「……それを、ひたすら、六時間以上?」
「はい……先輩と夢中になってシていたら、その、六時間ほどで二人とも気絶してしまいまして」
恥ずかし気にモジモジしながらマシュが言う。それに対し私の顔はあいまいな表情をとることしかできなかった。
立香が普段のセックスで十回しか射精しないことを相談してきた彼女は、どういうわけか以前来た時のデンジャラスビースト事件の顛末を話してきた。
冷静な説明口調でありながら、猛烈な快楽に身悶えた彼女の体験は凄まじくエロティックだった。私を顔をひきつらせながらその説明を黙って聞いていた。
「もう何回イったのか、予測するしかないのですけれど、たぶん私は五十回、先輩の方は二十回くらいかと」
「おお、神よ」
私は片手で顔を覆いつつ呟いた。神道の神も聖書の神も特に信仰しているわけではないけれど、そう呟かずにはいられなかった。
私がかつて危惧していた予想は見事に的中した。立香はまさしく絶倫と呼ぶにふさわしい性豪だったのだ。
連続二十回という凄まじい数字を聞くと、はたして息子が人間なのか怪しんでしまう。「英雄、色を好む」という言葉があるが、世界を救った英雄とていくらなんでも限度があろう。
立香が二角目の令呪でアレな命令をしていたというのは知っていたが、まさかそんな事態になっていたとは予想外だった。二人ともあの夜には完全なセックス狂と化していたのである。
「あなたの方は、大丈夫だったの?」
「私はデミサーヴァントなので、心肺機能も人間より頑丈ですから。──それに」
「それに?」
「先輩が、すごく優しかったので」
頬を染めながら答えたマシュの言葉に「なんとまあ」と私は驚きつつ感心した。立香はそれだけの時間を優しくし続けることができたようだ。疲れて動きが乱暴になることもなく、ずっとマシュを労り続けたのだ。
「でも、いくら優しくても避妊しなかったのは減点ね」
「それは、私のせいですから」
「避妊は男女両方の責任よ。誘惑されたからといって、避妊しなくて良いわけじゃないんだから」
「……今は、ちゃんとしてます」
「よろしい。……一応訊くけど『当たった』わけではないんでしょう?」
「はい。カルデアでの検査でも反応無しでしたから」
二十回も膣内射精されたというのに彼女が妊娠していないということは、すなわち受精しなかったか、受精しても子宮に着床しなかったかのどちらかである。
精子は射精から80時間ほど受精能力を保持できるが、卵子は排卵されて約12時間を過ぎると受精能力を失ってしまう、というのを産婦人科の医者から聞いた覚えがある。だからその双方のタイミングが合わなければ受精できない。
また排卵日の前に射精された場合の受精確率は80%にも達するが、そのうち着床して安定期に入るのは30%程度なのだ。合わせておよそ24%。当たる時は当たるし、当たらない時は全然当たらないのである。
彼らの場合、二つのうちのどちらかが原因で妊娠しなかったのである。はたして安心すべきなのか、それとも惜しむべきなのかはわからない。
「で、それが原因でなにかあったの?」少しぬるくなった紅茶を一口含んでから私。「そのためにあの時の、かっとんだ初夜を話したんでしょう?」
「かっとんだ、って……」
私の表現に戸惑いの表情を見せるマシュ。
お前さんは先ほどのアレをかっとんでないと言うつもりなのか、と言いそうになったがこらえた。初夜で六時間ぶっ通しのゴム無しセックスするカップルがそうそういてたまるか。
令呪のせい? その令呪に喜んでいたのはどこの娘さんでしょうかねぇ。
「あの一晩で私、イキやすくなるクセ、のようなものがついてしまって」赤くなった両頬を手で押さえながらマシュ。「先輩としていると、すぐに……」
「令呪の効果?」
「……いいえ、もう解呪されていますから、私の身体が……」
令呪の効果か、とも思ったがそれは違うようだ。マシュはいつぞやのように俯いてしまった。すでに耳まで赤い。
「先輩が優しすぎるのがいけないんです。いつも優しくて、暖かくて、素敵で、たくましくて、格好良くて……。そんな先輩に抱かれたら、私、もう」
「そんなに優しいんだ、立香は」
自覚していないらしいマシュのノロケをとりあえず流す私。
「でも、あなたが気持ち良いならそれで良いじゃない」
「先輩には、もっと気持ち良くなって欲しいんです」
「……十回も二十回もしておいて、まだ上を目指すの?」
そうじゃないんです。とマシュは少し後ろめたそうに答えた。「私がイクと身体がこわばって、先輩に強くしがみついてしまって、どうしても先輩の動作が中断されてしまうんです」
「そうやって中断されちゃうエッチで立香が満足できているか不安、ってこと?」
