エロエロナ物語 -エロエロンナ物語R18編- 作:ないしのかみ
シャルル登場です。
◆ ◆ ◆
手を振りながら上空に去る赤毛の召喚術士を見送った後、廃墟に残った二人は暗い竪穴に振り返った。
見下すと階段と床が見えるが、ここから先はずっと暗闇が覆う横洞が続いているらしく、冷たい風が深淵から吹き寄せてくる。
「行く?」
「当然ですわ」
巫女の問いに答えるサッキュバス。
トリンシスは嘆息すると「一旦、戻って手勢を連れて来るって選択肢もあるよ」と、慎重論を述べてその決意を翻そうとした。
さっき訓練中の騎士達の力を借りるべきだと主張する。
まぁ、実際は行軍の基礎の基礎を実習してるだけで、練度としては治安維持用として最低限のレペルを保つだけの訓練をしているのに過ぎないとは思うが、やはり二人だけでは何かあった際、心許ないのである。
「わたくしの個人的な行動ですし……それに、時間はもう今日しか使えませんのよ」
「リスクは引き下げないと、皆が迷惑するよ」
アラティーは残骸の一つを拾い、松明として使えるのを確認すると火を点ける。無論、火属性の魔法なんかは習得していないので、手段は火口箱を利用した普通の着火だ。
「行きますわよ」
「やれやれ」
いつもの【幻光】ではなく、松明を使うのは通常ならば魔力消費を抑える為なのだが、今のアラティーは太る位に魔素が有り余っている。
それは、洞窟内の空気の流れを把握する為だ。
良く冒険者(クエスター)が使う手法だが、炎の揺れで風の吹く方向や空気の減少を確認するのは原始的だが有効な方法だからである。
ばちっ!
「!」
その時、破裂音が響いた。
かなり大きな音で、それが地下への入口から内部で起こった事に緊張する。
「今のは」
「後からでしたわね」
今の状態は、中に進んでまだ十歩と行った所である。
突然の異音にトリンシスが振り向き、何かを発見する。
「これは……何で、こんな所にこんな物が」
「式神ですの?」
それを目にした巫女は床に転がる人型をした紙片、東方呪術で陰陽道と言われる系統に属する式神の残骸を驚きの目で見詰めていた。
中央大陸。グラン王国を含む西方で発達した魔導とは別系統の呪文大系で、東方の皇国では一般的な魔法なのだが、魔法触媒、特に〝和紙〟と呼ばれる特殊な紙が西方では入手困難なので、それを使用する使い手は西方では殆ど見られない。
「式神を知ってるんだ」
「直接、目にしたのは二度目ですわ」
トリンシスは東方聖教会に送られた為、実際に皇国へ行って何度も実物を目にしている。
だが、西方から、否、エロエロンナ伯爵領から一歩も外へ出る事が出来ないアラティーが、その存在を知っているのは意外であった。
でも、領都は港湾都市。
国際港として外国の物品や人材の交流も激しいから、『もしかすると、目にした機会もあるのかも知れない』と無理矢理納得する。
「何故、こんな所に……」
訝る領主代行。
無論、式神は淫魔学校にやって来た講師役のサッキュバスから見せて貰っただけであるが、この陰陽道の技が幾つかの系統に分かれているのを、彼女は知っていた。
代表的な術に【紙兵】と言う紙の兵隊をそのまま実体化させる技がある。
これは戦闘に使われるが、陰陽師の腕によって強さが上下するので、具体的な戦力としては測り辛い。
もう一つの代表技に、この式紙と呼ばれる紙のまま使役して術者の代わりに自在に遠隔操作させて、偵察なんかに使われる技もある。
「斥候用ですわね。多分ですけども」
「シャルル?」
「二級相当な上に、陰陽術士ですの?
