8月5日は高律の0日設定。
いったいどんな日になるのだろうかというのはクラスタの興味の湧くところです。
そんな日が目前に迫っているので祭り気分のお話です。
二人は過去を乗り越えて行けるのかな?
過去をないことにしては先には進めないのに。
高律祭りその四
美味しいご飯をご馳走になって、このままゆるゆると眠る…。
好きだと言ってくれている高野さんにまだ何の返事もできていない俺がそんな贅沢なことをしてもいいのだろうか。
迷いはあるものの、結局俺は今日も何もできていない。
何も告げることができていない。
そんな事を考えたら今まで雛の寝床のようにゆったりとできていた場所が途端に居心地が悪くなって挙動不審も甚だしい。
このまま高野さんと一緒にいたいって言えばいいのに、今の俺にはそんなことはとても言えなくて、昔の俺ならスルスルと言えた『好き』が重くのしかかる。
だからもし高野さんがこのあと俺を抱きたいと思っているのであれば、それはそれでずるい言い訳ができるような気がしてどうしていいか分からない気持ちがしていた。
おそらく好きあっている二人なら、しばらくぶりの対面の日、それは自然な成り行きなんだ。
愛しい人が手を伸ばせばそこに居る。
それが当たり前の関係になりたいのになれなくて、身体の芯に居座っている寒気にい竦む。
言おうとしても言葉に詰まるのは昔の自分のかけた呪いかもしれない
『置き去りにしていたくせに自分だけ幸せになるなんてゆるせない。』
昔の俺がそう言って泣く。
置き去りにしていたわけじゃない。でも忘れたかったのは本当だ。
何度もいい訳を試みるけど昔の俺は今の俺を赦さない。
高野さんの熱を求めて身体の中の冷えがむくむくと顔を覗かせる。
どうして俺が出来ないことをこの冷えはやすやすとやってのけるのだろう。
冷たいから温まりたい。
原始的な思いは素直ともいえる。
それを喜んでくれる人がいるのに、俺はそれができない。
▽
「お前の寝癖ができる理由が最近分かってきた。」
俺のびょこんと飛び上がった髪の毛を見て寝起きの高野さんが笑いながら言った。
「布団に包まろうとしてもぐるから髪の毛がみんな逆立つんだよ。」
確かにそれは正しくて、その上で髪の毛の質がやわらかいから寝癖がつきやすいと言おうと思ったけど、高野さんはさっさと寝室を出て行ってしまった。
盛大な寝ぐせの前に髪質だ寝方だと言い訳してもさ、仕方ないけど…。
遮光カーテンの合わせ目から少しだけもれる光にそろそろいい時間であることがうかがえて、今日は出かける約束をしていたのだと思い出した。
なんであんな約束したんだろう。
なんとも納得がいかない。
帰って来てからずっとそうだ。
何かが俺を操り人形のように動かしている。身体が冷たいから温まりたがっている。
変な感じだ…。
しかし、ー旦部屋に戻らないと服もないし、フォーマルなスーツもクリー二ングに出さねばならないだろう。
今回は楽しい旅ではなかった。
急な訃報に、とりあえず最低限必要な物だけでもという気持ちで夢中でパッキングをして旅立った。
そして今、必死でかき集めた必要なモノ達を解く作業は行く時とは事なりモチベーションのあがらないことこの上ない。
久しぶりに訪れた都心部から外れたイギリスの街は驚くほどに変わっていなかった。
その景色に薄くなっていた思い出のシーンの彩度は上がり、鮮やかな純色に彩られた記憶は苦しかったことも同時に思い出させた。
はじめは自覚する程のものでもなかった身体の中の冷たいものが、どんどん形を持って広がっていく。
ずるずると引き出される当時のあれこれに、考えること自体がひどく億劫になってボーっとしてしまう。
上掛けを抱えたままぼんやりとしていると、戻ってきた高野さんが「ほら」と言って頭の上に温かいタオルを乗せた。
それは寝ぐせ直しの蒸しタオルだった。
温かさが気持ちいい…。
「甘いもん食いに行くんだから朝はパンより白メシかな?」
そう言いながらついでとばかりにきゅっと抱き締められて、頭の上のタオルがずれそうになる。
「わわ」っと慌てて手で押さえようとすると、高野さんがタオルごと俺の頭を掴んで「怖い夢見なかった?」と耳元でささやいた。
怖い夢は…、見ていない。
高野さんは俺が見た夢を怖い夢だと思い込んでいるのだけど正体は単なる昔の夢だ。
いや…、ある意味では怖い夢なのかもしれないけど…。
イギリス時代に何度も何度も繰り返し見た先輩が去っていく夢と泣いている昔の俺の夢。
俺は昔の律が泣いている姿を今の律として上の方から見ている。
高野さんは過去ではなく今の俺と恋愛をしているって言ったけど、今の俺はあの過去があって存在している。しかしそう言われた瞬間、俺の意識は過去の自分と分離した。
そして今回イギリスに行って、もう一度昔の自分に対面してしまった。
今の俺は高野さんのその言葉に喜びを感じているのに、昔の俺がそれを悲しんでいる。
どうしてそんなにきっばりと切り捨てることができるのだと泣いている。
別れた(消えた)昔の恋人は高野さんにとってどんな立ち位置にいるのだろう。
もし自分達がこの先別々にならざるを得ない事態になっても、高野さんは今の俺もさっさと過去の恋人にしてしまうのだろうか?
