「すぅ……」
倦怠感に包まれながら目覚める。足が絡むようにゆきめが抱き着いて、寝息を立てている。
彼女の長い髪が蜘蛛の糸のように張り付き、獲物のような気分になる。そしてのどの渇きに立ち上がろうとして、びくともしなかった。
他の人が部屋に近付くと足音だけで起きるのに二人だとすぅすぅと気持ちよさげに寝たままの彼女は、年相応に可愛らしい。
起こすのは忍びないけれどあられのない姿の彼女を抱き上げて連れて行くわけにもいかないとゆらゆらと揺らしてみる。
「んん……おは、よ」
ふぁとまだ寝足りないとあくびをしながら頭をこすりつけて、逃がさないようにと抱き着いてきた。
そろそろ起きるといっても聞かないふりをしている。
「……もう少し、そう、膝枕してあげるから、あなたも好きな、ね?」
長い足からなる柔らかな枕の魅力には抗いがたく、つい了承してしまった。
ぽんぽんと叩かれた膝に頭を乗せるとゆきめは覗き込むように頭を下げ、じいと彼女の落ちてくる髪で区切られた世界のように感じる。
その顔は母のような穏やかさと恋人のような熱がこもっている。そして思い出したと手で撫でてくるまで、しばらくその視線は途切れなかった。
「ふふ……」
ひんやりとした手は寝起きの硬い体をほぐしてくれるようで、時間が許すならもうひと眠りしたいほどだった。
しかし穏やかに頬をさするその手が止まり、ぴきりと顔がこわばると、ああ誰か来たのだなと察することができた。
「……しばらく誰も来ないはずだったんだけどね」
笑みが凶暴なものに変わるが、当然そんなことを知らない扉はぎぃと開いた。
そして、由樹が現れた。
「……ああ、そんな睨まないでください。ゾクゾクしてしまいます。ええと……そろそろお昼、ということでして」
最初に口を開いて出た言葉がそれかと呆れていると、ゆきめもうっと微妙そうな顔をしている。だからこそか、唇を奪われた。他の女性の目の前で。口をかぱとわざとらしく開けて上から貪るようなキスは、ぼんやりとした頭を覚醒させる。
「……ん……ぷはっ……残念だけどまた夜ね?」
これ見よがしに唾液を伸ばしながら、横目で見ると彼女はにこにこと変わらぬ笑みでそこに立っている。ゆきめは毒気が抜かれたのか面倒になったのか、早々に着替え始めてしまった。
姫小路由樹はサディストでマゾである。と言われるが実際のところ何が正しいかなどはわからない。しかし嗜虐趣味と被虐趣味がある時点であまりまともとは言えないだろう。
身長は雪女とそこまで変わらないけれど、胸の厚みが比べるのもおこがましいほど足りていない。それを言われるとさすがに傷つくのか問題なく下を見下ろせる事実を噛みしめながら寂しそうにしている。
そのせいか他の人とお風呂に入りたがるひとみやそっちの趣味が混じっている連中とは違い一人で入ることも多い。弟子と、あるいは自分と二人で、あるいは三人、ということも。
二人きりが邪魔されたからか雪女は無表情で淡々と着替えている。彼女を見つめる目はあまり動かないが、胸を見ていると考えるのはきっと邪推なのだろう。
シャワーも浴びたかったけれどマーキングという意味での雪女の行動だからと我慢して部屋を出ることにした。彼女も何も言わないということはきっとこれが正解、のはず。
「そういえば怪我、大丈夫? まともに入ったわよね?」
何気なく雪女が話題を振った。先日の由樹との試合のことか、試合でのダメ―ジはよくあることだが凄惨な試合も多く。回復力が抜群で日々鍛えている彼女らでもしばし痕が残ることはある。
由樹は答えるように服の上からお腹のあたりを指でさすると、手首が無駄に艶めかしい、くねらせるような動きを見せながら口の端を釣り上げて笑った。
「ええ、実は腫れあがっていて、今も痛みます。とぉっても……疼きます。ふふ」
