ダビデ案件駄目絶対! と最後のマスターは叫んだ 作:Schuld
毎回のことだが、うちの先輩はやっぱり形から入るタイプなのだろうか。そんなことを医務室付近の空き部屋で、ぼんやりとマシュ・キリエライトは思った。
これまた普段であればそろそろお休みの時間、部屋の扉に小さな招待状を貼っておくという、中々乙女心にキュンと来る招待を受けてみたらこの様だ。シャワーを浴びて居住まいを正し、キラキラ輝く王女様から貰った香水で身を飾り、心を躍らせながらやって来てみたら……。
「いらっしゃーい」
何故か医務室に近い清潔な装いに改装された部屋の中で、立香はカルデア医療部門の医務服――動きやすく簡素な半袖タイプ――を纏って待っていた。
そして、その隣にはいつも通りの鉄面皮を貼り付けたナイチンゲール女史の姿が。
「あの……先輩、これは……」
「まぁまぁ、まずは落ち着いて。これをどうぞ」
「み、水着?」
一体今回は何の趣向で、誰に入れ知恵をされたのかと考えているマシュの思考が纏まらないうちに、立香は何やら扇情的なビキニ水着を押しつけると、簡素なカーテンと骨組みで出来た着替えブースへと彼女へ押しやった。ふとカーテンで視界が遮られる寸前の視界には、ナイチンゲール女史が一体何故私は此処に居るのでしょう、と彼女にしては珍しく物憂げな表情をしているのが見えた。
訳も分からぬまま、先輩の言うことには素直に従ってしまう後輩は、結局水着に着替えることにした。前に無人島で着替えたのとは違う、真っ白な三角ビキニであるが、一体何処から調達してきたのであろうか。ダ・ヴィンチ女史がノリノリで用意したと言われても納得できるし、他の裁縫ができる面々に頼んだと言われても納得できるので中々に困る。
「おお!!」
「か、かなり際どくないですか……?」
似合っていますかと問うよりも、何処かはみ出て無いですかと聞きたくなる程度にビキニは際どかった。今は不可視化しているが、刻まれた淫紋が羞恥で励起しそうになるほどに。これで生真面目なウラド公の仕事でなかったことは分かったが……ああ、いや、確か何時ぞやの魔界村事件があったか。あの時にエリザベートが着ていた衣装は、サイズの間違いも甚だしかった。
単にエリザが見栄を張って申告した数値のまま作ったのか、それともアレが公の性癖だったのかは……これ以上は止めておこう。何処からか杭が飛び出して来かねない。
しかし、立香は挑発的な後輩の姿にご満悦だ。テンションが上がって顔が僅かに赤らみ、鼻がぷくっと一瞬膨れたのが分かった。恥ずかしいのは恥ずかしいが、先輩が興奮したとなると少しだけ嬉しくなってしまう後輩のいじらしいこと。
「じゃあ、まずはそこに寝そべって下さい」
「いいですけど、本当に一体何なんでしょう」
押しに弱い後輩は答えを得られないまま、運び込まれた寝台へとうつ伏せに寝転がった。女性のシンボルが大きく撓み、潰れて痛まぬよう組まれた腕の合間から大きく溢れている。実に刺激的な光景であった。
「じゃあ、適当にリラックスしてねー」
寝そべる後輩にテンションを上げながら血流を加速させつつ、立香は医療用のゴム手袋に手をねじ込みつつ、準備していたものを手に取った。プラスチックのチューブに収まったそれは、特別配合を施されたホットオイルである。発汗を促すと共に皮膚へ浸透し栄養を供給する、これといっておかしな所の無い“マッサージ用品”である。怪しいお薬でもなければ、断じて媚薬でもない。大事なことなので何度でも言うが、普通のオイルである。
掌へたっぷりオイルをぶちまけてしっかり馴染ませながら、立香はナイチンゲール女史へと頭を下げた。
「では、監督をお願いします」
「……承りました」
「先輩、監督って……ひゃっ!?」
