※この作品はR-18です。

汝の眼球が食べたい   作:Schuld

4 / 8
何時か破綻すべき嘘

 ロリ顔ながら妖艶な雰囲気を醸し出す美少女で、しかし出るところはしっかりでていると言えば諸兄らはどう思うだろうか。

 

 そんなパーフェクトジオングみたいな女居るか! と血の涙を流すか、それなんてエロゲと鼻で嗤うかのどちらかだろう。

 

 が、英霊に関しては例外であり、そのパーフェクトジオングやエロゲ染みた美少女が実在してしまっていたりする。

 

 「だ・ん・な・さ・ま」

 

 カルデアの中でも立香の私室は物的・霊的防御において、カルデアの中枢部に比肩する硬いプロテクトで護られている。彼が死んだら人理が救えなくなるので当然と言えば当然であり、技術的にはダ・ヴィンチ女史謹製の技術が導入され、霊的にはかの有名なケルトの大英霊ことクーフーリンが守護のルーンを刻む気合いの入れようである。

 

 しかし、物理的にも霊的にも世界一頑強とされる大銀行の金庫並みに硬い部屋ですら、完璧に全ての侵入を防ぎきることは難しい。まぁ、その大銀行もピエロ仮面の強盗四人組とかに割としょっちゅう暴かれたりしているので、変な話では無いのかも知れないが。

 

 毎日の生活リズムに従ってレムレムしていた立香は、耳元で囁かれる甘ったるい声で目を覚ました。声の方へ首を巡らせれば、そこには絶世の美少女の容がある。

 

 淡い髪色、黄金の瞳、そして吐きかけられる熱い熱い吐息。幼い肢体が持つ不釣り合いな起伏は見えずとも、寝具に覆われた身体に直接感じている。半覚醒の曖昧な思考は、また添い寝されているのだなと何時もの如く全てを受け容れきっていた。

 

 彼女は清姫。安珍清姫伝説として日ノ本に名を残す日本史の中でも有数のストーカーである。かなり古い伝説であるというに、それでも最古でないというのが日ノ本の業の深さを感じさせるではないか。まぁ、最古でなくとも彼女は十分にサイコではあったが。

 

 バーサーカー、狂化という特殊な状態を付加された、あるいは元より狂気を持ったサーヴァントが振り分けられるクラスであるが、彼女はバリバリの後者であり一級のキチ、もとい一途な恋愛に身を捧げた乙女である。どの程度の狂気かと言えば、言葉は通じるが会話は成立しないという、考え得る限り下手に言葉が通じないよりも性質が悪い部類である。

 

 「起きて下さいまし、旦那様。もう朝餉の準備が終わる頃ですよ」

 

 「ああ、うん……おはよう清姫……あれ、昨日ルーン更新しなかった?」

 

 「それが何か?」

 

 これが彼女の狂化具合である。鍵を掛け侵入者対策をすると言うことは、頼むから静かに寝かせてくれという意思表示になるが、彼女はそれを見ないし聞かないし斟酌しない。自身が望むことを相手も望み、相手は自身が望む者だと固く信じて疑わないことが彼女の狂気なのだ。

 

 彼女の黄金に鈍く輝き、されど澱の如く濁った瞳には彼女が見たい世界が映る。すなわち、マスターは己が愛した男、そして愛の果てに殺した安珍であると。

 

 極上の笑顔を作る彼女はまともなように見えて、この上なく狂っていた。その狂気は自身のみならず他人をも蝕む狂気だ。普通であれば耐えられまい。彼女に愛されると言うことはアイデンティティを否定されることであり、他人の代用物としてしか見られないことだから。まともな感性の持ち主であれば触らぬようにするか、遠ざけるか、余裕があらば令呪で以て自害でもさせていることだろう。

 

 「そっか、じゃあ起きないとね……」

 

 「はい! 支度はもう済ませてありますので、清姫に全てお任せ下さいませ!」

 

 億劫そうに身体を引っ張り上げる立香を執念の乙女は甲斐甲斐しく世話しはじめた。ぬるま湯を湛えたタライを何処からか取り出して顔を拭って清め、寝汗を吸った寝間着と肌着を脱がせて汗を軽く拭わせ、ぱりっとクリーニング済みのカルデア制服を着込ませる。その一連の流れに淀みは無く、手つきは正確そのもの。とてもではないが上げ膳下げ膳全て使用人にやらせるのが普通であろう良家の子女には見えなかった。

 

