※この作品はR-18です。

人格基盤形成の不全における弊害と観察   作:キューブケーキ

5 / 8
共同体の思想と形態1/2

1

 

 ──少し前まで黄巾賊の首魁、張三姉妹は食べる為に体も売る下賤な旅芸人であった。

 可愛いと食べたくなる。それは自然な衝動だった。だから需要と供給のバランスは成り立っていた。

 そしてある日、ならず者は少女達に出会った。御輿として担ぎ上げられ、彼女達を取り巻く環境は一変した。忌み嫌われ穢れた娼婦からアイドルに成った。

 世が世ならショービジネスで一躍し、ヘンリエッタ賞を受賞していたかもしれない。そんな姉妹だ。多くの者を魅了した。

 旧勢力の凋落(ちょうらく)と新興勢力の台頭(たいとう)は歴史の常だが、移り変わりも早い。

 地方を廻る旅芸人の活動に端を発した黄巾賊の反乱は、長社の敗戦で一つの転機を迎えた。

 長社の戦いが終わり、敗走する賊徒を官軍は容赦なく追跡し、戦場は北へ移りつつあった。

「漢の民よ、団結せよ! 俺達が導く先には紛れもない真実の世界が造られる。お前達が暮らすのは紛い物の国だ」

 そう唱いながら「現実は辛いな、糞だな」と嘆く信者に麻薬及び向精神薬を使い、超越神力を厳しい修行で手に入れられると捏造した。これは身体を清めると与えられた麻薬の汚染による洗脳はあまりにも馬鹿げていた。

 原料となる芥子(けし)は一ヶ月ほどで成長する。当初はサラダに混ぜたりして摂取させ、その後は量を増やした。

 純度の高い麻薬は命に関わる。各人に合わせた添加物(スパイス)の調合──混ぜ物を行う事で、致死性を下げ幸福感や解放感を与えていた。

 麻薬の快楽は修行の一般的イメージである忍耐と努力には程遠い。だから皆が受け入れる。賊は俺達が導いてやると傲慢で強引なやりくちで漢の民を危険に晒した。

 張三姉妹のファンクラブが極左暴力集団として路線転換を始めたのは何時なのか正確な日付は分からない。

 コミンテルンの流れと同様に武力闘争を肯定する教義となり、漢に抵抗する他の勢力との野合は認めず、主流派を変じゃないと言う者は排除された。

 そんな小心者の集まりだから小さなミスで組織は自滅する。矛盾を抱えながら、間違った正義感による制裁を始めた。

 本来、間違いがあった場合は修正する。共同体を維持する為にそれは当然の行いである。

 しかし間違った方向に走った───引き返せない程の距離を。

 張三姉妹の意向を忖度(そんたく)した訳ではない。意訳した結果、廃棄物を大量に産み出した。

 絞殺、撲殺、刺殺、毒殺、一度殺し奪えばその味を覚える。性的虐待や快楽殺人、猟奇犯罪が繰り返された。誰にだって殺人者に成る要素はある。暗闇に蝕まれて行った。

 異常者には異常者の規範と成る動機が存在するが、自分が異常だとは気付いていない。周りがおかしいとさえ思う。それは内蔵の病気と同じで自分で見る事は出来なかった。そして病は進行していく。

 覚悟はあった。そして欲も出てきた。不思議ではない。持たざる者の嫉妬や羨望と言う欲が人を動かす。

『自分より弱い者を倒せ。食い物にしろ』

 それは反社会性パーソナリティ障害だった。

「何度見ても脆弱な民が勝利する光景は興奮する。漢に従うか、我々の同志と成るかだ」

 殺す事で忠誠を示す。それは賊徒も官軍も同じだ。殺した者が威厳を示す。

 野菜が増えると売値が安くなるから市場に流す量を調整する。人も増えれば間引かねば成らない。

 痛みを伴う改革は、正義の是非を問う大切な行為であるが、歴史は見方によって異なる。

 漢とは極左暴力集団の一員、大物俠客である劉邦が秦に反乱を起こし政権奪取で功を成し、王と成った事を起源とする共同体だ。支配し逆らう者を殺す事は、どの政権であっても変わらない。強者が受け継ぐ。

 その様に人生とは勝ち負けであるが、頑張る事が裏目に出る場合がある。秋蘭は曹嵩(そうすう)との会話を思い出した。

『私にはもう娘の気持ちがわからない。華琳だけが我が家の希望で、将来の官吏として出世が約束された存在だったのに、その娘が親を蔑ろにして絆は失ってしまった』

 曹嵩はいまだに残っている娘への愛情と、家長としての責任で板挟みになっていた。これまで宦官の養子と馬鹿にされない様に必死で努力し地位を得た。官吏として、伝統と名誉ある家柄を目指して、漢での出世を目指した。

 共同体は曹家以外にもある。不良債権を抱えてせこせこ働くよりも、自ら望んだ主の夢を大きくする方こそ生き甲斐を感じる。

「出発するわ」

 追い風は直ぐに向かい風に成る。賊討伐の時期を逸さない為、一夜を置いて華琳は兵馬を整えると出発を命じた。見送りに来ていない一刀と平然としてる華琳の様子に、秋蘭は疑問を感じて尋ねた。

