というわけで今更ですが当面はエロ要素ほとんどないです、申し訳ございません。
それからちひろさんに直接教えてもらったり、ちひろさんからもらったノートを読んだり、実際にテレビやホールで行われるライブを観に行ったりしてるうちに3か月の月日が流れた。
本業の介護のほうはもちろん、副業(というのは語弊があるかもしれないが)のアイドルとアイドルを扱う業界についても自分なりに理解が進んできたように思う。
アイドルという仕事はおおざっぱにいって先天性の才能(生まれ持った容姿や性格、センス)と後天性の技術(歌唱力やダンス、自分を良く見せるアピール方法等)の2つの要素の組み合わせによって成り立っているようだ。
アイドルとして大成するためにはどちらが欠けていても難しいようで、残酷な話ではあるが生まれ持った容姿がすぐれていなければ絶対にアイドルとして大成できないということになる。
そしてその2つの要素の合わさりがどの程度のレベルであるかをわかりやすくするために、この世界にはアイドルランクというものが存在する。
アイドルランクはS~Fまで存在し、Sランクのアイドルは才能も技術も10点満点で合計20点の最強のアイドル、Fランクは才能も技術もダメダメで2つの要素を合わせても合計10点未満のアイドルのことを指すらしい。点数は勝手に考えた例で実際にそういう点数が存在しているわけじゃないけど。
なぜこんなややこしいものが存在しているかというと、どうもこの世界には自分が思っていた以上にアイドルがあふれているらしく、名前を聞いただけではアイドルを扱う側が判別つかないことが多かったから生まれたものらしい。
最低でもCランクのアイドルが現場にほしいとか、このテレビにはFランクの未熟なアイドルを集めたいとか、そういった需要と供給をスムーズに合致させるためのものなんだそうな。さらに今ではアイドルの出演料保障や出演限度枠みたいなものの為にも使われているそうで、前世における声優業界のランク性と同じような性質を持っているんだろう。
で、そんなアイドルとアイドル業界におけるプロデューサーの役目が、アイドルをどのようにプロデュースさせるのかを決めてオーディションに参加させることらしい。
基本的に名前を聞いただけでわかってもらえるような知名度のアイドル(あるいは超大手の事務所)になるまでアイドルの仕事はオーディション制度で決められるものがほとんどだそうで、どういったオーディションに参加させるのか、どういったものをウリにしていくのか、またそういった方向性に合致したトレーニングはどうするのか等、アイドルの育成から売り出しまで幅広く担う者をさしてプロデューサーというらしい。
さて、長々と語ってしまったがここで我らが事務所の第一号アイドル予定である高垣楓さんに焦点をあててみよう。
彼女は自分やちひろさんの見立てでは、まだデビューしていないもののその容姿や雰囲気から才能に関しては10点満点と言えるレベルにある、と思える。つまり何も覚えていない状態からすでにFランクを超えることのできる最高級の逸材だ。
そしてそんな彼女をどういった方向性で売り出していくのか、またそのためにどのようなレッスンをしていくべきなのか……
「そういったことを一度お話ししようと思った次第なんですが、ここまでは良いですか?」
「…はい、だいたい理解できていると思います」
片目をつむり首をかしげながら、反芻するように頷く高垣さん。
今日の午後は何も予定が入っていないということだったので高垣さんには事務所に来てもらっていた。
最近は日々レッスン漬けで、学生時代に戻ったみたいだと語っていた高垣さんに、本題を切り出す。
「まず高垣さん自身がどういったアイドルになりたいのか、というところを聞いてみたいんです」
「どういったアイドル、ですか……難しいですね」
「たしか高垣さんはちひろさんにスカウトされてアイドルになることを決めたんですよね?そのときに何かこう、憧れがあったとかの動機はなかったんですか?」
「ちひろさんとは、以前からお友達だったんです。それで……私、わりと言われるがままに動いてしまう性質で、自分がないというか。だからちひろさんに『新しい自分をみつけられる』って誘われて……誘われて、誘われるがままにきてしまいました」
少し恥ずかしそうに微笑みながらそう語る楓さんとてもは美し……いや今はそうではなく。
「じゃあ特に自分からこうなりたい!みたいなのはないってことですか」
「そうなりますね……あの、すいません」
「ああいえ、全然大丈夫ですよ!俺も将来どうなりたいかなんて急に聞かれても答えられないと思いますし!だからそんなときのためにも色々用意してきたんですよ」
そういって二人の間に置かれたテーブルの上にあらかじめ用意しておいた資料を広げた。
