7
長社は概ね正方形の縄張りで街が作られている。賊軍は正門以外に他の城壁も同時に攻撃する事で、防衛側の戦力を分散させようとしたが、城壁の外には
社会を蝕む害虫とは言え、数が多く死臭が風に乗って長社に漂って来る。
腐敗をする前に、獣が死体を貪っていた。何かを守ると言う事は何かを傷付けると言う現実を現していた。
泣き言を言えば気持ちは楽になるが、死体の仲間入りをする前に街を落とそうとして、生者は盾を構えて突き進む。ゲームと違いエスト瓶や傷薬瓢箪も無いので、減ったHPは回復しない。屍が増え続ける。
「前だけ見て走れ。行けえぇ──!」
号令と共に破城槌が積年の怒りと共に門に勢いを付けて打ち付けられるが、内側から土を盛られているので簡単には打ち破れず戦いは続いていた。
「てんほーちゃあああああん!」
「ちーほーちゃあああああん!」
愛する者の名を叫び駆けるその顔は、前向きに頑張ろうとしても隠し切れない疲労が滲み出ている。守備側の放つ矢は量を減らしていたが、攻撃する賊軍の士気は芳しく無かった。
腹が減っては戦が出来ぬ。攻める側にとって第1の補給品は糧食であり、人事日報に基づいて給食が用意されている。人は他人の心が分からなくても、腹が減るのは分かる。
「そろそろ昼時か。後退の銅鑼を鳴らせ」
賊軍に於いて関羽は一将としての立ち位置を与えられている──当然の様に、攻撃の統制は通常、将が自主的に決定するが、将の能力により副官、部隊長等が適当に判断し統制される。
暴力や外圧による洗脳以外に、兵を慈しむ事は戦闘力発揮の一因に繋がる。関羽は大休止を取る事とした。
「関将軍、張将軍から出撃の許可を頂きたいとの事です」
関羽は破才から片腕と呼ばれ権限を与えられていた。張飛が意気軒昂なのは良いが、頑強な抵抗を前に攻めあぐね、野戦と違い行き詰まっている。安直な考えで兵を動かす事は出来なかった。
「鈴々の奴、自重する事を覚えて欲しい物だ……」
低所得者ではあったが、関羽は武に秀でるだけではなく古典、文学、兵法書も嗜んでいた事から、雑多な賊軍にしては配属及び協力・支援部隊の特性・能力に精通していた。
彼女の様に上に立とうと言う言う者が居なくても、続く者は幾らでも現れる。意欲的な女性はチャンスを逃さない。
「却下する。昼食にするから、大人しくしてる様に伝えてくれ」
使いの者を返すと溜め息を吐いた。
「あっ」
関羽は突然の悪寒にビクッと身体を震わせて城壁を仰ぎ見た。
「関将軍、如何なさいましたか?」
「いや、何者かの視線を感じた気がしたんだ」
「将軍は先立って、連中に降伏勧告を行いました。だから、敵の目を集めるのでは無いですか?」
「うーん……。そうかもしれんな」
賊軍の攻撃は三波に渡って行われたが尽く矢によって攻撃を阻止された。戦意は完全に打ち砕かれ、現地闘争本部である本陣では攻撃計画の修整が検討されていた。
「敵の抵抗は激しい。だが攻城兵器が足りない。官軍の応援は迫っている為、時間も足りない。無い無い尽くしです!」
敗北主義とまでは行かないが、指揮官の多くはただの農民上がりで教養も低い。進歩的文化人を気取りながらも、悲観論が出始めていた。
「泣き言は止めろ。この長社には勇士が集まっているはずだ。だがお前達は、てんほーちゃんとちーほーちゃんとれんほーちゃんの顔に泥を塗った! 死に逝く我等に怖れる者は無い。どうすれば勝てるかが我等の仕事だ」
人生とは他人の影響による結果だ。だからこそ失敗を恐れ、石橋を叩いて渡る方が正しい。その為の話し合いだった。漠然とした提案でも、皆が話し合えば纏まる。
「投石機を用意します」
意見は何を言っても良い。
「良いぞ。それから?」
雑多な意見から繋げていくブレーンストーミングで、具体的な計画が煮詰められた。賊軍は払暁より重点を長社正門に指向し官軍を圧迫。その間、官軍の応援部隊を待ち伏せし撃滅する。
「応援の待ち伏せには俺が行こう」
「将軍、御自らですか」
直ちに抽出された部隊を率いて破才は出発して行った。留守を任された関羽は残りを指揮して攻撃を継続させた。弱者は淘汰され、強さだけが変化をもたらす。
× × ×
朱儁の信頼を得た一刀は様々な形で助力した。例えばハゲの悩み相談も、現代知識の断片から答えを知っている。毛根のダメージが致命的なハゲに繋がると言う事を。
「育毛は頭皮の血行促進や栄養を与え、抜け毛を防ぐ事です。一方で発毛は、新しい毛髪の発毛とお成長を促進する効果です。この両方に効くのが食生活です」
「おお、フサフサに成ると言われるのか!」
毛髪の薄い武官が一刀の肩を鷲掴みにしていた。
