誰だよヴァイロンって…。どこの光属性だよ…。
遊矢が目を覚ますと、そこは馬車の中でもフェイルの膝の上でもなくソファの上だった。
「お、目ぇ覚めたみたいだな」
「気分はどうだ?」
「うん…。大丈夫」
体を起こす遊矢にフェイルとヴァリオンが声を掛ける。そのまま何か飲み物はいるか聞かれたので遊矢は素直に欲しいと告げた後、周りを見渡す。
「ちなみにここは俺の家だ」
「街に着くまで寝ちゃってたんですね…。すいません」
「気にするな。さて起きて早々で悪いが、どうする?話を進めるか?」
何について話を進めるか遊矢はわかっている。
「はい…。お願いします」
「では……、単刀直入に言おう。君はすぐに元の世界には帰れない」
「え…。じゃあいつになったら」
「最低でも…、3年は掛かる」
フェイルから伝えられた真実に遊矢は絶句した。元の世界でも望まぬ次元移動は経験していたのですぐには帰れないことについては覚悟していたが、突き付けられた現実は想像していたよりも非情なものであった。
だが。
「それでも…、帰ることは、できるんですよね?」
最悪ではない。元の世界に帰れないわけではないのだ。ここで落ち込んでいるだけでは何も変わらない。遊矢は必死で自分に言い聞かせた。
「ああ。訪問者が元の世界に帰ったという前例はある。君も帰ることはできる」
「だから坊主が帰る為にすべきことは、それまで生き抜く事。帰る前に死んだら元も子もねえからな」
「つまり元の世界に帰る為にはこの世界で暮らさなければならない。その為の手助けもする。これが私達が君に与えることができる選択肢だ。受け入れてくれるか?」
その言葉に遊矢は頷く。
本当はすぐにでも帰りたい。他の方法もあるのではとも思う。だが考えた所で答えは出ない。何も解決しない。だからこそまずはここで生きる。全てはそれからだ。遊矢はそう決めた。決めることができた。
「そうと決まれば…やっぱ服買うべきだよな」
「へ?」
「そうだな。すぐに準備して出かけ」
「ちょちょっと待って!」
「「?」」
「ねえ!今の俺の服ってそんなにダメなの!?」
「私は勧めないな。似合う似合わないの問題ではなく、一目で異世界から来た人間だとわかるのが問題だ」
「言い方悪くすると異世界から来た奴は常識のない奴だ。だます利用するなんて黒い考えした奴が近づくなんて珍しくもねえ。それに一目で訪問者だなんてわかると相当目立つぞ。怪しい奴とお近づきになるのも街中でも好奇の目にさらされるのもどっちもお断りだろ?」
その言葉に遊矢は勢いよく首を縦に振った。だが疑問が一つ。
「じゃあ俺はどうやって外に行けば…」
「実は坊主が着れる服が一つだけある」
そう言うとそばに置いていた服を遊矢に投げ渡した。
「………」
「いいから着てみろ」
「わかりました」
服を手に取った時、遊矢は言いたいことがいくつか思い浮かんだが、言われた通りに着ることにした。その際に制服は全て脱いでデュエルディスクも外すことにした。
「………」
そして予想通りの状況に遊矢は無言になる。服を手にした時からわかっていたのだ。サイズが合わないことは。案の定、服はブカブカ。
本当にこれでいいのかと聞こうとした時、突然服が光り出し、先程のブカブカ状態が嘘のようにぴったりサイズに変わった。
「俺が持ってる服の中でその服だけ着衣者に合わせてサイズが変わる魔法がかけられてんだ」
いいもんだろ?と言いながら遊矢に近づきその姿をまじまじと見るヴァリオン。いつの間にかフェイルも同じように見ていた。
「なかなか似合っているぞ」
「思ったよりも可愛く仕上がったなぁ。良かったぜ」
「それなら…いいんですけど…」
ここで話を変えよう。遊矢から見た2人についてだ。
まずはフェイル。体は全体的に明るめの緑色。身長は2m以上。ドラゴンだが服、というよりは防具の類を着ている。
次にヴァリオン。灰色の鱗をしたトカゲの獣人で身長はフェイルより少し低いくらいなので180くらいだろう。そしてこちらも服というよりは防具の類を着ている。
遊矢から見ても、どちらもファンタジー世界などで見かけそうな冒険者といった感じだ。
そして話を戻そう。遊矢についてだ。
サイズが変わった。喜ばしい事である。だが2人と違い自分は…。
(なぜ甚平…?)
