雲ひとつない空。ギラギラと照りつける太陽。荒涼たる岩の砂漠。そして大地に穿たれた無数の大穴。あちこちから上がる黒い煙。それから思い出したかのように巻き起こる大爆炎と砂嵐。
「次、来るぞ。トラックナンバー104。方位270。突入角40度。速度マッハ10!」
「はいはーい。じゃあお兄さん当てちゃうよー。『ハメシュ・アヴァニム(五つの石)』!」
空の彼方から地表へ落下する巨大な岩塊。それを迎え撃つように地表から空へ立ち上る大威力の弾丸たち。
「直撃確認。対象は十個ほどの破片に分裂。破砕衝撃波、来るぞ!」
ドン、と特大の太鼓を思い切り叩いたような重い音が響く。それから舞い上がった砂の壁が叩きつけられる。
「よし、いいぞ。落着を確認。対象の材質を確認せよ」
「続いてトラックナンバー105。大気圏突入。30秒後に迎撃範囲到達」
「今度は私が迎撃しよう。迎撃ミサイル発射、サルヴォー!」
そして再びの光条が空から落ちてくる。再度地上からの迎撃が上がる。今度は弾丸ではなく緩やかな曲線を描くミサイル群。それらが超音速で空の彼方へと向かい、落下する光条と衝突して爆発する。
「ノルマまであと5トンじゃ。張り切っていくぞ!」
爆破から降り注ぐ岩の破片。その中でも速度が早く危険と判断されたものには、三千発もの弾幕が迎撃にあたり粉々に粉砕する。
どこの世紀末な戦場だ、と言いたくなるが、まさかこれが指輪作りの現場であるとは誰も思うまい。
第五特異点のアメリカはネバダ砂漠。そこで現在進行している指輪作りは三つの段階に分けられる。
一つ目、地球近傍を漂っている手ごろな小惑星を見つけ、ネバダの砂漠に向けて落とす。
二つ目、落下してきた隕石を粉砕して、その破片を回収する。
三つ目、鉄隕石と炭素質隕石に分別して、それぞれ加工する。
正直な話、指輪を作るスケールの話ではない。しかしこれを大真面目にやっているのがこの特異点に急遽集められた英霊たちである。
地球近傍の小惑星を探し出すのは楽だ。なにせこの特異点の年代は西暦1783年。現代から二百年ほど過去にあたる。現代で発見された小惑星がこの時代にどのあたりを漂っていたのかはカルデアのコンピュータを用いればすぐにシミュレートできる。
あとはその小惑星にモリアーティ教授の宝具「終局的犯罪(ザ・ダイナミクス・オブ・アン・アステロイド)」を行使すればネバダ砂漠に落下してくる。
現代への干渉を最小限にするため、落とす小惑星は固有の名前もない、小惑星番号がふられただけの小さなものに限定してある。
小さいとはいえ、それらがそのまま落下してしまえば落下地帯は衝撃波でめちゃくちゃになってしまう。それゆえ迎撃して運動エネルギーを殺す必要が出てくる。
迎撃もまた三つの段階で行われる。
まずはエジソンが管制するレーダーシステムで隕石の位置を確認し、モリアーティ教授の保有するミサイルで迎撃する。
それから撃ち漏らしたり砕けた大きめの破片はダビデ王の宝具「ハメシュ・アヴァニム(五つの石)」で破砕する。
最後に、軌道を外れて味方へと飛んでいく破片を織田信長の宝具「三千世界(さんだんうち)」で迎撃。旧式の火縄銃とはいえ、三千発もの弾幕は迫り来る破片を粉砕するのに充分だった。
これで隕石は完全に運動エネルギーを殺され、周辺へ衝撃波による被害を出さなくなる。
この迎撃方法を提案したのはマスターたる藤丸立香だ。曰く「イージス艦をマネした」とのことだった。
イージス艦もまたミサイル、砲弾、対空機銃、の三段階で迎撃するのだという。「神の盾」を参考にしただけあって効率的な迎撃方法であり、なおかつサーヴァントたちへの被害がほぼゼロで抑えられた。
こうして砕けた破片は鉄隕石と炭素質隕石だけ回収される。
炭素質の部分はオジマンディアスの従える神獣たちによって10キロメートル先に構えられた神殿に運ばれる。
そこで高い圧力によってダイヤモンドにされるわけだが──あろうことかオジマンディアスはピラミッドを上下からぶつけるというとんでもない発想でそれを達成しようとしている。