「ええ、凄く綺麗に。多くは親から受け継いだ血による物が原因ですが、食生活の改善で修復は可能です。内陸部では海産物を摂取する機会も少ないでしょうが、先ずは海藻を摂る事から始めてください」
髪の毛は暮らしと心を豊かに、幸せにする。自己顕示欲と承認欲求は満たされる。
「ありがとうございます、先生!」
毛髪の薄い武官と一刀が語り合う姿は、端から見て滑稽な小芝居だが兵の緊張を緩和させる。笑い声が起こったが当の本人は切実で本気だ。
道化を演じる事も全ては、群雄割拠の戦乱が来る前の座である。
(歴史の大筋は変わらない)
だから賊軍に勢いがあるように見えても運命は変えられない。テロリストの革命家は長生きなど出来ないのだ。
長社は官民一体で防戦している。人はご近所トラブルを起こす不安定な生活より、安定を求める。
一刀は官軍や長社の民と親しく言葉を交わした。立場が上がればそれだけ仕事が増え、様々な配慮を必要とする。住民の宣撫もその一つだ。
「陳先生、これ食べてください」
搾取され貧しい
「ありがとう」
貰える物は何でも貰っておく。カルヴィン・ハリスの歌詞の様に「Do you mind if I steal a kiss?」とわざわざ断りを入れなくても女は寄ってくる。
身体を差し出す人妻や年頃の娘も抱いた。勿論、相手と一刀だけの秘密だ。
女に恥をかかせない。それが艶福家である一刀自身に返ってくる。例えば、朱里の膨らみに欠ける胸も真心を込めて揉んだ。
「んっ……」
手のひらに収まる様な小さい胸だが、小さい胸なりに感じるらしい。熱く漏れる吐息が劣情を掻き立てる。
(中々、どうして。流石は諸葛孔明、男をその気にさせるツボを心得てる。)
朱里とはより多くの機会を設けて、肉体言語による交流を親しく交わし、好事魔多しと言うが、良い所で邪魔が入らない様に一刀は配慮した。
「はぁっ、あぁっ! 御主人様……っ、いいです! んぁ……あぁぁぁっ」
人生とは常に他人より自分を優先すべきである───と言う事で、抽送を繰り返していた一刀は、淫らな刺激に愛液を漏らして身悶える朱里の蜜壷にぴゅるっと射精した。
「あっ──ん、くぅ……っ」
儒学者が声高に礼節を語った所で、始めてしまえば脳髄を溶かす快楽の前で情欲の炎を消す事は避けようもない。後は終点まで突っ走るだけだった。
「朱里、俺を信じるか?」
後ろから抱き締めて首筋に唇を這わせながら囁く一刀の問いに、朱里の蜜壷は射精後も愛液を溢れさせながらきゅっと締め付けてくる。
「んぁ……はぁっ、はいっ……御主人様……」
家族の様に扱う、妹様に思うとしても、親子や姉妹、家族は神聖不可侵にしてサンクチュアリと言う存在で情欲を向ける対象ではない。
朱里は一刀に手を出して貰えた女の一人だ。一刀は清純の殻を捨て情熱的に喘ぐ朱里を見て、横山三国志を読んでいなくて良かったと心底思っていた。もし読んでいれば余計な先入観からキャラを被らせてしまうからだ。
「共に楽しく生きよう」
そんな一刀とは関係無しに、横に成っていた朱里はえへへ、とあどけさを残した微笑みで答える。
「嬉しいです、御主人様」
朱里は淫靡な匂いを放ちながら、敬愛する一刀との遊びにはまっていた。一刀の指が敏感な部分を弄る。
「ひぃっ!」
体が痺れて震える。軽く達してしまった。
「あぁぁぁ……。いいっ……んんんっ!」
もっとイキたい。もっと快楽を楽しんでいたい。
熱にうかされた様に身体が凄く気持ち良くて抜け出せないが、軍師としての冷静な部分では一刀邪魔に成るなら身をひこうと決めている朱里だった。
もっとも一刀は一刀で、一度は抱いた女を放り出す積もりは無かった。
賢者タイムを迎えて身繕いをした二人は仕事に戻る。
戦場とは様々なドラマを描いて見せる芸術の場と言え、策もその一つと言える。戦果拡張に繋がらず、ただ突撃を繰り返すだけでは風流を理解しないチンパンジー以下───賊軍の将はチンパンジーではない事を実証しようとした。
「かなり大きいな」
「そうですね」
単調な攻撃の繰り返しであったが、敵の動きに変化があった。巨大な投石機が組み立てられている。通常の物に比べると、倍近くの大きさがあった。
「アレだけ大きいって事は、組み立てもそうですが、一回使った後の再使用にも時間がかかりますね」
「まともに使いこなす事が出来るかも疑問だよ」
飛ばす物は榴弾と違い大石だ。沈んで跳ねたり、左右に切れたりする。
効果的な着弾地を導く事も簡単では無い。一刀は続ける。
「あれだけ大きければ燃やし甲斐がありそうだ」
朱里は微笑みを浮かべる。
