倫敦一丁目
「起きて、ジョギングして、シャワー浴びて、飯食って、勉強して、運動して―――ここ二週間で物凄い健康になった気がする」
謹慎が晴れて一週間が経過した。その一週間の間に驚くほどの成長を遂げた。凄まじいほど魔力と敏捷が伸びた。特に魔力に関しては強・サーヴァント級の魔力を有しているとさえ言えるレベルになった。その一端はまず間違いなくゼルレッチから学んだ《万華鏡》の式に存在するのだろうが、それでもまるで今までの怠慢を振り払って追いつくような目覚ましい成長に、驚きがないと言えば嘘になる。
或いは神代の遺物であるレーヴァテインを装備し、半融合状態にある事が直接自分自身の改造に繋がっているのかもしれない。どちらにしろ、強くなるというのは悪くない事だった。強くなければ生き延びられない。それが聖杯戦争のルールだからだ。そして今、自分の強さは足りていないと思っている。
少なくとも今、増えた手札でセイバーと戦っても
「なんとか銃を手に入れたけど、これでも焼け石に水、ってところか」
朝の諸々を終わらせたところ、何時もの如くジャージ姿で学生寮の屋根に上に座っている。花の魔術師から覚えた《英雄作成》を自分自身にかけてみたり、《夢幻召喚》を使った英雄の動きのトレースは、指導者に鍛練を頼むよりもある意味効率的なトレーニングとなっていた。激戦を潜り抜けてきた英雄の動きをコピーして反復練習すれば動きを覚えるし、《英雄作成》で自分のスペックを1段階引き出せば、それだけ火事場の馬鹿力、とでも表現できるスペックを出し切れる。
最近ではひとっ飛びで屋根の上に着地するだけの身体能力をこのコンボで出すことが出来た。それが存外楽しいのだ。レーヴァテインを握っていればそれによる身体ブーストで屋根から屋根への跳躍移動だって出来る。
なんともまぁ、身体能力がファンタジー染みるものだ。
だけどこれが英霊の領域なのだ。
「あー……英霊って凄いわ。そりゃああれだけテロっても死なないわけだ」
実質、英霊は通常の人間の3倍のスペックを誇っている。肉体的には。彼らは英霊と呼ばれるまでの鍛錬と経験があり、自分が知らないような激戦を経て名声を得た。それだけじゃなくて古い英霊ともなれば濃密なマナやエーテルが存在した時代に生きていたかもしれない。そうなってくると根本的に肉体の作りが変わってくる。スペックが違うのは当然と言えば当然なのだろう。だけど限定的にだが技術や動きを再現する《夢幻召喚》、そしてスペックを問答無用で上げる《英雄作成》は怪物的だ。
それ以外にも盗み見た《幻術》。花の魔術師が使っていたのは現実がそれが正しい、と思い込むレベルの密度だった。本来、間違った現実は排除されるのが普通なのだが、世界に対して行った幻術の方が正しいと誤認させ、それを維持する事があの魔術師にはできた。あのレベルは無理だが、それでも一回、見れたのは望外の幸運だった。
「世界は広いなぁー……広すぎて絶望したくなるぜぇ」
「おーい、キョウジー、屋根の上で何やってるんだー」
「ブラック企業から逃げ出したのはいいけどブラック企業が根回しして再就職にありつけないサラリーマンが今自殺しようかどうかってのを真剣に考えている姿の真似―」
「マジかよ。ジャパンやべぇーな。ツイッターに流していい?」
「俺の雄姿を全世界に流せよー」
通りすがりの魔術師学生とバカみたいなやり取りを交わしつつ、屋根の上に倒れ込んだ。最近、生活が劇的に変化したのは結局のところ、
聖杯戦争が終わればこの生活も終わる……そうなったらどうなるのだろうか? 元の自堕落なテロ生活に戻るのだろうか? どちらにしろ、今考えていても無駄であるのは確かだ。なにせ、今のままではその後に到達できるかどうかすら怪しいのだから。ともあれ、今は学べるだけ学び、そして鍛えられるだけ鍛える必要がある。
優先度は【魔力】>【敏捷】>【耐久】=【筋力】=【運】、という所だろうか。