そんなばかばかしいことを思いながらじっとその縞麗な顔を見つめていると、高野さんが眉間に皺を寄せて『何?』と言葉ではなく瞳で俺に問いかけをした。
とっさに、答えの代わりに高野さんの頬に指を当て、頬の肉を掴んで引っ張ったり鼻の頭を指で押さえたりすると「何のプレイだ?」と高野さんが俺の指を掴み笑いながら体重をかけて来た。
そのまま押されて二人でシーツの上に転がり、高野さんが自分の頬を俺の頬にグリグリとすりあわせてきたのでせっかくの髪の毛もまたわしゃわしゃになってしまった。
「重い~。」
身体の上に乗っている高野さんの重さにじたばたとあがくけど、ガッツリと関節を決められて逃げ出すための肝となる所は動かせない。
笑いながらチュッチュッと顔中にキスの嵐を降らせながら高野さんが「なんだか可愛いことするから調子狂う。」と言った。
「高野さん、俺…、10年前とそんなに変わってますか?」
ボツリとそう聞くと関節を絞めていた高野さんの手から力が抜け、少しだけ考えてから「高校ー年生と成人男子なら違うだろ?」とまた髪の毛をワシワシとかき混ぜて言った。
そして
「じゃあさ、俺は変わった?」
と聞く高野さんの言葉に俺もどう答えるベきか考えてから
「顔はまあ、大人になったという些細なレベルな気がしますけど…、」
性格は、と言おうとしてとたんに言葉に詰まってしまう。
性格なんて語れるほど知らなかったじゃないか…。
顔で好きになったわけじゃないと言ったけど、顔以外に何を知っていたんだろう。
本を取ってくれたときに見上げた顔があまりにも締麗で、
猫を愛しげに抱き上げる顔が優しくて、
桜の花びらをはじいた時のいたずらっ子のような顔も、
付き合ってからの何かをあきらめたような寂しげな顔も、
いつだって顔しか知らなくて見惚れてしまっていたじゃないか。
そう考えると、当時の自分が何も語れず何も聞けず、それでも大好きだった先輩は俺が勝手に作り上げた『俺だけの
昔先輩に『勝手に盛り上がって』と言われた言葉はある意味では間違いではなかったのかもしれない。
だから夢の中で先輩が俺から去っていったのは当然で、はじめから起こりうる未来に他ならなかったのかもしれない。
人と人がお互いを本当に知るためには必要な距離と時間がある。
俺が作り上げた先輩との関係は、あの誤解がなくてもいつか破綻したのかもしれない。
俺の先輩が一人の人として、高野さんとして存在し続けたのかが急に不安になってしまった。
『ね、そうでしよ?』
身体の芯にある冷えが形を作っていく。夢の中と同じようにリツとして俺に問う。
『だからね』
急に耳元でささやかれたような声にハッとするのに身体の機能がストップする。
どうやってリセットするのだろうか?
身体の中をどろどろに溶かして、新たな自分を構成するように変化させる?
これって蛹が成虫になるためのメタモルフォーゼ?
いや、進化ではなく退化?
バックアップを引きずり出してファイルを置き換え?
録画テープを巻き戻して修正を加えて上書きする?