「昔のと、今現役で活動しているアイドルにどんな人がいて、どんな傾向があるのかを自分なりにまとめた資料になります。もし明確なビジョンがないのであればこれを参考にしながら一緒に方向性を見出していければと思って持ってきたんです」
「これ……わざわざ私のために?」
資料を手に取りながら呆然と楓さんがつぶやく。
「そうです……って胸をはって言えたらよかったんですけど、実はこれ自分の為の資料なんです。まだまだプロデューサーとして未熟なもので、どういったアイドルがいて、どういったアイドルが人気なのか、また逆に人気がないのかを調査する意味でも自分で資料をまとめてたんです」
半分嘘で半分本当だ。アイドルの傾向と対策を分析するために資料をまとめていたのは事実だが、今日の資料はそれをさらに楓さん向けに、特別に作り直したものだ。
でもそれはわざわざ言わない、言う必要がない。かっこつけなどではなくその方が楓さんの信頼を得られるだろうという打算があっての結論だ。この資料が楓さんのアイドルとしての方向性を見出すための作られていることは見ればわかることなのだから、いちいち自分から自慢していく必要はない。
むしろこの資料を読んでいけばいくほど、楓さんはこの資料が自分の為に作られていることを自覚し…
「……プロデューサー、私、がんばりますね。まだレッスンばかりですけど、正式にアイドルとしてやっていけるようになりたいです」
こういう風にやる気を出してくれる方向に持って行けるだろうとの打算があってのことなのだ。
介護の仕事をしていて学んだことの1つに、他人に奉仕する仕事というのは『気持ちよく働けること・気持ちよく奉仕を受けること』が双方向に影響を与え合っているというものがある。
ありがとうと笑顔で言われればもっと喜んでもらいたくなって精力的になるし、精力的になればなるほど相手はもっと笑顔になって満足度が上がる。これはサービス業において根幹をなす仕組みであり、これを怠れば逆に悪い方向、お互い嫌々やっているというような感情を悪化させることになってしまう。
プロデューサーの仕事は、いわばアイドルという商品を磨き上げそれを売りつける仕事だ。商品が人間である以上気持ちよく自分から売り出していってもらうにこしたことはないだろう。
そういった打算を軽薄な笑顔で隠しつつ楓さんと楽しげに資料を読み解く自分を、ちひろさんがじっとみていることにはついぞ気づくことがなかった。
そんな風にアイドル業界についての理解をすすめながら、出来立ての名刺を刷っては配り刷っては配りを順調に繰り返していたわけだが、やはりというかなんというか、現場研修をさせてもらえるような機会はなかなか得ることができなかった。
自社の育てたノウハウというのは会社にとって一番大切なものだと言っていい。過去の経験や失敗から成功のための方法と効率を学び、それをフィードバックしていくことで会社は大きくなっていく。
この世界のアイドル事務所においてプロデュース業の方法というのはまさにそのノウハウそのものと言ってもいいに等しく、いったいどこの誰が懇切丁寧に、しかもライバル企業に教えてくれるんだって話だ。
「そりゃそれが出来れば最高なのはわかるけどさ、ちひろさんもちょっと無理言い過ぎだと思わない?初めの方は勉強してても『プロデューサーは覚えがいいですね!』なんて笑顔だったのに、最近はもう出社するなり『現場の空気を覚えてくることも大切ですよ!』って家を追い出すんだよ、追い出されてもそんなほいほい撮影現場とかに入れるわけないのに」
だんだんとちひろさんに対するイライラがたまってきていい加減顔に出そうだったので、今日は仕事上りの小鳥さんを誘って愚痴に付き合ってもらっていたんだが……
「そーですね、大変ですねー。でもプロデューサーだから仕方ないんじゃないですかー?社長じゃなくてプロデューサーの話をされても私わかりませーん」
なんだろう小鳥さんが冷たい。
「いやそりゃ確かにそうかもしれませんけど……でも同じ会社内でのことじゃないですか、少しは話聞いてくれません?」
「じゃあ社長もプロデューサー業にかまけてばっかりじゃなくたまにはこっちの仕事場にも顔出して仕事手伝ってくださいよ!最近田中さんが妊娠してやめちゃったの社長も知ってますよね!?ベテランが抜けた穴を利用者さんからのクレームなく埋めるのがどれだけ大変かわかってますよね!?今日だって久しぶりに二人でご飯に、なんて誘ってくれたから私……もう社長にとってこっちの仕事はどうでもいいことなんですか?」
……言われて初めて自分がどれだけ馬鹿なことを言っていたか気づく。確かに小鳥さんの言うとおりだ。
自分でも意外だったが、案外プロデューサー業が肌に合っていたようで最近はそっちの仕事ばかりに夢中になって介護のことは小鳥さんと武内君に任せっぱなしになっていた。
……最後に小鳥さんのほうの事務所に顔をだしたのはいったいいつだった?