「目の前で破壊されれば敵の士気は著しく落ち込む事でしょう」
騎兵による逆襲を提案すると、官軍の受けは良く笑って快諾された。武官は積極的な行動を好む。籠城戦で我慢の限界、疲労の限界と成る前のガス抜きと言えた。
「我らの馬術、賊徒に披露して御覧に入れよう。問題は馬をどうやって敵に気取らせず外に出すかだが」
一刀は一般的日本人としてアニメやゲーム、漫画を好んだ。その記憶には戦闘描写の演出もある。
老害だ、いや巨匠だと論じられる宮崎駿の作品に『風の谷のナウシカ』と言う作品がある。作中でトルメキアの第3軍は土鬼軍との戦いで後衛として磨り潰されていた。注目すべき点はサパタの戦いで、クシャナの帰還による逆襲である。一刀はそこに投石機破壊の回答を導き出した。
「城門は塞いでいる。城壁は崩せない。だったら他に出口を作れば良いでしょう。地面を掘りましょう」
出口が無ければ作れば良い。籠城策で凝り固まったパラダイムの転換である。
「流石は先生です! 直ぐに穴を掘らせます」
人事を尽くし天命を待つのは良いが、その前にやれる事はやっておく。馬を通す程の坑道も本気に成れば掘れる。
一刀はナウシカとは違うので騎兵の逆襲に参加はしない。代わりに長社の防御を確認すべく、各所を見回った。
そんな一刀は周囲から声をかけられた。
「陳先生」
「先生」
皆、三
挨拶をしてくる者の中に、本を持ってる者の姿が散見される。
「二・四・六・十・十二・十四・十六・十七・十八……」
一刀はその者達にだけ数字を告げた。
「先生、それは」
「秘密の巻数だ。同志なら、あれやこれや隠されたモノを見つけ出せるだろう」
顔色を変えると勢いよく頭を下げて来た。
「先生、感謝致します!」
瞬く間に噂は伝わった。
(秘蔵のエロ本、『おしりの国からこんにちは』を配った効果は、やっぱたけーな。エロで生きる欲が生まれたか)
生死をかけた戦いでは一致団結する必要がある。ただし状態を変えようとすれば必ず造反する者が出てくる。場を乱す反抗的な者は根回しして孤立させ、流れ矢を受けたり、城壁から転落死をしたり、事故に見せかけて排除した。
「炊事の煙が減った。そろそろ昼飯が終わって、また攻めてくるぞ」
急いては事を仕損じる。スッキリして頭も冴えた一刀の言葉で指揮所の空気が引き締まる。
「弓の用意。地獄を見せてやれ」
射撃用意の号令が飛び交った。
賊軍の動きを見ていると、再び関羽の姿が見えた。至高の太腿と胸に一刀の視線が奪われる。
歴史を動かす主役と脇役に分類するならば、彼女は主役だった。
8
「長社に潜り混ませた
土台人である情報提供者は熱烈な信奉者と言う事で情報の信頼性は高い。楽に落とせるはずだった長社を城塞都市へと変える人物の存在。そこに懸念があった。
「厄介だな」
「戦闘に紛れて排除させますか」
「そうだな。やって貰おう。……うん? 意外そうな顔だな。私も戦は趣味、嗜好でやる物ではないと理解している」
武を極めんとする者としては正々堂々と勝負がしたい。しかし関羽は決断した。投資すれば損失か利益しかないと物事の本質を理解していたからだ。
勝つ事が正義。正義は力で、負ければ全てを失う。
今、一番にする事は勝利であり、その為の犠牲は改革に必要な痛みであると割り切った。
──だから手段を選ばない。
「火攻めをする」
長社の街と民を降した後を考えて、街に被害を与える火攻めは遠慮していた。下手に破壊すればそのまま自分達に返って来る。それは占領後の復興は金と時間を奪う。賊とは言え、国を倒した先を見据えて置かねばならない。組織とは結果的に全てが営利集団となる。
だが形振りを構ってはいられない。投石機で可燃物に油をかけて燃焼させた炎の塊が街の中に撃ち込まれた。
矢の勢いは衰え、城壁の上で消火活動為に右往左往する動きが見えた。
実際は矢を使い切ったのと事前の消防計画に従った動きだが、関羽の指揮による成果に見えて賊軍の士気は回復した。
「将軍、何なりとお申し付けを」
兵から信頼と共に向けられるその眼差しが心を揺さぶる。
「閣下」
歓声と称賛の声に関羽は笑顔で頷き応える一方で心も痛んでいた。
将である自分自身が率先して大義を信じるしかない。大切なのは開き直る事。それが、より良い世界を作る為に必要な犠牲で運命だと自らを無理矢理納得させた。
今の漢は宦官や外戚、名家と言ったブルジョワ階級が支配しており、下層の不平不満をアジテーションするには最適の材料が転がっていると言える。
「漢帝国中枢に寄生する奸臣である悪官を誅する事が、我らが革命の大義。何が真実で正義かは我々が作り上げる。生き残るぞ。共に生きて結末を見届けよう」
