※この作品はR-18です。

闇の裏側に在りし者(第一部)   作:アバッキーノ

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悪魔の出現と消滅

弟よ。お前達が築いた永遠の虚空から私は脱したぞ。

弟よ。私はお前達を滅ぼすだけの力を手に入れたぞ。

弟よ。だが私は今、実に空虚だ。

弟よ。お前は今どこにいるのだ。

 

 二人の人間が対峙していた。いや、片方は人間ではないだろう。

 なぜなら、その者は身の丈は優に5mを超えていた。明らかに人外の者である。

 対するもう一人は2mには満たないが、人間としては背の高い部類に入る。

 二人は、いや一人と一体は距離を縮めた。二つの影が交錯する。

 決着は一瞬だった。小さい、恐らく人であるとおぼしき者が大きい方の体を跳び蹴りで貫いたのである。

 それはさながら、ひと昔前の拳法アクションアニメの一幕のように。

 大きい方はそのまま地面に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。

 勝者は敗者の方に向かって一言二言、言葉を発してその場を立ち去った。

 彼が去った後には一陣の風が吹き抜けるのみであった。

 

 西野怪物駆除株式会社の社内の廊下を若い女性が一人歩いていた。

 オレンジがかった腰のあたりまで伸びた長い栗色の髪。

 均整のとれたまゆ毛、豊かなまつげに大きな、深い藍色の瞳。

 美しく通った鼻筋にキュッとすぼまった唇。

 ふくよかな胸ときちんとくびれたウェスト。

 そして細すぎない、程よく丸みを帯びた白い足。

 誰もがため息をつくような美しい女性だ。

 白いブラウスと赤いジャケット、えんじ色のタイトスカートがよく似合っている。

 彼女、藤倉葉子は中央管理センター総合指令室に向かう所なのだ。

 葉子は5年前に起こった、彼女自身にとって忌まわしい事件の数少ない生き残りだった。

 かつて葉子は、民間退魔団体としては空前の規模を誇る「四門会」に所属していたのだ。

 「四門会」は、この世界にある4つのパワーポイントを4人の守護者がそれぞれ浄化し、封印する役目を担っていた。

 彼らはその4つのパワーポイントを『門』と呼び、陰陽道で定められた東西南北の四神将、すなわち北の『玄武』南の『朱雀』東の『青龍』西の『白虎』とそれぞれ名づけ、それらの名を二つ名に冠する凄腕の退魔士が守護者を務めていたのだ。

 が、5年ほど前に四門の南の守護者にして筆頭退魔師、“朱雀”の栗林雄二の反乱によって四門会は崩壊したのである。

 その後、彼女の師匠にして四門会の代表責任者、“玄武”の堀田ことハリー堀田の知りあいであった西野那由の誘いで西野怪物駆除株式会社に所属することになったのである。

 『四門会崩壊事件』以降、パワーバランスが崩れたこの世界にはそれまでとは比べ物にならない高位的存在がちらほら現れるようになった。

 大抵のものは特に危害を加える事なく自分たちの世界に帰っていくのだが、中にはこの世界に留まり、悪事を繰り返す輩もいる。

 葉子はこの会社に嘱託として在籍し、こういった「高位で厄介な連中」を主に相手をしているのだ。

 それは、彼女自身がある特殊な能力を持ちあわせているからなのである。

 「嘱託」なのは葉子が未だ大学に学籍を持つ現役の女子大生である事と、四門会の崩壊という出来事を彼女自身が認めたくない事が理由だった。

「ああっ。葉子お姉ちゃんですぅ」

 彼女の傍らから赤毛の美女、西野あすみが声をかけた。

「あすみちゃん。久しぶりね。相変わらず綺麗なおっぱいね。羨ましいわ」

 などとごく他愛の無い会話を交わす。

 このような物騒な会社の中でなければいつまでも眺めていたいような、二人の美女の共演だ。

 こういった風景はそうそう見れるものではないだろう。

 ひとしきり話した後であすみが聞いた。

「葉子お姉ちゃんがここに居るって事は、何か大変な魔物でも出たんですかぁ?」

 口調でも分かる通りかなりおっとりとした性格のようである。

「そうね。ここ最近出現した連中の中じゃ一番厄介だって聞いてるんだけど」

「そうなんですかぁ?あすみ怖いですぅ…」

 今にも泣きだしそうな声であすみが言った。

 葉子はそんな彼女をいたわるかのように微笑んで

「大丈夫よ。どちらにしても行くとすれば社長か私か、それともかすみちゃんになると思うから」

 そういって彼女は司令室に入って行った。

 この後、かなり面倒な事が起きる事も知らずに…

 

