ダビデ案件駄目絶対! と最後のマスターは叫んだ 作:Schuld
昼間シフトの昼休み時間、カルデアの食堂には昼食の臭いと一緒にサイコロが転がる音が立ち込めていた。
「んー、☆が八つ」
「は?www 流石にそれはふかしすぎですぞマスターwww」
「いやいや、一週目たってそりゃあねぇ……」
食堂のテーブルを囲み、伏せたカップとサイコロを手にした立香と四人の海賊がリソース収拾終わりに無聊を慰めていた。このボードゲームは立香の私物であり、友人との旅行でもあるまいに日本から態々持ち込んできた代物。知る人ぞ知る人気ボードゲーム、ブラフであった。
海賊四人と立香がこれを囲んでいる理由は一つ。英雄なのか馬鹿なのか判断しかねると専ら噂のマスターが、海賊の暇潰しといえばコレでしょ、と一部の人以外には意味不明なことを抜かして持ってきたからである。ただ、ゲーム性自体はシンプルながら奥深いこともあり、スタメンから漏れて暇を持て余す英霊勢には割と人気なので、食堂に常設したとしても不満はどこからも出ていないが。
「これはノータイムでブラフ宣言でOKですわねー」
「次黒髭だけど、流石にね」
騎兵のクラスを預かる海賊勢。カリブを荒らし回った、これぞ海賊というに相応しい風情の黒髭。深紅の英国海軍士官軍服を伊達に着崩し、豊かに発達した身体を隠そうともしない女傑のドレイク。そして寄り添うようにしてカップを持つ赤と黒、カットラスとマスケット、比翼連理の海賊たるアン・ボニーとメアリー・リード。
ゲームの卓を囲む相手としては、あまりにそうそうたる面子過ぎて剣呑な気配が隠しきれていないが、実際にはチョコレート一粒も賭けていないというのだから平和な物だ。テーブルの上にサマをやらかした馬鹿を突き刺すためのナイフもなければ、マスター同席時にはアルコール厳禁という食堂鋼の掟もきちんと守られていた。
ブラフというゲームは、場全体にあるサイコロの個数を読むゲームなのだが、大抵の場合は確率論である程度絞ることができる。今は30個のサイコロを5人で分けて遊んでおり、一人の手元には6個のサイコロがある計算になる。
つまり、最初の立香の発言を拾うのであれば、場全体、6面に一つしかない☆のマークが8つもあると言っていることになる。単に確率だけで見れば、なーに言ってんだお前の一言で片付けてもよいものだが……。
「別にふかしてる訳じゃないんだよなぁ」
「ゲッ!?」
ブラフにおいては、宣言した数字が正しいと証明するようにサイコロを公開し、更にそこからサイコロを振り直すこともできるし、そのまま伏せておくことも出来るのだ。
立香がおもむろにカップから取り出したサイコロは4つが☆を示していた。
「あ、振り直しはしなくていいから」
その上、この強気な発言である。さしものくそ度胸を誇る黒髭であろうと、残り26個の内で4つが1/6の確率で出る☆かと考えると悩む数値だ。さりとて☆の8の次は9つに増やすか、オールマイティーである☆を含めた1~5の出目が16個あるという、流石にそれはちょっと無いだろうと悩む数値。
「えぐい、マスターがリアルラックで殺しに来てる」
「これはブラフも宣言しづらいですわよねー」
後4つなんて余裕余裕、とダイスを開けたら大爆死なんていうのは間々あること。特に黒髭からすると、手元のカップにあるサイコロ6つ全て☆が出ていない以上、更に宣言はし辛い。
ブラフを宣言した際に生じる実際の出目と宣言の差分をダメージとしてサイコロを減らすルールだけあって、普通に致命傷になり得る領域というのもあって宣言が難しい。特に大打撃を受けてサイコロが0にならずとも、減ってしまうと情報アドが大きく損なわれるのでゲームに絡めなくなるのも辛かった。
ただ、金は賭けておらずとも喪う物はある。具体的に言うとノリの良い海賊勢は揃いも揃って煽りが上手い。煽られまくるとメンタル的にアレなのと、その上物品以外で何か巻き上げられることがあるのだ。
