※この作品はR-18です。

ダビデ案件駄目絶対! と最後のマスターは叫んだ   作:Schuld

6 / 10
スカサハとマシュ~何かお昼にやってる一時間番組~

 広々とした空間に甲高い打突音が響き渡った。マットが敷かれた床と金属で補強された壁が何処までも伸びる広大な部屋は、カルデアの中に設けられた訓練室だ。シミュレーターの戦闘演習とは異なり、実際に身体を動かしたり、魔術や礼装の出来を確かめるための設備で、本来ならば選び抜かれた俊英達が技術を錆び付かせぬ為に使うための空間である。

 

 しかしながら、その俊英達の殆どが死ぬか緊急措置で冷凍保存されている今、ここを使う者は限られていた。魔術のタネを他に明かさないで済むようブースで区切ることもできる空間は、専ら全ての壁が取り除かれ、暇を持て余したサーヴァント達が純粋な武を競う闘技場と成り果てている。

 

 英霊とは往々にしてバトルジャンキーか脳筋、ないしはその複合であることが多く、強者との戦いに餓えている。それこそ、聖杯なんてどーでもいーから殺し合いしよーぜ! というノリでカチ込んで来るケルトが居るくらいだ。いや、逆にそれがケルトの平常運行なのかもしれないが。そういったケルト面子だけで聖杯戦争が行われていたら、むしろ世界は平和だったに違いあるまい。

 

 そんな空間で響き合うのは、硬質な金属が叩き付けられる澄んだ音。しなりと全身のバネを用いて振るわれるのは、演習用というには無骨すぎる、ぶっちゃけただの鉄の棒と言い切って良い品物であった。振り回される速度は凄まじく、本来硬いはずの金属が木の棒が如く撓っていることからして秘めた威力は尋常ではない。脆い人体であれば、熟れすぎたザクロのように弾けさせる物騒さを隠そうともしていなかった。

 

 十分命を刈り取れる凶器同士が凄まじい勢いで交錯し、時に弾き合い、時にいなされ、時に四肢のいずれかで以て受け流される。突き込みと薙ぎ払いを丁寧に混ぜた間断無き円運動は、正しく二つの輪が躍るかの如し。槍として振るわれる棒は、間合いを活かしながら一部の間隙もなく振るうという、槍術の理想を体現しながら空気を斬り裂き続けた。

 

 「お、今のは危ねーな」

 

 「うむ、握力を鍛えさせた甲斐があった。十分鍛えねばすっぽ抜けていただろう」

 

 躍る円弧を眺むるオーディエンス達が居た。闘争とは生活の一部であると同時に娯楽にして品評する物、という価値観が身に染み込んだばんぞ……英霊の諸氏だ。ケルトはアルスターサイクルの大英霊、ランサーの英霊たるクーフーリンは守勢に回った側が一瞬棒きれを手放しかけたことに言及し、彼の盟友にして義父のTHE・ケルト偉丈夫、フェルグスは十分な威力が乗った一撃を辛うじてだが凌ぎきったことを評価する。

 

 「……しかしご両人」

 

 酒杯片手に演舞にも似た訓練を眺めるケルト二名に声を掛ける者が一人。野球観戦するオッサンのような風情を醸す二人とは異なり、彼はきちんと正座して激しいぶつかり合いを品定めするかのような、それでいて不可解そうな目で眺めていた。

 

 「お、どうしたインドの」

 

 「混じりたくなったか?」

 

 「否、オレは武術を尊ぶ心は持っているが、それを美食の如く希求することはない。ただ……」

 

 幽鬼か死人と見まごう白さの美しい戦士、彼の名はカルナ。インド二大叙事詩のマハーバラタに登場する“敗れる側の英雄”である。槍兵としてのクラスを受け、つい最近特異点での縁もあって召喚された彼は、目の前の光景をいまいち理解しきれていないようであった。

 

 即ち、己のマスターと、特異点で見かけた黒い戦装束の女傑がぶつかり合っている光景を。

 

 槍代わりの鉄の棒を振るう一人は、カルデア最後のマスターとして人理修復に乗り出した、英雄なのか馬鹿なのか区別が付かないことに定評のある藤丸 立香だ。滝のように汗を流し、防刃繊維で編まれた戦闘服を着ているにもかかわらず、その諸所に切れ目が入って地肌が覗く姿は必死そのもの。基本を護りながらも意表を突く槍の扱いは、温い現代人であった割には中々の仕上がりであった。