「華琳様、陳先生との別れは宜しいのですか」

 阿部真央の歌詞では無いが、好きな相手には何度でも愛して欲しいと秋蘭は思う。

 事実、華琳も離れれば一刀を愛しく恋しく思う。

 たまらなく愛しい。寂しく切なく溢れる気持ちを圧し殺し、賊の撃滅に征く。

「別れは昨日、済ませたわ。行きましょう」

 ふっと笑みを溢した華琳は、女としての幸せの一端を見せた。

「……そうでしたか」

 秋蘭は男女の機微に疎いが、その言葉に主が納得してるなら、と理解した。

 そして先に進む華琳に追い付こうと馬の足を早めた。

  

      ×  ×  ×

 

 長社は賊軍を撃退したとは言え、緊張感と殺気立った雰囲気に包まれていた。まだ賊徒への尋問が残されている。

 一刀は関羽と対面していた。自分のモノに成る相手なら時間も惜しくない。

 賊徒に接見して話を聞き出す。身に寸鉄も帯びては居ないが油断は出来ない。

「官憲の狗め! こんな不当に屈する我らではないぞ!」

 この時代、罪人に対して悠長な裁判はやらない。そもそも負けたら終わりなのだから生殺与奪は勝った側にある。城壁から転落の事故死に見せかける必要も無い。

「私は官職に着いてはおりません。貴方達の独善的な正義を押し付けられ、暴力に晒された潁川(えいせん)郡の民を守る自警団を束ねる者です」

 そう言うと一刀は白湯の入った茶碗を関羽に差し出した。

 湯気をたてる茶碗に視線を向ける関羽から怒気が消えた。

「自警団……」

 関羽はどんな事があっても信念を変える積もりは無かったが、民が自発的に自警団を組織して抵抗していた事に驚いた。この戦いは関わった者全ての人生を変えている。

 官軍だけで賊徒と言う病を根治は出来なかったから自警団が組織された。民を敵に回していたと再認識されたのだ。

「将軍より貴方に対する尋問の許可を得ています。私の事は陳と御呼びください」

 関羽が冷静であるのは表面だけで後悔していた。命を扱う将に完全と言う判断はあり得ない。結果論ではあるが負けた。そこを一刀は揺さぶろうとした。

「貴女は頑張りましたが、やり方が不味かった。……いや、不味いなんて物じゃない。最低ですね」

「陳先生、貴方は民を救おうと言う私の考えは間違っていたと仰るのか」

 会話をする中での再確認で、関羽は自分で考え、責任の有り様を再確認した。

「果てしなく続く苦難から漢を救おうと考えるのは良いでしょう。ですが、行く先々で断られたら諦める。役人を呼ばれる程、暴れない。この二つを守れば活動もそんなに非難される事もなかったでしょう」

 一刀は口調を変えた。

「だけどな、矛盾と不合理を見逃して、法令を破って賊徒と呼ばれる程の行いをして民を救える訳がない。地獄を作ったのはお前達だ」

 官吏に言われたのなら反発はあるが、民の代表では言葉が胸に突き刺さる。

「大陸を統べるのは力と法による秩序。秦を倒したのが漢であるならば、天下を憂いた我々が力を尽くさんと立ち、漢に代わって何が悪い! 私の配下で非道を行った者は処罰して来た。我らが勝ち戦で終われば、正しく導けたはずだ。だが今回は、遺憾ながら力及ばず負けた」

 自分の仕事を頑張って居る者が偉いのではない。爵位、官位を持つ者が偉いのだ。

 自信の無い偽善者と違って、強靭な生存本能で偉くなって他者を従えるのが成功と言える。

「私はこの仕事に誇りを持っていた。皆も大義を理解してくれてると信じていた。だから、あの者達に罪の意識は無かった。それに今さら戻る事は出来ない。前に進むしか無かった」

 原初のライブ活動は忘れ去られたのだろう。先祖が類人猿の頃、遺伝子に刻まれた冷酷なプログラムに動かされ、いわれ無き理由で数十万の民が家を失った。

 何故、人々は暴虐に動いたのか。鬼として血と泥、罪に浸かった生活だった。

(雄が一人で無いからだ。群れは雄が一人で良い。それが群れの為にも良い)

 宦官の中には協力者が居た。賊徒と手を組む事が平和に繋がると信じ、支持をした。

「知ってたよ。そうでなければ、あそこまで出来なかったさ」

 一番現実的な事から実現していくのが政で、理想論を唱えて現実を見ない似非活動家の略奪者とは違う。

「だけど無意味だ。正義感ぶって酔ってるんじゃない。確実に改心する者だけを助ければ良い」

 死んでいく者を助けるのは無駄と言えた。割り切れず悩むなら武官には向いていない。民として一日一日を大切に暮らせる。

「賊徒へ苛烈と思われる処罰で、遺族は肩の荷を下ろし救われる。改めて伺おう。民の将来に関わる事だ。民を救う手伝いをしたいのではないのか?」

 他人の人生と自分の人生を秤にかけている。その事に気付いていない。

「それに逃げ帰って、前と同じ待遇が期待出来ると思っているのか。良くて破門、絶縁。お前らの革命ごっこで、皆が飯を食う事は出来ない」

 一刀は哀れみをかけ恩を着せて寛大に振る舞う事を見せた。飴と鞭である。

 救いの手を差し延ばす。一刀の行いは人道の上では立派な行いだったが、色が絡んでいる。良い女を殺すのは勿体無い。それは男として自然な反応だった。

「私は民を救いたい。漢を救いたいんです!」

 三国時代が来る為には未来は暗くなくてはならない。失敗から人は学習し、大切な物を取得するからだ。

「ならば関雲長、俺を信じてみろ。信じなければ何も始まらないぞ。今度は言い訳が通じんからな」

 名誉が出来たら人も金も着いてくる。人生で裏切られる事も、傷付く事も無くなる。

 極限状況で関羽は一刀の差し出した手を握った。生まれた信頼を恋愛感情へと昇華させるのはお手の物だった。

 

