※この作品はR-18です。

貴方/君のアイの容(カタチ)を知りたくて【前編】   作:U-A-tube

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Act2:婉曲していく睦言(R-18)

 Act2:婉曲していく睦言(R-18)

 

 

 

「ふ、んぅ。ちゅっ、ふっ、ぅん」

 

 自分の舌が"女"の口腔内に侵入していく。

 唇が触れ合うたび、舌をねじ込むたび、味蕾で彼女の口の隅々まで犯す感触で唾液が分泌されていく。

 その度に女は我慢できないと言いたげに声を漏らす。

 声に宿る感情は苦悶か、期待か。どっちでもいい。

 

「ん、ぷぁっ! ふ、ぁぁぁ―――ふぅぅ、ちゅっ、ふぁ、ん」

 

 ただ、そればかりだと互いに呼吸困難になってしまう。へばるのは確実にこちらが先なのだろうが、別に女を苦しめたい訳でもない。

 仕方なく口を放し、酸素を肺胞にたっぷり蓄えてから再び貪る。

 甘い。ひたすらに甘く、熱かった。

 味わう度に脳髄が痺れを訴える。

 寒気ではなく、淫熱でカラダがぶるりと震えた。

 もう一度、辛くなって口を離すと溢れた唾液が女の口から滴り落ちた。ソレを自分の左手で掬い取り、また女に与える。

 やがて女は差し出された人差し指に、舌を自ら這わせていく。

 ぴちゃり、ぴちゃりと音を鳴らしながら指を舐められる感覚。

 まるで雛鳥が必死に親鳥から餌を啄ばむようだった。たまらない。

 

「キスは、気持ちよかった? マシュ」

「ふ、ぁぁ……は、はいぃ。キスは、きもちよかった、です」

 

 女は快楽を肯定する。オウム返しを言う為だけに啄ばみを止め、上目遣いでにこやかに応答する。本当に、たまらない。

 もう我慢ができなくなったので、また女の口のナカを存分に味わう事にする。

 女の顎を引き上げ、細い首筋ごと身を寄せ、唇を強引に奪って。

 くんと顔も見上げているので、剥ぎ取るまでもなくパーカーのフードは勝手に頭から離れていった。

 

「はっぷ、ぅん……ちゅっ、んぷ……う、ぁ。あ、はぁ……」

 

 ぴちゃり、ぴちゃりと音を立て、液状であるはずの唾液を咀嚼し、嚥下する。

 その度に脳裏は茹だっていく。条理は焼け爛れていく。

 無論、物理的にではない。精神的にだ。でなければとっくに肉体が警鐘を鳴らすに決まっている。

 そうならないのは一重に、もっと味わいたいから。味わってほしいから。

 性器を弄るように女の髪を左指に絡める。編み物でもするようにモミアゲにも潜らせ、頬を壊さぬ位に掴み、口姦を果たし続ける。

 

「せんっ、ん、ちゅっ、ぷぁぁ。はむ、ん、んっ、ぁぁぁ、あん……っちゅ、ふぅ、ん……」

 

 キモチイイを容易く享受してゆき、女の薄く閉じた瞳は落涙と淫熱で徐々に濁っていく。

 対して己の理性も本能も、ただひとつの行いの為に錯綜していく。

 

 そう、理性だって暴走する。必ずしも本能の留め金になってくれる、絶対たる相反抑制になるとは限らない。

 この通りいつの間にか結託し、頭蓋の中で共々に"女のすべてが欲しい"と雄叫びを上げているのだから。

 

 服が擦れあう微音でも加速する。劣情で溺れ行く眼球でも加速する。

 混合された雌雄の汗の芳香でも加速する。

 瑞々しい柔肌を穢していく、真っ白な雪原を土足で踏み荒らすような快感に酔い痴れてゆく。

 

「―――マシュ」

「ぷあ、ぁぁ……は、はぃぃ。せん、ぱぃ」

 

 唇を引き剥がし、女の名前を紡ぎ、眼前にいる"雄"に振り向かせる。

 快楽に呑まれながらでも"名前"さえ呼ばれれば、ちゃんと次の『命令』に応えようとする。

 どこまでも健気で、純情で、どこか蠱惑的で。

 もはや目の前の女は、命じさえすれば何の躊躇もなく痴態を晒すかもしれない。

 自己が希薄になったままの、思い通りに動く操り人形になってくれるかもしれない。

 かといって催眠でワラえと命じようが、何の意味もない。

 情交がキモチヨクなれと言おうが、何の価値もない。

 そんなものは虚しいだけの、自慰以下の行為だ。

 

「もっと、キモチよくなりたい?」

「あ……は、はいぃ……きもちよく、なりたいっ。なりたい、です。せんぱい、せんぱ、ぁい」

 

 だから共に悦楽に堕ちる為のトリガーに指を掛け、言霊として告げる。『命令』ではない。要望を確認しただけだ。

 女は余りにも容易く了承した。次の行為が何であれ、きもちよくなれればそれでいい、と。

 嗚呼、これで、コレでいい。口元が微かに釣り上がる感覚を、確かに感じたが無視をする。

 

「―――わかった。じゃあ……もっと、きもちよくなるんだ」

「あ、あ……ひゃっ、あぁ?! あっ、あ。ふ、うぅ、んっ……!」

 

 女のストッキングからショーツへ。ショーツからクロッチの隙間に。とっくに唾液でべたついた左手を滑り込ませる。

 先程の女の頭髪よりも、どこか無遠慮に。それでも割れ物を扱うように女陰を慎重に揉み解す。

 まるで大蛇が獲物を見定め、洞穴の中へ奥へと這い廻るようだ。

 当然以前の話だが、女の秘裂なんて触った経験など微塵も無いので、文字通りの意味で手探りでよがるポイントを探る事にした。

 

「あ、ぁぁ、ああっ、あ、ぁんっ」

 

 陰唇を囲むように掌をあてがい、閉じた割れ目に指を這わせる。

 媚肉の縦筋にくっつけたり離したり、時には少し上の陰核を転がすように弄ってみる。

蔵知の司書(実家に遺せしコレクション)の記憶を総動員して、できる限り彼女を快楽に導けるように手淫を続けてみる。

 

 

 

 ―――くち、くち、ぬちっ、くちゅ―――

 

 

 

「はふ、んぁぁぁ、あ、ああー、ぁ、ぁ、あっ! あ、は……あぁ。う、あー、ぁ、ぁ、あぁっ」

 

 口よりも、或いは口以上に湿り気を帯びた音がショーツの擦れる音と重なり始めた。

 女の両手は行為を停める事もなくだらりと垂れ下がり、だらしなく半開きになった口からは呆けた声を上げる。

 堪えられないとでも言いたげに、かくかくと震える女の細い太腿を見てると不安に感じ、残った右手で腰も強く抱き寄せる。

 紅潮しきった頬を緩ませ、女はどこか安心そうに微笑んだ。

 そうだ、それでいい。自分も何の憂いも無く次の行為に励みたい。

 

「これは、きもちいいかな? マシュ、ちゃんと出来ている、かな」

「あ、あ、ぁ、せんぱ……ぃ? ……こ、れは……ぁっ……わ、わからなぃ。わからない、です。この感じ、は……わからない、ぃ、ぁ。ぁぁっ」

 

 女の方にも善がってもらいたくて確認をしてみた―――が、女の方は涎を垂らしながら、首元をふらつかせつつ横に振る。

 ほんの一瞬だけ思考が散りつき、すぐにこう思い直す事にした。

 

 ―――あくまでも"女"は性の味を知らないだけだ。恐らくは自慰すら行った事もない。

 感覚として理解できていない。だからイヤだ、ではなくワカラナイと口にした。

 拒否ではなく無知。そうだ、ソレだけに違いない―――と。

 少しだけ残念に思いつつ、次の『質問』に移ろう。

 

「は、はっ、はぁ、ぁぁぁ。せんぱい、せんぱぁ、い、ぁぁ、あぁぅ♪」

 

 そうでなければ―――こんなにも悦びの表情で"雄"を誘えるはずがないのだから。

 

「……マシュ、今の感覚はどんな感じだ? 想ったまま、すべて正直に、答えるんだ」

「あっ……せん、ぱぃぃ。あ、は……いま、は、ぁぁ、お腹の、ナカがっ、ぁんっ、じぃんとしてきて。頭の、なか、がっ、ふわーっとしてぇ」

「そうか。それじゃあ―――」

「あ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁー♪」

 

 右手を腰から離し、再び女の頭を撫でる。

 今度は尚も性的に、全体の髪の毛を振り乱すように。

 

「コレと、どっちがきもちいい? 今はどっちが、ほしい?」

 

 そして女に再びナニが欲しいかを問い質す。

 なでりなでり、と上部を踊らせ、くちゅりくちゅりと下部を犯してゆく。

 さっきの頭を撫でられた時の喜びも、陰部を弄られる時の悦びも、"同一のものだ"と思わせる。

 無論そんな訳はないが、性の抵抗感を薄れさせ、あわよくば悦びが勝ればそれでいい、と。

 

「あ、あっ、どっち、ぃ? いまは、ぁ。わたし、は、わた、し、は……どっちか、は。うあ、あ、あああ、ぁん」

 

 女は悩ましい吐息を漏らしながら、淫熱で澱んだ瞳が揺れている。

 先程の、思考回路が厭な音を立て崩れ始める兆候―――などではない。

 純粋に返答に悩んでいる。そんな喘ぎだった。

 

「―――マシュ、どっちなんだ」

「あ、あっ。ど、どっちもぉ、どっちもいい、です。 どちらも、あん! いま、ほしい、ですっ❤」

 

 これはまた。答えを早く求めようとしたつもりが、まさか両方とも欲しいだなんて。

 初体験であるというのに、ここまで欲張りな事を口にするなんて思いもよらなかった。

 だったらもう余計な気遣いすら無用の長物だ。全身が法外の悦びに打ち震えている。

 同時に肺腑がまた軋み始める。どこか息苦しさすら感じる。

 もう、さっさとこの胸の中でザラつくものを消して、何の気兼ねもなく女を犯してしまいたいのに。

 

「ああ……オレも。いますぐ、ほしい……」

 

 独りでに出たコトバは混じりっ気のない本心だ。

 だって、これ程までに雄の肉棒がそそり勃った事など生まれて一度もなかったのだから。自分のカラダの事なのだから、断言してもいい。

 ズボンを布切れにしたテントを張り出し、女のスカートに向かって擦り寄り、勝手に捲り上げようとする始末。

 まだ淫らな洞穴を晒してすらいないのに、ファスナーを内から抉じ開けてでも侵襲したいと言わんばかりだ。

 どうしようもない程に、ここまでカラダは正直なのだから、さっさと欲望を叶えてしまえばいい。

 

