※この作品はR-18です。

汝の眼球が食べたい   作:Schuld

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契約書(追記事項有り)

 英霊とは人類史に刻まれた偉業の体現者であり、その情報を再構成して作り出された使役存在である。要するに過去に存在した当人と全く同じというわけではなく、逸話や創作の影響が色濃く表れ、更に召喚した時代の人間に馴染みやすい姿で現れる。

 

 具体例を出すならケルティックボディースーツで有名なクーフーリンであろうか。彼の本来の戦装束は全裸に装身具だけ身につけて、全身を青い塗料で塗るというTHE・ケルトな出で立ちであるが、流石にそれは公の電波に乗せられない。そういった逸話の要素を昇華しつつ、使役者にとって馴染みやすい姿に変換したものが英霊だ。

 

 「でも、基本的に英霊は本人から大きくはずれないんですよね、Drロマン」

 

 「まぁ、大抵はね」

 

 メディカルルームで検診を受けながら、暇潰しがてら立香は三十路に見えないと評判の童顔男に問いかけた。彼はタブレットに送られてくるデータへ忙しく目を通しながらも、マスターとしては優秀なれど、魔術師としての知識に乏しい立香へ丁寧な講釈をしてくれる。

 

 「基本、人類史に刻まれるような重大な情報は比較的正確なんだ。後から由来の分からない新説とか、後世の創作で汚染されたり、別側面とかいう歴史上に顔を出していない要素を屁理屈みたいな勢いで引っ張ってきたりしないかぎり早々変わらないね。ほら、クーフーリンはみんな違いはあれ、クーフーリンらしい性格だろう?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。クーフーリンというケルトの大英霊は、その所業の凄まじさから多くのクラス適性を持ち、他クラスの英霊として多重召喚されることがままある。実際、このカルデアにもクーフーリンだけでケルトが三人居るというカオス具合だ。

 

 伝承の中でも名高い魔槍を担った豪胆たる若武者のクーフーリン、冬木で出会った多彩なルーン魔術を操るキャスターのクーフーリン、同じ槍を担げど若年の頃のクーフーリン。全員見た目もクラスも差異はあれど、誇り高きケルトの戦士にして頼れる兄貴分という所に違いは無い。

 

 更に今このカルデアには居ないものの、戦時の苛烈さをより鮮明にした狂戦士のクーフーリンも立香は確認しているし、図書館で読んだ逸話を手繰ならば、有名な二頭立てのチャリオットや剣も持っていたことからして、ライダークラスやセイバークラスでの現界も十二分にあり得た。そして、そんな彼等もきっと他のクーフーリン達と大きく変わることは無いのだろう。

 

 その上、ちょっと屁理屈を捏ねれば、奇襲戦法の達人は実質アサシンであり、ゲイ・ボルグは投ずれば三十の鏃となり敵に襲いかかる性質を持つことからアーチャークラスもいける! と当人が主張していたので、理論上八人同時在籍という恐ろしい事が起こりうる。何それおっかない……と思ったが、7クラス制覇を目前とした王様がいるので、最早この界隈では今更やもしれない。

 

 「……くっつけたら消えたりしないかな」

 

 「色が違うから無理じゃないかなぁ」

 

 はっはっは、と頭の悪い発想をして笑う二人。

 

 「Drロマン、ゲームとかするんですね」

 

 「嗜む程度にね。現代文化探求とかいってダ・ヴィンチちゃんに付き合わされたんだよ」

 

 あんまり上手くなかったけどね、とロマンは苦笑するが、付き合わされていたこと自体は満更でもなさそうだった。

 

 そんな馬鹿話をしながら、英霊とは何かという講釈を受けたのは少し前のこと。召喚サークルが刻まれた召喚室にて、立香は現状を茫洋と受け容れながらも過去の事を連想させられていた。

 

 「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。……どうしました。その顔は。さ、契約書です」

 

 そう、特級に解釈が面倒臭い色違いが召喚されてしまったのだから。

 

 「じゃ、ジャンヌ……」

 

 白銀の髪も艶やかに漆黒の装束を翻す姿は、オルレアンで共に戦った少女の似姿にして対極。彼の魔術に溺れた救国の将軍が聖杯を手に入れ、焦がれて練り上げた自身の望む“復讐に溺れた聖女”の偶像。

