※この作品はR-18です。

女神が堕落する時   作:濡れ書生

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藤原東子の逸話が元ネタ
レアパートで、レアがミネアで潜伏中の間にファクトの子孫の存在を、過去の事・恋愛が終わった事を消化仕切れなかった状態で書いてますが
作中飛ばしているⅠのミネアでの生活と、どんな状態だったのかをフィーナの生活を見ていたレアが、番外編だとアドフィーのイチャラブを見て、更に内面に問題を抱えた上で、最悪の展開を引いたIF番外編です(レアパートより更に悪い展開)




千の夫を持つ相 1

 エステリアは小さな島ながら学者が一度は訪れたい名所が多い。

 例えばバキュ=バテットがそうであろう。この山はこのエステリアの伝説、古い土地の神話で女神がこの大地を空に浮遊させたとある。そんな伝説のある山は自然が人知を超える力の結果で出来た地形なのだろうとは思われるが、学者達が火山の跡がないのに何故? と疑問が尽きないものでもあった。

 例えばエステリアにそびえる巨大な塔であろう。この塔は魔物が作り上げたともいわれている。だが実際調べてみるとその塔の建築技術は今の世を以ってしても計り知れぬ高度な技術の粋を集めたものであるというのは知られている。何より建材が不明というのも謎に拍車をかけている。だからこそ、魔物が建造したとも言われているのかも知れない。この塔は世界7つの不思議とされている。塔の規模は決して広いものではない。だが高さはその幅に比べて遥かに高く、そしてラドと呼ばれる外郭に出っ張った部位が存在する。通常の建築学からはありえないこの建造物。何よりも遥かに長い時間風雨に晒されても未だその姿を保つのは正に異様な光景である。

 この塔。ダームの塔に並ぶ建造物に並ぶものとされているのは太古からある巨大な建造物であろう。

 例えば倒壊してしまった像。ロードスの巨像等が挙げられる。他にも遥か遠くをも照らし出し、海の航路の安全を守るだけでなく、敵船を焼き払ったファロスの大灯台も挙げられる。

 サンドリアが手本にしたとも言われる古代の巨大都市アレクサンドリアには巨大な図書館。アレクサンドリア大図書館が存在している。これらはありえない建造技術。ありえない程の効果をもたらす。そしてありえない程大規模な役目を担っていた古代の建造物であり、失われた古代の国々がどれ程までに優れた技術力と、思想をもって安全を守り、学問の保護をしてきたかの一例である。

 そんな古代王国の遺産の中でダームの塔が異質とされているのは、そういった役目が与えられている遺跡が現存している中で、この塔の役目が全く見えない事。神話では空に浮んだ大地を追撃する為に魔物が作り上げたと言われ、古代の王国を攻撃する役目が与えられているからであろう。

 

 そんな塔やバキュ=バテットも長い月日が過ぎれば今や観光名所となるというのは時代の流れの変化である。学者以外にも、古代王国の名残である神殿のあるバキュ=バテットやダームの塔へ物見湯算に来る者たちの落とす金は、エステリアの経済にとって馬鹿にならない収入源でもあった。

 そう、それだけに観光名所となる場所で問題になるのは捨てられるゴミであったり、エステリア住民と観光客とのトラブルがある。今日もゼピック村に住むジェバが神殿の清掃にやってくるのはそういった理由もある。

 もっとも、ジェバの場合トバ家が彼の古代王国の神官の末裔である。というのが主な理由でもあった。力は代々失われていっているが、神官の血筋として女神の御世の名残である神殿を大切にしているのは本人の意思とよりも、血がそれをさせているとも言えるのかもしれない。そんなジェバの後ろを付いて来ている小さな少女。トバ家の中で珍しい程に未来を見通せる力を持っている少女であり、その力故にジェバの元に預けられていた少女である。

 

「未来なんて見たくない」

 

 そう少女がジェバに泣きながら言ったのは、無意識に少女が人の未来を見てしまうから。普段仲の良い友達やその親が突然病気になる。大きな怪我をする。時には死に至る。そんな未来を見たら小さな子供の精神は早々に折れてしまう。

 その上、注意を促せば気味悪がられ、少女が何かしているのではないか? とも勘ぐられてしまう。ゼピック村で大きな影響力のあるトバ家の一門で、占い師を輩出する家系と知られて多少和らいでいるとはいえ、不幸を口にして喜ばれる訳はないのだ。