ないない。無いと思いたいですわ」
それはアラティーの願望であったが、分からなくもない。
松明を掲げ、ずっと先まで続く深淵の彼方へと視線を走らせるが「【気力探知】の呪文を習得してませんの?」と、隣の幼馴染みに唐突に聞いた。
「あるよ。ただ、精度は低いけどね」
「頼みますわ。わたくし習得してませんの」
無属性魔法【魔力探知(マナ・サーチ)】は比較的初歩の呪文であるが、アラティーはこれの習得が苦手でどうしても覚えられなかった。
呪文習得には個人差があり、魔導士とされる六級の、いや、下手すると一級魔導士ですら、ごく初歩の呪文を習得出来ない事も多々ある。
魔法は自分の等級以下の魔法リスト全てを自動習得する様な物では無く、とんでもない超高級呪文を七級の超初心者が、何故か使えると言う事すらあったりする(まぁ、その代償に馬鹿の一つ覚えみたいに、記憶容量が足りずにその呪文しか使えないって事になりがちだが)。
「ラーガも、タンハーも楽々使いこなしていましたのに……」
「淫魔学校の同期だね。ま、人には向き、不向きがあるよ」
落ち込む恋人を慰めつつ、トリンは呪文を唱えると、ふわっと普段と異なる感覚が解放され、魔法的な存在に対して敏感になる。
近くに強い複数の魔力反応。
「多分、こいつは位置的に表にあった結界石だね」
「他には?」
「待った。レンジが狭いから良く分からないんだけど、ああ、障壁が張られているな」
障壁とは魔力による壁なのだが、結界と障壁は混同される事はあるが別物である。
常に魔力による力が働いているのが障壁で、結界とは魔法陣的に魔力を帯びた存在を幾何学的に配置する事で効果を発揮する物なのだが、必ずしも魔力を常に必要とはしない。
現代知識で言うなら、常に作動している照明と、必要な時だけに対象を感知して作動するセンサー感知式のライトとの違いと行った所だろう。
「場所は後方、約五メトル」
「さっきの式神の所ですの?
式神がそれに引っかかった。でも、わたくしらには何も異常はありませんでしたわよ」
肯定するトリンにアラティーが疑問を浮かべるが、「障壁の魔力は、ごく弱いものだったんだろ」と推論を述べる幼馴染み。
実際、人に衝撃を与えたり、傷を負わせるだけの障壁の魔力量だったら、読み師では無いが魔導士であるトリンやアラティーだったら、恐らく感知していた筈だ。
「警戒用の物だったのかも。どうする?」
どうするとは、すなわち引き返すかとの問いだったが、領主代行は首を振った。
時間が彼女には無かったから、いける所まで強行しようと言う意思の表れだった。
「しまったなぁ。アリンを帰すんじゃなかった」
「今更ですわよ」
「そうだけどさぁ。連絡係として待機して貰えたら助かったんだけど」
最初は単なる洞穴かと思っていたのだが、こうして内部に入るととてもそんな規模ではないと判断する。
ぽっかりと開いている穴は奥が深そうで、この先、どの程度の距離があるのかは見当が付かず、もし本格的な迷宮(ダンジョン)クラスの構造物だったら、流石にたった二人では荷が重そうな探索であり、下手すると遭難しかねないから、入口付近に異常を察して町へ情報を伝える伝令役が存在していると有り難かったのだが……。
「仕方ない。一応進むけど、余り深入りしない」
「でも……」
「本当なら、ここで引き返すべきだと思うからね!」
本当だったら、本格的な調査隊を編制して探索すべきなのだ。
が、そうなるとここの調査はアラティーの手から完全に離れてしまうだろう。次の機会は半年以上後で、事後報告を聞く事だけになりかねない。
本当は反対なのだが、アラティーの持ち時間はせいぜい数時間だから、入口付近の深入りしない範囲なら多分、危険は少ないだろうとトリンは判断した。
「迷宮探検なんて久しぶりだよ」
「あら、やった事がある様な口ぶりですわね」
「あるよ、東方聖教会の修行の一環で何回か」
奉仕活動の一つとしてモンスター退治や治癒活動の実践の場として、冒険者(クエスター)に同道して活動した時期があったらしい。
