リクエストをいただいたお話で、修正を加えて完成まで行く予定です。
0日後の高律です。
今のところバッドな感じで進んでいますが一応ハッピーエンドを目指したいと思っています。
情けない高野さんとぐるぐるするりっちゃんのバッドなお話でもOKという方だけどうぞ。
続きます。
家に帰るとダイニングテーブルの上にメモ書きがあった。
今日の律は実家の用事で休みだった。
午後は家に帰ると言っていたが部屋には不在のようだ。
今の俺たちは、別々に部屋はあるもののほぼ一緒に暮らしている。更新が来たタイミングでもう少し広い部屋に移ろうか?いっそマンションを購入かと考えているけどまだそこまでには至っていない。
それでも物件情報は常にチェックをしていて、律には内緒だけど住むのによさそうな場所の候補もいくつか決めている。
『今日は用事で出かけます。夕飯を作ったので食べてください』
和紙の一筆箋に律の読みやすいきれいな字が並んでいて、鞄を置きながらメモをつまみ上げテーブルの上の料理を眺めるとラップフィルムが乗せられた盆が見えた。
一緒に住むようになってから律はマメに料理をしてくれるようになった。
始めこそ一品料理が精いっぱいだったけど最近ではなかなかの腕前で、薄味で出汁のきいた少しだけ甘めの味付などは俺の好みにぴったりあってるからニクイ。
俺が掴んだ思っていた胃袋は、最近は律に鷲掴みにされているような気もしないでもない。
栄養ゼリーとコンビニ飯が主食だった奴とは思えない。
そう、あいつはやるとなったらいつだってきちんとやり通す。決めたことに対してぶれることがない。
好き好き言ってくれていた昔の律も可愛かったけど、恥ずかしそうにしながらもたまにくれる好きの態度が震えるほどうれしくて、そして昔から何も変わらないあいつの真っすぐな姿勢がなにより好きなんだ。
テーブルの上には白い沙羅の花が一輪挿しに生けられていた。
小さいながらもどっしりとした一輪挿しは控えめな白に太い銀の縞が入っている。
いつだったか…、律が二人の物を増やしていきましょうとニコニコしてこれを買ったんだ。
沢山はいりません。本当に必要なものを必要なだけ増やしていきましょうと、迷いに迷って白は色のついた花が似合いそうだと言ったんだ。
お盆には炊いたものが乗せられていて、あるべき場所のメモには『冷蔵庫におつくりが入っています』とメモがあった。
家族向けには少し小ぶりの冷蔵庫のパーシャルルームのドアを開けると大きな黒い備前焼のまな板皿に薄切りの刺身や生ハム、イクラやスモークサーモンをカラフルに使った手まり寿司、端には甘めの出汁巻き玉子と甘酢の筆生姜、彩りに炊いたゴボウや花形に飾りきりをしたニンジンが乗っていた。
別の鉢にはとろろと生山葵のかかったマグロの角切り、『出汁巻き玉子用です』と付箋が付いている大根おろし。
黒い塗りの盆の上の小鉢には刺身湯葉と、広がった茶碗型に深い形の白山皿には芋と大根を一緒に炊いた生麩。青く瑞々しいアスパラと空豆のソテー。細く捌いたロメインレタスと赤と黄色の細切りのパプリカ、叩き胡瓜の生タコの入ったカルパッチョ風酢の物。
漬物は小茄子
小鍋の中にはすましじたての菜花と小ネギの汁物があって、白いご飯はちょうど炊き上がったところだった。
福島産の冷酒も猪口まで冷やしてあり至れりつくせりという晩餐で、なんだか1人で食べるのがもったいないなと思うと口がにやける。
せっかくの律の作った晩餐だからな。
惚気たくてもなかなか惚気る相手がいないのが同性同士の恋のつまらない所だ、親友の横澤も色々とあるみたいだけど少しぐらい構わないだろうから赦せと、風呂から上がり携帯を手に履歴をタップした。
短いコールのあと、「なんだぁ高野、どうしたんだ?」
横澤が開口一番間の抜けた声で電話に出た。
「いや今日さ、律がめちゃ美味しそうな飯を作ってくれたから写メ送ろうかと思って。」
携帯を顎と肩の間に挟み、食事の前にと空いた手でビールの口をカシャリと開けながらそういうと
「バカなことしてないで小野寺といちゃいちゃしてろ!」
電話の向こうではウンザリという口調で横澤がぶっきらぼうに返事を寄越した。