 そんな状況に置かれた少女を守る意味でもジェバは一度自分の家にこの少女を招いた。何としても守ってやらねばならないと感じたのもある。その為には未来を見る力をコントロールする必要があるのだ。それは本人が望まない占いの仕方を教える必要がある。

 

「良くお聞き。お前は今自分の持っている占いの才能が大きすぎて勝手に未来を見てしまっている状態なんだ。未来を見たくないのなら、まず占いを知る事だ。

 その占いの仕方を覚え力を自分でコントロールする術を身に着ければ必要以上に、また自分の意思でなくても未来を見てしまう今を変える事が出来る」

 

 普段の優しいジェバと違う真面目な表情に少女がおっかなびっくりに話を半分位しか理解していないが何度も頷く。

 

「少し厳しいかもしれないけど、お前に占いを1から全部教える。本来はお前の様な年の子に教えるものではないものもある。

 でもね、今これを覚えないとこれから先ずっと見たくない未来をお前は見てしまう。だから、辛いと思うけど頑張っておくれ」

 

 ジェバの瞳は間違いなく自分を心配している。それだけは理解できた少女が頷くとジェバが優しく少女を抱き寄せる。

 

「きっとお前は先祖返りってやつなのかも知れないね。心配することはないさ。お前はただ人より感が鋭いだけなんだ。ただそれだけの事。

 それ以外は普通の女の子なんだから、もし何かあれば家の悪ガキをお前の護りにつけてやるから安心おし」

 

 そう笑ったのはこの少女と自分の息子が年端もいかないながら微妙な空気を作り出しているのを知っているからだが、それを聞いた少女が少し嬉しそうに微笑む。そんな関係から始まった師弟関係はこうやって神殿の清掃に来る位まで明確に強いものとなっている。

 

「さてっ、こんなものかね」

 

 今日のお勤めを終えたジェバがゴミと掃除道具をまとめていると、少女が女神像をずっと見つめているのに気がついた。最近力をコントロールする為に教えた占いだが、その結果更に少女の潜在的な力を引き出す事もしていた。本来少女の求めている事ではない結果に悩ましいものがあるのも事実だが、占いによる力のコントロールを覚えた事で無意識に人の未来を見る事は激減している。

 その結果も少女は理解しているだけに如何ともしがたいものがある。とはいえ、精神的な余裕も出てきたし、自分の力を知っても気味悪がる事もないジェバの息子を子分の様に従えている事もあり、その不満も少しずつ薄れ、いつのまにか年相応の少女らしさが戻ってきていた。それを見ていてジェバは喜んでいるが、息子の方は少女に付き合わされる事にもう諦めている様子でもある。

 

「どうかしたかいサラ?」

 

 名前を呼ばれて少女が振り返る。その表情にあるのは困惑の色であった。

 

「うん……何か女神像を見ていたら……」

 

 少し、どう言葉にするべきか悩んでいる様に見える少女を急かす事なくジェバが次の言葉を静かに待つ。

 

「変な事を言ってると思うかも知れないけど、女神像の表情に一度に1000人の夫を持つ相が見えるの」

 

 年端のいかぬ少女故、そう表現する事しか出来ないのだろう。だが自分が言っている事のおかしさを少女自身理解している。夫を一度に多数持つ等という事はありえない。逆の形であれば貴族や王族が複数の妻を持つ一夫多妻の形があるが、多夫一妻というのはまずありえない事なのだ。

 

「何かを暗示しているのかも知れないね」

 

 そう、問題は何を暗示しているのか? が問題なのだ。子供ゆえにサラは何かを考えるにも知識的な限界があり困惑するしかないという状況なのもわかる。とはいえ、ジェバにそれの意味がわかるか? と言われても正確に理解するのは難しい。まして自分が見たものではない以上、直感で何かを感じ取る事も出来ないのだ。

 

「1000人という数はあくまでも絶対にその数だというわけではないだろうね」

 

 そう、この場合の数字はあくまでもそれだけ多くの男、という事が言えるのだろう。直感的に数がそうだと感じられても占いの結果数が下回る事があるのだ。見える、感じられるという点でそれだけの数の男が女神に関わりが出来る。という何か訴えかけるものがある。これは間違いようのない事実なのだ。

 では、夫とは? この言葉に意味される事を考えるとどうもそれらしい答えを思い浮かべる事は出来ない。そもそも、神たる存在はただ一人の人間に愛情を注ぐなどありえないのだ。同じ神同士の婚姻ならまだしも。ましてそれが多くの人間となどと……。