「……はい」
なるほど、そういう方向の心配なのかと私は納得した。なぜ初夜の説明までしたのかもこれで答えが出た。
始め、体力的な問題で立香が十回しか射精できないことを悩んでいるのかと思ったが、意外とまともな悩みであった。私はそれにホッとしつつ思案した。
マシュは立香に性経験を教えてもらうまで達したことはない。つまり、まだ絶頂の強い刺激に慣れてないのだ。思わず立香にしがみついてしまうのも理解できる。
かなり珍しいケースであることに変わりはないが、これもまた性の不一致──正確にはそれを危惧する悩みだ。
「そんな程度のことで立香はあなたを捨てたりはしないわよ」
「でも、先輩が我慢していることには変わりないです」私の言葉に反論するマシュ。「私のせいで先輩が我慢することになるのは、あまり好ましくないです」
本当にこの娘は健気だなぁ、と私は嬉しく思いつつ悩む。立香を想ってくれるのはとても嬉しいのだけれど、こういう話では相手のことばかり考えるのも良くないのだ。
「立香が本当に不満なら、雑なエッチであなたをイカせなければいいだけの話よ。あなたのことを愛しているなら、そのくらい我慢に入らない」ニコリと微笑みを向けてやる私。「むしろ楽しんでいるかもしれないわよ」
「我慢しているのに、ですか?」
「ある種の征服欲、もしくは達成感みたいなものね。男性は自分の手で女性が気持ちよくなっているのを見ると『この女を俺のモノにしたぞ』って感じるのよ」
「そうなのですか?」
キョトンとしてしまうマシュ。温和な彼女に男性の征服欲を納得させるのは難しいだろう。
「女からすると理解しがたいけどね。少なくとも、身も心も開かなければ女は達しないわけだから間違いじゃないんだけど」私は肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら続けた。「立香も、同じようにあなたを『自分のモノにしたい女性』って考えているのよ」
「私を、先輩のモノに……」
「一番しっくりくる表現は『独占欲』ね。立香が他の女性と話しているのを見て、あなたは心がモヤモヤするでしょう。それが、独占欲」
マシュがカルデアから飛び出してきた理由がそれなのだ。嫌でも彼女はそれを理解しているはずだろう。男性のそれとは少し質が違うのだけれど、女性にも独占欲は存在する。
「立香があなたに愛の告白をしたのは、あなたを他の男のモノにしたくない、自分の女にしたい。そういう感情が働いていたんでしょうね」
「私はすでに先輩のサーヴァントなのですが」
「それとこれとは違うわよ」小さく鼻で笑う私。「立香はあなたに『好き』を伝えたってことは、あなたを自分の女にしたい、あなただけの男になりたいってことなのよ。だからあなたに優しくしているし、あなたをたくさん気持ちよくさせたい」
「だから、心配する必要はない、と?」
「そうね。立香にとってみれば、あなたが夢中になってくれる方が嬉しいんじゃないかしら」
頬を桜色に染めつつ目を逸らしてしまうマシュ。きっと初夜のことを思い出しているのだろう。過激な初体験だったかもしれないけれど、彼女にとっては自身の世界を広げる素晴らしい体験だったのだ。
「そんなに悩まなくても、大丈夫よ。心地よいエッチをしてあげたい、と思うあなたの優しさは、立香もわかってるはずだから」
「……はい。お母さん」
少し戸惑いつつマシュは頷いた。その了承は「納得」というよりも「信頼」によるものだと私にはわかった。この娘は立香と私を信じてくれたのだ。
「若い今のうちにたくさん楽しんでおきなさい。性の喜びも人生の楽しみの一つなんだから」
「えへへ」
照れたように笑うマシュ。本当に彼女は可愛らしかった。この少女はこれからも立香に導かれ、あるいは彼女自身が切り開くことで新しい世界を目の当たりにするだろう。
良いことも悪いこともあるかもしれないが、それは全てこの娘の人生を飾る色彩になるはずだ。
そんな風に思っていると、隣に置いたカバンがもぞもぞと動くのがわかった。フォウくんが起きてしまったのだ。
「──もうこんな時間。そろそろ帰りましょう」
「そうですね。──フォウさん、ちょっとだけ我慢していてくださいね」
店の壁にかけられた時計を見れば、もう四時になろうとしていた。私たちは会計を済ませると帰途についた。フォウくんの存在はうまいことバレずにすんだ。
「でも、不思議です」
「んー?」
カフェからの帰り道、フォウのモフモフを堪能しながら歩いているとマシュから話を振られた。歩きスマホならぬ歩きモフモフだったが私は欲望に逆らえなかったのだ
