「あー、クソ。何だってんだアレは。あんなの聞いちゃいねぇぞ」
上半身裸の状態、逃げた先はとあるビルの屋上だった。影に隠れながら認識阻害で認識されない様にしつつ、魔法を使って自分の治療を行う。なんてことはない、自分の怪我を燃焼させて無かった事にするだけだ。とはいえ、自分の怪我の具合が見えていなきゃ正確に燃焼させる事も出来ないので服を脱いでいるだけだ。そして確認が終わったところで傷という結果を燃焼させて存在を否定する。
これによって治療が完了した。経験を積んで慣れて来たらたぶん、もっと素早く出来るだろうなぁ、とは思わなくもない。さっさと脱いだインナーとジャケットを着直しながら立ち上がり、深呼吸で冬の冷たい空気を肺の中へと送り込みながら体を伸ばした。
「ふぅー……どこだここ……」
服を着た所でビルの屋上から街並みを見下ろした。ビルや街に見える文字は見慣れ、親しんだ日本語ばかりであり、町中を歩いている人の姿も日本人ばかりだ―――つまり、常識的に考えてここは日本なのだろう。そう、イギリスではなく日本。それを確かめるべくポケットからスマートフォンを取り出してWiFiへと繋ごうとするが、電波の反応はない。
どうしたもんか、と呟きながらポケットにスマホを叩き込む。そのままビルの端、柵に腰を預けるように寄り掛かりながら煙草を咥えつつ、正面に視線を向ける。虚空からそこにレティが出現する。
「お前はどう思う?」
「せ……ち……ぁ……ぅ」
「……おぉ、喋れるようになったのか、お前」
驚きながらも言葉にすれば、嬉しそうにレティが頷いた。どうやらまた成長したらしい―――と言うより、此方の成長に並ぶ様に成長した、とも表現できる。俺が力を付ければ付ける程、レティもまた人間性を獲得して行く成長を得ていた。ちょっとした驚きの事実であり、《精神汚染》を削除しておいて良かった、とも思える事だった。まだ単語ですらない、文字を呟く程度の声しか出ないが、
それでも聞こえた声は可愛らしい物だった。近寄って来たその頭を軽く撫でながら空を見上げ、どうしたもんか、と再び呟く。一応転移魔術―――魔法を使えるのは事実だ。だがそれはそれとして、習熟度が足りていない事実もある。
正規ルート、つまりは飛行機に乗って帰るしかないのだが、パスポートがないから偽造する必要があるし、その上で日本国内へと入り込んだという形跡を出してもいないので、普通に空港行こうとしたらビザの関係で逮捕される。
今、めちゃくちゃめんどくさい状態なのだ。まぁ、でもこういう訳も解らない状況で何をすべきか、何をどう予測するのか、というのは得意だ。というか経験がある。日本だと解っているなら割と楽なのも事実だ。適当な人に暗示で言いなりにして、情報を聞き出す。英語圏か、或いは日本語圏であれば言葉が通じるからどこでも行動が出来る。これだけで情報収集は出来る。
難しくはないのだ。
「そんじゃ、活動開始するか、レティ」
「ぅ……」
コクリ、と頷いたレティの姿が消失したので腰を柵から外して転移魔法で一気に道路まで降りた。昼間の町中の様子は猥雑な様子を見せており、社会人が仕事場へと向かっているのか、或いは昼の休憩を取ろうと忙しく歩いている姿が見える。この国はどこに行ってもその姿を変えないなぁ、と思いながら歩き出す。自分に対してかけている認識阻害の魔術の影響でこんな格好をしていても周りの人間は気にしない。便利な魔術だよな、と思いつつも軽く辺りを見渡し、どこか知的な姿をしているサラリーマンを見つける。
「ヘイ、そこのインテリ系。ここがどこだか教えてくれないか」
「うん? ここは日本のXXX、冬木だよ」
「おう、ありがとう。じゃあ財布からX万くれ」
「あぁ、いいぞ」
「後パンツをちゃんと脱いで出社しろよ。あ、ネクタイはそのままな」
「勿論さ」
財布からx万を出したインテリっぽい男がインテリ変態になった瞬間に静かに敬礼しつつ、ポケットに金を突っ込んで歩き出す。背後から悲鳴と警察を呼ぶ声が聞こえるが、それを無視して歩く。《千里眼》を使うまでもなく、周囲を見れば適当なコンビニを見つける。そんな俺はファミマ派である―――来るのは久しぶりだなぁ、と思いながら店内に入り込み、入り口近くのラックから新聞を抜いた。日付を調べるのにはこれが一番早いのだが、