「大した活躍はしなかったけどね」
「戦ったとか?」
「雑魚のオオカミとかね。大物は戦士にお任せだよ。それより【治癒】の出番の報が多かったわ」
冒険者のパーティーに聖句魔法が必要なのだが、聖句魔法は女性限定の魔法だとしても女冒険者の全員が必ず有しているとは限らない。
そこで登場するのが修行中の聖職者で、一時的な臨時要員として、しばしば冒険者に同道するケースは珍しくない。
中にはまぁ、冒険者稼業が気に入ってドロップアウトする者も居たりするが、トリンシスは数回だけ、迷宮探索や護衛を引き受けた後に神殿に帰還したのだと言う。
「では、頼りにしてますわよ」
「はいはい」
軽い口調で返事をするが、無論、状況を侮っている訳では無かった。
だが、この洞穴の雰囲気からすると、動物かモンスターが居るとしても、せいぜい子鬼(ゴブリン)級だろうと踏んでいたので、余程の事が無いと平気だろうとの目算はあった。
探索に満足させ、無事に城館まで連れ帰る事が肝要であった。
◆ ◆ ◆
「思いの外、規模はでかいわね」
入口から五分が経過。
東方聖教会の巫女は目論見が外れて焦っていた。
「引き返しましょう」
「まだ入ったばかりですわよ」
酷暑の外と違って、ひんやりとした空気が流れる中にあった湿気が異様に多い。
手にした松明の範囲内でしか目視出来ないが、うっすらと霞の様な白い空気が其処此処に漂ってさえいるのが見える。
土小人(ドワーフ)の持つ、暗視の瞳能力でも持っていたらより遠くまで見渡せるのだろうが、自然洞穴風のこの空洞は曲がりくねっているので、あったとしても先が見えないのかも知れない。
「引き返そう。まだ道が枝分かれしていないから大丈夫だけど、こんな事態になるなんて想定してないから、マーカーも無いし、準備不足だわ」
迷宮探検には位置確認が必須で、要所にマーカーを設置して迷わない様にする。
マーカーは色々あるが、杭の先に目立つ色のリボンを巻いて視覚的に分かり易くする物や、壁に染料で位置を示す文字や絵を描いた利するのが主流である。
「黒板用の白墨はありますの?」
「良く知ってるわね」
グラン王国では、黒板なる道具が近年、大量に生産されて安価になった白墨の普及と共に広く使われていた。
トリンは公学校で黒板に書くこの筆記用具を、確かに何本か懐中に忍ばせている。
「不埒な生徒に白墨を投げつけるって噂、本当でしたのね」
「白墨で描くマーカーは、余り信用が置けないのよ」
それは無視して、取り出した白墨の中で一番目立ちそうな桃色を壁に擦りつける。
描いたのは大きな×印だが、湿気が高いと流れてしまうので万全の物とは言えない為、白墨を使う冒険者はどちらかと言えば資金に乏しい……、つまり冒険を始めたばかりの駆け出しパーティー御用達と相場が決まっていた。
「昔、白墨マーカーで酷い目に遭って……」
「しっ」
腹の膨らんだお嬢様が言いかけた言葉を制止する。続けて「何か聞こえませんこと?」と告げたので、目を閉じて巫女の方も耳を澄ました。
「水音ですわ」
「嘘」
水音と言っても、鍾乳洞で雫が滴り落ちる間欠的な音では無かった。
微かにだが、まるで滝の様に多量の水が落差を持って落ちる様な水音であったが、『この水不足の折、自然にこんな音があっていいのだろうか』とトリンは幻聴の可能性を考えた。
「確かめますわ!」
言うが早いが駆け出した幼馴染みを、あわてて追う。
曲がりくねった幾つかのカーブを曲がる度に、前方を走る松明の光が遮られて難儀するが、四つか五つ目の角を曲がった時に、その光景に絶句した。
「何ですの……これ」
それは地底にぼっかりと開けた、広大な空間だった。
数百メートル四方はあろうか、地下水脈の流れが先程の水音の発生源である。
今まで人が並ぶ事もぎりぎりだった通路とは大違いで、しかも、全体的に魔法の灯が洞窟全体をぼんやりとだが明るく照らし出している。
