※この作品はR-18です。

crisis   作:bui

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本当に欲しいもの

やってしまった…。

 

高野さんの腕が恋しくて…、求められるままに身体を重ねてしまった。

 

何やってんだ俺は!

 

律はボタンのはじけたシャツの前を掴んで自分の身体中についた高野の証を鏡から隠した。

 

もう嫌なのに。

好きな気持ちは自分だけ持っていればいい。

 

見返りを求めて苦しい気持を押さえ続けるなんて二度としたくない。

 

ただ好きなだけでいたい。

 

 

 

 

 

▽

 

その日を境に律と高野は本当に仕事以外では目を合わせることさえしなくなっていた。

 

高野に怒鳴られても律が歯向かったり、律がワラワラしている時に高野が揶揄ったりさりげなく助けるという事もなくなった。

 

 

そんな時にささやかな事件が起こった。

 

人間ドックで引っかかったと言って高野が簡単な手術をするという。

 

『簡単な手術ってなんだ?そもそも手術に簡単ってあるんだろうか?』

 

「内視鏡を使うからあっという間らしい。ただ3日ぐらい休むからその間はトリ、よろしく」

 

課内会議でそんなことが皆に告げらると、羽鳥はあらかじめ聞かされていたようでわかりましたとばかりに簡単に頭を下げ、美濃と木佐は気づかい風に眉間に皺を寄せた。

 

何がどう悪いんですか?それってなんの病気なんですか?

 

普段だったらナニナニ?とそんな風に突っ込んで来そうな木佐が何も言わないことで、律は今にも口から飛び出そうな疑問の言葉も言えなくなった。

 

近すぎた距離だったことがあるせいか、普通の距離が分からない。

 

適性の距離な関係ならどこまで突っ込んでいいんだろう?

それとも適正な距離を越して、それを壊してしまった今、適性な距離の人より自分と高野の溝は深いのだろうか?

 

会議室からの帰り道、トボトボと歩いているとパンっと腰をたたかれてハッとして振り向くとそこには横澤が立っていた。

 

「何だかスゲー凶悪な顔してんけど?」

 

「横澤さん!高野さんの病気ってどこが悪いんですか!?」

 

まるで背負い投げでもするような勢いでスーツの襟を掴んで突っかかって行くと横澤が眉間にある皺を深くした。

 

「言ってねーの?あいつ。」

「聞いてません。ていうか今日、週末に三日不在にするって、まるでちょっとそこまで出張に行くみたいに会議で言われました。」

「そうか…。でもちょっと俺の口からは言いえないな…。」

「どうして!?」

「いや、それは…。ただ大したことは無いから心配はするな。」

 

横澤が言い淀んだことで律の不安が増して、心配するなと言われて血の気が引いた。

神様は好きでいらせてくれることもだめだというのだろうか?若くて健康な自分たちの生が有限であるという事を突き付けられたような気がして、今いる世界の何もかもが信じられなくなった。

 

青ざめた律の顔を見て「もし…。政宗がどうにかなったとしてももうお前には関係ないだろ。」とため息と一緒に吐かれた言葉は血の気の引いた律の身体を硬直させた。

 

「お前が何を意地はってるのか知らないけど、お前達周りを冷えさせてんだよ。そんな死にそうな顔してるくせになんでまた離れていられるんだ。あいつはお前ほど強くはないぞ。生きる死ぬの問題以前にもう二度と手の届かないところに行かれてもいいのか?」

 

手の届かないところに行く?

 

「今ならまだお前は看病だって出来る。でもほかの奴があいつの隣に居ることになったらお前の手はもう二度と届かない。」

 

血の気は何度でも引くのだと律は思った。生きている限り身体に血は巡り、自分を生かす。でも本当に、本当に二度と手の届かない人になってしまったら血の気が引くどころかきっと凍ってしまって動けなくなる。

 

ただ…。ただ好きなのだ。

 

何をどうしても好きでしかいられない。

 

振り向いてもらえなくてもいいなんて、学生の時だってきっと心の底からは思ってなかった。

 

顔を見たい。声を聞きたい。触れて、抱きしめて、好きだと言って…。好きだと言ってもらいたい。

 

だから日常になってしまった関係が苦しくて焦れてわがままを言って追ってもらいたかったんだ。

 

 

こんなわがままを許してもらえるのだろうか?

