エロエロナ物語 -エロエロンナ物語R18編- 作:ないしのかみ
昭和新山みたいなお山は、一応、中央大陸にも火山があるんです言う事と、新植物ドクタケの紹介用かな。
製鉄用の燃料として竹炭は今後、重要になると思います。大陸に森林資源が無いのが悩みだったけど、これで一挙解決になるか。無論、魔法植物だから現実の竹とは性質が似てるけど、地球に存在しませんよ(コークス並に燃える炭なんてね)。
でも、ドクタケだからって「ぱっかぱっか、ひひーん」と竹馬に乗る馬鹿殿は登場しないと思うぞ(笑)。
【改訂】
その4との記述と矛盾するので「魔法の一つも使えない」から、「僅かな魔法しか使えない」へ文章を変更。
-サッキュバスの館5- その2
林の向こうに広がるプテラ山が、白い水蒸気を棚引かせている。
茶色い山腹には樹木一つ、草の一本も生えてないが、アラティーは故郷の原風景として真っ先に思い出すのが、この山であった。
「何も無い場所から、ある日、突然に山が隆起してねぇ」
視察に立ち寄った農家で、彼女はプテラ山を語るおばさんの説明に耳を傾ける。
幼い頃から、何回も何回も聞いた繰り返し筈だが、語り口の絶妙さもあって全然飽きない。
そしてアラティーを歓迎してくれる心遣いが嬉しくて、いつも寄ってしまうのだ。
「昔は豊かな麦畑だったんだよ。あそこは」
「驚きましたの?」
おばさんは「そりゃ、そうさ」と肯定する。
朝、起きると麦畑の真ん中に火口が出現し、どろどろした溶岩を噴き出しながらどんどん、うず高く成長していったのだと言う。
周辺の麦畑は火山に飲み込まれ、一帯は不毛の地へと変わってしまった。
「忌々しい山だよ。本当に」
お陰で男爵領の大切な財源だった最大の農地はこれで消滅し、火口から流れ出る毒の瘴気で付近には畑も作れない。
瘴気からの被害を守るべく、瘴気を吸収して無効化する〝魔竹〟を、火山を囲む形で植林し、どうにか被害を食い止めたが、今に至る男爵領の食料難は全てこれが原因だと語る。
「私にとって、プテラ山があるのは当たり前でしたのに」
「あれはアラティーお嬢様が、生まれる前の出来事だったからねぇ」
そもそも男爵がこのトリィの町を拝領したのは、伯爵の元で功績を挙げて士族となり、周辺で一番富んだ土地を買ったのが出発点だった。
当時のエロエロンナ伯爵領、いや、まだ男爵領だったが、は広大な土地こそ与えられたものの、その土地の大半が不毛の未開拓地だったのだ。
最初に拠点となったのが、エロンナ村と言う昔の砦があっただけの寒村で、砂漠の砂と地元の魚以外、何も無い土地だった事から、エロエロンナ男爵の苦労が分かるだろう。
その中で、トリィの近辺は比較的条件が良かった。
主食である小麦が収穫出来るだけでも勝ち組の上、街道の分岐点と言う地理的条件の良さから、軍事上でも重要地点だったのだ。
エルダ世界の自然は精霊力によって変化する。
大河ポワンの東岸とトリィのある西岸とは、全く気象条件が違うのだ。
「伯爵様の東岸エロンナは暑すぎて麦が育たないからねぇ」
「椰子や竹糖が生える様な、南国気候ですもの」
広大な砂漠に面して、殆ど雨も降らず、冬になっても20℃以下に下がらない。
だから、小麦が栽培可能なトリィは皆の食生活を支える要地だったのだ。
「あの噴火で荘園が一つ、壊滅さえしなければねぇ」
「作付けを転換すべきですわね」
悔やんだ様な昔語りを語り続けるおぱさんに、次期当主であるアラティーは、その立場から将来計画を述べる。
領主は配下の民を富ませるのが務め。
それが領主教育を学んだ、アラティーなりの帝王学だった。
「冗談じゃないよ。町を守る為にドクタケ栽培こそ許したけど、貧乏人やカニの喰う作物なんか、あたしゃお断りだね!」
激しい口調での反応に、アラティーは心の底でため息を付く。
トリィの住人は保守的な者が多い。
人間が食べる主食は麦だと心の底から信じて、それ以外の作物を認めない。
住人こそ、ネコ耳族みたいな亜人や妖精を認めては居るが(伯爵が半妖精なんだから、反発するのは命に関わる)、食文化に関しては頑固とも言える常識を捨てないのは、トリィが最も古い開拓地であった為だろう。
「ばーちゃん、煩いよ」
不意に後ろから若い女の声がした。
アラティーが振り返ると、背負子に炭を山盛りにした少女が立っている。
年齢は15のアラティーと同い年くらい。服装は東方聖教会の巫女姿。
「おや、アラティーじゃん。久しぶり」
「これっ、アラティー様と言わんか!」
薄緑の髪を後ろに束ねて、背中に背負った炭の束をよいこらせと降ろすと、その少女は「にひひひ」と悪戯っぽく歯を見せて笑った。
思わずどきんと胸が高まる。アラティーの良く知った顔である。
「トリン。久しぶりですわね」
「春先に会ったじゃん。あんた忙しそうだから、横顔見ただけだったけどさ」
幼馴染みで、現在、助祭兼炭焼き職人のトリンシス・トゥーラだった。
名前を省略して、皆からはトリンと呼ばれている。
