夜。
暗くなったロンドンの街は不気味―――なんてことはない。
夜の大都市が不気味だとかいつの時代の話だ。今は二十一世紀だ。新宿を見ろ渋谷を見ろ。夜、どんな時間でも残業や遊び、飲みでオールナイトしている姿なんてどこでも見かける。それは海外に出ても一緒だ。深夜になっても歩き回っている観光客はいるし、飲みに出ているおっさんとかもいる。最近は殺人事件の煽りを受けて人は減っているが、その代わりに警察官が多く、町中を歩いているのを見かける。人混みはなくなったが、それでも完全に人がいなくなるという事はない。
それが現代の都市だ。
その中で完全な犯行が行われているのだ―――アサシン以外はクラス的にありえないだろう。そのアサシンのクラスも、軽く調べると《気配遮断》なんてスキルをデフォルトで装備しているらしく、これを使うと攻撃行動に移らない限りはその気配を完全に殺し、目に映らなくなるのだとか。此方の認識阻害の魔術は此方を注意しなくなるという無意識に対する干渉なのだが、それとはまったく違う方向性に進んだタイプの隠形術だった。見ても認識できないというのは、凄まじいほどの恐ろしさを感じる。
その上で情報まで抹消されるのだ。アサシンとしては凄まじいまでの実力を保有しているのが解る。逆に言えば、それがアサシンとしての能力という事だ。それにしっかりと対策を施せば対処できない訳ではない。そもそも暗殺者とは生来正面戦闘を苦手とするからこそ一撃で殺す術を磨いたのだ。
……と、祈ってる。アサシンクリードみたいにゴリマッチョな暗殺者が正面から追いかけてぶち殺しに来るタイプとかまるで考えたくない。でもアルタイルイケメンだよなぁ、アレ。後エツィオも。個人的にああいうアクション系統は嫌いじゃない。苦手なのだが。だけどああいうゴリマッチョ系アサシンが襲いに来るとかまるで考えたくはない。
だってどう足掻いても勝てるイメージねぇじゃねーか。
「うっし、とりあえずは《気配遮断》の対策だけしておくか」
「……?」
「うん、まぁ、対策って言う程の物じゃないけどね」
何時でも戦闘が出来るようにレティを出したままの状態にしておく。その状態で《起源覚醒》の効果で火の粉を生み出す―――これは起源であり、自分とレティの一部の様なもの。つまりは触覚の様なものになる。その為、火の粉が触れたらそこには誰かがいる、というのが解る物である。これを自分が存在する半径20メートル範囲内に滞空するように散布する。火の粉である以上、回避は困難だ。自分へと近づけば近づく程密度が上がる様になっているのだ。
近づいてズブリ、とやるようなら絶対に火の粉に触れるようにしてある。まぁ、即興の対策ではある。真面目に言うと、これ! と言えるような対策が存在しない事自体が問題なのだ。或いはゼルレッチみたいにダメージその物を消し飛ばすことが出来るのであれば話は別なのだろうが、それは魔法使いの特権だ。魔術師にそんな芸当は到底不可能なので、諦めるしかない。
そもそも、自分もつい最近まで魔術師としてはサボっていたので、ブランクがやばい。
ともあれ、最低限、思いつくだけの対策は用意してきた。後は自分の運と耐久力と魔術を信じるだけだ―――この夜、自分が新たなターゲットとして選ばれない事を。
「……良し、現場に向かおうか」
既に場所は確認してある為、バイクで現場近くまで向かってから、駐輪場にバイクを置いて歩く。
向かった先はロンドン中央部、そう、人口が最も密集したその一帯で事件は発生しているのだ。それを追いかける警察の努力を嘲笑うかのように。とはいえ、魔術の絡む事件である以上、仕方がないと言えばそうだろう。なにせ、魔術と科学は結果として同じものを生み出せても、その使いやすさや再現のしやすさはまるで違うのだから。故に科学では勝てない魔術の領分というものはある。
殺しはその一つだ。
暗がりの路地裏に入れば、人が五人ほど並んで歩ける程度の幅がある。大通りからは離れておらず、声を出せばすぐに人がやってくるというレベルだ。逃げようと思えばすぐに大通りへと逃げ出せるレベル。そんな所で殺人事件が発生したらしい。路地裏の中を進んで行けば、人の形に貼られたホワイトライン、そして道路や壁に染みついた血液の痕が見える。
ここが、殺害現場だったらしい。
「おぉう、怨念がこびりついてるなこれ……」