何事かと寝そべったまま振り返ろうとした後輩の背中を、ぬるりと気味の悪い感触が襲った。同時に感じるのは、もう幾度となく感じてきた愛しい男の指。鍛錬で節くれ立った男の指は、力強く、しかし痛みを感じさせない強さで皮膚にオイルをすり込んでくる。
「いやね、こないだ婦長に凄い怒られたじゃん」
「んひっ……あっ、そ、そんなこともあっ……ありましたけどっ……先輩、これはっ!?」
「うん、オイルマッサージ」
NTRジャンルの三大巨頭の内、淫紋と洗脳はやったので、最後の一つのオイルマッサージ――異論は受け付ける――をやっていないなと立香は何とも無しに思いついた。この賢いのか単に茹だってるのか図りかねる頭は、マシュに勢いで淫紋を刻んだことと同じく、突飛のない事を捻り出すので中々に性質が悪い。
「それでさ、やってみようと準備したんだけど……」
「マッサージというのは危険です。軽々しくやると筋を痛めたり、返って筋繊維が緊張したり良いことがありません。決して生兵法でやっていいことではないのです」
きりっとした表情で鉄血の小陸軍省閣下は仰った。実際の所、整体レベルまでやるのであれば正しい知識と経験が必要になるが、美容レベルのマッサージ――それも雰囲気作りの一環――であれば、そこまでやる必要は無い。
だが、この間の催眠音声プレイで騒ぎになった通り、下手なプレイは身体に毒だ。そんなプレイで体調を崩されては衛生担当として見過ごせないとして、何か新しいことをやるのであればまず相談しろと立香は婦長から強く押し込められた。生兵法で頭の悪いプレイに手を出して怪我されて、レイシフトに支障を来してはそれこそ目も当てられないのだから。
「なので私が監督すると共に、じっくり立香へ実演してみせたので安心なさい」
「えっ!? せんぱ、それはいっ……んぁっ!?」
まずは背筋、脊椎の筋に沿って伸びる脊柱起立筋群を優しくほぐしてゆく。盾という腰の据わりと重心の確かさが必要な得物を操るマシュの身体は、どうしても要となる腰を酷使するので、指先に感じる筋肉は確かに緊張していた。
強い快感と弱い痛みが混じる絶妙な指圧は、確かに素人の物とは思えなかった。何度も指導され、その都度自分もやってもらって“どうしたら気持ちいいか”きちんと分かった人間の手つきであった。
「立香はオーバーワーク気味だったので丁度良い機会でした。貴方は身体のメンテナンスを軽く見過ぎです」
「いやぁ、休む時はきちんと休んで、ストレッチやら何やらしてたつもりなんだけど……」
スポーツ科学? 何ソレ何処の国の食べ物? それとも殺して良い奴か? というケルトの国からやって来た面々が、適切な休みが云々を斟酌する訳も無く、壊れなきゃその内強くなるだろみたいな雑把を通り越して蛮族なメニューを組んでいた時期があるので、立香の肉体は結構な疲労が貯まっていた。
それを抜きにして過密なレイシフトと、サーヴァント達の霊基を鍛え上げる作業があるのだ。如何に若い身体であっても、疲労が蓄積するのは当然のことである。
しかしそれも、鉄の厚生大臣としてナイチンゲールが君臨するまでの話。彼女は訓練メニューにもしっかり口を出し、立香を縛り上げてでも休ませる。そして、その序でとばかり身体のメンテを始めたのだ。彼女は按摩ではないが、英霊として持ち合わせたスキルレベルでの人体知識と現代の知識をある程度囓ることで、その技術をしっかりと身につけてみせた。
ただ、その技術をプレイの為に使おうとされたのには、少し困惑しているが。
「んぃ……くぅ……せっ、せんぱぁっ……」
「ここ痛気持ちいいでしょ。分かる分かる」
親指で優しく円を描くようにもみほぐし、少しずつ下へ下へ移動する。疲労し緊張していた筋繊維がほぐされ、馴染んだホットオイルが発汗を促して体温を上げてゆく。身体がほてり脱力していく感覚は、確かにどこか発情した時のそれと似ていた。だからこそ、いかがわしいネタに使われてしまうのだろうか。
