俺にとっての異世界。この真相を聞いて言葉を失ったが事実をすぐに受け入れることはできた。いきなり森の中にいて翼の生えたオオカミに襲われてドラゴンとリザードマンに助けられるなどという超常現象が立て続けに起これば考えられる事だ。それに俺のいた世界だって4つの次元に分かれているのだ。信じないほうがおかしい。
だけど異世界というだけあって4つのどの次元とも根本的なことが違い過ぎる。まさか獣人だけでなく魔法や魔物が存在してるなんて…。確かにフェーダーウルフというあの翼の生えたオオカミは動物に分類するには抵抗があるし、近くに誰もいなかったはずなのにいきなり体が傷だらけになった事やその傷が今は癒えている事も納得がいく。まあ俺の世界でも科学の力だけでは説明できないようなオカルトじみた現象は起きるけど…。それにしても魔法が使えていろんな種族のヒトがいる。まるでファンタジーやRPGの世界に入り込んだみたいだ。
………というかなんで俺はここにいるんだっけ?
なぜ俺が異世界に来てしまったのか?という疑問ではなく。現在進行形でフェイルの膝の上に座っていることについての疑問だ。
取り敢えずなんでこうなったのか振り返ってみよう。
えーっとたしか軽い自己紹介が済んでここが異世界だって知らされたあと、詳しい話は馬車に乗って移動しながら話そうって言われて馬車まで案内されたんだ。で…その馬車は街で店を営んでいるヴァリオンが色々な商品や素材を運ぶ為のもので今がまさにその途中。そして荷台には護衛として付き添っているフェイルしか乗せるつもりはなかったからフェイルが乗るスペース以外は荷物で溢れかえっていたんだ。だから突然現れた俺を乗せるスペースがどこにもなくて…。こうしてフェイルに抱きかかえられていると…。
さすがに自分の為だけに座るスペースを作ってほしいとは言えないけど恥ずかしいものは恥ずかしい。なんだか顔も熱くなってきた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
俺の横顔を覗き込むようにフェイルが訪ねてきた。
「だ、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから…」
今もフェイルからこの世界について色々説明を受けているがちゃんと頭に入るか心配だ…。
すると突然馬車が止まった。フェイルも表情を険しくさせ顔を上げていた。
「すまない遊矢。外へ出るぞ」
「え?わっ!」
俺を抱きかかえたままフェイルが外へ出た。突然のことに訳が分からなかったがすぐに何があったかを理解した。
馬車の進路の先にあのフェーダーウルフ達がいた。俺に傷を負わせた、あの巨大なフェーダーウルフも。
「なーんか変な気配がするかと思ったらまたお前らか…」
ヴァリオンはすごく気怠そうに言っているが俺はそんな心情ではいられない。少し前に俺に襲い掛かってきた魔物がまた現れたのだ。
しかもあの時より数が多い。全部は見えないが何十頭という数はいるだろう。
「ヴァリオン、遊矢を…」
「わかってる。そっちは任せたぞ」
「ああ。すぐに終わらせる」
フェイルがそう言うと突然俺の体が宙に浮き、御者台にいるヴァリオンの上に座らせられた。
「え?」
俺が宙に浮いた事もそうだがそれよりも驚いたのはフェイルがフェーダーウルフ達に向かって歩みを進めている事だ。
俺はいまだに体の震えが止まらないでいた。するとポンっとヴァリオンが俺の頭に手を乗せる。
「フェイルが心配か?安心しな坊主。むしろ心配するならあそこのオオカミ共を心配してやんな」
ヴァリオンにそう言われ少しだけ恐怖が和らぐ。しかしフェイルが心配な事に変わりはないし、ましてや自分の命を狙ってきた魔物の心配など絶対にない。