 

 彼の穢れ無き聖女は陵辱の末に火へ投げ込まれてなお信仰も、果ては国への愛すらも捨てなかった。彼女はあまりの穢れ無さ、清廉さ故に神に選ばれ、憎むことなど出来なかったのだ。ある意味において、オルレアンの乙女は立香と似た狂い方をしているとも言える。色々と拗らせた復讐鬼が心底嫌ったのもさにあらん。

 

 「なんだ、汝、よくぞその面出せたな」

 

 立香の傍らで座っていた黄金の童女、茨木童子が据わった目で紅蓮の復讐鬼を見やった。たまに制御不能なバーサーカーが召喚されることもあるので、何かあった時に備えて召喚室には必ず付き添いのサーヴァントが居るものだが、今日は暇を持て余した彼女が連れてこられたらしい。

 

 しかして、竜の魔女と羅生門の鬼は剣呑に睨み合った。

 

 「……あら、みっともない小鬼じゃない。まだ滅びずにいたの」

 

 「いじけた贋作の娘が図に乗るなよ? 吾は食う物を選ばぬが、流石に骨まで燻った汝は食うに能わんが故、どうなってもしらんぞ」

 

 特異点において召喚されたサーヴァント達は縁によって招かれることもあり、その多くがかつて共闘した、或いは敵対した際の記憶を持って召喚される。そう、特に苛烈に殺し合った相手であれば、因縁の全ても覚えたままで。

 

 冬木の頃より立香の剣として最前線で大骨刀やヤクザキックで敵を屠り続けた鬼は、オルレアンにおいて飛龍に兵士にサーヴァントと大車輪の活躍をしていた。元より高い怪異としての身体能力がバーサーカーとして底上げされた怪物が、幻想種にしても下位の飛龍や単純な狂化を受けて技能を落としたサーヴァントに負ける筈もあるまい。そもそもの鬼自体が、強力な幻想種なのだから。

 

 ただ暴力の具現として進み、押し潰し、蹂躙して全てが終わる。露払いとして現地で合流した聖女達が戦い、背後をマシュが固める陣形は堅実にして理不尽であった。

 

 そして、結果的に竜の魔女と墜ちたる救国の英雄を屠ったのも、この鬼である。

 

 大骨刀と本物のジャンヌであれば好まぬ筈の剣が切り結び、鬼の炎と煉獄の炎が混じり合う修羅場。争いの場であった城塞は瞬く間に荒れ果てて、正しく全て焼き尽くすかの如き争いは、しかして長くは続かなかった。

 

 両者共にパワー特化であり、ジャンヌ自身はルーラーとして戴いたサーヴァントに対する耐性以外に己が身を守る手段には乏しかった。礼装の支援と他のサーヴァントからの後押しを受けた茨木童子の前には、竜の魔女とて単身のサーヴァントであるが故に剰りにも脆い。

 

 結果としてオルレアンの特異点は解消され、聖なる乙女の贋作は煉獄へと墜ち、されども立香に観測されたことを切片として霊基を座に刻み込むこととなった。

 

 故に彼女も縁があって此度は召喚されたのであろうが……。

 

 「抜かしたわね……腕叩き落とされてベソかきながら逃げた小心者が……」

 

 「たかが裏切られて火に炙られたくらいで絶望した小娘が偉そうに……」

 

 斯様な経緯を持つ者達が仲良くできるかと問われれば、否であろう。殺し合う最中に煽り合って憎しみを増幅し合った二人が、同じ目的で呼び出されたからと穏やかに同席して茶を啜るなんて光景はお題目だ。上品であっても机の下で足を蹴倒し合うだろうし、苛烈な性分であるならば今のように殺し合いが始まる。

 

 茨木の小さな手には大骨刀がいつの間にやら具現化し、竜の魔女は鞘を払うように剣を抜き放った。互いの間合いは一足一刀、どちらも必殺の一撃を放てる間合いである。霊基が召喚されたばかりで弱い贋作の乙女であろうと、相性の良い茨木に痛打を与えることは十分に適うであろう。

 

