魔力には二種類、
故に優秀な魔術師を産むという事はこの魔術回路を増やすという事でもある。生まれた時から持っている本数が決まっている上、それ以上増やす事も出来ない。その為、なるべく優秀な魔術師を、多くの魔術回路を遺伝させられるように母体と子種を選んで厳選する作業は珍しくない。
この魔術回路は内臓の様なものであり、常にオドを生み出し続けられるか? と言われれば違う。魔術回路は体の一部であり、使えばそれ相応に疲労がたまって行く。またマナが豊富だった過去の時代とは違い、現代は非常にマナが薄くなっている。その為、それらの時代と比べてオドへの変換効率は大きく減っている、その為、オドを生み出す上である程度の時間はかかるし、急がせればそれだけ魔術回路に負担がかかる。内臓、或いは神経とも表現されるそれを酷使すればどうなる?
無論、体を痛める。
当然、体の一部であり内臓器官の一つの様なものだから、酷使すればそれだけ体が痛めつけられ、他の内臓にダメージを与えたり、吐血したりもする。だがその状態でも酷使が出来る―――とはいえ、この状態で酷使するとオドの生成を間に合わせるために、マナ以外の材料を使い始めようとする。
そう、血肉だ。
―――
魔力を求めれば血液が体から消える感触と、肉がどこかで抉れるのを感じ、それで傷口が開いて出血する。包帯に描いていた治療促進の魔術が滲んできた血によってかき消されながらも、強化魔術によって体が一時的に強化され、普通ではありえない速度で動けるようになる。もはや他人の目なんてものを気にするだけの余裕はなく、エスカレーターの上へと飛び乗ったら、そこに並んでいる人間を薙ぎ倒しながら一気に駆け上がって行く。
女の体であっても魔術による強化が入れば別だ。成人男性相手に腕相撲を挑んでその腕を千切るぐらいの力は発揮できる。止めようと掴みかかってくる人間はそのまま服を掴んで引きずられて顔面をエスカレーターに叩きつけられ、
そしてプラットホームから水の気配と斬撃の音が聞こえた。
奴が追ってくる。
なにか、なにかないのか―――必死に上へと向かって走りながら、エスカレーターを抜け切った所で、改札口の前に趣味の悪い宝石だらけの装飾をした女の姿が見えた。それだ、と、口を動かし、素早く近づいて、首から着飾っている大粒の真珠のネックレスを引き千切った。
「What the fuck are you―――」
「shut the fuck up……狂気、殺戮、怨念、怨恨をここに。起源は常に狂気を孕んでいる。レーヴァテイン」
「……!」
《起源覚醒》の効果を発動させる―――真珠に。呪いを込めてそれを怨恨を孕ませたブラックパールに仕立て上げながら、簡易的な起源爆弾を生成した。おそらく普通の魔術師では考えも作れもしない狂気の産物ではあるが、レーヴァテインという能動的に起源に覚醒させられる、起源そのものから生み出された存在があるのであれば話は別だ。宝石を触媒に
「マッドネスティーパーティーだッ!」
エスカレーターを此方の数倍の速度で抜け切った姿へと向かってガンド弾で真珠を放った。青年の姿が真珠をもはや霧を被らないその剣で切り払った瞬間、起源汚染がそこを中心に一瞬で発生した。改札前、或いはこのサブウェイのフロアそのものに狂気の波動を精神汚染と共に一瞬で感染させる。
ウィルスの様に。
「なっ、ぐっ、これはっ」
「はは、苦しいだろう! 超苦しいだろう! そして気持ち良いだろう! 本能の誘惑って奴は! 甘美で、魅力的で、そしておぞましい! ……どこまでもおぞましいんだ……くそ、なんで俺はこんなことをやってんだ……ファック……」
自分もだいぶキているらしい。普段なら絶対にこんな事をしない筈だった。背を向けて全力で地上を目指して走りだしながらも、正気が削れているのを自覚した。普段は見下している外道魔術師たちとこれではまるで大差ないではないか、と吐き捨てる。気持ちが良いけど同時に気持ちが悪かった。自分がさっき、迷う事無くやった所業に対して。たった一回の魔術で何人の人生を狂わせた?