 

 

 

▽

 

手が震えてインターフォンを押せずにそこに何分いただろう…。

 

ヤッパリ戻ろう。無理だ。もう今更何を言ったって、高野さんは俺とのことを清算してしまっているに違いない。

 

傷つくのが怖い。

 

ため息が出て律の腕がだらりと下がる。

 

意気地なし。自分で自分を怒鳴りたくなる。

 

 

突然律の指が掴まれてその手と一緒にインターフォンが鳴らされる。驚いて肩を引くとそこには黒髪の上司で元恋人がいた。

 

「すげーなげー時間、なにやってんの?さっさと押せば。待ってんのも疲れんだけど。」

「え!?」

高野は律越しに鍵を差し入れドアを開く。

まだ現状が理解できていない律を抱えるように部屋に入り、コンビニの袋をばさりとリビングのテーブルの上に置いた。

 

「お買い物だったんですか…。」

 

マンションの窓から明かりが見えていたので律はてっきり高野が部屋にいるものだとばかり思っていたのだ。

高野と別れたあと、律は高野の隣の部屋を引き払い、当座の住まいとして元のマンションの近くの月契約のマンションに住んでいて久しぶりに訪れた高野の家だった。

 

「まあな。煙草が切れててどうしようかと思ったんだけど、別にやることもねーし、散歩がてらちょっと買いに行ってた。」

「煙草…。」

 

どこかが不調で手術をするくせに、まだそんな不健康なものをと思うとしかめっ面になるのが分かる。リスクのあることをわざとする気持ちが分からない。

でもそれを自分が咎めたり責めたりする立場にはない。

かくいう自分だって、相変わらずの不摂生な食生活だ。

栄養とかバランスとか言われてもさっぱり分からない。コンビニ弁当を食べるのはましな方で、相変わらず主食はゼリー飲料か、会社の自販機で買える雑な菓子類だった。

 

高野さんと暮らしていた時には一生懸命二人の暮らしをどうにかしようと頑張っていた。

そして頑張りすぎてはじけてしまった。

普通って難しいな。

 

そのまま何も言わなくなった律を高野はキッチンでコーヒーを入れながら見つめていた。

 

こいつはきっと今日の事でここに来たのだろう。

まだ自分には同情してもらえる余地があったってことなのだろうか?

隣の部屋を解約して出て行った時に、こいつはとても晴れやかな顔をしていた。

俺との関係はこいつにとっては呪縛でしかなかったのかもしれないと、何度も何度もあの顔を思い出して辛くなった。

 

ふと、律の視線がテレビ台の横の豆皿に行った。

 

誰かを律の代わりにしたあの朝、ベッドの中にはキラキラ光る白いボタンが落ちていた。

 

こんなことばかりしているから律に軽蔑されるんだと、自分への戒めのためにそこに飾るように置いてあったのだった。

 

「白蝶貝のボタンって案外高いんですね。」

「え?」

突然の律の言葉に高野にしては珍しい上ずった声が出た。

「ボタン自体は一つ300円ぐらいだったんですけど、色をそろえるのが大変ですって言われました。俺、ボタンも縫い付けられないし…。高野さん。シャツを強く引っ張るから…。」

「それ、お前のだったの?」

 

間抜けだと、心底間抜けだと高野は思った。

なんでそうなったのかあの日の事は酔ってあまり覚えていなかった。だから確かに残る誰かを抱いた感触は律の身代わりの誰かなのだと思っていた。

 

しかし代替品ではない、たった一人しかいない律をもう一度手にしていたのに、いったい自分は何をやってたんだと高野はあの日の自分を殴りたかった。

自分の行ないを反省して見せたつもりで律に近づかないようにと距離をわざと取った。

そうすればこいつの事だから自分からはもう近づいてこないことを分かっていたから。誰か知らない他人を抱いてしまった自分の不義を知られたくなかった。

 

急に崩れるように心がヘニャヘニャになった。アスリートがよく言うぽっきりと折れたとかそう言うのではなくて、ぐにゅぐにゅでドロドロで、だけどアイスみたいに溶けるような感じではなくて、おもちゃのスライムみたいな形もなく立ってもいられないような状態だった。

 

「身体…、どこが悪かったんですか?」

静かな声が高野を包む。

「別に大したことはない…。」

 

ぶっきらぼうな高野の言葉に逆の意思を感じた律は手に持つコーヒーサーバーをそっと抜いてシンクの横の台に動かしその手を摩る。

 