しかも、得体の知れぬ物体が一角を占拠しており、一番奥にある白いぶよぶよした物体が呼吸するかの様に脈動し、地下水脈にその巨体を浸からせていた。
「白いぶよぶよ。彼の言っていた物体ってこれなのでしょうか」
先とは桁違いの轟音が響く中、ギルバが述べていた淫夢の内容を思い出すアラティー。
「お腹が妊婦みたいな割りに、駆けるのが早いのね」
ようやく追いついたらしいトリンシスは、息を切らせて文句を言う。
この光景を見ても「さっきから【魔力感知】に反応してたから、余り驚かないわよ」と述べて、自然洞窟に近い状況とか、白いぶよぶよした物体とか淫夢での条件は一致するから、予想の範囲内である事を告げる。
「規模は予想以上だけどね」
「何の為の施設か想像付きますの?」
「シャルルの遺産ならば、錬金術の為の魔導装置だけど」
ちらりとぶよぶよを筆頭に、得体の知れない物体を一瞥するトリン。
「これ、本当に魔法装置?」
「貴方もそう感じますの。どちらかと言えば、生き物の内臓の様な……」
「あたし的には白いミミズか、なまこだね」
脈動する白いぶよぶよ。
白い肉に黒い斑点がぶつぶつと飛び散り、ツブ貝の中身の様にも見える円柱で、超大型の芋虫か環状の軟体動物の様にも見えた。
しかし見方を変えれば動物の内臓、腸か何かにも思えなくは無い
「にしても、錬金装置らしき物がありますわね」
近寄ってみないとはっきりとは判らないが、金属製の機器が白いぶよぶよに付随している。
ガラスか何かで出来た管やら、蒸気釜に似た銅製のポッドらしき物が、巨体を取り巻く様にセッティングされているのだが、魔導士であっても錬金術の専門家では無い二人にはそれが何に用いられる機器なのかは、全く判らない。
「もう、充分でしょ。引き返しましょう」
「ええ」
アラテイーは素直に従った。
目の前のこれが、専門家を引き連れての調査ではないと手に負えないと自覚したからだ。素人の生兵法では対処出来ないなら、ここは一旦、体勢を整えるべきだ。
が、その判断は少し遅かった。
〔逃がさん〕
そんな言葉が聞こえた様な気がした。
途端にぞくっと嫌な感じがして、体感的に気温が下がった気がしてすうっと辺りの空気が変化した。
「アンデット、まさか!」
「入口が……」
同時に叫んだ二人の内容は異なる物であった。
ぞくりと肌を突いた感覚は不死怪物(アンデット)の中でも、死霊系のそれと何度か対した事のある巫女の言葉であり、今、入口となっていた背後の洞穴が閉じて行く事の警告は、淫魔の叫びであったからだ。
「スペクター(幽鬼)、いえ、そんな物じゃ無い」
「それよりも閉じ込められましたわよ」
まるで岩が自然成長した様な形で、鍾乳石風に上下から生えた突起が入口を塞いでいる。
アラティーが駆け寄ってそいつを叩くものの、容易く叩き折れるが次の瞬間には新たな岩が再生して行き、身を乗り入れて向こう側に出る前に、成長した岩で防がれてしまいそうな感じである。
「骸骨よ」
「いよいよ、化け物屋敷になって参りましたわね」
見ると剣を持った骸骨が、ゆらり。ゆらりと地面から身を起こしている。
だが、その身にアンデットの持つ負の霊気が感じられず、まだ作用中だった【魔力感知】に反応した事で、トリンは「竜牙兵だわ」と警告を発した。
単なる骨が動き出したスケルトンと違い、竜牙兵は魔法によって創り出された一種のゴーレムであり、竜の牙を核として武器や防具も一緒に生まれ出てくる。
「三体。これ以上、増えるなよ」
素早く数を数えた巫女は、懐中から鎖打ち棒を取り出して構える。
短めの鉄棒の先に鎖で繋がれた分銅が繋がれた打撃武器で、殴ると同時に分銅を振り回して攻撃も可能な暗器の一種である。
東方聖教会と同じく東方から伝わって来た物で、コンパクトな割りに携帯に便利なので、女性の護身用に向いている。
アラティーは「本物じゃないのを祈りたいですわ」と、片手にカトラス。もう片手に松明を持ったまま言うが、「シャルルは一流の錬金術師、もどきの竜牙兵をも操るのは余り考えられませんが」と、その考えを否定する。