今から逃げ切るまで何人の人生を狂わせる? それでも死にたくない。消えたくない。俺は俺のままでいたいのだ。どれだけ他人を犠牲にしてでも、自分は生き延びたい。人間として当然の欲―――そして本能よりも濃い、自分という自我の意思。
「光、地上―――」
いつの間にか地下鉄を飛び出して地上へと飛び出ていた。背後、地下鉄の方からは怒号と悲鳴と笑い声が、混沌とした狂気しか感じさせない地獄の気配がしていた。それを背後に、レーヴァテインを背負ったまま漸く帰ってきたロンドンの街を走り出す。
「バイク……バイク……は、どこだ!」
半ば叫ぶ様に最後の言葉を吐き出しながらここが駐車場のある出口とは違う場所だと気づく。しっかり意識を保たないからこうなる、と自分を叱咤する。ここまでやらかしたのだ―――最後まで諦められるはずもない。魔力を引きずり出す反応に指先が壊死し始める。それでも魔力を練り出しながら地下鉄前から体を引きずって道路に出る。
「悪いが借りるぜ」
「あ、あぁ」
適当なバイカーを暗示で止め、バイクから降りて貰ってバイクを強奪する。暗示と催眠術が使えるとグランドセフトオート式の交渉術を利用しなくて良いのが便利だな、とくだらない事を考えて気を紛らわせる。そんな風に考えていなければそもそもやってられないし、今にも発狂しそうだった。
何より、背筋を伝う恐怖は終わっていない。あいつは来る。まだ来る。いや、英霊となったほどだ。心が強いに違いない。自分程度が堪えられる程度の狂気なのだ、絶対に乗り越えてやってくる。
「……!! ……。……!」
「うるせぇ、しっかり捕まってろよチビ」
バイクの前に座らせ、その姿を後ろから包む様にしつつ、ゴーグルを装着して一気にバイクを走らせた。直後、凄まじい魔力と神秘の塊が地下鉄から飛び出てくるのを感じた。サイドミラーで一瞬だけ確認すれば、僅かに表情を歪める、英霊の姿が見えた―――堪えてはいるが、効いている。
英霊も人。精神汚染は通じるのかもしれない。
だがもはや攻撃手段はない。
逃げるだけだ。
脇目も振らず、全速力でバイクを走らせる。あの惨事から時間がまだ少ししか経過しておらず、時刻は昼過ぎぐらい。白昼堂々と始まった逃亡に人の姿は多く、車も多く、道路は混雑していた。普通に道路を走っていたのでは絶対に追いつかれるのを悟り、
迷う事無くバイクを歩道の上に走らせた。
もはや大英博物館の道はここから見えている。到着さえすれば此方の目的は達成する―――命は助かる。魔術的に機械を瞬時に改造出来ないのが惜しい。或いは高ランクの幻術で自分の存在を完全に隠しきれない事も惜しい。もっと努力していれば出来る事があったはずなのだ。なのに今、こうやって全力で逃げ回っているのは無様としか言葉がない。
とはいえ、
「どこの世界で英霊とやりあうなんてことを想定するんだよ馬鹿野郎!!」
想定できるやつがいたら千里眼でも持っている冠位指定魔術師ぐらいだ。そしてそれだけの技量を持つ魔術師は―――。
「ん? 今、俺何を考えてたんだ……?」
一瞬だけ、思考に空白が生まれた瞬間、足元を凄まじい衝撃が穿ち、強制的にバイクから体を叩き飛ばされた。吹き飛んでいるのは体ばかりではなく、周りの道路や車もそうであり、斬撃が道路を粉砕し、街灯を切り飛ばし、道路に破壊を生み出していた。バイクから投げ出された体を何とか支えようとして、一緒にレーヴァテインも投げ出されることに気が付く。反射的に手を伸ばしてその小さな姿を抱き寄せ、庇う様に転がる。痛みに息を吐き出しながらも生存本能で大地を蹴り、片手でレーヴァテインを抱き締めながら素早く起き上がろうとし、
「―――ここまでだ」
首筋に剣を突き付けられた。完全に動きを停止させ、視線だけを上へと持ち上げた。悲鳴と怒号が響く中、視界は完全に赤く染まっていた。その中で、アジア系の褐色肌の青年の姿を見た。その表情は半ば狂気に侵されるも、理性でそれを叩き出す、苦悩の表情を見せていた。
瞳を見た。狂気に抗う絶対的な精神性をそこに見出した。ダメだ、と確信する。自分が何をしたところで、絶対に勝てないというのを悟ってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「魔術師という身では良くやった。だが―――戦士としては三流以下だ。本当にここまでやるとは思いもしなかったが、これ以上は既に身も心も限界だろう。言い残す事はあるか?」
「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ―――」
息が荒く、意識が定まらない。頭がくらくらとする。血液不足で意識が今にも途切れそうで、世界が赤く染まる。耳元で燃やせ、という声が聞こえる。一切の容赦も残念もなく破壊しろという声が聞こえる。だいぶ、精神的なガードが下がってきているらしい。どうも、起源に引っ張られてきているようだった。壊せ、燃やせ、映せ―――本能的な欲求が脳を巡る。そうするのが何よりも正しいのだと本能が訴えかけてくる。それを頭から振り払うだけで精神力が削れて行く。
加速される思考の中で、首筋に剣を突き付ける存在と、そして自分の状態を見る。本来とは違う体。ここまでぼろぼろにされて、その上で意味不明な戦いに巻き込まれて、そして殺されそうになっている。ふざけるな、と全力で叫んでも許されるはずだ。そしてそうしたところで何も変化がないのは理解できてしまった。このままで行けば自分は殺される。それは間違いがない。
―――だが一度として全力を出し切らずに死ぬのは悔いではないだろうか……?