 

 だが、魔術を収め武錬を高めようと、届かぬ高みがある。

 

 その高みこそ英霊、人類史に刻まれた理不尽と破壊の権化。神秘が薄れたる現代に生きる凡夫・魔術師共に届き得ぬ高みに存在する怪物。立香が切り結ぶ相手は、その怪物の中でも一級品、怪物以上の怪物、神を屠る怪物だ。

 

 「あの影の国の女王が、マスターを壊すのでは無いかと不安でな」

 

 顔を覆う布でも隠しきれぬ喜悦の表情を作る女傑、その名はスカサハ、影の国を治める無類の神殺し。神を殺すほどの強さを傲りととられ、死を、最高の栄誉たる戦死する権利を剥奪された、哀れなケルトの戦士だ。

 

 彼女は槍兵の英霊であり、人とは当然に立つステージが違う。そも、物質的な表側の世界から隔絶されてしまった影の国を未来永劫治め続ける不死の彼女は、本来であれば英霊として召喚することすら出来ない“神霊に近いナニカ”だ。

 

 それが人理の焼却という大異常によって、例外的に召喚されているに過ぎないとしても、結局現代人とは立っているステージが異なることに違いは無い。

 

 マスターが鍛錬を積むのは良い。魔術師よりも魔術使いに近い領域で技術をキャスター陣から学ぶと共に、身を守るために空き時間を使って武を治めんと試みるのは男児として素晴らしいことだとカルナも評価する。彼はクシャトリア――インドにおける戦士階級――として武に身を捧げ、戦場に果てた生粋の戦士であるからして、男児が強さを求めることを賞賛こそすれ、止めることも貶すこともない。

 

 だが、あの影の国のお祭り系女王がテンションも高く立香を扱く光景には、苦言を呈さざるを得なかった。明らかにやり過ぎなのだ、訓練に使う得物も、当人にしては戯れや鍛錬程度に絞った出力も、そうであったとしてもヒトに過ぎない立夏には大きすぎる。

 

 マスターに仕え護ることをサーヴァントとして重視するカルナには、受け容れがたい蛮行とさえ言えた。今も普通に座っているように見えて、命に届きうる一撃が放たれたとならば、自らの俊足を以てマスターを救わんと構えている。

 

 「あー、まー師匠ならなー」

 

 「弟子殺しは姐さんの得意技、もとい日常茶飯故な」

 

 命の価値が便所紙ばりにペラッペラなケルトでの弟子殺し師殺し、あと親殺しとか子殺し、ついでに主君殺しに部下殺しは戦国時代並によくある事だ。大体交通事故くらいの頻度で起こり、あーあ、と苦悩しつつも流されるイベントである。影の国において英雄を幾人も弟子に迎えたスカサハは、篩にかける目的でどっかの浮気神の嫁さんに関わる皮肉みたいな名前をした英雄でもなければ、泣いて逃げるようなタスクを平然と弟子に投げつけたりする。

 

 あまつさえ、自分でボッコボコにしたりもよくあることなので、弟子の死亡率は凄まじいことになっている。そもそも入門するため影の国に訪ねていく時点で難易度がデスウィッシュな有様からして、ケルトがケルトたる所以が垣間見えるであろう。死線とは彼等にとっての非日常に非ず、日常の延長にして、常に立たんとする場所なのである。

 

 火力のチート具合において各所から大概にしろよ、と言われるインドの中でも有数のぶっ壊れたるカルナとて、ケルト二人のあっけらかんとし過ぎた態度に面食らうしかなかった。一度会戦が起こらば、神々の血を引く英雄によって雑兵が藁のように刈り取られ、国が呆気なく燃える戦場を作り出す彼等であっても、やはりケルトにはついて行けないようであった。

 

 「……なるほど、弟子とは後継ではなく、己を越えうる敵を作り出すための制度と見ているが故の相違か」

 

 「おっ、分かってんじゃねーか。友誼を結ぶべき友を作るためとも言えるがな」

 