人の物とは思えない怨念が現場には残されていた。路地裏には街灯の類がなく、結界代わりの火の粉がライトの役割を果たしているが、それによって可視化された怨念が見えてくる。それらは指向性のない、負の感情ともいえる物の集合体であり、このまま放っておけば怨霊として形成されただろう。そうすれば一般人に憑りついて殺すような怪物の完成だ。
「こういうのはどちらかと言うと聖堂教会の領分だろうに、何をしてんだか……And The Holy Spirit, Amen」
略式ながら洗礼詠唱による浄化術を行う。怨霊等の類に関してはこれが一番影響力が強く、抵抗をあっさりと抜いて一瞬でこの場に在った怨霊を浄化させた。しかし怨霊が残るレベルだという事はかなりろくでもない相手だったか、もしくは相当苦しみながら死んだ、という話になる。
……若干、相手をするのが怖くなってきた。とはいえ、生き残るためには情報が必要だ。
「それじゃあ調べるか」
軽く両手を合わせ、ナンマイダナンマイダ、と声を出してから事件現場を調査する事にする。とはいえ、死体の写真と、そして死因に関しては既に資料で確認してある。死因はショック死、または失血であり、その原因となったのは腹部の切開となっている。そこから子宮を引きずり出した事でショック死するのが一番多いケースであり、それに耐えてしまった場合は痛みに悶絶しながら失血死してしまうらしい。
なんとも邪悪で、そして救いのない殺し方だ。
「さて、神秘的にはどんなもんかな」
物理的な証拠なら既に警察が確保しているだろう、という観点から神秘サイドから鑑識を行う事にする。流石に死体の方は確認できないので現場の方になるのだが―――先ほどみたいに、怨霊だとか、ヒントは掴めるかもしれないのだから。ともあれ、
「
起源魔術を開始する。ミラーリングの応用で、周辺に存在する神秘的情報を自分で写し取って取得するというやり方だ。探査、調査用の魔術が元々のベースだったが、起源に近づいた魔術師は普通の魔術を使ってもその手段や結果が起源に大幅に影響されたものとなる。
今のもそうだ。鏡に付与される反射という性質を魔術的にどこかで表現する様になってしまうのだ、半ば強制的に。そう言う事もあって使い勝手の良くなる魔術があれば、使い勝手の悪くなる魔術もある―――まぁ、発情作用がある為、起源魔術は全体的にクソだと表現しなくてはならないだろうが。とはいえ、1回目。これならまだ余裕だ。
「そして情報げーっと……」
情報を整理する為に軽く頭を指で叩きながら、それが終わったところで胸を持ち上げるように両腕を組んで足で大地を叩く。自分がここから感知したのは一つ、予想外に少ない神秘の残滓だ。昨日殺害のあった現場なのだ、ここは。時と共に残存する神秘が薄れて行くからほとんど残らないのは当たり前だが、今この場に残っている神秘と、そして時間ごとに減って行くその総量を頭の中で計算する。
「……神秘の量が少ないな?」
レ・ロイが比較的昔の英雄で、神話を齧っている領域の英霊だったから、彼が纏っていた神秘の量、質は現代ではありえないと呼べるようなレベルであり、それを思い出すとやはり、人外と呼べるレベルだったと思う。やはりそれと比べると、ここに残留した神秘を比べるとやはり質・量ともにレ・ロイと劣ると判断できる。
少なくとも伝承・神話クラスではない様に感じられた。
……そういうレベルのが相手だと、抵抗を考えるだけでもう無駄なのだが。条件即死、絶対即死、確定死亡。神話クラスの殺人鬼は基本的に死の概念そのものを操るタイプが多い。その為、即死耐性そのものを保有してなきゃ死ぬのだが―――ゲームじゃないんだ、人間がそんなものをひょいひょい持ってこれると思うなよ、としか言えない。いや、ゼルレッチなら可能なんだけど、魔法使いクラスでもないと無理だ。少なくとも人間を止める必要はある。自分には一生、縁のない話だ。
「うーん、だけどこれじゃあ情報が足りないよな……となると見る角度を変える必要があるか? 凶器のヒントでもありゃあいいんだけどな……」
調査は専門でもないので、割と辛い話だ。どうしたもんか、と現場を眺めていると、徐々にだが火の粉の光量が陰るのが見えた。魔力不足―――ではない。空気に感じる湿気から霧が出てきたのだと判断する。
……霧?