「いや、律、今日いないからさ。」
愛しの君はダーリンを置き去りにしていずこかへお出かけだ。
「え!?」
「なんだか用事で帰ってこないってメモ書きしてあった。」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ律だって用事ぐらいあるだろう?」
「いや・・・、だって今日は・・・、5日だろ?」
横澤は何か言いたそうな口調でやや歯切れの悪い言葉を返した。
「ん?そうだな。何かあるのか?」
「いや、何でもない。・・・。」
しばらく妙な間があく。
不審に思って『なに?』と聞こうとした瞬間横澤の声がした。
「高野、小野寺とちゃんと話をしろよ。じゃあな。」
それは今までの話の続きとは思えない静かな声で終わりを告げられて
「あ?ああ。わかった。」
と、俺はそれしか返せなかったのだ。
何となく釈然としないまま横澤との電話を切って、それでもと律の作った食事を食べることにした。
ふふんとテーブルに料理を並べ、料理写真家よろしくと角度を考えたりしながら写メを撮って横澤に画像を送信した。
時々さ、あいつ張り切って飯を作るんだよな。
そんな風に思って、毎回撮っている過去の画像を見返す。
ああ、初めては去年だ…、9月5日。
この時はまだ全然手際も悪くてさ、横澤に教えてもらったって言って料理を作ってくれたんだよな。
ちょうど付き合い初めて一ヶ月目で・・・。
そうだ・・・。毎月5日は記念日のお祝いだって俺があの日(8月5日)に言ったって言って、張り切ってたんだ。
あの時のためにこの白い一輪挿しは買った。記念日のお花を飾りたいって。
食事の写メはこまごまとあるけど次に花を飾った食卓を用意してくれたのは10月5日だった。
そして次の花のある食卓は11月5日・・・。
段々と写真を見ている自分の鼓動が早まってくるのがわかる。
嘘・・・? 律は毎月記念日の5日に花を飾った料理を作っていた?
そうだ、初めての9月5日。その日さえ俺は忘れてて何時に帰ります?と律から再三聞かれていたにも関わらず帰宅が遅くなって…、自分から言ったくせにと俺を責めるから仕事だってあるし思うように時間が取れるとは限らないと思いながらハイハイと気のない返事を返した。
その態度にさらに拗ねる律の態度がちょっと鬱陶しくて、来月は忘れないようにするから、せっかくの料理がまずくなるからやめようと律の言葉を遮ったのだ。
でも結局翌月も俺は忘れた・・・。
そうだ、この料理の日は、偶然会った得意先の人に誘われて飲みに行って、酔っ払って帰ってとてもこの飯を食える状態ではなくて、朝になって食べた・・・。
飲みすぎで二日酔いっぽい俺に、律は食べられなければ別にいいですよと文句も言わず笑っていた。
いや、どうだったんだろう。笑ってたのか?時期を逃し食べきれなかった料理を律がゴミ箱にバッサリと捨てた後ろ姿をなぜか思い出す…。
途端に背中にヒヤリと寒気が走る。
花のある食卓はその後も証拠として写メに残っていた。
律はいつも何も言わなかった。
初めの一ヶ月の日に拗ねたあれ以来・・・。
そうだ、今日に限って律はどこに行ったんだ?!
昼は実家に行っていて…、帰ってきてから料理を作ったんだよな?
携帯を握りしめて律の番号をタップするけど電話はつながらない。
おかけになった電話は電源がと繰り返すばかりだ。
慌てて隣の部屋に駆け込むと久しぶりの律の部屋はまるで生活の香りはせず、溢れるほどにあった物はほとんど消えていた。
取り残されたようにある積まれたままの数冊の本の山の頂きに携帯が置かれていて、横には古い革張りのノートが無造作に広げられたままだった。
ノートの片側には文字がもう片側は白紙だ。
7月4日
『今日も先輩と図書館で宇佐美先生の新刊の話が少しだけできた。
先輩の横顔が綺麗で何にも言えなくなってどうしたの?って聞かれた。
結局何も言えなかくて。
先輩は変なヤツって髪を指で梳いてくれた。
ほんの少し笑ってくれた気がしたけど、気のせいじゃないよね?
初めの頃よりは少しぐらいは俺のことを好きになってくれたかな。
明日こそは先輩に聞くことができるだろうか?