 「ま、兄弟弟子で殺し合うのも当たり前なのだがな!!」

 

 「修羅道か……? いや、オレも人の事を言えぬか」

 

 ケルトの武人は流派云々よりも義理や闘争そのものに重きを置いて戦うことから、同門相撃など珍しくも無い。そして、神々の血を分けた者達が殺し合う叙事詩の英雄も、この点に関してばかりは、あまり大きなことを言えなかった。

 

 「とはいえ、その辺あんま気にしてちゃ戦士なんてやってらんね……あっ、馬鹿……」

 

 「うむ、今のは悪手だな」

 

 雑談をしながらも戦士の鋭敏な感覚は闘争の機微を見逃さない。足を払うというよりも、刈り取るような鋭い一撃をいなしきれないと見た立香は、苦し紛れに最低限の高度を跳んで回避しようと試みた。空中に居る時間は短い方が良いので、判断そのものは誤ってはいない。英霊の如く体重操作や空気を“蹴る”などという離れ業ができぬ限り、空中は戦士にとっての死地なのだから。

 

 が、相手が悪い。如何に殺さぬよう、鍛錬レベルに腕を加減していようと、相手は槍を握らせたならば古今無双の女王だ。精緻にして隙の無い槍捌きの精密さは、最早ヒトの想像の域を大きく逸脱している。

 

 本来ならばその場で垂直に飛ぶべきでは無かった。仕切り直しをかねて、大きく飛び退くべきだったのだ。

 

 「欲張ったな、この馬鹿弟子がっ!!」

 

 凄まじい加速と共に振り抜かれる筈であった槍は、人外の精密さで直角に軌道を転換。軽率に悪手を選んだ弟子に誅伐を下すべく、天を割る速度で“振り上げられた”。立香の鍛え上げられた両足の間……その大事な部分を掠めるようにして。

 

 「「「あっ……」」」

 

 か、とも、こ、とも付かない、叫びというより肺腑に残っていた酸素が苦悶と共に吐き出されるような曖昧な呻きが響き渡り、さしもの英雄達も思わず内股になった。あれは痛い、どう足掻いた所で鍛えようのない内臓をやられるのが辛いことは全てのオスに共通することである。そして、活動的であった彼等が一度は経験したことがある痛みだ。

 

 運動の最中失敗して、座る時に巻き込んで、戦の最中に攻撃されて、はたまた女の可愛い嫉妬から思わぬ攻撃を受けて……。

 

 脳裏に甦る新鮮な痛み。察するに剰りある激痛を味わっているであろう立香は、先ほどまでのケルトをして中々と評せる槍捌きが嘘の様に頽れ、ダンゴムシのように丸まって啜り泣き始めた。

 

 「アレはキツイ……」

 

 「姐さんも酷いことをするな……マシュから苦情が来たらどうする」

 

 「ああ、オレも流石にどうかと思う」

 

 卑怯もへったくれも無い戦場において金的を狙われた所で文句は言えないが、流石にこれはどうなのだろう。泡吹いて気絶に至っていないので、フェイタルなダメージではなかろうが、男性が味わえる痛みの極地だけあって軽いとは言えない。とりあえず、ダヴィンチ女史に改良案としてファウルカップを戦闘服に組み込むよう具申すべきであろうか。

 

 「全く、何度言えば分かる。まぁ何とか次に繋げられるだろう、そんな甘い読みの動きでは自力に勝る者を相手にすれば容易く刈り取られるぞ。立香、お前は私を殺してくれるのだろう?」

 

 地獄の底から響くような苦痛の呻きを上げる立香を見下ろし、スカサハは呆れたように言った。痛くなければ覚えませぬとは言うものの、骨を軋まされるのとタマをやられるの、どっちがマシかは甲乙付けがたい。

 

 スカサハ、影の国の女王は擬似的に死ぬ権利を得たことでテンションが上がっているが、それだけで勇士未満たる英雄の卵に鍛錬を付ける甘い女傑ではない。彼女が立香をいたく気に入っている理由、それは聖杯を使うでもなく、擬似的にでもなく、望むのであれば何時か貴方を殺してやりたいと言われたからだ。

 