 

「わからないものはここで悩んでいても仕方ない。早く帰ってまずは食事にしようかね」

 

 考え込む少女の頭を撫でながら笑うと、釣られて少女も笑顔になる。この親代わりの女性の料理は世界一美味しい。そう公言している少女だけに、食事という言葉は、どんなに暗い気持ちになっていても、一瞬で笑顔に変える魔力があった。

 それにしても、僅か数ヶ月だ。家に来てこの少女がすぐに馴染む早さも驚いたが、一番の驚きは占いを教え始めてから、物凄い勢いで教えたものを吸収していく。まるで、乾いた砂が水を吸い込むが如き。そう感じられる。そして本来の才と合わせて占い内容がより内容が細かいものとなっている。

 以前なら○○ちゃんのお父さんが溺れて死ぬ。という漠然としたものだったのが、今では何日の何時に漁に出ていたら船が転覆して死ぬ。と詳細まで言い当てる様になっているのだ。末恐ろしい程の力である。だからこそ、自分の力に恐れていたのだろう。人の未来が見えてしまう事と死の光景が見えてしまうのだから。

 だからこそ、心配してしまう。自分の未来まで見通してしまうのではないか? と。この少女にはそれだけの才能がある。そして事占いに関しては才能の高さと幸福がイコールではないという事も往々にしてありえる事なのだ。

 何より、女神像の表情からそんな相を読み取る等、自分ですら出来ない事をこの少女はやってのけたのだ。これの意味する事を考えると、やはり自分が一時的に預かってよかったとも思う。

 

「悪ガキも腹すかせているだろうし、サラも料理を手伝っておくれ」

 

 ジェバの言葉に元気よく返事をしながら神殿を出る際に少女が振り返る。少女が見た女神像の貌に写る相。暫くの年月を経て、この時自分が見たものがこのエステリアで起きる騒乱の中で大きな意味を持つ等、この少女が夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステリアが観光で成り立っていた経済から劇的な変貌を遂げるのはそれから10年以上の月日が流れてからである。それは銀がエステリアで発掘された事からはじまった。それも大変良質な銀であり、元々の治安の良さ。エステリアが海上交易路に接続しやすい場所にあるという要因も重なり、一躍エステリアを経済的に豊かにするきっかけを与える事になった。

 人が多く流入し、ミネアの街は大きく豊かになった。このゼピック村も神殿とダームの塔への観光が中心の村だったのが、多くの炭鉱労働者と増大した人口を食わす農業や牧畜業の拡大と目に見えて発展した。これは海辺の村も同様に港湾整備と、漁で取った魚は直ぐに高値で売れるという事も合わさり発展していく。

 この大きな変貌を喜ぶ中で、このエステリアで古くからの住人の一人が銀の発掘に最後まで反対をしていたのも今では忘れ去れてしまった。その人物が最後どうなったのかも、その子供が行方不明になってしまったのも。

 そう、このエステリアの、人間の暗黒面を表す事件だけに事件を知る者は皆口を閉ざし、闇に葬ってしまった。

 そんな負の面を抱えたこのエステリアの発展の中で問題は大きくなる。観光客に加えて多くの労働者や商人の流入である。当然、その中には詐欺やスリ等の小さい犯罪から強盗殺人等の凶悪な盗賊の流入もある。エステリアの治安の低下もあり悪ガキと呼ばれたジェバ家の息子が盗賊団を組織して活動を始めた。彼らが狙うのは街の安全を脅かす者を排除したり、エステリアの住人を騙している人間を外へと叩き出す事。人の流入で生まれた変化だが、それでまさか自分の息子が盗賊になるとは考えもしなかったジェバが日々苦笑している。

 そんな色々な面を抱えたエステリアの発展も長くは続かなかった。突如炭鉱奥から大量発生した魔物が工夫達に襲い掛かり、ついには街ひとつを壊滅させてしまったのだ。エステリア中にあふれる魔物と戦う為に本土へ知らせが走り、軍や傭兵団が組織されエステリアに派遣される事が決まった。エステリアに膨れ上がった人口を支える為の交易船や一時的な避難の為の往来もある。

 

「心配する事などない。今いる魔物共は直ぐに駆逐され、直ぐに銀の採掘が始まる」

 

 ミネアの街の町長の言葉であり、皆それに頷いていた。本土から来る名のある傭兵達。本土の軍備を整えた兵士達がくれば魔物など直ぐに根こそぎ刈り取ってくれる。そう信じて。