「あたしら、屈強な戦士じゃないからね」
本物の竜牙兵とは、竜の竜牙(ドラゴントゥース)から誕生する真打ちだ。
が、世の中に流通する竜牙は大抵、モンスターとしての格が低い飛竜(ワイバーン)や草竜(グラスドラゴン)みたいな亜竜、下手すると単なるオオトカゲの牙が主原料だ。
そう言った偽物が大半を占め、当然、それらは本物ら比べて性能が劣るから、目の前の竜牙兵がそいつであろう事を期待したいのである。
「まずは、先制っ!」
アラティーは不要になった松明を投げつけると、素早い動きでフォルッシャン(曲刀)でそれを祓う竜牙兵の側面を突き、カトラスで胴を薙ぎ払った。
固い手応えが手元から響く。
ただの骸骨では無く、粗末ながら革鎧を着ているので刃物による斬撃は有効打とは言い難いのだが、何とか鎧に食い込んでくれた様だ。
「本物の竜牙兵じゃ無かったみたいですわね」
背骨にダメージを与えたらしく、ぐらりと身体が折れてがしゃがしゃと崩れ落ちる竜牙兵を見下ろして、お嬢様は刀を引き抜いて新たな敵へと対峙する。
「装備のグレードが違うみたいよ」
言われて見ると、残りの二体の状態には明らかな相違がある。
さっき倒した奴は曲刀に革鎧だったが、別の一体は加えて円形楯を持って兜まで被っている。
トリンが戦っている残る一体は、単なる骸骨で手に粗末な棍棒を持っているだけで、動きも先程の奴に比べると鈍そうだ。
「私が戦えるんだから、こいつはまがい物よ」
分銅で打ち据えられ、シャレコウベに幾つもの穴が開けられた竜牙兵は既にボロボロだ。
しかし、最後の奴は素早そうで、今まで戦っていたのとは明らかに格が上に感じる上、持っている装備類も上等な品に見えた。
革鎧には変わりはないが薄汚れも無く、まともな姿を保っているし、楯や曲刀も手入れが行き届き、面貌付きのヘルメットなんて洒落た物を被っている。
『雑魚じゃありませんわね』
心中で呟く。
もしかしたら当たり、真の竜牙兵てある可能性があったが、アラティーはトリンが対決していた竜牙兵を倒した瞬間を見て、躊躇せずに剣戟を仕掛けた。
一人では駄目かも知れないが、二人がかりなら何とかなるかもと計算だった。
「こいつ、出来ますわ!」
が、剣の技量は奴の方が上だった。
踏み込まず、切っ先だけで対処しているのだが、数回、交えた刃がたちまち押され気味になる。
別方向からトリンの分銅も放たれるが、奴はそいつを円形楯で防いでしまった。
「後を取らせない気ね」
無防備になる背面を取る、前後で挟み撃ちにするのが理想なのだけど、この竜牙兵は巧みに位置を変えて、襲いかかる女性二人に背中を晒さぬ様に機動していた。
一方を楯で守りつつ、曲刀で小競り合いを演じているのは、熟練の剣士にも劣らない技量だ。
今は二対一だから均衡を保っているが、もし、人数が少なかったら、こちらがたちまち切り伏せられていただろう。
「負の霊気が!」
突然にトリンの警告らしき叫びが上がった時には、既に淫魔の感覚が何か途方も無い気配に飲まれていたのを痛感してしまった。
金縛りと言うか、魔法の【拘束】(ホールド)にも近い力が、彼女の身体を蝕みつつあった。
『やられる』
竜牙兵と剣を交えていたから、当然、その身に敵の一撃が無慈悲に食い込むのを予想したが、覚悟を決めて瞑った瞳を開けると、意外にも竜牙兵の方も剣を止めたみたいであった。
無論、閉じていた瞼を開けたり、その視線を動かしたり程度の事は可能だが、肝心な身体は痺れて動かない。
〔ここを生身の人間が訪れるのは久しぶりだな〕
ぞっとする寒気と共に、霊圧を伴った声の様なものが響いた。
声の様な、と言うのはそう聞こえるだけで、実際に空気が振動はしていなかったからだ。
「しゃ、シャルルなのですか……」
その声ならざる声が男性の特徴があったのを推測して、アラティーはそれが例の錬金術師との見当を付ける。
〔ほぅ。貴様、淫魔なのに事情を知っている様だな〕
