人理継続保障機関“カルデア”には洋の東西を問わず数多の英霊が所属している。人類の足跡を焼却しようという大胆な下手人に反旗を翻した堂々たる英雄から、暇潰しや特異点での義理を縁にしてはせ参じた英霊、果ては面白半分で顔を出した者まで千差万別である。
が、縁によって惹かれる英霊は、どうしてもシステムの都合上マスターの性質に依るところが多い。紫色の後輩曰く、全肯定系男子とも言われる藤丸 立香は、その性質から面倒臭い、もとい可愛らしい女性を多く惹き付ける傾向にあった。
「なぁ汝よ、最近吾の扱いが雑ではないか?」
「ええ?」
バターの香気がたっぷり香るスコーンへ、人並みに甘い物が好きなマスターですら眉根に皺を寄せるほどクロテッドクリームを塗りつけた金色の鬼が、どこかつまらなそうな表情で宣った。
心外だと言いたそうに藤丸 立香は形の良い眉を潜める。男性にしては綺麗に整えられた眉毛は彼の手によるものでは無いのだが、それは後の話としよう。
彼としては最古参にして信頼している鬼の言葉にもの申したかった。何せ遠征や訓練の合間にある貴重な休憩時間を使って、彼女と二人で茶会を催しているのだ。それも彼女がヒトや酒の次に好む、甘い茶と御菓子の揃った伝統的なイングリッシュティーパーティーでのもてなしだ。備蓄物資でやりくりしているカルデアにとっては、大盤振る舞いとも言える。
とまれ鬼は何処か不機嫌そうで、不機嫌さを払拭するかのごとく更にクロテッドクリームの上から杏のジャムを塗りたくり大きな口でスコーンを囓った。かつては人を骨ごと砕いていた牙は、今や専らオカン勢と親しみ――後は若干の揶揄――を篭めて呼ばれる面子が作った菓子や料理を咀嚼するばかり。考えてみれば平和な話であった。
「最近、吾の出陣が少ないと思わんか」
「ああ……」
言わねば分からぬのか、と不機嫌さを加速させた茨木に告げられて、やっとのことで立香は合点が行ったのか掌を打ち合わせた。
確かに最近、茨木童子がサーヴァントとして前線に立つ機会は些か減っている。
それには理由があった。カルデアのシステムの都合上、召喚されたばかりの英霊達は英霊といえども霊基が脆弱で儚い存在となっている。鍛え上げるには戦闘を繰り返し、必要な呪物を差し出してやっとのことで元の強さを取り戻すが、どうしても同時に連れ歩けるサーヴァントには限界があるし、様々な状況に対応できる層の厚みを欲すれば、必然的に一体一体を連れ出せる頻度は減ってしまう。
さすれば長い激闘と少ない物資をつぎ込み、元の頂を取り戻した英霊が実戦以外で引き摺り出される頻度が減るのは自明の理であった。
現在は次なる特異点を探すための小休止期間。童顔で三十路に見えぬことに定評がある、肝心な所で抜けている管制官のDrロマンを筆頭とした裏方勢は今も必死に次の特異点を特定するため働いているが、前線で斬った張ったするのが仕事のマスターにできることは限られている。
となると必然的に連れ歩くメンバーを入れ替え、層の厚みを増す作業にかからねばならぬのだが、そこで不平を感じるのは初期から重用されてきた面々。中でもバーサーカーと称される、その圧倒的暴力であらゆる局面において有利を取れるクラスの利便性から信任が厚かった茨木の不平は一層強いものであった。
それはまぁ、信任厚く常に戦の先陣を任されてきたのに、突然縁側で茶でも啜って待っていろと言われれば臍の一つも曲げたくなるだろう。彼女は人ならざる存在なれど、闘争を愛し血に狂う異形なのだ。死狂いして抹茶をキメた武士と命の軽さ的な意味では大差ない存在である。
さて、英霊、反英霊とは曲がりなりに歴史や物語の主役や敵役を張ってきた面々。そんな連中が奥ゆかしい筈があろうか? 否、基本無い。中には人間が出来ている者も居るが、大体は「俺が出張れば何とかなるやろ」という英雄思考の持ち主である。現実に英雄を英雄たらしめる初見殺し兵器や技術があるので、発想としては間違いではないし、実際そうしてきたのだろうが、今は事情が違うのだ。