エルダ世界じゃ13歳から成人なのだが、成人前から炭焼き職人になって既に五年のキャリアがある。もっとも、下層階級が成人前から職に就くのは珍しくはない。
「ほい、ばーちゃん。今月の炭」
からからと乾いた音を立てて、真っ白になった炭が貯炭場へ移される。
金属質の甲高い音を立てている所から、この炭の質は高そうだ。
「暇?」
「視察中ですけど、まぁ、どっちかと言えば」
どちらかと言えば、視察を口実にした散歩だ。
帰郷したからには館に閉じこもっているよりも、、故郷の様々な場所に行ってみたいとのアラティーの思いがある。
トリンは「よしっ、アラティー借りるよ」と、腕を引っ張って彼女を誘い出す。
おばさんが「これっ」と抗議をするが、小言を無視して農家を脱出した。
「話の途中でしたのに」
「作付け問題と凶作話だろ。専業じゃないけど、あたしにだって説明出来るよ」
困り顔のアラティーに、左右に広がる元気のない畑を示してトリンが言った。
土地には休耕地が目立つ。
しかし、これは農地を三つに分けて耕作する三圃式農法の為の物で、荒れ地ではない。
三つに分かれた畑に大麦。もう一つは小麦かライ麦。そして最後の畑が休耕を繰り返し、連続して作付けして行く農法だが、休耕地の存在で畑の1/3は使えない。
「輪作式にすれば、土地を有効利用出来ますのに」
輪作式は近年導入された新しい農法で、休耕地であった土地を休ませて地力を回復させるのではなく、マメ科の植物を植えて土地を余す事無く、年間を通じて有効利用する物である。
マメ科の植物はクローバーなどの人間の食に向かない物ばかりであったが、これは家畜の飼料に回せば良いし、そのまま犂込んで肥料にするのも悪くない。
「でも最近、紅芋と言うのが西方で発見されましたわね。あれは人間が食せるみたいですわ」
「駄目だよ、年寄りは伝統に拘るからね」
改良を思い付いたらしいアラティーに、真っ向から否定を述べるトリン。
そうなのだ。農業をやっている領民の殆どは保守的で、新しい作物も、新しい農法も拒絶する傾向が強いのだ。
「なまじ農家が年寄りだらけってのも問題がある」
「若者は農家を継ぎませんわね」
幼馴染みは苦笑して、「加工業の方が儲かるからな」と炭を一本差し出した。
その意見が正鵠を射ているだけに、サッキュバスは頭を抱える。
「確かに凶作に陥っても、我が男爵領が安定しているのはその為です」
「竹の加工が主な産業だからね。」
災い転じて福となったのか、町を火山の瘴気から防ぐ竹林が思わぬ経済効果をトリィにもたらしたのだ。
元々、火山を囲む竹林は大気中に漂う微細な魔素を吸収する性質を持つ、魔竹と言われる特殊な竹だった。
が、その性質から、有害な瘴気を取り込んで浄化する作用があり、火山災害の被害を防ぐ為、それを知っていたエロエロンナ女伯の指摘から試験的に植えた事が、全ての始まりだった。
魔竹は生長した。
プテラ山の有害な瘴気には多量の魔素が含まれており、それを取り込んだ魔竹は凄まじい勢いで増殖したのだ。そして、立派な竹林が出来上がるのに一年と掛からなかった。
資源を有効利用すべく、魔竹の調査が行われた結果、魔素を含んだ魔竹はとてつもない火力を発生する炭になる事が判明。
以後、魔竹を利用した炭焼きが主要産業となる。
「何せ、コークスに匹敵するカロリーを持つ竹だからな。しかも、どんどん生え、幾らでも採れるから、ウハウハだぜ」
「竹細工も盛んですしねぇ」
他に国内生産の半分が、今や魔竹を材料とする矢になっている。
容器とか色々な加工品の原材料として、魔竹はグラン王国に欠かせないチート素材である。
これら竹産業で、トリィは大いに潤っているのである。
が、反面、農業など、従来の産業が衰退した。
「農業に拘るのは年寄りだけになっちまった。そして、その年寄りや仕方なく家を継いだ後継者だって、新しく意欲を持って畑仕事をしやしない」
惰性として伝統を守ってるだけなのだ。
自分達が食べられる量さえ確保するば満足だし、こうして凶作になっても他の場所から輸入した小麦を食べられるから、豊作にして次回以降の蓄えを確保する危機感がない。
何せ、食い物を購入する金はあるのだ。
「男爵領も直轄地トリィが駄目でも、配下の士族領からの収入で黒字ですからね」
「当分はお金に困らないんだ。少し、贅沢出来るじゃん」
貴族のお嬢様はぶんぶんと首を振って、「冗談ではありませんわ」と叫ぶ。
伯爵や侯爵みたいな中堅貴族ならともかく、子爵以下の下級貴族、しかも何処かの配下に位置する従属貴族は、殆ど経済状態が厳しいのである。
大貴族の庇護下にある分、見返りとして上納金や労働とかの対価が要求されるからだ。
「わたくしが一人で飛び回ってる理由もそれですわよ」
「趣味だろ」
「否定はしませんけどね」
物語とかに描写される、煌びやかな護衛を連れた仰々しい行列はそこにはない。
もしかしたら、お忍びで騎士か密偵位は密かに付いてるかも知れないが、アラティーの周囲には貴族の姫に関わらず、お付きの者が誰一人居なかった。
人を雇うのにも、少なからず金が掛かるからだ。