「もっと、してほしいなら、ここで服を全部、自分で脱ぐんだ。そうすればどっちよりもキモチよくなれる……できるね?」

「あっ……ふっ、ふく、を―――――――?」

 

 ぱっと分泌液でべたついた左手も右手も敢えて離す。そして女の反応のみを凝視する。

 どこか残念そうに女は身をくねらせて、右手、左手。右へ左へと視線を彷徨わせている。

 

「……マシュ」

「あ、あっ、わ、かりました。わたし、は……服を、ぜんぶ、ぬぎ、ます……」

 

 おあずけを食らった犬が慌てて"命令"を果たそうとするように、女は普段の衣装に立ったまま手を掛けた。

 遂に"オンナ"自らの手で、交合の合図を取ったのだ。

 もしかしたら今の"自分"はとんでもなく醜悪な笑みを浮かべているかもしれない。どうでもいい。

 

 とても普段の『マシュ・キリエライト』では絶対に行わないような、気だるげに自分の持ち物をそこらに放り捨てていく無秩序な脱衣。

 次々と羽織っているモノを床とベッドの角に落とす。素肌を外界に、雄の視界内に晒していく。

 白衣に似たパーカー、ネクタイ、スカートと一体になったブラウスにノースリーブのシャツ。

 そして、黒のストッキングにも。手で両端を抓み、緩やかにずり下ろしていく。一緒に靴下も巻き込まれ、仔山羊のように細長い素足も解き放たれた。

 そんな歪な光景でも、どんなストリップショーよりも優美に見える挙動の数々にすっかり眩惑されていた。

 

「ふ、ぅ……ん、ぁ…………」

 

 焦点の合わない両眼は明らかに情欲に染まっている。

 それでも僅かながらの羞恥心は残っているのだろう、顔面すべてを朱色に染めながら全身をもじもじさせている。

 下着だけを残した艶姿を食い入るように見つめる。

 何のプリントも意匠もされてない白いショーツとフルカップブラは、カルデアの支給品だろう。

 色気よりも実用性。量産性のみを鑑みたソレも今や本来の機能を失っていた。

 ブラは行為と乱雑な脱衣のせいで肩紐が垂れ落ち、豊かなバストと後ろのホックで何とか支えているだけ。

 ショーツに至っては女の汗と淫液をふんだんに吸い、縦の割れ目が何処にあるのか明らかな位だ。

 

「―――」

 

 もう、我慢する必要など微塵も無い。

 カルデア謹製の制服を無造作に脱ぎ捨て、ベルトも解き、ロングズボンをトランクスごと重力に任せて床に墜とした。

 これで着ている物はといえば黒のインナーシャツのみで、下体の怒張を抑える手段も完全に無くなった。

 自らの血液を存分に吸って吸って、天に聳(そび)え立つ肉壁の巨塔。

 これで全くもって女と変わらない。後の快楽が愉しみでしょうがなくて、周囲を幾ら散らかそうがお構いなしだ。

 だが一向に、女は下着以下になってしまった邪魔なモノを排除しようとしない。どういうことだろうか。

 

「……は、んっ……ぬぎ、ました、ぁ……せん、ぱい……」

「ああ……成程、そういう事か」

 

 声だけは醒めた調子で納得した。

 あくまでもこちらは『服を脱げ』としか"提案"していない。下着までは何も言及していなかった。

 本当にどこまでも狂おしく、じれったくも、かわいらしい。

 

 だがもうひとつ、こうも考えた。万一にも有り得ないとは思ったが、もしそうであるならば。

 

 ―――"ここから先は自分で踏み越えて"―――と。

 

 もしも女がそう、雄を"挑発"してるのならば。

 

「っ―――」

「せ、ん……ぱっ、ふぁぁっ」

 

 ならば容易く踏み越えよう。思うがままに凌辱を果たそう。

 女の肩を左手で掴み、全体重を前にかけ、ベッドに押し倒す。

 右手では女が離れぬよう、逃がさぬように、壊さないように背中に掌を這わせて支えにする。

 そのまま引き千切りそうな勢いでブラのホックも外す。毟り取った衝撃の余り、ぶるんと柔らかな乳房が揺れた。

 ショーツにも指を引っ掛け、秘部から離れてゆく。投げ出された脚先まで潜らせ、ベッドの隅へと押し退けられた。

 

 ―――ようやく、これでようやく果たせる。カラダを気遣うまでもなく存分に犯せる―――なんの、ために?

 完全に無抵抗のまま、生まれたままというには肉付きの良い、それでいて均整の取れた女体ならではの『美』を間近で味わおう。

 

 

「ふ、あっ! あああ♪ あんッ! く、あっ、ぁ!! くぅぅん♪」

 

 仰臥位の女の裸体に全身を被せ、そのまま目の前の白桃の蕾を舌でなぞり甘く歯を立てる。

 片方の乳首は搾るように左手で柔らかく揉み、カタチを崩す。

 今もなお、ぎちぎちと自己主張をやめない愚息は、たびたび女の陰唇を挟んで陰核ごと擦り合わせる。素股とかいう業だったか。

 滾々と沸き出る女の岩清水を浴び、醜い肉根は際限を知らずに膨張する。まるで体液を皮膚から直接吸い尽くしているかのようだった。

 

「んあ! ふあああ!? あっふ、あああ、あん、はあぁ♪」

 

 今度は敢えて唇を塞がない。何の問い掛けもしない。

 だらしなく涎を垂らした口から零れる、人語にもならぬ声を余すことなくこの耳にぶつけよう。

 初めてコトバを発した赤ん坊の音を聞き届けるように、今の女の声は確かに最初の性を謳歌している証左なのだから。

 

「あん、くぅぅ、あ、あ、あっ、んあ! んあああっ♪」

 

 コトバを介しなくとも、欲しているのが明瞭に感じられる快音。

 陰茎と陰唇でキスを、腕で二房の果実を摘み取る快感。

 ただ、ただソレだけで果ててしまいそうだ。

 

「んっあ、くっ、うあっ?! ひああっ、あううん!! ふあぁあ、あっ――――――❤」

 

 天井まで響く高音をかき鳴らしなら、女の方が先に絶頂を迎えてしまった。

 仰向けのままで背筋をぴんと仰け反らせ、四肢の向け処も分からずにぴくぴくと震わせて。

 その眼で確認するまでもなく、くっついたままの陰茎に、生温かい粘液が更に塗されていく感触があった。

 

「――――――きもちよかった? マシュ」

「はッ、はっ、あう、ぁ――――――はぁ、はぁぁ……は、はぃ、ぃ。き、もち……よかった、ぁ……です……せ……んぱ、ぃぃ」

「よかった。オレも、きもちいい」

 

 ここで漸く、女に声を掛ける。

 顔も横に倒れ、髪の毛で半眼は隠れながらも、女は快く回答する。

 途切れ、掠れて、吐息すら湿った声色で。

 もっと顔をよく観たいので、上質な綿花のような髪の毛をどかすように、それでも労わるように撫でた。

 

「あぁぁ。せんぱぃも、よかったぁ? あ、あ、うれ、しぃ」

「ああ、きもちいい。嬉しいよ」

「は、ぁん……うれしいと、きもちぃぃ……きもち、いい、のは……しあわせ……わたしは、ぁ……しあわ、せ……ん、は、ぁ❤」

「憶えて、いたのか……ああ、本当に、いい子だ」

「わた、し? いい、こ? あ、あは、あぁ。しあわせ、しあわせぇ……せん、ぱいもぉ……せんぱぃ、も?」

 

 伝わっているのかも定かじゃない、安価なピロートークを重ねる。

 愚直とも取れる程の、女の純真さに魅せられてゆく。

 今や女が極上の御馳走にしか見えない。食欲と性欲すら曖昧になってくる。

 紫紺の瞳はすっかり性の色で澱み、視覚野がまともに機能しているかすら怪しい。

 それでも雄を誘惑する為の流し目を無意識に送る。"この次はなにをしてくれるのか"と乞いせがむ。

 懇切丁寧にその身を調理し、"獣"に差し出してくる。

 本当に今の自分と何も変わらない。揃って『色欲』の徒に成り下がってしまっている。

 だがまかり間違っても女は"雌"じゃない。だって、彼女にはまだ自覚が無い。

 今の自分はこんなに醜くて、彼女はこんなにも美しいのだから。

 こころのどこかで、そんな意味も帰結もない自己反証を続けていた。

 

 ―――だが、残念ながらそうじゃない。

 女は達してもこちらはまだだ。まだ足りない。

 まだ■■■■では、ない。

 オンナの問いすらも、無視しているのだから。

 股座は今も貪欲に押し付けながら、この猛り狂った牡の象徴を早くぶつける事しか考えていないのだから―――

 

 

 

「―――マシュ―――っ」

「せんぱ……ぃ? ん……く、ぅ、ぁ……あっ」

 

 女の太ももを掴み、両脚を開かせる。蜜で濡れそぼった秘貝すら差し出す姿勢にする。

 よく躾けられた狗の服従のようなポーズにされても拒まない、拒むワケがない。

 

 今にも勝手に暴発してしまいそうな肉竿を、直に押し当て、膣口へ滑らせ、体重を重力に従わせ、遂に―――

 

 

 

 ―――ぷっ、ぶち、ぶちぃ―――

 

 

 

 ダイスキだったオンナを、犯した。

 

「かふっ! あぐうぅ! うッ、くああっあ、ああぁっ、ぁぁ!!」

 

 繊維質の皮膜が断裂していく感覚を亀頭で感じる。

 膣肉の細胞のひとつひとつが異物を受け容れるべきか、抗うべきか判らず震える。

 破瓜の痛みで"マシュ"は、ぽろぽろと大粒の涙を頬に伝わせる―――なみだ?

 

「―――――――――ぇ?」

 

 目の前で起きているコトが瞬時に判断できない。

 当たり前の事の、はずなのに。つい先程までソレを待ち望んでいた、はずなのに。

 

「…………ぁ、なん、……な、に、っ、ぁ……」

「ぃ、いた……ぃ、いたぃ……ぃ」

 

 なんでこんなことを。それともなにをやっているんだ、か。

 自分でもどんなコトバを吐こうとしているのかすらワカラナイ。

 どんな激戦の時にも、その柔肌に裂傷を負った時も、頑健な盾ごと身体を薙ぎ払われた時も。

 苦悶の表情こそすれども一度も、このように泣き叫んだ事なんて無かった。

 

 ―――『痛い』―――と。

 

 なんなのだろう、この矛盾は。

 なんなんだろう、この悔しみは。

 

 マスターと呼ばれている自分が、マシュに痛みを与えている。

 ずっと、ずっと、こんな自分を慕ってくれていた少女を―――傷付けている。

 この身に『力』さえあれば、他でもない自分こそがずっと護りたいと想っていたのに。

 

「……くっあ、―――か、はっ」

「ぁ……ぁぁ、ぅ……ぅぅ……」

 

 浜辺に打ち上げられた、瀕死の魚のように口をぱくぱく開いて必死に酸素を取り込んだ。

 考えが纏まらない。それでも呆けてたところで何の償いにもならない。

 だったらどうする。正気をなくしている彼女にどう声をかけたらいい。

 

 ―――大丈夫? 痛かった?