具体的に言うなら、午後からの宝物個周回のスタメン交代とか。
「ぐぬぬ……」
「おら、早くしなよ黒髭、タマぁついてんのかい」
「ドレイク船長、ついてますわよきっと、ちっちゃいのが」
「そうそう、オケアノスでも満足に振るえなかった残念なのがね。残念なのが」
あまつさえ長考に入った途端に煽りが跳んでくるのだから堪らない。その煽りさえも海賊仕込みの下品かつ相当にエグい内容だ。因みにこれはマスターに対しても変わらない物で、指向がどちらかといえば可愛がる方に向く程度である。
「おっほwww メアリー氏の煽りは結構心にキますぞwww」
「多義的に?」
「無論性的な意味でwww」
が、黒髭も伊達に残念なキャラを演じていない。忌避されるキャラすらも反抗に使うだけのメンタルを持ち合わせている。ただ、ドレイクに詰られた時、悔しそうだったり嬉しそうだったり非常に微妙な感情がない交ぜになった表情をしたことを立香は見逃していなかった。
面倒臭いオッサンである。まぁ、それも黒髭の味といえば味なので、あまり弄くってやるのも可哀想だし、立香にもそれを見て見ぬ振りをする優しさがあった。
「ほらほら、さっさとしな。立香の方が気合い入ったファックをするよ」
ドレイクのヤジを受け、苦悩に歪んでいた黒髭の目がカッと見開かれた。この場合のファックというのも、恐らくは思い切った賭けという意味でのファックであろうが、捉えようによっては中々際どい発言であろう。
実際、食堂の何人かは眉尻をぴくりと上げていた。
「ぬぐぁぁぁ! そこまで煽られちゃしかたねぇ! 死んだらぁ!!」
黒髭はドレイクからの煽りに我慢しかねる何かを感じたらしく、手を震わせながらカップから☆と3のダイスを乱雑に取り出し、紅いマーカーダイスを16の数字に進めた。
結果? カレイドスコープを付けて黒髭が先陣を切らされた上、ゲームの片付けから何から押しつけられたことから明らかであろう…………。
一日の終わり、食堂の片付けは暇な英霊がやることが常であるが、今日はブラフ夕方の部でも大敗した黒髭が皿洗いに駆り出されていた。むくつけき身長2m程の巨漢が背中を丸めて皿を洗っている光景は、最早シュールを通り越して何処か空恐ろしくもある。その隣に日本人の平均から逸脱しないマスターが立って同じく皿を洗っているとなれば、シュールさは尚のこと増してくる。
マスターである立香がカルデアの庶務をマスター業の合間に手伝うのは、日常的なことなので誰も文句を言いはしない。これも庶務を進んでやってくれているサーヴァントとの交流だから、として過労を心配する三十路童顔やら後輩を押してやっている。今日は散々ブラフで負け越した黒髭の慰めがてら、こうやってゴム手袋で武装して皿と格闘していた。
「……ねぇ立香氏」
「何かな、エドワード」
声音に草が生えていない気がしたので、立香は皿を洗う手を止めずに真面目に対応した。愛称ではなく、黒髭のファーストネームで呼びかけることで。
「あの淫紋ってヤツだが……」
普段はおちゃらけた、軽い調子の声音が低くなっているのを感じた。普通であれば、ここで身の危険でも感じるべきだろう。何せ彼は黒髭ことエドワード・ティーチ。カリブを荒らし回った海賊共の頭領だ。抵抗せずに荷を差し出す者は見逃せど、一度闘争とならば船員皆殺しを良心の呵責もなくやってのける、区分で言えば反英霊に近しい男。
サーヴァントとマスターとは主従関係にあるが、その実、関係を裏打ちするのは不安定にして脆い令呪と魔力の繋がり程度のもの。薄っぺらい利害と鎖が断たれれば、戦闘能力において主人を圧倒的に凌駕するサーヴァントがマスターを害するのに障害など殆ど無い。絶対命令権を持つ令呪ですら抵抗されることはままあり、剰え使うには口頭で言い切らねばならぬのだ。舌が蠢くよりも早く武器を奮うことの出来る英霊の何と多いことか。