 特に銀鉱山においてあの家の者が言っていた災い等あってたまるか、と事件を知る者達は思う。せっかく人を闇に葬ってまで手に入れたこの繁栄をむざむざ失う等できるものかと。

 

 だがその希望もエステリア周辺で起きる嵐によって容易く潰えた。兵員や食料や武器を満載した船団が嵐によって壊滅したのだ。その後幾度か船を派遣したものの、全て嵐によって沈没させられる事から、エステリア周辺に発生している嵐を嵐の結界と呼び、完全に外界と孤立化したこのエステリアは魔物から逃れる事も出来ず、エステリア住民の全滅の現実と向き合う中、赤毛の冒険家がこのエステリアへと漂着するのである。そして事態は劇的に動き始める。

 

「あの子も、こうなる事を見ていたのかね」

 

 小さくジェバが呟くのはサラとゴーバンがこの家を巣立って以降、新たにこの家で生活をする様になった二人の人間を見て、大切な娘を思い出したからだろう。赤い髪の剣士は今は武装せずに戦いの中の貴重な休息を楽しんでいる。もっとも、彼の性格なのだろう。世話になっているから、とジェバの家の修繕をしたり、田畑の維持の為に農具をもって出かけるのを見ると本当に休息しているのだろうか? とも思えるし、このエステリアを救う人間に見えない所もある。

 そんな赤い髪の剣士の傍には、彼が神殿地下で捕らわれていたのを救い出した少女がいる。外で作業している彼の為に軽食を用意してもっていく姿は何とも健気で可愛らしい。当初は失ったあの少女の様に記憶喪失の青い髪の少女を思っていた。何も知らない、恐らく貴族か豪商の娘と思われるこの少女に家事や占い、赤い髪の剣士の為にと薬草作りを教えていくといつの間にか、守らなければならないという感情の他に、この少女を実の娘の様に感じる様になっている。大切なこの少女。この少女と引き合わせてくれた、サラが認めた剣士、アドルには本当感謝していた。

 本来なら、あの娘の為にと蓄えていた結婚の為の費用。これを青い髪の娘に使わせる事も予知していたのかもしれない。そう思える程にジェバの中で若き冒険家の連れ帰った娘は大きな存在になっている。きっと、サラが自分やゴーバンと距離を暫く取っていたのも、自分を失ったことで悲しむのを少しでも和らげる為。サラならそうするというのは想像が出来てしまう。

 

「神殿に囚われていたのは何かの理由があるにしても、あの子は私の命をかけて守って見せる。きっとサラが私の事を理解してアドルを導いたんだからね。

 ただ……本来ならちゃんとあの二人がくっついてアドルが守ってやるのが一番なのに、あの調子では……ね」

 

 若い男女。人目を盗んでは肌を合わせる事もある。それはジェバも明敏に悟っている。自分だって若かりし頃は夫と逢瀬を重ねたのだ。アドル達だって同じなのだと理解している。ただ二人の関係がそこまで発展しているのならば、出来れば恋人以上の、少し急ぎすぎともいわれかねないが、夫婦になって欲しいとも思う。

 というのは、アドルの助け出した青い髪の美しい娘。フィーナが記憶を取り戻した時、この子をサラの様に失ってしまう。そう感じてしまったのだ。占いの力ではない。ただそれは心の中で危機感として存在していた。自分の元にいなくても良い。ただ近くにはいて欲しい。その為には年齢的に結婚していてもおかしくない想い合う二人が結ばれるのが一番確実なのだ。

 

「この際、フィーナに赤ちゃんが出来てしまえばいいのかも知れないか……

 いや、婚前交渉を盛んにしていたと知られたらあまり良くないし……まったく」

 

 エステリアでは古い考えでは婚前交渉を行うのはあまり良くないとされている。とはいえ若い男女。しかも互いに心を交わした相手を前にして感情が高まればお互い求めあう事もある。だが夫婦となる前に子供が出来てしまうのは幾ら古い考えが緩んできた今の世とはいえ、やはり聞こえは良くない。

 ましてアドルは流れ者と一部からいまだに思われているのだ。だからこそ、二人の間で互いに恋人以上の関係に深化して欲しいのだが、アドルが煮え切らないのだから頭が痛い。何よりジェバも勝手な部分があるのだと承知しているが、アドルに一度は「お前に大切な娘はやらん!」と言ってやりたいとも思っている。何とかアドルの背を押す様にゴーバンかデミに働きかける必用があるが、上手くいくかどうか……。