「……小鳥さんごめんなさい。そうですよね、事務所と家が別々になって、アイドル事務所なんて始めてしまってから介護の仕事のことをおろそかにしてしまってたと思う。初めたころは無理いって小鳥さんに一緒に会社をやめてもらってまでついてきてもらったのに、無責任でした。」
「……いえ、私も言い過ぎました。前の会社にいたときからずっと不労所得が目的だって社長言ってましたもんね。アイドル事務所のことがなくたって、介護のことのほとんどを私と武内君に任せきりにするのは昔から決めてたことでしたし……」
「……介護の仕事は今までずっと小鳥さんと俺が二人三脚でやってきたことでしたよね。お金がなさすぎて首が回らなくなったときも、人手が足りなくて冬の糞寒い中で求人のビラ配りしたときも、ずっと小鳥さんがいてくれたから今までやってこれたんだと思ってます。小鳥さんがいなければ、きっとどこかで諦めてた……不労所得が得られるようになったからって、全部小鳥さん任せにするのは、違いますよね。ごめんなさい」
言って、頭を下げる。自分の間抜けさに涙が出そうだった。
「……わかりました、もういいですから頭あげてください。実際普通に仕事を続けていくには武内君もかなり戦力になってきてくれてるのもあって問題ないんです。ただ、今までいざというときに頼れたものがなくなって、みんなが私をそういう目で見てくれていることが不安だったんです」
「俺もずっと小鳥さんのことを頼りにしてきたし、わかるよ。ほったらかしにしておいてこんなこと言えた義理じゃないかもしれないけど、これからもできれば俺のことを頼ってほしい。頼られるように、小鳥さんのことを支えられるように気をつけますから」
「えっ……しゃ、社長。それって……」
思わずテーブルの上にあった小鳥さんの手を握りしめながら言ってしまってから、これはまるで告白しているようだと気付いた。
あわてて撤回しようとしたが、真っ赤になった小鳥さんのうるんだ目があまりにも魅力的で、自分のことを求めてくれているようだったから……流れに身を任せてみたいと思った。
「……小鳥さん、このあと『Pi,Pi,Pi,Pi-』……すいません、電話です」
ドラマかよ、普通こんなタイミングに電話かかってくる?
『こんばんはプロデューサー、高垣です。今かまいませんか?』
「ああお疲れ様です高垣さん。大丈夫ですよ、どうしました?」
『以前一緒に考えて頂いたアイドルとしての方向性のことなんですけど、やっぱり私もプロデューサーの言われていたようにファッション雑誌のモデルとかの方向性がいいと思ったんです。歌とか、ダンスとかも、興味はあるんですけど……私、人見知りするほうなので。こんな自分が人前に立って歌ったり踊ったりで、誰かに喜んでもらえるとは思えなくて』
「養成所の方から聞いてる限りだと十分やっていけるって言ってましたよ。特に歌のほうはかなりセンスがいいって。まぁでも、高垣さんの意見というか気持ちにそぐわないことを仕事にしても仕方ないと思うのでそれはそれで構わないと思います。なにより、高垣さんならファッションモデルも最高に似合いますよ」
『……ありがとうございます、そういってもらえると頑張れる気がします。じゃあ、今後はそっちの方向性でちひろさんとも相談してレッスンを受けていきますね』
「もう基礎の部分は終わったんでしたよね。総合的に鍛えていくのも手だとは思いますけど、せっかくだしビジュアル重視のレッスンで頑張ってみましょうか。俺もそっち方面の仕事が用意できるように頑張ってみますよ」
『よろしくお願いしますね。……あの、それでなんですけど』
「はい、ほかに何か気になることが?」
『……あの、気になることではないんですけど』
「はい」
『その、よければ私のことは名前で呼んでいただけませんか?』
「えっ?そりゃ光栄ですけ…っ!」
聞き耳立ててるなら気づかれない範囲でつねってくれませんか小鳥さん!?あと脛蹴るのもめっちゃ痛いんでやめてくれません!?
『プロデューサー?』
「だっ、大丈夫です!思わず足をぶつけてしまって。すいません……楓さん」
『……はい。明日からもよろしくお願いしますね』
「はい、ではまた明日事務所で。はい、おやすみなさい。……すいません小鳥さん、手を放していただけないでしょうか」
「こないだ見かけましたけど綺麗なかたでしたよねー…かえでさん!やっぱり男の人はみんなああいうスタイルの良くてかわいい人がいいんでしょうねー…かえでさん!みたいな!!」
「いやほんと仕事なんで他意はないんですよ!すいませんほんとです!」
「じゃあさっきの社長の言葉も仕事だからなんでしょうね!ええ私はわかってましたよーわかってますとも!別に他意がなかったことくらい!!」
その後うるさいと店員に店を追い出されてからなんとか小鳥さんに許してもらって、小鳥さんの学生時代の友人で元アイドルのプロデューサーをしていたという赤羽根という人を紹介してもらったのは、その日の終電間際のことであった。