 それは何時のことであったか。数えきれぬほど行われたケルトの酒宴で、英霊の卵にスカサハが絡むのは何時もの事であった。酒を与えられて軽く朦朧とした――尚、カルデアの位置的に法は及ばない――立香は、スカサハがぽつりと零した死への憧れに対して、こう宣ったのだ。

 

 「俺の呼びかけに応えてくれた貴方への礼として、何時か貴方を殺したい」

 

 酒精で濁った頭が如何にして斯様な言葉を捻り出したかは、今となっては本人しか知らぬことであるが、この言葉にスカサハは震え上がった。この男は信頼には信頼で、期待には理屈すらねじ曲げて結果で返してきた。決して折れず、挫けず、曲がらぬ男。なれば、一炊の夢として愛弟子に討たれることを夢見て現界したこの身ではなく、もしかしたら……とスカサハは思ってしまった。

 

 現代から隔離された影の国であれど、理屈の上では未だ到達は可能だ。そこに至り英霊として現界した己ではなく、人理さえ修復されれば生き続けている己を正しく殺しに来てくれるのではと彼女は期待した。期待してしまった。聡明な頭が、酒の席で出た淡い期待を抱くことすら馬鹿らしい言葉であると分かりながらも。

 

 であるが故に、スカサハすらも混じって他の英霊達のように英雄の卵、大偉業に挑む一般人に技術を授け始めたのだ。擬似的に死を得たことでテンションが上がったお祭り系女王なれど、それだけで軽々に自分の全てを教え込もうとはしない――水着の件からは目を背けながら――だけの分別が彼女にもあった。

 

 なにせ彼の後輩に使われている技術には、一部原初のルーンすらも用いられているのだから。これも全て、死を希求する自分を殺してやりたいと望む、愛しいマスターを思ってのいじらしいことである。

 

 弟子の不甲斐なさに自分を殺せるまでの道は遠いなと呆れつつ、そろそろ助け起こしてやろうかとスカサハは身を屈めたが……。

 

 「先輩、そろそろ一服如何……」

 

 何処にでも間の悪い奴というのは居るもので――誰の間が悪かったかは議論の余地があるが――、まるでタイミングを見計らったかのようにマシュがトレーニングルームへとやって来た。彼女の手にはバスタオルと、たった今暖めたであろう蒸しタオルや特性のスポーツドリンクが握られている。

 

 彼女は元々儚い乙女であったが、特異点を幾つも乗り越え、魂を削るような激戦を越えた今では立派な戦士だ。戦場の状況把握能力は、この悲惨な状況を一瞬で脳髄に理解させ、瞬く間に脳味噌を沸騰させた。

 

 マシュは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の喪女を除かねばならぬと決意した。

 

 分かりやすく言うなら、人の男に何さらしてけつかっとんじゃ、というアレである。

 

 「先輩!? 大丈夫ですか!? 先輩!?」

 

 「う……マシュ……うん、だいじょ……うん、うん……」

 

 今にもスカサハに掴みかかりそうな勢いの後輩であったが、まず駆け寄ったのは大分辛そうな先輩の下であった。丸まった背中に寄り添って問いかけるも、帰ってきたのは力ない笑みと低く掠れた声。意識があるのでフェイタルではなさそうだが、立香は痛みに強いので安心もしていられない。

 

 「医務室まで歩けますか? それとも婦長を呼びますか?」

 

 「いや、それはっ……ちょっと、勘弁して欲しいかな……」

 

 「分かりました、では軽く横になりましょうね」

 

 甲斐甲斐しくダメージを負った立香を介抱するマシュに、何か言いたげだったスカサハは些か決まりが悪そうに艶やかな長髪を書き上げ、背を向ける。背けられる少し前、その目は立香を安心させるようにマシュが握った手に注がれていた。

 

 睦み合う恋人が指を絡め合う、甘い触れ合いに。案じて差し出される指と、縋るように絡められる指は深い信頼関係を伺わせた。

 

 「あー……」

 

 そっぽを向いて、彼女をよく知る者でなくば分からない程度に頬を膨らませたスカサハを見て、彼女の愛弟子は厄介なことになったとでも言いたげに髪を掻き毟った。蒼き槍兵は、自分の師が女として大分面倒臭いことを長い付き合いの中で十分に悟っていた。

 