兵士の人生は単純だ。闇の国であっても落ちていく。全ては神の御心で人には理解出来無い。だけど信じる者は神の国へと道は開ける。死後の世界で。
死の恐怖が蔓延する戦場で、恐怖を克服するのは敵への殺意だけである。一刀の生まれた現代社会のサラリーマンなら上司の命令にもつべこべ言う者は居るが、関羽達の生きる時代は上に立つ者が生殺与奪の権利を持つ。例え即席の民兵組織や賊であってもだ。
「ウオォォォォォ!」
血が染み込み泥濘と化した戦場を黄色い集団が駆ける────関羽を残して。
「こら、私を置いていくな!」
この戦いも歴史の出来事として忘却の彼方へ行く。人品骨柄の卑しい本物の無頼も雑ざっているが、漢を倒すプロレタリアート革命をやり遂げれば勝ちだ。政の
× × ×
官軍と賊軍。どちらが正義かは言うまでも無い。
ファッションの自己陶酔な革命ごっこが終われば後は仕置きが待っている。権威に従わず、自分の価値基準に自信を持ち過ぎた末路は悲惨だ。
「民を巻き込みたく無い、か……。どうしてと言うか、今更ですね」
朱里は一刀の意見を却下された事に不満だった。
官軍だけでは数も限られている。逆襲には民兵から志願者を募ろうと提案したが、一蹴された。
「官軍の連中が自己犠牲をしたいと言うなら、やりたいようにやれば良い。民に出来る仕事は違う。健闘を祈ろう」
日没と同時に予備隊として抽出された士卒によって逆襲が開始される。坑道の前に職業軍人である武官が整列していた。隊はこれから坑道を通過して敵中に赴く。一刀は見送る一人として声をかけた。
「国難の時こそ民草や士卒は漢の為に奉仕しなければならない。その結果が漢の発展、日々の安寧へと繋がるのです」
人の社会で
「努力した人間が、その努力の分、評価される社会が漢です。どの様な覚悟で戦場に立つかは私ごときでは分かりませんが、皆でこの国を守りましょう!」
嘘も方便である。生活を守ると言う明確ビジョンを提示し、勝利への協力と言うコンセンサスを形成した。美麗美句を並べて死地に向かわせる。
武人は群れを嫌う一匹狼の気質を持つ者が多い。しかし戦は集団戦であり、個人戦ではない。醤油とマヨネーズを混ぜる様な物だ。
勝敗は時の運と言うが、サジ加減ひとつで変わる運とツキなら努力で補えば良い。
しっかり勉強をして私塾を出て、就職をして、成功を納めるのは文官であり、武官ではない。頭を使った者が巧く立ち回る。
義理や情に
夜半から土砂降りの様な雨が降った。長社から投石機破壊に向かった逆襲を隠すには好都合だったが、風雨が激しく火は着けられない。
一度だけだと分かっている。破壊出来なければ策は失敗する。それはつまり無駄死にだ。そう言う事なら乾坤一擲の機会を逃せない。
「何としても破壊するんだ!」
その間にも賊軍は寝静まって集まって来る気配は無い。
「持って来た油だけでは足りません!」
「炊事場に魚油があるだろう。何でも持って来い」
炊事場にはセンブリ茶やタガメに混ざって肉や骨が散乱している。牛や豚、鳥だけではない。髑髏も混じっている。
鍋の肉を摘まみ食いした兵士は吐き出すと怒鳴った。
「こいつら、人を喰いやがったな」
捕虜は使役する以外に携行食として潰される。弱っていれば誰でも喰われる。食糧としての弱肉強食だ。
食人行為は珍しい物では無い。生きるには栄養が必要だから誰も悪くは無い。
「そんな怒鳴らなくても食えるだろう。仕事を済まそう。燃やせる物を探せ」
9
窮鼠猫を噛むと言う言葉がある様に、守備側を弱者だと舐めると手痛い返しがある。
だが賊徒は脳内ハッピーだから先が読めない。
戦場に砲弾こそ降っては来ないが、投石機や弩、弓での歓迎が待っている。
男なら困難にも怯まず全力でぶつかる。
代わりに女が強い世の中なので、関羽は諦めず突撃に次ぐ突撃で、挑戦、挑戦、何度も挑み続けていた。
大きいからと投石機の性能が良い物では無い。イメージ先行の
燃えて崩れ落ちる投石機。呆気にとられて眺めていると、ほどなくして死体の仲間入りをするかもしれない。
「百姓が集まった賊風情が官軍舐めんな! 本当の戦とはどう言う物か教えてやる」
奇襲の成功。これにより長社の士気は更に高まった。長社の城壁に雄々しくたなびく官軍の旗が、未だ落ちていない事を示している。
賊軍相手にせっせこ、せっせこと頑強な抵抗を続け撃退し続けていたが────彼らの希望で助けである官軍本隊は足止めを受けていた。
「手を貸してくれ、ね」
一刀からの使いが華琳の下に届いた。賊の妨害で連絡が途切れる中、命懸けでたどり着いた使いに労いの言葉をかけて休ませている。