魔力を鍛える方法、俺の方が知りたいのだが。ともあれ、何時までも屋根の上で日向ぼっこをしている訳にもいかない。既に日は昇って、徹夜で研究をしていた学生たちが講義の為に学舎へと向かって行く姿が見え始める。自分も今日はどこか、適当な講義に潜り込んで魔術の一つや二つを盗んでこようかと考えている。一番手頃で使いやすいのはどれになるだだろうか? と、考えた所で、
「―――クソ弟子め、見つけたぞ」
「あ、クソ爺」
起き上がろうとしたところでゼルレッチがすぐ後ろに立ちながら見下ろしているのが見えた。そこで軽く飛び跳ねて起き上がりつつ、体の埃を叩いて落とす。ふぅ、と息を吐きながら軽く首を回し、
「俺のジャージ姿を至近距離で見たな? 金を出せ」
「10万£でいいなら出すぞ? ―――それで借金は欠片も減らんがのう」
「クソが……」
相変わらず舌戦では欠片も勝利出来ない師弟関係だった。はっはっは、と大口を開けて笑っているゼルレッチはなんというか、此方のリアクションを一つ一つ楽しんでいる様な感じさえあり、本格的に勝てないような気がする……人間として。流石は不死の魔法使い、といったところか。魔法使いなだけではなく人間を止めているから戦闘力的にも一生勝てる気がしない。
そんな事を考えながらゼルレッチの登場に、聖杯戦争の状況が遂に動き出すのか、というのを感じ始めていた。
「―――ロンドンで連続殺人事件?」
「あぁ、最近になって始まった事じゃ」
ゼルレッチの執務室、入り口のない部屋に転移で連れてこられたところでさっそく、という速さで話に入った。ここら辺、無駄にしない辺りが魔術師らしいと思いつつも、ゼルレッチの話に耳を傾ける。それを持ち出してきた、という事はきっと聖杯戦争に関する事なのだろうと思う。何せ、一か月というタイムリミットしかないのに、持ち出してきた話なのだ、無駄な事はさせないだろうと思う、流石に。
「数日前からロンドン市内で連続殺人が発生しておる。不思議な事にその殺人事件は発生した後ではないと絶対に発見できず、目撃者が
「……だけど魔術の痕跡がなかった?」
「うむ。魔術の痕跡はない―――だが神秘の痕跡はあった。故にこれをサーヴァントによる仕業か、何らかの幻想種の仕業だと断定した」
「いや、爺の事だから既にこれがサーヴァントの仕業であるのを確認してから俺の所へと持ち込んできているだろ?」
その言葉にゼルレッチはニヤリ、と笑みを浮かべた。そして執務机の引き出しの中から数枚の資料を此方へと投げ渡した。受け取ったそれを確認すれば、その中に書かれてあるのはここ数日発生している連続殺人事件に関する情報であり、どうやら警察署から持ち出してきたものらしく感じられた。
もぉ、だから魔術師はすぐに犯罪行為に手を出すんだから―――とか、冗談めかしく言っても連中は絶対に反省しない。まぁ、自分もそこらへんはめちゃくちゃ反省しないというか普通に催眠や暗示でカツアゲするので何も言えないのだが。
ともあれ、受け取った書類を脇に挟みつつ、ゼルレッチへと視線を戻した。
「これだけ?」
「これだけ」
「ヒントは?」
「ない」
「クタバレ」
「殺せるぐらいに強くなるのを楽しみにしよう」
現状、レーヴァテインぶっぱでも殺せなかったのは事実である以上、本当に殺す手段が皆無なので、笑っている爺に対して殺意しか湧かなかった。こいつを殺すにはマジで魔法使いになるしかないのではないだろうか? と思いつつも、魔法は
何時か、絶対魔法使いになって爺を殺そう。心にそう近いながら中指を突き立てて別れの挨拶を告げて部屋を出た。
扉を繋げる先は自分の部屋。
とりあえずは、ゼルレッチに渡された資料を読みたかった。扉を後ろ足で蹴り閉めながら部屋に戻った所で、椅子に座り、そのまま資料を読み出そうとしたところでレーヴァテインが姿を見せた。今までなら呼ばれない限りは絶対に出現しなかったレーヴァテインだが、自主性が育ってきたのか、自分から出現するようになっていた。
