※この作品はR-18です。

汝の眼球が食べたい   作:Schuld

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本気にて大業はならず

 本気にて大業はならず、とは武士のならいを記した葉隠の一節である。現代語に分かりやすく訳すれば、まともなままでは偉大なことは為せないという意味となるが、考えてみれば中々どうして道理と言えよう。

 

 世の中において大業偉業と呼ばれることを為した人間に正気の持ち主が少ないのは、その為した業と逸話の数々から明らかであろう。

 

 たとえば電気を生み出した近代の神殺しニコラ・テスラ。その偉業の赫奕たるは、現代の送電システムで彼の発明した交流が採用されていることから論ずる余地も無い。しかしながら奇行が目立ち、苛烈な人物であったと残されていることも確かである。彼の所業と伝わる人となりからして、いわゆるまともな人間とは評しがたい。

 

 またクリミアの天使とも称される近代看護学の祖、フローレンス・ナイチンゲールもまた正気とは言い難い。裕福で何不自由なく過ごせる環境から、自身の理想のために進んで苛烈な環境へ身を投じてみせた。普通であれば世間知らずでジェントリ産まれのお嬢様など、そこで心折れるか野垂れ死ぬのが普通であるが、彼女は劣悪だった看護体制をひっくり返し現代にまで残るシステムを構築する偉業を為した。されど彼女も苛烈な人格の持ち主として知られ、小陸軍省と畏怖と揶揄の混ざった異名を受けるほどの傑物であった。あの男性がまだまだ絶大な力を持っていた時代にだ。

 

 古代においてはペルシャ神話の大英霊、現地においては非常に有名なアーラシュ・カマンガーのような例もある。飛び抜けて優れた英雄だった彼は、戦を収め国家の領土を安堵するため五体が破裂する神業を成して果てた。自己犠牲は美しいやもしれぬが、命を投げ捨てるのは普通の人間には難しいことなのだ。それこそ今際の際になっても悩む人間、悔いる人間の何と多いことか。涼やかな笑みと共に死ぬことの出来る人間など、ほんの一握りも居ないのだ。

 

 偉人とは為した業に比例する形で普通とされる人間から逸脱している。有名な織田信長やケルトはアルスターサイクルのク・ホリン、架空の人物譚とされるもアーサー王伝説のアーサー王のモデル達もまた、当時の常識を踏まえても正気であったとは言い難い。

 

 正しく本気にて大業はならず、である。

 

 そうであるならば、僅かで不確かなバックアップのみ受けて、後は人柄の良さによって世界を終焉から掬い上げるという偉業を為す者が正気であると言えるだろうか…………。

 

 

 

 

 

 人理継続保障機関“カルデア”。最も栄えた霊長の頂たるヒトが、自身が星に刻みたる足跡を将来に至るまで保証せんと作り上げた傲慢の極みともいえる組織。しかしながら生存への貪欲な欲求は全ての正あるモノが持つ根源的な欲ならば、この組織もまた生命らしい存在と言えよう。

 

 しかしながら、その安寧を担保する筈であった組織は、今や担保ではなく人類史の奪還を目指す組織となった。本来なら100年先まで安堵が約束されていた筈の歴史は、2017年で終わりを迎えると予言された。生存を保証するはずであった組織は、自らの業にて終わりを見て恐怖し、禁忌の技術に手を伸ばして生存の可能性を手繰る。

 

 それが聖杯探索、グランドオーダー。自らが築いた歴史の足跡を護らんと、死したる英霊を招きて望む英雄譚。無数の豪傑英傑が集い、歴史を護る大偉業。

 

 しかして、本来なら48の俊英達によって担われるはずであった偉業は、奸計によりただ一人の手に委ねられることとなった。

 

 一人の英傑が時代を動かすのが前代までの習わしならば、数多の凡夫と一部の秀才が作る組織が時代を動かすのが現代の習わし。その習わしに逆行し、世界の命運を取り戻すという偉業の担い手が正気であるかは……些か議論の余地があろう。

