社長さんから『仕事に困ったらいつでもうちに来てくれたまえ』なんて勧誘をしてもらえる程度には惜しまれつつも765プロでの研修を終え、自分の事務所に帰ってきた(そもそも事務所兼自宅なので帰るもなにもないがそれはさておき)わけだが、ちひろさんとの挨拶もそこそこに楓さんのデビューの準備を行い、楓さんと話し合った結果まずは某ファッション雑誌のファッションモデルのオーディションに参加してみようということになり。
我々シンデレラガールズとしても初めてのオーディション参加ということで方々へ挨拶などを行っているうちにあっという間にオーディションの日はやってきた。
オーディション会場は小さなオフィスビルの1室ということで、参加者用の駐車場もないとのことだったので楓さんと電車に乗りついで会場までやってきたわけだが……。
「楓さん緊張しなくても大丈夫ですよ。楓さんなら絶対に合格します、楓さんよりふさわしい人なんてそうそういませんし、いたとしても今日のオーディションは新人向けなので参加してないはずです」
「はい」
「事前にこのオーディションに参加する事務所とかについても調べたんですけど、大手なんかはいなかったし、いたとしても楓さんほどの人は……」
「プロデューサー」
「どうしました?」
「その話、もう3回以上聞いてますよ?」
なんて呆れたように笑う楓さん。
よ、よかった。思ったよりも緊張が少ないようにみえる。
当事者よりも周りの人間のほうが緊張してみせることで、それを見ている当事者の緊張をほぐすという俺の作戦は成功しているようだ。
決して、けっして今回のオーディションに合格しなければ我々シンデレラガールズ事務所の予算が底をつきかけてしまうことや、それのためにちひろさんの笑顔がだんだんすごみを増していて、今日も楓さんには何も言わず俺だけに発破をかけてきたことがあって、過度に俺が緊張しているわけではないのだ。
「では次の方よろしくお願いしまーす」
そんな会話を繰り返しているうちに楓さんの出番がやってきたようだ。
「プロデューサー」
「はい、出番ですね」
「……私、頑張ってきます。ここまで連れてきてくれたプロデューサーのためにも」
そういって立ち上がる楓さんからは、まるで気迫がオーラとなってあふれでているかのような威圧感があり、
「……帰ったら祝賀会の準備しないとですね」
俺は楓さんの合格を改めて確信したのであった。
楓さんの雑誌モデルとしてのアイドルデビューはつつがなく完了した。
楓さんはそのクールな出で立ちから現場カメラマンのウケも良いようで、その後も様々なファッションモデルのオーディションに参加しては合格を連発。
季節が春を過ぎ、夏を迎えるという頃にはもはやファッション雑誌を開けば楓さんが必ずいるといっていいレベルにまでなっていたのだった。
「プロデューサーさん?どうかしましたか?」
事務所で楓さんが載ったファッション雑誌を開きながら考え事をしていた俺にちひろさんが声をかけてくる。
「……いえ、少し考え事を」
「なにかお悩み事ですか?」
「そうですね……そうかもしれません」
「もしよければ私に話してみませんか?他人に話せば何かいい案が思いつくかもしれませんよ」
「じゃあ、少しだけ聞いてもらってもいいですかね?すいません」
「はい、構いませんよ。あ、じゃあコーヒー入れてきますね」
「ありがとうございます。すいませんわざわざ」
そうしてちひろさんが二人分のコーヒーを持ってきて俺の座っていたテーブルの対面に座った。
「それでプロデューサーさんの悩みって、高垣さんのことですか?」
「そうですね……いや、楓さんだけというか、アイドルのプロデュースそのものと言ったほうがいいのかも」
「高垣さん、オーディションにでては合格連発ですし、順調だと思うんですけど」
「そうですね……順調なんです。順調……なんですよね?」
「プロデューサーさん?」
「すいません、ちょっとうまく言葉にできないんですけど……なんというか、これは本当に楓さんにとって順調なのかなと、考えてしまって」
ちひろさんが笑顔のまま、先を促すようにうなづいた。
「例えばファッション雑誌って、表紙になるようなメインのモデルと、雑誌を開かないと見られないようなメイン以外のモデルで構成されてるじゃないですか。楓さんが受けたオーディションはメイン以外の人を選考するオーディションですから、当然楓さんは合格してもメインになるモデルとして扱われないのは当然のことです。でも以前、765プロで星井美希ちゃんって子のオーディションについていったときなんですけど……」