 「令呪を以て命ず」

 

 「「あっ」」

 

 が、それをされては困るマスターの行動は迅速であった。魔術師より数段強力なサーヴァントを縛る絶対命令権、日に一角しか回復せず、ストックも三角までと少ない切り札をあっさりと切った。

 

 配下のサーヴァントに絶対服従を強いる令呪の命令は、シンプルにして具体的な内容であればあるほど強さを増す。純粋に魔力を足して傷を癒やしたり、宝具を発動させるのみならず行動を戒めることもできるのだ。

 

 「私闘を硬く禁ず」

 

 「「ああー!?」」

 

 まぁ、実態としては“みんなでなかよくしましょうね”とかいう、小学校みたいな命令に使うことが多いのは如何かと思うが…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜の魔女は立香が慌てて許可申請を出したティーサロンに居た。目の前ではティーコジーに包まれたティーポットが準備されているが、十五世紀の農村に産まれた――という記憶を持つ――彼女には馴染みのない物である。専ら酒精の弱いワインを水で割って飲んでいた文化圏の彼女には、十七世紀になってやっとこ西欧に来た文化が興味深くもあった。

 

 色とりどりの量は少なくとも華やかな菓子の群も良い。カラフルなマカロンは目に楽しく、甘い香りは嗅いでいるだけで気分が軽くなってくる。貧乏な農村と戦場で多くを過ごした彼女には縁が薄く、たとえカルデアのバックアップで知識はあれど未知の菓子は見ていて心が躍るものであった。

 

 ただ、それを一人でゆっくり眺められていられればの話だが。

 

 「しかし、君も因果だな」

 

 「……礼を言えとでも言いたいのかしら」

 

 魔女は黄金の瞳を鈍くギラつかせつつ、紅い戦装束に身を包んだ褐色の偉丈夫を睨め付けた。

 

 ティーセットの用意を別の意味でのサーヴァントが如く用意する彼は、アーチャーのエミヤである。一番最初にカルデアに招かれたアーチャーである彼は、真名ではなく専らアーチャーと呼ばれているが、それ以外にもオカン――当人は否定するが――とも呼ばれる世話役だ。

 

 カルデアは大型施設だけに維持要員も必要であり、食事の供給やら何やらは専門の人間が雇われていたのだが、裏切り者がやらかしてくれたおかげで人員がほぼ全滅したこともあり、猫の手ならぬサーヴァントの手を借りて運営されている。食事を作り綺麗な服を着ないと、人間は生きていけないのだ。

 

 そしてブラックな会社に勤めるエンジニアの方が幾らか気楽という勤務状況のカルデア職員には、残念ながら斯様な業務に人員を割いている余裕などありはしない。となると困ってくるのだが、そこはレイシフトしていない非番組のサーヴァント、家事に抵抗がないオカン勢が進んで手を挙げることで解決されていた。

 

 美味い食事と身ぎれいで居られる環境が整えば、多少勤務態勢がブラックだろうと人間は生きていけるもので、職員の多くは彼等に強く感謝しつつ業務に励む。そうして僅かな余裕をサーヴァントも愉しむことで、この施設の士気は保たれているのだ。

 

 「真逆。私が望んでしていることに恩着せがましくわめき立てるつもりは無い。チップを寄越せと言っても、文無しの君には辛かろうしな」

 

 白髪の弓兵は些かの因縁を持つ魔女の皮肉に対し、自らも皮肉屋であることを証明するような言葉で返した。酷く喧嘩っ早い彼女の手が剣の柄に伸びるも、令呪の効果で抜き放つことはおろか鯉口を切ることは能わない。その事実に彼女は表情を歪め、剣戟の代わりに舌打ちを一つ零した。

 

 「やれやれ、此処に望んで招かれたのであれば馴染む努力をしたまえよ。我々はチームワークで成り立っているのだから」

 

 「あの鬼が居るというのに?」

 

 「君も知っていよう? 奔放に動くと予想していれば、それをカバーするように面子を配備するだけだと開き直る男の存在を」

 

 言われて思い返せば、その通りであった。鬼が思うままに暴れれば、眼前に立つ者は悉く駆逐される。つまりは鬼さえ健在であれば乗り切れる状況であることを察した立香は、マシュを始め他の面々は露払いや援護要員として活用していた。

