※この作品はR-18です。

Kaleid/Burn Out   作:てんぞー

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三夜目

 鏡に映る自分を見た。ボトムズはサイズの合っているジーンズに代わり、トップスは前よりも厚めの生地になっており、此方は色が白。その上から黒いライダーズジャケットというシンプルな服装になった。ただ髪の毛は根元で二房に分けられ、その終わりを少しだけ余らせるようにしてリボンを巻いてある。服の下にも人生でおそらく初めて、女性ものの下着を装着した。ブラジャーと女物の下着を装着した感触は尊厳が削れるものと同時に、妙なフィット感と安定感があった。

 

 大鏡の前で軽く体を動かし、揺れる長髪を見た。自分を女にしたらこういう感じ、と言うのはあったが、中々の美女っぷりじゃないか、とも評価する。中々の片目隠れ系美人。ちょっと雰囲気はある。少なくとも自分ならナンパする―――まぁ、そこら辺の考えは置いて、

 

「結構しっくり来るな」

 

「当然ですわ。男物は男が着る為の服装、女物は女が着る為の服装。根本的に用途が決まっているのですわ。デザインは一緒でも、男と女の服ではそれぞれ着心地がまるで違いますのよ? 体に合ったサイズではないと当然動き辛く、そして体への影響も悪いですわ」

 

「ほー」

 

 あまり、そういう部分を今まで意識してきたことはない。適当に服を着ることが出来ればそれで問題なかった、と言うのも事実だ。あまり他人の目を気にするような立場でもなかった。いや、ある意味気にはしていたが、評価が−方向であればその方が遥かに良かった為、別段着飾ろうとは考えなかった。

 

「自分の体に合った下着を選ぶのは快適さを求めるだけではなく、スタイルを崩さない事とかにも影響しますわ。特に女性の体は男ほど頑強に出来ていませんわ。魔術の治療を前提とした日常生活を送るのであれば話は変わりますけども、スタイルや体調を崩さない為にもしっかりと体に合った下着と服を選ぶ事をお勧めしますわ。下着を」

 

「強調しなくていいわ!」

 

 嫌という程にブラジャーのつけ方を教え込まれた。まさかこんなに面倒なものだとは思わなかった。カップの測り方とか、どうやって胸を盛るとか。女ってホント見た目に関しては面倒な部分が多い、と思いつつも、しばらくは付き合う体なのだ、大事にしておくのは確かに悪くはない。

 

 それにどうせなら流されるよりも自分で乗った方がまだ精神的に健全だ。ストレスの類は全て殺意へと変換してゼルレッチの方向へと投げると決めるのだ。

 

「とりあえず、最初からスカートをつけようものなら間違いなく逃亡しますから普段の服装に近い物を選びましたけれど、満足かしら?」

 

「まぁ、見た目はほぼ変わらないしな。ただシャツがクソダサTじゃないのが残念だ……」

 

「なんでアレに対してそこまで気に入る要素が解りませんが、アレは捨てたほうがいいと思いますわよ」

 

 アレを捨てるなんてとんでもない、と言いながら体を軽くひねったりして動かしてみる。強化魔術なしでも確かに体は動くが、胸のウェイトが原因で、少しだけ足がおぼつかない感じがある。しばらくは強化魔術を使ったり使わなかったりを繰り返してまともに歩く練習したほうがいいのかもしれない、と思いつつ、胸を張ってみる。結構サイズがあるな、と思いつつ溜息を吐いて項垂れる。

 

「ふとした瞬間に思考が現実に戻ってきて死にたくなってくる」

 

「それは個人の問題ですから私にはどうとも出来ませんわね」

 

 そりゃそうだ、と同意しつつ、もうそろそろ触媒や礼装も出してくれた頃だろう。もうそろそろ寮に戻って、明日の仕事に備えようと考える。既に支払いに関してはルヴィアと決着をつけており、考えていたよりも安く済んだ。やはりそこには裏でゼルレッチとのつながりがあったのだが、素直にそれに感謝する事は出来ない。もう既に疲れてお腹いっぱいだからさっさと休みたいところだが、準備があるのでそうもいかない。

 