 

「ちゃんとフィーナと儀式を済ませたというだけでも、今は良しとするべいなのかね」

 

 赤い髪の男と手をつなぐ青い髪の娘。その二人が湖へと向かっている様子を見送りながら静かに目を閉じる。本当かはわからない。だが自分の家の中だけで伝わる古き神々の神話の中で、少しだけ違う口伝。

 イースの女神は悲恋で好きな男と別れたのだ。そう伝えられている。きっとその口伝があるからこそ、フィーナには惚れた男とお互いに想い合う相手と夫婦になって欲しいと思っているのかも知れないと思えた。

 

 

 

2

 

 

 

 ミネアの街を囲う高い壁の下。そこがいつからか突然現れた美しい吟遊詩人の娘の定位置となっていた。時折その城壁に登れば遠くダームの塔や、空を高く見上げる憂いを秘めた瞳は男達を引き付けるが、その神々しさと神秘的な雰囲気は人を寄せ付ける事がない。時折、酒場で日銭を稼ぐ為にハーモニカで聞いた事のないが懐かしさを覚える曲を演奏をしたり、古い物語を謡う姿は美貌と相まって瞬く間に人気になっていった。中には彼女にお近づきになろうとする輩も、酒を飲ませて良い潰そうと考える輩もいたが、不思議と成功したものはいない。

 彼女と親しい関係に慣れたのはこの街では小さな子供位であろう。街の中で兄が炭鉱で怪我した事で母親が看病でかかりっ切りになり、だからといって我儘を言って母親を困らせる事も出来ない。仕方なく表で一人でいた少年を見た吟遊詩人の娘が声を掛けて一緒に遊んだり、字や算数を教えたりする姿が目撃されている。普段見せない笑顔を見せる事もあり、普段物静かで感情の起伏の少ない彼女が少年に向ける笑顔は遠くから見守る男達に大きな話題となっていた。

 

「しかし……隙のねぇ女だな」

 

 そう口にしたのはミネアの街で一番の悪と知られる男である。と言ってもその悪さの程度は知られている。元々自警団のある街である。その上このエステリアで盗賊や悪徳商人といった男以上の悪は義賊ゴーバンによって征伐されたり、エステリアからたたき出されている。ピムと同程度の小悪党程度である。それだけゴーバンやこの街の治安が良いという事であり、際立った犯罪を男もピムも出来ていないのだ。だから姑息な手を使うしか方法がない。

 酒場で演奏を終えた彼女をたまたま一緒にいた踊り子の娘と一緒に席に誘い泥酔させようと飲ませたのだ。だが自分や仲間の男が一杯飲む間に彼女に二杯を飲ませたいたはずなのに、彼女は泥酔する処か、酔った足取りも見せず、先に潰れた踊り子を連れて帰っていった。最悪踊り子の方は持ち帰って楽しむ予定が崩されてしまった苦い思い出がある。

 他にも子供と遊び終わった彼女を誘ったりしても上手く袖にされ、一度物陰に連れ込み、ピムの店で裏取引される大陸で禁制の薬物を使い強引にモノにしようかと、仲間と邪な考えの元彼女に近づこうとしたら何故か見つけられない。見つけても人がいて手を出せない。そんな状況で不発に終わっていた。

 

「いい加減、あの可愛い顔にたっぷりぶっかけたいぜ」

 

「俺は腹の中パンパンになるまで出しまくって、ぜってぇ俺のガキ孕ませてやりてぇ」

 

 そばにいる仲間の男達の言葉。そう三人で何度も色々やって全てが不発に終わった経験を考えると、もう多少の実力行使もやむなしと思っている。金も時間もかけて駄目でしたで済ませられるわけがない。いつ魔物に襲われて死ぬかわからない今の世の中、死ぬ前に好き勝手やって、上手い飯を食い、うまい酒を飲み、良い女を喰う。好きに生きてやると心に決めた男達が限界を超え過激な行動に出るのは必然と言えた。

 

「あのガキとレアが遊んでいる時間はいつも大体同じだ。時間と場所さえ押さえれば流石に逃げられんだろうし、見つける事も容易いだろう。

 今度こそ絶対やってやる」

 

 絶対に美しい吟遊詩人のレアをたっぷりと犯してやる。男達の眼は飢えた肉食獣の様にギラついており、レアの体を舐め回す様に見つめていたが、レアはまだその危険性を察知していなかった。