 

 彼は随分と緑茶がキマっているが、頭は良かったのである。一番大事なのは勝ち筋と黄金パターンを見つけ出し、それを如何にして押しつけるかが勝負の世界では重要であると。

 

 「ま、彼の事だ。君も相応に使いこなして見せよう」

 

 「……気にくわないわね、手綱を握られているようで」

 

 ふんと鼻を鳴らす魔女であるが、請われて此処にいる以上は手綱を握られてやると言ったも同然なので、どう見てもただのツンデレにしか見えない。忠勤を誓う盾の乙女やらズレずれたヤンデレだとか、問答無用の鬼なんぞが主力勢であるカルデアにおいては新しいタイプだ。ここまでのツンデレはいっそ清々しいな、と紅い弓兵の脳裏に懐かしいツインテールが翻った。

 

 「さて、では準備は済んだ。ごゆっくり」

 

 「あっ、ちょっと」

 

 言いたいことを言って為すべきことを為した弓兵は霊体化して部屋を辞した。まだ文句を言ってやりたかった魔女としては消化不良も良い所なのだが、どうせ同じ施設に居るのだし後で幾らでも文句は言えるだろうと、引き留めようと持ち上げた手を下ろす。

 

 「全く、どうしてどいつもこいつも……」

 

 腹は立った。だが、因果なものという弓兵の言葉は誤りでは無い。何よりもサーヴァントとして現界した己が最もそれをよく理解しているのだから。

 

 ただの贋作、ジルの願望に過ぎなかった虚像が殺戮を経て自我を芽生えさせ、幼い自我は闘争と敗退によって成長し、煉獄において変性した魂は聖杯を偶然手に入れて巻き起こされた一件で昇華された。陽炎のような存在が、戯れに描かれた絵のような存在が今や立派な英霊様として座に刻まれてしまった。何かの因果があれば、あのぽけっとした男の召喚以外でも招かれることが起こりうるほど強く。

 

 本当に因果な話だ。どうして、どうして……。

 

 「私は、ここまで強く形を持ってしまったのでしょうか」

 

 陽炎のように、幻のように、幻想のように、あのオルレアンで死んでいったジルと共に消えてやれればよかったのに。ぼんやりと望んでしまったから、自分は今英霊としてここに居る。だが、英霊として存在しているからこそ思ってしまう。

 

 この身に絡みつく憎悪と破滅願望が、英霊として招かれるという希望に混ざる責め苦の何と辛いことかと。

 

 結局自分は救われてはいけない、地獄に戻ることこそが相応しい贋作であることに違いはない。あの贋作騒ぎは楽しかった。救いも得た。だが、結局自分は何処まで行っても竜の魔女なのだ。

 

 腹が満ちた事の無い人間は飢えを苦しいとは思うまい。失う物なくば餓えることもなく、味知らねば欲することも無い。しかし、彼女は知ってしまった。存在することの悦びを。なればこそ、オルレアンでは当たり前のことであった、絶え間なくこの身を蝕む人間種への憎悪に苦悩するのだ。

 

 己は侵す者、己は殺す者、己は滅ぼす者。斯くあれかしと願われ、斯くあれかしとあり続けた。生ある者を殺し続けるまで戦い抜くような破滅願望は、この身が作られた時霊基に刻まれたもの。決してサーヴァントになろうと拭いきれるものではない。人間という存在を憎悪するのに人間に焦がれる。

 

 この穢れた身を、汚れた旗を、どうしようも無い復讐者をあの男は望んでくれた。手を差し伸べ、カルデアにおいでと。そんな彼にですら“人間である”という理由で不信感を抱いてしまうのだ。そんな我が身が、魂が苦しかった。

 

 もしも煉獄で消えてしまえば、こんな苦しみは味合わずに済んだであろうに。

 

 嗚呼、本当になんと、なんと因果な……。

 

 「お待たせ!」

 

 黙考に耽っていると不意に扉が開かれた。片手に何やら大仰な小箱を持った立香だ。

 

 「……遅いわよ」

 