 憂鬱だ。果てしなく憂鬱だ。またオルガマリーの部屋をぶっ飛ばしてストレスでも解消してやろうか、と思ったところで、

 

「キョージ」

 

「ん?」

 

 視線を持ち上げ、ルヴィアの方へと視線を向けたところで、ルヴィアが両腕を組んで此方を眺めていた。

 

「貴方が才能を持っている事は認めますわ。そうでなければあんな滅茶苦茶な混沌魔術を生み出す事も出来ないですし。ですが魔道元帥の弟子という立場に居て、貴方は何故魔術の探求を行わないのですか? 魔道元帥キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグに魔法使いの弟子としてス(・)カ(・)ウ(・)ト(・)された貴方は間違いなく誰よりも羨まれる存在ですわよ?」

 

 ルヴィアのその言葉に頷いた。別段、隠している事でもないし。自分がかなり恵まれた位置にいるのも知っている。ゼルレッチは第二魔法に到達した魔法使いである。そして彼の魔道元帥に魔法使いの弟子として弟子入りした場合、その結果は廃人になるか、或いは成功するか、という結果のみ。そして世界は広くとも、魔道元帥本人が直々にスカウトし、連れ帰ってきたのは自(・)分(・)一(・)人(・)の(・)み(・)だったのだ。それはゼルレッチ本人が成功するという見込みを持って連れてきた魔術師だったからだ。

 

 つまり、魔法使いとして成功する、とゼルレッチは俺の事を見込んでいる。

 

 その割には放置が多いし、特に課題を押し付けてくる事もない。

 

 寧ろ、今回みたいにペナルティを与えて無理やり働かせるのは非常に珍しい事だった。

 

 だけどそこまでしないと魔術に関わろうとしないのはとても簡単な事だった。

 

「―――俺はね、自分の起源を知ったんだ」

 

 

♦

 

 

 起源。

 

 それは全ての存在が保有する原初の目的、手段、本能ともいえる。その存在としての方(・)向(・)性(・)だと言える。それは混沌的な衝動であり、自覚していなくても無意識で人間はその起源に従って行動すると言われている。簡単に言えば本能なのだ。本能的にこう行動するであろう、というものだ。それが設定されている。そして普通はそれを知ることが出来ない。そして知る事もしない。

 

 なぜなら起源に目覚めるという事は同時に起源に呑まれるという事でもあるのだから。

 

 たとえば炎。炎の起源をもつ人間は無意識的に炎に対する執着心を覚える。燃えるという事に興奮するし、燃えるという行為に楽しみを覚える。それが起源だ。だがこれが覚醒、起源覚醒者となるとその人格自体が歪み、起源に呑まれて消える。原初から存在し続ける起源というものに対して、人間の精神力は抗えるように出来ていない。だから炎の起源を自覚してしまった起源覚醒者は本能的にそれに従おうとする、燃やし、燃えて、そして炎となる。

 

 それが起源であり、起源覚醒者だ。覚醒してしまえばもはや正気なんて残らない。

 

 そして起源はかなり厄介なもので、覚醒していなくても自(・)覚(・)し(・)た(・)だ(・)け(・)で(・)影(・)響(・)さ(・)れ(・)る(・)ものなのだ。それだけ起源というものは影響力が強い。そして起源の影響力が強いのは魔術としては決して悪い事ではなく。特殊な魔術だったりすると起源の影響を受けて変質したり、大きな飛躍を見せる。そしてそれが家の魔術などとひどくかみ合った場合、大きなインフレを見せる。

 

 そう、自分の様に。

 

 かつては神童などと呼ばれていた。家の魔術特性は偏在。起源は鏡と■。魔術師の家としては非常に若く、グランドオーダーも存在しない新興の家。魔術刻印もまだまだ若かった。3代目、まだ土台を構築するための世代に自分は生まれた。家の魔術と完全に合致した起源をもち、空属性という一番欲しかった属性で生まれ、そして魔術回路も多かった。まさに待望の一児だった。

 

 だが若いうちに俺は魔術を通して己の起源に自覚を抱いてしまった。その始まりは父親を見ている時だった。話しかけて来た時に完全に思考すらせずに完全に口調と動きを真似て話す事が出来た。その事実に気付いたのは喋り終わってからだった。