 

 馬鹿か、痛いから泣いているに決まってるのに。

 

 ―――ごめん、もう止めるから。

 

 でも彼女の処女を、奪った。いくら催眠で記憶が残ろうが残らなかろうが、その証が消える事は、ない。

 それに、こんな有様でも雄の衝動は鎮まらない。

 亀頭の先は破瓜の血すらも美味しそうに飲み干そうと、女穴を更に拡げたがっている。

 

「ま、しゅ……、マシュは、どうしてほしい? このまま続けて、ほしい? それとも、もう嫌、なのか?」

 

 何とか絞り込めた言葉は、相手の胡乱な意思に委ねるだけ。

 こんな逃げ腰の臆病者。嫌われて当然だ。

 

「……ぅ、く、ぁ……ぁ、せ、んぱ……ぃ。わた、し、わたし……は。せんぱぃの、のぞむ、ように。わたし……は……せんぱい、の……」

「―――、――――――」

 

 ―――当然、なのに。その時の気分を、どのように評すればいいんだろう。

 

 もう、自らの思慮も、自虐も、尊厳も。

 なにもかもどうでもよくなって。

 

「あっあ、あ、っ、ああ!」

「マシュっ、マシュ……!」

 

 腰の動きを、再開する。

 ただ、きもちよくなってもらおう。最初の性交をこんなカタチで終わらせたくない。

 マシュに傷痕を付けただけで終わらせてはならない。ただそれだけの、拙い思慕が精一杯だった。

 

「うあ! あぐ、くぁぁ! あんっ、あっあ、ああっ」

「ぐっ……う、マシュ、からだの、力を抜いて、お腹に、意識を集中するんだっ」

「そんな、そんなのは……わから、なぃぃ! わから、な、ぁあぁ!」

 

 女性がキモチよくなる方法とやらを懸命に茹だった脳から引き出し、口から絞り出す。

 僅かだけ膣壁の奥に侵入し、入口にまで引き戻してから、先よりも更に潜らせる。

 少しずつ、少しずつ慣らし、奥へ這い廻っていく。そんなスローモーション撮影にも似た挿入を繰り返す。

 ざらざらと膣壁と裏筋が擦れ合う、特上の肉感で何度も意識が飛びそうになる。

 ぎし、ぎしぃ、とスプリングの軋む無機質な音でも。

 マシュのカラダに涎を垂らしたくなくて、ごくりと呑んだ咽喉の音でも発奮する。

 

「ここ、だ、ここで、感じるんだっ。少し、楽に、なるから……!」

「ふ、うあっ。あ、あっああ! あ、あっ! あん、あ、はっく、くうっ、あ―――❤」

 

 ぐにぐにと臍の下、子宮のある位置に左親指を押し付け、感じるべきポイントを示す。

 浮き出た丸みのある骨盤に右手をやり、そして腹這いに掌で軽く撫でてあげると、ほんの少しだけマシュは善がってくれた。

 こんな事でこのように感じてはいけない。いけないはずなのに、こころのどこかで―――安心した。

 

「あ、ぐっ……!? だめだ、出る……う、ぐ、あぁっ―――」

「か、あ、ふ、あぁん! あ、ああ、あ――――――ぁ、ぁぁ」

 

 そう気が抜けた瞬間、一気に射精感が根元から込み上げて来た。

 構造上では有り得ないが、飛蝗(バッタ)が後方に飛び跳ねるように、彼女の膝を持ち、膣肉を捲らせ、外界に今にも爆発しそうな熱棒を開放する。

 びくびくと陰茎が膨らみ、背骨から尾骨まで焼け爛れるような淫熱を感じた瞬間―――

 

 

 

 ―――びゅる、びゅる、びゅるっ、びゅるぅ―――

 

 

 

 マシュの陰部から抜け出した牡蛇は、一層に天へ聳え立った後に鈴口から精を解き放つ。

 ぴんぴんと上下に揺れ動きながら彼女の正中線―――腹から胸にかけてまで、白濁色のシャワーを降らせた。

 

「が、ぁ! は、あっ! ……は、はぁっ、は……! っ……ぐ……」

「あ、あ……ぁぁぁ、あ、は、ん……ふ、ぁぁー、ぁ、ぁ……」

 

 今までにない射精量だった。こんな液量が睾丸の中に蓄えられてたのかと疑いたくなる位に。

 実際の風呂場で身を清める光景でも想起しているのか、マシュはどこか心地良さそうに眼を細めていた。今は全く逆で穢しているのに。

 

 我に返った、のかどうかも分からない。ただ汚れたままじゃいけないと思った。

 部屋内を軽く見回して、ベッドの上の棚に置かれてあった手頃なティッシュ箱を引っ掴み、乱雑にその中身を取り出す。

 手に掴んだ使い捨ての紙束でマシュに付いた精液を拭き取る。

 荒い呼吸で上下に揺れ動く胸と腹に沿って無心で只管に片手を動かす。雄の欲望を吸わせてはそこらに丸めては棄てていく。

 その間もずっと彼女の頭は撫でた。考えなど、とうに纏まってなどいない。

 出産したばかりの仔牛を舐める母牛のような、生まれながらの動態反応でしかないのだろう。

 

「……きもち、よかった? ……マシュ」

「う……ぁ、ぁ……。わたし、わたし、は……あ、ぁぁぁ、わ、からない、いま、は……なにも、わからない、で……す」

 

 ひとしきり片付いてから、マシュに返答を求めた。

 それでもマシュはキモチイイとは言わなかった。

 毛細血管の隅々まで励起した、淡い赤を帯びた艶姿をこんなに晒しているのに。

 疼痛と快楽の入り混じった瞳でこっちをじっと見たのに。

 幼児のようにだらだらと唾液を垂れ流して、口元は確かに緩み切っているのに。

 

「―――そう、か、わからないか」

「ふ、ぁ、ぁぁ、ぁ」

 

 力なく倒れたマシュの肉体を、両腋を下から掴んで抱き起こす。

 くの字に曲がった膝と脚の脛だけで何とか体重を支え―――ている自覚すらないか。

 自分は胡坐をかき、そんな危なげにふらつく彼女を持ち上げ、自分に向かって覆い被らせた。

 後は勝手に雄の性か、一度張り裂けようが関係なしに膨脹を続ける陰茎は、膣口に向かって再度侵襲していった。

 

「あっ! あぐ、うぁ……っ、ああ、あ!!」

 

 対面座位―――性交を覚えたばかりのマシュを今度は別の型で犯そう。

 まだだ、まだ足りない。どうにもならないくらいに満たされない。

 あれだけ射精しておきながら、尚も獣性は治まるコトを知らない。ここで行為を停止するなんて選択肢など存在しない。

 もはや理性だの本能だの、どうでもいい。ただ、互いに快楽を純粋に求め、共有したかった。

 それを『色欲』と呼ばずして、なんと云うのだろう。

 

「あっ、くうんっ! はー、はぁぁ! あん、ふ、あぁ、ぁあ!!」

 

 マシュ本人の体重に任せ、ずぷずぷと媚肉のあるべき姿を拡張し、そこに雄性の異物が占有してゆく。

 まだ突き上げる事はしない。そうでないと、今度こそ壊してしまいそうになる。

 それだけは駄目だ。なのに犯したい。

 でも楽になってほしい。しかしなにをどうすれば―――

 

 とっくの昔から、二律背反の坩堝(るつぼ)に沈んだ頭脳は滅茶苦茶だった。

 とにかく彼女の様子をつぶさに観察しよう。見逃す事などあってはならない。したくない。

 

 熱情と共に嬌声を吐く、眼前のマシュの美貌をもっとよく眺めようとして、ふと"自分の右手の甲"に目が入った。

 そして同じくその背後―――ベッドの棚に供えられたデジタル時計が指し示した時間は、午後11時50分。即ち一日を跨ぐ直前だった。

 

 ――――――いいことを思い付いた。

 

 今の自分は魔術師で、この身には『令呪』と呼ばれる特殊術式が存在している。

 いわゆる"本来の"聖杯戦争においては、意思持つ戦闘兵器であるサーヴァントを律し、それでも御しきれない最悪の場合には―――という使い方もあるのだと聞いた。

 尤もそんな目的には微塵も使う気が無かったし、語り手には申し訳なかったが不愉快な話題だった。

 なので話半分にしか聞いていなかったし、誰が話してたかすらも忘れたのだが、コレにはもうひとつの使い道がある。

 

 それは純粋な魔力供給源―――いわば外部電源や補助駆動機のように用いる事。寧ろ自分にとってはコレこそが正しい扱い方になっている。

 戦闘で傷付いたサーヴァントの霊核がボロボロになって、現界が厳しくなった状況での回復や、宝具の使用をより安全にするサポートなど。

 そして今の数は三画。カルデアの技術力では、ひとりの魔術師にこれ以上の補填は望めないらしい。つまりは明日の補給予定分が無駄になる。

 仮にここで"一画"だけ使用してしまっても、即時に画数は再生される。なかったことになる。

 

 だったら今ここで"我欲の為に使ってしまっても構わないんじゃないか"―――?