      ×  ×  ×

 

「か、一刀様……っ……そこ……ああっ」

「そこじゃ分からないんだが」

 早い足取りで用意された宿屋の一室に戻った一刀は朱里を労っていた。

 目と目があったら、ロックではなくハグをする。そこからはシンド・カフカではないので、巧妙な指使いで朱里の敏感な秘所を弄った。雫が滴っている。

 男は自分だけではない。一刀が抱かなければ何れ誰かが代わりに抱く。

 メロウな人妻を味わうのも良いが、無毛で開発途中の蒼い体も味わい深い。

「あぅっ……で、でも……その……」

 人生の中で同じ感覚を共有出来る相手は大切だ。恋愛感情等と言う物では無い。計算高い朱里と大胆な一刀の思惑は一致した。

「うん、朱里はどうして欲しい?」

 赤みを帯びた体は艶かしい。少し前まで純潔だったとは思えない位に感じやすい体に育っていた。一刀の指の動きに合わせて、秘所から粘着質な水音がくちゅくちゅと聞こえる。

「あ──ひゃっ!?」

 尋ねながら考える暇を与えない。指は蜜液で滑り易くなった秘裂の奥に潜り込んでいく。

 無意識に動く朱里の腰を掴んで一刀は逃がさない。先ずは一度、イかせる。

 一刀の攻めが終わると賢者タイムがやって来る。

 情事の余韻に緩んでいた朱里は、恥ずかしさを誤魔化すかの様に一刀を睨んだ。

 はらはらして心配するのは好きではない。長社の戦いは際どい所もあった。

「今後こういう事が無いようにして下さいね。貴方を失いたくない。お側でお仕えしてる私達もはらはらしますから約束して下さい。無茶な事をしないって」

 朱里から小言を受けながらも一刀は笑顔を絶やさない。気遣ってくれるのは素直に嬉しいからだ。

「ああ、心配かけてすまない」

 官吏に成らなくても、囲う女が増えたら幸せだと思える。それが一刀にとっての理念だった。女探しは最も面白く、最も難しい。関係を結んでから女と合わないと長く続かない。関羽を口説くタイミングも慎重に計っている。

 いけるときはいける。一刀は関羽と言う成果を得て満足していた。

 世の中には男より女の方が多い。積極的に話しかければ変われる。

 軍師は利に聡い。強い雄を見分ける目を持っている。武官は武を極める。対峙する事で相手を知る。

 一刀の様に武官でも官吏でも無い男は、男と上手く行った事の無い女を口説く過程でお互いを知り合う。人間は単純でやり方さえ知っていれば簡単に動く。

(でも、それって男を見る目が無いんじゃないか?)

 関羽は、良く言えば正義感が強く生真面目だが、見方を変えれば青臭く融通が利かない。

 青臭い正義感や大義は人を動かしやすいが、面倒臭い所はあるし、価値観の違いを認めない。排他的(セクト)な方向で人を縛り付ける。

 その点で武帝に仕えた東方朔(とうほうさく)の場合、旧来の「イエ」制度に捕らわれない自由な恋愛姿勢で、付き合う女を次々と変えて世間の批難を浴びていた。一方の一刀は情に薄い真似はしない。長続きの秘訣で、縛らず、縛られずの関係を維持した。

(全員幸せにする金はあるから良いか)

 フットワークの軽さで新しい女を囲い込んでも一刀は、元から居た女達への義理を欠かさず、女達との交流は維持していた。使えば物なら劣化する。人の身なら歳月で老化する。だが情愛は注ぎ込む程、蓄積され肌に潤いを与える。

 恋をすると綺麗になると言うが、事実、新陳代謝を活性化させアンチエイジングの効果も高い。女達も一刀を忘れられる訳がなかった。初めての情熱を感じた男だから。

 付かず離れず官軍は賊徒を追跡していた。長社から官軍が出発する中、別れの挨拶に赴いた。

「口さがない者は戦場を知らず何かと言いますが、現実の現場で戦う貴殿方を理解します。だからこそ、生と死の狭間で刃を振るう貴殿方の武運と健康を祈ります」

 口からの出任せで適当に言葉を並べただけだが、朱儁(しゅこう)や周りの武官からの受けは良かった。

 その時その時、適切な判断を下すのが将で、最善の策は何か決断を下し戦に立ち向かう。

 民とは違い恐れを踏み越えて戦わねば成らない。狂ってないと出来ない仕事だ。

 だからこそ、知識人に数えられる一刀から評価される事は純粋に嬉しかった。

「真にありがとうございます。先生、我々は本隊に合流します。貴方と共に戦えて栄誉でした。お元気で」

 朱儁は何度も頭を下げていた。人は信念より利益や損得に揺り動かされる。虚栄心や名誉も揺さぶられる。

 武官の名誉欲による生き方と、存在を隠す事で得をする一刀とは生き方が違った。

 名誉とは一刀にとって『聖師ナサホ・バッディカ・イザナギおよびその末裔たちと神々の霊的遠隔エネルギーをお浴びになったところの真・宝玉』に近い物だと思っている。

「……単純だな」

 一刀の言葉に傍らの朱里は頷いた。そんな二人の前を、官軍の隊列が新たな戦場に向かって征く。

 

 

 

2

 