 

 起源の自覚は覚醒を促す。神童と呼ばれ、必要な魔術的知識を全て流し込む様に用意されたうえで起源の覚醒が何時の間にか、近づいていた。それをその時、強く、とても強く自覚してしまった。

 

 こ(・)の(・)ま(・)ま(・)で(・)は(・)消(・)え(・)る(・)、と。

 

 鏡の起源。その性質は映す事。それはつまり自分を道具として正面にある姿を完全に映し出す鏡そのものであった。俺が完全に覚醒すれば、それはもはや反射鏡。そこに到達点を映し出せば良い。そうやって完成された基盤が出来る。後は完璧な孕み袋を用意して、孕ませる―――根源へと至れる子供がそうやって作り上げることが出来る。3代目で発生したミューテーションだった。

 

 だがもちろん、その未来と事実を完全に自覚した自分は恐怖を感じた。鏡は鏡だ。そこに人格はない。映した姿しかその中にはない。映るものが全てなのだ。完全に起源に覚醒してしまえば、無界鏡司という男はもはや、完全に起源に呑まれて人格が消失する。それは嫌だった。怖かった。どう考えても恐ろしかった。

 

 何よりもそれが吉兆であるように喜ぶ魔術師と言う連中がどう足掻いても恐ろしすぎた。

 

 故(・)に(・)家(・)を(・)燃(・)や(・)し(・)て(・)逃(・)げ(・)た(・)。起源からは逃げられない。自覚してしまえばそれに近づいて行く。ならば答えは簡単だ。これ以上自分から近づく事が無い様に鏡と■に関連した魔術を全て封印すれば良い。これ以上自覚を促さない様に魔術の深淵を覗き込まなければよい。そして徹底して鏡や■とは対極の方向性で自分が振る舞えばよい。自分がそう振る舞う事によって、常に意識しながらもその距離を理解していられる。つまり、接近する事はないというシンプルな答えだった。

 

 家から金を強奪し、魔術的に研究を進められる要素を全部燃やし、自分が絶対に覚醒しない様に魔術の研究を行えないようにして、そして使える魔術を起源に絡めないものに限定して日本のどこかへと逃亡し始めた。

 

―――それを発見し、時計塔まで引きずってきたのがゼルレッチであった。

 

「万華鏡(カレイドスコープ)だ。そりゃあ相性も良い訳だ」

 

 自室、上着を投げ捨てて、作業用の机の上でルヴィアから調達してきた宝石を持ち上げて眺める。流石金を出してどうにかなる範囲であればどうとでもするエーデルフェルト。どれもこれも質の良い宝石ばかりだった。他にもトランプの作成用に用意して貰った紙も品質が良い。やはり、自分とゼルレッチの関係を見越して印象を良くしておきたい、と言う所なのだろう。

 

 俺がどれだけ悪戯やテロをしても、ゼルレッチはそれを庇っている―――悪評に繋がる結果を生んでも。必然的に他の魔術師はそこまでして手放さない俺に対して、それだけの価値があるのだと思い込む。さっさと手放せば良いのに、評価は最悪と高いという変なバランスを保ってしまっている。それもあの変態カレイド爺が人を解放しないからだ。

 

「くそぉ、くそぉ、絶対にオナホキメラ常用者って噂を流してやるからな……」

 

 宝石の純度を確認したら専用の細工道具でそこにルーンを彫り込んで処理を終わらせる。宝石魔術ならここに魔力をストックさせる必要があるのだが、東洋の魔術と呪術を融合させた混沌魔術ベースの自分には、そういう風に懇切丁寧な準備を必要としない。

 

 時計塔では学問でない、と蔑まれる東洋呪術だが、条件判定などに関しては魔術よりも非常に優秀な部分があるのだ。何より、呪術ベースだと魔術への抵抗力を無視して効果を発揮できるというのが非常に優秀だ。魔術対策を行った相手には呪術を持ち込むのが便利―――と、どっかの魔術を使ったテロリストが言っていた気がする。

 