それこそ余程油断でもしていない限り、自害を命ずるよりもサーヴァントの獲物がマスターの首を跳ねる方が数段早いだろう。これでよく世の魔術師連中はサーヴァントなど所詮使い魔と軽んじられるものだ。もし仮にグランドオーダーが想定通りに進んでいたなら、一体何名の首が敵ではなく従者の手によって狩られたものか。
「ああ、ルーンを弄ったやつ? スカサハ師匠に教えてもらってね」
「そう、それなんだが……」
なればこそ、立香は主従であるにしても絆を重視する。英霊、反英霊問わず従ってやってもいいと思う相手の下でなくば、鍛えた技術を奮おうとは思うまいと分かっているから。現代社会でも何も変わらない。安い賃金と過酷な環境、尊敬するに能わぬ上司の下で一体どうして気持ちよく自身の能力を発揮できようか。
故に立香は真面目な問には真面目に応え、決して嘘は吐かない。己を見下ろす黒髭の瞳はいつになく真面目で……。
「あの、BBAには使ってないな?」
「……は?」
発言のギャップも凄かった。
「……どしたのティーチ」
「いや、その……ちょっと前のパイケットでですな?」
気の抜けた問い掛けに答えを察したのであろう。黒髭から真剣な気配が抜け、言葉尻に普段のひょうきんさが戻ってくる。あと少ししたら無意味に生えている草も戻ってくるだろう。
「ものすごく絵が好みの作品があったので買ってみたのですが……」
「何? クリムゾン現象でも起こってた?」
同人誌によくある、表紙は凄く気合い入っていて好みだから即買いしたものの、時間が足りなかったのか中身の出来がアレだったというのは古来よりのお約束。一期一会の同人誌即売会においてはままあることだ。
「いや、そのでつね? 絵はクッソしこい感じだったので文句はなかったのでつが……」
「へー」
皿を洗う立香の目が加速度的に濁ってきた。仮にも日本で暮らし、SNSの活用もしてきた彼には同人誌だとか、その辺の知識もある。というより、普通にお多感な時期の一人遊ぶを一頻り経験している人間が、エロ同人を知らない訳も無い。むしろ近年のネットが身近にある青少年としては、当然の流れであろう。
故になんとなーく展開が分かってきた。そう、これはアレだ……。
「……淫紋悪墜ちNTRジャンルでして」
「おごふっ」
思わず変な声が出た。そういえば黒髭、生前はかなり色々やらかしている海賊だったのに、二次元エロに関しては「可哀想なのはヌけないでござる」などと抜かす清純派であった。それこそBBAはチ●ポになんて負けねぇんだよ! と酒の席で猥談を振ってきたケルト勢にガチ切れして見せる程度には。
まぁ、何があったかといえば、ちょっと鬱になる作品を見て、内容を現実に重ね合わせてしまったのだろう。とみにマスターが実際にそっち系のスキルを身につけ、実用していると分かってしまえば気が気でない。
「その上、昼間のでつね、煽りが……その……」
ああ、ファックの下りか、と立香はドレイクの愉快そうな外道顔を思い抱いた。煽り全一の海賊勢の下世話な会話などお約束だというのに、随分と細かい所を気にするものだ。立香がマシュを抱くまで童貞だったことなど、何度も猥談を共にした黒髭なら知って居ように。
ただやはり、見た作品の影響もあって、彼女の発言は黒髭に大きく響いてしまったのであろう。
一応、きちんと主従間に信頼関係はある。マスターならそんなことはするまい、ドレイクならば淫紋など欲しがるまいと頭では分かる。だが、実際にそれを入れて自慢げにしている後輩の姿だとか、欲しいなとガチだったり面白半分だったりで迫っている連中を見ると不安になるのだ。
そうして、同人誌の内容が登場人物を入れ替えてフラッシュバックし……。
「鬱勃起しちゃったかぁ……」
「いや!? マスター!? 立香氏!?」
「で、ヌいたの?」
「ぬぐわぁぁぁぁぁ!?」