 そんな悪魔の囁きにも等しい自らの妙案を、吟味する間すらも惜しんで了承した。

 

「…………マシュ、令呪を以って命じる。ふたりで最高の快楽を分け合って、きもちいいと想い合って、一緒に味わい尽くしてセックスを終わらせよう。これは、『命令』なんだよ……マシュ」

「ふ、ぁ、ぁ? あ――――――せん、ぱ、い」

 

 彼女は上に、自分は下で抱き合ったまま、そっと耳打ちする。

 ぼう、と僅かな熱と光を右掌で感じ取る。

 これまでの闘いにおいても何度か感じた、互いの魔力のパスが鳴動し反応し合う証。

 

「……あ、……ふあ、あ……っ……、―――あああ、あっあ、あああ❤」

「今は、どうだ? マシュ―――きもちいい? もっと欲しいか、自分で言うんだ……!」

「あ、ああ―――❤ せんぱぃ、せんぱい! きもちいいっ! きもちぃぃ、れす……ああっ、もっとほしい、もっとぉっ! あ、くっあ、あああッ!!」

「そうか……ああ、キモチイイ、か……、は、は……」

 

 熟れたての林檎のように真っ赤な貌はワラウ。果汁が滴るような唇は、確かにこの後の『行為』を肯定した。

 対して唾だらけの口腔からは空虚な笑いが漏れた。もはや宿る感情の正体がなんであるのかもどうでもいい。

 

 堕ちた、堕ちてくれた。

 

 "こんな自分"に相応しい程にまで堕ちてくれた。

 

 これでもう抑える必要はない。意味もない。

 マシュの肉感豊かな柔尻を両の手で掴み、細い腰も降ろさせていく。

 

「ぐ、ぅ……! マシュ、なんでも、今、望むコトを言って、くれ。でないと、オレは……」

「あふっ、うぅん、はあっ、あぁん! あっ……の、ぞみぃ? のぞみ、はぁ❤ わたし、わたしは、せんぱいに、いっぱいキス、をぉ、してほしぃ、です! あ、あっ、ぁぁ! わたしの、キモチよくなれるとこ、をぉ! もっと、いっぱい、さわってほしぃれす❤ あ、ぁん、もっと、もっとぉ! わたしをっ、たくさん、かわいがってほしぃです! せん、ぱいぃ―――❤」

「……あぁ、わかった……全部、ぜんぶ叶えるっ!」

 

 マシュは身を捩らせ、目覚めた性(サガ)の趣くままに勝手に男根を貪り始める。

 自分も欲望のままに、とうとう激しいピストン運動を執り行った。

 先程まではどちらかというと侵襲を拒むように収縮していた膣襞は、もはや細胞ひとつひとつがカリや根元に絡みつき、途方もない性感を与えてくれる。

 どうやら『令呪』によって影響を与えられたのはマシュだけじゃないようだ。

 魔力の浸透した血液は海綿体の隅々にまで行き渡り、もはや女を狂わせる名器に成りつつある魔羅(マラ)の暴走は留まるところを知らない。

 

 マシュは擦り寄り、その身を密着させるという容(カタチ)で捧げる。

 尖る―――といった方が適切なまでに張った乳首を胸板に押し付け、彼女の両腕はこちらの肩幅に合わせて縋り付く。

 生娘から娼婦へ―――その圧倒的なまでの変貌に、理性も本能も数瞬で焼き焦がされた。

 

「ふああ、あ! あんっ! くぅぅん、ひぁぁあ!! はッ、はぁん……❤ あ、ふぁ、はああぁ!!」

「くぅ……っ! マ、シュ……はぁっ……、はあっ! あっ―――」

 

 共にカラダを抱き合う事で、興奮と安堵の溜息を零す。

 距離が近づく事で、ふと彼女の桃尻を支える右手が視界に入る。

 そこに描かれた『令呪』の内の一画が、確かに使用され、ただの痣になっているのが見えた。"なにか"指に見えた気がするがどうでもいい。

 そんな事より、今のマシュの姿を一分一秒でも永くこの眼球に焼き付けたい。すぐに目を逸らし、淫靡なる偶像に成り果てた彼女に焦点を当てる事にした。

 

「は、は、はぁぁ、はあ、ああん❤ くぅん! ふゃあ、あふぅ、ああ……っ!」

 

 彼女からの"お願い"のままに無言でキスを再開する。

 ただし、まだ唇同士ではない。

 脇下、乳首、鎖骨下、喉元。

 啄ばむどころか、舌肉と唇肉で噛み付くような荒々しいキス。

 ニンゲンのみが行うであろう、口による交わり。

 

「ふあぁぁぁ……あん。ちゅっぷ、ちゅぱ、はぁ、くっふ、うっん。あう、うぅぅん―――❤」

 

 そして唇へ。心臓から顔面を伝う順にマーキングしていく。

 今度の交わりは、もはや舌と舌の蹂躙。

 舌苔がこそぎ取れそうな勢いで口内を舐め合い、唾液が隙間から漏れる事すら気にも留めず、悦楽は天井知らずに膨らんでいく。

 

「ぷ、ぁ―――! せん……ぱぃ、ふあ、ああ、あん! ひぇん、ぷぁ……あ、あふ、ふあああっ❤」

「ぷはっ、ああ、マシュ、ましゅ―――マシュ―――ッ!!」

 

 もう呼吸の限界が訪れ、口を放す。

 何秒だったのか、それとも何分だったのか。時間の感覚も失われている。

 粘液で出来た銀の橋が互いを繋ぎ、一瞬で瓦解する。

 マシュは背筋をぴんと仰け反らせ、さっきまで潰してしまっていた美しい白桃が前面に差し出された。

 ならば喰いつかない手などない。だって他ならない、マシュから"頼まれたコト"なんだから。

 当の本人の、べたべたになった口からは必死に『せんぱい』と呼ぼうとするも、もはや呂律が回っていない。

 今も尚、下体だけは別の生物になったようにピストン運動を継続し、今度はキモチよくなれる場所―――性感帯を刺激し続けているからだ。

 

 たとえ胸は離れても、今度は両手で柔い胸を凌辱する。

 上下左右に捏ね上げ、乳首を指で引っ張り、敢えて下から持ち上げた後に掌で軽く轢き潰す。

 挙動のひとつひとつでマシュは善がり、淫語のひとつどころか人語も発音出来なくなっているのに、部屋に響く歌声で諸共に狂っていく。

 熱を持った珠のような汗を飛び散らせ、この身を座椅子にして腰をくねらせ踊り狂う姿は―――どこまでも卑猥で綺麗だった。

 そして今もこちらの肩口を絶対に離すまいと掴み、デミ・サーヴァントとしての膂力を抑えきれずに爪と指が食い込み、充血までしている。

 そう、それでいい。

 どの感覚も、仕草も、思想すらも性交の為の存在に摩り替わる。

 痛みすら『刷り込み(インプリンティング)』によって快楽に上書きされる。

 

 イタイすらキモチイイ。

 

 すべての『こころ』がきもちいいに、染められていく。

 

 アア、あとは、なんて言っていたんだったか。

 

「…………ああ、そうだった……かわいがって、ほしいん、だった、なっ……! じゃあ、動け、マシュ―――!」

「ふっあ!! あ、は、はあぁん! うあ、あはっ、は、はぃぃ❤ せんぱい、い、あ、あっ、うあっあっあ―――❤」

 

 そうしてマシュは『命令』通りにグラインドを合わせ、ひとりで絶頂を迎える。

 蜜壺に張り巡らされた、ぷりぷりの肉襞がうねる。ぎちぎちに剛直した陰茎を貪欲に扱いてくれる。

 が、それでも行為は停まらない。

 何度マシュが達しても鎮まらない。

 まだ、こっちは満たされていない。

 

「――――――あッあ?! ひぇんぱ、あああ!! ああ、ああん❤ やあぁ、あふっ、わらし、はぁ―――マスタっ、のぉ! ひゃっ、あああん―――❤」

 

 マシュが達しようが、もはや互いのカラダは互いを貪る事しか頭にない。

 個という概念すらも、ただの官能の道具として認識している。

 

 男の為の女。

 

 女の為の男。

 

 快楽の為の快楽。

 

 ならば本来の目的は―――どうなのか。

 

 もう限界は近いだろうに、腰をぶるぶると痙攣させながら、弛緩した筋肉を無理矢理に揺らし、また勝手に絶頂を迎えた。

 もうすぐなのに、こっちだって後もう少しなのに、淫液を吸い尽くした巨根はなかなか暴発をしない。

 名残惜しいとも思っている。だが終わりがないと、大切な『なにか』が確実に剥がれ、削がれ、崩れ堕ちる。

 なにかが足りないから、いつまで経っても終われない。

 今にも霧散しそうな意識の中で、そんな危惧にも似た想いに駆られていた。

 

「くっあっ!! マシュっ……! ましゅッ!」

 

 口から想うまでもなく洩れるのは、目の前の"女の子"の名前だけ。

 なら目の前の存在が誰だろうとも、こうしてカラダを許し合い、ココロを抉じ開けてまで何か大事な事を叶えたかったのか。

 

 

 

 ―――きっと、そうじゃない。

 もっと最初に言うべき事があったのに、自分が臆病で言えなかったから、こんなコトになってしまったんだ。

 

「―――はぁ、はあっ、ハァッ! く、ぁっ……す、き、だ……マシュ。『好き』だ、マシュっ――――――っ!」

「ああ、はっ、あっあ!! せんぱいぃ❤ ああ、ますたあー❤ せんぱ、ぃぃっ!! ふああっあ、はっあ――――――❤」

「―――、……きこえて、ない、か」

 

 ぐちゃぐちゃになった思考で、何とか絞り出せた言葉はたったそれだけ。

 眼の焦点は合わず、同じく普段の自分の呼称のみを必死に垂れ流すマシュの『心』に、流れ込んだのかは分からない。

 たぶん駄目、だったんだろう。返事はなかったのだから。

 推測でしかない感想を口にした時、本当に何故かはわからなかったが――――――安心した。

 

「あぐっ、ぁあっ、ダメ、だ。急に、でそうに!」

 

 途端に燃えた鉄柱を刺したような豪熱が、ぞくぞくと脊椎の上下に襲い掛かる。

 一度目の絶頂から、今までずっと栓でもしていたかのように射精感が込み上げてくる。

 

「ふああっ❤ あっく、あああ、はぁん❤ あっ?! あ、あぅ、あ、あ―――!!」

 

 じゅるじゅるとナカで蜜を垂れ流しながら、彼女の子宮が自ら降りてくる。

 鈴口と子宮口がはしたなく触れ合い、下体による淫らな口づけを交わす。

 待ち望んでいる。そう察した時に、今までの躊躇いも欲情も恋慕も、すべてが『精』の一字に集約されていった。

 鋭敏になった感覚は、自分の性器の構造すら明確に読み取れるような錯覚に陥っている。

 ソレは精巣から精管へ、尿道に、そして亀頭の先にまで到達する。

 

 

 

 ―――不意になにもかもが更地と化した、そんな光景を幻視する。

 

 感じられるのは、此の世で最も■したかった女の子の温もりと、不安そうに喘ぐ声だけ。

 

 もういい。もう、いいんだ。

 

 望みのままに、欲のままにすべてを吐き出し尽くそう。

 

 

 

「はっ、はあっ……はあ! なか……ナカ、でっ!! がっ、あ―――!? あ、がッ、あぐ、はぁ―――あ―――っ!」

「ひぁ、ああぅ、あ、うああ―――❤ ――――――っ――――――❤」

 

 

 

 ―――びゅく、びゅる、びゅる、びゅっ、びゅる、びゅっ、びゅるぅ―――

 

 

 

 頭痛を催す程の快楽によって、理性が融ける。欲望が消化される。

 男と女、容(カタチ)は違っても同時に絶頂を迎える。

 天上にも昇る幸楽というものが本当に在ったのかと、すべての官能が精と共に抜けきった瞬間に思い知った。

 