「はーい、次は肩ですよー」
「んぃぃ!?」
首筋の付け根辺りから肩口は、重い重い盾をぶん回す彼女の疲労が腰に次いで蓄積しやすい場所。それに彼女は立香のサポートとしてデスクワークもこなすのだ。当然、ここにも疲労が蓄積しない訳がなかった。
凝り固まってワイヤーのような筋を作る筋肉が、心地良い圧力によって得も言えぬ快感と共にほぐされていき、後輩は甲高い悲鳴のような嬌声を止めることができなかった。首筋から指はどんどんと下っていき、肩の裾野を余すことなく癒やしていく。苦痛と快感が混じり合い、上がる体温が身体を錯覚させてゆく。その効果は微妙な物なれど、マシュにとっては愛した男がやっているという事も相まって、効果を何倍にも増幅させていた。
「くぅ……やぁっ……せんぱひっ……あっ、そ、そこぉ!?」
「ここ良いよねぇ、あるある、俺もフローレンスにやってもらって気絶するかと思ったもん」
快楽に喘ぎながら、マシュは「え?」と声を漏らした。この涎が垂れてしまう事を抑えられないようなマッサージを、立香が婦長から……? しかも今、さり気なくファーストネームで呼んだ気がする。
「その時にオイルは用いていませんでしたが」
「効果が落ちるから脱げ、って海パンの礼装押しつけられたのはちょっと焦ったけどね」
軽いことのように笑う立香の声を聞き、マシュの胸を疼痛が襲った。心臓が縮こまるような感覚は、紛れもない嫉妬によるもの。オイルを使っていないとは言え、先輩は自分以外に蕩けた表情を晒したのだろうか? 今の自分のように口の端から涎を零し、夢うつつで目をとろんとさせた表情を。
「にゃ、せんぱ……んひぃ!?」
「はい、次はお尻ねー。ここもきっちり腰の筋肉と連動してるから、解されると気持ちいいんだよねー」
どういうことか聞いてみようと思うものの、柔らかなラインを描く臀部に指が食い込んだ瞬間、マシュの思考は一瞬で茹だって蒸発した。臀部は脂肪の層が厚いが、その下にはきっちりと太股を駆動させるための筋肉が腰の筋肉と絡み合いながら存在しており、疲労が蓄積しやすい。
ただ、それ以上に性感帯として発達しているので、異なる二種類の快楽が同時に襲いかかってきて脳を焼いたのだ。
性的なタッチで尻を揉むと言うよりも、パン生地を捏ねるような調子で指を肉に食い込ませて筋肉を解きほぐす。複雑に筋肉が絡み合う臀部は触るだけでも感触が違い、肉の筋が幾つも通っていた。その多様な筋を解すのであれば、様々な方向からアプローチを仕掛ける必要があった。
そして、そのアプローチは奇しくも肉を伸縮させるため、マシュのこなれてきた女陰を広げたり押し込めたりすることで刺激することにも繋がる。
「あひっ!? んぁっ!? せんぱっ、らめっ、そこらめれす!!」
「気持ちいいから大丈夫だよー」
膣壁もまた筋繊維の集合体であり、蠕動することにより性感帯が刺激される。マシュは彼女が最も好むところ、浅い部分がマッサージによって執拗にこねくり回される快楽に翻弄されるばかり。されど、立香が許可を出していないこともあって、不可視化のヴェールの下で痛々しいほど輝き始めた淫紋は、彼女が上り詰めることを許可しなかった。
解放のカタルシスは積み上げることで完成する。性悪作家共からの薫陶を護り、立香はプレイにもそれをきちんと組み込んでいる。前戯だけで満足してしまっては、どちらも消化不良になってしまうから。
「んにぃぃぃ!?」
「あー、太股も大分キてるねー」
腰を襲う快楽がふっと薄まったと思えば、次に襲いかかってきたのは、言い知れぬ痛みと心地よさであった。尻を蹂躙していた手指は、今度はたっぷりオイルを付け直したかと思えば太股を挟むように握っていた。微かな痛みと弱めの快楽が混ざり合い、それが腰へと突き抜けていくようなもどかしい感覚。ここの筋肉は尻にも繋がっているから、刺激が伝わりやすいのだろう。