「なんだ、一緒に読むかレティ」
「……」
レーヴァテイン―――そのままそう呼ぶのも可哀想なので、レティと名付けたバーサーカーはコクコク、と頷いて椅子に座っている此方の膝の上に座ってきた。今は姿が小さい事もあって、特に苦にはならない。そうやってレティの姿を膝に抱えつつ、腕を回すように資料を握り、その内容を見た。
書かれてあったのは八日前から始まったロンドン市内での連続殺人事件に関してだった。テレビをつければゲームを、パソコンではネトゲばかりやっている自分が世間から離れている間にこんな事件が発生していたとは驚きだった。いや、ニュースを見ていないのが明らかに悪いのだが。それはともかく、読み進めればゼルレッチの言っていたことが解る。
事件現場を目撃した人間は事件の後で
殺害されているのは全て女であった。
腹を切り裂かれ、子宮を引きずり出され、その胎の中に
それがロンドンで発生している事件の内容であり、事件はReturn Of The Ripper、即ち切り裂きジャックの帰還として大きく扱われていた。
「ジャック・ザ・リッパーか。確かに聖杯戦争には英霊だけじゃなくて大きな罪を犯した反英雄って連中も登録されているんだっけ? まぁ、武器が召喚されている時点で何でもありっちゃあなんでもありか……」
レティを膝の上に乗せたままぐるり、と椅子を回してパソコンの方へと視線を向け、ブラウザを起動する。そこにジャック・ザ・リッパー、WIKIと入力して検索する事にする。図書館なんてところへと行くよりもこっちの方が遥かに早いし効率的なのだ。そんな訳で素早くWIKIを確認する。
ドイツ人だったりユダヤ人だったり、諸説が多すぎて話にならない。
ただ昔、ロンドンでは娼婦を専門に狙って殺していた、とは書いてある。現代に風俗嬢はいるが娼婦はいない。いや、一緒か? いや、その考え方は失礼か。性産業に関してはぶっちゃけ、そこまで知識はない。割と魔術師はそこらへんオープンというか、性行為は魔術的に割と意味が大きいので。そっち方面も軽く調べたほうがいいかもしれないが、とりあえず、
「現地での調査と発見者に聞き込みかなぁー……」
まぁ、調査とは地道だし、大体こんなところからスタートだよな、という話になる。資料を読み進めている感じ、事件の発生場所と、そして時間帯は把握できた。事件はその死体の状態から大体夜中の間に発生していたのが解るらしい。つまり昼間に情報収集を行い、夜中に事件現場を調査すれば良い感じになるだろうとは思う。第一、魔術師の戦いは夜に行う、という暗黙の了解がある。
セイバー? 何それ? 僕知らない。
アレは例外である。誰が真昼間からテロを開始すると思うのだ、しかもあんな堂々と。と、そんな事を考えている間に思い出した。
「そう言えばルヴィアに
何の用か、と思いつつ普通に会いに行く準備をするのはここ最近、というよりはペナルティによって性別を変えられてからの生活支援をエーデルフェルトというよりはルヴィア個人に色々と面倒を見て貰っている事があるからだろう。
なんだかんだで服の着方、髪や肌の手入れ、化粧品の使い方とか色々と教えられている。こんなにも男と女で生活に違いがあるなんて、当初は思ってさえもいなかった―――幸いなのは生理をまだ経験していない事だろうか。女子ならば一回は絶対に経験するというアレ、本当に来るのかと思うと色々と恐ろしい。その時だけ男に戻って回避できないだろうか。ゼルレッチの組んだことだし、無理だろうなぁ、とは思う。
とりあえず何時も通り、クソダサTシャツとジーパン、その上からライダースジャケットを羽織るという恰好に、ベルトに入手した銃や、礼装のトランプを差し込んで街へと出る準備は整えておく。ルヴィアの所によってからロンドンへと出ようと、そう決めてエーデルフェルトの屋敷へと向かう事にする。