 同郷の者を引き立て、守り立てる。この時代は普通の事であり、潁川(えいせん)郡の出世頭であった中常侍の張譲(ちょうじょう)は宦官の筆頭として権勢を振るっていた。

 余りにも影響力が大きい為に政敵として敵視され、排除を目論む者も多く居る。

 だが一刀は遠ざけるのでは無く交流を持っていた。権力者を敵に回して得をする事は少ない。

「陳君、今回は活躍した様だね」

 宦官として皇帝に責任を果たしたい。例え他の有力者に疎まれて暗殺に脅える事と成っても。他の官吏は何も分かっていない。それが十常侍と呼ばれる宦官の親玉、張譲の生き様だった。

「御無沙汰しております。矢に当たらない様に頭を下げていましたが、今回は、良い勉強させていただきました」

 裏表のある八方美人よりも、裏表の無い八方美人の方が好まれる。

 欲望に忠実。義や仁は鴻毛(こうもう)よりも軽く、自分の生は泰山(たいざん)より重い。これこそ人のあるべき姿だからだ。

「君の名前が賊討伐の功労者の一人として上がっている」

 賊徒の死体を放置すると大陸中の蝿が集まってくるのではないかと言う悪臭がしていた。一刀は自警団を使って賊徒の死体から金に代えれる物を集めながら、遺体を荼毘に付した。

 転んでもただでは起きず、収益を地域と宦官に還元した。

「私は少しお手伝いさせて頂いただけで、隠れているのが精一杯です。そう言えば、皇甫嵩(こうほすう)将軍は今回の件でご出世成されるとか」

「ああ、あやつか。陛下もお慶びで左車騎将軍に任ぜよとの思し召しだ」

 張譲は不快の色を微かに見せた。

 技能と知恵がある事を皇甫嵩は屍の山を築いて証明し、左車騎将軍の他に州牧に任ぜられる。それなりの謝礼があっても当然だが、不作法にも張譲への挨拶を欠かしていた。

(自殺に見せかけた他殺の出来る権力者を相手に、随分とまぁ強気だな)

 一刀はこれまでに銭一千万を『政治資金の援助』の『寄付金』として贈っていた。宦官と言う得体知れない権力が怖かったのだ。

 賄賂は陳家の資産に手を着けず、愛妾をそれぞれの責任者としたサイドビジネスで稼いだポケットマネーだ。

 いずれは張譲も死ぬ。漢を引き伸ばせるのは一時だ。

(俺は道連れにされたくない)

 暗殺で政敵を倒していたメディチ家の没落後、代わってフィレンツェの市政を牛耳っていた修道士サヴォナローラもまた、教皇アレクサンデル6世に処刑された。レジーム転換は盛者必衰の理だ。

(関ヶ原の戦が起こった時、混乱に紛れて黒田如水は九州の覇権を握ろうと動いていた。同じ様に、漢の混乱に乗じて諸侯が台頭する。……何れは、曹魏の時代が来る。うん、華琳に粉かけておけば無難だな!)

 曹操が勢力を広げる時代。それまでは一刀も大人しくしてる積もりだった。

 一方、張譲は好き嫌いが激しい。自分を舐めた皇甫嵩をそのままにしておく積もりは無かった。

 賊徒の処罰に関して話題は変わる。

「──社会的影響の大きさを考えればこれで間違いなく漢は割れる。本件の場合、同情する所を多々認めるが民を脅かした賊徒は処罰される。その後は群雄割拠の時代がやって来るだろう。だが漢は何者にも負けない」

 漢が地獄の淵(ふち)に立とうとしていると張譲は冷静に状況を読んでいた。

「負けない、ですか」

「疑問の余地があるかね」

 人間相手は計算外の事が起こる。失う物の大きさに気付くのは何時だって失った後だ。

「恨み骨髄と言いますか、身の程知らずも現れますよ」

「ふふん。その時は陳君に将軍の印を綬けて頑張って貰おうか?」

 官吏と違い、公務員の人事に縛られない破格の待遇も、賄賂のお陰だ。今後一層、賄賂を努力する。身に過ぎた野心は身を滅ぼす。一刀の本質は臆病であり、だから腰を低くして答えた。

「御配慮ありがとうございます。これからも御指導御願いします」

 人脈は活用してこそ価値がある。友人とは別だ。

 

      ×  ×  ×

 

 黄河を越えた先、冀(き)州で官軍と賊徒は大決戦を行った。

 その戦いで、曹操、孫策、袁紹は武名を高め、炎と共に黄巾賊の団結は崩れ去った。

「御主人様、都からの知らせで、曹嵩様が大尉を罷免されるそうですよ」

 朱里は一刀の元に留まり、一刀の地盤固めに協力していた。

「へぇ、娘が活躍したのに」

 曹操──華琳は血塗られた出世の階段を登り、新設された西園八校尉の一人に任じられていた。

 天変地異で雹(ひょう)が降ったり地震や竜巻、寒さや飢饉で民が苦しむ事もあったが、一刀達の日常は変わらない。

「次は、射聲(しゃせい)校尉の馬(ば)日磾(じつてい)様が代わって任命されるとか」

 宮中での権力争いは激化し司徒の許相も罷免されたが、それよりも深刻なのが、蝗害による食料危機だった。

(名古屋では、はえが降った事があるそうだし、バッタぐらい珍しくないか。……あ、手羽先食いてえ)