俺のことが好きですかって。』
そう、次のこのまっ白いページはあの日だ・・・。
律が俺に『そう』聞いたあの日。
そしてずっと几帳面に毎日つけていた日記がこの日でパタリと止まっていた。
律は今日がその日だと知っていたんだ。
律はどこに行ったんだ。
▽
高野さんが毎月5日は記念日のお祝いだってとても嬉しそうに言ったから、俺はその日を刻んでいくのが二人の歴史だと思っていた。
だけど実際は俺の気持ちと高野さんの気持ちはすれ違う。
価値観というのは各自の持つものでそれを強要したり捨てたりはできない。
温かい家を持たずに育った高野さんは、おそらく自分の誕生日さえ日常の中の一日でしかなかったのだろう。
単なる祝日や二十四節季の中の一日と同じ日…、いや、それよりももっとどうでもいい日だったのかもしれない。
だから俺は記念日を高野さんにあげたかった。
俺ができることなんてたかが知れてる。だから二人で少しずつ増やしていく品物と同じように、二人で少しづつ積み上げていく何かがあればと思ったんだ。
でもそれは俺の気持ちの押しつけだ。俺がそうしたいと思うのは俺が幸せな家で育ったという奢りだったのかもしれない。
高野さんはそれを求めてはいないのだろう。
高野さんが好きで、高野さんに何かをあげたくて…、高野さん高野さんと、高野さんへの想いばかりが増えて苦しい。
そして苦しさゆえに今度は高野さんの中の俺はどれほどの質量なのかと思ってしまった。
高野さんに何かをして欲しいと思っているわけじゃない。
高野さんはして欲しいことはして欲しいと言えばきっとしてくれる。
でもして欲しい事は一つだけだと気づいてしまった。
そう、言わない俺の気持ちを言わないままに汲んで欲しい。
言ったらやってくれるって言うのはイヤだ。言わなくても分かって欲しい。
だって言ったって俺の気持ちは通じなかった。
うるさいって思われるって、そう思っただけで気持ちが震えて何も言えない。
高野さんが好きで、高野さんがいなければ生きていけない弱い人間になって、すべてが高野さん中心になってしまう。
高野さんに求めてぶつけて傷つけてしまう。
それがわがままだって分かってる。だけどそんな自分が育ってしまった…。
これ以上はイヤだ。嫌いな俺が顔を覗かせる前にお願い思い出して。
はじめの時の二人を。
揺れる俺の心がくじけてしまう前に…。
▽
以前母が夫婦の在り方について言ってたことを思い出す。
家族になっても価値観とかそういうものって同じになるとは限らないのよ。
そしてちょっとしたすれ違いが増えてね、ひとつひとつは大したことじゃないのに気がつくとワインの底に溜まる澱のようにどんどん増えて、気がつくと苦しくてどうにもならなくなるのよ。
来月は一年の記念日だけど高野さんは覚えていないんだろう、そう思ったらもう無理だった。
俺にこの気持ちのままその日を迎える勇気は出ずに湧き上がるのは疑惑ばかりだ。
高野さんは、欲しかった物が手に入って満足したんだろうか。
才能のある人だもん、今まで欲して手に入らなかったものなんてあんまりなかったんだろう。
『気が済んだ』そんな感じなのかもしれない。
自分ばかりがどんどん好きになっていく。
そしてハッピーエンドの先にあると思っていた安心感や幸せな気持ちは今をもってしても湧いてこない。
そう、いつだって心の底には嫌われて捨てられるという不安がある。
信じていないわけではない。でも信じ切ることができない。
これは漠然とした不安だ。
だって昔の素直な織田律ならともかく、こんなに捻くれたプライドばかり高い俺のことを好きだと思ってもらえるとは思えない。
だから嫌われないように色々なことを試してみたけど手応えを感じられない。
いつだって1人で空回りばかりだ。
もう嫌だ。これ以上好きになりたくない。
だから好きだって認めたくなかった。
あの時、好きだって言ってしまったのは15歳の俺の呪いだ。
いつだって嫌いだ嫌だと言いながら先輩が大好きだって泣いてたリツ…。
でも、もう俺を解放してくれる?
俺、結構頑張ったよね。
取り立てていく場所もない。こんな俺が高野さんを無くしたら何が残るんだろう…。
夜でも人で賑わっているファミレスの奥の目立たないテーブルで結露の滴り落ちるグラスの縁を見てから注文したケーキの上に乗った飾りのチェリーを指でちょんと突いた。
チェリーは夜には不似合いなほど可愛らしい艶を放って、食べられる時を今か今かを待っているようだった。
それは俺を構って、俺をわかってと言葉を発せずにひたすら待つ自分のようだった。
▽
探す当てもなく深夜の街をふらふらと律の姿を求めて歩いている。
こんな時にあいつが行くかもしれない場所の一つも思い浮かばない。そもそも友達とかいるのか?あいつ。
なんで部屋が空っぽだったの?
なんで今いないの?
なんでなんでと繰り返していると鞄の中の携帯が鳴った。
こんな時間に誰?