万国ビックリ人間ショーもかくやの英霊大安売りが特異点で繰り広げられるのだから、どんなサーヴァントでも対応できない事態は起こりうるのだ。中にはどんな大英霊であっても真名が割れてガチメタを張られた瞬間、足手纏いと息をする弾除の中間存在に成り果てることもあるのだから致し方ない。
具体例を挙げるのであれば、ケルトの英霊たる槍兵のディルムッド・オディナは日本での知名度は兎も角――とある件で結構有名にはなったが――、英霊としては一線級の勇士だ。俊足の英霊が多い槍兵の中でも申し分ないスペックを誇り、担う二本の槍は威力・継戦能力共にケチの付けようも無いが……ケルトの英霊特有の弱点がある。
そう、もうちょっとシナジーとか冷静に考えろよ、と見た者に思わせるゲッシュという制約の存在だ。
誓約が重ければ重いほど神より強い恩寵を授かれるゲッシュは、破った途端に今まで授かった以上の力を失うという。ケルトの大英霊の死因は、多くがそのゲッシュに背いた、或いは逆用されたことにある。そしてディルムッド・オディナのゲッシュには“女性の願いに否と言わない”というものと“猪を狩らない”という物がある。
極端な話、魔緒の群だとか彼の真名を知った女性に集られたその瞬間、輝く顔のディルムッドはただの柔らかイケメンと化すのだ。此方がメタを張って相手を殺しにかかる権利を持つのと同じく、相手にもメタを張って殺しにかかる権利はある。それこそちょっとズルして、俺今は無敵ーと小学生のような事を言い出す輩が次なる特異点に現れないとは言い切れない。
というか海原で似たようなことをしてきた奴は居た。当然、こちらはそれを上回る卑怯臭い上に些かセコい戦法で仕返しをしたが、それはいいだろう。そも十二回も連コインしてくる方がおかしいのだ。
故にこそカルデアに所属する英霊の層は厚くなければならなかった。
「基本、吾と汝が出張って何とかならぬことはあるまい。後はマシュと孔明の支援さえあれば事足りる」
至言である。防御力を上げて凌ぎ、攻撃力を上げてバスターで殴れば死なない存在は無いのだから。こと茨木は膂力に関しては人類史有数の異形たる鬼だ。壊すだの殺すだので右に出る存在は少ない方である。
「だーめ。異形殺しや鬼ごろしの英霊なんて、日本史だけじゃなくて世界史にも掃いて捨てるほどいるんだから」
だが、彼女は異形、その多くが殺されて終わる人類史の敵役。異形を殺した逸話を持つ者が多い英霊には弱い。支援を受けたとしても、その脆弱性はサーヴァントとして霊基に刻まれた以上、抗いがたいものがある。歴史での結末が殺されず何処かへ逃げおおせたとしても、サーヴァントとして殺されることは十分にあるのだから、相性考えず先に殴り殺せばいいだろうという論法は危険に過ぎた。
極端な話だが、寓話系の英霊として桃太郎が何処かにポップした瞬間、顔色が悪くなる連中が如何に多いことであろうか。
「ふん、今の吾が負けると思うか……まぁいい、だがなマスター」
己の弱点を自認しつつも鬼は不遜に笑う。そういった物全てを蹴散らし、踏み散らし、蹂躙してこその鬼だと。鬼は人と違って姑息な戦いは好まず、死すらも闘争の果ての娯楽にするのだ。彼女にとっては何を今更、という話なのかもしれない。
獰猛な笑みと共に鬼は身体を乗り出し、己が主人の襟首を掴んだ。強引に身体を引き寄せ、自身もまた身を寄せることで殆ど互いの距離は零となる。刃の切っ先を触れあわせる彼の如く、互いの鼻をすり合わせながら鬼は囁いた。
「暇を持て余した鬼ほど危険な存在がないと、汝は十分に知っておろう?」
鬼とは本来自儘に振る舞う者。好き勝手に奪う者。喰らいたい時に喰らい、殺したい物を殺す。暇を持て余した鬼がすることなど、今更考えるまでも無かった。
「まぁねぇ……」
「ああ、赦されるなら直ぐにでも汝の残った瞳も食うてしまいたい。次は汝の手によってではなく、吾の手によって直接がよい。指で抉ろうか、それとも舌を差し込んで抜いてしまおうか」