 「あのなクーフーリン、他人事みたいな面をして心配しているが、その厄介さの一端を作り出したのはお前だからな?」

 

 「たしか、師を放っておいて、戦場で打ち負かしたその妹を孕ませたのであったか」

 

 「言い方ぁ!?」

 

 カルナは普段その率直かつ直截な物言いで損をすることが多いが、こればかりは何も間違っていないので、クーフーリンの義父という立場にあるフェルグスでも擁護はできなかった。

 

 というより、スカサハをほっぽって姉妹であるオイフェや当の娘である――姉妹であるとも――ウタアハを妻にして子共を産ませ、それすらも置いて国元に帰ってしっかり影の国へ修行に出た理由でもあるエマーを娶っている辺り、クーフーリンさんサイドにも大きな問題がある。恋多く色に耽るはケルトのデフォルトなれど、流石にこれは酷いと言わざるを得なかった。

 

 こんなことをしているから後世の創作でスカサハが酷いヤンデレストーカーにされてしまうのだ。と、言いたい所であるが、座に存在しないスカサハは後世の新説や創作によって霊基が汚染されることがないことを鑑みるに、どうやらこの面倒臭い気質は元からだったようだ。そもそも、この人理救済のためにカルデアへ訪れた理由すらも……。

 

 あまり深く考えない方が良いだろう。然もなくば、この施設は人理を救済するための場所では無く、有閑マダムの無聊を慰めるテレビ番組的な場所に――若干手遅れの気も有るが――成り果ててしまう。

 

 非常に面倒臭いことを背負った弟弟子を眺め、クランの猛犬は自分の責任も幾らかあるんだよなぁ、と重い重い嘆息を零した…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お師匠、今ちょっといけます?」

 

 先日、普段通りのようでいて色々と厄介なコトが内包された一件があったが、自分の大事なジュニアを掠めるような攻撃を受けても、立香がケルトの元締めを慕う姿勢に変化は無かった。別に彼がマゾヒストで睾丸を虐められる趣味があるという訳では無く――無論、後輩からの悪戯は歓迎だが――単に修行中のやむを得ないことと納得しているからである。

 

 別に潰された訳でも無し、訓練目的の致し方ない犠牲というものだ。

 

 「ん? どうした立香」

 

 何時もの如く戦装束? と首を傾げたくなる扇情的な薄衣に身を包んだスカサハは、塒と決めている空き部屋で立香を迎えた。殉職した職員の部屋を勝手に使っているだけだが、何処からか調達してきた酒だとか、作成途中のルーン石が転がる部屋は魔術師の工房と言うよりも、その雑然さから疲れたOLの部屋という印象を受ける。

 

 「これを見て貰いたくってですね」

 

 「どれ、見せてみよ」

 

 手渡された用紙を見て、スカサハの表情が一瞬固まった。困惑しているような、それでいて意図を図りかねているような……。

 

 一枚のコピー用紙へ丁寧に描かれた術式は、複雑精緻にして多数のルーンを図案として組み込んだ高度な魔術式。一部に現代では失われたルーンも採用され、それが機知のルーンと調和しつつも見事な術式を構築していた。

 

 「ああ……またか」

 

 まぁ、単なる淫紋なのだが。

 

 実に無駄の無い無駄に洗練された無駄に高度で無駄に精緻な無駄な技術である。ルーンの深奥を覗く技術で何やってんだと全ルーン学科学生からの投石不可避な所業であるが、教えた側からすると自分の教えをしっかり吸収しているのだなぁと関心するばかり。

 

 ただ、以前作り出した術式――盾のサーヴァントの腹に息づいている物――とは根幹を同じくすれど、手ずから改良したと思しき図案を持ち込んだ意図を考えると……スカサハの頬が微かに朱に染まった。

 

 これはアレだろうか、弟子からのアプローチだろうか。こういった淫紋を考えたので監修してくれと言って手直ししてから、これを刻むのはお前なんだよ! との、師としてちょっと憧れているシチュエーションなのか。斯様な思考がスカサハの桃色に染まり掛かった脳内を唐突に巡った。

 