 危険を予知するまで力の回復がしきっておらず、せいぜい一~二時間前に危険を悟る位であり、それも意図的に魔力を行使しなければならない。だがそれも、ダルク=ファクトがミネアの街で銀製品を盗み出している状況であり、下手に魔力を行使すれば見つかる可能性がある。この状態では容易くダルク=ファクトの手に落ちる。それを避ける為に魔力を行使できない。するにしてもダルク=ファクトが街にいないタイミングでなければならない。

 更にレアにとって見れば人間は取るに足りない存在と思っていた。別に下等な生物とみているわけではないが、今の状態であっても、以前邪な感情で近づいてきた人間から逃げきれた様に対応できる。そう思っていたのだ。

 力が違い過ぎる。無意識の油断。普段の彼女であればこの様な油断とは無縁だったはずだ。だが、この世にまた目覚めた時、黒真珠の封印を解いたのがファクト家の末裔と知った時のショックがあった。そして、無様とも言える逃走を強いられた事。その為に半身とも言えるフィーナを見捨てる形で。ミネアの街に潜伏してみれば、自分達の王国は滅び去っていた。そして少しずつ力が戻ってきた事で過去の神官達の魂と、その末裔を探ってみれば、ファクト家本家は次男が継いでいた。

 だが長男は妻を娶っていた。そして子供をなしていた。あの時、あの時代、確かに自分達は心を通わせていたにも関わらず、女神レアを失った彼は妻を娶り、子をなして血筋を残していた。裏切られた。そんな想いがレアの中に生まれ、今も心をむしばんでいる。

 記憶を失っているフィーナは無事に赤い髪の剣士に助けられていた。それもあっただろう。だがゼピック村で生活していく内にフィーナが赤い髪の剣士、アドル・クリスティンに好意を抱いているのは簡単に理解出来た。モンスターと戦い無事に危険な場所からゼピック村に連れ帰ってくれた。村で倒れた時は見舞いや薬の調達をしてくれた。記憶がなく不安な時は傍にいて、いられない時もミネアで懸命に自分の家族を探してくれた。そんな男性に惹かれないはずがない。

 そしてアドルもまたフィーナに対して特別な感情を抱いているのが解った。見ているだけでほほえましい二人の逢瀬。手を繋ぐ事すら恥ずかしさで顔を赤らめる姿は自分が見ても可愛い女の子だと言える。きっとフィーナは自分の事を過去、この様に見ていたのだろうとも思えた。

 正直羨ましいと思った。女神にあるまじき妬みの感情。特にあの彼の事があっただけにその感情は大きく膨れ上がっていた。

 恋人に加え、遂にレアとフィーナは昔手に入れる事が出来なかった同年代の友人も手に入れた。そして母親とも言える存在のジェバ=トバもである。元々神官の末裔故にフィーナを匿う様子だったが、いつのまにかジェバは無意識に理解していた女神としてではなく、本当の娘としてフィーナを慈しみ、守ろうとしている。

 何故自分が手に入れる事の出来なかった友人と母親を手に入れ、自分が失った恋人をフィーナは手に入れたのだろうか? 自分には何もないのに……

 この街で出会った少年はそんなレアの心を癒す唯一の存在だった。だが考えてもしまう。もし、あの動乱が無ければ女神レアと彼はどうなったのだろうか? と。もしかしたら平和な世が続き、女神と騎士は結婚をしたかもしれない。もしかしたら子供をなしたのかもしれない。今目の前にいるこの子の様に可愛いが、しっかりした部分のあって少しわんぱくな部分のある男の子を。

 そう思うと少年をとてつもない程に愛おしく感じる。同時に失ってしまった自分の幸福。両手から失われてしまった宝物の価値に絶望してしまう。もしかしたらこの子の様な子供をこの彼との交わりで宿し、産み、抱きしめ、一緒に遊んだり簡単な勉強を教えたり、歌を歌ったり……。そんなささやかで、温かい幸せを失ってしまったのだ。

 だからこそ、フィーナの生活を見てこう言葉にしてしまう。

 

「このまま夢を見させてあげたい……」

 

 これは女神としての職責から発せられた言葉。だが、この言葉に一欠けらも私心がないと言えるのか? それはレア自身が理解している。私心だらけなのだ。そう、この身の奥底にあるのは妬心。半身の妹に対しての嫉妬。自分が経験した恋愛をただフィーナがしているだけなのに。