今にも座に還りそうな呻き声を上げて黒髭は頽れた。ライダークラスにおいてキラキラ輝く王妃と並んでタフさに定評がある黒髭が、見比べれば矮躯といってもいい立香の一言で沈む様は最早滑稽であった。しかして、その一言は確かに心を抉っているのだから馬鹿にも出来ない。本当に座に還りかねないフェイタルな一撃であった。
「そっかぁ……」
「やめて、やめてくだちぃ、さっさないで……」
反応を見れば何をか況んやである。オスは悲しかろうと鬱になろうとエロいと思えば一人でNPをシコシコためて宝具をブッぱしてしまう生き物なのだ。それが「可哀想だからヌける」と宣う畜生であれ「可哀想なのが感情移入する側なら……」と悩む潜在的マゾヒストであったとしてもだ。
「安心して、くろひー、俺は今マシュ一筋だから」
「立香氏……」
膝をついた黒髭の肩に立香は手を添えて――きちんとゴム手袋をは脱いである――安心するように告げた。何度でも言うが英雄の卵と言われても、彼は普通の人間である。セックスを繁殖の道具や儀式を割り切る畜生魔術師連中でもなければ、エロゲの世界からまろびでた絶倫ハーレム野郎でもない。一般向け世界で普通の絆を育むこと前提の青少年なのだ。歴戦の海賊に淫紋刻んで弄ぶなどというハードプレイを一体どうして思いつこうか。むしろ、あの女傑であれば淫紋というアドがあっても逆に弄ばれそうなのが何とも言い難かった。
「くろひーの憧れは綺麗なままだよ」
「立香氏……うう、立香氏ぃ……」
むくつけき毛むくじゃらの巨漢に縋られても、立香は嫌な顔一つせず抱き返してやった。汗の匂いとか、髭に山ほど括り付けた導火線の臭いだとかが色々気にはなったが、そこを無視して仲間を受け容れてやるのがいい男というもの。実際、自分もマシュがそうなったらと想像したら凹むので気持ちは分かる。
されど、黒髭がドレイクに抱く羨望は色恋というより、少年が一昔前に活躍した野球のスター選手に抱くそれに近い。その憧れから煽るなどの微妙な対応をしてはいるが、本当に心から崇拝しているから、想像の中で穢すことさえ辛いのだろう。本当に、一体どうしてカリブの最も悪辣な海賊が斯様な拗らせ方をしてしまったのであろうか。女である事をこれ幸いと口説く方がまだ分かりやすかった。
「でさ、くろひー」
「ん? なんでごじゃるか?」
「めっちゃシコかったなら、その本貸してくんない? 参考にするから」
「なんの!?」
ただ、拗らせているのは黒髭だけではなかったようだが。一旦エロいことに火が付いたら止まらないのが十代であり、相手が全部受け容れてくれる聖女のような後輩であれば、アブノーマルなことに興味が湧いても不思議ではない。そう、不思議では無いのだ。もう一度言うが不思議ではないのである。
いやぁ、こっち来てからソレ系の情報仕入れてなくってと笑う立香に、黒髭は何かよくないものを感じざるを得なかった。これはマシュ氏がまた大変なことになるぞと戦慄しながらも、オタという生き物のサガである良い物を共有したいという誘惑には勝てず、結局皿洗いが終わった後に戦利品を貸し出してしまった。
丁度良いとばかりに、絵は気に入っていたが展開がちょっと、という悪墜ち、洗脳、調教系まで色々とまとめて。どうやら黒髭氏は濃いめの絵柄と厚めの塗りが好みのようだが、どうにも最近そういったタッチの御仁はNTR方面に流れつつあるのか被弾しやすいようだ。
大量のエロ同人を抱えてご満悦のマスターを見送りながら、黒髭はその背に不穏なものを感じずには居られなかった…………。
文章が無駄に長くなる病気の罹患者なので本番と助走を分けていくスタイル。さて、マシュはどうなってしまうのか。
割と間が開いてしまいましたが、一応Twitterでは生存報告的なことをしておりました。もしも気になって続きまだかよ、と突っつきたくなったなら、プロフィールにID貼り付けてあるので是非どうぞ。ある程度であれば要望とかも聞きますよ。ええ、聞くだけなら無料なので(意味深に懐を開きながら)