 ただでさえ黄巾賊の反乱で疲弊していた。

 そこに博陵(はくりょう)の張牛角、常山の褚(ちょ)飛燕、張白騎ら有象無象が蜂起し、さらには鮮卑の襲来等もあって、賞与も出ない年の瀬に世間では不景気の風に晒されている。富裕層と違い、庶民は飢えに苦しんでいた。

「どうすれば飢える民が救えるのでしょうか」

 この状況でも一刀達は満足な食事が出来た。穏やかに過ごせるのは自らの才による財があるからだ。

(キモい貧乏人何て知らねえよ、とは言えないわな)

 飢える民を思い、彼女達の本来持つ義侠心が揺れていた。

「上を徹底的に糾弾するのも良いが、要は皆が食べれるなら良いんだろう」

 身分制度が存在するこの時代、師弟、親子、上司と部下など家柄、身分の垣根を中々、越える事は出来ない。

 それを越えられる要素は、今も昔も変わらない。

 高学歴で高収入、そして高身長で女を守れる男はモテる。

 今後、戦乱に成るのは分かっている。民を救う──つまりは、投資をすれば必ず儲かるし、モテる。

 アグネス体操をしながら一刀はその事に気付いた。

「日々の食べる物に困る。だったら買えば良いと言う事だが、商人も慈善事業じゃない。商売ってのは双方が満足する形は無い。儲ける者が居れば、損をする者も居る。商人も金を稼いで始めて、商品を仕入れ店頭に出す事が出来る」

「……それは分かりますけど、なんか、優しくないですよね」

 朱里の言葉に同意するかの様に、ふーっと溜め息を吐く女性陣。不正解だったらしく受けは悪かった。

 余裕を見せる為に一刀はふふん、と鼻で笑って続ける。

「米や麦、稗(ひえ)や粟(あわ)、黍(きび)が無くても牛を喰えば良いんだよ」

「牛ですか?」

 支那では牛より、羊や豚、鳥が食肉のメインとして流通していた。

 豚──偶蹄目(ぐうていもく)イノシシ科の肉用家畜で、肉食源として栄養価が高くバランスの高い食物だ。

 だが一刀は前世で、真の金持ちは牛を食うと日常的に流布されたTV番組で知っていた。学校教育でも、北東アジアに於ける牛肉の元祖は南朝鮮だと一刀には知識があった。

「食えば分かる。旨いぞ」

 愛妾達(ファミリー)を大切にする一刀が構想したのは、インフレの時代に合わせて安くて上手い牛丼チェーン店による漢の市場支配──リバタリアニズムとして時代の先取りであるが、そこまで深く考察していた訳ではない。

 収益による余剰資金は内部留保で暮らしを豊かにする。勿論、各責任者は仕事の出来る女達だ。

 貧乏人でも食べれる価格に落とすには、仕入値を下げるしかない。仲買を仲介しない直営の牧場を手に入れる。それには牧草地が必要だった。

(韓流ドラマの本場、世界五大文明の大同江文化ってのを見る良い機会かな)

 嘘か真か、朝鮮半島には東夷族の末裔が暮らしており、北部の大同江では漢を凌ぐ精練技術から作られた刀剣が存在すると伝承が残っている。

(……まぁ、嘘なら嘘でも、何かあるだろう。即ハボの姉ちゃんとかさ)

 漢から見れば東の果てで長丁場の旅に成るが、男が簡単に意見を翻すのも格好が付かない。

 一刀は、男は女の前で虚勢を張る事を否定しない。自分の女を失望させない為なら性差別者であろうとした。

 

      ×  ×  ×

 

 世の女達は立身出世を虎視眈々と狙い政争に明け暮れている。

 一刀は草食と言う訳ではないが、出世したいと思わない。働いたら負けだと思う。だからこそ、官職に着いていない現状は一番自由に動ける。

「肉だ、肉が待ってる!」

 その為の努力も怠らない。人生に於ける究極の目的、自宅警備員を行う為なら宦官や豪族、名士と積極的な繋がりを作った。

 それなりの教養を身に着けていると、簡単に成功してしまうのがこの時代で、適当に並べた美麗賛辞に人は転ぶ。

 容姿を誉める、権威を誉める。NLPの手口で「へぇ」「凄いですね」という典型的な感嘆の言葉や相槌も効果的だった。

「東の果てに出かけると。また物好きだね」

 張譲とは相変わらずの仲だった。大局の流れや体制に逆らえば身を滅ぼす。事無かれ主義と言われ様とも現実的な保身術だ。

「あ、はい。旨い肉を食べたいと思いまして。思い立ったが吉日と言いますから」

 現代の支那で流通する秦川牛、魯西牛、延辺牛、南陽牛、晋南牛のルーツはこの事業にあった。

「ははは、陳君らしい。君は相変わらず面白い表現をするね。私にも、その旨い肉を土産に頼むよ」

 権威を欲する人の本能は醜悪ではない。権力に迎合し利用すれば、一刀様に楽しく幅を利かせた生活が出来る。

 都から一刀は漢水を下って、この時代は江水と呼ばれていた長江の河口から黄海に出た。北の渤海ルートが近道だが、荊州で女達に会う為だ。

「一刀!」

 駆け寄ってくる女性を抱き止めた一刀は、相手の頬に軽く口付けした。

「こうして顔を逢わせるのは久し振りだな、蓮華(れんふぁ)」

 微かに頬を赤くする蓮華を前に、一刀は内心でニヤついていた。

 人前で抱擁や口付けが出来るのも男としての積極性を示す為で、相手に見せて印象付ける行為だ。

「そうね。手紙でのやり取りは毎週やっていたのだけど」

 電話やメールが無くても手紙でのやり取りは出来る。抱擁を解くと軽く指を絡めて蓮華の手を握った。

 一刀の耳に、モテない男のやっかみの声が聴こえる。

「何だ、真っ昼間から往来の真ん中でで抱き合って」

「おい、止せ。あれは孫仲謀様だぞ」

「モテない俺達に見せつけやがって。糞が」

 ちらっと視線を向けたがスルーする事にした。

(うるせえ奴らだ)