「昔からそうだったじゃん。屍体が出たけどさ」
「ここが田舎で、それなりに平和だったからかも知れませんわね」
街道筋であるから警備それなりに厳しく、治安はかなり良い。
定期的に百戦錬磨の陸戦隊が巡回してるから、生半可の盗賊は太刀打ち出来ないのだ。
話している内に、街道沿いにあるトリンの家に到着する。
去年、建てたばかりの一軒家で、こじんまりとした二階建ての立派な家屋だ。
「やっぱり、炭は儲かりますのね」
簡素な祭壇の他に生活道具しかない室内だが、見回せば使われている建材はどれも立派なのに目を見張る。
これだけ太い柱や梁には、それなりのお金が掛けられているに相違ない。
「ばーさんは、あれを〝ドクタケ〟って呼んで忌み嫌っているけどな」
瘴気、火山の毒を吸うから毒竹(ドクタケ)なんだろう。
元々、あれも南大陸から来た外来種だ。保守層の人間が胡散臭い目で見るのは、仕方ないのかも知れない。
居間大きな茶卓で待っていると、隣の台所に姿を消していたトリンが茶道具を持って引き返してきた。
「お茶、要るか?」
「頂きますわ」
予め保温されていた攪拌樽から、注がれたお茶を一服して一息付く。
普通のバターと塩の味ではなく、仄かな甘味を感じた時『ああ、やっばり我がトリィは豊かなのですね』と嬉しい反面、改革が遠のいたのを感じる。
このお茶には、庶民には中々手の届かない砂糖が入っていたのである。それだけでも、彼女の営む製炭が、かなりの利益を上げていると分かる。
アラティーは『無理をして、農業改革を進めるべきではないのかしら』と悩んだ。
産業が上手く回っているのだから、時代遅れとなって衰退する農業を見限り、構造を竹加工業に一本化してしまった方が、『領民にとって幸せではないか』と。
「……所でさ、デイビスを筆降ろししたんだって?」
「あ……うん」
先日、童貞を奪った男の子の話題だ。
何で?と言う顔をすると、表情を読み取ったのかトリンが口を開いた。
曰く、「あんた、そんなに腹ぺこだったの」と。
「いえ、充分足りてましたけど、領民の皆様がせっかく用意しくれたお食事を、無下にお断りするのも失礼かと思いまして」
「だろうと思った」
以前帰省した時、彼女に淫魔の食糧事情を話していたのを思い出す。
身体を維持する為の精液をサッキュバスは魔素に転換し、魔力の源と言える心臓に貯蔵して、日々、取り込んだ魔素を消費しながら生きて行く。
当然、魔素が尽きたらそのサッキュバスには死が訪れるから、淫魔はその前に糧となる精を補充するが、常に精液を得られるとは限らない。
特に人里離れて相手に恵まれない野良淫魔は、猛烈な搾精で相手から一滴残らず生命力を奪い、殺してしまう事例が多い。
だが、男の全てを吸い尽くす淫魔なんて、殆ど都市伝説みたいなもので、普通、サッキュバスはお腹が一杯になったら吸精を止める。
毎日、きちんとごはんが食べられる淫魔なら、搾精してもその量はたかが知れていて、相手を枯死させる程の搾精なんか行わない。
それを行うのは一回、食を逃したら次にいつ機会が回ってくるのか判らない野良サッキュバスか、とにかく空腹で飢えて死にそうになっている飢餓状態の個体。または精を搾り取って相手をミイラ化するのが趣味の変態サッキュバスだけだ。
まぁ、野良サッキュバスにこの手の奴らが多いのは事実で、淫魔こそが上位種で、その他は数が多いだけの虫けらとして、人間を単なる餌と考えている輩が多い。
サッキュバスが忌み嫌われているのも、こうした殺人鬼みたいな輩が多いせいなのだが、それはそうとして、淫魔は食い溜めの形で体内に魔素を蓄積可能なのだ。
仮に成人男性一人を死に至るまで搾精した場合、理論上は淫魔は優に数ヶ月もの間、何も口にせずとも身体を維持出来る。まぁ、これは安静にして冬眠みたいな不活性状態に入った場合で、普通に身体を動かしていれば、せいぜいひと月が現界だ。
都会のサッキュバスは獲物が沢山なので、普通は相手の精を全て吸ったりはしない。
一日、複数の相手と性交して必要量の魔素を摂り、更にいざと言う時に備えて貯蔵する。貯蔵量は活動していれば一年程度とそれ程、多くはない。
「うん。余り多く摂取すると太りますのよ」
前、そう言ってアラティーは笑いと共に、今の食糧事情を告げたのだ。
エロエロンナで公娼に就いてる淫魔は、日に数人から十数人の客を相手に仕事に励む。当然だが、搾精する精液の量は必要量を遥かに越える為、そのまま貯蔵して行くと、やがて身体が不要になった分を反映させてしまう。
美しく誰もが魅了される姿だったのに、ぽっちゃりと体型がふくよかになってしまうのだ。確かにその手の趣味(デブ専)の趣向を持つ者も存在するが、贅肉が付いてしまっては【魅了】の技を持ってしても、一部の人間しか誘惑が困難になる。
「だから、不必要な魔素を精液に戻して排出するのですわ」
「股間を男性化して?」
アラティーは頷き、「排出された精液は、見習いの糧になりますの」と告げる。