 対して立香はレムレム――可愛い後輩が言い出したフレーズなので、本人も結構気に入っている――していたことや、元より寝起きは酷い低血圧で動きが鈍いのでこれ幸いと完全に身を委ねている。

 

 実際、マシュが望むのであれば彼女にこれを任せもしただろう。羞恥だのなんだのは、彼にとっては願いの二の次なのだ。満たすことで満たされる彼にとっては、全ての感情はその後の付属品に過ぎない。

 

 だが、清姫の場合に関しては少しだけ事情が違う。正直な所、立香としてはやめさせてもやらせても害は無いが、より面倒臭くないから今の立場を取っているに過ぎない所があった。それは彼の本質に由来するもの。そして、清姫には絶対に理解しない所から来ている。

 

 それでも、今のところ立香は清姫を受け容れていた。陰部をマジマジと見られることも、此方が眠気でぼんやりしているのを良いことに時折こっそりと――しかし態とらしく――触ってくるのを指摘せぬ優しさも彼にはあったから。

 

 「旦那様、お顔剃りもさせていただきますね」

 

 これまた何処からか取り出してきた蒸しタオルで顔を覆われ、年の割に産毛くらいしか生えていない顔を整えられて立香の身繕いは終わる。毛筋程も皮膚に傷が入ることも無く、丁寧に仕上げられた姿は当人からしても納得の仕上がり。果たして本当にして貰う側だった彼女は、如何にしてこれほどの奉仕技術を手に入れたのやら。

 

 「さぁさ、旦那様、今日はろーま風の朝餉だそうですよ。楽しみですね?」

 

 「そうだね」

 

 そして全ての支度が終わる頃、やっと血圧が正常に戻った立香は清姫を伴って部屋を出た。背中を押されながら幸せそうにしている清姫なれど、彼女の存在を背後に感じる立香は、彼女はきっと幸福で無いのだろうと確信していた。

 

 捧げても捧げても彼女は満たされることはないだろうと、彼の感性が教えてくれるのだ。何故なら、自分には彼女が本当に望んでいるものなど、どうやったってくれてやることはできないのだから…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間に休憩が必要なように人間の精神を持つ英霊にも休暇は必要である。これはフローレンス・ナイチンゲール女史が統計したデータにも出ており、20連勤の孔明と休日明けの孔明ではテンションが全く違うという明白な数値で実証されている。

 

 何? 労働能率? それに関しては魔力さえあれば基本的に動けるサーヴァントには関わりの無い話である。濁った目のオッサンと皮肉を吐く余裕のあるオッサン、どっちがよりマシかという話だ。

 

 ナイチンゲール指数――20連勤した孔明の目の曇り度合いを1孔明とする――云々の話は兎も角として、カルデアには過労気味な人間の裏方はさておき英霊達にはシフトを組んでリフレッシュできるよう配慮がなされている。完全週休二日制とまではいかないが、なるべく同じ英霊は連続でレイシフトに連れ出さない、そんな目安のようなものだ。

 

 休暇を与えられた英霊達はDrロマンが許可している範囲でカルデア内を好きに動き施設を利用することができる。以前に茨木と立香が使っていたティーサロンであったり、運動不足を解消するためのジムであったりと様々だが、人気があるのが立香も初期は活用していた戦闘シミュレーターであるのが何とも皮肉である。

 

 そんな休みは第一にして最後の盾を自認するマシュにも与えられていた。無論、当人としては全てのレイシフトに同行したくもあったのだが、令呪を以て命じる程の勢いで言いつけられれば、先輩大好きな後輩としては首を縦に振らざるを得ない。

 

 かくいう事情の上、マシュは休日を図書館で過ごしていた。省スペース化のために紙媒体でしか意味を成さぬ極特殊な本を除いて電子化された図書館は、レンタルのタブレット端末が並ぶだけの本好きからすれば些か物足りない光景である。

 

 尚、カルデア設立当初は古くさいことを好む魔術師勢からも凄まじく不評だったそうだ。単にお前らが操作が分からんだけだろ、という突っ込みを彼等は受け容れるのだろうか。

 

 されども、これに感化されて「オメー何時代の人間だよ」という進化を遂げたキャスタークラスの英霊も居るので馬鹿にしたものでもないのだが。

 

 「あら、マシュさん」

 

 「え……ああ、清姫さん」

 

 何やら熱心に頁をフリック送りしていたマシュに声を掛ける者が居た。同じく端末を借りた清姫だ。彼女は現代知識のバックアップを受け取ってもタブレットの操作が苦手というお婆ちゃんムーブを見せる英霊の一柱であり、大抵誰かに助けを求めて見たい本を探している。マシュに声を掛けたのはその為だろう。