 気づけば割とガチガチに魔術礼装を作成していた事実に気付く。だが考えれば考える程、やはり疑ってしまう。そもそもあの爺があれこれと此方に対して指示を出してくる方が珍しいのだ。今までは完全に放任主義だったのだから。こうやって何か、明確にあちらから強制的に飲ませようとするのは初めての事だ。

 

 適当に講義に出ていろ、としかこれまでは言われていなかった。

 

 そんな中、いきなりこれなのだから疑いもする。

 

 腐っても魔道元帥、魔法使いだ―――絶対にまともな事にはならない。

 

 となると細心の注意をもって用意しなくてはならない。これがあのクソ爺と縁切りする為の前提条件だと思えば、多少は頑張れる。そんな事を考えながら最低限、自分の身を守るための礼装を作る事を進める。

 

 ふと、鏡を見る。

 

 そこには見た事のない自分が映っていた。魔術師らしく礼装の作成や触媒の整理を行っている、そんな自分の姿だった。

 

 魔道元帥、宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグは平行世界の運営という魔法に到達した魔法使いである。彼は魔法を使う事で平行世界を自由に移動するだけではなく、それを運営できる。彼が見た世界はそのまま真実として存在する世界になるのだから、スケールが違う。

 

 文字通り次(・)元(・)が違うのだ。世界を横に、そして時間軸を上下に自由に移動できるらしい。噂で聞くミス・ブルーと呼ばれる魔法使いも時間移動を可能としているらしく、魔法使いという存在の凄まじさを理解させられる。

 

 そんな魔法使いであるゼルレッチは横の世界からテクスチャを引っ張ってきた、と言っていた。

 

 つまり横の世界にはこの姿で、女として存在する俺がいたという事になった。果たしてその俺は―――彼女は、魔術に対してどう向き合ったのだろうか? 鏡という起源に呑まれて良質の母体として道具にされたのだろうか? 或いは俺みたいに抗っているのだろうか? ふと、そんな事が気になってしまった。だがそれは魔法使いにのみ理解の出来る領域だ。自分が永遠に到達する事のない場所。

 

 それを考えた所でどうしようもない。だがどうしようもなく自分に解る事は、

 

 これでさえま(・)だ(・)マ(・)シ(・)と言う事実だった。起源に呑み込まれるあの感覚と比べれば。体は全く別物の様に感じるが動くし、感覚はあるし、何よりもそこには自由がある。起源に呑み込まれたらただの肉袋だ。そこに自由意思はない。

 

「……うっし、これで一つ」

 

 そう考えればこの状況も、多少は楽しめるというものだった。

 

 

♦

 

 

 翌日、さっさと終わらせる為に準備をする。格好は昨日と変わらずジーパンとシャツにライダーズジャケットという格好だが、シャツだけは変えて早く終わらせる意思を込めて“Quick!”と書かれた緑色のクソダサTシャツを着た。朝食はさっさと自分で作って食べ終え、腹の中に詰め込んだら礼装や書類をショルダーバッグの中に詰め込んで抱えた。

 

 ハンドルを握る手が滑らない様にグローブを装着し、新しい靴に足を通す。ゴーグルを被り、それを喉元まで落として装着を完了させる。これで出かける準備は完了した。相変わらず体から違和感が消えないのは事実だし、今朝がたトイレで新体験を味わったばかりではあったが、出勤しないとならない。性差に対し驚く時間さえないのはなんというか、実に悲しい。

 

 ちなみに魔術師の世界で性転換はそこまで珍しくないらしい。若返り同様、体が魔術に適さないのなら乗り換えるぐらいの事を魔術師はやってのける。その為、突然性別が変わっても倫理観が死んでいる奴からすればあぁ……程度で済むらしい。

 

 ともあれ、出立の準備を終えたらさっさと寮を出る。昨日の内に知り合いに頼んで運んで来てもらったバイクは既に駐車場に戻っている。それにまたがったところで少しだけ座高に違和感を感じるので降りて、それを調整し直してから乗り直すのを何度か繰り返し、満足のいく高さを見つける。騎乗したところで下ろしていたゴーグルを装着し、バイクのエンジンにキーを入れる。

 