「ふーん……。一刀ったら、何をしたら長社の守りに就く事に成るのかしら?」
日に焼けていない白い指に読み終えた手紙を持つ華琳は眉をひそめた。
一刀が知っていて自ら火中に飛び込んだと考えた。
民が官軍に救援を求める事にギャランティーは発生しない。逆に官軍が民を徴用した場合は国庫から金が支払われる。
とは言っても自由に動かせる兵は多くない。だけど一刀は華琳に長社を救うだけの
女社会で男が出世をするには宦官や官吏に成るしかない。ちゃんとした仕事には着いてないが、将来、有望な男だから協力しないと言う選択肢は無い。
(花を活かすのは器。家臣の才を扱う主は器と同じ。先々の事を考えれば、投資として恩を売っておく事は間違いではない、か)
人にとって大切なのはいかに他者から信頼を得るかであって、恋愛も戦の指導も本質は、いかに誠意を込めて向き合うかにある。売った恩が塩漬けにはならない。
(であるならば、私がすべき事は……兵を動かす理由を、公的な物に変える事ね)
私的な理由では動かせない。保守的な官軍を動かす利は、リベラル気取りな賊軍を鎮圧する事だ。個々の戦場で勝利を重ねる事で、初めて鎮圧は完遂される。長社を陥落させる事は賊軍に利する事でしかない。
戦は最後に勝てば良い訳ではない。個々の戦場で戦う士卒や民を無駄死にさせない心映えを示す物だ。
華琳の目指す丞相はむしろ覇道を極め、法や政を研鑽し、為政者としての自己を確立しなくてはならない。
政も最良の選択と最高の官吏の他に必要なのは、人の心を掴む努力だ。手足の様に巧く使う事がコツと言える。
一刀の興味を引くには、救援のタイミングと言う演出のやり方による。それが出来なければ、数居る『その他大勢の女の一人』で終わる。
「春蘭、秋蘭。今から長社に向かって貰うわよ。曹孟徳の刃と成って賊軍から長社の民を救いなさい」
自分の腕に酩酊してこそ誇りと自信は生まれる。
「お任せください!」
初期投資の額に応じて収益は増減する。戦はいかに敵を苦しめ勝利を得るかを第一に考えるが、味方は楽をして勝つ事が基本と言える。
家を追い出された華琳には直参の家臣が居ない。限られた手札の中から選ばれたのは、誠心誠意仕えてくれる夏候姉妹。彼女達が居れば、一刀の負担を軽減出来ると信じた。
「必ず勝てるわ貴女達なら」
二人に騎兵を預けて先発させた。春蘭を代行に任命し、秋蘭が補佐する立場だ。
数こそ少ないが、騎射の出来る者が選抜されている。速度を尊んだ配慮だ。
華琳から見て一刀は、他人の目を気にする小者でありながら、未来を見据える俯瞰的な広い視野も持っている。──訳が分からない。
それが一刀の評価であり、だからこそ自分が引き立て様と考えていた。
(己の意に沿わないからと排除していては、誰も心から付き従わない)
一方、一刀は女性関係で世の同性から嫉妬を買っている。百官公卿どころか官職に就く予定が当分は無い。李下に冠を正さず──これ以上、余計な出世で恨みを買う積もりは無かった。
× × ×
前線で戦う士卒にとって将軍は創造力に優れ感性の鋭い人物望ましい。ただの権威主義では臨機応変で柔軟な対応による独断専行も許さない。部下のやる気を起こさせない様では、真に戦上手とは言えないからだ。
その点で春蘭は能力的に不安の少ない将で、腕っぷしの強さは抜群だった。
「秋蘭、私は武には自信も誇りもあるが、戦の策や組み合わせは苦手だ。だから後ろは任せるぞ」
殺しは賊の討伐で既に経験している。戦いの後、寝ててゾンビの夢を見ると言う事も無い。スッキリ快眠だった。
「ああ、姉者、任せろ」
秋蘭から見て姉は将として未熟な部分もあるが、十分に背中を預けるに足る者である。春蘭も妹を信頼していた。
この世に善人は居ない。全て罪人だとしても、アウトローの戦闘集団ほど危険な物は無い。
自軍が寡兵の場合、弱兵を叩き過ぎてはならない。自暴自棄に成るからだ。表面的な奇襲は効果的で、混乱と動揺が広がった頃が引き揚げ時だ。
春蘭は本能的に戦いの期を読む事に長けていた。欠けてる所は妹が補えば良い。
「これより逆襲を開始する。私に続け!」
春蘭が操る馬が駆け出した。矢の斉射が賊軍を背後から襲う。
戦場は殺す相手が居て初めて華やかに彩られる。そこに優れた将と士卒を加えると芸術は真価を表す。死と悲鳴を加える事で、日常に隠れていた生の価値が高まる。生きる素晴らしさが死と結び付く事で実感させる。
疲労と眠気で賊徒の攻撃に陰りが見えた頃、長社の周囲に雄叫びが響いた。