サッキュバスは基本的に両性具有で、股間にクリトリスを変化させた男根を生やす事が出来る。
これで体内に溜まった余計な精液を出し、見習いサッキュバスの糧、給食用に回すのだが、出し立ての新鮮な状態ならともかく、時間を置くと劣化して魔素の量が減少してしまうし、味覚的に薄くなってしまう。
「そんな説明を受けた記憶があるな」
「見習いの頃は不平を述べて食べてましたけど、それでも野良淫魔から見れば、毎日、飢えずに生活出来るんだから、贅沢と思われてたかも知れませんわ」
そこでトリンが不意に尋ねる。「今でも男性化してるのか」と。
「女性客も来ますからね」
淫魔とセックスしたい客は性別を問わない。
女性とセックスする事は、割合として男性よりも遥かに少ないが、それなりの需要があり、アラティーも経験済みである。
男性器を生やした淫魔を〝インキュバス〟とか呼ぶ地方もあるが、エロエロンナでは一般的ではなく、単に〝ふたなりサッキュバス〟と呼称している。
変化するのが局部だけで、全体が男性にならないからだ。
無論、大古とか、もしかすると現在でも何処かに生き残ったインキュバスが存在しているのかも知れないが、ここ千年ばかり目撃例がないので、インキュバスは絶滅しているのかも知れない。
「やっぱり、女性を犯してるんだ」
「えり好みは出来ませんのよ」
言葉を切って、トリンの反応を見る。
これは怒ってる顔だと判断して、アラティーは「お仕事ですもの」と正当性を訴える。
「判ってる」
「……でも、焼き餅を焼いてくれて嬉しいですわ」
すっと顔を近づけて、その頬に接吻する。
かっと、爆発した様に赤くなる顔。
「今でも……あたしを愛してくれるの」
「はい」
淀みなく答えるアラティーを見て、トリンの目が丸くなる。
お嬢様の真剣な表情を確認して、彼女は思わず下を向いた。
「贖罪なの。昔の事を気にしてるの?」
「それに拘っているのは、恐らく、わたくしより貴方ではないですか」
「でも、そのせいでアラティーは捕まり、あたしは令嬢を誘惑した女として……」
「わたくしは気にしていませんわ!」
一呼吸置くと「気にしていませんわ」と再度告げる。
そして思い出す。あの時、11年前にあった事を。
◆ ◆ ◆
青空が広がる秋空の晴天下で、二人の少女、いや年齢からすれば幼女と呼ぶべきだろうが、歓声を上げて走り回っていた。
今朝から昼過ぎまで散々遊び歩いているのだが、成長期の子供は無限に元気さがあるみたいで、一向に疲れた様子を見せない。
「あはははは」
「今度は何しましょうか?」
追いかけっこ系の遊びや、虫を捕まえるのにも飽きた仕立ての良いドレスを着た少女が、くるくるとカールした銀髪の縦ロールを揺らして相方に尋ねる。
糸で結んだトンボを片手に、それがじたばたと無駄な脱走を試みるのを面白げに観察していた少女が「ん」と呟いて、縦ロールの方を見る。
こっちは質素で簡単なスモックとスカート。簡素だが高価そうな服地をまとった相手とは対照的に、一般庶民風で農家の野良着に近い。
「釣りは今の時間だと、準備が大変ね」
「ええ、竿とか取って来るのが面倒いですわ」
それに恐らく、釣りが終わる頃には陽が沈んでしまうのを指摘する。
街道沿いとは言うものの、夜は治安が悪化するし、夜に出没する危険なモンスターと遭遇しかねない。
ボアー系の夜行性猪とかの野獣系も怖いが、ゴブリンみたいな小鬼族、滅多に出ないがアンデット系の幽霊なんかも危険である。
「先週のあれ、まだ見付からないだろ。怖いからねぇ」
「一回しか見た事ありませんけど、腐った屍体が動いているのは怖気を振るいましたわ」
動く屍体(ゾンビ)。街道で行き倒れた男の末路である。
誰にも弔われず、火葬もされないこうした屍は、放置されると大抵は生者に恨みを宿した不死怪物となってしまうのだ。
たまたまだが、領主の娘アラティーはそれを目撃して恐怖に駆られて逃げ出してしまった。
報告を受けた男爵家の家臣達が直ぐさま向かったが、奴はどこかへ雲隠れしており、手勢の乏しさから、今は冒険者(クエスター)を数組雇って探索中だ。
ゾンビも昼間は活動的でないから安心だが、夜になると危険は跳ね上がる。
「午後からのお勉強の時間も迫ってますわね」
「それ、面白いの?」
トリンの問いに、縦ロール頭がぶんぶんと横に振られる。
実は仕方なくやってるけど、本当は勉強なんか嫌いな事を語り出す。
「じゃ、何でやるの」
「貴族ですから……将来の為に勉強しなければなりませんの」
「読み書き計算かぁ。よっつの子供に必要なのかなぁ」
農家の娘トリンシスは、淡緑色のお下げを弄りながら上を向いてぼやく。
来年、希望すれば学校に通えるのだが、無料であっても両親は彼女を通わせる気はなかった。
子供と言えども労働して家を手伝うのが優先。学校なんかに行く時間は無駄と言うのが考えで、農家に学は要らないのがその主張だった。
農家や漁師なんかの家庭では、こうした考えが根強く、せっかく領主が国の法に基づいて初等学校を開校しても、予定の半分程度しか生徒数が埋まらないのが多い。