 今日は前回の様な慌ただしさはない。普通にそのままバイクを走らせて進む。

 

 向かう先はイギリス、ロンドン、ヒースロー空港だが―――別に、このままバイクで空港へと向かう訳ではない。寧ろバイクで物を運ぶ方が難しい。安全に、という言葉が付くのならなおさらの事だ。その為、バイクの目的はロンドンである。

 

 現在の時計塔からロンドンはそう遠くない距離にある。と言っても郊外なので十数kmあるのだが、バイクで移動するならそんな遠い距離ではない。そこからヒースロー空港までは約25km。そこをバイクで移動するのではなく、有料のパーキングで一旦バイクを預ける事にする。盗まれない様にしっかりとここでロックする事を忘れずにしておく。

 

 それが終わったらロンドンから電車に乗ってヒースロー空港へと向かう。

 

 タクシーやシャトルバスと言う選択肢もあるのだが、ぶっちゃけ安さに関しては電車に乗るのが一番だ。ここら辺はどの国も変わらない。昨日、ルヴィアの所で散財してしまった結果、金の無駄遣いをなるべく避けたいのも事実なので、なるべく安いルートを通りたいのだ。そう、バイクのガソリン代だって決してただではないのだ、なるべく節約するのは当然の話でもある。

 

 そんな事で、ロンドンからは地下鉄に乗る。システムの解りやすさや快適さに関してはやはり日本がダントツだ。それは元日本人として肯定する事だった。ただ、電車内そのものは日本と比べるとはるかにがらがらで、余裕で座れるところばかりである―――あそこまでラッシュして人を詰め込むのは日本ぐらいらしい。もはや人間じゃなくて物の様に詰め込んでいると、ロンドンの電車を使ってからは感じている。

 

 そんな事で地下鉄に乗ってしばし、特にトラブルもなく、普通にロンドン・ヒースロー空港へと到着する。地下のプラットフォームからエスカレーターに乗って空港のビルディング内へと進んだら、到着用ロビーの方へと進み、出口付近で適当に視線を周辺へと向ける。

 

「お、ベンチあったあった」

 

 呟きながら出口の見えるベンチへと移動し、ポケットからスマートフォンを取り出す―――とても信じられない事だが、魔術師連中はこの現代の利器をまったく使えていない。というか使わない。最低限の機械しか連中は使わない。なんと勿体ない事か、と思いながらスマートフォンで時間と飛行機が着陸する時間を確認する。

 

「えーと、到着が10時25分予定だから、荷下ろしの時間含めて11時ぐらいか」

 

 スマートフォンから繋げているイヤホンのミュージックの停止ボタンを押しながらスクリーンを操作する。11時まではここで待って、11時になったら集合場所で聖遺物の護衛に合流すればいい―――それだけだ。故にそれまでは適当にソシャゲして遊ぶ事にする。

 

 幸い、空港の付近なのでWIFIが使える。早速空港の1時間だけ自由に使えるWIFIに接続し、昨夜から遊べていなかったソシャゲを起動する。

 

「イベント期間中なのに昨日は全く走れなかったからなー。とりあえずログボ回収したら走れるだけ走っておくかなぁ」

 

 GvGイベントで断りもなしに休みを取ると割と真面目に蹴り出されるというか、針の筵感が強い。ガチギルドになればなるほどそこらへんは強くなるのだが―――一定ラインを超えるとそこらへん、逆に急に大人しくなって、個人でもお前の分稼ぐから休んでてもいいんだぜ……? とかいうイケメンモードに入る。入るギルドを悩んだらとりあえずそれが一番だ。

 

「とりあえず古戦場走らなきゃ」

 

 ログインボーナスを回収、1日1回の格安ガチャを回して見事敗北を確認、まぁ、何時もの事だ。ここは気にしない様にしようと自分に言い聞かせる。ともあれ、パーティーを変えながらギルドのログを確認する。とりあえず誰も怒っている様子はないので、軽く謝ってから早速古戦場に突入する。

 

「今回の相手は格下か。でも油断するといつの間にか逆転されたりするから気が抜けないんだよなー。箱ガチャを底まで掘りたいし、とりあえずEX自発して、って……」

 