目が真剣で笑顔が少し怖い。雪女も言っておいてうわという顔をしている。
結局怪我の話題はそれきり打ち切られ、他愛のない昼食の話題で盛り上がっていた。由樹が作ったという料理に自分が作るならどうか、栄養がどうだとか自分はもっとうまく作れるという普通の会話に見え隠れする言葉の端々の意地の張り合いも多かったが、おおむね穏やかであったといえる。
みんな用の食事に対して自分好みの料理を作れるといってもあまり誇れないと思うけれど、楽しそうだからいいかと思う。香辛料の好みや調味料で調整できる限界というものもある。それ込みで考えているのはベッキーや料理上手の一部くらいで、料理が趣味というより何かをやってあげたいというタイプにはあまり当てはまらないだろう。
「それにしてもわたくし、部屋に入っただけで腰が砕けてしまいそうでした。命の語らいの残り香は、とてもとても」
彼女が扉を開ける寸前、呟いてから逃げるようにしゅるりと部屋に入り込んだ。
わずかな沈黙、雪女は少し顔を赤らめ、そっぽを向きながらくんくんと自分の匂いを嗅いだ。
「……くさくない、わよね?」
恥じ入る姿は思春期の少女のようであったけれど、不安がらせてもしかたないと、少し距離を取ろうとしている彼女に抱き着く。
わざとらしく匂いを嗅ぐと満足したのか、何度か深呼吸をして、確かめるように扉を開けた。
「ふふふ……」
部屋の中には笑う由樹と固まる雪女、香るのはとてもいい複雑な香り。
彼女からはしていなかったのは別な料理を作って自分だけ早めに抜けて、待機していたのか。できれば見たかったのだろうか。
自分の臭いなど気になることがない、強烈なカレーの香りがした。
「わたくしの作った料理はあちらです。どうか後で感想を、できれば二人きりで。ふふ」
雪女は微妙そうな顔をしている。口を開きかけて、しかし空腹なのか諦めておとなしく好きなものを選びに行った。おそらく彼女はすべて広く浅く食べて毎日が勉強というふうだろうけれど。
カレーの横には黄金色の揚げたてのカレーパンが油をにじませている。何人かはこれをもって運動場にいったり、部屋で寝ているところに強襲をかけたり、のんびり食べるのだろう。
ベッキーがまだまだと揚げ続けている。メイド服はカレーの匂いがしみついてしまっていることだろう。オムレツや豆料理、蒸し物や甘い果物、ヨーグルト系もあった。
手に取るとベッキーがちらりとこちらを見て一礼して失礼とまた動き始めた。カレーパンは先にカレーありきだからか具がぎっしりと詰まり、肉肉しい味わいと香辛料の複雑な香りが鼻に走る。ぱりぱりでもちもちの食感にすぐに一つ平らげてしまった。
手の油にさて、と思ったところで生暖かい感触に包まれた。
「ほはほう!」
ひとみが手に噛みついていた。いや、口に含んでいるだけだけれど、もごもごと食べている。一息で食べ損ねた指ももごもごと親指以外すべて食べられてしまった。
「ひははほへんははひ、ははひほひはほほは! ……んぐ……ぷは、ハァハァ」
ぬばと唾液を伸ばしながら口が離れる。手がべとべとになった。彼女は満足そうに笑って口をもごもごと動かしている。舌を頬に当ててゆっくり味わうように。
そのまま真剣な表情で思案し始めると、ひらめいたとばかりに目を見開いてさささと行ってしまった。
「ちょ、ちょっとこの味をおかずに食べてくるね!」
一言も発する間もなくスキップして、音符が浮かびそうなほど楽しそうな様子でテーブルに向かっていった。
まぁ彼女はさておき、手を洗わなくてはと洗いものも忙しそうに並行するメイドを邪魔しないように移動することにした。
露骨に視線が刺さるが食事が優先なのか、真剣な表情で料理を食べてはにんまりと笑ったり悔しそうな顔をしている真面目な連中はともかく、がやがやという空気が乱れることはなかった。