感心した言葉と共に薄暗い洞窟内に、ぼうっと何かが姿を現しつつあった。
半透明の人影がゆらゆらと現れ、その輪郭が次第にはっきりして来る。
〔お察しの通り、私はシャルル・ゲハだ〕
現れたシャルルの姿は吟遊詩人と言うには豪華な服装をしている。
幽霊だけあるのか現世の姿では無く、白いトーガを纏い、頭に宝冠を頂いたまるで古代王国の貴族と言った格好だ。
「我が名はアラティー。
お前が本物のシャルルであるなら、聞き覚えがある筈ですわ」
姿だけの偽者の可能性もあると考えて、敢えてアラティーは自分の名を名乗った。
かつて男爵領の後継者問題に口を挟んできた男だ。自分が名乗れば、当然、その名に何等かのリアクションがある筈だったからだ。
〔ほう、領主の娘か……。大きくなったものだ。
ほぅ……腹も妊婦並にでかい〕
その返事内容に領主代行は、こいつは本物だと確信する。
お腹が膨らんでるのを指摘したのは皮肉なのだろうが、実際、淫魔の腹は精液ではち切れんばかりなので、アラティーは「ええ」と素直に肯定する。
「アンデットだけに、奇天烈な格好ね」
身体の自由の効かない中、皮肉な口調でトリンが指摘する。
しかし、シャルルは半透明な顔を歪め、〔所詮は俗人。これが如何なる装束かは理解出来ぬか〕とうそぶくと、配下の竜牙兵に〔そいつを連れて来い〕と命令する。
〔古代王国の高貴な姿だ。私の再現した魔法装置の主として、ふさわしい姿とは思わないかね〕
「魔法装置……ですの?」
強制的に身を引き起こされ、固まったアラティーを竜牙兵は引き摺った。
抱き抱えるだの、背負うだのを一切考慮せず、ただ単に抱えて引き摺るのは竜牙兵が基本的に戦い以外の細かい動作がインプットしていない為だろうけど、連れて行かれる中、身体のあちこちが地面に転がる岩に当たって身体が痛みを訴えて来る。
「アラティーを何処へ」
〔魔素をたっぷり貯めている淫魔には使い道がある。
お前は後で始末してやるから、黙ってそこに居るがいい〕
言い捨てると聖教会の巫女を無視して、シャルルがすいっと浮遊する形で動いた。
引き摺られるアラティーを伴って、例のぶよぶよの方へと近付いて行く。
「これ……は、何ですの」
アラティーは僅かだが、首を左右に振る事が出来る様になっていたが、その時には既に時間は五分程、経っていた。
目の前に存在している物体。
白地に黒い斑点を散らした生物じみたぶよぶよと、その隣に違和感たっぷりの真鍮色に並ぶ機械装置群が並んでいる。
〔錬金術に詳しくないと判らぬだろうから、詳細な説明はせん。
古の錬金装置……いや、元々はある秘密結社が残したそのレプリカだがね〕
シャルルの幽体は錬金装置のコンソールに手を伸ばし、うっとりする顔で撫で回した。
勿論、実体がないので撫で回したと言っても、その手は物理的に操作は出来ないのであるが。
〔これは元々、超古代文明の物らしい。他にも幾つもの異なった技術が使われているが、天才の私でも完璧に理解は出来なかった。
これは恐らく数十年前の過去の戦いでエロエロンナ伯爵が破壊した物だろうが、私はそいつを修復するだけで精一杯だったよ〕
続いてシャルルは、〔これは地脈を操作する為の装置だ〕と説明する。
かつて、その秘密結社はこれを使ってグラン王国をはじめ、大陸中の国を、いや、下手すると他大陸に至るまでエルダ世界の全てを滅ぼすつもりであったらしい。
「世界を?」
〔気の狂った連中だがね。まぁ、これ一基では不可能だが、
そうそう。君は南洋事件を知っているかね〕
首を縦に振ると〔結構〕とシャルルは呟いた。
それは数十年前に南洋地方の海底で起こった火山爆発だ。
「有名ですからね」
〔火山爆発は大津波を発生させ、多大なる被害を引き起こした。だが、その原因が人為的だったと言うのを知る者は少ない……。そしてこれが〕
「まさか、これが元凶と言う事ですの!」
シャルルは面白そうに笑い出した。
〔何も無い場所に、突然、プテラ山などと言う山が、たったの一夜で出来ると思うかね?