 

 

 マシュの淫らに乱れきった肢体は一切の力をなくし、ぐらりと前に向かって倒れ崩れる。

 ひくん、ひくんと全身を震わせながら、瞳を閉じて意識を完全に墜とした。

 彼女の膣の蠕動と、無意識化で吐き出される吐息を浴びながら、自分の荒い呼吸も必死に元に戻す。

 落ち着いてもマシュは眠ったままだった。脱力した状態でも、彼女は抱き締めた指だけは離さない。

 当然、肩の爪痕もくっきり残っていた。

 

「―――ぁ、ぁー、ぁ、ぁ……ぁっ…………」

「あっ……くっ……ぅ」

 

 このまま余韻に浸っていると、また勃起しそうになる陰茎を引き抜く。

 今度は魂だけが掻き消えて、身体が勝手に動いてなにもかも壊してしまう、そんな妄想を抱いたからだ。

 こぽこぽと水音を立て、ふたつの淫液の混じり物が腿を這い、ベッドに行為の跡を残してゆく。

 

 せめて、せめて今ここで出来る後片付けだけでもしよう。

 色々な想いを喪失した後だと、妙に冷静だった。そんな気がする。

 抱き付いたマシュの指を離し、ゆっくりと仰向けにさせて寝かせる。

 再びそこかしこに飛散した淫液を拭く為、ティッシュ箱を強引に破いてすべて外に出し、タオル代わりにマシュの全身と自分の下半身を拭き取る。

 もともと散乱していた丸まったティッシュごと全部ゴミ箱に放り込む。

 そんな介護活動に似た作業を暫くの間、ただ黙々と続けた。

 

 その間もマシュは起きなかったが、目蓋の動きと呼吸はちゃんと行っていたので申し訳程度の安心感はあった。あくまでもほんの少しだけ。

 まずはシャワーを浴びよう。ともかく冷静になりたかった。

 やましい事など何もない、一応は。

 その前にバスタオルだ。浴室にある物を拝借し、眠ったままのマシュに上から掛ける。

 そうして浴室に再び戻る。

 カルデアから支給された―――今は皺だらけの制服とインナーはひとまず折り畳み、マットの脇の方にでも置いておく。

 自分に冷水を最大出力で放ち、鴉の行水だけをしてクールダウンを図った。

 黙って女性部屋のユニットバスを使うなんて勿論、気は引けた。だがこんな状態で一時的にせよ独りにさせたくない。

 

 ズボンとトランクス、黒いインナーシャツは仕方なくそのまま再着用。

 本当は、排水溝にでも"指輪"を流してしまおうかとも思った。

 右指の動きだけで外そうとして―――借り物の所為にするのかという『自分』がいたので辛うじて手が停まった。

 風呂場にまで持ってきたガーゼを再利用して"指輪"の存在を隠していく。

 左手のみで巻いたので不出来な怪我人の完成だ。

 

 どんな顔をして、再びマシュと顔を合わせよう。明日から、まともにマシュの眼を見られるのか。

 そんな事を考えながらバスルームを出ると、そこには当然マシュがいた。

 ベッドから起き上がり腰をかけたまま、与えたバスタオルで全身を覆っている。

 無垢でありながらも確かな『個我』を持った表情。

 どこかぼんやりとした眼差しでじっとこちらを覗きこんで―――

 

 

 

 ―――その時、不思議なことが起こった。

 

 身体は状況に応じた自然な運動を行っていく。その場で最も相応しい行動を取ってゆく。

 床に三つ指をつき、頭を垂れ、膝を完全に折りたたんで全身を深く屈みこむ。

 そう、日本伝統の最大限の謝罪形式―――土下座である。

 

「―――本当に申し訳ございませんでしたぁぁああ―――!!」

 

 その所要時間、僅か五秒。

 悲鳴もなければ何の批難の声も無かったので、顔を少し上げて彼女の様子を確認してみる。

 マシュは何度も瞬きをしながら、不思議そうに首を傾げて一言。

 

「……なぜ、先輩が謝るのでしょうか?」

「なぜって……こういう事は男から先に謝る事だからだよ! それが責任ってものだから! 詳しく言えないけど、もっと他に方法があったはずなのに、こんな事になってしまって……だからゴメンと言いたかったんだけど。伝わらなかったか……」

「そういうもの……なのですか? ではわたしと、こういうコトをするのは……そのっ、やっぱりイヤだったでしょうか?」

 

 そうして彼女は自らの主張を言い終えると辛そうに顔を伏せ、唇をきゅっと噛みしめている。

 なんでよりにもよってそんな結論に達するのか、全くもって意味が分からない。

 そんな事より、やっぱりってなんだ。

 

「嫌なわけないだろ!? むしろ最高だっ―――て、そうじゃない! その、なんでそこまで自分を蔑ろにするかなぁ……」

「……? 蔑ろにしたつもりはないです。責任とか、他に方法があったはずと言っていたので、本当はしたくなかったものだと、そう思って。すみません」

「ああぁぁ、どう言ったら伝わるのかなぁ。こういう場合って……」

 

 少しカチンとしたせいで再三にわたって余計な事を言いかけるが我慢する。

 どっちも冷静でないから、どうしても肝心な部分が伝えきれずに口どもってしまう。

 が、どうもさっきから会話内容が妙にチグハグな気がする。

 服のボタンを掛け違えているどころか、互いが前後逆に着ているのにまるで気づいていないような違和感。

 

「そう、そうだ状況確認! ええ、と。まず二人で何をやってしまったか、それはホントに分かってるのかな?」

「は……はい……性交渉を……セックスをしたん、ですよね。わたしたちは」

「うん、まあ合ってる。ちょっと固いけど」

 

 そんな両者の認識の違いを出来るだけ埋めるために質問を再開する。

 催眠という条件さえなければ、本当に間抜けな光景にしか見えないだろう。

 

「じゃあアレだ。まさか……せ、セックスが悪事だと思ったとか?」

「ぃ、いえ、そこまで排他的思想は! それだと世界人口と倫理機構が困った事になるはずです! ほ、本当なら二人で心の準備をするべき行事なのに、わたしが気をはやらせてしまったから。なんでこんなことをしてしまったんだろうって……っ、だから、だから、わたしが悪いと、思って……」

「絶対マシュは悪くないから、オレが悪かった! 断言してあげるから! 今は謝らないでくれ。泣かないで。頼むから!」

「は、はぃっ、分かりました!」

 

 だんだん声が尻すぼみになり、彼女が瞳を潤ませ始めたあたりでピシャリと言い放つ。

 慌ててマシュは涙腺を引っ込める。こういう部分、なんとなくだが女の子は卑怯だと思う。

 こんな手を使われたら絶対に男は引かざるを得ないのだから。

 まず意図的なんかじゃないだろうけど。マシュに限って。

 

「えーっと、その、だ。なんでマシュの方が悪いと思ったのか、順を追って説明して欲しいんだけど、いいかな?」

「そ、それならだいじょうぶです! はい、いけます!」

 

 そしてマシュの独白を聞く為、正座のままで向き合う事にする。

 どちらかというと、本来は懺悔に入らないといけないのは自分の方なのに、何やら込み入っているはずの前提が微妙に食い違っているようでならない。

 そんな様では事態の解決だって有り得ない。分かり合うって大変。心底そう思う。

 

「わたしは先輩を……避けようとしたのに、わたしの意識は急におかしくなってしまいました。えっと……それは謝りません。はい、約束ですから。それで急に先輩を求めて……きっとわたしが間違えたから、大切なプロセスをミスしてしまったから、先輩の精神がウェアウルフになってしまったんじゃないかと…………」

「……………………ふむ」

 

 マシュの朦朧とした目から見て、どうやら自分はUMAか妖怪変化にでもなっていたらしい。

 彼女との付き合いも一年近く。独特のボギャブラリィから成す意味を読み解く事にも慣れたという証だ。

 どうも発言内容の時系列が飛び気味なのは、催眠の効果で記憶の無い部分が多いからだろう。

 事の発端は、もういい。こうしてちゃんと質疑応答ができる位まで回復してくれたのだから。それで善しとする。

 しかし性行為をした事実は割合すぐに呑み込めている。どういうことだろう。

 

「……それでマシュは自分が間違った事をしたからオレの気が……変になってしまったんじゃないか、と?」

「はい、でもちゃんといつもの先輩に戻ってたから安心しました。わたしも適切な行動を間違えて、先輩も間違えたというのなら、きっとイーブン……でいいのでしょうか。少なくとも、えぇ、わたしはその、イヤじゃなかった、です。それは確実なんです」

 

 申し訳なさそうな、それでも嬉しそうな気持ちを押し込めた、はにかんだマシュの顔を今度こそ直視する。

 

 ―――かわいい。まだ脳内に疑問が渦巻いてなければ即座に抱き締めてしまいそうな程に。

 だがなにか決定的な判断材料が足りてない。くらりと揺れそうになった脳幹を自分で軽く振って尚も彼女に詰問する。

 

「キスも、その先も嫌じゃなかったなら、なんでって。いや、まさか……」

「こういう事は婚姻を前提とした男女の仲になってからじゃないと、本当はしてはいけないんです。そう聞きました。でも先輩もわたしも、ちゃんと告白を、してなくて。いえ、それでも無かったことにはしたくなくって。だから、その……やっぱりノーカウントにはならないんですよね?。す……ぃぇ、その、これ以上は上手く言語にできそうにありません……はい」

「まさかそう、いう事か………そういうこと、か………」

 

 バラバラだったパズルのピースが遂に完成図をイメージできる程に符合し、改めて自分の愚鈍さを実感する。

 そうなのだ。彼女は最初からこういう女の子だった。

 

 

 ―――【これからいくつか質問をするから、包み隠さず答えて欲しい。この会話は一度眠ったら全部忘れるから、安心して喋っていい】

 

 

 そう確かに『命令』した。

 彼女の断片的な記憶の中では"自分から訳も分からずキスをせがみ、オレが興奮して彼女を襲ってしまった"という認識になっているわけだ。

 二人の"会話"は綺麗に忘れ、"行動"の方はしっかりと記憶されていたと。行動そのものを忘れろとは一言も放っていない。

 既成事実を先に作ってしまったのはマシュの側にあると、そう判断してしまったのだ。

 ヒュプノスリングちゃん、創造主に反して仕事内容に忠実すぎである。

 

 そしてもうひとつの可能性に気が付いた。

 気づいた瞬間にフッと慌てて顔を伏せる。

 こんな顔など見せられるわけがない。

 

「~~~っ、~~~!!」

「せ、せんぱい!? もうわたしは落ち着きましたから、大丈夫ですから顔を上げてください!」

「いーやダメだ! 今は絶対に駄目!!」

「???」

 