 「ごめんごめん、ちょっと大事に奥へしまい込み過ぎて、取り出すのに手間かかっちゃった」

 

 魔女は思考に集中しすぎて一瞬叫びそうになったが、意地で叫び声を飲み込み、跳ね上がりそうになる身体をプライドで押さえ込んだ。召喚初日から転げ落ちるような醜態、一体どうして晒せようか。

 

 「で、何を持ってきたのですか。お茶が冷めるかもしれないほど待たせる価値があるものでなければ、燃やしますよ?」

 

 「それは困るなぁ」

 

 どっちを? とは問わずに立香は笑った。今自分を燃やされては後輩の約束を果たしてやれなくなるから困るのだ。それに、持ってきた物を燃やされるのもかなり困る。これは思い入れもある大事な品なのだから。

 

 小ぶりながら豪奢な装飾が施された箱を開けると、そこには二本組のペンが収められていた。灯りを反射する光も何処か誇らしげな、黒く艶やかな本体を持つペンには流麗な筆記体で立香の名前が刻まれていた。

 

 「高校の卒業祝いに両親がくれたものなんだ。サインというのは人生を左右する大事な儀式だから、そのサインを書く筆記具は良い物を使いなさいって」

 

 「ふぅん……」

 

 一揃いのボールペンと万年筆は、贈った人間からの愛情を感じさせる品。名物に詳しくない魔女であっても上質なものだと分かるそれは、拵えの豪華さに反さず決して安くないのだろう。人生の今後を考えた品に大金を掛けるのは、正しく愛あってこそのこと。

 

 この男は愛多き家庭に生まれ育ったからこそ、こうなったのであろうか。

 

 「じゃあ、契約しようか」

 

 「ええ、好きになさい」

 

 万年筆を用意し微笑む立香に竜の魔女は羊皮紙で認めた契約書を寄越した。自らがサーヴァントとして幕下に加わり戦うという、シンプル極まりない条項のみを記した契約書を。

 

 契約文もさることながら、見事な筆記体の“Jehanne Darc”の記名は相当に練習した形跡が窺える。史実においては文盲であった彼女の記名は酷い物であったと言われているし、ちょっとしたイベントの中で彼女は実際に字が汚いことを気にしているような発言をしていた。

 

 努力したのだなぁ、と自然と立香の微笑みは強くなった。

 

 「……何か?」

 

 「何も。はい、契約内容、委細承知いたしました」

 

 契約書そのものは、かなりお粗末に過ぎる。法務担当に出したら、もうちょっと内容を練ってから来いと言われそうだが、彼女と立香の間はこれくらいでちょうど良いのかもしれない。むしろ、契約の条文よりも彼女が進んでこれを持って来たことに意味があるのだ。

 

 それに、まだ書き込む余地は幾らでもあるのだから。

 

 この世で最も不正義を正義に見せかけた男、と呼ばれる彼から賭けモノポリーか何かで巻き上げたであろう高級な羊皮紙は、箔押しもしてある立派な見た目と大きさながら、契約書の内容のせいでスカスカだ。体裁を考えて右下に記名欄が並んでいることも相まって、短い条文ならあと何十でも書き込めそうな程に。

 

 「んー、そうだな……ねぇ、ジャンヌ」

 

 「……なによ」

 

 「幾らか条文を書き込んでも良いかな?」

 

 「はぁ? 何? 契約して貰う側が文句をつけようというの?」

 

 唐突な提案に魔女は強気に応じながら、内心では怯えていた。契約を解除する条項を付け足されたり、何か自分を重く縛り付けるような内容を加えられるのではなかろうかと。

 

 嫌な記憶がフラッシュバックした。自分が体験した訳でも無いのに、存在の奥底へ決して剥がせないほど重く糊塗された記憶。自身が魔女であると認める書類に騙されて記名した、あの苦々しい記憶。

 

 メモ帳に慣らしをかねて何事か書き込んでいく立香の姿に、かつて己を陵辱した男達の姿が被って見えた。そんなことをするはずが無いのに、そんな男ではないと分かっているのに信じ切れない。これが呪い。竜の魔女に賭けられた不信と破滅の呪い。

 