全てはこいつの力だよ〕
その時、突然、鬨の声が響き渡る。
視線をそちらへ向けると、入口の方から多数の人影が洞窟内へ侵入していたのが見えた。
それが先程、訓練を行っていた騎士達だと確認して、アラティーの心に希望が戻って来た。
『どうやってここへ……いえ、今はそんなのどうでも良い事ですわ』
もしかすると、先には帰した読み師のアリンが気を利かせてくれたのかもと推測する。
しかし、そうだとしてもアリンが騎士に命令する権限は無いのだが、その時、領主代理はそこまで頭が回らなかった。
兵達は出入り口を塞いでいた壁を力技で叩き壊して侵入した様だ。
もしかして、重厚そうに見えてあの壁は薄かったのだろうか?
〔雑魚共が……〕
シャルルは眉をしかめると、苛つきながら何等かの呪文を紡いだ。
土の中から、幾つもの竜牙兵がむくむくと蘇り、騎士達へと向かって行く。
竜牙兵の装備はバラバラで、余り装備の良い者は居なさそうなのに、淫魔は多少、安心する。
〔そいつをこっちへ連れて来い〕
アラティーを拘束していた竜牙兵に命令すると、乱闘に入った兵達から目を逸らすと踵を返した。
ずるっ、ずるっと再び引き摺られる。
置き去りになってるトリンシスの事を思い出し、アラティーは『彼女は大丈夫なのだろうか』と心配する。
〔お前の魔素は中々の物らしいな。
今、精液もたっぷり蓄えているので都合が良い〕
シャルルは歩を進めるが、どうやら白いぶよぶよの方へ近づいて行く様子だ。
改めて見るとぶよぶよの根元は水に浸かっており、どうやら地下水脈の水を吸い上げている模様である。
〔お前の魔素を絞り出して使わせて貰う。装置稼働用にな。
本来なら生け贄でも使う物なのだろうが、今の私では直接、それらを用意する事は出来なかった〕
嘆息するシャルル。
「魔素が必要なのですか」
〔地下水脈の魔素を吸い上げる、装置本来の魔素補給手段では足りないのだよ。
私が目覚め、復活した三年前から淫夢の形で男子の夢に入って魔素を吸い上げたのだが、やはり効率が悪く、充分な魔素を集めるには至らなかった〕
三年前。その単語に思い至るアラティー。
トリィ一帯が渇水被害に見舞われた時期と一致するが、それは『この錬金装置が地下水脈の流れをコントロールしているからではないのか』との疑問が、脳裏をかすめる。
〔しかし、お前が来てくれてどうやら解決しそうだ〕
「な、何を!」
到達したぶよぶよの一部。それが開門された様に左右へ開いて行く。
内部は外と違って肉色で、あたかも巨大な円環怪物(ワーム)の内臓を連想させるぞっとした感覚に囚われるが、幸か不幸かアラティーの身体は麻痺したままである。
〔超古代人の技術は生体寄りだったのかも知れん。お陰でこんなシステムを構築出来た訳なのだが……〕
内部に連れ込まれると外での剣戟の喧噪が、全く聞こえなくなる。
逆に耳に響くのは生物が呼吸するかの微かな空気音と、どぅぅん、どぅぅんと規則正しい鼓動を立てる心拍音にも似た何かの音だ。
一番奥まったと思われる箇所でシャルルが停まり、こちらを振り向く。
〔さて、見るが良い〕
それだけ言うとシャルルの姿が揺らぎ、優男の幽体はふっとかき消えてしまった。
慌ててその姿を捜す領主代理に、突然「何処を見ている。ここだよ」と上から声が降ってきた。
「肉声」
「そうだとも。三年でようやく口が使える様になったのさ」
アラティーが首を上げ、そして肉色の壁に埋まった物体を見て絶句した。
上空、数メートルにゼラチンに包まれた繭という風情のカプセルがあり、そこにシャルルが、いや、シャルルになりかけの人型の物体が安置されている。
その姿は完全な人間ではなかった。下半身は肉色の壁から生えており、手は分離途中の姿で壁の中に埋まっている。顔立ちはシャルルの面影はあるが、あの端整な顔立ちでは無く、デスマスクの様に無表情だ。