指先に伝わる、瑞々しい皮膚が指を押し返す感覚を愉しみながら、立香は膝の裏から太股の付け根へ絞り上げるように指を送り出す。その度にマシュは半身になって身体を跳ね上げさせ、弱い喘ぎ声を上げた。先ほどの直接的かつ強い快楽に比べると、太股から伝わる迂遠な感覚がどうにも物足りないようだった。
「せ、せんぱ……くひぃぃぃぃ!?」
少し落ち着いてきたのか、先ほどナイチンゲール女史と何をやったかとマシュは茹だった頭で問おうと身体を擡げた。心臓をきゅんと締め上げる感覚は、今まで何度となく味わってきたが、それは往々にして嬉しいときだった。しかしながら、先ほど味わった感覚は違う。大事な物を盗られたような、汚されたような形容し難い感情を彼女はきちんと知らないのだ。
嫉妬という、女性であれば可愛らしいと表現してもらえる感情を。
だが、空気が読めるようで読めない、否、読まない阿呆は下半身の中でも刺激されるとかなり“痛い”部分へ指をめり込ませ、思考の全てを吹き飛ばしてしまった。
「あー、ここ痛いよねー、あるある。でもマシュは“大丈夫”だよ。うん」
ふくらはぎの側部、ここに通る筋肉は疲労している時に揉まれると、正しく悶えるほど痛い部分だ。無意識に手加減してしまう自分自身でやっても痛いのだから、遠慮しない他人の手であれば尚更響く。
マシュも叫んでいるとおり、ここは本当にキツイのだ。
「いぃぃぃぃぃ……」
だが、彼女の顔、蕩けきった喜悦の顔と、絞り出した嬌声を聞けば別のキツさを堪能していることが一目で分かっただろうが。
影の国のお祭り系女王が監修した淫紋は、大凡淫紋と言えば想像する機能全てを満たすハイブリットかつハイスペックな品だ。そして、機能の一つには感覚の変換機能が備わっている。行き着くところまで行けば、視覚的刺激すらも快楽に変換する機能は、今この瞬間瑕疵無く機能していた。
大きな苦痛を、より大きな快楽に変換したのだ。それは普通の苦痛も快楽として受け容れる、マゾヒストの気があるマシュには非常に大きく働いた。
びくんと身体が跳ね上がり、背筋の筋肉が複雑に痙攣し、雪原の如き真っ白な肌が波打った。凄まじい快楽に打たれて乱れた感覚が、身体を打ち振るわせている。“お”と“ほ”の間と思える悦楽の呻き声を上げるマシュは、これ以上無くうっとりとした恍惚の表情を浮かべていた。
持続する強い快楽、されど決して絶頂には至れない長い長い喜びが、頭の中身を何処か変な所へ飛ばしてしまったのだろう。あやふやな笑みと呻きを零しながら、マシュは小さく震え続けた。
「……やべ、やりすぎた?」
「快楽で狂う、というのはあり得ないので安心なさい。シナプスが切れるというのはフォークロアです」
ちょっと直視するのが可哀想な位の、それこそアヘ顔と称して何ら差し支えの無い顔を見て慌てる立香をナイチンゲールは窘めた。この状況に立ち会っていることに色々もの申したくはあるのだろうが、アドバイザーとしての仕事はきちんとこなすつもりのようだ。
「あ、そうなの?」
「普通、そうなる前にブレーカーが落ちます。つまり気絶します。薬物を用いたならまだしも、英霊の身体であれば閾値はより上がっているので問題になり得ません」
じゃあもっと調子に乗っても大丈夫か、と悪い笑みを浮かべるマスターは、下手をするとバーサカーよりもバーサークしていた。
しかし、鉄の看護婦にも女性として情けをかける程度の心遣いは存在していたのだ。
「やり過ぎるとハードルが上がって、これからが大変になりますよ」
そしてまた、フローレンス・ナイチンゲールには社交界の華であった時期があり、結婚を考える程度に熱心なお付き合いをしていた男性も居るので、狂戦士ながら女性心理にはきちんと実態を伴う理解があるのだ。
「……はっ!?」
性行為において怖いのは何か?