隕石を破砕している場所から視線をずらすと、10キロ彼方で二つのピラミッドが打ち合わされている非現実的な光景を見ることができる。
力加減を間違えるとダイヤモンドの結晶が小さくなってしまうらしいので、オジマンディアスは何度も何度もダイヤモンドの合成を繰り返している。最初の頃よりは上手くいくようになったそうだ。
指輪の原料であるプラチナは鉄隕石に含まれているため、回収された鉄隕石は茶々の管理する炉に集められる。
茶々の宝具で大爆炎を起こし、鉄ごとプラチナ成分を融かすのである。細かい温度はスカサハがルーン魔術で調節し、融けた隕石からはジェロニモとメディアが魔術でプラチナを分離する。
抽出されたプラチナは指輪として加工されるわけだが、これだけはマスター・藤丸立香の担当だった。プラチナが集まったら魔術のサポートを受けつつ指輪へ加工する。
今は天幕の中でエジソン製のプレス機やら研磨機で婚約指輪をほぼ完成にまでこぎ着けたところだった。あとはオジマンディアスのダイヤモンドが届くだけだ。
未だに隕鉄の確保を進めているのは、結婚指輪の分と、ティアラをはじめとする装身具の材料を集めるためだ。隕石由来のプラチナや金を手に入れられる機会などめったにないし、ついでに魔術的に貴重な隕鉄も手に入るので一石二鳥だった。
「マスター、これ飲んでー。甘くて美味しいから」
「ありがとう、茶々」
妾(わらわ)は指輪の加工に苦労するマスターに冷えた飲み物を淹れてあげた。カルピスという酪(らく)を水で薄めたような飲料だ。炎天下の中これを冷やして飲むと最高に爽快だった。
「少し休むと良いと茶々は思うぞ。お主はずっと作業しっぱなしじゃ」
「うん。そうだね。じゃあ休憩するよ」
そうしてマスターは休憩用の椅子に移動して腰を下ろした。天幕の中ではマスターと妾を含め、ジェロニモとスカサハとメディアが休んでいた。炉に鉄隕石の破片が一定量溜まるまでこうして休んでいるのだ。破片を運んでくるのはオジマンディアスの統括する神獣兵団だ。
「お主らもこれを飲むといーぞ」
「ああ、かたじけない」
「うむ。いただこう」
「ありがとう。いただくわ」
妾は彼らにも冷えたカルピスを提供した。この天幕の中はルーン魔術によって冷房が効いているのだが、先ほどまで外の炎天下で炉を管理していた彼らには冷えた飲み物はありがたかったようだ。
デミサーヴァントを除けばサーヴァントに食事も飲み物も必要ない。だが舌にも腹にも感じるものがないというのは堪えるのか、飲み食いするサーヴァントは多い。精神安定剤のようなものだ。
彼らに淹れたあと、妾もカルピスをイッキ飲みした。生前には体験したことのない爽やかな甘味だった。太閤殿下や息子たちにも味合わせてやりたいほど美味しかった。
「──あとはダイヤモンドだけだな」カルピスを飲み干したスカサハが言う。「加工は任せよ。ゲイ・ボルクの刃であればカッティングなどたやすい」
「助かるよ。ダイヤのカットだけは無理そうだったから」
そう言って笑みを向けるマスター。槍を振り回して小さな宝石をカッティングする、ということに突っ込まなくなった辺りはやはり人類最高のマスターである。これだけの英雄豪傑を従えるにあたって、もはや常識など通用しない。いっそ常識を捨てた方が適応できる。
くつろぎながら、自身が鍛造したプラチナの指輪を眺める藤丸立香。まだダイヤモンドは埋め込まれていないが、それを見つめる眼差しには達成感のようなものが含まれていた。
「早くマシュに渡したいか、マスター」
ジェロニモが尋ねる。普段から冷静沈着な戦士の顔にも、どこか陽気な感情が見てとれた。そんな彼につられてマスターもはにかむように微笑んでいた。
「うん。でも緊張しちゃってさ。完成するのがちょっと怖いくらいだよ」
「それはそうだろう。それが完成したら、きみは人生で最大の戦いに赴かなくてはならないのだからな」中身を飲み干したコップを立香に向けて掲げるジェロニモ。「本来、戦いというものは避けるべきものだが、きみのそれは違う。絶対に向き合わなくてはならないものだ。生きるか死ぬかの重大な戦いさ」
「そんなこと言われると余計に緊張するよ。まだゲーティアと戦う前の方が気楽だった。あの時みたいに助けてよ」