 待ち時間とかの間はいい暇つぶしになるよなぁ、ソシャゲって。そんな事を考えながら脳みそを空っぽにしてぽちぽちとスクリーンに映る敵の姿を殲滅して行く。ゼルレッチも、今やっているソシャゲみたいにアビリティをポチるだけで殺せないかなぁ、と呟く。

 

 ……いや、正直あの怪物が死ねる光景を思いつけない。

 

 第二魔法は平行世界の運営という能力だ。あの爺は平行世界を運(・)営(・)しているのだ。つまり移動するだけではなく、それに絡む概念的な能力を利用する事も出来る。平行世界からちょっとずつ魔力を集めて常に魔力無限状態を維持したり、斬撃を引き寄せる事で分裂させたり射程距離を無限に変えたり、

 

 自分が知っているのはダ(・)メ(・)ー(・)ジ(・)を(・)無(・)限(・)に(・)分(・)割(・)し(・)て(・)平(・)行(・)世(・)界(・)の(・)自(・)分(・)と(・)共(・)有(・)す(・)る(・)事で100のダメージを無限に割り切り、極限までダメージを0にする近づけるという行いだった。あの領域まで行くと本当にどうやって殺すんだ、と言える話だった。

 

 まぁ、ゼルレッチ自身第二魔法に至ってから既に数百年以上の時を研鑽に費やしているらしい。魔法に至っただけではなく、数百年という時間を通して自分を磨き続けた結果獲得した次元違いの強さだと思えば……まぁ、納得もできる。ただ若い時代も最強生物を気に入らないからぶっ飛ばしてきた、とかいう伝説もあるらしい。

 

 ……まぁ、そういうロックさに関しては正直、あこがれている部分も尊敬している部分もある。自分も魔法へと到達してみたいという一般的な魔術師の願望みたいなものは持っている。ただ、それと自我喪失のリスクを比べた場合、はるかに自我喪失の方が恐ろしい。

 

 これ以上魔術を学べば俺は鏡の起源に絶対に呑み込まれる。

 

 それを確信しているから、これ以上前に進む事は出来ない。

 

 そして子供を作ったとして、それを受け継がせようとは思えない。恐怖を覚え、魔術を一般的視点から見て、この技術がどれだけ正気を殺しているのか、倫理というものをどれだけ犯しているのかを漸く理解した。こんなもの存(・)在(・)し(・)な(・)い(・)方(・)が(・)良(・)い(・)のだ。

 

 とはいえ、それを便利に使っている身である以上、多くの文句が言える訳じゃない。出来るのはささやかな反逆ぐらいだ。そう、イギリスで反逆といえばモードレッドの様な、そんな反逆だ。

 

「あー……ソシャゲでガチャを回して遊ぶだけの人生がしたいー……」

 

 でも魔術で暗示を使い、お金をもらって生きて行く分には時計塔も、というか魔術世界全体は文句を言わない。大っぴらに魔術が世間の目に晒されるようであれば殺しに来る連中はいるのだが、こういう法に触れる様な扱いに関しては案外何も言われなかったりする。

 

 まぁ、監視カメラとかいう魔術ではどうしようもない道具も現在にはあるのだ。

 

 催眠、暗示でも機械的なデータは誤魔化せない。魔術犯罪も厳しくなった時代ではある。

 

「3ポチでEX討伐できるのいいなー。やっぱ武器のスキラゲ放置してるのダメかー」

 

 今月は限定ガチャが来るのに、ルヴィアの所で金を使い切ったのが痛い。これが終わったらバイトでお金を稼ぐ必要があるな、と思って再びソシャゲに意識を集中させようとしたところで、空港の周囲が少しだけ騒がしくなって行くのを感じた。ただイヤホンをさしている影響もあって、音がくぐもって聞こえる。

 

「んー……?」

 

 座っているベンチから頭だけを持ち上げて空港を見た。

 

―――見えたのは軍服の姿だ。

 

 ブリティッシュ・アーミーマンではない。特徴的な鍵十字のエンブレムを装着した軍服集団は、どこからどうみてもナチス兵の姿をしていた。このイギリスで、ナチスの恰好を、軍服をしているというクレイジーな光景が今、目の前で繰り広げられていた。