 ただ女性の方は捉え方が違った。蓮華の冷たい声が響いた。

「何を見ている」

 想い人との一時に水を差されて睨み付けた。それだけなら可愛げもあるが蓮華は剣を抜いている。

 周りの通行人が悲鳴をあげて距離を取った。残されたのは一刀と蓮華、そして睨まれた二人の男。

「す、すみません!」

「ちょっと待って、すみません、すみません」

 慌てて二人組は謝罪を始めた。蓮華が汚物を見る様な眼差ししで殺る気満々なのにドン引きしながら一刀も取り成した。

「なぁ、もう良いんじゃないか」

「一刀がそう言うなら……」

 蓮華の機嫌を取り戻そうと場所を変えた。

 モデルに憧れる子女がリスペクトしたくなる容姿をしていたが、その口から飛び出た言葉は意外だった。

「痩せたい?」

 料亭の個室で、蓮華の首筋に口付けをしながら一刀は話を聞いていた。彼女の粘膜は一刀の攻めで疼いて熱い蜜を溢し始めている。

「ええ。私、頑張るわ。あ……もっと」

 標準的女性が聞けば激昂しそうな話で、恥ずかしそうにそう告げる蓮華を下から上まで眺めて一刀は笑みを浮かべながら答えた。

「白花(インゲン)豆を軽く炒めて粉末にして、米に振りかけて食べると、嘔吐と下痢で痩せられるよ」

 そう言いながら一刀の指が抜き差しされ、蓮華は身体をしならせて震えると軽く絶頂を感じた。

「はっ、はっ……あんっ! あぁ──っ」

 大好きな人との快楽に流され、甘く淫らな歌声を奏でていた。会話も成立させる一刀に感心していたが、はっと気付いた。

「……っ、もう! それって毒じゃない」

 一緒に年老いて太るのも良いが、女は常に美しくありたい。軽く睨まれた。

「いやいや。量を調整すれば毒にも薬にも成る。便秘は解消されるし、幾ら食べても痩せられる。ま、要は限度を間違えない事だね」

 そう言いながらも襞を指で擦りながら、「蓮華は十分魅力的だよ。これ以上、痩せたら抱き締められなくなる」とフォローする事も忘れない。

 今回の旅の目的は朝鮮半島の放牧地と牛を手に入れる事。手紙でその事を知らされていた蓮華だが、わざわざ遠出をして手に入れるだけの価値がある物かと尋ねた。

「焼肉、まいうー」

「まいうー?」

 本来、和牛が日本人の舌に合っている。しかし和牛はこの時代に存在しない。

 だから現地で土地を買収し、自前の牧場で品種改良を行おうとした。

 この話は華琳や蓮華の興味を引いた。正義が金で買える様に、金が無くては挙兵も政も出来ない。為政者は将来を考えて投資を行う。結果、銭25万が集まり、資本・業務提携の合弁会社が設立される。

(金の亡者こそ信念を持って生きている、か)

 一刀はCEOとして方針を決定するので基本的な立場は変わっていない。出資者である彼女達には配当金以外に、一刀の献身的な努力による優待も行なう事で満足度上げる。

 

 

 

3

 

 支那大陸から東方の朝鮮半島に向かうには陸路か海路と成る。陸路は山々や河川が立ち塞がり、移動時間がかかる。荊州で数日間を拘束された一刀が、海路を選択したのは当然の帰結だった。

 人生の選択は、意識しなくてもこうあるべきだと方向性が定まり呪縛されている場合がある。本心を見せない者の場合は、ニュートラルのポジションが無くて身動きが取れなく成っていた。

 この世界で、大事な事は人間の裏を読む事だが、日本に生まれた一刀は、死屍累々の屍の上に造られた平和から学んだ事があった。三國志の英傑の様に生まれながらに天才な者は真似出来ない。だから政は英傑に任せ、男に必要なのは自分の女を喜ばす事だと。

「黄海って言ってもあまり黄色くないな……」

 河口部を離れると流れて来る土砂も量を減らす。

 海ばかり見ていても楽しくはない。愛紗と星、護衛として連れていた女達に目を向ける。

「私達の服装ですか?」

「ああ、二人は薄着で肌を見せているが、全身甲冑で覆った方が安全じゃないか?」

「ふむ、確かに主殿の仰る事には一理ありますな。ですが楽な服装で戦いに取り組む方が戦いやすいのです」

 星の言葉に愛紗は頷いた。型にはまった防具より個々の戦い方がある。

「その分、これは武人として当然の事ではありますが、得物をよく手入れをして大切に扱っております」

「そっか。物を大切にするのは良い事だな」

 百均で買った包丁でも磨ぎ石で研げば良く切れる。その労力より切れる包丁を買った方が時間が節約出来る。下らないと思いながらも一刀は軽く相槌を打った。

「私の場合、将として立っていた頃は、周囲をよく見て、挑発や雄叫びの声をあげる様に注意していました。それと、雑然とする戦場で退路を常に確保する。御存知の通り、この辺りを注意しておりました」