死んでからあぁ、あの時全力を出していれば―――なんて後悔する事は出来ない。当然だ、死んでいるのだから。
「じゃあ……」
そう、全力を出し切っていない。まだ手札は残っている。一番得意で―――一番忌避してきた札が残っているじゃないか。ずっと仕舞い続けてきた手札、切り札。使えば起源に近づき、それに呑まれることを惜しんで使わなくなった魔術が存在する。起源に由来する起源の魔術。特性そのものが起源に直結する超特殊で強力な魔術の類。最も相性が良く、指先の様に振るうことが出来る魔術。まだそれが残っている。
どうせ死ぬんだ。
じゃあ最後に死ぬほど使ってみてもいいのでは?
炎の最期が美しく咲き誇る様に。
「
魔力を吐き出した。それと同時に目の前の剣が振るわれる―――一瞬で加速しながら
「これは―――」
言葉が続くよりも早くレーヴァテインが振りぬかれた。青年の背後から振るわれたレーヴァテインの軌跡を
数歩、離れた場所にステップを取って着地した。
その姿を見て、飛び出した。
レーヴァテインの形状は剣、ステータスは【筋力】と【敏捷】をAまで上げた変容。宝具効果によってその上昇効果が幾分か肉体へフィードバックされ、身体能力を強化魔術では行えない領域へと押し上げる。普段の自分ではありえない身体能力を一切迷う事無く肉を断裂させながら動かす。正面から切りかかる此方の動きに対して青年が剣を構え、かいくぐりながら踏み込もうとしたところで、
―――横からレーヴァテインが振るわれた。
「また―――っ!」
青年が回避しながら剣を振るい、それが横から出現した姿を切り裂いた―――だがそれは血を撒き散らさずに、霞の如く消えて行く。そしてそれに合わせ、斬撃が四つ出現する。
どれもレーヴァテインによって振るわれ発生した熱のある斬撃。掠るだけでも蒸発する熱。逃げ場がないように振るわれるそれは一撃一撃毎に精度が格段と上昇し、殺す様に振るわれて行く。その中で青年は人間では絶対に発揮できない反射神経を見せた。斬撃を一つ反らしながら潜り込み、ぎりぎり触れない領域で滑りながらいなし、そのままカウンターの斬撃を叩き込んで距離を空けた。
そして振るわれる連続の水刃。生み出された姿は切断され、また距離が空いた。
「遍在か……!」
「
鏡の魔術の究極奥義、遍在。
だが今はそんな事は頭にはなかった。思い出しもしない。
本能に任せる。思考と理性と本能を全て完全に分離させ、体を動かす。遍在とミラーリングを平行して発動させる。動きの一つ一つにレーヴァテインを握った自分の遍在を生み出しながら、その対応を見て、感じて、殺されながら学習する。
魔力の放出の仕方を、剣術を、狂気の中でも消えないカリスマを。
レーヴァテインを片手に、振るう。握りも、強さも、構えも、呼吸の仕方も、力の込め方も、鏡面で映す様に正面そのまま、相手の―――セイバーの動きを完全に写し取る。そこに思考の介在は一切存在しない。心も頭もすべてを無我にして振るう。
踏み込み、重量を乗せながら斬撃、水の剣と炎の剣が衝突する。水蒸気爆発するものの、それを強化された筋力を使って踏み耐える。感じる痛みももはや他人の感じるもののようで、意識さえする事はない。踏み込み、握り、斬撃、払い、動きに合わせて魔力放出を行い、血と共に汚染され、炎を傷口から垂れ流す。
一合、二合、三合、剣がぶつかる。水蒸気が肌を焼き、蒸し焼きにして剥がれて行く。だがそれでも動きは止まらず、完璧に相手の剣術を模倣し、ひたすら斬撃を重ねて行く。剣戟は加速し、攻撃を行いながら同時に遍在が死角に出現、同時に殺す様に斬撃を叩きこもうとする。
「だが―――そこには経験がないっ!」