そんな事を考えているとフェイルが歩みを止めた。巨体を誇るリーダーと思わしきフェーダーウルフは威嚇するように唸っている。しかしフェイルはそんな事お構いなしに腕を前に出す。よく見るとその掌の上で風が渦巻いているように見える。そしてそれを見てまずいと思ったのかフェーダーウルフ達が飛び掛かろうとする。
「パルマヴェンティ」
フェイルが小さく何か言葉を紡ぐと空気が揺れるような音が聞こえた。飛び掛かってくるより早く行動を起こしたからかフェーダーウルフ達は動けていない。
いや、一頭だけはもう動けないだろう。首から大量の血を噴き出し倒れたのだから。当然倒れたのはあのリーダーと思わしきフェーダーウルフだ。
俺は顔を伏せ、もう前を見ないようにした。自分の血の気が引いていくのがわかる。仕方のない事だとわかってはいるが、目の前で血を流しながら死んだのだ。あまり気分のいい光景ではない。
そしてしばらくうつむいていると突然の浮遊感。ヴァリオンが俺をヒョイッと持ち上げたのだ。
「え?ってわ!」
そしてフェイルに向かってポイッと投げられた。当然フェイルは俺をキャッチする。あまりにもスムーズすぎて叫ぶ暇すらなかった。
「ヴァリオン…」
どうやらこれにはフェイルも思うところがあるようで、口調がとても呆れていた。
「後始末は済んだ。ならさっさと街に着いた方がいいだろ?早く乗りな」
「ハァ…。確かに長居は無用だな」
そう言うと俺を抱きかかえたまま馬車に乗り込んだ。当然の如く俺は下記程と同じ位置に、フェイルの膝の上だ。
「………」
しかし俺は何も話せないでいた。先程見た光景。命を落としたのはフェーダーウルフだ。
「――――」
だがもしフェイル達がいなければどうなっていたか…。命を落としたのは……。
「!?」
急に自分の頬に湿った感触が。顔を横に向けるとフェイルが覗き込んでいた。舌を出して。
もしかして舐められたのだろうか?
「君に言わなければならないことがあったが、何度か話しかけても反応がなかったものでね。大丈夫かな?」
「は…、はい。大丈夫です」
「………すまなかった」
「え?」
「君に先程の光景を見せてしまった事だ。安全面について考えヴァリオンに預けたのだが、やはりあのような光景は見せるべきではなかったな。異世界などという今までの常識が通用しない場所に独り。心の整理もついていなかったのだろう?そのような時に…、すまなかった」
……本当にこの竜は、フェイルはやさしい。謝る必要性なんてないはずなのに。俺はフェイルに罪悪感を与えてしまったのか。自分自身が情けなく思えてくる。
伝えなきゃ。確かに少しは恐怖を感じてしまった。でもそれ以上に感じている事がある。
「けど…助けてくれた。確かに色んな事が起きて頭の整理が追い付かないけど、今俺がわかってるのは、フェイルに感謝してるって事」
もちろんヴァリオンにもねと付け加える。そして笑った。今こうして笑顔でいられるのはフェイルのおかげだから。
「だから俺もフェイルに言わなきゃ……。助けてくれてありがとう」
そう言うとフェイルは少しだけ面食らったような顔をして、微笑んだ。
「ああ。君の気持は受け取った。そしてヴァリオンにも改めて言わねばな…」
「そうだね」
「…街に着くまでまだ時間がかかる。それまではゆっくり休むといい」
「じゃあ、そうしようかな」
俺はフェイルに体を預けて眠ることにした。眠気は驚くほどすぐにやってきて、俺の意識は落ちた。
○☆○☆○
少しだけ抱きしめる腕に、手に力を込め、もう片方の手で頬を、髪を撫でる。
顔を寄せ、小さな寝息に耳を澄ませる。
目を細め、鼻から空気を吸い上げる。
首から頬にかけてゆっくり、何度も舌で舐め上げる。
五感の全てで存在を感じ、覚えようとしていた。
ヴァイロンは言った。フェイルは遊矢の事を気に入っているのだと。
(そうなのだろうな…)
腕の中で眠る少年に好意を持っている。
今まで他の誰にも抱いたことのないほどの好意を。
前例のないほどの好意に戸惑いがあった。だがそれでも彼を守りたいと強く、とても強く思った。