「今回は時間神殿と違って救援には行けないぞ。正真正銘、きみ一人の戦いだ。きみ一人でマシュと向かい合って成すべき戦いだ。それがプロポーズというものさ。泣き言を抜かしてはだめだぞ」
「茶々ー、ししょー、メディアさーん、ジェロニモがいじめるー」
「男なら当たって砕けろ、じゃぞ」と妾。
「男は度胸。泣き言を抜かすな」とスカサハ。
「軟弱な男は嫌いよ」とメディア。
「うへー」
がっかりしたような声を出しつつも、マスターは笑顔を絶やすことはない。怖いとは思っていても、彼の心はその程度でへこたれるほどヤワではなかった。でなければ人理修復の大業など完遂できるものではない。ここにいる全員がそれを知っている。それゆえの返答だ。
そのやり取りにマスターを含めた皆が微笑みを浮かべていると、なにか思い出したかのようにスカサハが口を開く。
「──ああ、だが、不思議なものだな」
「なにが?」
「一年も経たずして、ここまで成長したお主たちが、だ」
感慨深そうにマスターを見つめながらスカサハは言う。
「最初に出会った時はマシュともども未熟な子供と思っていたものだが、それが今やゲーティアを倒し、人理修復を成し遂げ、そして人生の伴侶を得ようとしている。……本当にあっという間だ」
「そうね。首も据わっていなかった赤ん坊が、いつの間にかハイハイしはじめて、一年足らずで二本の脚で歩き始めた」スカサハに続くようにメディアが言う。「本当にそれぐらい早くて、びっくりするぐらいの成長よ、あなたたち」
「……そんなに、成長しているものなのかな」
二人に言われてもマスターはその実感がないようだった。己の成長というものは自分だけではわからないものだ。
それは妾も同意見だった。妾はそのゲーティアと戦った後にカルデアに召喚された英霊であったため、人理修復を始めたころのマスターやマシュのことは知らない。しかしその顔からは、彼らが経験してきたとても多くの経験が見て取れた。
多くの生と死を見た。多様な平和と戦いを見た。数えきれないほどの救済と殺しを見た。そんな彼らの経験は間違いなく素晴らしい成長につながったことだろう。
つい最近であった妾でさえそれを察することができたのだ。マスターの母親であれば間違いなくその成長を実感することだろう。
マスターは手のひらの上に乗せられた一組の婚約指輪を照明にかざし、呟くように言う。
「母さんも言ってたよ。『すごく大人っぽくなっていた』って」
「それは、よかったな。きみの母親はさぞ嬉しかったのだろう」とジェロニモ。
「そんなものなの?」
「親とは、子の成長を喜ぶものじゃ」妾は言ってやった。「子の成長を喜べない親など、それはもう親とは呼べぬ」
妾にもまた二人の息子がいた。一人は三歳で、もう一人は二十一歳で亡くなったが、あの子たちの成長していく様はこうしてサーヴァントになった今でも鮮明に覚えている。
そしてその成長していく様が、なによりも喜ばしかったことも。
胎の内側から蹴られた時のこと。産まれた日のこと、ハイハイできるようになった日のこと、二本の脚で歩いた瞬間のこと。
妾や父である太閤殿下を呼べるようになった時のこと。家族で一緒に花見をした日のこと。元服した日のこと。嫁を迎えた日のこと。孫が産まれた日のこと。
──そして妾の目の前で冷たくなっていった時のこと。
それらのすべては、四百年経った今でも忘れてはいない。最期は悲しかったが、あの子たちを産んだことに後悔は微塵もない。
だからこそ妾は断言できた。その成長を喜ぶ感情こそ「親」の証なのだと。実子であろうとなかろうと、子が成長する様を見て誰よりも喜べたなら、その者は親と呼べる存在に他ならない。
「妾はマスターの親に会ったことはないし顔も知らぬ。じゃが、親だというのなら、お主の成長を誰よりも喜んだはずじゃ」
「──母さんは褒めてくれたよ」妾の言葉に一瞬キョトンとしていたマスターだったが、そのあとすぐに優しい笑みで返してきた。「『良く頑張ったね。母さん嬉しいよ』って、言ってくれた。頭を撫でてくれた」