 セックスはイヤじゃなかった。心の準備。婚姻を前提とした男女の仲。

 そして催眠時の彼女の本音。嫌いじゃない。もっと傍にいたい。

 これらの単語すべてを組み合わせた場合に浮かび上がる、もうひとつの"真実"。

 

 ありえないと思っていたから完全に除外していた。もう、絶対に嫌われたと思った。

 突然こんな酷い事をしておいて、今まで通りでいく訳なんてないと思ってた。

 仮に赦してくれたとしても、これからは体面だけの付き合いで終わっていくんだろうと、この期に及んで達観した振りを続けていた。

 

 ―――それってつまり、自分だって期待をしてもいいと、そういうことなのか。

 

 そう頭に掠めただけで、顔が紅潮し、口元の緩みが自覚できるほど抑えられなくなっているのだから。

 余りにも情けない。だからこんな顔なんて絶対に見せられない。そういうことだ。

 

「あの、先輩。もう、大丈夫でしょうか?」

「っ……だ、大丈夫。なんとかおさまってきた……」

「今度はわたしから意見を、いいでしょうか。この場合、どういう風に手打ちにするべきなのでしょうか? このまま朝まで待機しててもいけないと思います」

 

 ようやく顔の弛緩が治まってきたので姿勢を正座に戻す。

 マシュはタオルからはみ出した右手を挙げて、この場を収めるように働きかけていた。

 

「それは、無かった事になんてできない……こればっかりは。悪い事じゃないとしても、マシュが良いと言ってもこっちは良くない。こういう事は男の責任だから頼むよ。どんなお詫びでもするから。そう、まさに『令呪』みたいな感覚で」

「あ……そうでした。わたしからも言うべきことがありました。大事な令呪をこんな個人的なコトに使うなんて……その、それは少しわたしのマスターとしてどうかと、思います……」

「う、ぐ。ハイ……ほんとにごめん。深く反省してます。本当に……どうかしてた」

 

 ほんの少しだけムスっとした表情でむくれるマシュに対し、再び深々と頭を垂れる。

 安くて軽いな、自分の頭。

 

「それに……あぁ、先輩。ごめんなさい、今まで気づかなくって。それは謝らせてくださいっ。その包帯の傷を診せてください。もしかして前日の訓練の時に? 簡単な治癒魔術なら緊張しててもちゃんと使えますからっ!」

「……包帯の、傷? って、あーあー! だいじょうぶだから! この程度は自然でいいんだよ! まったく気にしなくていいから! 今はマシュの方がずっと大問題なんだから!」

 

 マシュは心底心配そうに"例のブツ"が内包されたままの右手に手を伸ばそうとしていたので、つい強く彼女の提案を却下してしまった。

 そして亀のように丸まった自分の腹底に"怪我をしていると勘違いさせた手"を引っ込める。

 

 ―――そうだ、これこそが自分のよく知る今の『マシュ・キリエライト』の姿。

 

 誰かが困っていたり、痛みを感じていたら、自分の事情なんて脇に放りだして駆け寄る。

 その間にも顔を赤面させたり不安そうに青くしたり。

 出会った当初はどうにも表情の固い人だと思っていた。

 本当は表面に出ていないだけだった。見えない心はこんなにも豊かな情緒を持っていた。

 まるで人の善性を結晶化させたような少女。だからこそどうにも放っておけない。

 

 帰ってきてくれた。どんな容(カタチ)でも再び見てくれた。

 

 それだけでもう、報いなんて充分だった―――

 

 

 

「―――では、本当に心の底から反省しているのならお願いを……いえ、命令を聞いてもらってもいいでしょうか?」

「あ、あぁ、もちろん。出来る範囲なら何でもする」

 

 

 

 なんだかさっきより不機嫌になってきたマシュ。

 果たして、どんな『命令』が送られるのだろう。

 多少の無茶は全て聞き届けるつもりだし、もうこちらから口を利かないで欲しいと言われても、辛いが了承するつもりだ。

 今更どんな大義名分をでっちあげたところで何の弁明にもならない。それだけの事を、してしまったのだから。

 

 

 

「では、まずわたしのクローゼットにあるパジャマと……下着を、取ってもらえないでしょうか? わたしが体を洗ってる間に……えっと、可能ならば見ないままで」

「ぇ……って、そんなことで、本当に?」

「まずひとつです。令呪がわたしにも有ると仮定して、そのようにさせていただきました。あとふたつあります」

「あぁ、そうか、なるほど。それぐらいならよろこ……んでもいけないか。っていや、ウン、了解デス」

 

 またまた余計な事を口走る前にちゃんと肯定する。

 危うく最悪の可能性を自ら主張して冤罪を自作するところだった。

 そんな愚行を犯す気など微塵も無いし、下手すれば枚数すら把握されてる可能性も無きにしも非ず。

 もうとっくにそれ以上の罪状を重ねといてナニを抜かすのやら、だが。

 

「では、お願いします。わたしは少しっ、シャワーを、ん、っふ、くぁっ―――!?」

 

 言い終わるとマシュはどこか急くように立ち上がろうとしていた。

 生まれたての仔羊のように危なげ満点によたよたしながら浴室に向かって歩き始め―――ガクンと膝を屈しそうになる。

 

「ま、マシュっ!!」

 

 完全に咄嗟の反応だった。嫌な予感がした瞬間、恐らくは催眠時よりも早く彼女に駆け寄り、慌てて全身を抱きかかえていた。

 彼女の膝下と胴回りに自分の両腕を巻く―――いわゆるお姫様だっこである。

 

「ひゃっっ!? せ、せんぱい?」

「ほら、やっぱりちゃんと歩けてない……! いいから今は黙って言う事を聞いてくれ。無茶はしない。素直に甘えてくれ。いいね!」

「は、はい。すみま……いえ、分かりました。お言葉に、甘えます」

 

 本当は自分も全身がガクガクと震えていた。自分だってさっきまで思いっきり足腰使っていたのだから。

 だがまかり間違ってもこのまま彼女を転落させる訳にはいかない。

 女性の初体験は、まさに半身を貫かれた痛みに暫く苛まれると聞いた事がある。

 だったら甘えてなんていられない。脹脛、足筋、十指の筋力のみで二人分の体重を見事に支え切った。

 

 ―――ありがとう、レオニダスブートキャンプ。この通り成果は着実にこの身の血潮となって活かされております。

 ご覧頂く状況とはいかないのが至極残念に御座います。

 

「あ、あの。重く、ないでしょうか?」

「あぁー、軽いかるい! まるで羽のようだ! それに、人の重たさを感じられるのって、ありがたいものなんだ、よ」

「ふ、ふふ。少し声が震えてますよ。それだとやっぱり重いことになります」

「くっ」

 

 どっちが命令し、指摘してる立場なのか判らない。

 彼女はというと、いつの間にか不機嫌も治り、照れ臭そうに顔を紅潮させながら微笑していた。

 本当に人間の精神とは、ひとつの恋を自覚しただけでここまで本来の調子を崩すものなんだと呆れ果てる。

 或いはこれこそが自分の本当の姿、丸裸な自分を見せびらかしてるだけなのかもしれない。

 そう考えたら逆に開き直れる気がしてきた。

 

「もうここで大丈夫です。では……」

「あぁ、ごめん。ちょっと片付けてくる」

 

 そんなある意味での痴態を晒しながら浴室に辿り着き、マシュは軽く頭を下げてからバスタオルに手を掛ける。

 慌てて目線を外し、自分は散らかった寝室に戻った。

 

 後片付けそのものは割と容易だった。替えのシーツやら掛け布団の位置はマイルームとほぼ同様だったから。

 まずはシーツだ。汗と淫液塗れの寝床など再び提供出来るはずもなく、普段と変わらぬ要領でベッドメイキングを済ませる。

 日々の生活習慣―――つまりは『日常』をこなす事で、少しずつだが平静も取り戻していくというのもどこか皮肉な話だ。

 

 パジャマも無問題。クローゼットの下の引き出しの中で綺麗に畳まれてあった、適当な一式を丁寧に床に置く。

 問題は下着だ。

 位置はすぐ判る。同じくクローゼットの下の引き出しに有るのが順当だ。

 が、いちいち手触りだけで良さげなのを探り当てるのは―――うん、不可能。申し訳ないけど。

 可能ならばと申し上げていたので早々に断念。

 

 そうして引き出しをいざ開けてみると、ブラは白白白白、白一色。ショーツもまた白白白白、白一色。

 実に無印な良き品々。

 ただの一度の眼福もなく、ただの一度も記憶させない。

 

「…………ふぅ」

 

 深く瞳を閉じ、心は涅槃の境地に立つ。オシャレの基本は下着から。実にその通りだとも。

 清純にして無垢なのは大いに結構。だがどう評すればいいのだろう。

 風情がない。このくらいしか思いつかなかった。

 獣欲が加速していた時に邪魔としか感じられなかったモノをずらりと並べられても、といったところか。

 某天才の声真似による指摘通り、確かに今後の課題ではありそうだった。

 

 ともあれ要件だけさっさと片付けよう。

 ガラス越しから覗く女性のシルエットからは必死こいて目線を逸らしつつ、バスマットの上に彼女が次に羽織るべき物を設置。

 本当に昨日と今日と、いちいち見ない振りの多いこと多いこと。

 カラカラと浴室の戸が開く音が聞こえたので、彼女が安心して着替えられるように即座にベッドに腰掛けて背を向けておいた。

 立って着替える時の静かな足音と衣擦れの音が重なり、変に大きく耳に聴こえていた。

 

「――――――。……先輩? もう着替えは終わりました。その、変じゃないでしょうか……?」

 

 ようやく彼女から実質的な許可を貰えたのでマシュの方を振り向くと、そこには今まで一度たりとも見たことのない姿があった。

 

 上下ともに空色を基調とした縞模様のパジャマ。

 身体の負担にならないように少しだぼついたサイズで、生地には羊毛をふんだんに使っているようだ。

 襟元や裾も、その恩恵を存分に受けてモフモフしている。

 少し子供っぽい見た目だが、それが逆に彼女本来のボディラインを際立たせている。

 

「う、うん。似合ってると、思うよ」

「そうですか。よかった……」

 

 お粗末な褒め言葉で顔が熱くなる。

 そんな言葉でマシュは再び年相応の笑顔を向ける。見ているこちらが詫びたくなるくらいに眩しい笑みだった。

 しかしながら既製品だらけの下着に比べると、パジャマの方は妙に人間味があると言うべきなのか、"此処に住む彼女が着る物"という条件をしっかり理解してチョイスした逸品となっている。

 下手をするともっと高級なオーダーメイド品かもしれない。

 

