが現状である。

 フィーナの準備した薬を渡して、青年と老人を送りだそうとしたジェバだが、それも途中で中断される事になる。新たに入ってきた次の青年。炭鉱で働いていた青年が入ってきたのだ。この青年は先に来ていた青年とは水と油の仲。特に互いにフィーナ目当てでジェバの家に薬を貰いに来ていたので、互いの目的を理解して一気に不機嫌な表情でにらみ合う。

 

「おや、ジャスティン。ピッカードか何かにでも噛まれたのかな?」

 

 先に来ていた農夫の傷を見てせせら笑う。鉱夫や農夫に限らず、気性が荒い男達にとってちょっとした怪我は勲章の様な認識があり、この程度の怪我は怪我に含まれない。逆に丁寧な治療や静養は軟弱とされ男が廃ると思われる。印象や威勢を大事にする男達にとってこの状況は問題でもある。

 

「そこらの魔物にそんな傷受ける様じゃ、村も自分の女も守れないだろうな。フィーナも、もし村が襲われたらジャスティンの傍だけはいくんじゃねーぞ?」

 

「そ、そういうお前こそ鉱山の男の癖になんだ。いつまでも骨折の後が痛いとかいってるな。そんなのが村の警備とか怖くて夜も眠れないぜ」

 

「なんだと、てめー!」

 

 白熱していく男達にジェバが頭を抱えながら間に入ろうとするが流石に女では止める事は難しい。フィーナに村長の家まで走ってもらおうか。そう思って口を開こうとしたが、フィーナの方が先に戸惑った様子だったがそれでも二人の間に割ってはいる。

 

「二人ともやめてください。お薬を預かっている場所で喧嘩して、もしお薬が駄目になったらどうするつもりなんですか!」

 

 珍しく、それこそ男達は初めてみるだろう怒ったフィーナの表情に動きが止まる。何よりも狙っている娘を怒らせる等最大の失敗でもあり、フィーナの中で自分たちの評価が駄々落ちなのも理解したのか掴みかかった手を離して距離をとる。

 

「確かにジャスティンさんと一緒では危険な魔物に教われた時なんか怖くて安心できないですね」

 

「流石フィーナ。良くわかってるじゃないか」

 

 続けてフィーナの放った言葉にジャスティンが思わず顔をさげ、後から来た青年が頷く。

 

「でも、ギーシェさんみたいに他の方と協力しない方も一人で戦う事になって危険ですから、ジャスティンさんと同じで一緒にいるのは危険だと思いますよ」

 

 何度か村が魔物に襲撃された時の事をフィーナに指摘されて今度はジャスティンが言葉に詰まり、ジャスティンが嘲笑に近い笑みでギーシェと呼ばれた青年を眺めている。互いにフィーナに駄目だしをされて互いに痛みわけであるが、フィーナからの評価が下がってしまったのには気がついていないのがジェバには頭が痛い所である。

 

「だからお二人とも、ちゃんとお互い村の仲間なのですから協力しあってくださいね?」

 

 そう何とかその場を治めて薬を渡して追い出す事に成功するとやっとの休憩時間となる。ジェバが予定を超える薬の使用量に頭を抱えながら視線を動かすと、あまりの忙しさと若い男達の訪問に困ったような、そして少し怯えた様な表情でフィーナがテーブルの上で組んだ手に視線を向けて考え込んでいる姿が見える。

 

(フィーナも自分が原因だというのもわかってるだろうし、ただでさえ居候だと気にしてる所に、あのボンクラ息子どもが……)

 

 ここ最近のアドル不在時に起きるこの騒動。これは間違いなく自分に原因があるとフィーナ本人が一番それを良く理解しているだろう。そしてそれが元で今回の様に一歩間違えば争い事になりかける事や、クラーゼが訪れるまで持たせる薬の補充で毎回かなりの金額が必要になり、村全体で出し合う事になっているが、全ての家庭が裕福なわけではない。負担が大きなものになっているのだ。