「―――2004年か……はは、時間を遡ってやがるぜこれは」
冬木、という名前が出た時点で嫌な予感しかしていなかったのは事実だった。そもそも冬木市は少し前、オルガマリーの口からきいた聖杯戦争のあった土地の名前だ。そして2004年は自分が本来存在する筈の201X年よりも遥か前の年だ。
ゼルレッチ級の魔法使いであれば、第二魔法であれば時間軸を横と縦に自由に移動できると聞いている。
「犯人は爺。はっきりしてんなこれ」
爺以外に出来る奴がいなかった。そして爺ならやる。間違いなく。それぐらいあの爺はカオスと無茶の塊だ。そもそも魔法使いの弟子は一回ぐらい廃人になるレベルで追い込まれるのだから、時間移動で放り捨てられることぐらい……まぁ、ありえなくもない。とはいえ、何か、頭からすっぽ抜けている気がする……。
「まぁ、でも先に金を稼がないとな。とりあえず手っ取り早く稼ぐか」
新聞をコンビニのラックに戻してから奪った小銭で稼ぐことを考える―――とりあえず、まずは腹の中に何か食べ物を入れよう、と考える。
「あ、当たりです……1万円です、ね……」
「んじゃあ即座に換金で。んで今の当たった1万円を即座にスクラッチくじのチェンジで」
「は、はいぃぃ!」
一番手ごろで、その場で金に出来るのがスクラッチくじだ。その場で削るだけで金になるのだから。だけど1万円を超えるくじは銀行に行かなければ換金が出来ない。そしてその時は証明などが必要なので、タイムトラベラーとしては面倒な事になるのでそちらは推奨できない。なのでやる事は簡単だ。軍資金を得て購入できるだけのスクラッチくじで当選1万円以下のくじを購入しまくれば良い。
1万円以下のスクラッチ当選は宝くじ売り場での換金が可能である―――つまりはその場で交換できる。安いので1回200円、当選した時の金額等でくじ一つの値段が変わってくるのだが、即座に交換する事を考えてくじをすれば1回のくじで1万円を稼ぐことが出来る。
つまりくじ1枚で1万円、コストは200円。9800円の利益となる。なのでくじ一つで大体49万円儲けることが出来るのだ。
超ボロい。ほんとボロい。流石第二魔法による確率操作。魔法を覚えていて良かった、としか言えない。スクラッチの中から1万円が当選する確率のスクラッチを見出して、それを引いてスクラッチするだけ。本当にそれだけの作業なのだ。
まぁ、とはいえ、あまりやり過ぎても目立ってしまうので100万程稼いだ所で印象操作と記憶操作を行い、切り上げる。適当に購入したバッグの中に金を詰め込んで、それを片手で掴みながら宝くじ売り場から離れる。
これで当座の活動資金は入手した。煙草の先に付いた火を眺めながらそんな事を考える。最近は火が近くにあるのを見ると安らぐ……煙草の煙で煙いのも割と好きになった。昔は煙草なんて不味いし臭いし嫌いだと思っていたが、自分も変わったものだ。
ふぅ、と冬の白い息と煙を混ぜて吐き出す。
「タイムトラベラーか。少し前までは魔法じゃなきゃ無理だって言われてたんだけどなぁ―――」
オルガマリーに叩きつけられたカルデアの資料を思い出す。そこにはレイシフトという技術による時間的介入が記載されていた。魔法の領域とされていた行いも遂に科学との融合で手に届く様になった時代、果たして神秘は、幻想は、最終的に全てが科学へと跪くのだろうか? どちらにしろ、魔法使いとしては正直な話、どうでもいい話である。一つが魔術に落とされても根本から科学では再現できない概念の焼却という行いや確率操作が出来た以上、それが魔術となっても便利である事に違いはない。
「とりあえずこれで活動資金は得たしこの街のオーナーを探すか」
あのデビルロリはバーサーカーと言った。此方がバーサーカーを連れており、ここが2004年であるという事は、まったく別の、過去に発生した聖杯戦争なのだろう。だがこれはオルガマリーから見せて貰ったカルデアの前所長マリスビリーが行った聖杯戦争とは
つまり時間軸を縦にだけではなく、横にも移動した可能性がある。
つまりは