なぜか1人和服。2人とジャンルが全く別物である。
確実に目立つのでは?本当に大丈夫なのか?いくつもの不安と疑問が浮かぶも、二人からはOKサインを出されてしまった。
見知らぬ街。周りには獣人を含めた数多のヒト。そんな中で遊矢は必死に平静を装っていた。事前にフェイルとヴァリオンから必要以上に周りを見ないよう遊矢は言われていた。あまりにもキョロキョロしすぎると訪問者だとばれる恐れがあるからだ。なので、2人から得られる情報以外は極力カット。今自分が目立っているかもしれないという恐怖はあるが、だからといって必要以上に周りを見ても何も変わらない。むしろ状況は悪化するだけだと自分に言い聞かせる。
昔の遊矢ならこうはいかなかっただろう。だが今の遊矢は元の世界ではプロデュエリスト。それもただのプロではない。あの赤馬零児から、世に出ても恥ずかしくないプロになる為の教育として様々な事を、それはもう徹底的に叩き込まれたのだ。
その為遊矢は特に苦労することなく表面上だけでも普通で――――いられる筈だった。
(まさかフェイルがこんなこと言いだすなんて…)
遊矢の身を案じたフェイルが出した一つの案。それは……道中ずっとフェイルと遊矢が手を繋いでおくというものだった。
ヴァリオンの家から出てすぐにその提案を持ち掛けられ遊矢は思考を停止。そしてその隙にしっかりとフェイルに手を握られたのだ。逃げ場はない。
さらに家の前で手を繋いでいる2人を見てヴァリオンは思った。自分が遊矢に与えた甚平の色は緑。遊矢の髪色も赤が混じってはいるものの緑。フェイルも体の色は緑。さらに極めつけは瞳の色。お互いに同じような赤色。
2人のあまりにも似通ったカラーリングに『お前らまるで親子だな』と言いながら写真を撮り楽しむ始末。助ける者はいない。
そして今に至る。遊矢としてもこの街で2人とはぐれるのが最悪のケースだと理解できてはいるが恥ずかしくて仕方がない。おかげで平静を装うのにも一苦労。少しでも気を抜けば赤面まっしぐらである。
「坊主、もう少しでつくぞ」
「わかりました…」
もう少しの辛抱。あと少しでこの状況も終わる。そう心のラストスパートをかけた遊矢だが、実は道は半分も終わっていない。帰る際にも同じ展開が待っている事に気づかずにいた。
その後遊矢は目的通り服を入手した。それも無償で。
実は服屋の主人である猪の獣人はヴァリオンの知り合いだったのだ。なので事情を説明すると快く譲ってくれた。遊矢としても申し訳ないとは感じるも厚意に甘えお礼を言いながら店を出ることにした。
当然店を出る前に悪意のまったくないフェイルが微笑みながら手を差し伸べてきたので、家に戻るまでずっと遊矢はフェイルと手を繋ぐことになったのは言うまでもない。(ちなみにその光景を見ていたヴァリオンと服屋の主人は、まるで紳士がエスコートするようだなと思ったとか思わなかったとか)
家に戻った後は夕食を食べ、もう一度遊矢の今後について話し合い眠ることになった。
その際、一つしかない客用の布団はどちらが使うのかという問題が起きたが、ヴァリオンの放った『お互い譲り合って無駄に時間消費するの目に見えるからもう一緒に寝ちまえ』の一言であっさり解決。遊矢としてはどうにかして回避したいルートだったが結局フェイルに抱きかかえられて強制連行。
さらには布団の中でも抱きしめられ恥ずかしさでどうにかなりそうだった。その為眠れないかと思っていたがあっさりと眠りに落ちることになる。遊矢が知るよしもないのだが実は馬車の中を含め、フェイルが睡眠魔法をかけたのだ。
そして朝。
「………」
「おはよう。遊矢」
「おはよう。フェイル」
遊矢が起きると目の前にはフェイルの顔が。自分が起きるまで寝顔を見られていたのかもしれないと疑問はあるが、掘り下げないことにした。
その後布団から出たフェイルは朝食の準備に取り掛かり、遊矢はヴァリオンに連れられ家の外へ。ゼラルドの獣舎へ向かうらしい。
ゼラルドというのはヴァリオンの馬車を引いていたオスの馬、というよりはスケイルホースと呼ばれる魔物の一種で、普通の馬と違い体に鱗が生えている。また個体によって毛と鱗の色が違い、ゼラルドは白毛銀鱗。
そんなゼラルドの獣舎へなぜ遊矢も向っているかというと、ヴァリオン曰く遊矢の事を結構気に入っているらしい。なのでゼラルドの朝メシをやる際に顔を見せて欲しいとのことである。