その上をセイバーは行った。機械的に見た。避けられるはずのない攻撃に対して水で剣をもう一つ生み出し、それを大地に突き刺しながら攻撃を一瞬だけ遅らせ、その瞬間に行動を追加で挟み込み、連撃を差し込んでくる姿を。
全力を出し、技を模倣しても所詮は鏡。
その反射率は100%には届かない。
今までサボっていた分のツケがあっさりとやってくる。全力を、自我の喪失を、崩壊を全て忘れ去って込めた全力の魔術と戦闘。遍在という魔術と鏡映しの学習で一時的に技だけを学習する。
だがそれが正面勝負で維持できたのは
それが人間と英霊の絶対的な差だった。
技を模倣されるのであれば、それ以外の領域で対抗すればよい。それがセイバーの写し取った思考の結論だった。真の英雄はその剣一本のみで伝説を成し遂げる訳ではない。剣で切り、体で動きを制限し、水を使って破壊の下準備を行い、一つ一つの動きが最後の王手へと向かって布石を構築している。
その動き、考えこそが素人には絶対できない経験者の構築であり、自分自身を投げ捨ててでもそれを読み取ったところで―――それに対応できるだけの知識と経験がなかった。
故に10秒。それだけ、まともに戦うことが出来た。
それが終わった瞬間に遍在ではなく明確に本体だけを見極めて攻撃を食らい、一気に蹴り飛ばされ、道路を粉砕しながらレーヴァテインを手放して投げ飛ばされた。そこからもはや一切の迷いなどは存在しなかった。セイバーは両手で凄まじいまでの魔力を剣に集中させ、それを掲げた。
「
視界の全てを、空間全てを覆いつくす様に水煙が覆った。もはやそこは完全にキリングフィールド、逃げ場がなく、見えもしない、完全な処刑場だった。念には念を入れた準備。
だがそんな事をしなくてももう動けなかった。
背中から瓦礫に叩き込まれ、レーヴァテインを手放したことで集中力も狂化もフィードバックも切れ、一気に現実が激痛と共に戻ってくる。まだ正気が残っている。故に振り上げられた気配を感じ、セイバーの影を見て、もはや殺されるだけという状態を見て、自分は勝てなかった、というのを理解した。当然だ。
英霊に普通の人間が勝てるものか。神童、天才、逸材。そんな風に呼ばれていても、結局は鍛えた事のない、普通の人間だ。故にこの敗北は当然の結果で、当たり前のことだった。そもそも人間が英霊に勝つという事自体があってはならない事だ。それは摂理としては正しくはない。それが成功するのはおそらく、そうである必要がある場合のみだ。そしてそれはここではない。
そしてこれから起きる事は―――実に当然の結末でもある。
「
それを確信して言葉を放った瞬間に、剣が振り下ろされた。
「―――
迫りくる絶大な魔力と水の圧倒的質量による水の斬撃が振るわれるのが聞こえた。全てが見えなくなった中、絶死の一撃が水煙の中、一瞬で此方へと向かって飛翔する。見えなくてもそれは知覚出来ていた。だがそれよりも早く、水煙の中、声が聞こえた。
「―――
そして、意識が途絶えた。
戦闘判定で敗北し続けたので最終的にタイムアップ処理に。そりゃあロンドンで戦い続ければ来るよ! 処理しに来る奴が!! という訳で次回は1シナリオ目のエピローグとリザルトで。これでセイバーを自力討伐出来ていればスキルかステータスにボーナス入ってた感じで。
ベトナムのセイバーさん
https://www.evernote.com/shard/s702/sh/6bda5118-cb61-4bc9-a566-118f0bb21e4a/2e55dcc40550a3544115104f8d9d7504
シナリオの都合上やや実力を出し切れず敗退した形で。まぁ、元々亜種聖杯でショートキャンペだからしゃーないっちゃしゃーない形だけど。とはいえ、ゲリラ特化とでもいう能力が正しく発揮されていたら最初から勝ち目なかったよなぁ、という感じの怖さ。