やり過ぎによるアブノーマル方面への特化だ。
何においても淫紋というアブノーマルの極地から事が始まり、多方面のアブノーマル境界を好奇心が赴くままにうろちょろしているカップルだけあって、もしも今のプレイがマンネリに感じられた場合にどうなるかは……少し想像したくない領域である。
そして、立香は色々ネジがトんだことをしでかしても、性癖的にはあまり狂った領域には――淫紋、洗脳、オイルマッサージが健全ではないという突っ込みはさておき――ない。となると、今後のお付き合いを考えるに、あまり加熱し過ぎるとこまるのだ。
特異点全裸徘徊ツアーなどを企画されてしまった日には、Drロマンあたり下手をすると、自室でひっそり身長を伸ばしかねないのだからネタにもならない。
「……引き際って大事だよね」
「ええ、大事です」
急に悟った表情をした立香をナイチンゲールは頷くことで肯定した。彼女にも乙女であった時期は確かに存在し、例え狂気に似た使命感を持ちつつも記憶は確かに残っている。だからこそ、マシュが初めての恋で舞い上がり、入れ込んでしまうの分かった。彼女には幸せに恋を続けてもらい、自分が“メンタルに治療が必要”と診断しないで済んでもらいたかった。
「じゃあ、俺マシュを連れ帰って……」
「はい、そうなさい。マッサージはきちんと出来ていたので、心配はいりません。次からは私の監督無しでもよいでしょう」
そそくさとマシュにバスローブを着せて、ぐったり脱力した身体の首と膝に手を差し込む形で抱き上げる。いわゆるお姫様だっこ、というやつだ。もしも彼女の意識がしっかりしていたら、この上なく喜び恥ずかしがって、可愛らしい顔を赤く染めたことであろう。
まぁ、今は性的興奮と限界を超えた悦楽のストックで真っ赤になっているのだが。
そして、立香はこの為だけに整えた空き部屋を後にした。流石に普通にする行為まで小陸軍省閣下に監督されては溜まらないし、彼女にも斯様な趣味はない。
若さに任せた暴走気味なカップルを眺めながら、使命に狂える看護婦は小さく吐息した…………。
カルデアの無機質な廊下は、夜間シフトということもあって静まりかえっていた。不気味なほどの静寂を湛えた廊下を、立香はバスローブの分厚いタオル生地越しであっても熱いと感じる肢体を抱え、こそこそと歩いた。
目指すは自室、努力目標は誰にも視認されないことだ。
「おかしい。予定では着替えるくらいの余力は残すはずだったのに」
さて、いままでの所業でご存じだろうが、この男は一旦図に乗ると歯止めが利かず、行けるところまで行こうとする性質がある。特異点の制覇しかり、霊基の強化しかり、マシュとのいちゃいちゃしかりで。
本当ならば連れ立って私室に帰ってから、軽くシャワーを浴びてお楽しみ……としゃれ込みたかったのだが、賢明な婦長からのアドバイスもあって些か悩ましくもある。ぐったりするほど高まった彼女を直ぐに抱いて、箍がとばないか少し不安になったのである。
かといって、彼女への奉仕で適当なことをしたくないのも事実だ。感情的には目一杯満足して貰いたいのが男心。誰でも一度は「貴方が一番素敵です」と寝床で言われてみたいものであるように、一度言われたなら二度三度と言って貰いたいものなのだ。
されど、結果がこの様では意味が無いのだが。
「せんぱい……?」
「あ、マシュ、気がついた?」
正確には放心から回復しただけで、気絶していた訳ではない。未だ蕩けて呆けた表情の後輩は、恐ろしく色っぽく、まるで縋るように立香を見上げてくる。
ただそれだけで、股ぐらが俄に元気になるのが分かった。借り受けた白衣が下半身を緩く隠してくれていることに感謝だ。例え誰の視界に入らないとしても、勃起した逸物をぶら下げて歩くのは何処かバツが悪いことなのだから。
「はい。その……すごかったです」
あれだけ色々と垂れ流していた後輩だが、もじもじ指をすり合わせながら目を伏せる姿は恋乙女以外の何者でもない。これがデートの後にキスをした程度のことなら格好も付いたが、淫紋オイルマッサージ――更に監視付き――とならば、もうどうしたらいいのか。
だが、可愛いことに違いは何も無い。立香はテンションを上げ、予定通り部屋に連れ込もうと意志を再度固めた。やはり英霊は頑丈だ。
愛を囁きつつ、このまま部屋に攫っても良いと許可を得ようとしたとき……何やら虚ろな音が廊下に木霊した。
それは、紙コップが落ちる音。
見やれば、カルデアの清潔であった廊下を汚す透明な液体――揮発した酒精の香りからして、恐らく焼酎の類い――が紙コップから溢れている。そして、当然ながらコップは虚空からまろび出る物では無く……。
カップから視線は移り、誘われるように昇って行く。まず目に付いたのは、気楽なスリッパを引っかけた真っ白な足。七分丈のジーンズを纏った脚は肉感的に色づき、続く腰は臀部の豊かさに反して驚くほど細く、続く腹も洗練されて引き締まっていた。ニット生地のスカートを押し上げる女性のシンボルは豊かに隆起しつつも、一部も弛みや緩みは見当たらない。むしゃぶりつきたくなる絶世のボディラインは、その起伏に反して紛うこと無き戦士のそれ。
そして、見事な体躯が戴く美貌は、驚愕に見開かれていた。
普段怜悧な美貌を湛える影の国の女王、彼女の威容は嘘の様に何処かへ姿を消していた。
「げっ……師匠!?」
立香の口から潰れた呻きが溢れ、脳内で瞬時に現在位置がケルト勢の屯する酒宴部屋――単にたまり場になった普通の部屋――と食堂を繋ぐルートに自分がいることを認識する。直接食堂を避けたまでは良かったが、追加の酒を求めて食堂に行ったケルトのことを想定していない詰めの甘さが恨めしい。
そこで問題だ。この言い逃れのできない発情した後輩を抱えた状態で、どうやってあの師匠を躱す?