「長社の民よ、良く耐えた。賊徒を撃滅し、漢帝国に勝利を!」
武を極める。それは技法を高める事であり、殺し殺される過程を楽しみ、殺人の素晴らしさを貪欲に味わおうとする事だ。下手に哀れみを持っては腕が鈍る。それでは高めるべき才能を殺してしまう。だから思い切り戦を楽しむのが正しい。
春蘭が尖兵と成り賊軍を切り崩している。秋蘭はその動きをよく援護していた。
故事によると臥薪嘗胆の胆を舐めた方、越王
馬は走りだけで壊れる。長社に一刻も早く駆けつけようと全力疾走させれば部隊の3割が落伍していた。
だが官軍には津波の如く勢いがあり賊軍は押され始めた。関羽が必死に建て直そうと指揮をしているが士気の崩壊は統制が効かなくなっていた。
春蘭は黒髪を振り乱して叱咤激励する関羽の姿を目に止めた。目を細めると振り返る事無く告げた。
「秋蘭、あれが賊の将だな。行くぞ!」
「分かった、姉者」
短いやり取りではあるが意思は伝わった。
義を見てせざるは勇なきなり。守るに値する帝国であるかはともかく、この時は弱き民の為に戦った。
呼吸を整えて攻撃を開始する。
騎兵とは馬の機動力の他に、馬蹄に蹴られ踏みにじられる衝撃力、打撃力が攻撃力となる。人馬一体、リズム良く斬り込んで行った。
「良いぞ、片っ端から殺せ!」
馬の体当たりを受けた人は簡単に吹き飛ばされる。込み上げて来る殺人の快感が子宮の奥を疼かせた。
「わぁぁぁぁ!」
足止めしてるはずの官軍が到着した事により、塞き止められていた流れが変わった。勝利は遠退き賊軍の士気は崩壊した。黄色い旗は血にまみれて馬蹄に踏みにじられる。
一方の関羽は、春蘭が向かって来るのを視界に収めた。
(味方が敗れた? いや、敗れたなら報告が来てるはずだ)
破才が拘束に失敗した訳ではないとしたら、一部が抜け出して来た以外に思い当たらない。
「黄天の世は未だ実現出来ず、か。私が殿軍を務める。残りを纏めて
自分達が負ける事が理解出来た。込み上げて来る悔しさから目眩に近い物を覚える。
「ああ、関将軍……しかしそれでは貴女が」
勝利さえ収めれば、悪官を排除して漢は完全な理想郷になるはずだった。
しかし、民が自分の利益を追求しては国を滅ぼす。それは本末転倒であり、国あってこその生活だ。それを忘れていた。
「私には将としての責がある。このまま落ち延びる事は出来ない。だがお前達は違う」
将軍である限り、どんな場合でも主命を守る為に全力を尽くすべきであると信じていた。
関羽の決意を聞いた部下は「承知しました」と答えた。信念だと理解したからだ。
だが───信念以外に勝る物は幾らでもある。生きてこその人生だ。
そしてゲームにもルールがある様に戦場にも作法があった。投降勧告だ。
「賊徒に告ぐ。これ以上の反乱は許されない。人生は一度きりだ。革命等と言う戯言を信じるな。直ちに武装解除して投降しなさい」
官軍から勧告されたが、もう戻れない。日陰で暮らす彼らは投降も逃亡も出来ない。敗北は革命に対する努力が足りないからだ。学生運動の内ゲバの様に人民裁判による粛清が行われる。
その為、最後まで戦う事が求められた。だから命知らずの駒として扱われた───もっとも人生で一番大切な事は、自分が生きる事。それ以外は無い。
英語圏ならload of crapと称される生き様だった。
「糞、聞いちゃいねえ。破れかぶれの突撃か」
後に官報として発表される『長社警備の記録』に記載される校尉の体験「我が初出陣の記」によると、「俺達は漢の民の生命、財産を守る正義の実践者。死ぬ時は一緒の兄弟だ。初めての大規模警備であるが、全員一致協力して頑張ろう。徹底的にやれ。奴等の首を叩き切ってやれ!」と将より励まされたとある。
一方の関羽も武力闘争に当たっては「権力の手先である官軍に革命の大義が敗れるなどあってはならん。漢も血を流して打ち立てられた。今こそ正義の鉄槌を下す時だ」と鼓舞していた。社会の為、国家の為、どちらも戦う事に代わりは無い。
賊は革命に勝利しても粛清を始める。賊はしょせん奪い、殺すだけの賊に過ぎない。
取る物取り合えず、と慌ただしく退陣をする黄巾賊。歴史で勝敗は決まっている。反逆者の末路と言う運命を覆せはしなかった。
筋金入りの武闘派である関羽が殿軍として春蘭と打ち合ってる間に、賊軍の生き残りは北に向かって走り出した。生き残れるかは運命が9割、努力が1割。
将軍とは神様で、兵とは価値が違う。実力でそれを証明する。春蘭の重く速い斬撃を受けた関羽は悲鳴をあげて飛ばされた。
「あじゃぱー!」