まぁ、どちらにしろイギリスにある時計塔へと連絡を取る必要がある。ゼルレッチが常にあそこにいる訳ではないが、あそこは仮拠点の様なものだ。あの爺の《千里眼》の範囲内でもある為、時計塔の敷地内に入ればこちらを見つけてくれるはずだ。
事故にしろ、故意にしろ、どちらにしても帰る手段を見つけなくてはならない。それにはそういう手配が行える魔術師が必要だ。そして土地のオーナーであればそこらへん、融通してくれるだろうと思っている。
ともあれ、今度はオーナー探しだ―――とはいえ、カルデア・レポートでは冬木の魔術師の事情や背景なんて書かれてなかったし、自分の足で歩いて探す必要が出てくる。こうなってくるとノーヒントなのだが、魔術師の基本的な考え方をトレースすればなんとかなるかな、と思わなくもない。
と言っても使うのはやはり《千里眼》の存在だ。これを使ってこの冬木市の霊脈、霊地を見る。魔術師にとって霊地は重要な場所だ。魔力の効率や魔術師の育成等様々な恩恵を与える霊的なスポット。基本的にそれを支配、保有しているのが土地の管理者なのだ。つまりは霊地の上に立っている建造物で、魔術的な痕跡を感じる場所を見れば良いのだ。
故に《千里眼》を発動させ、視る。そして凄まじいまでの強い霊脈の輝きに少しだけ頭痛を感じ、振り払う。そしてそれが続く太い線を探す。今いるのは冬木の中央を流れる川の東側、新都と呼ばれるエリアであり、霊脈のほとんどは西側に集中しているように思える。
こちら側に二つ、西側に三つという感じだった。ただ太いのは西側に集中しており、オーナーが抑えてそうな極上なのは間違いなく西側にあるだろう。だけどそこまで探しに行くのも面倒だし、細いところを見て回るか? と考える。
……何らかの分岐点を感じる。
ここで冷静になって考えるべきだろう、どこへと向かうべきか。そう思ってポケットに手を入れて、スマホを取り出し、その中にダウンロードしてあるアプリを起動させる。その名も、
「やっぱこういう時は脳味噌空っぽにしてダイスで決めよう、っと」
ころころー、と呟きながらアプリを転がしてダイスを回す。魔法を使えばこれも楽に6ゾロ出来るけど、それじゃあつまらないんだよなぁ、と思いつつダイスの結果を見た。1d2の結果、1が出た。つまり新都側の霊地を見て回ろう、という事にした。残された霊地の気配は二つ。そのうち、冬木全体で見て3番目の規模の霊地へと向かう事にする。決めた後なら行動は早い。
魔法で転移すれば一瞬で現場まで移動できる。そうやって一瞬で霊地まで移動してみたのは、
―――教会の姿だった。
「……うへぇ、霊地の上に教会ってどう見ても聖堂教会の管轄じゃねぇか」
げんなりする。いきなりババを引いたかもしれない、と。魔術協会と聖堂教会は表向きには同盟、或いは無関心を装っているが実のところ、その裏では睨み合って殺し合いを続けている仲なのだ。それぐらいに魔術協会と聖堂教会の仲が悪いのだ。とはいえ、それは逆に言えば魔術教会から聖堂教会にはチャンネルがあるという事でもある。一瞬、帰ろうかなぁ……なんてことを考えたが、相手があの超チートなバーサーカーの様な存在でもない限りは問題ないだろうと結論する。
一回ぐらいなら心臓潰されてもたぶん蘇生できると思うし。
ともあれ、今なら代行者相手でも恐れる事はない、そう思いつつ教会の敷地を横切り、その扉を一気に開く。その向こう側に見えるのはいたって普通の教会の姿だった。奥にはオルガンの姿が見え、どうやらそれなりに清潔に保たれた教会だった。まぁ、第一印象は悪くない。清潔に保っているという事は来客を迎える準備をしているという事であり、規律の内側にあると言う事でもある。
つまりは会話の通じる人間である可能性が高い、という話である。
「もしもーし、すいませーん。誰かいませんかー?」
声を教会内に響かせると結構広さがあるようで声が反響した様な気がする。おーい、と声を響かせていると、足音が聞こえてくる。こつ、こつ、こつ、と焦る事もなく刻むような足音を耳にしつつ、教会の奥へと通じる扉へと視線を向ければ、黒いカソック姿の男が見えた。
「これはこれは、ようこそこのような辺境の教会へ。して、このような寂れた教会へ何の用事だろうか」