それは新たにCDデビューを果たしたアイドルたちが、CDの宣伝を兼ねたミニライブに出演する為のオーディションだった。
ミニライブはあらかじめ大手からの息のかかったアイドル2人と一般オーディションで選ばれた3人の合計5人の枠が用意されており、あらかじめ枠が用意されているアイドル2人の扱いとオーディション組の3人の扱いは結構な差があるとのことだった。
だが赤羽根さん曰くこの業界ではそういったコネは珍しくないらしく、ライブを観に来る参加者もそういう事情をなんとなく察してくれてるから気にせず普通にオーディションを受ければいいとのこと。
そんな話を俺と一緒に聞いていた美希ちゃんは、赤羽根さんが別件の電話で部屋の外にでた後、それはもう見事に腐った。
『美希、そのトクベツの2人が一緒にオーディション受けても1番で合格する自信あるよ?でも美希が1番でも3番目の扱いを受けるんでしょ?美希、そんなライブでたくないって思うな』
言ってることはもっともなのだが、大人の世界とはそういうものなのだ……とはいえそんな大人の世界を子供に理解してもらって、そのうえで腐らずにやってもらうというのは難しい。だが、だからと言ってこのままでも困る。
やる気がないことが踊りや歌に出てしまえば、いくら美希ちゃんといえどオーディションに落ちかねないのだ。だから俺は以前赤羽根さんの教えてもらった通り、頭ごなしに否定するのではなく別の考え方でやる気を出してもらえないかと試してみることにした。
「たしかに美希ちゃんの言うとおり、それじゃ真面目にやるのが馬鹿らしいよな」
「新人の人もそう思うよね?じゃあやっぱり美希、このオーディション出るのやめるの!」
わが意を得たりとばかりに目を輝かせる美希ちゃんだが、それは困るんだよな。
「うーん……でもさ、その特別扱いの2人ってどれくらいすごいんだろうな」
「どうせたいしたことないの」
「大したことないのかな……じゃあ美希ちゃんさ」
「なに?」
「やっぱりオーディションでてみない?」
「えぇー…?新人さんさっき美希の言うとおりって言ってたの」
「いや、だってその特別扱いの2人も大したことないとしたらさ、美希ちゃんが本気でやればライブにでる5人の中ではぶっちぎりで1位になるわけだろ?」
「美希ならできると思うよ」
「ぶっちぎりの1位だよ?ただの1位じゃなくて、2位の子と比べられないくらいの1位」
「むぅ……美希できる自信あるよ?」
「ならやっぱりオーディションでてみてくれないかな?もし美希ちゃんが他の4人と比べられないくらいのすごさを見せつけたら、もう5人の新人アイドルを紹介するっていうライブの狙い自体がダメになると思うんだ」
「そうなの?」
「だって新人アイドルを紹介するってふれこみのライブに出る5人に大きな実力差がないから、司会の人も『みんな将来が楽しみですねー』って言いながら『私は特に〇〇ちゃんと××ちゃんがいいと思いますね』とか言って『じゃあ要注目2人にもう一度登場してもらいましょう!』なんて茶番で特別扱いが出来ると思うんだよ。そこでもし美希ちゃんが5人の中で、もう言い訳のしようがないくらい圧倒的にすごいライブが出来たら、司会の人も美希ちゃん以外を特別扱いできないと思うんだ」
「……たしかにそうかも」
「でさ、そうやって大人の事情で特別扱いされる予定だった立場を実力で奪うのって最高にかっこいいんじゃないかなぁと思ったから、美希ちゃんにぜひやってみてほしかったんだけど……」
実際そんなことが起こり得ないだろうと心の中では思いつつも、顔には出さずに続ける。
美希ちゃんはおそらく、本当に天才なのだ。天才だから学習が早く、だいたいの物事においてやり方やコツを素早く身に着けてしまう。そのためやってるうちに『これは続けて行けばこうなるんだろうな』とおいう予測が立つ。そうしてその予測がはずれないことを過去の体験から知っている。
それはひどくつまらないことだろう。ゲームだって遊びだってスポーツだって、『未知』の体験や驚きがあるから楽しいのだ。だからこそ美希ちゃんは、レッスンも仕事もやる気がないのにアイドルを続けている。アイドルという世界がどういうものなのか、飛び込んでみなければわからない未知の世界だったから。