「藤倉葉子、入ります」

 葉子は一声かけて司令室に入った。

 NASAのスペースシャトル打ち上げシステムが子供の遊び場に見えるような数々のハイテクマシンが葉子の目に飛び込んでくる。

 彼女がこの司令室に来る時は大抵解決が難しい事件や手ごわい敵と闘う事になった時と相場は決まっているのである。

「いらっしゃい。よく来てくれたわね」

 葉子にそう声をかけたのはこの会社の社長にして人類史上最強の退魔師、西野那由であった。

 その彼女の傍らには先程の美乳美女、西野あすみによく似た赤毛の美女、西野かすみが立っていた。

 かわいらしいあすみと比べるとかすみは美人といえる。

 また、胸もあすみより大きいらしい。

 しかし、彼女の表情は冴えなかった。

「何があったんですか?」

 部屋の中央にある会議用のイスに腰かけながら葉子が聞いた。

 彼女が連絡を受けた時は「いささか厄介な魔物が出現し、他の者では手に負えないかもしれない」という事だけだった。

「今回は広島に行ってもらいたいの」

 那由はポーカーフェイスでそう唐突に言った。

 しかし葉子はそんな那由の、その目の奥にあるかすかな焦燥を見てとった。

「できるだけ手短に用件を言ってください。社長のその様子だと事は急を要するように思えますので。」

 葉子の洞察力に感心しつつも那由は、広島に現れた魔性の者のこれまでに収集した詳細なデータ・レポートを手渡した。

「えーっと・・・駆除対象名メフィスト2・・・SRMC値は・・・26っ?! これって・・・・」

「そう。そのテの対象にしては珍しいわ。というより初めてだわ」

「だから、そんなの最初から機械の測定ミスだって言ってるでしょっ!」

 横からかすみが口を挟んだ。

 彼女はこのデータを信じる事がどうしてもできない様子だった。

 それも無理からぬ事である。

 メフィスト2。それは退魔業界ではわりとポピュラーな(この表現が正しいかは分からないが)魔物で、前出のSRMC値、魔物の強さを値として表現したものだが、この数値が7を超える者は今まで出現した事がなかった。

 最も出現率の高いのは1〜3程度で、それでも一般人にとっては驚異ではあるが、かすみクラスの使い手になれば一人で十分対処できる、SF物語ではヤラレキャラに属するものだった。

 ちなみに、一人前として認められる退魔師のSRMC値が1として考えると間違いないだろう。

 ただ、それはあくまでも身体能力の話であって、魔力等を含めたその魔物(または退魔士)固有の能力までは測れない。

 つまり、SRMC値の大小によってのみで相手の戦闘能力が決するわけではないのだ。

 しかし、それにしても今回のものは今までとはケタが違う事は今までのいきさつで容易に推測がつくであろう。

 SRMC値が5前後と考えられる、西野(株)はおろか日本国内でもトップクラスの退魔師、かすみの5倍強の身体能力を持ったメフィスト2が現れたとレポートには記されているのだ。