 それが原因でフィーナに無茶な要求や、村から出てくれないか、と言われたらどうしよう。折角仲良くなった人もいて生活になれてきたのにまた一人になってしまうのではないか? そんな恐怖がフィーナにあるのだ。アドルならきっと傍らにいてくれるだろうが、アドルの活動を妨げる事になるのはフィーナの本意ではない。どうしたら良いのだろう。自分でこの状況を作り出したわけでもないため、フィーナはただ途方にくれているのだ。

 

「ほら、フィーナこれ飲んで元気をおだし。夕刻にはアドルが帰ってくるんだ。疲れた顔してたら心配させてしまうよ」

 

 元気付けるようにジェバが笑うが、フィーナの表情は沈んだままであり、不安げに口を開く。

 

「この忙しさも、お薬の消費の速さも、私のせい……ですよね?」

 

 元々頭の良い娘だし、字の読み書きも計算もしっかり出来る。そんな娘が理由がわからないなんて事はないのだ。

 

「心配なんてする必要はないよ。足りない分は買い足せばいいし、使ったやつが払えばいいんだからね。それにもし何かあっても私もだし、アドルが最後まで一緒にいてくれるさ」

 

 フィーナの不安を紛らわすためにジェバが笑うが、現状村の状況は決して良いわけではない。今回の様にわざと村の畑仕事で怪我したり、わざと元からいる野生動物に噛まれてみる等して、ジェバの家に薬が不足していると来る事で薬の代金が村の財政を圧迫するだけではない。中にはフィーナに良い所をみせようと村の一人者達が躍起になって活動している。

 村の警備にたって魔物が来れば一人で戦って倒してみたり、重要な村の通信の役目を一人で進んで申し出たり、村に入り込んだはぐれた魔物とあえて一人で戦う等命知らずな行動がとにかく多い。少しでも力強さを見せたいという男としての性だろうし、何よりもフィーナを手に入れる上で最大のライバルと目されるのがアドルなのだ。これが合わさった事が一番の問題ともいえた。

 幼さが残るが精悍な顔つきで多くの村の娘達の話題をさらう。一人で魔物を複数相手にしても渡り合える剛の者で、盗賊ゴーバンとも対等に相対できる。だからといって肩をそびやかす様な事もなく、物腰も丁寧で頼まれれば骨惜しみせずに協力してくれるのだ。

 そんなアドルを相手にするとなると無茶も必要になってくるのは当然であり、アドルがあまり目立っていない分野や自分の畑で取れた食物をわけに来る等涙ぐましい努力もしている。これは男達の親もフィーナの姿を見て乗り気であるから始末に終えない所もあった。

 

「まぁ、今回この様な騒動になっているけど、この村を出てミネアやバルバドの町に移動しても結局は同じ事の繰り返しさ。それだけフィーナ。お前さんの容姿が意思に関係なく虜にしてしまってるんだからね」

 

 ジェバの言葉に更に困った様子のフィーナ。フィーナとて乙女なのだ。好きな男が夢中になってくれるのならありがたいが、嫌いではないとはいえ、好意を抱く相手ではない男性が寄って来ても嬉しいわけがない。ましてそのせいで同姓から反感を招く現状、フィーナにとって迷惑でしかないのだ。

 

「ま、ひとつ解決する方法はある」

 

「本当!?」

 

 思わず身を乗り出すフィーナにジェバが思わず苦笑いする。やはりフィーナにとって精神的に負担がかかる状態だったのは間違いない。

 

「ああ、凄く簡単な事だよ。さっさとフィーナが誰かと一緒になってしまえばいいのさ。そうすれば誰もフィーナに言い寄る事も出来なくなる」

 

 予想外の内容にフィーナが戸惑い言葉を選んでいる。まさか誰かと結婚しろという話になるとは考えてもいなかったのだ。

 

「私としては、アドルが良いと思っているよ。サラが認めた男だ。ゴーバンも気に入っていた程だしね。サラも生きていたらフィーナの相手にアドルを薦めただろうね」

 

「も、もうジェバ、そんなこといって……。アドルさんだって、相手を選ぶ権利はあるのよ」

 