液晶画面を見るとそれは部下からの着信だった。
「高野さん?」
「あ、木佐?なんかあった?」
「うん、元気?」
「え?」
「いや・・・、りっちゃん元気かなって思って・・・。」
「はあ?」
「いや、あんまり元気じゃなさそうかなぁ・・・。」
「なに!」
「ケーキ美味しそうだなって・・・。」
「だからなに!?」
「あー、いや、今りっちゃんがさー、俺たちと同じファミレスにいてさ、端っこの席でケーキたべててさ。」
「え!?」
「でも高野さん電話迷惑みたいだから切るね。じゃね。」
「ま!まって!」
「なーに?」
「いじわるすんなよ・・・。」
「初めから素直にそう言えばイイのに。」
▽
隅の席でひっそりと頬杖をついたままケーキをぼーっと見ている律が目に入ってきた。
迷いがない訳でもないけどこのままにしておくわけには行かない。謝って理由を聞いて、とにかく家に帰らなければ…。
横に立つとテーブルにできた影に律が気づき、その視線が上がって俺を見上げた。
まんまるに目を見開いて驚いている律の目の前の椅子を引いて無言で座るけどどちらも口を開かなかった。
だんだんと沈黙が苦しくなって「用事ってなんだったの?」と口を開いたのは結局俺だった。
律の行動を責めるつもりはなかったけど他にかける言葉がなく、出た声は細く頼りなく空中を震えて漂っているようだった。
二人でいることがこれほど苦しいと思ったことはない。知ってしまったから余計に辛い。
「……。」
「ケーキが食べたかったの?」
「……。」
「律。」
「い、言いたくないです。」
律はキュッと口を結んで喋る気はないと俺から目をそらした。こういう時の律は簡単には理由は言わないだろう。
律は自分の汚い感情を俺に知られるのを恐れているかのように嫌う。こうやって口をへの字に結んで苦い感情を全て飲み込む。
本当はなんでも全部言って欲しいのに、俺はそれを知っているから律の気持ちを汲んで言いたくなさそうにしている事にはあえて触れないようにしてきた。
でもそれは間違いだったのだろうか…。
「これ。」
詰問したい気持ちを抑えて先ほど律の部屋で見つけた日記を開いて差し出すと、律は驚いて俺からひったくるようにノートをとりあげた。
「なんで!?」
「お前、自分の部屋に出しっぱなしだった。」
「なんで俺の部屋になんて行ったんですか。今まで興味もなかったくせに。」
ウッと言葉に詰まる。
興味がないってなんだ?
お前がいないあの部屋にどういう興味を持てばいいっていうんだ?
時々は見回りをするべきだったのか?
わからない。
「いいです。別に今更…。」
多少冷静な気持ちが戻ったようで、律が短く息を吐いてグラスに視線を落とした。
またそうやって気持ちを飲み込む。
いいってなんだ?
何が良くて何がダメなんだ?
「俺、引っ越しをしようと思っています。」
少しの沈黙を破った律の言葉に耳を疑う。
「この日記も最後に見て捨てるつもりでした。11年前の昨日、ちょうどアメリカの独立記念日で、母がチェリーパイを焼いてくれたんです。」
このタイミングで先ほどまでの暗い顔が少し晴れやかになったような気がしたのはなぜだろう。
「先輩と食べようと思ってたのに持って行くのを忘れて…。チェリーを見るたびに思い出して嫌なんです。だから気持ちのお弔いをしていました。」
そして晴れやかに見えた律の顔は実はなにも楽しくないのだと解る。
いつも笑っていた律の顔が本当はどんな気持ちだったのか、俺は何を見ていたのかと困惑に揺れる。
「律、毎月記念日を忘れててごめん。だからそんな事しないで。」
これ以上何かを言わせてはいけない。律にこれ以上しゃべらせてはだめだ。
だけど俺はそれを止める言葉も見つからなくて、律の目は俺を見ているようでいて何も見ていない。
いつから俺を見なくなった?昨日?おととい?先月?いつから?
「高野さんも昔の俺から解放されてください。ね、俺のことなんて好きじゃなかったでしょう?」
律が俺の手をキュっと握る。深緑の目が俺を見つめ続けている。
にっこりと笑っているのに相変わらずその目は俺を見ていない。
一体何を見ているの?
どこを見ているの?
これは本当に俺の律なの?
「高野さん、好きです。お別れしてください。」
とうとう言われたくない言葉が律の口から出たのに俺は否も応も言えず、レシートを持って立ち上がる律の背を見えなくなるまで見つめ続けたのだった。