私はフォウの柔らかな腹部から顔を離して彼女を見やった。仕返しのつもりかフォウが前足で私の顔をペシペシと叩いてくる。肉球の感触が最高だ。
「私が先輩に抱いている感情です。先輩のことを想うと胸が苦しいのに、考えることを止められないんです」照れたようにはにかむマシュ。「彼とずっと一緒にいたいし、彼を独り占めしたいと思うし、彼のためならなんでもしてあげたいって考えてしまうんです」
私は一拍置いて彼女が言わんとしていることに気が付いた。それはこの娘の胸中に新しい感情が生まれたことを指し示すものだった。立香との熱い夜を過ごしたことで、彼女は新しい感情を自覚することができるようになったのだ。
「それが『恋』よ」
「これが、『恋』」感慨深そうに呟くマシュ。「……とても不思議です。こんなに苦しいのに、ちっとも嫌じゃない」
「相手を思うと胸がキュンと苦しくなる。相手と一緒にいたい。相手を独り占めしたい。相手のためならどんな犠牲でもいとわない。これが恋愛感情」
何かの本で読んだのだけれど「相手と一緒にいたい」「独占欲」「自己犠牲」確かこの三つが「愛」の基本要素だったはずだ。「恋」となるとそこに性愛が加わる。それによって心がキュンとしたりする。
マシュはようやく、立香への恋心を言葉にできるようになったのだ。時間が経てば自然とそれを理解できるようになったであろうが、立香が告白し、立香と性の喜びを体験したことで彼女は急速にそれを自覚したのだ。愛だけならともかく、恋と性は切り離せない関係だからだ。
「少なくとも私から見た限り、あなたが立香に抱いているのは恋愛感情よ」
「とても、不思議な感情ですね」
「でも、悪くないでしょう」
「はい」
私は心の中で喜んだ。マシュが立香を愛してくれるのもそうだけれども、なにより彼女の成長が喜ばしかった。性の喜びを得るのもまた成長だ。立香ともども、この子たちは現在進行形で少しずつ成長している。
私は彼女の実母ではないけれど、その成長を祝福してやりたいと思っていたし、実際心の底から祝福している。子供の成長を実感する喜びの、なんと大きなことか。私はフォウを抱っこしながらその喜びに浸る。
「私、マシュさんのこと大好きよ」
「私も、お母さんのこと大好きです」
そうお互いに言って、えへへと笑い合う。
恐らく立香への恋心を理解する前までは、こんなことを言われても彼女は答えに窮してしまっただろう。向けられている感情が恋なのか親愛なのか判断できないだろうからだ。
しかし今は恋愛感情をキチンと理解し、自身に向けられる好意の種類を区別できるようになっている。だからこそのこの返答だ。彼女の世界はまた広がったのだ。
そして彼女の成長を促したのもまた、立香だ。マシュがそれに気づいているのかはわからないが、立香は着実に彼女の世界を広げ、その色彩を堪能させている。
なんて美しい二人だろう。しかもその二人とも私のことを「母」として慕っているというのが、本当に嬉しい。私は二人を応援し、見守ってやることぐらいしかできないけど、彼らの成長を目の当たりにできることが、何よりも喜ばしかった。
「え、エクスキューズミー」
そうやってマシュと微笑んでいると、突然背後からたどたどしい英語で声をかけられた。
マシュと一緒に振り向いてみると、そこには二名の女性警官が立っていた。そのそばには乗っていたであろう自転車が立てられている。
「はい、なんでしょうか?」
「あ、日本語通じるんだ」
マシュの返答に婦警二名はホッと息をついた。
「ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、まずパスポートを見せていただけますか?」
「はい、どうぞ」
マシュがカバンからパスポートを取り出して彼女たちに渡す。日本のそれは菊花紋章のみのシンプルなデザインだが、イギリスのパスポートは獅子とユニコーンが描かれた豪奢な代物だ。
「えーと、ま、マシュ……」
「マシュ・キリエライトです」
婦警たちが英文の表記を苦労して読もうとしているのをマシュが手助けする。そういえばマシュの英文での綴りを私は知らない。意外と読みにくいのかもしれない。
「ありがとう──マシュ・キリエライトさん、イギリス国籍、歳は十七。……ふむ」
「あの、なにか問題でも?」
「実はこの前、警察に通報がありましてね」
ギクリ、とその言葉に私は身を固くした。やましいことが無ければ警察官を警戒する必要はないのだけれど、今現在においてはやましいことがあるのだ。
実はマシュを家に泊め置いている現状は、違法なのだ。
家出した未成年を保護者の同意なく家に泊め置くことは、たとえ本人の同意があったとしても法に触れる。未成年者略取及び誘拐罪という罪だ。三か月以上七年以下の懲役刑に処せられる。