 

「Crazy……」

 

「Yea, just crazy. Hey, I’m gonna upload this to facebook」

 

「じゃあ俺はツイッターに上げよ」

 

 スマホを録画モードに切り替え、持ち上げながら空港の入り口へと向かうナチス軍服姿の集団へと視線を向けた。数は二十、三十程だろうか? そんな数のナチスの軍服集団を前に、銃を持ち、構えた空港の警備員が近づいて来た。明らかに異様な空気を前に、ナチスの軍人が片手を持ち上げ、あるモノを見せた。

 

「おい、馬鹿、マジかよ!」

 

 スマホを握ったまま、反射的にベンチの後ろ側へとダイブするように転がった次の瞬間、光が走った。

 

 ナチス兵士の手に握られていたのは杖(・)だった。閃光の斬撃がそれから放たれ、警備員もガードも、近くに居た観光客も真っ二つに切り裂いて、血だまりを一瞬で生み出していた。先ほどまで横でフェイスブックにこの景色をアップロードするわ、と言っていたイギリス人の兄さんの首が胴体と泣き別れしていた。どうやら勝手なアップロードの代償は重かったらしい。

 

 ……魔術師として失格とはいえ、臓物やグロテスクなアレコレを見慣れていて良かった、と思える光景が一瞬で広がった。

 

「おいおい、天下の時計塔のお膝元でなんてことをやらかしてんだよアイツら……」

 

 ナチス兵は全員が魔(・)術(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)武(・)装(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)。杖、剣、ルーン石、或いは何らかの遺物、現代の科学兵器ではなくそれに対抗するための神秘的武具の類で武装されており、何らかの魔術集団であるのが解る。そして連中は聞き慣れない言葉を叫ぶと、そのまま一気に空港の中へと突入した。

 

「おいおい、何時からエド・ウッド(クソ監督)の新作のロケ地にヒースロー空港は選ばれたんだよ。ナチス残党が暴れるのってB級映画だけでの出来事じゃないのかよ」

 

 こりゃあ古戦場走っている場合じゃないな、と思っていると空港内部から凄まじい銃声と悲鳴、そして終わる事のない爆発音が響き始める。うわぁ、と呟き、スマートフォンをポケットの中に押し戻し、静かに空港から逃げよう。そう決意した瞬間、スクリーンに新着でメールが届くのが見えた。

 

 指のフリックでメールを開いた事に心底後悔する。

 

 メールは受け取り先からだった。

 

 聖遺物だけ先に、そして確実に運び出す為に近くにいるなら取りに来てほしい、と言う緊急のメールだった。その内容にスマートフォンを叩き割りたくなる衝動に駆られながらも、考える。

 

―――ナチス残党よりも、ゼルレッチの方が百倍怖い。

 

「クッソ、クッソぉ、クッソぉ……!」

 

 なんでこんなことになってるんだよ! やっぱり礼装持ち込んできて正解じゃねぇか! ほんとろくでもないなあの爺! と息の下で罵倒しつつも、自分には仕事をどうにかするという選択肢しかなかった。

 

「ルヴィアみたいに俺、特別強いって訳じゃないのに……」

 

 愚痴りながらも礼装をバッグから取り出し、ベンチの裏から頭を軽く持ち上げ、ナチス兵が空港の中へと入ったのか、もはや人の姿がないのを確認し、

 

「……死んだら恨むぞ、超恨むぞ。絶対化けて出てやる」

 

 ゼルレッチに対する殺意カウンターをまた一つ上乗せしながら、絶対に生き延びてやる、と覚悟を決めて現場へと向かって飛び込んだ。

 




 謎の魔術結社! そこにはナチス残党の影が! どんなシナリオでも使いやすい雑魚・モブ役なんだよなぁ……。なお、現代で監視装置バリバリの状態で秘匿ファックな状況でテロるとかいう魔術協会絶叫ものの状況。

 という訳で次回、鉄火場に。このシーンは結構ダイスを転がしてた。まぁ、戦闘とか処理の軽減のために判定1回で終わらせてたけど。
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