「いや、待ておかしいぞ!」
かつてのロンドンは霧の街、なんて言われた事もあるがそれは産業革命時代の話であり、現代のロンドンは
「レティ」
「……!」
素早く背中を壁に向けて、隙間を潰しながらレティを手元に呼び寄せた。少女の姿から変容し、その姿は手に納まり―――刀の形へと変わる。鞘に収まった刀の形へ。赤い鞘に赤い柄、全てが赤色の刀に。《精神汚染》を解除して以降、
幸い、ガチの居合道や剣術に関しては
《夢幻召喚》、本当に便利である。それに合わせて《英雄作成》を自分に付与する。それでサーヴァント換算でE〜Dランク並みの身体能力を発揮できる。そこに《変容》からのバックアップ。敏捷>筋力の優先度で身体を向上させるのが刀の姿の場合なので、即座に動いて反撃出来る様になる。
敏捷は反射神経も含めるらしい故に。
「結界を構築して踏み込んだ瞬間に解るようにしてひたすら迎撃の構え―――!」
これで完璧だ……と、口に出すのは死亡する原因になるので黙っておく。そこらへん自信満々に言ってしまうケイネス元教諭は聖杯戦争で見事死亡したし。やはり慢心、ダメ、絶対に―――それが原因で自分も割とレ・ロイ相手に死にかけているのだから、反省はしなくてはならない。ともあれ、火の粉による結界と完全迎撃状態。
徐々に、徐々に視界が霧によって閉ざされて行く。それと同時に霧から魔力、神秘―――そして害意を感じる。薄く、炎を体に纏う。起源の炎で自分に近づいてくる霧を焼いて、皮膚へと触れさせないようにする。その判断は正しかったのか、すぐ近くの壁がじゅぅ、と音を立てながら軽く融けたのが見えた。
「……」
何故見えた? いや、見せた? 見せ札なのか? それとも此方のリアクションを確認する為か? どちらにしろ、霧を出し、そして融ける現場を見せた以上、相手は此方の姿を目視し、そして完全に狙っている状態に入っている。左手で握る鞘を左腰にまで下ろし、手を柄に乗せて握る。抜刀の振り抜きは剣を両手で握って振るうよりも敏捷への補正の都合上、早くなる。故に相手を感知した瞬間、カウンターで一気に切り殺す。
その為の覚悟と練習は、時計塔で何度もやって来た。
「……」
唾をゆっくりと飲み込んだ。魔術回路を常に最大の状態で起動待機させ、《万華鏡》による疑似・魔力無限供給状態を維持する。何時でも魔術を発動させる状態で自分をキープさせておきつつ、反射神経に全てぶち込み、一撃で殺し返す準備を整える。
無音がロンドンの夜を包んでいる。
心臓がバクバクと音を奏でているのが聞こえる。レ・ロイの逃亡の時とは違う、また静かな緊張感だった。今まで味わった事のない事に、呼吸がやや荒く、重くなって行く。霧の効果を完全にレジストしているかどうかは別として―――凄まじいプレッシャーが心労をかけていた。流石にこういう緊張感は初めてだな、と軽く呟きながら息を止めた。息を止め、全神経を迎撃へと向け、
―――血を吐いた。
「がっ―――」
吐血しながらレティを落としつつ胸を押さえた。強烈な痛みが血液と共に喉を沸き上がり、臓腑を引き千切られる様な痛みが体を走る―――混沌とした魔術の坩堝の様な経験から、これがどういう類の干渉かを一瞬で把握する。これは呪殺だ。呪いを媒介に殺しに来ている。呪いを媒介に臓腑を引き抜かれる。常軌を逸脱した激痛に、思考が一瞬ホワイトアウトする。
だがそれが逆に命を救った。
思考が消え去った先に残るのは―――
呪いの本領は東洋呪術。そして呪いへの対抗は神道と教会の洗礼詠唱が最も効率的。
それを思考せずに反射行動で混沌魔術として放ち、レジストする。呪いに対して洗礼詠唱でそれを禊ぎつつ、呪術によって方向性を狂わせ、拡散させ、霧散させる。同時に呪いそのものを対象に
が、その痛みで正気に戻り、再び吐血した。
「お、おぇぇぇ―――」
内臓に発生した直接的なダメージに吐き気が我慢できず、吐血しながら吐瀉する。腹を抑えながら後ろによろめいたところで、人の姿へと戻ったレティが急いで駆け寄って体を支えてきた。
「
「……?」
直後、此方を助け出そうとしたレティの腸がぶちまけられた―――炎という形で。そう、本来は、というよりその本質は武器。女という形をしているが、《変容》による姿の一つであり、体をぶち抜いたところで、血液も臓物も炎の形になって飛び散るだけだ。レティにはダメージが発生しない。故に炎をぶちまけた所で、レティは元の姿に戻り、此方を片手で支えながら少し大き目の剣の姿へと変形した。それを杖の代わりに道路に突き刺し、