しかし遊矢はゼラルドとのファーストコンタクトが匂いをかがれ、数回頬擦りされたぐらいだったので、そこまで懐かれているとは思えなかった。とはいえ馬車の中では寝てしまい、その後も買い物に行って夕食を食べて寝てと、あの後に一度も会っていないので喜んでヴァリオンについていく事にした。
獣舎にはすぐに着いたがゼラルドは外の水場で喉を潤していた。そして遊矢達に気が付くとゆっくり歩み寄ってきた。自分の身長以上の体高のゼラルドがこちらに来る姿はなかなかの迫力である。
「ゼラルド。おはよう」
そして近づいてきたゼラルドの頭を撫でようと手を伸ばす……がその手は空を切った。
何故か?避けられたからだ。
そしてゼラルドは無防備になった遊矢に顔をズイッと近づけその顔を大きな舌で思いっきり舐め上げた。
「ちょ、ちょっとまえぶっ」
顔を押さえて止めようとするもゼラルドの方が力は強く執拗に顔を舐められ続ける。たまらず遊矢が距離を取ると背中に何かぶつかり脇の下に感触が。
振り向くとヴァリオンにぶつかったのだとわかった。盛大にニヤニヤしながら自分を羽交い絞めにするヴァリオンに。
「せっかくだ。存分に可愛がってもらえ」
ヴァリオンの両手が遊矢の顔を強制的に前に向かせて固定。視界に映るは当然ゼラルド。反論する間もなくゼラルドの舌が遊矢に襲い掛かり、その口は物理的に封じられた。
結局遊矢が解放されたのはおよそ10分後。その間中ずっと遊矢はゼラルドに顔を舐めまわされ大量の唾液を塗りたくられた。更にはあまりの舌の力強さに口内への侵入を許してしまいいくらか唾液を飲まされる始末。
解放された遊矢は涙目でヴァリオンを睨みつけ、反対にゼラルドは実にすっきりした顔をしていた。
「ヴァリオンさん…」
「悪かった…。正直興味本位でいつまで続くか試してみたってのはあるんだが、まさか俺が止めるまでやめないなんて思わなかったんだ」
「………」
止めが入らなければいつまで続いていたのか。遊矢としてはものすごく考えたくない事である。
その後ヴァリオンは魔法で水の球体を出し、自分がゼラルドのメシを用意するから顔を洗っておけと言い、獣舎に入って行った。だというのにゼラルドは未だに遊矢のそばから動いていない。そして警戒しながらも遊矢が顔を洗い終えるともう一度近づいて来た。
しかし今度は肩に顔を軽く乗せ頬擦りしてくるだけだったので遊矢は安心して受け入れることにした。毛の生えている首下を撫でれば気持ちよさそうに目を細める。
「しっかし随分と気に入られてんなぁ。コイツ結構気難しい奴だから驚きだぜ」
いつの間にか戻ってきたヴァリオンが声を掛ける。
「まあ、俺も驚きましたよ。最初会った時と全然違いますから…」
「ああ、それについては予想がつくぜ。昨日の坊主はこの世界に来て恐怖と不安でガッチガチだったろ?多分ゼラルドはそれを察して坊主への過度の接触は控えたんだろ」
(そうだったのか…。あの時は俺を気遣って………ん、待てよ)
「じゃあ今日はそう言った不安とかがなかったから、遠慮も無しに思いっきり来たと?」
「そうなるな」
「これからゼラルドと会うたびさっきのような目に合うと?」
「そうなるな」
(次からはすぐに助けてくれるヒトと一緒に来よう)
遊矢としても気持ちは嬉しいが遠慮願いたいものである。
「まあ次からは俺もすぐに止めるようにはするから、これからも顔を見せてくれや」
「大丈夫ですよ…、別に嫌いになったわけじゃないですから。ヴァリオンさんにもゼラルドにも感謝してるんです。本当は昨日のうちに言うべきでしたけど改めて言わせてください。ヴァリオンさん、ありがとうございます。ゼラルドもありがとう」
そう言って遊矢は笑った。
「ああ。ちゃんと受け取ったぜ。どういたしまして」
ヴァリオンは遊矢の頭を撫でまわしながら答え、ゼラルドはより強く顔を擦りつけてきた。
「じゃそろそろ戻るか。フェイルに朝食の準備任せっきりだしな」
「はい。またなゼラルド」
「今日俺はついて行けねえが、フェイルが一緒なんだ。安心して行けよ」
「わかってますよ」
昨日話したことを思い出しながら遊矢は答える。
3人で話し合って決めた。フェイルの所属するギルドに入ると。
今日この世界での一歩をようやく踏み出すのだと遊矢は実感する。