朝食の風景は至って平和なものである。
もう好き勝手食べて外出していったり忠犬のように待っていてくれていたり、ゆっくりと食べていたり顔を突っ伏して皆から見て見ぬふりをされていたり、それぞれが自由にしている。
ベッキーを伴って戻るとにこにこと無邪気に遅い遅いと言ってくれる子もいれば感づいて知らん顔を決め込む子も、そして知らん顔をできていると勘違いして震えながら頭に青筋を立てているのと、これまた別れた。
ひとみはうつらうつらと頭を揺らしながらふたばに口を拭かれていて、ほほえましい。
ベッキーは当初一緒にはと拒否していた食事もいまでは一緒に食べている。かいがいしく自分よりも年若い子の世話をすることもあるが今回そうしないのは、まぁそういうことだろう。
彼女はああ言っておきながらさすがというべきか、いつもの姿に一瞬で戻っていた。それでも隠せないところは、隠さないのか、笑顔が意味深に見える。
ベッキーにばかり目を取られていると先ほどから怒りをなんとか鎮めようとしている涼しげな髪色の少女、雪女が果物を握りつぶし、周囲に裂けるような笑顔を振りまいていた。
べろりと手のひらの果汁を舐めるその姿は臓物を砕き、血をすするようで。雪女というには少々熱を帯びている。
「……あなたが遅れては示しがつかないと思うのだけれど」
内心を隠しながら常識で言う彼女は、自分ではなくただベッキーだけを睨んでいる。
それに相対する彼女は彼女で隠すこともなくただ頭を下げた。
「私用で、申し訳ありません」
これで解決とは当然ならない。下げた頭が笑っていたかどうかはわからないけれど、なんとなく空気が重い。
食事が終われば大丈夫だろうと思った矢先、さらに燃料を投下するようにベッキーがお腹いっぱいです、とお腹を撫でた。他意はない、きっと。
「……久しぶりにあれ、しましょうか」
限界に達したのか雪女がひくつく笑みを隠し、凍えるような気配を漏らしつつ提案し、ベッキーもこくりと頷く。
そういえばなぜかうちにはリングがある。なぜか。
最初はトレーニング用品ぐらいだったのが増えていた。そしてその中でさらに異彩を放つ、私闘用の道具もあった。
どうしても人間関係というのは難しい。さらにはお互いレスラーだからかあまり遠慮がない。しかし怪我をされても困る。
そこでどこから調達したのかひどく頑丈なフルフェイスのようなヘルメット、しっかりしたプロテクター、関節が制限される防具に打撃と投げで降参か気絶までといった私闘用のルールが定められた。
技巧派は不利という意見もでたが逆に身体能力を生かした新人でも強みを出せたり、そもそも本気でキレるなで終わった。
しかしそれでも、この制限には別な恐怖がある。マウントを取られても大丈夫という安心は、振り下ろされる鉄槌で一瞬で恐怖に染まる。自分の目がつぶれることはない。だから安全に、ずっと頭全体を揺さぶられ続ける。
反射的に相手を攻撃できる者もいるが、襲い来る拳から本能のように目をそらすことができず、涙を流して失禁することもあった。痛みの薄さが非現実感を駆り立てる。
吐き気という累積するダメージ、守られた股間を跳ね上げられる内臓の違和感。文字通り吹き飛ぶというのはとてもとても恐ろしい。
しかしそれでも、トップクラスのレスラーの彼女たちには関係ない話なのだけれど。
と、そうこう考えているうちにがちがちに装備を固めた彼女らの私闘が始まる。
外野で朝から酒を飲んでいる連中はやれー! などと騒ぎ立てるがほとんど人はいなかった。
ダンッと苛立ちを隠さずに足の調子を確かめる雪女とそれをじっと冷静に見つめるベッキーが、どちらともなく接近を始めた。
臨界点だった雪女はすぐに 束ねた鞭のように筋肉の詰まった足を振るう。間合いを測る前蹴りではなく一撃で決めようという長く圧力のある足は一瞬でベッキーの頭部を砕きにかかる。
しかし殺意を読んでいたのかベッキーもすっと間合いを掴ませない動きでその豪風を避け、ぴたと止まった。
雪女の蹴りは制限されてなお自由自在。体勢を崩すこともなくぴたりと膝を上げたまま、不用意に近付けば砕くとばかりに足先を揺らしている。
ベッキーは捕捉されないように左右にゆらゆらと絶え間なく揺らしながら低い姿勢でタックルで腰を、と見せかけて膝蹴りを誘い、ぴたりと折りたたまれ、つま先をピンと伸ばした当たれば砕けそうなその一撃をもっと低く低くと倒れこむように避けてから側面に転がり込むように、滑るような勢いのままに体重を乗せて軸足を蹴り払った。
雪女は抵抗せずそれを受け止め、全身を弓のようにそらせて足の勢いのままにひゅんと一回転して後頭部を狙った。もちろん大した威力はないが一瞬でも気をそらせれば御の字である。