「ちなみにそれってマシュが取り寄せた物……?」

「いえ、レフ教授ですが?」

「……れふ…………なんです?」

「レフ・ライノール教授です。それはちょっと誤魔化しが効かないかと。なんとなくですが、先輩の言いたい事が分かってきました。なんとなくです」

 

 残念ながら、たぶん彼女の考えている懸念は一致していないだろう。

 少し表情を暗くするマシュのイメージ内では、カルデアそのものの仇ともいえる者から贈られた物を未だに大事にしてるなんて―――というニュアンスで受け取ったのだろう。

 

 こっちにとってはそうじゃない。確かにそれも重要なんだがそうじゃない。

 全身濃緑の紳士服を着たモミアゲまでもっさもっさした中年男子。しかもネクタイにスパイク付属。

 ちょっと高級なデパートで女性用パジャマを買い漁っている男の構図を想像してみる。

 軽く通報されるレベルの酷さだった。寧ろされてれば善かったのに。顔が重苦しく感じ、俯きながらそう考えたのだ。

 

 ふと、まさかと思いマシュの方に向き直る。

 今のパジャマ姿のキョトンとした顔と、白衣じみた普段着のマシュの微笑みを横に幻視し、すっと重なり合う。

 あの服装のセンスは一体"何処から現出した"ものなのか。

 果たして外界を知識でしか知らなかった少女が、いきなり衣類を自分で選べと言われて無難に着こなせるものなのか。

 結果は先程の"不可侵領域"が示した通り。

 なんかこれ以上の考察を重ねてはいけない気がしてきた。うん、やめよう。左手に変な汗が滲み出ている。

 知ってはいけない情報もある。担い手にはなれない真実だってきっとある。

 

「えっと。そろそろ、ふたつ目の命令をいいでしょうか?」

「……だ、大丈夫。もちろん」

 

 閑話休題。気を引き締めて次の覚悟もする。

 本当はこの程度で安心なんてしてはいけない。

 だが何となく、何となくだが彼女ならば、どんなに突飛であれども人を傷付ける『命令』なんてしないと確信し始めてもいた。

 根拠ならばあった。そう、催眠にかかっていた時ですらも自分から明確に拒否した意思表示だったのだから。

 

「で、では……今度はわたしと、寝てください。一緒に」

「……………………はい?」

「い、いえっ! 今度はそういう意味じゃないんです! ぐっすりの方なんです! ノンレムの方なんです!」

「りょ、了解。理解した。ノープロブレム」

「はい、今度は手を繋いだままで……もう遅いので一緒に、おやすみなさいを言いましょう。それをふたつ目とします」

 

 本当にマシュには驚かされてばかりだった。

 主従が逆転したマスターとサーヴァントの関係だったとしても、こんな事で『令呪』を使われたら顰蹙(ひんしゅく)を買うのは必然だろう。

 人の事は全く言えないが、本当にそんな事でいいのか、と。

 しかし自分は何も非難などしない。もう何故だのと自問もせずに呑み込もう。

 それこそが彼女の望み。それでいいんだ。

 

「じゃあ……どうぞ。これでいいかな」

「はい、先輩」

 

 包帯を巻いてない自分の左手を差し出す。

 マシュはおずおずと手を取り、彼女の右手で以って互いを繋ぎ合わせる。

 立ったままだったマシュは、もぞもぞと身体をベッドの中に潜り込ませ仰向けになっていく。

 

「では。おやすみなさい、先輩」

「マシュ……。うん、おやすみ」

 

 つられて自分も本来の持ち主のベッドで共に眠る為、同じ体勢になる。

 ベッドの棚に備えられた時計は既に午前二時―――草木も眠る丑三つ時を刻んでいる。

 時間を確認した後、部屋の電灯を消して、静かに目を閉じる事にした。

 確かに彼女の言う通り、いい加減に就寝すべきだろう。別に明日にこれといった予定がなかろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………せんぱい、もう、寝ましたか?」

「……いや、まだ起きてる……」

「そう、ですか。はい、実はわたしもなかなか、寝付けなくって。普段なら眼をつむれば簡単に眠れるのに……」

 

 目の前でしか聞こえないほど小さな声で会話を再開する。軽く目を開いて時計を見ると、もう30分も経過していた。

 彼女はまだ起きていた。自分はというと―――安らかに寝られる、道理がどこにもない。

 

「どうすればちゃんと寝られるでしょうか? ……あ、そうだ。ちょっと失礼します。先輩―――」

「……マシュ? ―――ん、くっ?!」

 

 突然、マシュが仰向けから横向きになる。

 こちらの頭を両手で柔らかく掴み、彼女の胸に顔を埋(うず)められる。

 そして全身を華奢な腕でふわりと抱き留められた。

 

「これなら、どうでしょうか? わたしはどうしても寝付けない時には、こうやって枕を抱いて丸まってるといつの間にか……なのですが。枕はひとつしかないのでお互いで代用する、というのはどうでしょう?」

「む、ぐ、ぐ―――っ」

 

 カタチとしては双子の胎児が子宮の中で丸まっているのに近い。

 が、どう贔屓目に見ようとも、成長した男女がソレをしてしまえばどうなるか―――想像するに難くない。

 

 衣類越しでも『マシュ・キリエライト』の持つすべてが五感を震わせていく。

 柑橘系のボディソープの香り。少し早い息遣いの音。

 呼吸に合わせて動く大きな胸の弾力とヒトの体温。

 そして暗がりの中で眼を開くと、そこから覗くのはパジャマから少しはみ出た血の通った"女"の鎖骨と胸元。

 

「ふふ、よく考えたらこれはわたしがよく就寝する為の行動で、今の先輩にとってのものじゃ……ないですよね?」

「………………」

 

 どうにもマシュは"女の自分の魅力"を全く自覚していない節がある。

 そんな無自覚の魔性をいちいち見せつけられたら、オトコがどんな風に成り果ててしまうのか、未だに分かってない。

 いつもいつも、彼女にとってのご立派な"先輩"を演じられるワケがない、のに。

 

「マシュ」

「先輩? んぅ―――!?」

 

 自分でも驚く程に低い声が出た。"女"の名前を呼び、唇を奪う。

 舌の味わいも、口内の感覚も咀嚼したい。再び情欲が鎌首をもたげてきた。

 

「せ、せんぱっ……ん、ふ、ちゅ……」

「―――」

 

 

 

 ―――だったら示してやろう。そんなにオトコを惑わせる意味が清純な頭脳でワカラナイなら、美しい血肉に教えこませなくてはいけない。

 

 

 

 女のカラダに上から逃げないように覆い被さり、互いの衣服が邪魔だとばかりに摩擦させてゆく。

 

「ん、ちゅっ、ん……はぅ。ダメ、ですっ。せんぱい、今はもう、ダメっ。はっ、あうぅん!」

「―――」

 

 

 ―――だったら欲していると表そう。熱を与え、与えられたいと。気が狂わんばかりの情交を今も尚、果たしたいと。

 

 女の股座に自分の太ももを滑り込ませ、我慢した荒息をオンナの眼前で吐き、豊かな乳房を隠すボタンに手を掛けようとする。

 

「せんぱ、い。もう、ねないと。本当に、体に障るからっ、わたしも、せんぱぃ、も。ちゃんと、明日にそなえ、ないと……!」

「――――――は、あ、あ、ぁ……っ……ぁ」

 

 

 

 潤んだ"マシュ"の瞳は確かな熱情を持っている。それでも、欲してはいても求めてはなかった。

 カラダの火照りが治まった、訳ではない。理性の暴走が鎮まった、ワケでもない。

 

 一緒に寝たい。今度はふたりで。明日を迎える為に。

 

 唾液で湿った口から放たれた『これら』にはちゃんとマシュ自身も含まれた言葉だったと、ギリギリのところで気付けたから踏み止まれた。

 本当にそれだけが今の彼女の望み。

 だったらもう自分だけで独走はしてはならない。他ならぬ自分でマシュと約束したのだから、それくらいは守り通さないと。

 いったい自分の『何処』で感じられたかは―――その所在だけは最後までわからなかった。

 

「ごめん、本当に、ごめん…………っ」

「ぃ、ぃぇ……だい、じょうぶ、です。ごめんな、さい。わたし、また……まちがえて」

 

 謝るなと言ったはずなんだけど―――と口から出そうになったが、やめておいた。

 こんなマスターでも、あくまでマシュは失望などしない。

 それでも固く握り締めた手を放そうとはしない。

 

「――――――、……じゃあ、こういうのはどうだろう。握ってるオレの脈拍を計ってもらってもいいかな? 人の脈を感じてると安心するって、どこかで聞いた気がするから」

「わ、わかりました。やってみます」

 

 だから無理矢理にでもいつもの"先輩風"を吹かせてみよう。

 わたしのせいで、と気落ちするマシュを慰める為に今度はこちらから咄嗟に思い付いた代案を提示する。

 これは半分嘘で、半分は本当の事。

 

 自分が聞いたことがあるのは、生まれたばかりの赤ん坊にアナログテレビの砂嵐の音を聞かせると、今までぐずついていたのが大人しくなるという迷信だ。

 科学的根拠は特になく、母親の胎内にいた時の脈動が奏でる音階に近いからでは、との憶測に過ぎない。

 

 もう半分は自分自身の経験談。

 小さい頃に何か哀しい事がある度に、よく母親の腹にダイブしてベソをかいて、そのまま寝落ちしてた。そんな恥ずかしながらの実体験。

 

「では、今から計測します。先輩」

「ああ、お願い……ゆっくりでいい。目を閉じたままで数えて」

「はい……」

 

 そんな真偽の混在した豆知識を信じて、マシュは握った指を少しだけ移動させ、こちらの手首にある橈骨動脈に軽く這わせていく。

 目を閉じて、ほんの僅かに唇を動かしながら、今もなお不随意に刻み続ける血流を数えだした。

 

 

 

 

 

「……………………脈拍数、ちょうど90です、先輩。少しだけ早いですが、規定範囲内です」

「ありがとう、そのまま落ち着くまで続けるんだ」

「はい…………、…………………………85、です。だんだん、脈も静かに、なってきた、気がします」

「うん、ありがとう。もういちど」

「はい……せんぱい……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん……ぅ……ぃ…………、ご………………ぅ、ん……っ、ん……す、ぅ」

 

 

 

 

 

 だんだん唇から心の中で数えた声が漏れ、それすらも聴こえなくなった。

 今度は計測結果の報告は無かった。代わりに聞こえるのは規則正しいマシュの寝息。

 

「……眠った、か。よかった……」

「ん………ぅ………すぅ」

 

 ほっと一息ついて、起こさないように小さく呟く。

 眼を少し見開いてみても、マシュは静寂の中で確かに眠りについていた。

 

 元々、疲労が溜まっていたところで行為に及んだのだ。緊張さえ解けてしまえば後は肉体そのものの訴えだけで何とかなる。

 数なんて重要でも何でもない。今のこの結果こそが互いの望んでいた本当の姿。

 