大抵は無料か、ほんの僅かな負担で済むにも関わらず、農村・漁村の教育熱は現状そんな物である。
「読み書きとか基礎的な物は去年済みましたから、今は応用編ですの」
「へー」
「領主の心得とか、帝王学とか」
「うわぁ、何それ。難しくて、頭痛くなりそ。でも、三つの頃にそんなの出来るなんて、アラティーって頭良いね」
「うーん、魔族って早熟ですのよ」
常に敵から狙われている危険から、魔族はヒトみたいに成長速度を掛けていられないのだ。
誕生して直ちに立って歩き回り、言葉も異常に早い時期から喋り出す。
知性も発達し、二歳児でも読み書き計算はこなせる程になるのである。
「もっとも天才ではなく、その後の発達速度はヒトと変わりませんわ」
「そりゃ、テラ・アキツシマみたいな天才が、そこら中にぽこぽこ居たら、世界は魔族に支配されてるよ」
古代史に登場する英雄を例に出してトリンは声を上げて笑うが、ふと訝しげに「アラティーは男爵様の後を継ぐの」を尋ねる。
嫌で堪らなくっても、真面目に勉強する姿を見て湧き上がった疑問だ。
「今の所、わたくしが後継者ですから」
「じゃ、別の候補が現れたら?」
去年、待望の男児が家に生まれ、家の継承権を亡くしたトリンが尋ねる。
女男爵だって、まだ子供を、男子を生むかも知れないからだ。
アラティーは顔を伏せて、「判りませんわ」と答えた。
「そう」
「実際、わたくしはまだ後継者として、国に正式な届け出はなされておりません」
未登録のサッキュバスだからである。
現状では違法で、捕らえられて殺されても文句が言えぬ人権も無い魔物に過ぎない。
それだけではなく、家臣達の間にもアラティーを次期後継者と認めるか否かで論争がある。
その人柄を知っている身近な家臣は概ね好意的だが、外様の士族なんかは口にこそ出さないが、明らかにアラティーを認めない者も居る。
「ハァ、貴族様って色々と難しいんだ」
「権謀術数の世界ですからね」
「何それ。あたしと遊び回ってるあんたが、どうもお嬢様って気がしないのよねぇ」
周囲の仲間に入れずに指を咥えて皆を見ているだけのアラティーを誘い、それ以来、いつも一緒に遊んでいるトリンであったが、アラティーは他の人間に打ち解けなかった。
彼女が人見知りする性格だったのかも知れないが、楽しければ良いとして気にしていなかったし、領主の御令嬢と判明後も、特に態度を変えないで友達として付き合っている。
「田舎の下級貴族なんて、そんな物ですわよ」
トリンは麦畑の傍らにあった、農作業の休憩ベンチに腰を掛ける。
ここへおいでとばかりに隣を軽くノックすると、ポケットから柿の実を取り出してアラティーに放り投げる。
慌ててキャッチする淫魔を横目に、豪快に実を囓って種を地面へ吐くと指に巻いた糸を解く。
耳触りな音と共に、トンボが大空へ遁走する。
「貴族も人間かぁ」
「何だと思っていましたの」
実の表面を裾で拭うとアラティーも隣に座った。
「もっと気難しくて、雲の上に居る住人とかと」
「大抵はそう思われるのですね」
しかし、格式張っているが、下級貴族の実態は庶民に少し色を付けただけである。毎晩、夜会とか豪華な晩餐会を開く、贅沢三昧する余裕はないし、子息も令嬢もお稽古事に忙しい。
治安の問題から左右されるのだが、余程の危険がなく、かつ遠出さえしなければ、一人歩きして領民とつるんで遊ぶのも日常茶飯事な所も多い。
だが、やはり身分差はあり、全く庶民と同席しないと言う輩も多いし、庶民の方から敬遠してわざと誘わずに、遠巻きにするケースもある。
貴族などやんごとなき身分に関わると、色々と面倒臭いし、時には厄介事が持ち込まれるからだ。
例えば、もし遊んでいる最中に貴族の子女に怪我なんかさせたら、普通はタダじゃ済まない。
下手すると、一家連座で罰が与えられてしまう事もある。
「ま、気が合うから良いんだけどね」
「そうやって、わたくしを誘って下さったのは貴女だけでしたわ」
「んー、子分が出来た感覚だったけどね」
後に正体を知ったのだけどトリンは気にしなかった。
報告すると面倒だから、両親には黙ってそのまま付き合っている。
「わたくし、だから恋をしてしまいましたの」
「誰に?」
「無論、貴女にですわ」
最初に声を掛けてくれて、仲間としてくれて本当に嬉しかった事。
いつの間にか、大切な人へと存在が膨らんでいたのを力説する。
「貴女が好きなんですの」
突然の、しかも子供らしいストレートな告白だった。
まじまじと顔を覗うと、その表情は真剣その物である。
そう言えば、やたらと抱擁癖があったのをトリンは思い出す。
「冗談は……」
「本気ですわ。その、わたくしは貴女を愛してますの!」
サッキュバスはふたなり(両性具有)だ。
しかも、現在の主流であるコモン(臣民)種は卵巣を持たず、子孫を残す為には女性を犯して孕ませなければならず、その姿は女でも恋愛対象は他種族の女性なのだ。
だからアラティーは告白した。
自分が愛してるのは目の前の少女であると。
「……御免なさい。唐突でしたわね」