しかし触れた膝の感触に違和感があったのか、蹴ってすぐに体勢を崩し落下しながら、わずかに顔を歪めてごろごろと過剰に転がりながら、ベッキーが飛び上がるのを見た。
その技はニードロップ、装備で固めた体重の乗った一撃は雪女の腹に突き刺さった。
「ぎっ……」
ずどんという音がするほどの衝撃は体をくの字に曲げた。しかしそれでもうめき声一つ上げることはなかった。自分の舌を噛むなどの方がよほど致命的であると一文字に歯を食いしばり、寝ころんだままにぶんと腰だけで横薙ぎに蹴りを放った。
そしてそれが空を切り、高々と足が持ちあがる。雪女の頭を掴み、まるで逆立ちをするようだった。膝が、ひゅうと空気を裂きながら頭部を揺らした。
「ぁぐっ!」
どずんとひびでも入りそうな一撃が頭部に一発、そして交通事故のようなその威力にそがれた意識のうちにまた一撃と、間断なく膝が叩きこまれた。
重装備に慣れている彼女だからか、肘膝での攻撃はお手の物といった感じである。しだいに雪女の反応が震えるような、細かなものになってくる。それでもごっごっと足は止まらない。玉の汗を流しながらもひたすらに足を叩きこんでいる。
しかしそれでも一瞬、足に疲れが見えた。わずかにではあるがトドメとばかりに散漫に持ち上げられた足のその隙に、雪女の足もまた雷鳴のように股間をはじきあげた。
「……はぁ……はぁ……蹴散らして、やる」
ベッキーは衝撃に反応し受け身と、殺気に頭部をガードはしたが、ガードができただけだった。
彼女の蹴りは添えられた手ごと頭を跳ねあげた。そして間髪入れずに出された次の蹴りはもう一度同じ場所に放たれ、べきべきと粉砕音を鳴らしながら蹴り飛ばすと、ベッキーは縦の回転をしながらコーナーに叩きつけられた。
プロテクターのガードがあってもなお一撃で意識は飛び、二発目で完全に動かなくなった。
「……ふぅ……はぁ……私の勝ち、ね」
勝利宣言する彼女と、倒れ伏すベッキー。勝者は明らかだった。
しかしそれでも数秒後には跳ね上がるように立ち上がり、虚空に向けて構えていた。すぐに理解して大の字に倒れていたけれども。敗者は敗者らしく天を仰いでいる。
「じゃ、今日はおさわり禁止ね」
先ほどまでの覇気はどこやへやら、私闘のときの個々人でやる決めごと、知らないうちに決められていたそれを聞くと、ベッキーは無言で答えた。
「はぁ……あっつ……ね、手伝って」
勝者の防具を外す手伝いをする。どすどすと突き刺さるように落ちるそれは防具というよりもパワーアンクルのようであった。腫れていないかと足をさすると嬉しそうに笑い。もう眼前で寝ている彼女のことは気にすらしていないようだ。
「ね、ご褒美とか……ないのかしら」
甘えるように唇に指を添える姿はかわいらしいのだけれど、試合ですらない。しかし彼女は知らないとばかりに耳元で囁いた。
「シャワー浴びてくるから、待ってて」
わずかな汗の臭い。体温の低い彼女から放たれるそれは主に試合の後と、そして夜のときである。
ふふと妖艶に笑う彼女はさっさとシャワーを浴びに行った。返事も聞かずに、確信をもって。
ベッキーにちらりと目をやると雪女が立ち去ったのを見てからしゃんと立ち上がり、自分で外している。さすがに慣れているといったところか。
「さすがお嬢様。……恥ずかしいところをお見せしました」
こちらの顔も見ず、ごそごそと着替えている。敗者にかける言葉などなく、取り決めでもあるしと、こちらからの頬へのキスだけにとどめた。
「……あの……いえ、はい」
酔って騒いでいる連中を散らす。当てられて乱闘を始めそうな連中には軽く一撃入れて正気に戻しておいた。
また寝室に向かうと、なんだか往復してる感じがすると不思議な気持ちになる。そして思い出す。
雪女、佐々木ゆきめは氷の女である。それは性格的であったり、物理的であったりするけれどおおむね他人からのイメージはそんなものである。
実際彼女との顔合わせは不安そうな顔をしていたし、ビジネスライクでとお互い決めていた。それでも会話が多ければ、顔合わせが多ければ、自然と見えてくるものもある。
たまにいる同性愛者がどうだとか、客との対応だとかはどうしても同業にだけでなく相談してくる。家族の話もある程度深く知っている関係でないと難しく、一度話せばそれは二度目に繋がっていく。
客は野菜だなんて冗談じみたことから、蹴り技の話になるととたんに物騒になる。思いのほか熱く、どろりとした情念が垣間見えた。
可愛らしい嫉妬があった。その小さな嫉妬は試合後の凄惨な笑みに繋がった。
情緒不安定になっている彼女のために何かするほどに、近付くほどに燃え上がっていき、絡め取られた。
