目が覚めると僕は何故か自分のベットで寝ていた。
(もしかしてこれは僕が勝手に想像した空想? この場所で自覚したこの気持ちを手放したくないから作り上げた幻覚? それともここは本当に天国で、僕はもう亮輔の腕の中には戻れないのかな? )
そっと体を起こし、目を擦る。
そこで自分が亮輔と一緒に寝たあの時のパジャマを着ている事に気付く。
あの日と同じパジャマを着てるだけで体が勝手に高まり、優夜を狂わせていく。
「おはよう。優夜。全く
(え? 何で亮輔がここに居るの? これも僕の想像とか幻覚なの? )
「おはよう」それだけ返事をすると、そのままベットから降りて、着替え、また懲りずに外に出ようとする。
「何処に行くんだ? また帰ってこないつもりなのか? そんなことしたら今度こそ結婚の話無くなるぞ? 」怒ってもないし抑揚も無くただ冷たく言い放つだけの言葉。
「何で? 何で結婚がなくなるの? それに何で僕を連れて帰ってきたの」目が覚めてから抑えてた涙がポロポロと零れだしそのままストンと重力にこれ以上逆らえないように座り込む。
(もう嫌われちゃったのかな? 愛想尽かされちゃったのかな? もう亮輔兄ちゃん抱きしめてくれないのかな? また甘えちゃってる。亮輔兄ちゃんにとって僕ってもう必要ない存在なの? どうして僕はここにいるの? )もう頭の中ぐちゃぐちゃで何も考えられない。自分のこの想っちゃいけない気持ちをどう抑えていいのかも判らない。
座り込んだままグズグズ泣き続け、何を思ったのかゆっくり立ち上がりそのまま勉強机まで夢遊病者みたいにフラフラと歩み寄る。
(僕がこんな所に居ちゃいけない。今の僕がこんな所に居たら邪魔なだけだから。隠してる自分の気持ちばれてお母さんや亮輔の幸せ壊さないうちに居なくならなくちゃ)ゆっくりと引き出しを開け、カッターナイフを取り出し自分の左手に添える。
「優夜! 何してんだ! ヤメローーーー!! 」亮輔が叫び終えた時には優夜の腕から赤い鮮血がゆっくりと腕を伝い地面に落ちる。
(こんなの痛さのうちに入らないや。この程度の痛みだったらこんなに辛い思いしなくていいのに。こんな小さな痛みなら自分の気持ち抑えなくていいのに。全ての痛みがこの程度なら何も問題無かったのに。たったこれ位の痛みだったら……)そこでまた優夜の意識はゆっくりと消える。
優夜の体は操り人形の糸が切れた時のように、一気に崩れ落ち、必死に駆け寄ってきた亮輔の腕の中に抱え込まれる。
現実で抱え込まれてると知らない優夜自身は一筋の光を放ちながら涙という悲しい一線を引くかのように泣いた。
何も無く、何も見えない。そんなただ
自分の手さえも見えない。
優夜はそっと自分の顔に触れてみた。
感触はある。ただ、自分の手が見えない。
カッターナイフで切った左手首も別に痛く無い。
ただ、大事な何かと大切な何か。それを得る為に命を代償にしても苦にならないモノを忘れてきたかのように呆然とそのまま寝そべる。
誰も傍に居る気配も無い。ただ単の闇。
その闇は冷たく優夜をほくそ笑むかの如く
闇の獲物は
病院のベットで寝ていた優夜が薄っすらと瞼を開ける。
「優夜! 優夜! 起きろって! 優夜ー! 」必死に誰かが呼んでいた。こんな必要とされない邪魔なだけの僕の事を。
返事しちゃいけない。ここで返事したらまた苦しませるだけだから。いや、苦しむのは僕か? 判らない。だけど返事しちゃいけないそれだけは何となく判る様な気がする。
薄っすらと開かれた目は、また薄っすらと閉じられていく。
「病院ではお静かにとさっき言ったばかりでしょう。申し訳ありませんがもう暫くお休みください! 」僕を一生懸命呼んでた優しい声はだんだん遠ざかり聞こえなくなる。どこかで聞いた事がある声。
大切な声。
忘れちゃ駄目な声。
一番大切な何か。
そしてそれに自分の命を掛けてもお釣りが来る位高くてそれこそ安っぽい僕の命なんかじゃ買えない声。
そしてそれは二度と手に入ることの無い声。
向けられる愛情の言葉をその口から一度も聞くことは無いだろう。
自分が望んだ愛情をあの口が語ることは二度とない。
「りょ…りょう・・・りょうす・・・りょうすけ・・・亮輔? 何処に行くの? 僕も連れてって・・・僕を見捨てないで・・・嫌いにならないで・・・お願いずっと一緒に居させて。隣に居させて。もう何も望まないからずっとずっと隣に」優夜の口から静かな言葉を紡がれたとしても、彼にその言葉は届く事無く消えていく。
ボロボロと泣きながら言った言葉は誰かが亮輔に伝えてくれるだろうか?