「え、あ」
思わず自分が熱くなっているのを理解し、反省してトーンを墜とす淫魔。
でも、サッキュパスの本能として、好きな女の子を自分の物にしたいと言う欲求の炎は、心の奥底にふつふつと燃えているのを押さえ切れない。
視線を逸らし、明後日の方向を向くお下げの女に、アラティーは衝動を何とか理性で抑えた。
「その、嬉しかったよ」
「本当?」
トリンは立ち上がると、アラティーの手を取って麦畑に歩を進める。
びっしりと実を付けた夏小麦の穂は長穂種で、四歳児の身長なんかすっぽりと隠してしまう高さがある。その中へガサガサと掻き分けて入ってしまうと、最早、外から彼女達の姿を見付ける事は不可能だ。
「本当に愛してくれるのなら、その証拠を見せて」
「あ……証拠って」
咄嗟に答えられず、ただコクコクと頷き返すしかないアラティーの前で、トリンは意を決して量股に穿いている飾り気のない下着を降ろした。
アラティーの中で抑えていた欲望が大きくなる。
「こう言う時、大人って〝せっくす〟するんだよ」
「だ、大丈夫ですの」
「多分。父さんと母さんのを見てるから」
不安はあった。しかし、聞きかじりで〝サッキュバスとのセックスは、処女喪失の痛みがない〟と耳にしていた。
そして、家で両親の性交を毎晩身近で見ていて、母が喘ぎ、快感に溺れる様を見ていた為、アラティーとのそれも気持ちいいのだろうと予想が出来た。
「んっ」
もう、我慢が出来なかった。
淫魔が股間に力を込めるとクリトリスが膨張し、立派な男根へと変化する。
巨根ではないが、子供のサイズからすれば成人男性に比肩する立派な長さで、高級感漂う薄手の下着をむくむくと持ち上げて、亀頭がぴょっこりと顔を出した。
「折り合えず、指で局部をオナって下さいませ」
準備は完了したが、いきなり挿入は辛いと判断して性器を弄って愛液を出すのを指示する。
カウパーに催淫物質が含まれていて、挿入の歳に痛みを緩和するのだが、それだけでは処女喪失時には痛みを感じてしまうからだ。
「こう?」
「わたくしが手伝いますわ」
くちゅくちゅと、幼い手が淫靡な動きで恥丘をまさぐる。
やがて「あっ、あっ」と快楽の声が響いてトリン自身の手淫が調子に乗ったのを確認し、跪くと今度は口を使ってむしゃぶり付く。
「ああっ、気持ちいいっ」
「ん、ほがったでしゅはぁ」
アラティーは舌で女穴を舐め回しながら、充分に受け入れ準備が整ったのを確認する。
頃合いは良し。
「では、挿入(いれ)ますわね!」
「こ、怖い」
「わたくしも怖いのは同じ。だって初体験ですもの」
今まで男性の精を搾った経験はあるが、女性とセックスするのはアラティーも初めてだ。
相手が居ないと言うのも大きかったが、何より、最初の相手はトリンだと決めていたのもある。
「本当は着衣のまま、したかったですわ」
「パンツ汚れちゃうわよ」
希望を述べるが、トリンはぴしゃりと断る。
農家の衣料事情は貴族と違って厳しく、着替えは簡単に用意出来ない。幾ら田舎貴族でも、着替え程度は用意出来る男爵家とは違うのだ。
覚悟を決めて、正面から違い抱き合う形でペニスを突き立てる。
「あっ、ああああーっ」
その声を発したのがどちらであったのか、アラティーだったのか。それともトリンシスか。
二人は猛烈な快感を互いに感じ合い、アラティーは夢中で腰を振る。
男から搾精する時は動かず、膣自体を脈動させて擦り上げる淫魔であるが、女性を犯す時は逸物を猛烈に突き入れ、激しいピントン運動で子宮の奥底を突き上げるのだ。
サッキュバスでも、今は女性を愛するふたなり男性。
男の本能丸出しで、アラティーは内部で二回りは成長したペニスで子宮口を目指す。
大きくなった分、ぐいぐいと強制的に押さないと到達しない。
「しゃせいっ、射精しますわぁーっ!」
「来てえ、アラティーの本気、一杯感じさせてぇぇぇ」
ペニスが子宮口を突き破りると身体を震わせ、外にもはっきりと耳に出来る盛大な水音を響かせながら、美少女淫魔が猛烈な勢いで射精する。
頭の中がハレーションを起こし、快感を全身で感じてコントロール出来ない。
口からはダラダラと涎が流れ、目からは歓喜の涙が溢れる。
「うあっ、濃くて熱い」
「はぁぁぁぁ」
アラティーは全身全霊を込めて精を吐き出し続ける。
ごぼっ、ごぼぼと大きな音が響き、注ぎ込まれるザーメンが小さな胎内一杯に広がると、やがて腹が少しずつ膨れ出す。
「うわぁぁぁ、アッ、アラティー」
最初は流れ込む熱い精液に身を焦がしていたトリンだが、腹に異常を感じて相手を呼ぶ。
止まらない。
そう、アラティーは頭の中を真っ白にしたまま、射精の快感に完全に支配され、愛しい女の子宮に精子をひたすら発射し続けているのだ。
尋常な量ではない。精巣、淫魔のそれは胸部のバストが超大型の精巣なのであるが、それから考えても物理的にあり得ない量を出している。
「く、苦しい。気持ちいいけど、苦しいよぉ」
サッキュバスの持つ生体魔法の中に【胎内拡幅】がある。