 顔を真っ赤に腰を椅子に降ろすとそれだけを口にするフィーナだが、確かにアドルであればと考える自分がいるのをフィーナ自身が良く自覚していた。

 

「アドルだってフィーナが相手なら喜ぶさ。

 大体、アレだって村の協力をしているけど、本当はフィーナを気にしてるからだよ、フィーナがいない時はアドルがフィーナがどんな生活をしているかとかずっと気にかけて聞いてくるんだから」

 

 思ってもいなかったジェバの暴露にフィーナが嬉しそうな表情になる。まったく、こんな素直で可愛い娘を夢中にさせるのだからアドルも罪な男だと思う。問題はアドルがフィーナに惹かれている自分自身に気がついていない事だろう。双方互いに惹かれているのを自覚すれば、後は少し背を押してやれば良い。よいのだが、そうなるのが実は一番難しい。

 

「それに魔物が闊歩する何時命を落としてもおかしくない時代なんだよ。こんな世の中なんだ。さっさと好きな男に抱かれて一緒になった方がいい」

 

 そうフィーナを諭す様に優しく頭をなでる。

 

「怖い事を言うかもしれないけどね、アドルが魔物と戦う場所は神殿の奥であったり、廃坑の奥であったりと危険な場所が多いんだ。それこそいつ命を落としてもおかしくない。

 フィーナ、お前がアドルが好きなのであれば、何があるかわからないからこそ、直ぐに気持ちを伝えておくべきだし、想いを遂げるべきなんだよ」

 

 アドルの死。それを考えたのだろう。びくっとフィーナの体が震える。確かにジェバの言う通りなのだ。彼は危険を顧みず探索を続けている。単独行動の多いアドルだけにその危険は常に付きまとう。

 

「フィーナもだよ。魔物に襲われるだけじゃない、今回の騒動を見れば問題があるのもわかったと思うけど、お前は多くの人間を虜にしてしまう魅力がある。

 世の中には権力を使って女性を自分のものにする者がいたり、荒くれ者がお前を誘拐したり、無理やり乱暴するなんて事もありえる。

 そうなる前にちゃんと想いを伝えて、可能なら所帯を持つのが一番良いんだよ」

 

 本気でフィーナを心配しているジェバの瞳。実の娘を見る親の瞳であった。身寄りのないフィーナに同情しているわけではない。本当に大切に思え守ってやりたいと思った。だからこそ、フィーナには惚れた相手と一緒になって欲しいとも思えたし、アドルなら任せるに足る人物に思えた。アドルなら農夫としても商人としても十分活躍できるだろうし、たとえ生活が苦しくともフィーナとならばきっと幸せな生活を営んでいける。そんな未来をジェバは自然と思い描けた。妙に恋愛や村人達から一歩引いたフィーナであるが、こればかりはジェバは引く気は起きなかった。

 

「そうね……」

 

「ああ、そうだよ。ずるい言い方になるけど、もし気にしているのなら、私としてはさっさとアドルと一緒になってくれた方が安心するのさ」

 

 互いに好きあっているのに、とっとと踏み出せないというのも中々に見ているともやもやしてくるのもあるのだ。

 

「それにあの子も私もただフィーナを哀れんでとか、同情したとかで暮してるわけじゃないんだ。私はフィーナ。お前を娘の様に思っているし、アドルはフィーナを一人の女としてみているんだ。それだけは忘れないでおくれ」

 

「わかったわジェバ。ありがとう」

 

 ジェバが自分を娘の様に思ってくれている。それを感じ取って思わず瞳が潤む。記憶がないとはいえ、今まで自分に母親という存在がが居た感覚のないフィーナにとってジェバの存在はありがたかった。自然にジェバの後ろに周り、ジェバに抱きつくとアドルと居る時と違う安心感がフィーナの心にある。

 

「だから、早く孫の顔を見せておくれ」

 

 からかう様に笑うジェバにフィーナが照れ笑いを浮かべる。やっとフィーナが笑顔になってくれた事に安堵しながら、この状況を打開すべく、ジェバもはっきりさせないアドルの尻を蹴り上げてやろうと心に決めた出来事である。

