「あっ、こんにちは、待ってましたよ楓さん!プロデューサーさん、この人が私たちのアイドル事務所『シンデレラガールズ』のアイドル第一号候補の高垣楓さんです!」
そう言って立ち上がり俺の座っているソファー後ろにあるリビングのドアの方へとむかうちひろさん。なるほどさっき言ってたアイドル候補の人が来たのか。同じように俺も立ち上がり、後ろを振り返った。
そこには天使がいた。
「えっとすいません、呼び鈴を押そうと思ったら中からタイミングよく人が出てきたので、はずみで入ってしまったんですが、よかったですか?」
「……あっはい。お話は伺っていたので構いません」
スラリとした体形に柔和なまなざし、やや厚みのあるボブカットが少し明るい色に染められることで彼女の持つ雰囲気を表すかのようにふんわりとなり、その美しい顔を包んでいる。
おそらく年齢は自分と同じかやや下ぐらいだろうか。すっきりとしていながらもどこか子供っぽい純真さを感じさせるような目鼻立ちである一方で、左目にある泣き黒子が大人の色気も醸し出しており、それらすべてが見事に調和することで彼女と言う女神を形作っているのだろう。端的に言ってものすごい美女だった」
「……あのプロデューサーさん、考えてることが声にでてます」
なんてじとーっとした目で言うちひろさんが気にならないくらいには、彼女は美人だったのだ。
「んんっ……どうも初めまして、初対面で失礼しました。思わず考えていたことが口から出てしまっていたようです。私は今日からあなたのアイドル活動を支援させて頂くプロデューサーをさせて頂くことになりました」
とりあえずちひろさんからどこまで伝わっているかわからないので、アイドルやプロデュースにまったくの素人であることは黙っておく。それを伝えることでこの人が不安に思い、別のところからアイドルになってしまうような羽目にしまったら大損害だ。もう商売は始まっているのだ。
……あと勘違いされたくないから一応言っておくが、もちろん途中から美辞麗句を口にだし始めたのもわざとだ。30歳になるまで10年以上遊びほうけた前世の経験から、とりあえずひねくれた性格をしていない女性は誉めていればいいという結論を得ている。まぁこの人が女神クラスなのは思ったままの事実だけども。
「高垣楓です……あの、話すのはそんなに得意な方ではなくて。その、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。しかし……ちひろさんから聞いたときは私にプロデューサーが務まるのかと不安でしたが、なるほど理解できました。高垣さんほどの人であればプロデュースの腕前に関係なくトップアイドルになれるでしょうね」
「いえ、そんな。私口下手で、自分から何かをするのって苦手なんです……。ちひろさんに声をかけてもらってやることにはなりましたけど、できるでしょうか?」
「きっと大丈夫ですよ!だって高垣さんほど魅力のある人、テレビでだってみたことないですよ!」
そもそもテレビを観ないからな。
「プロデューサーさんっ!確かに楓さんはすごい逸材だと私も思ってますけど、アイドルはプロデューサーが磨いて、導いてあげることで初めて輝けるんです。どれだけ大きく綺麗でも、原石のままで通じるほどアイドルは甘くないですよ?」
本当にそうなのか?2回目の人生では肉体的にはともかく精神的には思春期なんてものはとっくに終わっていたせいで、今の時代のアイドルやタレントなんかをまったく見ていないから確実とは言えないが、少なくとも前世の世界に彼女が存在したら世界的に有名になって石油王の妻にでもなっていただろうというレベルの美しさだと思うのだが。
「あっその顔は信じてませんね?これでも私、事務所を立ち上げるくらいにはアイドルのこと詳しいんですから!前の会社だって同じアイドル関係だったから一流の、本物のアイドルだってみたことありますし!楓さんと同じレベルの人で、なおかつ本気で技術を習得したアイドルだっていないわけじゃないんですよ!」
どうやら気を引き締める脅しとかではなく本当に言ってるらしい。この世界のアイドルってそんなすごいものなのか、ちょっと情報収集する必要があるな。
「ちひろさんがそこまで言うなら本当に一筋縄では行かないってことなんですね。わかりました、俺も出来る限りフォローしますので、高垣さん、これからよろしくお願いします」
「あ、はい。だんだん慣れて行こうと思いますので、よろしくお願いします」
そういって高垣さんはぺこりと頭を下げる。
よし、とりあえずこれでプロのちひろさんから見ても逸材の人物を逃さずにすみそうだ。
あとは俺がこの人をプロデュースできるくらいに上等になれるかどうかの勝負だ。まだ不安のほうが圧倒的に大きいけど、少し楽しみになってきたな。
その後は発足したばかりの事務所の設備の確認や契約書類の締結と確認などを3人で、出来るだけ丁寧に行った。特に契約書類についてはすごかった。アイドルとしての自分の権利をすべて会社に受け渡すことになる性質上、ただ雇用契約書にサインして終わり、とはいかないようだ。