これは限界を超えた膨大な射精を受け止められる魔法的な能力で、淫魔が放つザーメンの全てを子宮が拡大して納めてしまえる様になる。
この能力のせいで、今、アラティーの暴力的とも言える放精を受け止め続けているのだ。
時間にして数分間、トリンのお腹がたちまち膨れ上がる。
リットル単位で大量の精子が遠慮会釈なく注がれて、服が弾け飛ぶ様な姿となった少女は、お腹の苦しさを訴えて泣き叫んだ。
「苦しいよぉ。誰か、助けて……」
この苦しみを作った元凶、アラティーは繋がったまま気絶している。
身体を動かそうにも腹に溜まったザーメンが重く、無理に立ち上がろうとしたら。そのままコテンと横倒しになって、隠れた筈の麦畑の外に身体が出てしまった。
「もうっ、これでも……気が付かないの」
大声出そうとしても、ぎゅうぎゅう詰めでお腹を膨らませてる精液が肺を圧迫しているので力が入らず、アラティーを起こそうとしても、同様に膨らんだお腹が邪魔まで手が上手く回せない。
ようやく射精が停止したが、状況は変わっておらず、体重以上に詰め込まれた精液の重さで動くのもままならない。
「誰かぁ……」
赤い陽差しが彼女を照らす。
時刻は夕方。農作業帰りの誰かでも通るかと期待したが、そうそう都合は良くはない。
仕方なく、トリンは膨れた腹を力一杯押す。
中のザーメンを強制放出させようと努力したのだが、生憎、生体魔法【逆止弁】の効果で一旦、子宮内へ注ぎ入れられた精液は、一定時間が過ぎるまで絶対に逆流しないのである。
「何で……何で、出て来ないのよぉ」
押しても押しても、中身は一向に出て来ない。
淫魔が相手を妊娠させる際、胎内に精子が長時間留まって受精させる為、一週間は子宮内に留まる様になっているから、幾ら押しても逆流は叶わない。
「気持ちいい……。お腹がポカポカしてる」
疲れ果て、お腹がだいぶその状態に慣れて苦しさが落ち着いてくる。
精液に混じっているサッキュバスの媚薬成分が、身体に快楽を与えて、暖かくリラックスした安らぎをトリンに与えて行く。
「あ、誰……」
「う……ん、トリン、誰か来たましたの?」
その声に、ようやく気絶していたアラティーが目を覚ます。
ずるりと逸物を抜くが、寝ている間にサイズが縮んでしまったらしく、突き入れた時の苦労とは逆に、呆気ない程あっさりと抜ける。
がさ、がさりと麦の穂を掻き分ける音。
「よいしょっと」
この手の掛け声は、貴族では下品とされて禁句なのだけど、誰も聞いてないから構わないだろう。服装を整え、身体の状態を確認する。
魔素が殆ど空っぽだった。
サッキュバスは精巣に魔素を送り込み、物理的に有り得ぬ量の精子を次々と製造するが、体内に貯めていた魔素を、殆ど全て精液として還元するとトリンに射精してしまったのだ。
『だって、余りにも気持ちいいんですもの』
搾精している時は気が付かなかったけれど、成る程、殿方が自分に夢中になって射精するのが理解出来た気がする。
女の子の中に出すのが、あんなに気持ちいい物だとは知らなかった。
自分も、思わず我を忘れて気絶するまで注ぎ込んでしまったのだ。
「御免なさい。やり過ぎてしまいましたわ」
お腹が数倍に膨れ上がった最愛の女性に彼女は済まなそうに謝ると、音のした方へと向き直る。
クリトリスに戻した男根は下着の中に収まり、皆に悟られぬ様に尻尾はドレスの中に隠したから、領民以外の者が現れても自分の正体はバレない筈だ。
そろそろ黄昏時で、辺りが闇に包まれそうだ。
「誰か、助けて下さいませ」
アラティーはそう依頼する。
腹ボテのトリンを運ぶのは自分の筋力じゃ無理である。だから、どうしても目の前の誰かの力を借りる必要があったからだ。
領民以外だったら、腹ボテとなっているトリンを説明するのに骨が折れるが、「大変。サッキュバスに襲われましたの」と白々しく説明すれば、まぁ、何とか誤魔化せるだろう。
そう、皮算用を建てていたのだが……。
「うがぁっ!」
しかし、麦の穂を割って現れたのは予想外の相手だった。
「ゾンビ……」
「屍体、ですの」
媚薬に夢うつつなトリンの呆けた声と、脅威と恐怖の入り交じったアラティーの声が重なる。
何とか身を躱したが、そいつは行方不明になっていたゾンビだった。
道理で見付からない訳だ。昼間は高く生えた麦畑の内部にでも潜んでいたのだろう。、
「くぅっ」
致命傷は避けたものの、アラティーは無傷とは行かなかった。
振り払われた屍体の手が服と共に、浅く赤いひっかき傷をその身体に刻み込む。
エルダ世界のゾンビは、別に菌とかを感染させてゾンビ化する類いのモンスターではないのだが、アラティーはまだ四歳だ。
一般人なら大人だったら何とかなりそうな相手でも、今のアラティーではそこらの子供と変わらない。魔族であるサッキュバスであっても、使える能力は【魅了】【体内拡幅】【逆止弁】みたいな、淫魔としての基本生体魔法だけで、攻撃魔法なんか持っていないからだ。
「でも、退く訳には!」
いつも持ち歩いている、片刃造りの短剣を抜く。
