「はぁー、美少女になって童貞共を惑わしてぇ」
──とある鎮守府、提督執務室。時刻は0時を回っている。
木製のどっしりとした机に両足を投げ出すようにして椅子に座った男──提督が、大きなため息を吐きながら呟いた。
その顔は疲れ気味だ。激務による連日の徹夜に嫌気が差しているのだろう、欲望を心の内にしまっていられない程には参っている様である。
「……何言ってんだ、俺……。いくら秘書艦が席を外してるからって……」
自らの言葉に嘲笑いつつ、机の上で組んでいた足を下ろして立ち上がる。
「コーヒー飲んで再開すっかあ」
彼は執務室の隅に設置してあるコーヒーサーバーに目を向けると、手元のコップを持ち上げて歩き始めた。その歩みは、おぼつかない足取りといった表現がぴたりと当てはまる。
「あーぐわんぐわんする。そろそろ寝ないとなあ」
──彼は、まだ知らない。
「……あっ!?」
よく磨かれた床に足を滑らせ──
「うぉっとっとっ!……な──!」
ゴンッ!!
──気を失った後に、目の当たりにする世界を。
†
ゆっくりと瞼を開けた
「んん……あっれ……?」
ここ、俺の部屋だ。提督に与えられる、執務室の隣の。確か俺、執務中に休憩がてらコーヒー取りに行って……いつの間に寝てた?
まあいいや、そんな些細なこと。ベッドの感触に全てがどうでもよくなりそうだ。
……そういえば、窓から差す日光が普段よりきついな。ってことは……。
「今何時だ……?」
俺は枕元の目覚まし時計を手に取ると、寝ぼけ眼をこすりつつ、顔の前まで持ってくる。そして…驚愕。
「
ヤバいヤバいヤバい!! 何時間寝てるんだよボケ!!!
一瞬心臓が止まった俺は文字通り跳ね起きる。朝も昼もすっぽかして眠ってたとなったら、本日分の執務をまた徹夜でこなさないとならなくなる。
そんなの嫌だ!俺は咄嗟に制帽だけ掴むと、執務室に繋がるドアを勢いよく開けた。
「ごめん! 寝坊した!!」
俺の視線の先には、机に座り秘書仕事をこなす吹雪の姿。
「え?ついさっき寝たばっかり──って!」
彼女はその視線を手元の紙から俺の方へ向かわせると……ぼしゅっと音を立てて真っ赤になった。
「しし、司令官っ! 服っ……服!」
「は? 服?」
え、起床の衝撃のせいで服の事なんて思考の外だった。ハッ……まさか俺、今現在吹雪に視覚的なセクハラしちゃってる……!?
それはマズい。ただでさえ昨今はセクハラで訴えられる提督が多いんだ。俺は冷や汗をダラダラ流しつつ、自分の首から下へゆっくりと目を向けると……。
……え? 普通やん。
恐る恐る自分の格好を見れば、普段の提督の制服から詰襟とその下のYシャツを脱いだだけ、要するに下着のシャツと制服のズボンといった出で立ちだった。
これ、ずぼらで暑がりな俺にとって、普段通りの格好だと言っていい。
うちの鎮守府の艦娘なら全員見慣れてるし、もっとも今目の前にいるのは
「まて吹雪、今の格好の何がいけない? 教えてくれ」
「何がって! ええと……!」
俺の質問に、吹雪は頬から煙を出しながら目を右往左往させているだけ。何を答えあぐねているんだ?
「なあ、……もう!」
痺れを切らした俺は吹雪に詰め寄る。
「わっ」
ずいっと目の前まで迫ると、驚く彼女の両肩を軽く掴んだ。吹雪をしっかり見つめながら俺はゆっくりと口を開く。
「はっきり言ってくれないと分からないって」
「ひゅっ、おっぱ……胸! 胸が!…透けて…」
「むね……胸? 俺の?」
俺の首の少し下の一点を凝視しながら、しどろもどろに答える吹雪。最後の方なんて消え入りそうな声で上手く聞こえなかった。
「ここがどうしたんだよ?」
俺は確認のために、着ているシャツの胸元を掴んでぐいっと下へ引っ張った。
──ここだけの話、自分の体には自信がある。鍛えてるしな。何かおかしいことがあるならはっきり知らせて欲しい、俺の胸に異常があるのか? …そんな軽い感じの行為だったんだが…
「~~~~~~~~っ!!///// ……はふん」
「わっ……おい! 吹雪!」
一度限界まで目をかっ開いた吹雪は……幸せそうな顔をして気絶してしまった。
「……なんでやねん」
そう呟いた俺の声は、誰に届くでもなく執務室の空気に溶けていった。