もう既に何度か訪れている、という事もあって迷う事も問題もあることなく到着する―――いや、移動するだけで問題が発生するのはおかしいように思えるが、実際ここは時計塔だ。つまりは魔術師の庭だ。油断すると偶に行方不明になる人間が出るのが恐ろしいところだ。
そんな訳でちょくちょく道中注意しつつも、ルヴィアのいる屋敷へと到着する。ここら辺は慣れているもんで、扉の前に立てば普通に中へと案内される。聖杯戦争の始まる前はほとんど会う事もなかったのに、始まってからは世話になりっぱなしだなぁ、と思いつつも中に案内されたところで向かう先はいつも通り、応接室だった。
そこでは腕を組んで待つルヴィアの姿と、そして横の椅子の椅子の上に用意された服装らしきものが見えた。
「街に調査に出る前に来たぞー」
「だとすれば丁度良かったのかもしれませんわね。実は対英霊を想定した戦闘用礼装を用意したのだけれど、腐らないで済みそうですわね」
「え、マジか」
割と真面目にルヴィアのその言葉に驚愕していると、その言葉を証明するように、ルヴィアが椅子の上に置かれた服装のセットを見せた。インナー、上着、スカート、ブーツ、リボンという風に分かれており、それぞれ何らかの神秘的な素材を使った作成されており、礼装としての役割を果たすために術が刻まれているのも見える。
「耐久度の上昇などを刻んでおきましたが、個人での趣味や色々な問題もあるでしょうから、完全には終わらせないで自分で弄る為に不完全な状態で終わらせておきましたわ。これから英霊などと戦うというのなら、それに相応しい道具も必要でしょうから、持っていきなさい」
「いや、本当に助かるし、嬉しいけど……いいのか? ぶっちゃけ、そこまでやってくれる程俺達別に仲が良い訳じゃないだろう」
真面目な話、ルヴィアとは特別な友人関係にある訳ではない。さりとて、大きな関連がある訳でもない。ただ自分がゼルレッチ唯一の魔法使いとしての弟子で、ルヴィアは魔術師か魔法使いかは解らないが、ゼルレッチの弟子志望であるのだ。そしてゼルレッチに俺の面倒を見るように言われてはいるが、
「ぶっちゃけ、俺が助けを求めない限りはそこまで積極的に手を貸さなくても爺は何も言わないぞ? 助けてくれただけでも評価してくれると思うし」
「シュバインオーグ師の事を知る貴女がそう言うのならそうでしょう。ですが私はエーデルフェルトの女ですわ。やるなら徹底的に、全賭けしてそこに糸目を付けませんわ。そして何より貴女は今は私の前を進む人物―――私が弟子入りすれば姉弟子であってもライバルですわ。だったらとことんやる気を出して、今まで遅れてきた分を取り返して貰わないと、張り合いがいがないのわ」
なんという……そう、名づけるのならルヴィアイズムとでも呼ぶべきだろうか。
絶対的な自信。自分なら成し遂げるであろうという自信に満ちている。そしてその上で、同じ分野を走る人間は決して愚か者であってほしくない。自分と競う人物はそれだけの才能と実力のあるライバルであってほしいという潔癖さ。魔術師ではあるが、魔術師らしからぬ魔術師であろう。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは魔術師として
彼女は魔術師でありながら恐ろしいほどに真っすぐであった。
その好意を無下にする事は出来なかった。
「ありがたく受け取らせて貰うよ。ついでに見とけ、聖杯戦争余裕のストレート勝ちしてくるから」
その言葉にルヴィアはそうですわね、と笑みを浮かべた。
「それぐらいやって貰わなくては、私のライバルには相応しくありませんわ。それぐらいは期待しておりますわ」
そんな言葉を受け取りつつも、新しい衣装を手に取った。先ほど入って来た時に軽く確認したが、衣装としては上着になる赤いジャケット、黒いインナーの様な服、同じく黒いフレアミニスカート、そしてストラップブーツだった。インナースーツの質感がちょっと癖になるというか、軽く触れてみると肌に張り付くような感じがする。だがそこに嫌悪感はない。サイズからすると袖の部分が極端に短くなっている気がする。