 

 「調べ物ですか? 精が出ますね」

 

 「え、ええ、まぁ……清姫さんは、いつも通り?」

 

 「はい、お恥ずかしながらお願いしたく……あかうんと、とやらは便利みたいですが、どうにも文字を書くのが苦手でして」

 

 知っていることと使えることは別問題。実銃の知識に富んだミリオタに拳銃を投げ渡して、初弾でピンヘッド出来るかと言えば別なのと同じ理屈である。清姫はタブレットの入力、特にフリック入力やキーボード入力がどうしても覚えられなかったらしく、折角個人のアカウントを作っても使いこなせないのだ。読んだ本をストックしたり、しおりを挟んだり便利機能満載でも使いこなせなければ意味が無い。

 

 全くの余談であるが、ケルトだケルトだと揶揄されることの多いケルト勢だが、その英霊達は当時の高等身分、つまりは知識階級でもあり文化的な営みにも通じていることから、実は図書館の利用頻度は文化人英霊勢に次いで高く、タブレットも達者に使いこなしたりする。意外だと呟いたローマ勢に、テメー俺らのこと延々野蛮人扱いすんの止めろと私闘一歩手前まで事態が過熱したのは、今となっては良い思い出である。やはりケルトはケルトだった。

 

 閑話休題、操作を代わってやったマシュは、しおりが挟んである読みかけの本を開いて清姫にタブレットを寄越す。読みかけだった本は、英霊には何とも不釣り合いな、そして何故ここのライブラリに入っているのか不思議な理容師の教則本だ。頁は本格的なひげそりで肌を傷つけずに髭を剃る方法を図解しており、漸う見やれば彼女が小脇に抱えた手帳には細かな覚え書きが幾つもしてある。

 

 どうやら丁寧な身繕いの技術はカルデアの不思議なご加護ではなく、英霊たる彼女が努力して身につけた技能であったようだ。英霊は全盛期の姿で呼び出される不変の存在なれど、身の回りのことを覚える程度の変化は受け容れられる仕様で良かったと言うべきか。

 

 それにしても実に甲斐甲斐しい話ではないか。自分の服すら一人で着込んだことがあるのかも怪しいお嬢様が、惚れた男に尽くすために必死に身の回りの世話を覚えようとしているのだから。当時の高貴な女性は家の中で何もしないのがスタンダード、それを変えるのは並大抵の努力と決意では成るまい。

 

 ただ、それ故に哀れであった。

 

 マシュは一度、立香から清姫についての所見を聞いている。何の流れで彼女の話になったかは忘れてしまったが、彼は珍しく困ったような表情で「俺では清姫に何もあげられないからなぁ」と呟いていたのを覚えていた。

 

 立香は分かっているのだ。清姫が世話を焼くのは自分を安珍だと思い込んでいて、安珍に愛されたいからだと。彼女が欲しいのは安珍の愛……されど、安珍ならざる立香には彼の愛など捧げられようはずもない。求められれば全てを捧げるマスターは、残念ながら持ちうる物しか与えてやれないのである。

 

 もしも彼女が愛して欲しいと願えば、立香は後輩や鬼との関係を計らいつつも清姫を愛してやっただろう。だが立香は鳩が鴉になれないのと同じで安珍にはなれないし、清姫が望んでいるもう一つの願いを叶えるため、どうしてもそれはできなかった。

 

 清姫にはこの界隈でのみ通じるものだが、非常に有名な異名がある。嘘つき絶対焼き殺すガールだ。

 

 清姫が化生に転じた理由は、一目惚れした美形の僧安珍が熊野詣での帰りに寄るという約束を反故にしたことへの復讐。彼としては子共の幼い恋愛を軽くあしらった程度に思っていたのかもしれないが、13でも女は十二分にオンナになれるのだ。

 

 その結果、清姫は竜に転じ、鐘に逃げ込んだ安珍を焼いた後に身を投げた。英霊として霊基を刻んだ顛末が顛末だけあって、彼女は嘘を赦さないし赦せない。それがどれ程軽い嘘であれ、清姫を気遣うような嘘であったとしても。

 

 彼女が愛を囁くのはマスターに投影した安珍へなのだ。投げかけられた愛は立香が受け取るべきものではないし、何よりも捧げる物を持たぬ立香としては受け取る訳にはいかない感情でもあった。何故ならそれを受け取れば“嘘”になるから。安珍に向けられた愛情を藤丸 立香が受け取れば、それは立場を偽って清姫を欺くこととなる。