 自分が彼を失った事で、フィーナを夢から覚まそうとしているのだ。自分がついに叶わなかった想い人を肌を重ね快楽に浸る。自分に出来なかったことをしている妹を、ずるいと女神に戻そうと……。

 村の生活の中で年頃の娘と恋の相談をして盛り上がる。時にはお互いのパートナーの話しからどうしたら良いか、そんな相談もする。年齢もしがらみもない普通の女の子同士の会話。自分達には妹の様なユニカしかいなかった。なのにフィーナは友人を作り青春を謳歌している。

 そのユニカの子孫はフィーナを無意識に女神と認め守ろうとしていたが、いつしかその心はサラを失った影響など関係ない。フィーナを本当の娘として考え、占いや薬草の作り方だけではない。家事といった事、すべてをジェバは教えている。それはフィーナが嫁に出た時に困らない様に。本当の娘と思えているから何処にお嫁に出しても良い様に教えるつもりなのだ。

 そしてジェバが期待しているその相手はフィーナと互いに想い合う相手。レアが失ったのにフィーナは姉神以上に、何もかも手に入れたのだ。もし、姉神があの騎士を知らなければ心を奪われただろうそれだけの人間である想い人、アドル・クリスティンを。

 

 恋人。友人。母親。何故こうも違うのだろう? 何故トールは自分を失ってすぐに新しい恋を見つけ、愛へと育て、子を作ったのだろう?

 覗き見るつもりはない。だがフィーナを心配しているのは事実である。妹神の元にアドルがいる。だから感覚と心を繋げフィーナがいる周辺を覗き見る。心が痛むのを理解しながら。時にはフィーナがアドルに抱かれている所も見た。流石にずっと二人の交わりを覗き見る等ふしだらな事は出来ないからフィーナとの接続を断つが、それでもアドルに抱かれる妹神の多幸感。体の感覚が伝わりアドルから与えられる肉体的な快楽も同調した事で共有した事もある。

 だが一番何よりもレアの心を折ったのは、フィーナの張り裂けんばかりのただ一人に向けられた強い愛情。その愛情があれば口でアドルを喜ばせる事も厭わない。また恥ずかしさはあっても自分が快楽を得る為だけなく、アドルにも快楽を与えたいと自分で腰を振って性的刺激を与える。お互いに愛おしい人を快楽で喜ばせたい普通の恋人の営み。だから何としても目を覚まさせたかった。

 自分だけ逃げ回り、この様に隠れ潜む中で、フィーナだけ幸せな状態でいるなんて、お互い双子なのだから同じであるべきなのだ。

 

 そんな負の感情が渦巻く姉神の体がビクリと跳ねる。当然街の中に魔力を感じたのだ。これは間違いなく瞬間移動の魔法。それにこの感覚は間違いない。黒真珠の封印を解いたファクト家の末裔、ダルク=ファクトの魔力である。

 

「ここでは駄目ね……」

 

 慌ててレアが身を隠す様に城壁の上へと昇る階段へと姿を隠し、少し考えた後に城壁の上へと足を進める。今からフィーナとの魔力で行ってる同調を断つのは魔力が発してしまう。そうなればダルク=ファクトに発見され、力の回復の出来ていない状態では簡単に虜囚となってしまう以上、このまま同調を維持する方が魔力の動きがなく、発見されることも少ないので安全と言えた。どうせこの街に身を潜めているのは魔人とかした彼の者に見当を付けられているのだから問題はなかった。

 

「何もこんな時に……」

 

 そんなレアの呟きは城壁の上を吹き抜ける風にかき消される。どうやら魔力を感じてはいるが、女神は潜む場所の特定を魔人は出来ていない様子。そもそも街にある銀製品を根こそぎ盗み出している様なので一安心ではあるが、問題は妹神との同調を続けている事にあった。

 フィーナから流れてくる感情は恥ずかしさと愛おしさ。アドルに恋する乙女の感情。湖での水遊びをして、透けて見えた体に気が付いた事での感情。アドルが欲情している。それは妹神と赤い髪の剣士をレアの魔力で俯瞰的にみているから理解できる。そしてこの流れは間違いない。

 まだ日の明るい内から二人は人目を忍んで交わるのだ。そうとわかってフィーナの心拍が跳ね上がり緊張していくのをアドルと口づけを交わす事でより強く感じる。

 