 

 なぜならば、まともな人間の精神に世界全ては重すぎる。華奢な双肩に人類70億とそれに連なる膨大な命はあまりに重く、実に容易く押し潰されることであろう。普通の精神ならば、負荷に耐えかねて狂っている。否、狂っていなければおかしい。

 

 にもかかわらずまともな人格を保ち、笑みを浮かべられる精神。修羅場や驚嘆場においても笑みを絶やさず、冗談の一つ二つ容易く飛ばし、瞬きの間に己を殺しうる大敵に全霊の啖呵を切る。あまりに太く強靱すぎる胆は、端から見れば最早尋常の域にあらず。

 

 狂うべき状況で狂わぬ事もまた狂気なのだ。

 

 この論に従えば、カルデア最後のマスター藤丸 立香は十二分に狂っていると言えるのでは無かろうか。そんな思考を彼の配下たるデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトは、質素ながら丁寧に仕上がった朝食採る彼を見ながら茫洋と思った。

 

 彼女としては先輩と呼んで慕う彼を狂人とは思っていない。しかし、彼が担う業の大きさも同時に認識している。

 

 ただ、カルデアに所属する英霊達と触れ合い、奨められた本を読んで何とも無しに内容と照らし合わせて悶々としてしまったのである。あの煽り能力の高い自称農夫は寝際に何という核地雷を押しつけてくれたのだ、と我が主の一番にして最後の盾を自認する従者は小さく吐息した。

 

 彼は一般の家庭に生まれ一般の教育を受け一般人として健やかに育った。些か人倫から逸脱しないとやっていられない魔術師でもなければ、死ななきゃ安いという死生観がデフォルトの武道家や武士の類いでも無い。何の変哲も無い普通の学生であったはずだ。

 

 だがそんな普通の彼が、一体どうして血や臓物が絨毯の如く敷き詰められる屍山血河の惨状を越えてまともでいられるのか。

 

 越えてきた特異点の数々は生半可ではなかった。怪物が人を襲うこともあれば、人が人を殺すこともあり、英霊がスペックのままに人を蹂躙する戦場もあった。燃えさかる冬木で、軍隊同士が殺し合うイタリア半島で、海賊同士が斬った張ったを繰り返す海原で、奇病や機械に人がくびり殺される魔都で、人魔英霊が入り乱れ藁の如く人が死ぬ北米で。彼は地獄を目にし、体験し、時には自ら作り出して尚もそれを踏破した。

 

 反吐を吐くことや負傷することはあれど、正気と現代人らしい価値観を損なわずに。

 

 「どうかした? マシュ」

 

 「あっ、いえ、何でも無いです先輩!」

 

 伝統的なマメと目玉焼き、そしてボイルしたソーセージのイングリッシュブレックファストを堪能していた立香に声をかけられ、マシュは不遜とも思える思考を中断した。

 

 美味しそうにパリッと音を立てるソーセージを囓る姿を見ていると、数百年前の抹茶ガンギマリ時代の日本人が書いたよく分からない本の内容を忖度している自分が馬鹿らしくなってきた。

 

 いいではないか、それこそベジタリアンにでもなりそうな戦場を越えても腸詰めを美味しそうにいただけたって。ご飯が美味しいのはいいことなのだから。紫色の後輩は自分を納得させ、もやもやとした思考を打ち消した。

 

 自分のマスターは優しいのだ。霊的使役存在に過ぎないサーヴァントにだって、請われれば身を投げ出すほど。

 

 中肉中背でどこか儚げな童顔を見て、盾のサーヴァントは改めて忠勤を誓った。艶やかながら野放図に跳ねる黒いくせっ毛も、蒼玉を加工して作ったような“隻眼”も全て彼女が護るべきものなのだ。たとえ彼が自身の一部を喜んで従者への贄と差し出そうとも。

 

 「立香、マシュばかりかもうてないで、吾に贄をきりきり運ばぬか」

 