「手術なんて大ごとに決まってるじゃないですか…。」

「…。」

「なにかできることがありますか?」

「もう死ぬかもしれないから看病して。手術の時も、入院してる時もずっとそばにいて。」

「はい。」

「病気につけ込んだって思ってもいい…。律がいないともう死ぬ。」

「わかりました。断られてもそうするつもりでしたから。」

 

大きな身体が律を拘束する前に、律の方から高野の身体に手を回し、背をポンポンと叩いた。

 

この腕の中がやっぱり自分のあるべき場所なんだと、何度も何度もすれ違いながら律は実感する。

一人の持つパラメーターには限界があって、百パーセントを常に出し切れるわけなない。

 

何にどう配分していくのが良いバランスなのか、まだまだ模索中なわけだけど、でも逃げてしまうことだけはもうやめよう。辛くても苦しくても、ドカンと爆発してもどこかでつながっていれば絡み合ったいじわるな運命の神様もたまに恩赦を与えてくれるらしい。

 

「今日の服にはボタン、ねーの?」

Tシャツの中に頭を突っ込んで色づく突起を嘗め回しながら高野がそう言うと

「ジーンズはファスナーではなくて鬼のような数のボタンですよ。」と喘ぎながら律が答える。

 

「マジ?」

高野がその言葉に嬉しそうに身体を離し、屈み込んで律のズボンに手を伸ばす。

「便所、間に合わなくなりそう。」

「やめてください!」

 

プチプチと大きめのボタンをはずしていくとすでに兆している律のものが更に硬度を増す。

「ボクサーについてるボタンってさ、どんだけって思うけど…。」

と高野はその小さい窓のボタンも外しすでに立派に育った律自信を引き出して口に含み、チューチューとまるでゼリー飲料でも吸い出すかのように律を責める。

「ぁ!」

強い刺激に律が身じろいで腰を引こうをするのをがっつりと押さえて、

「なに逃げよーとしての?」と高野は不敵に笑う。

 

「や、だめ…。出ちゃうから…。」

緊迫した声はもう限界だと告げているけど、「律君はできる子だからもう少し我慢して」と高野がまた口淫に力を籠める。

 

「や、まってって…。ぅ…、あん…。」

ボクサーパンツの中にまだ納まっている柔らかい膨らみを裏側から揉みしだくと、短い会陰が引っ張られるらしく、おそらくはそれが律の弱い所を刺激するのだろう。口淫のタイミングと異なる感覚で律がびくびくと身体を反らす。

高野の髪に差し込まれた指は、初めは多少の拒絶が含まれていたが今は縋るように頭皮を掴んでワシワシと掻く様に力が入いる。

 

「あ…。」と、短く呻いたあと、律は呆気なく精を放ち緊張を解放して弛緩した身体からはふわりと力が抜ける。

このクッタリとした感じが高野はとても好きだった。

 

「精液の味ってさ、個人個人で少しずつ違うらしい。」

高野の唾液でぐっしょりと濡れた律の下着を剥ぎながらそう言うと、

「高野さんは無味無臭です…。」と自分の言葉の放つ意味(破壊力)を何も考えていない律がぼーっとしながらそう言う。

「今日のお前のは濃くて練乳みたいだったな。」

ニマニマと人の悪い笑顔に煽られた気持ちを隠しそう言うと、律は急に真っ赤に顔を染めて「練乳好きなのにやめてください…。」とプイっと横を向いた。

 

「俺のも飲ませてやるよ、下の口に。」

 

高野が律の身体を引き寄せて耳元で低い声で囁いたのだった。

 

 

 

▽

 

喘ぎながら伸びをする猫よりもっと反り返った背は喉を大きく高野に見せつけていた。

そこに噛みつくようなキスをすると、伸びの途中で止められたことが気に入らないとばかりに身体をかがめて手は胸を押してくる。

 

その腕を乱暴に掴んで身体を密着させると結合部分が更に深く食い込んだようで、また律は嬌声をあげた。

ドキドキと鼓動は激しく、今の心拍がどっちのかなんてもはやだれにも分からなかった。

痛みが快感とばかりに律の二の腕の裏側に齧りつくと、律の中が痙攣して身体の真ん中に何か硬質で真っすぐなものが通ったように伸びあがって硬直する。先走りと精液の区別のつかないようなどろりとしたものがタラタラと流れ続けて、律がずっとイッテいるのだと分かった。

 

律をイカせているのが自分だと思うと残酷で淫靡な充足に震えるような快感が襲う。

 

「律、律、好きだ。」

呪文のように耳元でささやくけどもはや律の耳には何も届かないようで、この恋心は天に霧散するのだろう。

 

