醜い勇者の大冒険 ~転生したのは豚人(オーク)でした~ 作:ガリアムス
「…忘れんぞ、この屈辱」
焚き火を中心に大毅と女が対面するが、彼女は睨み付けたままで、歯軋りしている。何故なら、彼女の南蛮兜は大毅が水汲み兼調理用の鍋代わりになるよう、改造の際に変な力加減を加えた結果、見るも無惨なボコボコの鉄塊に成り果てていたからだ。
見る影もなく、修繕は最早叶わぬ願い。兜として御役後免というべき惨状。悲しみと怒りに燃える彼女の目の前で、大毅は元南蛮兜の鍋に組んだ水を沸かしつつ、拾ってきた木の実を放り入れる。
「おい豚、何を作っている?」
「スープだ。拾った木の実と良い匂いのする物体に加えて、こいつを入れるんだ」
そう言って彼が右手に秘めた物は、事も有ろうかピンポン玉くらいの大きさのダンゴムシとカタツムリ、極めつけにイモムシと言う、常人を逸脱した目を疑う物ばかり。
目撃した彼女は思わず口を押さえて、腹の物を戻さぬよう堪えるのに精一杯。赤と緑が混じった色のスープは、既に只でさえ不気味で不味そうであるのに。
「お、おい豚ぁ!?何て物を持ってきた!?馬鹿なのか!どう考えても馬鹿だよな!」
「何言ってるんだ?俺が元居た世界じゃエスカルゴって言う、食用のカタツムリってのが普通に有るし、イモムシやダンゴムシはしっかり火を通せば、なんやかんや旨いぜ?」
「そうゆう事を言ってるんじゃないんだよ!オレは女だ!!虫とか気持ち悪いのが大嫌いなんだ!!!」
嫌だ嫌だと怒鳴り散らす女を余所に、串にイモムシとカタツムリをぶっ刺して焚き火の周りで焼き、ダンゴムシを鍋にボトボトと放り入れて掻き混ぜる。
「うぇえ…っ!?おろろろろろろろ…」
チラ見で嫌悪の視線をするが、スープの中でクルトンのように浮くダンゴムシを直視し、終には戻してしまった。
「あーあ、面倒な…。さてさてスープの味は、っと…お。見た目こそグロテスクだが、中々いけるじゃん」
「何処がだ!?どう此れを見間違えたら、旨いと言えるんだ!?先ず液体の色とダンゴムシが入ってる時点で駄目だろうが!!」
女の言い分は間違いではない。そもそも自分が元居た世界の飲食店業界では、ダンゴムシ等の昆虫をスープに入れようものなら、即刻営業停止処分は免れない。
「あのな…豚人[オーク]の俺が言うのも何だが、食べ物もろくに取れない時、お前さんはどう生きるのかい?」
「根性で生きる」
「そんな理論で生きられたら、誰も苦労は要らん。
生きてる以上は腹が減る。
腹が減ったら動けない。
動けなければ死ぬ。
死んだら元も子もないんだぜ?」
正論である。間違いなく、至極全うなまでの極論に、女は言葉を返せない。
「まぁ、騙されたと思って食ってみな」
ほれっと石皿に乗せられたスープが彼女に手渡される。マグマのように沸騰し、重い泡を膨らませ弾け続ける其れは、食欲減退を加速させるばかり。
…そう。最初は思ってはいたのだが、迫り来る空腹には勝てず、彼女は観念し半ば自暴自棄にスープを口に含んだ。
「…今まで食った飯の中で最低最悪の味だ」
「でも、食えたじゃねぇか」
「誰のせいだと思っている。…ほら、早く代わりを寄越せ豚。イモムシとカタツムリも食うぞ」
「あいよ」と空皿を受け取り、スープを入れて渡すと1分で空になって返ってくる。
文句や不平、不満を湯水の如く垂らしながらも、女はスープを飲み、焼けたカタツムリとイモムシを頬張り、またスープ…。此れを繰り返し続けて、仕舞いには鍋の中身と焼きイモムシとカタツムリを平らげたのであった。
その量、実に大毅の5倍。彼よりも頭を2つ近い背の差も諸ともしない大食のようである。
「よく食べました」
「ふん…。いずれ借りを返す時は、このスープ以上の苦く苦しい物を与えてやる。だが、今は…助かった」
腰の太刀を右側に置き、女は正座で小さく頭を下げる。
先程までの殺気や覇気は感じられず、逆に違和感と不気味さが増した。だが、黒さが抜けてリラックスした顔付きは淑やかな女の子を彷彿とさせて、大毅の心臓は少しばかり跳ねた。