 掠れた童女の声が響いた。音源は上座にあたる六人掛け席でソファー席の下方。丁度普通に腰掛けている立香の膝の上からであった。

 

 マシュからは死角となるが、覗き込めばそこに一人のサーヴァントを見つけることが出来たであろう。黄金の金属光沢にも似た光を放つ髪を持つ、崩れた和装の童女が主人の膝を枕にし、ソファーへ気だるげに寝そべっている姿が。

 

 「ああ、ごめんね茨木。はい、あーん」

 

 「なんだ、英風か、それなら甘い菓子と茶の方が吾の好みだというに」

 

 寝そべっている童女の名は茨木童子。ただの童子ではない。額から生えた一対二本の角は、正しく彼女がヒトではなく人食いの異形である証左。かつて大江の山にて鬼を率い、かの有名な酒呑童子と共に京の都を荒らした日ノ本有数の大異形。彼女はその異形が反英霊という形で召喚された使い魔だ。

 

 英霊とは歴史という人類の碑文に刻まれた残光のようなもの。実際の姿ではなく、伝承が彼等に力と形を与える。単なる異民族や強大な野盗が語られる内に鬼や怪物に成り果てていったとしても、鬼として歴史に記されれば、彼等は正しくその姿、その恐れられた側面で以て召喚される。

 

 この茨木童子も同じ法理によって召喚された異形だ。

 

 その有り様は正しく鬼。収奪と暴虐、そして怠惰と享楽に淫蕩を好むヒトの敵対種。通常であれば人の理を取り返す戦に呼ばれるような存在でもなくば、呼ばれて応えるような存在でも無い。だが世の中にはひねくれたヤツというのは何処にでも居るものであり、この鬼は自身が収奪していた存在が無かったことになるのは気に食わぬという理由で聖杯探索に参加した変わり者。

 

 そして、初めてこの立香がマシュ以外に現世へ引きずり出した英霊達の一柱であった。

 

 筋書きが狂った聖杯戦争により燃えさかる冬木にて、戦力の補填として彼女は召喚されたが、全く予想外のイレギュラーとさえ言えた。何せ人の理を救うために人を食い物にしていた怪異が呼び出されたのだ。これをイレギュラーと言わずなんとする。

 

 されども先述の通りにひねくれた茨木童子は、マシュと一人のキャスターと合わせて最古参の三柱として今もカルデアを支えている。ただ問題は、鬼が改心して全く無害な存在になったという訳ではないことだが。

 

 発達した乱杭歯はフォークに刺して饗された腸詰めを雑に咀嚼する。人の骨も魚の小骨と変わらぬ気軽さで砕く顎と牙だ。柔らかで張りのある腸詰めなんぞ、あっと言う間に無くなってしまう。その都度マスターは親鳥の如く自身の朝食を彼女にどんどんと与えていった。

 

 「先輩、先輩の分が無くなってしまいますよ」

 

 「ん? いいよ、俺は。後でまたお代わりしにいけばいいからね」

 

 盾の従者は主人を気遣いながらも、何処か奔放に振る舞い丁重に扱われる鬼に羨望の情を抱いていた。もしも自分が同じ事を望めば、主人は直ぐにそれをかなえてくれるだろうが、浅ましく願いを口にすることに抵抗を覚えた奥ゆかしい後輩は、その感情を嫉妬に変換して膨れるしかない。これが己が主人の性質であると知っていても、彼女の気質がどうしても一歩を踏み出させてはくれなかった。

 

 「しかし……味気ない」

 

 トマト風味に煮込まれた伝統的な英風煮豆を食を平らげた鬼は、されども未だ腹がくちていると言わんばかりに不平を口にした。そして、にんまりと愛らしくも凄絶な笑みを浮かべ、笑みと共に自分を見下ろす主人の頬を撫で上げる。

 

 「汝の右目は、それはもう美味かった。また喰らいたいものよ」

 

 「流石に今両目がないのは困るなぁ」

 