カルデアから家出してきたマシュが我が家を頼ってきた以上、泊める以外になかったのだけれど、それはマシュの親、あるいは保護者からの同意がないことに他ならない。つまり、違法だ。
そのためなるべく交番の前を通らないようにしてきたのだけれど、どこからか情報が漏れたのだろうか。
「どんな、通報で?」
こわばりながら私が訊くと先輩らしき婦警が口を開いた。
「実は数か月前に大学生くらいの日本人男性が、外国人の少女を連れてラブホテルを利用していたとの目撃情報がありまして」
その答えを聞いた瞬間、すべての事象が凍り付いたように感じられた。
「ファッ!?」と私。
「ええ!?」とマシュ。
「フォウッ!?」とフォウ。
三者三様の驚き方をしてしまう私たち。特にマシュの慌てふためき方は尋常ではなかった。
まさか、あれか。私にはそれに心当たりがあった。立香とマシュが初夜を迎えた次の日、私が小遣いを与えて街に送り出したことだ。
てっきり映画館とかゲームセンターとか買い物とかしていると思っていたのだが、まさか。
「その外国人の少女の容姿が、あなたにそっくりだったもので」
「み、見間違いかもしれませんし」
「防犯カメラに写真が残っていましてね」苦笑いしつつ後輩らしき婦警。「身長160センチ前後、ピングブロンドのショートヘアーに、眼鏡の可愛い女の子でした」
あなたそっくりでしたよ、と優し気に言われ「あわわわわ」と半ばパニックになるマシュ。いや、意外とそっくりさんがいるかもしれないですよ、と多少無理やりではあるけれども反論しようと頭を巡らせていると、先輩婦警が私の方を向いて口を開いた。
「お連れの男性も、顔つきがあなたによく似た男の子でした。身長170センチくらいの」
その言葉で反論を完全に封じられてしまう私。この自分によく似た顔の男の子など一人しかいない。どう考えても私の息子です。本当にありがとうございました。
「お二人は、どういう関係で?」
「……嫁と姑の関係です。未来の」
「可愛いお嫁さんですね」
微笑みを向けてくる婦警二人。しかし今はその笑みがとても痛かった。どうしてくれるんだこの空気。
「でもラブホテルの利用は十八歳未満の場合は違法ですよ」
「ごめんなさい、私、知らなくって」蚊の鳴くような声でマシュが答える。
「彼氏に誘われたの?」
「いいえ、デートで歩き疲れていたら『休憩』の文字が見えたので。『そういうこと』をするための施設だと思わなくて、私から……」
「『そういうこと』された?」
「……いいえ、少しお昼寝をしただけです」
ふうん、とちょっと訝しみつつ、とりあえず納得した表情をする婦警。
「ラブホテルはフロントを通さずに部屋へ入るシステムも多いから、年齢確認しづらいところもあるししょうがないけどね。警察に怒られるのはホテル側なんだから、ああいうところは十八歳になってから使いなさい」
「は、はい」
「彼氏さんと仲良くね」
そう言って婦警はパスポートを返すと、自転車に乗って去っていった。パトロールの最中に偶然見かけたから声をかけただけだったのだろう。
しばらく立ち尽くしたのち、私はマシュを問いただす。
「で、実際のところどうなの?」
「……めちゃくちゃセックスしました」
「どっちから誘った?」
「……先輩に『そういうこと』のための施設だと教えてもらって、私から」
「何時間した?」
「……三時間ほど」
「避妊した?」
「……しませんでした」
「楽しかった?」
「……はい」
「そっか」
私の口ぶりに安心したのか、ホッと安堵の息を漏らすマシュ。あいにくだったな、それはフェイクだ。
私は抱っこしていたフォウを手早く自身の肩に乗せると、空いた両の手でマシュの頬をつねった。
「ふにゃあ!?」
「……親の金でラブホテルとはいい身分してるじゃない」
「いひゃいいぇす、おひゃあしゃん」
マシュの両頬をぐいぐいと左右に引っ張る私。涙目になりつつ呂律がまわっていないマシュ。
「あなたたちはもう少し『節度』というものを学びなさい」
「みゃあああああ!」
そうして私はしばらくマシュの頬をつねったり押したりこねくり回したりして弄んだ。
しかしながら、私は本気で怒っているわけではなかった。息子とマシュが、性の喜びを堪能していることを知ったからだ。優しさと喜びに満ちた、暖かいひと時を二人は楽しんでいる。
ただ節度を知らないというのは問題だ。そのあたりの常識も教えてやらねば。さてどう教えたものか。
私は悩みつつ、マシュの頬の柔らかさを堪能した。幼いころの息子の頬を思わせる柔らかさだった。
まったくもう。手間がかかる子供たちだ。