 もしも神がおわしめすなら、正しく自分は地獄に落ちるべきだろう。救われて尚も、救った相手を疑うなど。彼の銀貨三十枚で御子を売り渡した男と己、どちらが罪深いのであろうか。

 

 「はい、これ。どうかな?」

 

 几帳面な筆跡の条文は英語で書かれていた。カルデアでも共通語として誰もが話せる言語は、バックアップを受けたジャンヌにも問題なく読み解ける。自身を呼び出した制御式が、内容に偽りがない事を示してくれることに安堵し、また竜の魔女は自身を嫌悪した。

 

 しかし、苦々しげに歪みかけた表情は、条文に目を通したことできょとんとしたものに変化する。

 

 「私、藤丸 立香はグランドオーダー達成の後、アヴェンジャー ジャンヌ・ダルクに契約報酬として、彼女が望む物一つを己の適う限り提供する……」

 

 ん? 今何でもするって言ったよね? と何処かから幻聴が聞こえかねない一文。ふわっとした契約書に更なるふわっとした条文が加えられ、色々と始末の悪い物が仕上がりそうになった。契約として交わすには、あまりに不用意な一文だ。

 

 法で縛られぬサーヴァントに何でも欲した物を与えるなど、命知らずにも程があろう。竜の魔女はぽかんとしたまま、一瞬憤怒に燃え上がりそうになった。この男は何を考えているのかと。竜の魔女である己に何でもなど、あまりに物を軽く見すぎている。

 

 「……貴方、馬鹿なの? 私は魔女なのですよ?」

 

 「……それが?」

 

 「何を請求されるか、分かっているのかしら」

 

 「俺に与えられる物、俺に出来る物ならなんでもいいよ」

 

 奥歯に力が入り、ぎしりと鈍い音が響いた。怒鳴ってテーブルを蹴倒さなかった自制心は、喧嘩っ早いことに定評のある彼女にしては快挙と言うべきであろうか。

 

 己を呼び出すほどなのに、どうして己を理解していないのかと魔女の内心は憤怒で荒れ果てた。

 

 ならば、思い知らせてやれば良い。法外な、剰りに法外な報酬を理不尽に突きつけてやれば、この馬鹿も分かるだろう。自分が呼び出し、契約を交わそうとしている相手が邪悪な竜の魔女であるという事実が。

 

 「……なら、魂を寄越しなさい」

 

 「ん?」

 

 「私が座に還る時、煉獄へ戻る時に貴方の魂を寄越しなさい。そして、貴方の魂は私の魂と共に炙られるのよ、永遠に」

 

 会心の笑みと共に差し出される意地悪な願いとも言えない願い。これに名を付けるのであれば、揶揄や嫌味というところが精々であろう。一体どうして投げ出せようか、得られるはずの死後の安寧を。どうして受け容れられようか、死後永遠に続く苦痛を。

 

 絶大な権力を持つ王ですら破門の前には屈した。ならば、死後があると認識できている魔術師にとって、これほど恐ろしい事はあるまい。彼女が振るった煉獄の炎、その熱さと恐ろしさはオルレアンで直面していよう。黒い炎にくべられて永劫に責められるなど、普通の魂では耐えられない。

 

 そう、普通であるならば。

 

 「……んー、いいよ、ジャンヌが本当にそれを欲するのであれば」

 

 「……は?」

 

 まるでちょっとした物をくれてやるように立香は首を縦に振った。そういえば、まだ魂は予約されてなかったなと宣いながら。

 

 あまりの発言に魔女の思考はフリーズする。この男が言っていることが、言語として理解できても、意味として飲み込むことができなかった。もしかして、こう言ったのだろうか、自分と一緒に地獄に墜ちてやろうと。

 

 「……貴方、正気?」

 

 「ひどいなぁ」

 

 言いながらも立香としては、最早言われ慣れているのであまり気にならない。特異点でもそうだが、付き合いのあるサーヴァントには少なくとも一度は言われた言葉は、最早馴染んですらいる。

 

 されど、これが自分のあり方なのだ。満たすことで満たされ、望まれることで幸福になれる。やはり、人は愛されて、望まれてこそなのだ。

 

 「君は俺を望んでくれた。俺が主になることを望んでくれた。だから、俺は君の望みに全霊で答えるよ」

 