前を見た。
「……あれ? おかあさんのおなか開いていないね? うーん、これじゃあおかあさんにかえれない……」
そう言って闇の中に佇む影を見た。そのシルエットは自分が想定した姿よりも遥かに幼く、10にも満たない少女の様に見えた。髪は短く、銀の様な白の様な、不健康な色をしていた。それを自分は綺麗だと思えなかった。いや、色としては綺麗なのだろうが、
その色はあまりにも毒々しさを感じる綺麗さだったのだ。
恰好は凄まじいまでの露出の多さ。君、もしかしてどっかのエロゲー出身? それともそれ、AVの衣装でも持ってきた? 比較的に余裕があるのであればそんな事でも口にしたのだろうが、生憎とそんな余裕はない上に、少女の瞳を見て、無意識的に展開していたミラーリングが彼女のスキルを映した。
「《精神汚染》持ちかよ―――!」
情報取得。宝具名は《解体聖母》でその真の名はジャック・ザ・リッパー、そのまんまどころか本人だった。かつてロンドンを震え上がらせた殺人鬼がこんな幼女だった―――なんて、笑う事は出来ない。
呪殺されそうになった手前、遠慮はいらない。
見た目はガキでも中身は爺、なんて魔術師の世界では割と良くある事だ。
故に痛みを振り捨てて、レ・ロイの剣術で一気にジャックへと向かって踏み込んだ。ミラーリングで写し取ったスキルは《情報抹消》、《気配遮断》、《精神汚染》、《霧夜の殺人》、そして《外科手術》。
マスターの特権として真名の看破に成功したサーヴァントはその能力を確認する事が出来る。そしてそれはつまり、サーヴァントであるジャック・ザ・リッパーのスキルを確認する事が出来るという事でもある。
《霧夜の殺人》と《情報抹消》のコンボがやばい。
この二つで条件を揃えれば
ここで殺さないと即死させられる。
呪詛のレジストだけで内臓を焼く必要があったのだ。
三度も四度も繰り返せない。
故に《英雄作成》で自分自身を強化しながら一瞬でジャックに接近する。下から掬い上げる様な斬撃を振り上げ、熱風と共にジャックを殺すための一撃を繰り出す。だがそれを超える素早さでジャックが斬撃を大きく回避する。その小さな体は現代では類を見ないほどの速度で動き、一瞬で接近してくる。一瞬で踏み込み、首を的確に狙う様に姿勢を低く、飛び掛かってくるように両手で逆手に握ったリッパーナイフを振るってくる。
だがそれに対応する様に炎剣を引き戻した―――形状を槍へと変形させて。敏捷に特化させた《変容》の形態。素早く手首を捻らせ、槍を回転させながらジャックの飛び込みを間一髪、首元近くで抑え込んだ。
「むぅ、それじゃあころせないよ」
そのまま押し返そうとするが、筋力で敗北している。《英雄作成》込みでも筋力、敏捷、そして耐久で敗北している。
まともに打ち合えば一撃で殺されるだろう。見た目は子供の姿をしているが、それだけだ。見た目以上の怪物だと判断しなくてはならない。故に槍で受け止めて押し込まれる瞬間に《魔力放出》と《起源覚醒》による炎の放出を槍から行う。一瞬で吹き荒れる強大な魔力の奔流を察知し、ジャックが鍔迫り合いを放棄して飛び退いた。
「魔力だけは此方が勝っている―――!」
無限供給の《万華鏡》に最近、アゲアゲ調子の魔力、そしてジャックはアサシンのクラス―――つまりは《対魔力》を保有していない。ジャックに対して勝利出来る要素があるとすれば、この魔力を生かした魔術師としての戦い方のみになる。
「簡単な話だ、弾幕ゲー始めようぜ! 俺、今から緋蜂な!」
「解体するよ」
「話がかみ合わねぇなおい」
痛みはふざけて紛らわせつつ、喋る意味のない戯言に呪文を混ぜ込んで放つ。槍は杖へと変形し、リソースが全て魔力へと集約される。ジャックが再び踏み込む前に、一気に魔力を解放させて火の海を生み出した。同時に炎の壁が発生し、ジャックと此方を隔てる。炎が増えれば増えるだけ霧が晴れて行く。魔力をひねり出す事に軽い痛みを感じながらも、それが正気と生存を証明してくれる。
そのまま、素早く炎で結界を構築、
「逃がさない、このまま殺す……!」
ジャックが逃げられない様に敷いた。構築された炎の檻はジャックが此方の炎を警戒して飛びのいた一瞬で何とか構築できたものだ。