 だがレアは知らない。このタイミングの悪い魔人の登場による、妹の房事から同調を断つ事が出来ないだけではない。美貌の吟遊詩人の体を楽しむべく、男達が城壁に上ったのを確認して二手に分かれレアを挟撃する様に動いている事に。この小さな不運の積み重ねが姉神を歴史の闇へと落とすきっかけとなる事に。

 

 

 

 思わずレアが自分の唇に指をあてる。フィーナにアドルが口づけをしたのだ。その感触がレアに伝わる。彼の唇の感触は本来はわかるわけがないのに、妹神と同調しているため、鮮明にそれが伝わってくる。そして力強く、でも優しくアドルの両の腕に抱きしめられる感覚。同時に心の中に沸き起こるのは男性への恐怖の感情。それはレアも感じた邪な男達の欲望の視線。レアも何度か男達に狙われて逃げ延びたが、あの様な気持ちの悪い視線となる目と同じ様に、アドルの眼も確かにフィーナを求める欲望の染まった瞳なのだ。そんなアドルに木を背にして寄りかかる様にして逃げ場を失う。

 だが、妹神の心の中で変化が見える。怖いと思っていた中で、その恐怖が薄らいでいくのだ。それは無理強いをしないアドルの姿勢。興奮を抑え、フィーナが嫌がればすぐに行為を止める意思をもっている。そうフィーナが感じた。無理やりな事をされない。その安心感が妹神の心を安堵させる。

 それと同時に安心感と同時に心の中にある感情に気が付く。それは喜びだった。自分の大好きな人が自分を求めている。そう気が付くとちゃんと自分は恋愛感情だけではない。性の対象としても見られているのだ。欲情している。これ以上強引な事もしない優しさと、でも自分を求めてくれる欲求を示してくれる。

 当初とは相反する妹神の心の動き。だがアドルが自分を求めてくれると嬉しいと思い、先ほど足を覗かせたりしたのだ。恥ずかしい中で勇気を出して行動した結果。アドルが性の欲望に燃えた眼を見せた事に驚いたが、慣れてしまえばそれは他の男達とまったく違うものだった。

 このままではアドルとフィーナの交わりがフィーナを同調している事によって全て伝わってきてしまう。性行為から生まれる心の喜びも。そして肉体的喜びも。あれだけ心の喜びや幸福感が伝わってくるのだ。もしこのままアドルとフィーナの性行為が行われるのを同調を続けたらどうなるか? 急いで同調を切りたい。だがそうすれば間違いなくダルク=ファクトに自分の位置が特定される。そうなればどうなるか? 何より今つかまるわけにはいかない。もう少し、アドルがダルク=ファクトと戦う為には力を付ける必要があり、それを導くまでは魔人に捕らえられる訳にはいかないのだ。

 

「おっ、レアちゃんどうしたんだい? こんな所で?」

 

 そう声を掛けてきた男がいる。レアが驚いて振り返るとそこにいたのは一人の男。そう、自分に邪な欲望を抱いていた男だ。そして自分を辱めようと考え酒場で大量に酒を飲ませた男である。幸い魔力を使いアルコールを中和した事で泥酔をさけて、自分と一緒に手籠めにしようとした踊り子を連れて逃げた。

 それ以外にも自分を人目のつかない所に連れ込み凌辱しようとした事もあった。その未来を予知し、徹底して隠れ、逃げ回り魔の手から逃れた。

 それが昨日の事の様に思い浮かぶ。そうやって何度も自分を狙った男が簡単にあきらめる訳がない。間違いなく自分を狙ってきたのだ。

 

(逃げないと……)

 

 今は魔力を使う事が出来ない。そしてアドルとフィーナの営みから送られてくる性的興奮や快感。幸福感に煽られている今の状態はとにかく不味い。

 

「いえ……アーシェルとの約束まで時間つぶしで次の酒場での演目を考えていました。

 そろそろあの子との約束なので……」

 

「おかしいなぁ、時間までまだ余裕あるだろ」

 

 言い終えない内に後ろから羽交い絞めにされ、更に口の中に少し湿り気のある布切れが押し込まれる。奇しくもフィーナがアドルとの交わりで嬌声を上げない様に彼のハンカチをくわえ、しっかりと噛んだ瞬間であった。

 

「へへっ。何度も失敗したがその分待たされたんだ。たっぷりと楽しませてもらうぜ」

 

 そういって、性欲にたぎった眼で男達がレアに襲い掛かった。

 

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