部屋の外の空気は爽やかで、インド料理屋のような空気はそれはそれでいいのだけれどなじみのなさはある。のどの渇きは戻ってラッシーでも飲もうと歩みを速めると、こつりと足音が二重に聞こえた。
足を止めると影絵のように止まる。自分よりも軽いこつこつというその音を無視して水道に向かい、手を洗っていると耳に鋭い痛みが走った。みちりと何かが食い込むような、熱を込めたものが。
「もう、無視なんていけませんわ」
由樹が笑顔で、口の端から伸びる銀糸を見せびらかせるようにしながら立っていた。
獣性を秘めた笑顔は心底楽しそうで、ひとみとは違う、食べるための噛みつきであった。そのまま開いた口には唾液がたっぷりと湧き、空腹を示していた。
「あの……んっ……わたくし、あてられてしまいまして……もう、たまりません……」
耳を噛んでいたところの歯を指でなぞって、ぎりぎりと血が出るほど押し付けては体を揺らして悦に浸っている。
姫小路由樹は野性を好み、異常だと分かって楽しんでいる。そして自分が縁遠いものもきちんと理解している。
ケアするまでもなく正常だと言い張れる人格、けれど話す必要はある。自然と世間話という名の二人の時間は多かった。
自分はサディストでもマゾヒストではない、と思う。けれども彼女が愛しいということだけはわかった。
彼女との接触は最初のキスが一番長かった。興奮した彼女のがちりという前歯が当たるほどのキスは、その出血が止まるまで続いた。今の彼女は指から滲みだした血を舐めている。思わず、キスをした。
「あっ……ふぁ……んっ……」
血の味がする。彼女ふうに言えば命だろうか、鉄と何かの味、それを探るように口をまさぐり、彼女もまた自分の口に移動していく原始の味を味わうように舌を入れ、奪い合いになった。
「ちゅ、れろ、ん、ふふ……ちゅう」
彼女の手が腕をつかみ、下へ下へと誘導する。
スカートの中はぐちゃりと濡れていた。わずかに舌の動きが弱くなる。
「んん……ぁあッ!」
唇を離して声を上げる。邪魔なタイツをびびと破き、濡れたパンツをずらして指を入れただけで甲高い声が響いた。無理やりなそれで余計に感じたのか、狂ったような笑いを続けている。
指一本をずぶりと入れるとぶるりと震わせ、ごくりと飲み込むために舌が引っ込んだ。それを追うように唇を割って、舌を入れた。
「ん゛んッ……ん、ぁあッ…っむー……ッ!」
彼女の膝はだんだんと落ちていく。指を乱雑に、お互い立ったままの不安定なそれでも手首までぐっしょりと濡れていく。持ち上げるようなそれはぴしゃぴしゃと愛液をまき散らし、肘にまで垂れてきそうだった。
彼女も負けじと舌をじゅるじゅると唇で吸い付くように、舌の水分をすべて吸い尽くそうとしても弱いところをほじくられると天を仰ぐようにひっと頭を外し、叫び声のようなそれを防ぐように口を塞ぐとまたぶるぶると震えた。
「……ぷは、あ、ふ、ふふっ、んー! ……ぎっ、あ゛アッ!」
キスを続ける。力なく半開きになった口は容易に侵入を許し、送り込んだ唾液をただ垂れ流し、それは呼吸と合わせてぶくりと泡を伴って、弱弱しく弾けた。
「あ……は……ふ、ふふふふふふ……あっ」
ふぅふぅとなんとか立っていられているようふうで、ぷるぷると小鹿のように震えている。
指は依然膣内で緩やかにマッサージを続けている。由樹の足先は愛液が垂れた地面をおぼつかない様子できゅっきゅと掃除するように、足首を立てたり回したり、彼女自身何をしているか理解していないだろう。
「ああ……もっと鳴かせて、ください……」
縋り付く様に上半身を倒れこませ、潤んだ目で見つめてくる。黒いタイツは水分でより黒く染まり、唇には唾液が輝いている。
彼女の手が添えられた股間は、はち切れんばかりに膨らんでいた。