「とりあえず着替えてみるか」
着てきたジャケットとシャツを脱ぎながらインナースーツに手を伸ばした所で、
「あぁ、そのインナースーツですけども、ブラジャーは不要ですわよ」
「え、マジか」
「着てみれば解りますわ」
その言葉にやや恐ろしさを感じるが、ここ二週間で慣れ切ったブラジャーを腕を後ろに回して外しつつ、インナースーツを手に取り、そこの方を広げて首を通してみる。そういえば一部のスポーツ選手がこういう服装をしていたな、というのを思い出す。そんな事を考えつつも、インナースーツに首を通し、腕を通し、頭を引っ張り出して着てみる。独特の着心地は今までに感じた事のない感触だった。
こう、肌を一瞬だけぞわり、と撫でる感触があるが、それが過ぎればフィット感が癖になる感じがある。女の肌は男よりも敏感なのか、それが良く伝わってくる。袖の部分が肩を少し過ぎたところ程度しかなく、ちょっと裏返っているのを引っ張りつつ、へそを覆う様に下に引っ張る。だがそれではどこか、胸元を押し潰すような違和感を感じる。
「あぁ、そこ、少し引っ張ってみると良いですわよ」
「おう? おぉう」
首を傾げながら言われた通り胸のあたりを引っ張ってみれば、普通にインナーが伸びた。それを引っ張って調整してみれば、少し抑え込まれる感覚と共に、胸の形にインナーが伸びて覆った。ぴっちりと体に吸い付くインナーはインナーの上からへその形が見え、綺麗に胸の形を見せる姿を披露する。
―――これ、ぷそにでよく見る乳袋だ……!
リアルに存在したのか貴様……! という明後日の方向に驚愕を抱きながら、体を軽く動かす。肩回りの駆動は一切問題がない。肩を回してもそこに引っかかる様な感覚を覚えない。凄まじい一体感を感じる。体を捻って動かしても違和感を感じないし、体を軽く伸ばすとインナーがそれに応じて伸びる。
軽くジャンプするが、胸が激しく揺れる様な事はなく、ブラジャーを装着していた時同様、固定されているような感じがある。というかぶっちゃけ、アニメとかゲームである様な胸揺れが発生すると胸の中にあるクーパー靭帯が伸びたりぶち切れる。これが胸の垂れとかに影響するらしい上に、切れると元に戻らないらしい。まぁ、魔術でどうにかできるのではあるのだが、女の体としては非常に重要な事らしい。
ブラジャーがない方が動きやすい、とか絶対に言えない事実がそこにあった。
女の体って改めて面倒だと思う。
それはともかく、着てみたインナーは着心地が良く、そして体にしっかりと吸い付き、胸を無駄に揺らさない様に守ってくれる上に、肌触りに違和感を感じない優秀なものだった。割と真面目にビビる。
「一体何を素材に使ったんだこれ……」
「世界の裏側から出てきたのかどうやら新鮮なヒュドラが最近、発見されたそうですわよ?」
「おぉ、それは……」
幻想種のほとんどは世界の裏側へと消えた。今地上に残っているのは姿を隠す事が出来るほんの僅かだ。だが時折、幻想種が表側に出てくる事もある。とはいえ、ヒュドラの様な大型生物がそうも簡単に表側に出てくるとは思えない―――しかしこのインナー、ヒュドラの皮が素材となっているとなると、恐ろしいレベルでの高級品だ。
まったく笑えない。だけど伸縮性や着心地の良さは流石幻想種由来と言えるだろう。
だけどヒュドラが表側に出る。それはかなり、大きな意味を持つ。
「現実と幻想の境界、大丈夫なのか?」
ジーパンを脱いだ状態になり、ジーパンからベルトを抜く。それをスカートに通してから、ズボンなんかと比べるとはるかに頼りないデザインの履物は女性用の衣装なのだが―――躊躇なく足を通して、腰まで持ち上げて位置を軽く調整しつつベルトを締めた。軽く腰を揺らし、スカートの裾がふわり、と広がるのを確認する。うむ、悪くはない。