 微笑みに歪む蒼い隻眼。眼帯に覆われる失せた瞳が、単純な言葉に酷く重々しい説得力を付け加えた。万の言葉で飾るより、優れた技巧を凝らした台詞よりも雄弁な証拠。魔女も知っていた。鬼が自慢げにオルレアンで語ったのだ、この男は進んで右目を贄として抉り出した狂人であると。

 

 「……私は呪われた魔女なのよ」

 

 ならきっと、望めばこの男は本当に墜ちてくれるのだろう。永遠に身を焦がす地獄の果てまで。正しく人理が尽きて、その地獄すらも終わる最後の一瞬までも笑顔で共に。

 

 試した自身が、途端に何処かちっぽけで矮小な存在に思えてくる。今までもそう思って居るつもりであったが、それよりも更にずっと惨めなもののように。

 

 「でも、君は君じゃないか。俺は知ってるよジャンヌ。君は愛されているんだ。愛されているなら、愛することもできるよ」

 

 かつての光景が甦る。笑顔で散っていった贋作達の姿が。彼等は愛してくれていた、どうしようもない愛されるはずも無い自分を。この男、どうしようも無く善良でお人好しで馬鹿な男も……もしかしたら。

 

 「そう、つまり貴方、炎に焼かれたいのね」

 

 「それを君が望むなら」

 

 贋作だからこそ分かる。彼の笑顔にも言葉にも嘘は無いのだと。くれると言ったなら、彼は本当に迷い無くくれてやるのだろう。別ちがたい身体の一部すら、そして死後の安寧さえも嘘偽り無く。

 

 「いいわ、いいわよ。そのうちそうしてあげるから」

 

 強引に万年筆をひったくると、ジャンヌは自分の手で契約書に条文を書き加えた。嫌いだったフランス語で、一文字一文字を確かめるような慎重さで。

 

 「さぁ、できたわ。後悔しないというのなら、さっさと記名なさい」

 

 差し出された契約書に立香は迷い無く、己の母語で丁寧にサインした。迷いは無く、全てを納得していることが筆跡からも読み取れるような、そんな立派なサインだった。

 

 「はい、どうぞ」

 

 思わず笑みが零れそうになる。自分は認められた、呪いを含めて、この邪で卑小な復讐者という有り様を含めて。すぐ不信で不安になる自分に形でもって、態度で以て示された。 「……本当に馬鹿ね貴方」

 

 「それも言われ慣れてる」

 

 「その時になって後悔するわよ絶対」

 

 「後悔はしない事にしてるんだ。特に誰かに何かをあげることでは」

 

 腹は決まっているのだろう。崩れることの無い微笑みを湛えた表情は、逸らされること無く一心に竜の魔女を、ジャンヌ・ダルクを見つめていた。作り出された幼子は、改めて自己の存在を受け容れられたのである。

 

 「まぁ、いいわ……どうせ何時か本当か嘘か分かる時が来るもの。それでもしないなら、地獄の底まで付き合ってもらうから」

 

 照れ隠しに悪態を吐きながら、魔女は自分の刃を少しだけ抜き出して、右手の親指に傷を付けた。指の腹に血を塗りたくって、記名に被るように血判を押す。この大仰な行動は、照れ隠しに紛れてあふれ出たうれしさなのだろう。しかして、その行為にすら試すような確認が付随するのだから、彼女は正しく天性のツンデレなのかもしれない。

 

 「地獄の底かぁ、寒そうだなぁ」

 

乏しい知識を披露しつつ、立香もまた指を噛み切って血判を捺した。何度でも証明してやろう、自分は嘘を吐かないと形にするように。

 

 「比喩よ比喩……コキュートスは私の罪にあわないじゃない」

 

 「うん、分かってるけど一応ね」

 

 「……ふん、馬鹿なマスター」

 

 血判が乾くのを見届けると、ジャンヌは契約書を丸めて懐へとしまった。大事に大事に、奥深くへ絶対に失ってたまるかと。そして、頬杖をついて精々尊大そうに見える態度を取り繕うのだ。次の瞬間には緩んでしまいそうな顔面筋に鞭を打ちながら。

 