美希ちゃんにとって必要なのは、未知の驚きや楽しさ、それから得られる快楽なのだ……と思う。
だから他の誰にもできない、美希ちゃんだけのやり方で本来決まっている筈の未来を打破するということは、彼女の心の琴線に触れることなのではないかと思い、こういった言い方をした。はたしてそれは、
「……面白いかも、なの!」
どうやら間違っていなかったらしい。
ちょうど電話が終わったらしく部屋に戻ってきた赤羽根さんは、部屋を出る前と明らかにテンションが違う美希ちゃんを見てしきりに首をかしげていた。
「それで、そのライブはどうなったんですか?」
「オーディションが終わった時点で構成の変更が決定したんです。本来先にオーディション組の紹介がまわされるはずだったんですけど、美希ちゃんがあまりに圧倒的で、審査員の人たちも美希ちゃんほどのアイドルなら特別扱いして紹介しなくちゃアイドル界の損失だー、なんてやる気だして。結局前座4人にオオトリの美希ちゃん、って構成になったんですよ。まさか本当にそうなるとは思わなくて呆然としました」
「それは確かにすごいですね……懇意にしている事務所の意向を破棄してまで優先されるなんて、日高舞レベルの特別扱いですよ」
「そうですよね……それで、話は元に戻るんですが、俺は楓さんにも同じくらい……いや、美希ちゃんに負けないくらいにアイドルとしての素養が、輝きがあると思ってるんです」
「私はその美希ちゃんを見たことないのでわかりませんけど、高垣さんのアイドルとしての素養は私もかなりのものだと思っていますよ。日高舞レベルなのかどうかは、さすがにちょっとわかりませんけど」
「765プロで研修をしている間もずっと考えていたんです。高垣楓というアイドルがデビューしたとして、いったいどんな成長の仕方を、どんな飛躍をしていくんだろうって……」
一度話を区切り、これから話す内容の恥ずかしさを紛らわすために少し冷めてしまったコーヒーを一口飲む。ちひろさんの入れてくれたコーヒーは、冷めても不思議とあたたかいような感じがした。
「ちひろさんに言われるがままに始めたプロデューサー業ですけど、すごく楽しかったんですよ。それぞれが持ってる魅力や輝きを、自分の考えで磨いて、自分の考えで世間に発表するということが。まだ世間の誰もが知らない高垣楓という輝きを自分が世に知らしめることは、どれだけ気持ちのいいことなんだろうって、ずっとそればかり考えていたんです」
「……プロデューサーさんの悩みというのは、高垣さんの今のアイドルとしての活躍が自分の考えていたものと違うということですね」
「初めてのオーディションのときもそうだったんですけど、楓さんからアイドルとしての力というか、オーラみたいなものを感じたことが何度かあったんです。観る人すべてを引き付けるような、すれ違っただけでも思わず足を止めて振り返ってしまうようなそんな何かを。それがあれば撮影のカメラマンやその他スタッフ、編集者の中の誰かが高垣楓という輝きのすごさに気付いて、楓さんを雑誌のメインに据えたいっていう要望が来るだろうと思ってたんです。でもそんな馬鹿みたいな話はいつまでたってもなくて、実際に雑誌をみてみても、楓さんは確かに他のモデルよりも目をひく存在ですけど、なんというか、それだけ、なんですよね」
楓さんのアイドルとしての素質を認めたのは俺だけじゃない。
ちひろさんも養成所のトレーナーさんも、彼女は一流の卵であると認めている。
そうであるにも関わらず、美希ちゃんにできたことを楓さんができないのは……
「自分が美希ちゃんのときのようにプロデュースできてないのが原因だと思うんです。楓さんの魅力を自分が理解しきれてないから、それを正しくファンに伝えることができない。彼女のプロデューサーとして彼女のすべてを引き出すことが出来ていない……すいません、それが今悩んでることなんです」
早口に言いきってから、ごまかすようにコーヒーを飲みほす。
悩みなんて言いながらも、プロデューサーとしての仕事を完璧にできていないと告白したようなものだ。
うまくできないことを、信じてくれたちひろさんに話すのは思っていたよりも恥ずかしかった。
前世で何でも屋なんてやりはじめたのは、誰かに頼られることが嫌いではなかったからだ。