「キス…、キスが欲しい…。」

 

律の唇がさまよって高野の首に行きつき、顎から頬へ這いあがる。舌で汗を舐めとられて唇より先に塩気を含んだ舌が先に咥内に侵入してきた。

産毛さえないねばつく粘膜の感触にゾクリとして身体に逆毛が立つような快感が襲う。

 

抱きかかえていた律の身体をシーツに押し付けて息もできないほど強く唇を押し付けながら強い抽挿を数回繰り返すと絶頂を保ったままに見えた律の身体が更に硬直して、全身を激しく震わせ、絶頂の上をいくような快楽の蠕動に、高野はすべてを吸いとられるように果て、ぐったりと筋肉の緩んだ律の身体の上に高野自身も自らを支えることもできず堕ちたのだった。

 

 

▽

 

珍しく、覚醒は律の方が早かった。

目の前にある黒髪が自分の見ている夢か実物かの区別がつかず、そっと触れると頭の上に乗っていた硬めの髪がさらさらと頬に落ちた。

 

自分の頬を涙がつつっとつたい落ちるのが分かって、どれほど高野を欲していたのか、どれだけ自分に嘘をつき続けていたのかと思っていた。

 

また自分は同じことを繰り返すのだろうか?

 

「なに一人で泣いてんの?」

 

目を瞑ったままの高野からそんな声が聞こえた。

律の涙はいつの間にか嗚咽を呼んでいたから。

 

「言いたいこと全部言って。一人で抱え込んで暴走しないで。」

「それが出来たら苦労しません。」

「ああ…、確かにそう言うところも好きなんだけど。」

高野が少しだけ空いた律との距離を詰めるように身体をぐっと押し付けて来た。

 

「でも、なんで言ってくんねーんだっていつも思う。いつも感情が顔に出てるくせにそう言うところポーカーフェイスだよな…。」

 

律は返す言葉もなく黙ったまま高野の腕に顔を押し付けていた。

ぐるぐるして暴走して十代も二十代も何にも変わらない自分が恥ずかしかった。

 

そして…、何がどうなろうとも自分が高野が好きだという事は律の世界の中にたった一つある定理なのだと思った。

 

みっともない自分を見せたくなくて、愚痴も文句も言いたくなかった。

でもそのせいでいつの間にかいっぱいいっぱいになって別れるって…。本末転倒だよな…。

 

「お釈迦様のようになりたいです。」

「釈迦?」

「西遊記の…。」

「え?じゃあ俺って孫悟空ってことか?掌で転がされるヤツ!?」

「え?!いや、そんなつもりじゃ…。」

「じゃあさ。緊箍児つけて。」

「緊箍児?」

「薬指でいいからさ。」

 

高野が律の目の前に掌をパーにして広げる。

律はその指を一つ一つさすりながら「何号なんですかね?」と泣きながら笑った。

 

 

 

 

 

▽

「っで、一体病気は何だったんですか!」

言いたくなさそうな高野にとうとうかなり強めの語気で言うと諦めたように高野が息を短く吐いた。

 

「腸にポリープがいくつかあるんだと。」

「腸に?」

「30歳になるからそろそろと思って付けられるオプション全部付けたんだけど、大腸検査って切ないな…。」

「はあ…。」

「こう…、尻からカメラ入れられてさ。お前もいつもこんななのかなって思ったらイキそうになったぜ。」

 

「はあ!?」

 

高野の言葉に律は思い切り叫んでしまった。

 

「腹んなかグニグニされてさ、全然気持ちよくねーんだけどお前どこいらへんがいいの?ポリープも一つぐらいだったらその場で取ってくれたりしたらしいけど、複数あるから日を改めることにした。今度感じちゃったらどうしようか?(笑)見た感じ別段問題なさそうらしいけど放置して悪性になるといけないって感じ。」

 

高野の説明はよくわかった。しかし途中に挟まれる内容に羞恥と訳のわからない怒りが湧く。それでも一応病気の説明だとぐっと気持ちを押さえて聞いているとトドメは

「お前だったら絶対に声あげちゃうだろうから大腸検査とか用心しろよ。」

だった。

 

元サヤに納まってご機嫌の高野だったがその頬には…。

 

秋には少し早いでっかいモミジが光っていたとかいないとか…。

 

 

おしまい。

 

 

シリアスな話のつもりだったのに???

 

ま、いいか…。

 

 

 

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