それともそのまま消え、誰にも聞かれずに亮輔が知る術は何一つ残されないのだろうか?
声を殺して泣いているわけじゃない。
声を殺さずとも苦しみや辛さで嗚咽も声も出ないのだから。
(そっか。人って極限の悲しみだと声も出ないのか。僕はもう亮輔の隣に居れないんだ。あの腕に抱きしめられる事は無いんだ。永遠に……)
そして僕の体は寝たままどこかに運ばれる。
車の振動と隣で啜り泣く嗚咽とそして懐かしいぬくもりがあった。
車はやがて何処かに着き、誰かの冷たい手が僕を抱える。
車の中で聞いた嗚咽も僕の傍を離れずについてくる。
なんだか懐かしい匂いがしてフワッと僕を寝そべらす。
冷たい手は何処かに消えて行き、僕の頬を今度は湿った暖かい頬が僕の頬に触れる。
懐かしいその温もりを僕は誰だか知ってる気がした。
「兄貴? 」何で僕はアニキなんて言ってるんだろう。
いつも通り亮輔兄ちゃんとか亮輔って言いたいのに。気持ちの中で叫んでるのに。大好きだよって叫んでるのに。
「優夜? おはよ。お前一ヶ月なんて寝すぎだろ。心配するだろ。どうしたらお前の望みどおりになるんだよ。俺はどうしたらいいんだよ」嗚咽と一緒に僕の耳に届く。
誰かが部屋から出て行く気配がする。
今この部屋は多分僕と亮輔だけ。
「何言ってんの? 変な兄貴」ゆっくりと目を開け大好きな亮輔の顔を見る。
以前のかっこよさはかすかに残ってるが、所々痩せこけ肉がこそぎ落ちて僕より酷い顔だった。
「何で亮輔って呼ばない? 亮輔兄ちゃんって前みたいに言えよ」ゆっくりと頬を離し、今度は手で触れてくる。大事な物を扱うように、触れでもしたら即座、一瞬、瞬間にそこには何も無かったよ。と告げんばかりの慎重さで。
(亮輔! 大好きだよ! だから僕から離れないで! )悲痛な叫びはもう誰にも届かない。
届く事を優夜自身が忌み嫌ったのだから。
そう。これは優夜自身が望んだ事。
永久に優夜の気持ちは届く事は無いだろう。
途切れる事の無い恋心。その先に闇が口を開けて待つのかはたまた光が待つのか知ってる人間は……作者だけ。
時は無残にも過ぎ去り、優夜の恋心は目覚めぬままただひたすらに時を刻む。
優夜の体は元の状態に戻り、亮輔も元の優夜が大好きだった亮輔に戻り始めた。
両人とも外観だけだが。
二人を元気付けたいただそれだけの思いで二人に顔合わせの代わりとしてホテル付きの遊園地に招待する両親だった。