必死の時間稼ぎをしたが多勢に無勢。一騎打ちを受けるとも言ってないので、他の兵も手出しをして来る。矢に阻害され普段の戦い方が出来ない。
粘ったが関羽は捕らえられ、逃げた賊徒には、直ぐに追っ手が差し向けられた。
「手間かけやがって!」
春蘭の兵から長社の兵に引き渡された。小突く様子に仲間は諌める。
「おい、その女には、先生の御用があるんだ。手荒に扱うんじゃねえ」
「あ……そうだった。それに、男をそそるような良い女でなければ勃たないしな」そして、「賊徒を教育し直してやろうぜ。別に奴らで憂さ晴らしをする訳じゃないからな」と続けた。
関羽はまだ運の良い方だった。
官軍の目的は賊徒を漢から一掃する事であり、防衛計画に定められた配備で警戒要領の徹底を図ると共に、追撃と掃討による戦果拡張が図られた。
捕まった賊徒は喚き散らす。大多数はノンポリで、付和雷同で迎合しただけの者だ。
「不当だ、不当だ! おかしいですよ! 法的根拠を出して下さい!」
「あ、はいはい。大人しくしろ。手を出して」
受傷事故防止に留意しながら捕縛と訊問が手際よく行われる。
「諸君は漢に対して反乱を起こした。よって諸君は『漢の敵』と見なされる。……と言う事でだ、これまでやって来た事を考えろ。こうなる事ぐらい分かってただろう!」
「何だとコラ! もっと悪い宦官とか官匪を捕まえろよ!」
「負けたのにいきがって馬鹿じゃないの。あんたの運が悪いの。賊徒として群れてる内に人としての規範意識や倫理観が鈍麻してるんだよ」
「あー、それは……心の負債があるかもしれないが、俺達が漢を倒せば互いに理解しあえて、友人に成れるはずだ」
呆れ返る論理だった。漢が悪いのでは無い。本人の行いが悪いのだ。
「阿呆か。家族や友人、隣人を殺して奪う相手に仲良く出きるか」
建前は兎も角として、官軍は敗戦の恥辱をそごうと躍起に成っており、醜の御盾と言う役割を外れ、地元民の復讐心を煽った。
「奴らはお前達、民草とは違う。獣だ! 命をかけて守る家族や友を殺した贖罪をさせろ。お前達は復讐に手を染める覚悟はあるか。守れなかった悔しさを忘れていないか。殺れ。弱き者達を守るには、まず自分の手を血に染める覚悟を証明しろ」と扇動する。
そのうえで、「犯し、殺し、奪い尽くした連中だ。殺せそんな奴ら。全員、戦場で死んでも困る者は居ない。生きている価値はない」と曖昧にはさせない。
自分達の暮らしを乱した者が苦しんでも、死んでも当然の報いである。目の色を変えた民が鈍器や鋭利な刃物、石を手に捕らえた賊徒に襲いかかった。
WW2末期のソ連兵が行った蛮行が子供騙しで聖人に思える。そんな行為を平然と行った。
犯罪者に人権は無い。青臭い議論が起こる前に、社会全体が敵に回る。一刻も早く処理をする事が国益と成る。
国は悪い所を取り除けば助かる。強い国の姿勢こそ民は安心する。
官軍は明るい子供達の未来を汚す国賊、悪魔の手先を許さない。皇帝を中心とした国体護持の為にも賊徒と戦う。
「陳先生、敵将を捕らえました」
一刀は下半身の蛇拳を試す相手として関羽を求めた。そして彼らは応えてくれた。
「
優秀な武官であっても、文官では無い。一刀は戦後処理の進言に向かった。しかし、事態は進んでいた。
「主だった者は袋に猿と野良犬と毒蛇と共に入れて黄河に流せ。残りは奴隷として働かせようと思うがどうだろう?」
もうすぐこの世は乱世となる。命は軽く、肉体などただの器に過ぎないと教えてくれている。何も望まず何も信じない。
「仰せのままに」
恨みから解き放つにはそれなりの時間がかかる。恐怖こそ究極の統治、漢を救えると愛国心を叩き込む。形式上、全ての者が漢に使えているからだ。
賊を壊滅させる。民の報復も報奨を出す事で推奨された。汚い仕事は下々の者にやらせる。
「朱儁将軍」
「ああ、陳先生。どうかされましたか?」
武官は派手な成果を求める。望む答えを誠実に応えてやれば動かしやすい。
「捕らえた敵将の一人ですが、私の方で調べたい事もありますので、任せて頂いても宜しいでしょうか」
「勿論です。先生にお任せしましょう」
関羽を確保する為に、このまま引き伸ばして、詳細については調査中。特異動向は無し、と報告する予定だ。
救う価値がある女なら救う。安っぽい同情で、有象無象を改心させて救うと言う労力を割くより、一人でも良い女を口説き落とす方が一刀には大切だった。
10
春蘭到着後、間を置かずして長社に官軍本隊が到着した。これで長社の防衛は勝利だ。
「華琳、遅かったじゃないか」
人を待つほど辛い事は無い。長社の者には苦しく辛い日々が終わった。
「ご免なさい。一刀も苦労したみたいだけど武勇の名を高めたわね」