 決して無表情などではない。

 大事にしたいと、ずっと魅せられていたいと、いっそ永遠に閉じ込めてしまいたいとすら思える程に安らかな寝顔だった。

 しかしそれだと自分は眠ることができない。

 安心して明日を迎えられない。約束は、守らないと。

 名残惜しさと安堵の混じった溜息をひとつ吐き、マシュと尚も繋がっている示指、中指、環指だけは離さないように身じろぎする。

 

「……あ、れ?」

 

 寝そべったままで背後を見てみると、もうひとつだけ部屋内を検分してた時に見つけられなかった家具を発見した。

 ちょうどベッドの真後ろに備えられてあった、彼女ならではの"部品"。

 ベッドに備え付けてある小型の蛍光灯だけ付けて僅かばかり部屋内を照らしてから、薄暗がりの本棚に視線を送る。

 

 キチンと整理整頓された本棚のジャンルは主に三つ。絵本童話と推理小説、そして世界の伝記、叙事詩。

 屈まないと取れないほど低い段に置かれてあるのが童話。

 人魚姫、雪の女王、三匹の子豚、赤ずきん等々。どれも世界に名だたる作品の数々だ。

 あくまで絵本なのだから、ショーウインドウのように縦置きに並べられた絵柄のみで内容が自然に察せられる。

 まさしく言葉が通じなくとも、世界に自己の存在が認知されるという何よりの示唆だ。

 

 上の段になると少しジャンルが変わり、推理小説の数々と伝記が揃って置いてある。

 有名なものはスペルで判るが、残念ながらタイトルも見覚えのない物も多々ある。

 それでもどこまでが推理小説だと断定できるのは、その中には創作の登場人物だとばかり思っていた彼の名探偵―――シャーロック・ホームズを題材にした著書もあったから判別できた。

 

「……」

 

 ベッド上の棚にも何冊か本が置かれてある。

 英訳ですぐに読み取れたものは同じくシャーロック・ホームズの名著―――『白面の兵士』に『ライオンのたてがみ』か。

 右手に取ってみるといずれも本の角は僅かに丸くなり、中を覗くと手垢によって所々が少しくすんでいる。

 丁重に扱いつつも何度も、何度も読み返した証拠だ。

 

 一回目はただ内に燃え上がる情動のままに、ドキドキワクワクしながらページをただ捲ったのだろう。

 

 二回目は本の中の住人たちが何を考えながら彼らなりの人生を彩っていったのか、自分の心に透写してみたのだろう。

 

 三回目は物語を描き切った筆者が、いったい何を願ってこの幻想を創ったのかを考察したのだろうか。

 

 尤もその作者ご本人が現在カルデアには在籍しており、栄養ドリンク片手に執筆活動しているのだがそこはそれ。

 何とも渋いボイスで自らの作品を酷評しながら、少年少女の夢と希望をズタズタに引き裂いてゆくのは間違いない。

 

 ―――あの時の事は未だ忘れてないのだよ。アンデルセン君。

 人魚姫の続きを―――と切望していたファンに対して放った暴言で生まれた、何とも悲しそうなマシュの瞳の色を。

 とはいえ隣にいた自分も本当はそう思っていた。既に完結した物語の続編など期待するものではない、と。

 

 たとえばマッチ全部を気前よく買ってくれるシルクハット姿の紳士が現れようとも。

 

 酷い仕打ちをする父親のところまで駆け込んで、代わりに怒ってくれる大人がいようとも。

 

 どんなに理想的な終演(オワリ)だろうとも。みんながハッピーエンドな世界になろうとも。

 

 きっと、その物語の主人公は健気に苦界を生き抜こうとした少女ではないだろうから。

 

 少なくとも自分は『あのマッチ売りが主役ではない読み物』に興味など持たないと思った。

 印象に残らないから、内に宿った"何か"を持ち主が考える切っ掛けにもならない。

 少し残酷かもしれないが、それこそがあの物語の存在価値だったのだと思う。

 それが"今"の自分の偽らざる感想だった。

 

 絵本に関してはひとつ、苦々しい想い出があった。

 ずいぶん昔の出来事なので、まともに辿れそうにもない。

 ひとりの女の子と喧嘩をしてしまった記憶。子といっても、寧ろ自分よりも年上だったようだが。

 

 

 

 ―――で、そんな感情を与えてくれるであろう奇特な贈り物たち。

 それを目の前にいる十代の女の子にプレゼントする人物など、自分の知る限りたったひとりしか該当しない。

 

 

 

「―――」

「……すぅ……すぅ。…………ぅ、ん」

 

 少しばかり感慨に耽りながら、今度こそ消灯する。あまり長々と照らし続けて、彼女を起こしてしまうといけない。

 寝床に潜り込み、ずっと触れ合ったままの三指の感触を噛み締めて、右手で本をそっとベッドの上に戻しておいた。

 

「……こんなとこにあったんじゃないか……マシュの証―――」

 

 誰にも聞こえない程度の声で独白する。

 そして自分もちゃんと就寝する為に軽く瞑目した。

 

 ずっとこの少女に自分は何ができるのだろうと考え続けていた。

 

 何も出来ない無能な自分がただ不甲斐なかった。

 

 何とか命を繋ぐ方法は無いのかと、何者でもない何かに必死に訴えたくもなった。

 

 でもそうじゃなかった。そんなことをマシュは最初から望んでなかった。

 

 彼女が望んでいた事はたったひとつ―――そばにいてほしい。そばにいたい。たったそれだけだった。

 一緒に居たいから。ただそれだけの理由で彼女に寄り添って善かったのだ。

 たとえ後で嫌だと言われようが、誰かにエゴイストと呼ばれようとも。

 

 だとしたら自分に出来る事もきっとひとつだけ。彼女の存在を此の世に遺す。

 この本と同じように自らを媒体に記憶することで『マシュ・キリエライト』という存在が此処に居る証明にする。

 自身が証人となる。『此の世で最も愛した、ちょっと変わった普通の女の子』を覚え続ける。

 

 旅路の果て―――人理を救えた後でも、成人しても、この身が大地に還っても。

 

 

 

 ずっと、ずっと―――

 

 

 

 ―――たったそれだけで、よかったんだ。

 

 

 

 

 そういえば、なんであの時、ケンカなんてバカな真似をしたのか思い出した。

 あの子が大切に持っていた絵本の内のひとつ―――バッドエンドと名高い『マッチ売りの少女』―――に勝手に続きを作ってしまったのだ。

 おしまいの文字にバッテンの印を描き殴り、本の端に画用紙をセロファンテープで張り付けてエンディングの先を付け足した。

 

 ―――天国にいるおばあちゃんがマッチ全てを買い取り、少女の頭を優しく撫でて、一緒に手を繋いでこの世に還り、虐待してた親父を一緒に怒って三人とも仲直り。

 

 そんなあまりにもパワフルでトンデモなストーリー。たかだか平仮名を覚えたてのコドモが描いた物語なのだから当然、整合性も統一性も何もない。

 横の挿絵にクレヨンの落書きが付け足されたタカラモノを本来の持ち主に押し付けてしまったのである。

 

 

 

 

 

 当然、女の子は泣いて、怒った。

 

 許可などまったく取らなかったんだから。上半身の駆動と手首のスナップのみで強烈なビンタをお見舞いされた。

 

 ただ、なんでそんな事をしたのかは、本当にもう、思い出せない。

 

 痛みだけはハッキリと記憶しているのだから、人間の頭脳とはホントに現金なものだ。

 

 あの時、女の子とはちゃんと仲直りできたんだったか。

 

 家―――と呼ぶのが畏れ多い程に大きな建物だったような、カラダは病弱だったと聞いたような。

 

 だれかと一緒に謝ってもらったような、そんな曖昧な記憶しか残っていない。

 

 こんな風にこれから生き残ったとしても、時が進んでいった果てに、色んなものを取りこぼして、しだいに忘れていくのだろう。

 

 それは確かに辛い事で、いつしかそれが哀しい事だったとすらも思いだせなくなるのだろう。

 

 

 

 ―――ああ、だからこそ、忘れない。

 

 

 

 目の前で安らかな顔で眠るマシュのことだけは、なにがあっても忘れない。

 

 それだけが、今の自分にできる精いっぱいのことなのだから。

 

 でもさっきから考えがまとまらない。

 

 理由は分かっている。自分だってもう眠たいんだ。

 

 心身ともに疲れ果ててるのだろう。

 

 ようやく口にした、彼女のたっての願いというのもある。

 

 ただ、なによりも安心したから。

 

 ちゃんと覚えてさえいれば、証さえのこせれば。

 

 添い遂げたいと、こころの底から願った女の子と、一緒に明日を迎えていい、と。

 

 

 

 ――――――そんな風に優しくささかれた気がして。

 

 

 

 今度こそ、自分の意識は、ここではないどこかへ遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 ―――

 

 ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――遠い日にした、約束にもならない時は未だ来たらず。

 

 2015年6月―――カルデアの外は、今日も吹雪によって空は見えなかった。

 

 

 

 

 

 ◆To be continued◆(長くなりすぎたため後半へ Act3.二重定義、二重否定に続く―――)

 

 




 以下、後書きという名のマテリアル。

 必要なければ無視していただいてノープロブレム。



 設定紹介:礼装(物品)



 催眠指輪・ヒュプノスリングちゃん:製作者談―――『わかってないなあー。催眠と言っても何でも言う事ヘイコラ聞く訳じゃねぇんだよお。
 もっと分かりやすく例えるなら、私の工房の贋作事件の時に手伝ってくれた……うーん手伝わせた? まぁ"あの英霊"の宝具から着想を得てね。
 人間の内面に存在する心象世界を視覚野からスキャンして一時的に空っぽにして、ダストデータ……はたまたバグになっちゃってるような"心のしこり"を検索し外部から除去する方法を探り当てる……と。
 今時ならHDDクリーナとかウィルス対策ソフト、とでもいえばいいのかね。私たちの仕事なら特異点修復の人間サイズ縮小版ってなモノだ。相手が心開いてること前提な命令しか聞かないワケよー分かったあ~?』

 ―――とのこと。

 ※要はアニメ版『Fate/Zero』にて雨生龍之介が凛ちゃんをアヘらせてたアレの類似品とでもお思い下さい。

 アイン・ソフ・オウル君:とってもかわいらしい普通のマスコット。首が勝手に270°動くだけの陶器のオモチャ。(大嘘)
 彩りが足りないと思った時に見渡しのいい場所にでも飾ってみては?(主目的)

 はい、どう見繕おうともただの■■■■■です。バレたら一大事。



 それではお付き合いいただき、誠にありがとうございました。そのうち後半戦も創ります。
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