三択、一つだけ選びなさい。
答え1.ハンサムな藤丸 立香は突如言い逃れのアイデアが閃く。
答え2.頼りになるサーヴァントが助けに来てくれる。
答え3,現実は非情である。
欲を言えば答え1で穏便に部屋へ戻りたいところだが、残念ながら自分のおつむは過程を放りだして結果を抽出するという、カルデアの一角に「誰に使うか一端保留ね」とか適当な予定と共に放り出されている聖杯のように便利な仕組みをしていないので、期待はできない。
答え2も好ましいが、残念ながら時間帯は深夜シフトで良い子も悪い子も気に入った塒で好きに過ごしている時間だ。誰かが通りかかることは期待できないし、師匠のように酒を求めて食堂にケルト勢が這いだしてきた所で、現状を見てそっとじ不可避。
低い確率でディルムッドが来てくれたら、ワンチャン口添えしてくれるかもしれないが……あのイケメンは柔らかいし、押しに弱いから役に立たない公算の方が高い。やはり駄目だ。
となると、残された答えは3のみだが……。
現実はもっと非情であった。
「せんぱぁい……」
どうしよう、の単語がゲシュタってくるくらい頭を回っていた立香の脳を、甘ったるく蠱惑的な声が背筋を泡立たせながら侵してきた。紛うことなき、自分の腕の中で骨抜きになっている後輩の声である。
睦言を連想させるようなトーンに惹かれて見下ろしてみれば、後輩はさっきまでいじらしく付き合わせていた指を溶き、唐突に首へ絡めてきたではないか。そして、立派な自分のマシュマロを押しつけながら頭を寄せ……首筋に吸い付いてきた。
「んぁっ!?」
反射的に妙な声が溢れる。喘ぎ声と言って良いそれは、弱い所を適格に突かれた証左であった。責められて喘ぐことが多いマシュも、流石に逢瀬の回数が二桁に達すると立香の良い所も覚えるものだ。
さて、三択は四択になり、選ばれた答えは4.後輩が師匠を挑発する。現実はもっと非常だった。
「ちょっ、マシュ!? あっ、師匠!?」
これはあかんやつや、と頭が沸騰し掛かった。師匠は淫紋の作り方を教えてくれていることもあり、この辺の倫理観は実にケルトなのだが、マシュが見せ付けようとする意図が不明すぎて怖くなる。彼女が一体どうして斯様な暴挙に走ったのか、男である立香には理解できなかった。
普段立香に向けるスカサハの視線の質に気付いているマシュや、鍛錬を口実に立香へ触れるスカサハに突き刺さるマシュの視線の質を察している二人のことが。
暫し二人は睨み合ったが……鋭い剣戟を連想させる視線の応酬は、始まりの唐突さと同じく、あっと言う間に終わった。
スカサハが霊体化して姿を消したのだ。
「え、師匠……?」
「先輩、空気を読んで下さったんです……ですから……ね?」
お小言の一つ二つ、或いは盛大に煽られることくらいは覚悟していたのだが、まるで逃げるような勢いで去って行ったスカサハに立香は疑問符を浮かべるばかり。どうにも、あの師匠らしくない行動に思えたのだ。
ただ、その疑問も後輩からの可愛いおねだりを無視できるほどの事かと言われたら、否なので仕方がない。なぜあんな挑発にも思える行為をしたのかを問いただしたくもあったし、疑問を一旦飲み込んで、立香は私室へと再び足を動かした…………。
助走回その2。構成に悩んで思ったより間が開いてしまいましたが、私は元気です。スカサハ師匠はNTR拗らせ喪女可愛い。
とりあえず平然と6,000文字くらいに纏めたいという思惑をブチ抜き、10,000文字を書き出す頭を何とかしたい所存。
PS.コメント制限解除しました。