その時を想像してか喜悦に笑みを歪め、挑発するように茨木童子は立香に形の良い鼻を擦りつけた。緋色と金が何とも言えぬグラデーションで混じり合った異形の瞳は熱っぽく残った左目を見つめ、対し蒼玉の瞳は震えることも無く異形の瞳を見つめ返した。互いの目に互いの姿が映る至近距離。あまりに猟奇的な発言も踏まえれば、童女の姿に似つかわしくない威圧感に常人なら失禁するか気絶しているところであろう。
「うーん、流石に今は目が見えないのは困るなぁ」
「魔術師共の尻をひっぱたいて義眼でも作れば良かろう?」
「馴染むのに時間がかかるみたいだからさ、作るのは結構早くできたとしても」
咄嗟の判断が指揮においては重要であり、当人の人間性もあって割と突拍子の無いことをしでかすマスターにとって反射速度が落ちるのは死活問題であった。それこそ必要とあらばサーヴァントとがっぷり四つをやるかもしれないのだから、ただでさえ遠近感が弱まっている今、視覚が慣れない魔術義眼で弱るのは問題であった。
「ふむ、まぁ道理か。汝は吾が何れ喰らうのだから、道半ばで倒れられては困るからなぁ」
鼻を擦り合わせるだけでは足りないというように、茨木童子は嗤いながら人と比べると長すぎる舌を伸ばし立香の唇をなぞった。異形らしい血の味も生々しい唾液の臭いもせず、ただただ甘いクリームとジャムの残り香が鼻腔を擽る。
どうやら暴れていないこともあって、茨木童子は欲求不満らしい。人里で暴れることも無く、人も喰らわず、更に自ら請うて頭に頂いた莫逆の友も不在となれば色々と溜まるのであろう。従者の慰安も主人の仕事と思い、立香は一肌脱ぐことにした。
「舐めるだけならいいけど」
「おお!」
が、その方向性が色々と期待されているであろう方向から迷子になっているのだが。
しかし、その提案は鬼にとっては望外のものだったらしく、実に嬉しそうに舌を伸ばしてくるではないか。反射的に目を閉じかけた立香は、這い寄る異物感に耐えながら瞼をこじ開けて従者の侵略を受け容れる。
長い舌がぞろりと眼球の表面を撫で上げた。唾液で十分にぬめっていても、繊細な粘膜には中々クる感覚だ。時には子共の目に入った異物を取り除くために親が目を舐めてやることもあるそうだが、それはそんな生やさしい感覚ではない。味わうようにゆっくり、しかし削るような強さで弾力のある瞳を舌が蹂躙した。
言うまでも無く痛みもある。涙腺から反射で涙がにじむが、それすらも甘露であるかのごとくなめとられる。眼球の陵辱が終わったとしても、暫くは視界が滲んで使い物にはならないだろう。
「ぷは……やはりいい。衝動的にえぐり取りそうになるほど、汝は美味い」
「流石に令呪案件かなぁ……」
「案ずるな、吾とて耐えることくらい知っている。それにだ……」
道半ばで息絶える勇者の味より、世界を救った最高の英傑の方が喰らうにしても美味かろう? 微かに頬を上気させ、童女の見た目が嘘のような艶然さで鬼は嗤った。食べるのであれば、美味しく肥えてからという理屈は何処ででも変わらない。仔牛には仔牛の良さがあるが、成牛には成牛の良さがあるのだから。
困ったように微笑む立香だが、流石に半年以上の付き合いともなれば鬼の性質くらい掴めてくる。もっと寄越せと強請る鬼に彼は身を捧げた。
微かに力を込めて尖らせた舌が眼窩へ潜り込んできた。肉と骨、そして眼球の微かな空隙を舌がなぞり、本来大気に触れぬ目の裏側へ悍ましい感覚が襲いかかった。抉り出した時もきつかったが、これはこれで中々辛い。一瞬だけの耐えかねる痛みと、継続する耐えられなくも無いが非常に辛い痛み、何れがマシかは中々に筆舌に尽くしがたい選択であった。
「ふふ、ああ、美味い美味い、このまま閨まで攫って……」
「おかあさんの中に入ってるの?」
「「ファッ!?」」