成り上がり者には本当の才能は芽生えない。名士の家には富や人が集まって来る。だからこそ才能を伸ばせる環境がある。そう言う人間こそ民を導いて行く使命がある。
「まぁね。官軍と違って有志が金を出し合った自警団だから色々とあるさ」
「色々ね」
敬愛する主の到着に、夏候姉妹が駆け付けて来たが、親しげに真名を呼び交わす二人を見て目を白黒させていた。
「華琳様、そちらの方は?」
朱儁の下へ挨拶に行った時、一刀は席を外していたので、二人は顔を合わせて居なかったからだ。
「高名な清流派である
「夫!?」
夫婦とは互いに支え合う共依存の関係で、自分の生き方を押し通して家を追い出された華琳の生き様とは似つかわしくない。
しかし世の中は確実に動いており、華琳も影響されている。
「ふふ。誰でも良い訳ではないわ。夫婦と言っても本物と偽物、どちらに成るかは紙一重。それでも家族に成れば、喜びは倍増し、苦しい時には支え合い助け合う。人生に大切なのは人の和。そうでしょう?」
嫡子だから家を継げる訳ではない。逆に華琳は家を追い出されたのだから子孫を残す事に拘らなくても良い。だが華琳は、甘い言葉で夫に迎える相手だと言っている。華琳の家臣達の衝撃は大きかったが一刀の方は飄々としていた。
「ま、そうだな。ただ俺の妻に成りたい者は多い。だけど席は一つしかない。正妻に成れるかは分からないぞ。ほら」
そう言いながら一刀は華琳に土産を渡した。実家で作っていた醤油で、巷で使われる豆醤や魚醤とは違った味わいがある。
「あら、これが例の醤油ね」
「ああ、
「おきゅうり。玉門関の先、西域の果てから伝わった物ね」
寝物語に一刀が聞かせた料理の調味料には醤油が使われていた。華琳は醤油を所望し、一刀は贈ると約束をしていた。早速、華琳は馴染みの胡麻油や香菜との組み合わせを考える。
中共の支配する未来と違い、土地も水も汚染されていないから安全な食が手に入る。後は料理のレシピと調理する側の腕だった。
「おきゅうりもそうだけど、私の料理に醤油で新しい味が増えてくれるわ」
政を司る者は鋭敏な五感が不可欠であり、味覚、触覚、嗅覚、視覚、嗅覚は料理で鍛えられる。
料理と同じ様で、これから華琳が作る国に一刀が風を入れてくれると信じられた。
「よかったな」
× × ×
曹孟徳の覇道を支える最高幹部と直系の直参家臣による組織作りは未だ構想途中にある。
かつて曹家を大きく動かしていた華琳は考えた。情で縛られる家を捨てでも、物事が起きた時の判断が出来る、けじめの着けれる者。最後まで着いて来る者を求めた。
華琳は、一刀が自分を支え、代行が出来る男だと考えた。
一方の一刀は今を楽しんでいた。
色々な女を抱いて来たが、小柄な身体も一刀と愛称が良いらしい。
桂花然り、華琳然りである。
(心身ともに健康である為には楽しまなくちゃな)
儒教精神に縛られた古代人と違い、あざとさ、しぶとさ、厚かましさがある。
「──で、5000の官軍が300の賊徒に負けたと。貴方にとっては危機でもなかったんでしょう?」
眉を寄せて華琳は一刀を見る。
「波状攻撃ですらなかったからね。でも戦場は何があるか本当に終わりまで分からない。
皇甫嵩と共に到着した官軍の中に華琳の姿を見かけた一刀は、早速、二人っきりに成れる場所に連れ込んで睦事を交えながら状況を語った。
「そう……。それだけの武の持ち主が二人も居るとは、侮れないわね」
「ああ。それと一人は今、口説いてる途中だ」
この戦いで賊軍が採用した戦術は、少数が多数を破った戦例として後世まで語り継がれる。その結果、多くの戦で採用され致命的敗北や全滅の悲劇を生む事と成った。
今回の成功はチート並みの武力を持った関羽、張飛が居たから成し遂げられた勝利である。一騎当千ではなく、十把一絡げな並みの士卒では再現が出来なかった。
(今度、生まれ変わったら
昔読んだ
(後はコネを上手く使わないと……身の丈に合わない無理をしても疲れるだけだ)
宦官は陰険で、狡猾で、嫉妬深く足を引っ張る。世の中は金で、確りと後始末をしておけば問題はない。権威と圧力が役立つ。贈り物は相手が喜ぶ物でないと意味がない。
(金だけは対価に見合った答えを出してくれる)
額が折り合えば心も絆も買える。宦官を動かす事も簡単だ。
ぎゅっと抱き締められながら、華琳は溢れそうな愛しい気持ちを噛み締める。今が幸せだと。
だから、一刀に自分の人生を背負ってくれとは言わない。
でも、きっといつかその手を掴んで離せない時が来る。自分だけの物にしてしまいたい。そんな欲深さも自覚していた。