 愛紗の言葉は、賊将としての経験に裏付けされていた。

「うん。だけど怪我だけは注意してくれよ」

 一刀はそう言うと愛紗の唇を塞いだ。

 舌は水音をたてて愛紗の口内を蹂躙する。

「んんっ……」

 吐息を漏らす愛紗と一刀に周りから歓声の声があがったが、一刀は微かに不快の色を浮かべた。

 その表情を目敏く見付けた星は、肉感的な胸を一刀に擦り着けた。

 綺麗な言葉で飾っても人間の価値は容姿であり、顔の良さと魂魄(こんぱく)の強ささえあればどうにかなる。そして優れた遺伝子を残す為に、結婚と言う契約が行われる。結婚は性交し子供を残す為だが、結婚をしなければ性交と恋路を楽しめる。

「ああ、成る程。主殿は他の男に私達の肌を見せるのがお気に召さないのですな」

 星を抱き寄せて一刀は答えた。

「うん、そうだな。そう言う事にしておこう」

 剥き出しになっている星の太腿から伝わる体温は、潮風に曝された一刀を暖める。

 こう言う状況では始めた責任を取らねばならない。薄布越しに接する胸を攻めるべきか頭を悩ませた。

 懐の暖かささは心のゆとりで、海路の交通費は大変リーズナブルになっている。

 人がいずれ死ぬが、その価値は金で変えられる。そして仕事の価値は金で決まる。女なら房中術に長けて、閨中(けいちゅう)で男を楽しませる事が価値に成る。同姓の者と結婚しないなら何でも許された。

「ああっ……ん……」

 星は緩やかに腰を上下させて秘部を押し付けて来る。熱い吐息が一刀の首筋をくすぐった。

「ちょ、おま、落ち着け。こんな場所で」

 一刀は女との繋がりを大切にしていたが、時と場合による。

 それに対して星は淫靡な笑みを浮かべると、一刀の指を濡れた秘裂に誘う。膣の中はほぐれており、おさわり程度で済まなく成っていた。

「そ、そうだぞ、星! 破廉恥だぞ。離れろ!」

 顔を赤くして愛紗も声をあげたが、我慢出来なかっただけだ。

 骨があり上昇思考な者は、一度でも成功すれば昇格出来るのが漢だが、二人は一刀に着いて来てくれている。一刀は笑った。

 

      ×  ×  ×

 

 社会は共同体で成り立っており、大部分の人は欲望が活動力となる。煩悩を捨てた悟りの境地、涅槃(ねはん)にたどり着けるのはほんの一部だけだ。その他大勢は、仙人ではないので霞を食って生きてはいけない。

 反面、金さえあれば何でも出来る。金があれば人は集まり着いて来て、家族は恩恵を受ける。だから、逆に罪を犯して周りの者が何も知らないと言う話は通らない。

 快楽に陶酔し船室でしっぽりと楽しもうとしていた一刀だったが、金の臭いを嗅ぎ付けた海賊の襲撃を受けた。

「陳先生、海賊です!」

 少年マンガの麦わらと違い、本物の海賊は金の為に残酷性を見せつける。

 金さえ積めば何でもする船主も居た。誇りは無く、時には運び手が賊と組んで顧客の利益相反する。賊は日雇いの仕事よりも楽と言う。勝手な見解で襲ってくる。

 正義は立場で変わる。だから油断出来ない。

(演技じゃないな)

 乗員の表情に狼狽と恐れが浮かんでおり、これで嘘ならアカデミー助演賞を得れそうだった。

「うん、本物の海賊は初めて見るよ」

 踏みつけられるのは弱者だけで、此方には関羽と趙雲。蜀の五虎将の内、二人が居る。賊に負ける陣容では無かった。

「あの者達も運が悪いな」

 一刀は余裕綽々と笑い声をあげた。

 賊への刑罰は処刑が通常だ。一族郎党、九族に至るまで反逆者に対して責任を追及し罪を認識させ処罰する事で、一罰百戒の効果を通じて民は従う。それは適正・公平な課税の実現と申告納税制度の維持に資することを目的としていた。

 役人でもないので皆殺しにして金目の物を貰えば良い。

(文字通り、行き掛けの駄賃だな)

 そんな一刀の悠然とした態度は、殺伐とした状況でありながら乗員に安心感を与えた。

「さすが、陳先生は違うな」

「おう、何かいける気がして来た」

 船上の戦いは陸上とは勝手が違う。舷側から海賊は器用に飛び移って来た。

 その時だ。鈴の音色が聞こえた。

 視界に移った影、身体の線が性別をはっきりと伝えている。一刀は瞬時に観察を済ませた。

(女海賊か。ちょっときつめの目元で顔は良い。胸のサイズは並……って、下は褌だけか!?)

 ただの海賊にしては理知的な瞳をしていた。

 それも当然で、相手は甘興覇。悪名名高い鈴の甘寧だが、それを知ったとしても、一刀にとっては声をかける女の一人でしかない。

 男に必要な物の一つに女を見る目がある。瞬時にそれが良い女であると一刀は見分けた。

 花は閉じているのか、既に迎え入れた後なのか。一刀は処女厨でも無いので、考えるのも楽しい。

(欲しいな)

 旅をすれば幾らでも天然の美女が手に入る。賊徒や毒婦であっても良い女なら侍らす価値がある。

 一夫一妻制度は少子化を進め破綻する。前回、駄目なら今回も駄目。歴史が語っている。

 財力のある者が一夫多妻、あるいは一妻多夫制を選択するのは至極当然だった。

 国は決して潰れてはいけない。モテない弱い者を切り捨て、問題を先送りにすれば延命出来る。

(こう考えると奪うだけの賊は国家にとっては不良債権だな。まぁ国家ってのは、古い派閥体制を維持すれば多少の不良債権があっても大丈夫か。いや、大事には変わり無い。……うん、俺の知った事じゃねえな)