「お待たせ。……どうかした?」
氷というよりも溶けた金属のように粘ついた愛情を持っている。都合のいい女を演じたがっているようだがまるでできていない。他の女といるときの笑みは、慈愛ではなく怒りを表していた。
「……ちょっと臭い。まぁ、上書きすればいいか」
手が頬に触れ、絡みつくように全身をまさぐってくる。そして慣れた手つきで脱がし始める。自分の服を脱ぐときは他人と被らない、いいものを選んでいても自分のだけを見てほしいのかさっさと脱いでしまった。
そして自分からベッドに横になり、全裸同士での工夫もない正常位を誘った。
「ほら……来て?」
ゆきめとのセックスはいたって普通である。クンニはそこまで好まない。キスもファーストキスのときの唇を合わせ、すぐ離す程度でも喜んでいた。激しい動きも好まない。しかし密着することが何より好きである。
「ん……ほら、キス、して」
唇を合わせるとすぐに舌が伸び、誘ってくる。白い顔が朱に染まり、ふふふと笑って唾液を飲み込む。
「ふ……んむ……ん……ふぁ……あむ……」
べったりと舌同士を絡ませ、体液を交換する。体をこすり合わせているとじわじわと濡れていく。指で濡らすにしてもキスしながらというのが彼女であった。
「もういいから、入れて……? 熱いの、とまらない、から」
片手で開かれた膣口はごぷりと溢れ、クリトリスがゆっくりとこすられて赤く汁をまとっている。
入れるときも顔を見つめてくる。穴が開くほどにまっすぐに、ただひたすら。
「んっ……はぁ……熱……抱きしめて、壊れても、いいの」
最初のときからゆきめは変わらない。入れたままゆっくりと、腰を振るというよりは体をこすり合わせている。ただ手は繋ぎ、唇は一体であったかのように口づけを交わす。長い足はがっちりと絡まり、引きはがすことはできそうにない。
「……すき、だいすき、愛してる。何回言われた? いくらでもいってあげる。ふ、ふふ」
唇が離れているときはちゅっと小鳥のようなキスと、語らいを好む。それは日常などという二人の世界から外れたモノではなく、ただ愛を。
破瓜の痛みに顔が歪んだときは腰を引こうとすると足で万力のように締め付けられた。そのとき痛みが薄れるからと囁いた彼女への愛の言葉だけでぞくぞくと達していたことを思い出す。
「ほら、もっと、もっと……ほかの女の子に言った数だけ、囁いて」
ひたすら重い情念が叩きつけられる。囁かれる愛は些細なことで、ちょっとしたことやふるまい。自分でも覚えていないことも、もちろんほかの人へも。
彼女の視界内で行ったほかの女性へのふるまいはすべて覚えている。そして自分にも当然と思っている。
「ふぁっ……元気ね。んん……ちょっとイっちゃった」
髪を褒める。一番と付けると震えるように喜び、触れば触るほどねっとりと膣がうねり、汁が増す。指と足の力が強くなった。
冷たい体温が風呂上りと、自分の熱で溶けていくことがうれしい。彼女の熱をすべて自分が呼び起こしたと考えると股間が猛り、すぐに射精しそうになる。
「……イきそう? いつでも、いいわ。私の匂い、いっぱい嗅いで? 私も一緒に、んっ……」
ぎゅうと抱きしめられ、噛みをくすぐり、胸板に押し付けられる柔らかな感触を確かめながら緩やかにどくんどくんと、精子を吐き出した。
「……あっ……あなたの、いっぱい……もっと……抱きしめて……?」
折れそうなほどに、手の痕が残るくらいに抱きしめながら、腰をぴたりと付けて射精する。薬を飲んでいるからと初夜のときからずっと言われているが、と少しばかり思案していると彼女の目がじいと見つめてくる。
「子ども、欲しい? 落ち目だったらいいんだけれど。わざと負けるなんて嫌よね」
負けず嫌いな彼女、その強さは確かなものである。産休はかなり無理が必要そうなスケジュールである。
「でも、あなたが欲しいなら、産ませたいなら、いいわ。何人でも……赤ちゃんいっぱい、つくる?」
股間が震えあがる。びくびくと本能に従って精子が量産されるような、囁くような声に興奮していく。しかし子どもに取られたくはないと、彼女が喜びそうな答えを返す。
「そう? ふふ……そう」
射精後も基本的にゆきめから離れることはない。このまま後戯代わりに愛の語らいは眠くなるまで続き、気まぐれにキスマークをお互いに付けながら優しい彼女の微笑みに抱かれながら眠る。初夜もそうだった。
しかし、愛を確かめ合い、関係が周知していくとまたさらにどろりと、深くなる。
「それじゃあ、ほかの人にされたこと、全部、してあげるから」
彼女とのセックスはいたって普通である。一部を除けば。