貴族の持ち物としては無骨でシンプルな、優美さの欠片もない普段遣いの道具。
最後に使ったのは、昨日竹とんぼを作った際だった気がするが、今はこいつが唯一の武器だ。
逃げるのは簡単だ。
屍体は歩く速度は低いから、走って逃げれば子供の足でも逃亡は容易だろう。
しかし、自分の後ろには身重で動けぬ女性が居るのだ。恋人を見捨てては行けぬ。
淫魔の少女がそう覚悟を決めた時、風切り音がして、幾つもの矢がゾンビに突き刺さった。
ぴくりと痙攣し、その場で踊る様に回って屍体は再び、膝を折る。
「平気か」
崩れ落ちる不死怪物の後ろに、冒険者の一団が迫って来る。
アラティーは急いで助けを求めた。
◆ ◆ ◆
「結局、ゾンビ狩りのクエスターに助けられたけど。お陰であんたの存在が中央にバレたのよね」
「服が破かれて、尻尾が露出していたのが敗因でしたわ」
淫魔が少女を犯していた現場は大騒ぎになった。
それが領主の娘であり、しかも子供同士が性交していたのも問題視されたが、政治的な取引でもあったのか、直ちに領都から役人がやって来て、アラティーは登録サッキュバスになる為、故郷からエロエロンナの淫魔学校に連行されるだけで済んだ。
幸い、淫魔学校のカリキュラムが一年遅れただけだったし、基本的な勉強はトリィの町で既に学習済みだったから、問題なく編入され、学習の傍ら半年に一度、故郷へ帰るだけの生活に入った。
「あたしが。アラティーを誘ったから」
「いいえ、わたくしがそれに乗ったから暴走して……貴女は実家から縁切りされてしまった」
トリンは救出後、激しく責められた。
領主の娘とは言う物の、淫魔と子供なのに性行為をしてしまったのも咎められたが、その結果、秘匿していたアラティーが中央の知る所となり、政治的に拙い問題を引き起こしてしまった。
家臣が野心を引き起こし、男爵領の内部で政争が起こったのだ。
詳細は省くが、その原因を作った者としてトリンが槍玉に挙げられ、結果として彼女は家から放逐され、聖教会の見習いとして遠方へと流刑になる。
「実家を恨んではないよ。誰かをスケープゴートにしなけりゃ、トリィで一家が立ちゆかなくなったからね」
「でも、本当にとばっちりですわよ」
「親子の縁を切られた事? まぁ、聖教会に入れられた時は、退屈で死ぬかと思った」
トリンはからからと笑い、「だから絶対帰って来てやるぞと誓って、立派な助祭様として赴任してやったよ」と力強く言った。
「半分、俗業の炭焼き職人だけどね」
専属ではなく、同時に炭焼きを生業にしているは、聖教会から得る給金では食べていけない程に困窮するからである。
「でも、トリンが聖職者とは驚きでしたわ」
聖職者は聖句魔法が使える術使いでもある。
生体魔法以外、今だ僅かな魔法しか使えないアラティーにとって、彼女は眩しい存在だった。
しかし、勉強が大嫌いだった彼女が、今や立派に術使いなのが信じられなかった。
密偵の報告でようやく足取りを掴み、彼女が懲罰で故郷から教会へ流刑されたと聞いた時、絶対ドロップアウトして教会を抜け出すと思っていた。
その時、アラティーはまだ7歳だったが〝何と思われても構わないから、求婚しよう〟と決意したのは内緒である。
もし脱走したら、追っ手に捕まったり、行き倒れになる前に保護して、そのまま領都で一緒に同棲するつもりだったのだ。
「それよりもアラティーの方が、大変だったろ」
「いえ、向こうの寮生活も悪くありませんでしたわよ」
同期の淫魔、ラーガとタンハーの事を思い出す。
今は別々の職場だけど、元気でやってるだろうか。
「あそこの淫魔学校、聖教会の中で黒い噂があるんだよね」
「あら?」
「実は領主の私兵だとか、卒業後に娼婦が搾取されてるとか」
少しドキリとしたが、学校での訓練の賜なのか外に見える動揺はしない。
アラティーは「公娼だから、搾取されてると言うのはお門違いでしょう」と離し、先の噂については「想像力過多ですわねぇ」と流す。
「アラティーが、向こうで酷い目に遭ってないかと心配よ」
「大丈夫。休暇で帰って来れるだけ健全ですわ。正式に次期後継者にもなれましたし」
「後継ねえ……あんたの公娼期間はまだ長いのでしょう」
長いかと問われれば、長いと答えるしかなかった。
アラティーの「あと13年」との回答に、トリンは天を仰ぐ。
もし、次期男爵を継承するにしても13年後にならなければ、領主としてこの地に常駐出来ない。
「まだ、あたしを愛してくれるの?」
「勿論」
「13年後、あたしは三十路直前のおばさんだよ」
若い頃に外見の成長が停止して、いつまでも美しい姿を保つ妖精族やサッキュバスと違い、ヒト族のトリンは年齢相当に齢を重ねるのだ。
寿命だって淫魔の半分程度しかない。
「それでも貴女は、わたくしの最愛の人間ですわ!」
その淫魔の回答には何の迷いもなかった。
〈続く〉
約15,900文字、長い。凄く長いけど、まだ続きます。
エロシーンをどうやって入れるか苦労しました。結果として回想シーンとなり、よっつの子供同士のおこちゃまセックスになってしまった(笑)。