言葉と共に出て来た神父はどこか―――どこか、闇に呑まれている様な気がした。いや、或いは自分とこれは同種なのかもしれない。直感的にそれを理解し、こんな外れているのが一般人な訳がない、と断言する。ただ裏付けを取る為に《千里眼》を使った瞬間、
言いも知れない、気持ち悪さを感じた。なんというか、
「お前、その心臓で良く生きていられるな。びっくりするわ」
歯に衣着せずに言葉にすると、神父が驚いたように少しだけ目を見開き、笑みを浮かべたような気がする。あくまでも錯覚だ。目の前の男は出てきてから一度も表情を変えていない。そして此方の不用意な発言のせいか、一気に雰囲気が変質したのを感じ取る。アレだ―――セイバーが戦闘前に準備を完了させた、何時でも動けるという感じの気配だ。
やべぇ、また会話で失敗した。
あの城のデビルロリの姿を思い出し、まぁまぁまぁ、と両手を突き出して諫める。
「今のは俺が少々無礼だったのは認めよう。だがそこのナイスミドル神父よ。そんな体に悪そうなものを抱えていきなり登場する方が世間的には拙いのでは? やはりここはデトックスが必要なように感じる。そこでここに居るナイス・ヤング・プリティー鏡司様はなんと通りすがりの魔法使いだ。こう、マジカルファイアァァァ! な感じで綺麗に悪い部分だけキレイキレイしちゃうけどどうだろうか? やっちゃう? 殺菌消毒しちゃう?」
背筋に冷や汗が流れるのを感じつつ、相手のリアクションを数秒待てば、やがて相手から剣呑な気配が消える。
「ふむ……病院を抜け出してきたのかね? 聖堂病院の医師に連絡を入れなくてはな」
「頭の病院は必要ないっすわ。それよりもここ、魔術関係の施設だと思っていいんだよな?」
「いかにも。第五次聖杯戦争の監視所であり、そして私が監督役である言峰綺礼だ。若き魔術師よ、どのような用事で門を叩いたか」
とりあえず即座に戦闘に入る事はなさそうだと安堵の息を見せない様に吐きつつ、交渉が振り出しに戻ったのを自覚する。とりあえずいつでも動けるように肉体を意識しながら、神父・言峰へと向かって言葉を返す。
「冗談に聞こえるが俺は魔法使いで、あー……キシュア・ゼルレッチの弟子をやってるもんだ」
「ふむ、して自称魔法使いの弟子が何の用事だろうか」
「いや、そりゃあ実演しなきゃ怪しいし自称って言われても……まぁ、いいや。とりあえず爺の鍛錬に付き合っていたら間違って時間軸を移動しちまったみたいなんだ。元の時間に戻りたいから何とか爺にコンタクトを取りたいんだ。時計塔につなげる事は出来ないか?」
「成程、それが真実であれば確かに送る意味はあるのだろう」
なんか、厭味ったらしい喋り方をする男だな、と少しだけイラッとする。とはいえ、非があるのは此方だし、あまり強く出るのも大人げない。軽く息を吐いて感情を楽にし、
「すまない、割と真面目に困っているから時計塔への連絡を頼む」
「ふむ―――」
その言葉に言峰神父が此方へとまっすぐ視線を向けてきた。距離はあるのにまるで間近で瞳を覗き込まれる様な感覚だった。それに対してどうぞ、と言わんばかりに覗き返す。こんな人間の中身を見たいというのであれば、好きなだけ覗き込めばよい。
その結果
「―――やめい、言峰。その雑種は我の客だ」
奥から濃密な気配と共に足音がする。その気配に自然と背中は伸び、口に咥えていた煙草を握り潰して燃やし尽くした。何故だかは知らないが直感的に、或いは本能的に今から出てくる人物に対する
黄金の髪を下ろした
ライダージャケットみたいな服装のセンスのなさは抜きにして―――その美貌は凄まじいものがあり、その瞳は捉えた存在の全てを飲み込むような底知れなさをしていた。だが何よりも恐ろしいのはその気配だった。
絶対支配者。そんな言葉を真剣に思わせる様な気配が女にはあった。その身に纏う雰囲気が明らかに違う。今まで見て来た魔術師、魔法使い、英霊とも違う気質だ。暴君とも、王者とも、帝王―――そう、女帝。女帝の言葉が相応しい気配だった。一瞬、確かめる為に視ようかと思ったが、それはこの存在の前には失礼だろう、と直感的に察した。女は奥から出てくると、腕を組みながらくっくっく、と笑った。