「さぁ、そこら辺の事情は私には解りかねますわ、専門でもないですし。だけど空港の事件から引き続き、聖杯戦争とどこか、神秘が溢れだしている様な、そんな印象がありますわ―――本来ではありえない筈なのに。というか動きに一切疑問や乱れを感じないのですけれど」
くるり、ふわり、と一回転させてスカートが広がるぎりぎりの範囲をチェックしつつほうほう、と呟き把握し、そらおめぇ、とルヴィアに言う。
「ストレス回避の為だわ」
「ストレス回避?」
ルヴィアのおうむ返しに頷きを返しながら最後のジャケットを手に取る。此方も中々良い素材で出来ているらしく、その表面に触れるだけで解る。自分が普段使っているライダースジャケットよりも遥かに良品だ。多数のベルトなどの装飾も、どちらかといえばロックでパンキッシュな此方の性格に合わせてある様に思える。
「俺が今まで魔術を探求しなかったのは俺が起源覚醒して自我喪失状態にならない為だ。だけど、まぁ、俺の精神力も無限じゃないからな。起源を自覚している以上、それ以外の時ではほぼ常に精神状態を健全に保っておく必要がある。ストレスなんか溜め込むとその分心が疲れて弱まって起源への抵抗力を失うからな」
「だからその分、なるべく気負わずに楽しもう、と?」
「そういう事。なんか知らんが今は起源覚醒の心配もいらんからな」
それが本当に不思議な事だ。とはいえ、今はある意味禁欲生活中だ。安易な自慰とかの性的欲求を抑え込んでいる分、それ以外で楽しめる部分はしっかりと遊んで楽しんでおかなければその分ストレスが溜まる―――だから服装のことぐらいでぐだぐだうーうー言うのはなしだ。
第一、 今は姿は女なのだから、それに合わせた服装を着るのは当然だ。
そしてそんな事を引きずって文句を言っている方がどう見ても男らしくない。
最終的に、他人からどう見られても自分がどう思っているのか。それが一番重要な事だと自分は思っている。だから周りからは女の様に見られようとも、自分だけが自分のアイデンティティをしっかりと保って守っているのであれば、これぐらいは余裕で楽しめる。
そもそも、魔術師と言う存在自体が他人を気にせず我が道を行くような連中だから、このぐらいの精神は常識、というか当たり前の様なもんだ。
ともあれ、ルヴィアには恩を着せられてしまった。ジャケットに袖を通し、その驚きの軽さに舌を巻きつつ、ライダースジャケットに仕込んでおいた礼装や触媒を此方のジャケットに移す―――やっぱりというか内側にポケットが多数あり、道具を色々と仕込めるようになっていた。
聖杯戦争が終わったらなんか、聖杯そのものでも渡さないとどうにもならねぇなこれ、そう思いながら着替えを完了させた。スカートの裏側、ベルトには銃も装着してあり、ジャケットでその部分は隠れている。認識阻害の魔術を使って置けばこれも問題はないだろうと思いつつ、軽くルヴィアに頭を下げた。
「この借りはいずれ返す」
「気にする必要はありませんわ。将来に送る投資ですから―――」
ですが、そうですわね、とルヴィアは此方を見て、どこか、あまり深く考えずに呟いた。
「やはり、赤と黒の組み合わせをしていると私とは対照的な感じがして、どこかライバルの様な感じをさせてくれますわね」
本当はこの、ルヴィアに合う前にライダーとの合流、そのマスターとの交流が存在したんだ。
だが搭乗前の2連ファンブルによって無残に死亡して消滅した。奴はもういない。本来ならサーヴァント2騎による攻略する難易度だっただけに、これ以降の戦いの難易度が全体的に上昇している。
まぁ、サーヴァントを討伐すると4点SPが手に入るから、それを独り占めできると考えればいいけど死亡率跳ね上がるので……w なおセイバーに関しては時計塔のゴリラが持ってったので4点もらえませんでしたとさ。
そして新衣装にお着換え。何事も楽しむタイプなのでそこまで忌避感はない。ダ・ヴィンチちゃん系。