「オレの名はノブナガ。此処から西の方のチーアの里に住んでいる。家の里はこの辺り一帯でモンスターから他の村々を守ったり、警備業で収入を得て生活しているんだ」
「そうなのか…。俺は大毅。真杣 大毅[まそま だいき]だ、ノブナガ」
「ふっ…豚のクセに、随分な名だな」
「まぁ、元人間だしね。俺」
「…え"!?」
「驚いた?」
「どうしてそうなった」
ノブナガがそう尋ねたので、大毅は自分に起きた事を大まかではあったが、彼女に話した。
自分はこの世界とは別の世界出身である事。元々は人間で高校生だと言う事。自分は1度死んでいる事。
そして転生した先に居る大魔王討伐を条件に神様に時戻しの約束をした事を。
「…悲惨だな、お前の人生」
「生きてりゃ良い事もあるさ」
「1度死んでるくせに」
「そうだな」
焚き火の炎は静かに、木々の隙間から覗く黄昏時の空を仄かに照らしている。
「なぁ、豚」
「大毅なんだが」
「お前、何処か行く宛でもあるのか?もし良ければ、オレの里に来る?」
思い掛けぬ提案に大毅は自分の耳を疑った。豚人(オーク)は人間からすれば、化物の類いと同じであり、人の住む場所では嫌われ、冷遇されるに違いない。
「良いのか?俺、豚人[オーク]だけど…」
「何、上手く取り図るさ。…どうする?」
ノブナガの問い対し、彼の答えは既に決まっている。物資も装備も無い只の丸腰豚人(オーク)に大魔王を倒せる程、世の中は易く出来てはいない。
「チーアの里に世話になるよ、ノブナガ」
「決まりだな。取り敢えず早朝には出発しよう、改めてよろしくな。豚」
「豚じゃねーよ、豚人[オーク]だよ。あと大毅だからな?」
ノブナガは相変わらず、彼の事を豚で呼び、名前で呼ぶ事は無かった。当然の事だとは分かってはいたつもりだったが、やはり少しばかり寂しい気持ちになる。
森の隙間から見えた空は、黒き夜の帳が落ちて、侘しく輝星を散りばめた…
* * * * * * * * * * * * * * *
何処かで鳥が囀る声が、静寂な木々に木霊する。
朝方の体の芯が冷える、若干冷たい空気。それは、大きく出っ張っり、吸引の度に、風船のような膨張を見せる豚人(オーク)の腹を撫でた。
「こ~…、こ~…。…ん~む、カレーが…いっぱい…。むにゃむにゃ…。食べられない~…」
「おい、いい加減に起きろ。豚」
最大まで膨らんだ腹へ、鞘に納めた長刀が深く、重くめり込んだ。
「ぶっ!?げほ、げほ、おっほん!?いきなり何すんだ、ノブナガ!」
「起きるのが遅いからだ。さっさとチーアの里に向かうぞ豚、私を運べ」
「何でだよ?」
「家の里がモンスター退治で収入稼いでるのは言ったよな?設定上は「私が豚人[オーク]を打ち倒し、捕らえて見せ物にしている」という状況。
分かったら諦めて私を運ぶんだ、豚」
ノブナガの言う事は正しい。間違いなくこの先々で自分が生き残るには、そういった判断と諸種選択が求められてくる。此処では(NO)とは言えないので、渋々と仕方なく彼女を運ぶ事とした。
「因みにおんぶは駄目だ。やるなら、そうだな…肩車をやれ。豚」
「何でさ」
「高い所から見た方が、異変をより早く見つけられる。その只でさえ無駄にデカイ図体、此方が利用価値を与えてやってんだ。感謝しな豚」
図々しい発言を噛まし、鼻息でむふんと鳴らしながら、ノブナガは大毅の肩に膝裏を置きつつ、耳をぎゅっと鷲掴む。その握力凄まじく、耳が引き千切られてもおかしくはない。
だが同時に首筋に柔らかく温かな、肉の圧力が伝わり顔が綻ぶも、それを察知したのか足をクロスさせて絞め始めた。
「ぃでででででででで!!?」
「さぁ行け豚ぁ!はっしれぇ!!!」
「分かった!分かったからそれ以上引っ張んなぁあああああああ!!!」
ぴぃいいと甲高い鳴き声を響かせ、大毅はヘビーな体を大地に刻み、ノブナガの故郷・チーアの里を目指して走り出した…!