「私もかすみちゃん同様、このレポートを信じることができません。間違いないんですか?」

 葉子も信じられなかった。

 もしこの数値が本当なら確かに厄介だ。

 かすみの手にも負えないならこの会社の内部の人間には手出し出来る者は少ない。

 できるとすれば社長の那由や自分も含め、ごく一握りの人材にしか対処でる者はいないだろうからである。

「残念ながら、機械の故障でもなんでもないわ」

 那由が肩をすくめながら言った。

 このしぐさは彼女の癖なのだろう。

「とにかくそういう事だから、かすみちゃんに任せるわけにもいかないし、私もここを離れる事ができない。だからあなたに行って欲しいのよ」

 しばらくの沈黙が司令室の中を支配した。

 言うべき言葉を捜すかのように葉子は押し黙っている。

 しかし、その沈黙はすぐに破られてしまった。

 異常を知らせる警報音が司令室の中に鳴り響いたからだ。

「ちょっと! 何が起こったの!?」

 かすみが驚いて声を上げた。

「広島にあった魔物の反応が消えました!!」

 オペレーターが発した信じがたい言葉に司令室内はまたも沈黙した。

「それって例のメフィスト2が消滅したって事? 冗談でしょ?」

「いいえ。間違いありません。消滅したもようです」

 信じられない… そんな空気がオペレーターも含め司令室にいた全員の心を包んだように感じられた。

 広島地域にそのクラスの魔物を消滅しえる実力を備えた戦闘能力者や退魔師がいるという話を聞いた事がなかったからである。

 もっとも、魔物の存在をいち早く察知した他の退魔業者やフリーの退魔士等の、いわゆる商売敵が仕事を行った可能性も否定はできないが。

「詳細な消滅ポイントを特定できる?」

 葉子がオペレーターに聞いた。

「はい。今ポイントを特定している所です」

 暫くしてオペレーターが再び口を開いた。

「出ました。広島市内のポイントF-248地点です」

「F-248地点ね… 海沿いのあたりだわ」

「今から残留思念をサーチして映像と音声を可能なかぎり再現します。」

「終了したらメインパネルに画面を写して。」

「了解しました。」

「ふぅ…」

 それにしても信じがたい出来事が立て続けに起こるものだと葉子は思い、ため息をついた。

 今までに前例のない能力を持った魔物の出現。

 そして、その突然の消滅。

 どう考えても不可解でしょうがない。

 できるならその調査を自分が行いたいという思いが彼女の脳裏をかすめた。

 しかし、そうはおそらくならないだろう。

 彼女はあくまでも嘱託で退魔行が主な仕事で、調査・監視任務の経験はまったくなかったからである。

 もし調査をする事になるなら、それは彼女よりもそういった経験のあるあすみの方が可能性は高い。

「一体なにが起こってるっていうの!? あり得ない魔物が出てきたと思ったらまたすぐに消滅なんてっ!! 誰か分かるように説明してよっ!!」

 かすみがイライラしながら怒鳴った。

 しかし、当然ながら誰も答える事のできる者はいない。

「そうイライラしてたらお肌に良くないわよ。もうすぐその答えも分かるからおとなしくしてなさい」

 那由がこうたしなめなかったら怒りを爆発させたかすみによって司令室は膨大な被害を受けるところであったろう。

 相変わらずだと思って葉子は苦笑いした。

「映像が復元できました」

 オペレーターが発したその言葉を聞いて、司令室に居合わせた全員がその視線をメインパネルに注ぐ。

 最初に映し出されたのは海沿いの公園をカップルが仲むつまじく歩いている風景だった。

 そのカップルに変わった風体の、男とも女ともつかない輩が後ろから声をかけている。

「おそらくこいつが今回のターゲットだったメフィスト2ね」

 葉子はそう呟くと、即座に自分が始末すべき対象と、いかにしてその魔物と闘うかというシミュレーションを行った。

 もはや必要がない事は百も承知だが、これは業界に身を置く者としての本能と言っていいだろう。

 彼女がそうしている間にも、魔物と思しき者はカップルにしきりに話しかけているようだ。

 季節はずれのロングコートを着込み外見的には魔物には見えないため、カップルもそれ程警戒している様子はみられなかった。

 暫くするとカップルの男性の方がふらふらと画面に向かって奥の方に歩き出し、近くのベンチに座り込んでしまった。

 女性の方は魅入られたかのようにメフィスト2の方を見つめている。

「これは… 二重誘惑(ダブル・テンプテーション)ね。二人の対象に同時に別々の幻影を見せているんだわ」

 那由がそう言った。この術を行う事ができるメフィスト2を、彼女は今まで見た事がなかった。

「おまけに、幻影結界(イリュージョン・シャットアウト)も同時に行ってますね。これをやられると外部の者には何もないように見えるだけですから」

 葉子が驚きの念をこめて言った。

 この二つの魔法は、世界でもトップレベルの魔術師ですら難しいとされる高位魔法である。

 業界でも有数の魔術師として名を轟かせるあすみを持ってしても使役は困難であろう。

 それを二つ同時にやっているだけでも驚異というには十分であった。