双方合意の上での陵辱は意外な形で終わりを迎えた。唐突にかけられたあどけない童女の声。慌てて舌を眼窩から引き抜いた鬼は、テーブルの脇にしゃがみ込んで天板へ顎を載せた白い童女の貌を見つけた。
「私達も入りたい。入っていい?」
そこに居たのは一体の英霊。暗殺者のクラスを冠する水子霊の殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーであった。当時の陰鬱とし不明と発展が入り交じる英国の反英霊は、英霊自身が持つ曖昧さより様々な姿を持って現界する。反転して理性を得たバーサーカーであったり、娼婦達によって流された水子達の集合体であったり。このカルデアに招かれたのは、庇護を求めて迷い込んだ後者のジャックだ。
ボロと娼婦の淫靡さを意味する過激な衣装を纏った童女は、性別など知った事かとばかりに主人を母と呼び慕う。父とは自分を作り出した不条理の源であるからこそ、彼女は母へ縋るのだろうか。その母ですら自分を捨てたと言うことに目を背けて。
「あー……ジャック、おいで」
「うん、おかあさん。ねぇ、入っていい?」
大体何でも受け容れる系男子――流石に男色は辛かったらしい――によく懐いているジャックは、椅子を引いて膝を叩いた立香の上へ嬉しそうに乗った。そして子を宿す機能などあるはずも無い腹を期待して撫でる。彼には子を成す機能はあっても、宿す機能はどう足掻いても果たせない。そも、童女の姿にまで育った子供を孕む術はないのだ。
いい大人が幼児代行して年下の子供に縋るのとは訳が違う。この場合、彼女は行きすぎれば立香の腹を掻っ捌いてでも還ろうとするであろう。狂化もしていないのに狂っているのは、子共特有の無邪気さ故であろうか。笑顔で虫の四肢をもぐ残酷さは、命の喪失を考えぬが故であり、ただ還りたいという欲求を押しつける彼女にも通じている。
だが、立香のキモの太さと頭の回転力、そして口先の旨さはとある世界線において英霊タラシと称されるほど。無邪気故に簡単に集中が切れ、思考の矛先がずれる童女を騙くらかすことくらい容易いものだ。
「よーし、これでどうだ!」
「わっ、狭い! でも暖かいよおかあさん!」
立香は上着の前を外すと、包むようにジャックを抱きしめた。タイトなデザインの上衣を多少強引に伸ばし、ボタンを閉めてやれば襟から首を出す形になった幼い殺人鬼は楽しそうに笑った。本質的な回帰、彼女が望んだ形ではないが、母親との邪気の無いやりとりは楽しいらしい。
「おーい、吾を置き去りにしてイチャつくなよ汝ら……」
すっかり毒気を抜かれた茨木童子は、キャッキャ楽しそうな親子を冷めた目線で眺めた。昂ぶった気分もすっかり冷めてしまい、流石に今から二人を引き剥がして閨へ連れ込むのはどうなのだろうという、彼女にしては珍しい大人な思考をしてしまうほど。
自分も幼い頃は慕った母にベタベタしていたし、まぁいいだろうと思考にケリを付けた茨木童子は放置していた紅茶に手を伸ばした。ミルクと砂糖をたっぷり放り込み、拘りのある人には喧嘩売ってんのかと言われそうなお子ちゃまフレーバーのミルクティー。辛い酒が好みの彼女だが、茶の好みは逆だったらしい。
「……あっま」
が、流石にただでさえ甘いのに温んで甘味を増した紅茶はお気に召さなかったようだ。
さりとて投げ出すわけにもいかず、こっそり捨てるにしても物資貧窮状態のカルデアで贅沢している後ろ暗さを覚える程度の良識は鬼にもあったらしく、結局彼女はそれをしかめ面で煽ったのであった…………。
鬼として、人類の敵対種としての側面が表に出た茨木童子でも味覚的嗜好はあまり変化がありません。それ以上に酒とヒトが好きなだけですが。
今更ながらFateの英霊共は英雄にせよ反英霊にせよ拗らせた連中ばっかりなので、全肯定系男子とのカップリングには事欠きませんな。さて、+αと予防線を張っているので誰であれ出せるし、次は誰を書きましょうか。儚い系後輩が良く無い遊びを知って拗らせていくのも、それはそれは楽しい物なのですけどね(深夜テンション)。