* * * * * * * * * * * * * * *
チーアの里に走り向かう2人は、最初に出逢い戦った川辺を下りながら、里の目印となっている1本の巨大樹を目指す。ところが、大毅の足は自身の体重とノブナガの全体的な重さで、段々遅くなり、遂には立ち止まってしまった。
「豚。早く走れ」
「はぁ!…はぁ!…はぁ…む、ちゃゆうな…!少しは…休ませろ…!!」
汗はだくだく、喉は空々、疲労と腹の脂は乗し掛かる。太った人の気持ちが今の大毅には辛く苦しいほど分かる。
「痩せるのって…しんどい、なぁ…」
「無駄口が叩けるだけ回復したな?さぁ走れ豚、また日が暮れるぞ」
「はい、よ…!」
「…?おい、早く走」
「ストップ」と大毅は人差し指を真っ直ぐピンッと立てる。その異変…言うなれば空気が変わったのを、ノブナガも1歩遅く感知した。
「肉食獣の臭い…しかもかなり腹を空かせてる。数は7、いや8くらい」
「…来るぞ、豚。そいつらに喰われるのだけは御免被る」
ノブナガが銃を構え、大毅は拳を握り、側面の森から近付く気配に備えて戦闘体勢を整えた。
次の瞬間、森の暗闇から7つの影が飛び出し2人を隙間なく取り囲んだ。
鋭い黄ばんだ牙に血走った眼、乱れた茶色の毛並み、全長150㎝くらい獣達は、鼻息荒らぶり涎を滴らせながら此方を見る。
「豚、こいつはマッドウルフ。此の地域一帯に十数匹の群れで住む魔狼の一種。奴等は常に腹を空かせていて1度狩りの標的を定めたら、自分がどうなろうが必ず追い詰め、仕留めるしつこさが特徴だ」
(リーダー!豚人[オーク]が居やがるぜ!どうするよ?)
(まぁ待て…俺達の『依頼』を忘れたか?豚人[オーク]何ざ後だ、女から殺るぞ。良いな)
突如聴こえてきた狼のものであろう声に、大毅は困惑しノブナガの声を掛ける。狼が喋ったと。だが彼女は「何言ってんだ、豚?やっぱりお前馬鹿だろ?」と大毅の言葉を貶し返す。
間違いない。今の自分には『獣の言葉が分かる』らしい。当然と言えば当然か、豚人(オーク)は(獣であり人)である。同時に(人と獣の領分を脱した者)でもあり、人語を扱えた時点で気付くべきだった。浅はかな己を今すぐ殴りたい。
しかし大毅は、この局面で閃く。シナプスに迸り、脳へと反射的に伝わる。
今、(豚人[オーク]の自分にしか)出来ない、名案を。
「あ、あのぅ~…」
(ん、何だ豚人[オーク]?)