 長い爪。指を飾るためでは無く、肉と骨を裂くための硬質な爪が備わった指が頬をなぞり、飾り気の無い医療用の眼帯を撫でた。その下には久しく、最初に解決した人理の歪み、第一特異点解決以後眼球は嵌まっていない。眼窩は虚ろに穴を開け、ただ骨格を歪ませないための義眼が埋まっているだけだ。

 

 元々埋まっていた、左目と同じく宝石の輝きを宿す右目は決して事故などで失われたのではない。この鬼が喰らったのだ。

 

 それも無理矢理にではない。合意の上で進んで差し出されてのことである。

 

 「思い出す。あの炎に巻かれた都を越えた後、口に含んで転がした汝が目の味。あれは正しく甘露よ。英霊として使役されながら、あれ程のものを口にできるとはおもわなんだ」

 

 うっとりと表情を蕩けさせながら、鬼は味を思い出すかのように口腔にて舌を蠢かせた。恍惚とした表情は直接視認できないマシュからも想像できるほど、蕩けて甘い声が連想させる。知らずの内に盾の従者は己のつばを飲み込んでいた。

 

 蛍光灯を反射してきらりと光る、主人の右目を見つめながら。

 

 「そこまで誉められると恥ずかしいなぁ」

 

 「何故照れる。とはいえ、欲しいと強請ったのは吾だが、いいよとその場で指を突っ込んでえぐり出した汝も汝よな」

 

 恥ずかしそうに笑い、少し温くなった紅茶を煽る主人を見てマシュは過去の光景を思い出した。苦痛など覚えていないような微笑みと、それでいて耐えるように微かに噛まれた唇。右手の上にはころりと綺麗な青い眼球が、冬木の特異点には訪れなかった筈の朝日を浴びて輝いていた。

 

 自分の要求が通った事実に鬼は面食らっていたが、やがて納得したのか宝石のような目を手に取った。様々な方向から光に照らして観察し、小さく感嘆の吐息を零してから口に含んでから丸呑みにしてしまった。その光景は悍ましく、恐ろしく……だが、美しかった。

 

 きっと、あれがこのマスターの本質なのだろう。望まれるが儘に振る舞い、与えられるモノは全て与えてしまう。たしかそんな王子様がいる童話があったはずだ。その王子様も身を飾るもの全てから、終いには美しかった宝石の瞳まで人の幸福のために与えてしまった。

 

 今も使役する多くの英霊と色々な契約を果たしているマスターは、人理を救った後に何かが残るのだろうか。

 

 ふと彼女の冷静な部分が囁いた。世間知らずである自覚はあったが、果たして世界のためとはいえ進んで、むしろ喜んで自身を切り売りするような存在が正気と言えるのかと。

 

 彼は、藤丸 立香はあらゆる存在を受け容れる。如何にも英霊といった風情の好漢や英傑、益荒男は言うまでも無く、匂い立つ美女や美少女、無邪気な子共から英霊にカテゴライズされているのに首を傾げたくなる奇人変人まで。果ては初めて呼び出した反英霊のような物から区別無く受け容れる。

 

 正気にて大業はならず、か。

 

 「どうしたのマシュ」

 

 「いいえ、なんでもありませんマスター」

 

 ほにゃりと柔らかで蕩けるような笑みを浮かべるマスターは、確かに普通ではないのかもしれない。だからこそ、なればこそ大業を成すのでは無いだろうか。普通では決してできない、英霊の中でもとびきりの大英霊でもしたことのない“全世界の救済”という大偉業を。それこそ人類史に刻まれてしかえるべき業績である。

 

 優しい自分のマスターを見つめながら、盾の英霊は思った。

 

 彼は自分が欲しいといえば、その残った左目を差し出してくれるのだろうかと…………。   




突発的に思いついて衝動的に書き上げたネタを仕上げた一話完結型シナリオになります。イバラギンも可愛いけどポンコツじゃない本当に恐ろしい鬼として語られる側面が強く出た茨木童子が居てもいいじゃない、ということで書きました。

ネタが湧いて筆が乗ったら続きます。
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