彼女がレ・ロイの様な歴戦の戦士だったら後ろに退かず、最低限の動作で受け流しながらカウンターを決めただろうと思う。だが見た目通り、戦闘経験は豊富ではなかったようだ。
故に、そこに付け入る隙がある。
「閉ざせ、閉ざせ、閉ざせ―――」
ジャックを囲む炎を一気に圧縮させ、全方位から逃げられない炎の波状攻撃を叩き込む事にする。逃げ場のない炎の攻撃に一瞬でその霊核を砕き、決着をつける。その為に魔力を一気に吐き出そうとした瞬間、
―――激痛が体を駆け抜けた。
酸素を吐き出しながら体が何時の間にか横へと吹き飛び、道路へと叩きつけられながらバウンドしていた。その衝撃に魔術の制御を手放し、ジャックを結界から解放してしまう。痛みに食いしばりながらも突如の事態に脳味噌は混乱によって支配されていた。そして見えたのは心臓に向けて突き立てられた一本の矢であり、
ジャケットとインナーの重なりによって止められるどころか貫通していない姿だった―――この時ばかりはルヴィアに新調して貰ったこの服に感謝するしかなかった。
「がっ、ぐっ」
片手で道路を叩き、転がる体を跳ね上げて追撃のジャックの連撃を回避する。切っ先が頬を掠り、血が夜の闇に舞う。素早く炎の魔術で壁を時間稼ぎに作り出した。
だが次の瞬間、それを貫通して抜けてくる10を超える矢が見えた。
それを目撃した瞬間、理解した。だがそれを理解するにはあまりに遅すぎた。既に術中にはまっている。或いは策にはまってしまっている。両腕を交差させて降り注ぐ矢から急所を守ればダンプカーに轢かれたような衝撃が連続で体に叩き込まれ、道路に触れずに何度も空中で体がバウンドする様に衝撃を受ける。
体が落ちそうになるたびに新しい矢が接近し、落下させない様に
―――ない。
逃げるしかない。そうと決まればやる事は簡単だ。
「むぅ、逃げられちゃった」
一瞬だった。空を鮮やかに染める炎が視界全てを満たしたと思った次の瞬間には壁が出現し、それを抜ければ誰もそこにはいなかった。それがおそらく何らかの魔術による妨害である事は一瞬で理解できた。だけど《対魔力》を保有していない身では魔術に対する抵抗が難しく、相手は魔力では準一流のサーヴァントに匹敵するだけのものを持っていた。純粋な魔術の勝負になると逃がしてしまう。
「まぁ、ぜんぶわすれちゃうんだけどね、アーチャー」
『幻術……ですね。もっと近づけば祓う事も出来ますが、流石にこの距離だと無理ですね。此方も狙撃地点を変えるので―――』
「うん、おいかけて殺すね」
『……』
アーチャーがその言葉に黙り込んだ。なぜだろうか? 元々アーチャーはこうやって誰かを襲う事そのものに対して忌避感を抱いていた。説得のほとんどもランサーとキャスターが行い、聖杯戦争後の聖杯の優先権を約束したところで漸く協力してくれるようになった。
だけど、
「なんでほんきをださないんだろう?」
本気を出せば一撃目で殺せていたのに。なんで手を抜いたのかが本当に解らなかった。アーチャーの事は良く解らなかった。だけどさっきのおかあさんはそこそこ強そうだった。アーチャーの矢を手加減していても食らって生きていたし。
「いまのおかあさんなら、うみなおしてくれそう?」
今のおかあさんはそこそこ人間としては強かった。魔術師としてはまあまあ。だけど痛みに堪えられて死なないのなら胎内に戻るまで生きていてくれるよね、と納得する。
「うん。まずはあばれないようにおかあさんのりょうてあしをきりおとそう。それから子宮にはいれるようにきりあけないとね。あ、ひらきっぱなしにしてたら死んじゃうか。じゃあアーチャーに頼んで閉めてもらわなきゃ」
『……アサシン、そろそろ追いかけませんと』
「あ、うん。そうだね」
今度のおかあさんならきっと産み直してくれる。
その期待を抱きながら残された足跡を頼りに―――バーサーカーの
筋力、耐久敗北。敏捷大敗北。魔力勝利。運引き分け。魔力で強引に戦況を覆すものの狙撃で魔力勝利を敗北にされて戦闘敗北。という訳で1度目の戦闘判定は敗北で。
本来はこの状況にライダーがいて、狙撃を切り払って無効化してくれるので勝利→敗北への判定を覆すのを無効化していたのですが、
奴はいない!! もう死んだ! という訳でお助け話。普通にそのまま敗北で。
FGOだと可愛い! ロリ! 強い! で忘れられているけど、サイコシリアルキラーであることを忘れちゃダメだよ。