 

 

 

 

 後半のフィーナへ発破をかけた事は口にしなかったが、村の置かれている状況を説明するとアドルの眉が僅かに跳ね上がるのが見える。それはそうだろう。自分の惚れた娘に男達が言い寄っているのだから良い気はしない。問題はアドルがフィーナへの気持ちを自覚していないという所だ。明らかに大切にしているし、他の娘と居る時と違い、楽しそうにしているのだ。誰がみても惚れているのは間違いない。

 

「私としてはね。あの娘には幸せになってほしいんだよ」

 

「そりゃ、僕もそうさ」

 

「だったら、アドル。あんたがあの娘を保護してきたんだ。最後まで責任を持ちな」

 

 そう言われるとアドルも苦しい。冒険者であるという立場から、フィーナは信頼の置ける人に預けるのが一番なのだが、ジェバ以外で信用できる人など早々居ない。サラが生きていればサラが第一候補だったが、死んでしまった以上、記憶障害もある。クラーゼ医師かブルドー医師が一番の適役だろう。ただそれもフィーナの意思もあるし、今もジェバとフィーナ双方に対してかなり気にしているが、身寄りのないフィーナを他人任せにして何かをする程アドルは器用な人間ではなかった。

 

「責任ていったって、どうしたら」

 

「あの娘を嫁に取ればいい。そうすればこの騒動も終息するよ」

 

「でもさ。記憶のないフィーナに対して無理強いをしているようにも、生活していく上で条件をつけて無理に結婚を要求しているようにも見えるだろ?」

 

「そんな事はないさ。あの娘だって嫌な事は嫌だと拒否してるし、村の連中が誘っても断固として行かないのは何故だと思う?」

 

 アドルも村の社会で自然にいつの間にか結婚していく農民の感覚が抜け切れていないのだろうし、女性に対して慣れているとはいえ、恋愛には疎い。だがここまで言えばいくらアドルだろうと、フィーナの内心の気持ちは理解出来た様で、テーブルに肘をつくと手の上にあごを乗せて足を組む。時折見せる熟考スタイルだが、もう一押しだとジェバが畳み掛ける。

 

「フィーナは私が贔屓目で見ているとしても、物凄い美人である事は変わりがないんだよ。それはアドルもわかるだろう?」

 

「そりゃあ、ね。この島にくる前からフィーナと同等かそれ以上の女の子は見た事がないし」

 

 フードで顔が見えなかったが、レアだったらもしかしたら。あの涼やかで綺麗な声を聞いていて、フードから隠れている為全てではないが、見える顔のパーツだけを見ていた限り、何故かそう思った。だが素顔を見たわけでもない。それに何故不意に彼女が連想されたのかわからず、それを一旦置く事にした。

 

「フィーナは村の男達を一気に虜にした。これは他の町にいっても同じ事になるだろう。それこそ、大きな国に行ってもだ。それだけの魅力があの娘にはあるんだ。

 元々いる盗賊はゴーバンが仕切っていたが、外から来た盗賊連中はフィーナを見てどう思うだろうね? ミネアやバルバドにいる外国から銀の仕入れに拠点を置く連中がフィーナを見たらどうするだろうね?

 同じ酷い目に合うにしても、大切な初めてを好きな男に捧げていれば男も女もそういった目に合っても意外と耐えられるものさ」

 

 少し連想すればどうなるか、アドルにきっかけを与えれば直ぐに頭の中でその時の光景が作り上げられたようで益々不機嫌な表情になる。盗賊だけではない。ロムンの貴族や軍人はかなり乱暴で横柄。時には一人身の美しい娘や人妻を無理やり連れ込み集団で辱める何て事件も起きている為、帝国の住民から嫌われている者も多かった。フィーナ程の器量の良い娘ならどうなるかなど簡単に予想が出来る。

 

「そうなる前にちゃんと想いを伝えて、可能なら所帯を持つのが一番良いんだよ。

 所帯を持ってしまえば、無理やり奪われてもお上に上訴、大きな神殿に上訴すれば勝てる可能性だって十分にあり、取り戻す事も出来るんだ」

 