なりゆきとはいえ頼まれたことを、頼まれた本人にできませんでしたと告白するのは、自身の無能をさらけ出すことよりも、不義理であると知らしめるという意味で辛かった。
「……私が初めてプロデューサーさんとここで出会ったときに言ったことを覚えてますか?」
初めてここで会ったときに言ったこと……
「……すいません、ちょっとピンとこないです」
「まぁそうだろうなーと思ってましたけど、まったく心当たりありませんか?」
なんて微笑みながら聞いてくるちひろさんには申し訳ないが、何のことを言っているのかさっぱりわからなかった。
「もうっ、じゃあ質問の方法を変えます!そうですねぇ……プロデューサーさんはその美希ちゃんのことをどれだけ知っていますか?知ってるだけのことを全部教えてください」
「美希ちゃんのことですか?そうですね……自分に自信があってそれが驕りや慢心にならないだけの才能がある、天才だと思います。良くも悪くも素直で、物おじしない性格も相まってか平気で失礼なことを言ったり、逆に聞いてるほうが恥ずかしいくらいにまっすぐに言葉を伝えてきたりして……あとはそうですね、おにぎりと寝ることが大好きみたいです」
「じゃあ美希ちゃんをプロデュースするとしたら、プロデューサーさんはどういうプロデュースをしますか?」
「そうですね、実際に少し担当したこともあるのでそのときの経験も込みでの話になりますけど……歌もダンスも何やらせても天才的だから普通にアイドルとしてやれること、ライブとかグラビアとか全部やるんだと思います。ステップアップに最適かどうかだけを考えた仕事選びになるでしょうけど、それよりもやる気を維持させるのが問題になるかと思います。あえて未熟なうちからハイレベルなオーディションに挑戦させて、一度はオーディションでの負けをわざと体験してもらうぐらいはやるかもしれません」
あまりによどみなく答えたせいか、いつも笑顔のちひろさんから笑顔が消えた。
「……765プロでの研修のとき、そのまま765プロでやっていきたいとか思いませんでしたか?」
「……すいません、楓さんがいなければそうしたかったと思ってました」
無表情のちひろさんが怖すぎて正直に即答する以外になかった。
「……じゃあ次はその楓さんのことで知ってることを全部教えてください」
「はい……楓さんは、人見知りな性格で流されやすいところがあって、そんなところがあるせいか思慮深く落ち着きがあって……」
あれ?
「好きなものとか、得意なこととかは知らないんですか?」
「……すいません、わかりません」
「じゃあ、プロデューサーさんはそんな楓さんをどういう風にプロデュースすればいいと思いますか?」
……ああ。そういう、ことだったのか。
「すいません、今思い出しました。ちひろさんはあのとき、楓さんと正面から向き合うように言ったんですよね。嘘くさい笑顔で猫を被るのはやめろって」
「はい、よくできました!自分がプロデュースするアイドルの魅力をたくさんの人に伝えるためには、まず誰よりもプロデューサーがアイドルの魅力に気づいてあげて、それと本心から向き合うことができないとダメですよね」
「……その通りだと思います。はたから見るだけでわかるような通り一遍のことだけでアイドルをプロデュースできるなら、プロデューサーなんて必要ありませんよね……」
自分でも驚くほどに、楓さんという個人のことを知らず、また知ろうとしなかったのだ。
そんなザマでどうやって楓さんについてプロデュースができるというのか。
「ちひろさん、お願いします。もう一度だけ俺にプロデューサーとして楓さんをプロデュースさせてもらえませんか?」
「私はプロデューサーを首にしたつもりはないですし、これからもずっと働いてもらうつもりですよ?」
「……ありがとうございます。もう一度楓さんと話し合ってみたいと思います。アイドルとしてこれからどうしていくかはもちろん、楓さんのことをいっぱい教えてもらうために」
「はい、よろしくお願いしますね。プロデューサーさん!」
こんなことなら21日に投稿すればよかった……
あ、本日の投稿はここまでになります。
明日から1日1話のペースでプロローグ終わりまで投稿していくと思います。
ここまで読んでくださった方、それからお気に入り登録してくださった方ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。