「久しいな魔法使い。相変わらず抜けた顔をしているな。どうした? 髪の色が違うではないか? ……いや、そうか、まだの話だったか」
口を開いて出て来た言葉はまるで此方を知っているかのような言葉だが―――その意味は解らない。えーと、と言葉を置き、
「失礼しますが……貴女とは初対面ですよね?」
「あぁ、貴様は
「ギルガメッシュ、知り合いか?」
「あぁ、今は我が一方的に知っているだけだがな。我の……そうだな、言葉として表現するならば部下が一番ふさわしいか」
「いつの間に就職に成功したんだろう俺は……」
その言葉を脱力しながら呟くと、女帝が笑った。性格は中々豪快なものらしい。だが、状況はどうやら好転しているらしく、女帝が言峰、と言葉を放つ。
「この雑種の相手は我がする。貴様は何時も通りにしてれば良い」
「お前がそう言うのであれば私は従おう、しかし」
「良い。良い笑い話だ。話したところで理解できるかどうかは別だが話してやろう。貴様は奥に戻っていろ。この雑種との話は我がつける」
それで会話が完結したのか、教会の奥へと言峰神父が戻って行く。心臓に悪いのが更に心臓に悪いのとトレードする形で出てきてしまった。これはクーリングオフできそうにもないし、困ったなぁ、ラスボスを隠しボスとトレーディングなんて誰も喜ばないぞ。と思っていると、
「まったく、何故貴様がこんなところにいるのだ……とはいえ、他の場所へと流れなかったのが不幸中の幸いであるか。この我の手を煩わせるとはまったく自分をなんだと思っているのだろうかこの雑種は」
「う、うっす。ごめんなさい……」
その威圧に思わず謝罪をするが良い、と言葉を返される。
「我も恩知らずではない。いずれは人理再編によって忘れるであろうウルクの礼を忘れる前に返すだけだ」
「ウルク……?」
本当に、一切の理解が出来なかった。なんと説明すれば良いのだろうか―――自分ではなく自分の向こう側を見ている。そんな感じがしていた。理解は出来ないが、この女帝の言葉に偽りが一切存在せず、包み隠さず物語っている事だけは理解できた。この女帝は心の底から今だけは味方でいてくれている。自分には理解できないが、何らかの恩を感じてくれているらしい。
故に助けてくれる、という感じらしい。
とはいえ、と女帝が言葉を置いた。
「我が簡単に施しを与えてはその価値が下がってしまう。貴様にはそう―――おつかいクエストをして貰おうか!」
「あ、一気に親しみやすくなった」
「ふふふ、我とてこの10年間受肉したまま何もしなかったわけではない! インターネットを学び、資格を取得し、戸籍を取得し、そして様々な事を学んだ! 現代のニーズを、そう、つまりは需要と供給を学んだうえで現代の者に親しみがあり、解りやすい言葉で説明してやろうではないか!」
「ノリノリっすね!」
「無論! 言峰は干渉してこない故に文句はないが、日常的には詰まらん奴だからな! たまには我もリアクションの一つや二つ欲しくなってくる! ちなみに侵略を目論む地下帝国を見つけたのであらば即座に我に教えよ。この10年間探しても見つからなんだ」
「あ、はい」
疲れたのかな……と思っているとうぉっほん、と咳ばらいをされ、
「貴様の事情は大体理解している。そして我としても貴様がこのままここに残られるのにも困るものでもあるが故、口を出そう。そうでなければ口出しさえしなかったが―――まぁ良い。貴様にはいくつか仕事を与える。それをこなした時、我が直接貴様に元の時間軸と世界線へと戻る方法を伝授してやろうではないか」
「おぉ……!」
この女帝、暴君の類かと思っていたが実は人格者じゃね? と思いつつある中で、女帝は深い、愉悦を含んだ様な笑みを浮かべて言葉を作った。
「―――この街に住まう間桐桜なる少女を殺せ。それが交換条件だ」
交渉などに関して使っているステータスは【幸運】で、それベースに性格や相性で倍率を付けている結果、交渉判定でほぼ毎回失敗しているのに流石に草が隠せない。成功してればもうちょっと穏便だったのにね。
という訳で間桐桜を殺害すれば帰還方法が教えて貰える。
ちなみにこれ、変化はあるけど大体ひむてん世界だよ。