 こういったレベルの魔物が出現するという事は葉子にとって想定外の事である。

 SRMC値が表す以上に手ごわい敵だ。

 その場にいた者は身震いを禁じえなかった。

 ただ一人、那由を除いて。

「あっ。あっちに、もう一人誰かいる」

 かすみが言った通り、画面向かって左から一人の男が近づいて来た。

 身長は180cmくらいの背の高い男であるが、一見するとそれ以外には特徴のないやや小太りな男である。

 ジーンズに悪趣味な色のTシャツというラフな格好で登場したこの男が、次に起こした行動を見て司令室の人間は全員息を飲んだ。

 なんと、その男はメフィスト2の肩を叩いたのである。

「し… 信じられない… 幻影結界の中ですよ?」

「まるで最初からいきさつを見ていたみたいね」

 その後、その男は飛び下がって体制を整えるとカップルに向かって言葉を発した。

 すると、カップルの二人は突然我に返り、その場を走って逃げ去って行くではないか。

「う… 嘘でしょ… なんであれで二重誘惑が解けるのよ?」

 かすみが呟いたその問いに答えるも者は誰もいなかった。

 もはや、那由でさえも驚愕の念を隠すことはできない様子である。

 突然、メフィスト2は本性を表した。身の丈は5mを超える恐ろし悪魔の姿に。

 メフィスト2という名はこの姿に由来する。

 その外見は悪魔「メフィスト」にそっくりなのである。

 もっとも、その力は本家メフィストの1000分の1にも満たないが。

 男とメフィスト2は距離を縮めた。

 まさに雌雄を決する時と言わんばかりに。

 そして、驚くべきことに勝利を収めたのは魔物ではなく人間であった。

 しかも、だだの一撃で。

 跳び蹴り一発で男はメフィスト2の体を貫いたのである。

 もはや司令室の中で言葉を発するものは誰もいなかった。

 聞こえるのは機械が動く無機質な音と、誰かがつばを飲み込んだ音だけであった。

 その後、男は二度と動かないメフィスト2に向かってなにか言葉を発したあと歩き去って行った。

「こ… これは…」

 さすがの那由も言うべき言葉が見つからないらしい。

「この男は何者なの? 今までこんな奴が広島地区に居るなんて聞いたことないよ」

 かすみは既に涙目だった。

 それ程までに凄まじい出来事なのだ。

 通常、魔物を武器や魔法も無しで倒す事などありえない。

 にも関わらず、この男はそれをやってのけたのである。

 少なくとも画面を見る限りはそう見える。

 そして、それは「生身の人間の打撃では魔物は倒せない」という、この業界の常識を根底から覆すものなのであった。

 おまけに、これほどのレベルの魔物になると結構な魔力をそれ自体が持っている武器、いわゆる『業物』でもなければ物理的に傷を 負わせる事すら本来であれば不可能なのだから。

「お… 音声の再現もあります。再生しますか?」

 オペレーターがなんとか捻りだしたその言葉で、少なくとも那由と葉子は我に返った。

「その男の言葉だけを再生して」

 葉子にそう指示されてオペレーターは直ちに準備にかかる。

 程なくスピーカーからその男の声が再生された。

「ありゃぁ、何しよんのかいの?」

 太く低い声だがそれ程年をとっているようではなかった。

 むしろ若い男のようだ。

「あんた。なんぼカップルが羨ましいけぇ言うてもひがんじゃいけんわいね」

「うわっ! おどりゃあ人間じゃないんかいっ!!」

「あんたら。はよぉ逃げんさい!」

「おわっちゃ〜!!!」

 これで決着がついた。

 そして(あるイミ)誰も口をきくものは居なかった。

「こ… これは…」

 先程と同じセリフを那由は口にした。

 しかし、先程とは明らかに意味合いが違う。

 完全に呆れているのだ。

「全部広島弁だったのかな…?」

 かすみが誰に聞くともなくつぶやいた。

「… マダ続きがあるみたいですけど…」

 あきれ声のオペレーターのその言葉に一応全員が再びスピーカーから再生する声に耳を向けた。

 が、やはり殆どの者は呆れているようだ。

「うわっ! やってもーた!! なんぼ何でもおいさんやり過ぎたわいね」

「う〜ん… まあええか。これ人間と違うし。ハラ減ったし眠いし」

「じゃ、とっとといんで、クソして寝よ〜」

あとはその男が歩き去る足音がしだいに遠ざかって、やがてその音も消えてしまった。

「何なの… あの行動とは裏腹のすっとぼけた言動は…」

「それに少なくとも… 一度は魔物と闘った経験があるみたいですね… 落ち着いてますから」

「信じらんない…」

 かすみが口にしたこの言葉はこの場にいた全員の心に去来した念を端的に表した。

 高レベルな魔物が行った高位魔法を意に介さず、あまつさえ、破ってしまった男。

 その魔物を素手で、しかもただの一撃で倒した男。

 行動とは裏腹の、緊張感のカケラもない言葉を発していた男。

 何より、魔物に対して物おじせず、むしろ慣れている感のあった男。

「これは… 一度調べてみる必要があるかもしれないわね」

 那由がそうつぶやいたのが葉子の耳にはハッキリと聞こえた。

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