 「さ、お茶にしましょう。馬鹿なイギリス人が好きな物なんてきっと不味いでしょうけど、お茶自体に罪はないですしね」

 

 「オルタの時代には無かったんだけどね」

 

 いつの間にやら蒸らし時間を計算するための砂時計の砂は落ちきっていた。とても長い時間語らっていたように見えるのに、小さな砂時計は嘘を吐かない。短い時間の間にあらゆる感情が込められていた。

 

 少しだけ、少しだけだが魔女は思った。あそこで消えてしまわなくてよかったと。

 

 「……ねぇ、リッカ」

 

 「ん?」

 

 慣れた手つきで紅茶をカップに移す姿を見て、ふと疑問に思う。どうしてカップは3セットも用意されているのだろうか。ご丁寧に椅子や取り皿にナプキンなど、まるでもう一人来るかのように誂えられているではないか。

 

 「なんでカップがもう一揃い……」

 

 「マスター、もうよろしいですか?」

 

 真意を問いただそうとした瞬間、扉が開かれて白い何かが魔女の視界を掠めた。

 

 「げぇっ!?」

 

 肺腑の奥底から捻り出したような呻きと、年頃の乙女がしてはならない表情。白い何かは、そんな醜態を見せる魔女の似姿にして極北。竜の魔女が心折れたジャンヌ・ダルクであるとするならば、正しく彼女は折れず聖女として果てた乙女。

 

 ルーラーとして現界したジャンヌ・ダルクの姿がそこにあった。

 

 「なっ、ななっ、なんっ、あっ……」

 

 驚きの余り魔女の言語野は退化する所か破綻を来し、まともに言葉が出てこない。翻訳するのであれば、なんでアイツが此処にとでも言いたいのだろうが、言うまでも無く彼女と同じく召喚に応じただけのこと。それもかなり早い段階で。

 

 「ああ、やっと貴女も来られたのですね! この日を楽しみに……」

 

 白い不屈の聖女はオルレアンを踏破した翌日に、このグランドオーダーに挑むマスターの下へ馳せ参じた。きっと色々投げ出せる聖人系な人となりに感じる何かがあったのだろう。死の間際に微笑みを浮かべられ、死して尚も後悔しない辺り、この乙女も割と色々な所が吹っ飛んでいるに違いあるまい。

 

 嬉しそうに作られた別側面の元へ駆け寄る聖女。対する魔女の表情は、ちょっと筆舌し難い歪み方になっており、とてもではないが書き表せる物では無い。立香ですら後で見られたと思いたくなかろうと慮って顔を背ける有様である。

 

 「こっ、こっ……こっ……」

 

 「こ? どうしました? にわとり?」

 

 断じて鶏の真似ではない。怒りと困惑の剰り死んだ言語野がまともな単語を作ってくれないだけである。そして、もう一つの枷に身体を縛り付けられていたが故の硬直だが、彼女は気合いと憎悪を能う限り燃やし尽くし……。

 

 「ぶっ殺してやる!!」

 

 「なんで!?」

 

 私闘禁止という令呪の強い縛りを振り切った。剣を抜き放ちながら、まぶしくて鬱陶しくてどうしようもない因縁のオリジナルへ斬りかかる。

 

 本日二つ目の令呪が切られたのは二秒後のことであった…………。




 FGO二周年なので、最もお世話になっているサーヴァントのお話をば。酒呑童子とジャックちゃん、あと欠片男の星で殴れば人は死ぬ。竜も死ぬ。鬼も死ぬ。後次いでに人類悪とかも死ぬ。大正義クリティカルバスターゴリラのジャンヌ・オルタが家のエースです。エースなので頑張って拗らせていますが、大体合ってる。合ってるよね?

 しかし、オルタ出て欲しいキャラ一杯居るんですよね。マリーちゃんとか、後はバーサーカー状態のエリちゃんとか色々。しかし前者はぐう聖過ぎて、後者は恐らく運営も何度も出て来て恥ずかしくないんです? という状態なので何とも。あとギャグキャラが定着しすぎた。

 さて、次はどういたしましょうか。ああ、そうそう、余談ですがジャンヌの記名は古文体なのでスペルミスではありません。一応ね。
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