個人同士での信用信頼は別にしても、初めにきっちりとやってしまうことが大事らしい。まぁそれはどの業界でも変わらないとは思うけど。
ちなみにアイドルの契約は固定給与制と歩合制の2種類に大別されるらしい。ちひろさんの作った契約書は固定給与制のようだった。つまり売れようが売れまいが最低限決まった給料は支払わなければならないということで、それはすなわち高垣さんのプロデュースに失敗したらこの事業はものすごい勢いでマイナスを産みだしてしまうということだ。ちひろさんが高垣さんにそこまでかけている、ということの証左でもあるだろう。
まぁ逆に言えば楓さんがものすごい売り上げをあげたとしても給料は一定になるわけだが。そこらへんは1年ぐらいの有期契約であることを利用して見直しなどを適宜行っていくらしい。てかちひろさん手馴れてるな。
そしてそんな感じの諸々の契約書や書類を読み過ぎたせいか高垣さんに少し疲れが見え始めたところでとりあえず今日はここまで、ということになり高垣さんは帰っていった。また明日とりあえず来るらしい。ちなみに家はここから電車で2駅分ほど離れたところに一人暮らしをしているとのこと。出身は和歌山って履歴書に書いてたから上京してきたんだな。あと年齢はまったくの同い年だった。
「じゃあちひろさん、楓さんも帰ってしまいましたけど今日ってほかにまだ何かすることありますか?」
「そうですね、事務所にする部屋の設備の確認なんかも終わりましたし……業務はここまでにして、あとはちょっとだけ今後の予定についてプロデューサーさんにお話ししておきましょうか」
「あ、それは助かりますね。まったく触ったことのない業界なので仕事そのものにどういう流れがあるのかまったくつかめてないですし」
「じゃあ簡単にですけど……」
ちひろさんの言った流れを簡単にまとめるとこんな感じだった。
1、高垣さんは当面はアイドルとして必要な技術を習得するため養成ジムに通ってもらうこと。
2、その間に俺もアイドルプロデュースに必要な知識と技術を学ぶこと。
3、それらがある程度形になるだろう半年後、今が9月なのでだいたい3月から4月にかけて高垣さんのアイドルデビューを目指す。
4、その間は俺とちひろさんは基本的に無給。もちろん楓さんのトレーニング費用等はでるが実際にみんな給与が出始めるのは5月くらいからの予定。
「こんな感じに考えています。何か質問とかはありますか?」
「……そうですね、ものすごく嫌な予感がするので正直あまり聞きたくないんですけど、プロデュースに必要な知識と技術を学ぶっていうのは具体的にどういう…?」
「まずはこの業界についての基礎知識やルールなんかを先ほどお渡ししたノートと、私から直接必要なことをお教えする形で2か月ほど勉強してもらいまして。そのあとは営業とあいさつ回りを兼ねながら名刺を各関係書に配りまくってもらって、その中で現場の流れや空気を学んでもらって、あわよくばその中で誰か師事してくれるような関係の人を作って、実際に体験させてもらえるような環境を作れればベストですね!」
ベストですね(ニッコリ)!じゃねぇーよめちゃくちゃハードル高くない!?
まぁ勉強はいいよ嫌いだけど得意なほうだし、そのあと名刺配りと各所へのあいさつ回りもまぁいい。必要なことだろうから。
でもそんな挨拶しに行っただけのやつを、しかもまったく利益にならないどころかマイナスになる可能性のある新米競争相手を優しく教育してくれるやつなんてどこにいるってんだ。
そんなの何かしらのツテがなかったら絶対に無理だろ。むしろ何もないのにそんな優しくしてくれる人がいたら逆に警戒する必要があるわ、怪しすぎる!
「と、とりあえず了解しました。やれるだけはやってみましょう。明日からよろしくお願いします」
「むー……プロデューサーさんって顔には全然でませんけど、言葉の端々から感情が漏れ出るタイプなんですね。全然納得いってないって感じですよ」
ヘラヘラした下っ端顔のポーカーフェイスは前世でめちゃくちゃ練習したからな。
あと台詞に感情を乗せたのはわざとだ、嫌味のひとつくらい言わせてほしい。
「納得いってないというか、新しい世界に飛び込むことのハードルの高さを改めて自覚したと言いますか……まぁそんな感じです」
「……まぁいいでしょう。でもプロデューサーさん、ひとつだけ約束してください」
「なんでしょう」
「今日の高垣さんは初対面でしたし、プロデューサーさんのその接し方も普通の仕事相手だったらいいとは思うんですけど…」
けど?
「自分がプロデュースするアイドルには嘘や仮面をかぶって接したりせず、本心でぶつかるようにしてくださいね。プロデューサーとアイドルの間に本当の絆がうまれたときこそ、アイドルは輝けるんですから」
明日からよろしくお願いします。
さいごにちひろさんはそういって軽く頭を下げるのだった。