 

 そして、その嘘を清姫は受け容れられないだろう。彼女は自身が吐く嘘にすら耐えられないのだから。

 

 故に立香は清姫に応えない。彼女がしたいようにさせてやっているのは、ままごとに付き合ってやるだけで精神的な安定性が保てるのであれば、安珍の代わりという男としては不快な立場なれど我慢してやろうとしているに過ぎない。

 

 何よりも彼は自身を求められれば何処までも親身で一途であるが、ついでのごとくや代替品として求められることには酷くシビアでもあった。

 

 そんな不誠実な欲求を認めてしまえば、自分を本当に求めてくれた人への不実になってしまうから。捧げる物には価値がなければならず、まず自分が価値を認めねば捧げるのは相手にとって無礼にあたると立香は考えていた。つまらないものですが、という枕詞はあくまで謙遜でなければならず、本当につまらない物をおしつけてはならぬのである。

 

 何処まで一途であろうと、何処まで熱烈に愛していようと、何処までも愛に応えられる相手であったとしても、清姫はどうしようもない程に詰んでいた。前提のすれ違いによって、彼女の誤差はどう足掻いたって修正が利かないし、利かせようが無い。なぜならば、その誤差は彼女の霊基に刻まれたレゾンテートルの一部なのだから。

 

 後は繋がった管の中に放られた鼠のごとく、同じ所を行ったり来たりするばかりだ。決して進展することは無く、行き着く終わりも無い。待つのは疲労の後の崩壊、現実と清姫が見ている幻そのものの齟齬……彼女の囁く愛そのものが“嘘”である事実を認識してしまった末の破滅しかないだろう。

 

 崩壊の後に残る物があるかもしれないが、その残った物が彼女の救いたり得るとは……たとえ神でも断言できまい。

 

 「どうかなさいましたか?」

 

 「いえ、何でもありません清姫さん」

 

 立香の所見を思い出して固まっていたマシュは、声をかけられて漸う意識を現実に戻した。彼女等のマスターは誰よりも優しいが、何よりもシビアなのだ。自分を愛する人のために彼は人を愛す。されど、自分を愛さぬ物は愛さない。清姫にとってのせめてもの救いは、嘘を吐いて欲しくないと願われている事を彼が「自分自身への願い」と少しオマケして見てくれていることであろう。

 

 マシュは彼の本質を知っている。それに縋り、救われてもいるのだから。

 

 彼は捧げる者、施す者と似て非なる者。求められれば与え、求められねば何も与えぬ。要はそういう存在なのだ。

 

 必死に奉仕の術を学ぼうとする清姫を見ながら、マシュは自分の口角が密かに上がるのを感じていた。この感情を幼く無垢な彼女は知らないが、人間の心とは理解していないことも感情として発露させることがある。

 

 その心は愉悦……優越感にマシュの幼い心は震えていた。

 

 立香はマシュを見ている、マシュが立香を見ているのと同じだけ熱っぽく。しかし、彼はどうしようもなく清姫を見ていない。

 

 サーヴァントとして、仲間として、そして何よりも女として。マシュは初めて感じる感覚に打ち震えていた。この光景を茨木童子が見ていれば、さぞ愉しんだことであろう。二人を突っつき回して、なんやかやで立香には悪くない方へ物事を転がそうとした筈。彼女の最終目的は、人理を救った英雄を喰らうことなのだから。

 

 されど鬼は此処におらず、すれ違った竜は終着点を知らぬまま回り続ける。彼女は尾を咥えた蛇ではない故、何時か終わりは来るだろう。何時かは、どんな結末かは分からないが。

 

 「ふふ……」

 

 暗い笑みを浮かべたマシュは、見ていたタブレットをなぞって頁を送った。

 

 プラスティネーション、死体加工技術の専門書を…………。   




ヤンデレ筆頭の清姫ちゃんでした。拗らせた愛に寛容でもズレたヤンデレには不寛容だった立香の本質は、施す者ではなく捧げる者。物欲しそうに残った最後の一粒のピノを見ていたら「仕方ないな」と率先してくれるのがカルナ。それちょーだい、と言わないと何があってもくれないのが立香、くらいの認識。まぁ、カルナとて意味も無く施していた訳では無いので若干不適切な例えではありますが、それくらいの差かなと。

キメてるのがチャイか抹茶か緑茶かくらいの違いだな!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。