 逆に、身寄りのないフィーナでは伴侶や家族がいないとそれが出来ない。とも言えるのだ。アドルがジェバの言葉を理解したのだろう。後はもうアドルが覚悟を決めるだけだ。

 フィーナの前から背中を押していたし、フィーナには親交のある村の若い娘達もどうやら後押ししてくれてもいた。問題となるタイミングも今日用意できる。

 

「大切なら大切と、ちゃんと言葉と行動で見せてやりな。あの娘には今それが一番重要だ」

 

「……わかったよ」

 

 沈思後、それだけ口にするアドルに満足そうにジェバが頷く。これで話も終わりとジェバが話を変える。

 

「そうそう。今日薬の取り扱いの相談で夕食後村長の家に行くんだ」

 

「夜に? 何時ごろ迎えに行けばいいかな?」

 

 即そんな言葉が出るあたり、アドルらしく頼もしいのだが、そうじゃないとばかりにジェバがため息をついて首を振る。

 

「今の村の問題も話し合うし、解決出来そうだと伝えるつもりだよ。長い話し合いになるだろうから、帰りは明日の昼以降になるだろうかね」

 

 村の問題が解決できそうだと伝える。つまり、アドルがフィーナをモノにすると伝えると暗に名言したのだ。流石にその流れはアドルの想定外であり、顔を引きつらせる。いきなり行動に移せとジェバは言っているのだ。しかも村長に伝える事で規定路線として退路を断ってきた。それにジェバがアドルがフィーナに振られる何て事を一切考慮している素振りがない。そして、村長宅に泊まるという事はアドルとフィーナの二人だけ。最低限言葉で、儀式までいけるなら済ませろという暗黙のお達しである。

 

「あまり無理をして、フィーナの明日の仕事に支障が出るような事だけはしないでおくれよ」

 

 本来なら自分を信用してフィーナを任せてくれた。と考えるアドルだが先にフィーナの事を話し合っていた後にこの内容。しかも露骨にわかってるだろうね? と念を押しまでしてきたのだ。

 

「いや、あの……」

 

「フィーナじゃ不満だとでもいうのかい?」

 

「……滅相もない」

 

 ジェバの何気ない笑顔だが、その圧力にアドルが完全に気圧される。盗賊の頭ゴーバンの母親というのは伊達ではないのだ。

 

「アドル。お前さんの場合、お前さんの父親が何年もかけて見つけた冒険以上の宝物であるお前さんの母親。それに該当するフィーナを父親以上に早くに見つけただけの事さ。

 あれだけ完璧な娘は本当にいない。もしフィーナを逃したら永遠にフィーナの影を無意識に追い続ける事になるし、満たされないものを心に持つ事になるだろうさ」

 

 アドルに脅しの意味を込めて発した言葉だが、これは決して誇張した表現ではまったくない。男は特に逃した魚を思い続ける悪い性がある。フィーナは本当にそれだけ完璧な存在なのだ。そして男の初恋や若い頃の恋愛は美化されやすい。それは一生アドルの中に大きな存在となって生き続けるだろう事は簡単に想像が出来る。村の誰かが言ったフィーナは女神の様だという言葉。これは本当に大げさな表現ではないとジェバは思っている。まさか本当に妹神だと思ってもいなかったが、そんなフィーナに魅了されてしまえばどうなるか、まして互いに好意を寄せていたのに結ばれないという結果がどうなるか。身持ちを崩す事も十分にありえる事でもある。

 

「できましたよー」

 

 台所から何もしらないフィーナが振り返って声をかける。話はそこで途切れたが、ジェバとしては二人の関係が今日そこまで大きく発展するとは考えてはいない。何しろフィーナが奥手なのだ。アドルはきっかけがあれば大きく前に進めるだろう。が何事もペースはある。だが確実に村の問題を解決の目処が立ち、フィーナの今後の安泰も可能になる事を考えるとジェバはそれだけで満足だった。

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