「驚いたかね。これが新しい私、私の再生体だよ」
「貴方はアンデットではありませんの」
シャルルの再生体は初めて粘土じみた顔を歪め、「反魂だよ。一度死んだ私の魂を、新たな器に移したのさ」と伝えて来た。
口の再生が済んでいないのか、ひゅーひゅーと無駄な空気音を含んでいる。
「クロー……クローに……何とか言う技術だったか、生物を一部から再生する方法を超古代人は完成していたのだよ。現代から見て遺失技術に当たるがね。それを応用した実験装置さ」
トリィの地で秘密結社の残した装置の残骸を入手し、再建する際に新しくその機能を付与したのだとシャルルは誇らしく語った。
「自分が討たれた時に、再起する為ですの?」
「無論、その為の保険でもあった。しかし、考えても見たまえ、これを用いれば永遠に生きる事が出来る」
成る程、人間の生は僅か半世紀。亜人や魔族なら、数百年も生きる種があるが、最長の妖精族でも千年生きるのがせいぜいだ。
それより長命とされる南大陸に住む伝説の古妖精だって不老不死では無く、身を害されるとやはり死んでしまう。
「私は神になるのだよ」
「……傲慢ですわよ」
「何とでも言うが良い。しかし、これにも欠点はある。再生体の修復速度だ。
あれはまだ子供だろう。元の私の姿を取り戻すには程遠い」
確かに繭の中の個体は、人間の大人サイズでは無かった。
「この装置の欠点は膨大な魔力が必要な事だ。地脈をコントロールするのが本来の役目なのだから、判らなくもないがね。
それに付随して再生装置をこちらで併設したが、これが失敗だった」
シャルルは「装置本来の目的以外に回る魔力が少なく、再生の速度は遅々としたペースでしか進まない」と嘆く。計算ではとっくのとうに再生して、この装置から独立して自在に地上を動き回れる筈だったのだが、未だ装置に依存せざる得ないらしい。
装置を改良しようとも、今の実体も無い幽体状態では手も加えられないと言う。
「全ては魔素が足りないからだ。が、幸い今、目の前には膨大なそれを蓄えた君がいる」
肉壁の一部がぐにゃりと変形して、丁度、人間一人分が入る程度の窪みが形成される。
ぐいっと、アラティーの身体が竜牙兵に押された。
「何を!」
「気が付いているだろう。お前の身体の魔素を装置の燃料にするのだよ」
くっくっくっ、と冷笑混じりのシャルルの言。
狂気だ。魔族の身体から直接、魔素、生命力を搾り取ろうとしているのだ!
「いっ、嫌ですわー」
あの穴に埋め込まれたら、どうなるか分かった物では無い。
だが、身体の殆どが麻痺しているから手足をばたつかせる事も出来ず、非情にも淫魔の身体は乱暴にそれに突き込まれてしまう。
全身を柔軟な肉質が取り囲み、意外にも、息苦しくない。
『わたくしを行かす方向なのね』
呼吸が可能なのは、魔素を出す前に窒息して死んでしまったら困るからだろう。
〔魔素を作成開始します。射精の用意をして下さい〕
同時に意識の中に、シャルルでは無い不思議な思念が接触してきた。
装置のオペレーションシステムなのかと思った時、下半身を埋めた肉質がむずむずと動き始めた。
『あっ!』
声なき声で股間が膨れ上がる快感が伝えられる。
クリトリスがぐんぐんと育ってペニスと化し、サッキュバスルックのボトムからはみ出すと肉壁の方もそれに合わせて変形し、まるで女陰(ほと)に準じた穴となって男根に纏わり付いた。
「さぁ、魔素を思いっきり吐き出すが良い」
『ああっ、あっあーっ』
シャルルの声が上がると同時に、アラティーは絶叫と共に肉棒の中に昇ってくる熱い飛沫をぶちまけていた。
こうして搾精が始まったのだ。
〈続く〉
約12,500文字。書き直し三回。
R-18なのに、とうとうHシーンが最後の方にしか入れられませんでした。
シャルルの鼓動SEは、ガミラ○基地のそれを思い出してくれれば(笑)。