 彼女もケルトだ。色事には並以上に興味があり、技術面においても槍やその他の物と比べて遜色ないテクニシャン。そこを含めてご指導頂きたいと言われればやぶさかではなかった。それに、こっちに来てから結構ご無沙汰だ。お眼鏡に適う勇士はおらず、フェルグスの相手をするのも鍛錬を引き換えにしたら向こうが渋ったので全くないと来た。

 

 その上、クーフーリンも微妙に素っ気ないと来ては、新たに見込んだ末弟子へ過剰な期待をしても不思議ではなかろう。

 

 「はい、ちょっとマシュの淫紋を調整しようと思って」

 

 「えっ?」

 

 が、コイツがそんな空気を読む訳も無いのだが。凝り性が多い日本人の気質に逆らわず、立香もまた凝り性であった。特に、一人の女性をとことん開発するという方面において。

 

 「以前ちょっとメディア師匠から教わった暗示の変形を試したら、ちょっと普通の刺激がマシュ的に物足りなくなったっぽくって。口にはしないんですけど、おねだりするように口元へ耳を寄せられたらもうね」

 

 「あ、ああ……」

 

 期待に輝き始めた瞳が急転直下の速度で濁っていった。一度期待した物が掌からこぼれ落ちていった上、その掌にナイフを突き立てられた衝撃とは如何ほどの物であろうか。真相は実際にのろけをブッ刺されたスカサハ以外に知りようが無かろうが、立香は頭がエロでのぼせ上がっているのか目が死んでいることに気付くことは無かった。

 

 「ただ、やっぱり俺としては催眠やるとどうしてもマシュ一人で達する方になっちゃって、手を出せないからもどかしいんですよね。あれだけでも快楽凄いから、突っ込んだら多分壊れちゃうし……かといって隣でソロプレイはなんだか虚しい……」

 

 ええ、何やってんの……と、また語尾に(困惑)と付けられそうな表情でスカサハはちょっと引いた。ケルトは直接的な交合の激しさにおいては追随を許さないアルティメット蛮族の一角だが、ねちっこさとか変態加減においてはギリシアや日本、インドなどの変態勢には一歩劣る。割と健全な性交――なおケルト基準――を楽しんで居たスカサハからすると、些か理解し難い領域とも言える。

 

 じゃあ淫紋はどうなんだと言いたくなるやもしれないが、そこは快楽を強めるアクセサリーくらいにしか思っていないようであった。正に蛮族の価値観は複雑怪奇である。

 

 「だからとりあえず淫紋の出力強化と制御の精緻化を図って、快感の棲み分けをしてあげればいいかなと思って」

 

 「ああ、そうか……」

 

 見れば見るほど手が込んでいる。普段の鍛錬をサボらず作ったにしては気合いが入っているので、どうやら睡眠時間でも削ったのだろう。野営をしても全然平気で動き回ることからショートスリーパーであることは分かっていたが、それにしても凄まじい入れ込みようであった。たった一人の女を満足させてやるためだけに、一体如何ほどの時間と労力を脳汁だとか魔力を絞りながら作ったのか。

 

 愛情が無ければできない入れ込み様だ。

 

 そして、揺るぎない事実として、その愛情は余所に注がれている。自分以外の誰かに、自分が入れ込んだ者の愛が。

 

 過去の光景がフラッシュバックした。戦場の中で戦う自分とよく似た女、自分とよく似た女が弟子に抱かれる光景。弟子と自分によく似た、しかし自分の子ではない子共に訓練を付ける城の中庭の風景……それから、絡み合う無骨な手と乙女の柔らかな指。

 

 無意識に愛槍をたぐり寄せそうになった指を叱りながら、影の国の女王は表情筋を殺して弟子への指南へ入った。感情を殺し、偽り、耐えることなど慣れている。死を失い永劫の時を揺蕩うことになったのだから、これくらい、これくらいは……。

 

 されど、彼女が強く握りしめた左手は、身体の影に隠されながらも確かに紅い滴を零していた…………。 




かつて無く適当なサブタイトル。最初からとは言ってはいけない。そして今回も助走回。因みに次回で第一話にいっていた書きためていた分が尽きるので、どうしたものか。

まぁ、スカサハ師匠はオイフェにクーフーリンとられちゃってるから多少はね。こっちでも拗らせるんかいと言われたら仕方ないですが、仕方ないじゃない、拗らせてる女の子(?)は可愛いから。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。