過去を変えるのはタイムトラベルでは重犯罪…。
二コ二コ動画のようにいろいろなコメントがすごいスピードで走っていくけど
早すぎて見えない。
理解がついていかない。
▽
「思ったより甘くなくて果物もたっぷりだったし美味かったな。」
件のクレープを食べた後でそう言うとリツは目を細めて婿しそうに笑った。
いろいろな種頬のクレープの中から俺はマンゴーのクレープを、リツはベリーのクレープを食ベた。
種頬が多すぎてどうしていいかわからないらしいリツに消去法を提示して残った二つを二人で注文したのだ。
平たい大皿に乗ってきたヘリの折りたたまれたクレープはフルーツの他にもクリームやアイスが乗っていて、どちらも魅力的だったから途中で皿を交換して食ベあった。
クレープ自体はあまり甘くないために、チョコレートソースや粉砂糖がかかっていても少しもくどく感じない。生クリームもコクがありながらも後味が爽やかで、マンゴの皿にはバ二ラのアイスが、ベリーの皿には力シスのソルベが乗っていた。
ばらばらと散っているカラフルなスグリやハーブの葉も、鮮やかな濃いオレンジ色のマンゴも皆等しく綺麗だった。
周りをぐるりと見回してみると人気度がありありと分かる程の女子密度で、少し場違いな自分達が恥ずかしかったのか終始リツは頬を赤くしていた。
「結構ボリュームあったな。」
店を出て『ちよっとスイーツなんかを食べてみました』的な腹具合でないことに驚きながら、このあとの予定を組みなおす自分がいる。ブランチほどの時間でクレープを食べて昼は定時にと思っていたのだけど昼飯は少し遅らせた方がよさそうだと思ったからだった。
「行きたいとこある?」
そうリツに聞くと
「高野さんは?高野さんの行きたいところでいいです。」
とリツが普段の俺には見せないような笑顔で言った。
「肉のうまいダイ二ングがランチを始めたって聞いたから昼はそこって思ってて、でも今腹いっばいだから最寄を換えるほどでもないかとも思ったけどいきたいところがあればって思うけど?」
「じゃあ、少しブラブラと歩きませんか?」
「え?」
「昔…、先輩とそうやって歩いてみたかったから…。」
ふふふとリツが笑うのが可愛くて、そう言えばと、学生の頃、付き合ってた女に引っ張りまわされて当てもなくぶらぶらと歩いたことを思い出した。
目的のないその行動にも、一応言われるがままに付き合ってはいたけど本音は何がこんなこと楽しいんだとうんざりしていた。
そしていつだってそれなりにあっちの希望通りにしてやっていたつもりだったけど、俺がそんな気持ちでいたから相手も楽しくなかったんだろう、結局最後は別の人と付き合うとか、あっちから何も言ってこなくなって自然と消滅とか、そんな感じで別れた。
大人になってからは取りあえず何かの目的を見つけて出かけ、どっかで飯でも食って、ホテルで寝ておしまいって感じだったけどな…。
女って服とか小物とか見たがるんだけど、ヒール履いてるとあんまり歩かせらんねーし、車出すのも面倒だったからあんまり遠出もしなかったな。
何をしていてもいいから一緒にいたいという気持ちは、リツ、お前にしか湧かないってことだ。
お前を喜ばせたい。
笑わせたい。
びっくりさせたい。
引き寄せてキスして、逃げられないようにして、本当は一生腕の中に閉じ込めたい。
そう思っている。
ただ目的もなく二人でいることがこんなに楽しいと教えてくれたのはお前だけなんだ。
▽
本屋で新刊の棚を見ていると、昔からのお気に入りの作家の本が出たばかりらしく平台に少し高めに積まれていた。
一冊を手に取ってパラパラとみていると横からリツがひょいと覗いてきて
「高野さん、昔からその作家さん好きですね。」
と言った。
「へえ、知ってた?」
「当然です。ストーカーしていましたから。」
そう言えばそうだったな。
あの頃、図書室で俺が読んだ本は全部こいつも読んでるんだ。
いつも追いかけてくれている、そう思うとにやけそうになる顔を引き締め続けるのは大変だ。
しかし
「先輩の事はなんでも知ってます。」
そう言って笑うリツの顔を見て少しだけ違和感を感じる。
今日は『先輩』が多い。
「じゃあ今の俺の事は?」
そう聞くけどリツは首をかしげて
「先輩と高野さんはおなじでしょ?」
とまた笑った。