マスターの口調からは、その時の喜びや感動がありありと浮かぶようだった。妾は彼の母親の言葉とやらに深く頷いた。
「ならばお主の母上は良い母親なのじゃ。マスターのような息子とマシュのような娘を持てて、さぞ嬉しかろう。良く敬うと良い」
「……うん」
マシュのことを「娘」と表現したことで、マスターは少し顔を赤らめていた。己の母の娘になるということは、親の養子になるか、あるいは己と結婚して家族になることを意味する。
数々の戦いを共にくぐり抜け、強い絆を結んだ愛しい女と家族になる。彼はそれを意識したのだ。世界を救った者としては慎ましやかな幸せだが、彼らにはそれがとても似合っていた。
それを想像して微笑ましく思っていると、他の三人が妾にポカンとした表情を向けていることに気づいた。
「なんじゃ、お主らのその顔は。妾が真面目な話するのがそんなにおかしいか」
「あー、いや。普段のイメージと大分違ったのでな」
「たわけもの。茶々はれっきとしたレディーじゃぞー!」
妾はいつも通り子供っぽい顔で怒りを表現した。それを見てホッとする面々。まったく失礼なやつらだ。
サーヴァントとして現界してから素の自分を見せたことがあるのはマスターだけだ。他の者は天真爛漫な妾しか知らない。
そういう意味では少し後悔した。此度の現界で素の妾を見せるのはマスターと親類の織田信長、それからマシュまでにしておきたかった。
「それはそうとマスター。その口振りからすると、母親に人理修復の話をしちゃったのね?」
「あー、うん。おおざっぱにだけど」
追及するようなメディアに言葉を濁すマスター。この焦った顔を見るにかなりの部分を話してしまったのだろう。
「魔術とは秘匿するものだと、あれほど口を酸っぱくして言ったのに」
「ごめん。でも母さんには、どうしても言っておきたかったんだ。母さんに隠し事なんてしたくないから」
彼の言葉には母親への深い信頼が見てとれた。息子にこれほど慕われるのだから、さぞ良い母親なのだろう。
「母親に伝えたのなら、父親にも後できちんと伝えておくといい。一人だけ除け者はかわいそうだぞ」父親の立場を代表してジェロニモが言った。
「カルデアに行くのを反対された仕返しさ。大学行けってうるさかったんだ」いたずらっ子のような笑みを浮かべるマスター。「でも後で必ず伝えるから、大丈夫だよ」
「このさい、いっそセルフギアススクロールで口封じを……」
「人の親に何をするつもりだ」
不穏なことを口にするメディアの頭をスカサハがゲイボルクの石突でコツンと叩く。
「マスターのことだ。母親の口が軽ければそもそも話したりはしない」
「まあ、そうでしょうけど。魔術に携わる者として、神秘の秘匿は義務でしょう」
「こやつは魔術師である以前に人の子だ。親に誉めてもらいたいと思うのは当然だ。それくらい許してやれ」
母に誉められたいという欲は、正常な家庭で育った人間ならば誰にでもある。マスターもまたそうだったのだとスカサハは言った。
「らしいじゃないか。世界を救ったあと『ボク頑張ったよ』と母親に自慢する救世主なんて」
「──うふふ、可愛いマスターさんだことで」
「それ、誉めてるの。それともバカにしてるの?」
スカサハとメディアのやり取りにマスターが突っ込む。
「どう考えても両方に決まっているさ」
そこへ畳みかけるようにドヤ顔でジェロニモが言う。するとマスターは「うううう」と悔しそうにうなって、妾に縋るような視線を向けてきた。
「茶々-、三人がいじめるー」
「おー、よしよし。茶々が慰めてあげよーぞ」
マスターが妾の高さに合わせて頭を下げてきたので、要望に応えて抱きしめるようにその頭を撫でてやった。
妾は他の三人に聞こえないよう彼の耳元へささやいた。
「妾に甘えるのも良いが、きちんと母上にも甘えるのじゃぞ」
「……うん」
「うむ。良い子じゃなマスターは。あとで甘い汁粉を馳走しようぞ」
「わーい」
妾はしばらく彼の頭を撫で続けた。
優しく撫でた彼の髪からは、息子の頭を撫でてあげた時と同じ、爽やかな汗の匂いがした。
小さくため息をついた妾は、思う。
まったくもう、手間のかかる子供らなことで。