「さっき僕を殺すと、聞きましたので…こ、殺される前に…色々質問しても、良いですか?」
ノブナガは驚き、唖然と言った顔をする。信じられない表情。何故ならば…
(豚人(オーク)はマッドウルフの群れを1人で撃滅出来るだけの力が有る)からだ。それも『雄に限った話ではなく、雌や子供でさえもマッドウルフの大人を打ち倒せる』…にも関わらず、大毅が取った謎すぎる行動に理解が追い付かず、思考回路がショートしてしまった。
マッドウルフ達はお互いに顔を見合わせた後、手下からリーダーと呼ばれた1匹が死に逝く哀れな豚人[オーク]に話し始めた。
(俺達は『魔王軍のお偉方に頼まれてんだ』よ。『チーアの里の連中を全員皆殺しにしろ』…ってな。
里長が持ってるっちゅう『刀』を探してるんだと。まぁ…俺達にとっちゃ、飯を喰えるんなら大歓迎よぉ)
(ぐひひ…)
(けけけ…)
下衆な笑みと笑い声を発するマッドウルフ達。目の前の弱気な豚人(オーク)を食えるとあって、もう待ちきれないと言った具合だ。
「ふ…ふはは!…ははははははは!あっはっはっ!!!!」
すると、大毅もそれにつられて笑い始めたのだ。まるで死に直面し、最後を悟って壊れた人間のように。
(喰われる準備は出来たようだな。なぁに…一瞬で決めてやる。安心して逝)
「誰が安心して死ねと?お前ら馬鹿じゃね?」
(…あ?)
其処には先程までの死を恐れ怯えていた姿はなく、獰猛にして邪気を帯びた笑みを浮かべる、1匹の豚人[オーク]の姿が在った。
「はははははははは!…俺の元居た世界じゃ、そうゆう『秘密』は殺される奴には話さないのが基本だ。
それをまぁ…ご丁寧に話してくれちゃって」
大毅は近くに転がる石ころを拾い、親・人差し・中指の3本で固定、指先に力を込めて1匹のマッドウルフに投げ付ける。風を切り裂き飛んだ石は、弾速並みの速さを得て、マッドウルフの脳天へダーツの矢のように深々と突き刺さったのだ。
「ノブナガ、此所を切り抜けてチーアの里に向かおう。状況は一刻を伴う」
「豚…お前、奴等から何を引き出した?」
「来るよ!!!」
1本食わされ、仲間を殺され、怒りに震えるマッドウルフ達は、血眼で吠え、ジグザグに走りながら、2人に襲い掛かった!
「お前達の殺り方は、把握してるんだ…よっ!!」
長銃を構え、マッドウルフの重なった瞬間に引き金を引くノブナガ。1匹はそれを回避するが、前が見えぬ状態で反応が遅れたもう1匹の鼻を直撃。風穴を開けられて地面を滑る。
(グオラァ!!!)
「ちぃ!!」
だが敵も只の馬鹿ではない。ノブナガの長銃の持つ最大にして致命的弱点たる銃弾再装填(バレットリロード)の隙を見逃さず、2匹が同時に仕掛けた。
飛び掛かり、首筋と喉笛を噛み千切らんとして。
だが2匹の顔が歪む。否、頭蓋が砕けながら刹那に空中で留まる。
「豚…骨[とんこつ]!!!」
2メートル程の巨体から繰り出された其の拳骨は、マッドウルフを鎮めるには容易過ぎる威力の一撃。地面に叩き付けられて深くめり込み、白い泡を吹き出しながら痙攣する魔狼を蹴飛ばし、大毅は言う。「まだやるか?」と。
マッドウルフのリーダーは唸る手下を宥め、先に逃げるよう指示すると1匹だけで留まり、大毅とノブナガを睨む。
(覚えていろ…)
そんな捨て台詞を残し、リーダーは森の中へと逃げて行った。
同時に脳内に響くのは、レベルアップの爽快で高らかな音楽と声。
(レベル2から3にアップしました。能力値(スキルポイント)を300入手しました。能力値(スキルポイント)は、能力(スキル)強化や他の能力(スキル)習得に必要になり、レベルアップ以外にも能力の果実(スキルーツ)を食べる事でも獲得出来ます)
「レベルアップし」
「おい豚、一体この狼から何を聞いた!」
「そうだった…チーアの里に向かおう!急がなきゃ!」
「お、おい待て!私を運べ豚ぁ!!!」
斯くしてレベルアップを果たした大毅は、マッドウルフが話から得た情報を下に、チーアの里へと走り出した。2人は無事にチーアの里に辿り着く事が出来るのだろうか?