 視線は甘寧の姿を追っている。出逢いは一目惚れ。そう書くとロマンチックだが、一刀が優しいのは身体目当てだからだ。

 一刀の溢した笑みから意図を見抜いた女達は、ひくっと唇を引きつらせたり暗い表情を浮かべた。

 恋や愛の形は色々あるが、自分以外を見ないで欲しい。それを押し殺し、今居る女達と共存していた。一刀と絆を深めるには肌を重ねる事だと理解している。

 これ以上、一刀になびく女が増えると、身体の奥に一刀を迎え入れ満たされる甘美な悦びの回数が減る。飽きられるかもしれない。そう考えると、ぎゅっと胸が締め付けられる思いをした。

「ど腐れ者の海賊風情が、舐めるなよ!」

 言葉の端々に不機嫌さを漂わせる愛紗の青龍刀で、雑魚は海に叩き落とされた。

 奪う側の理由はどうでも良い。星も普段の愛嬌ある表情が消えていた。

「私は主との一時を邪魔をされて少々、機嫌が悪くてな──手加減はしない」

 艶やかに頬を赤く染めて彼女達は暴れた。人間が弧を描いて飛ばされる様子は圧巻であった。

 血は人を酔わせる。罪を犯すのも裁くのも人。罪人を死刑にするのが民意に沿っている。星のしなやかな指は、一刀を喜ばす変わりに槍を握り締めて賊共を追い詰めて行く。

 未必の故意による殺人を行う海賊と言う短絡的で反社会的な犯行に、酌量の余地はあるのかと現代人なら問うが、愛は平等に与えられる者では無い。いつも愛してる相手以外は無価値だ。

 海賊一味の行為に対して、法と手続きに則り適切な対応をすると、無慈悲な懲罰の鉄槌を下す事に成る。それが神聖な漢の秩序を守る事だ。

 武人の誇りはしょせん独り善がりで独善的な物でしかない。一人一人は弱くても数が多いと力に成る。愛紗と星の二人がかりはいかに甘寧と言っても手こずった。

 青龍偃月刀の攻撃を受け止めた甘寧は、これまでが弱者から奪う側で慢心していた。慢心から生まれた隙は簡単に埋まらない。

「主殿が言っていた。魂にも脂肪が着く」

「何を──っ!?」

 直刀槍に首筋を殴打され気絶した所を捕縛された。主戦力である甘寧を失った後は烏合の衆で簡単に降参した。

 道具の良し悪しではなく、使う者の技量の差がもたらした結果だ。

  

      ×  ×  ×

 

 一刀達が上陸したのは漢の行政区分で楽浪(らくろう)郡と呼ばれる地域だが、漢から辺境だから見捨てると言うよりも存在を忘れられており、朝鮮人は独立状態から楽浪国と自称する場所だった。

 寄港した印斯茅斯(いんすます)と言う漁村では、土着神の大袞(だごん)を信仰し大漁を祈願していた。

 魚だけではない生臭さが漂っている。屋台を覗くと、よく分からない肉や内臓も売っている。

「あー、貧乏人の吹き溜まりか……」

「自然との共生ですよ」

 思わず漏れた本音を愛紗は嗜めたが、一刀が期待した文化は見当たらない。文明の痕跡が皆無に近かった。負の連鎖、貧困の連鎖で連鎖倒産だ。

(あ、尿意がする。おしっこ漏れそうだ)

 トイレに行こうと周囲を見渡すと視線が無頼の輩と合った。

「えっ……」

 魚眼レンズで見たのかと思うほど相手の顔は奇異な形状をしていた。

(ポニョ?)

 瞼が無いのか目が丸く飛び出て瞬きをしない。鼻は平らで、首の周りの皮膚が弛んでいる。工場から廃水を垂れ流している時代とは違うが、明らかに皮膚病の徴候を示していた。

「何見てるんだ。殺すぞ! 見世物じゃねえぞ」

 後世に伝わる朝鮮人の歴史に、卵から生まれた首露(しゅろ)王や東明聖(とうめいせい)王、赫居世(かくきょせい)居西干(きょせいかん)。元が蛙である金蛙(きんあ)王の記述も残っている。漢人と異なる異種族である事は間違いなかった。

(漢からの亡命者と交配を進めたのに先祖帰りか……)

 蛙の子は蛙。先祖が卵から生まれた為か、強いて言えば魚か蛙に似た面相に似ていた。会話は漢の統治時代に交流があったので通じる。

 ただの貧乏人や馬鹿なら良いが、魚人面は二酸化炭素を排出するだけではなく、他者に迷惑をかける。強請、たかり、強盗、恐喝である。

「てめぇら漢からの余所者だろう。侍らせてる女を置いていけ。俺達にもお裾分けしてくれよ」

 融資をして助けてやりたい相手では無い。漢から見て朝鮮人を指す濊(わい)族の語源が汚穢(おわい)であるのも頷ける。

 一刀は溜め息を吐くと、無駄な問答をせずに相手を張り倒した。

 一刀が得意なのは不意打ち、騙し討ち、闇討ち等と常識に捕らわれない奇襲、急襲だった。ここでも遺憾無くその経験が発揮された。

 女達は武人としての誇りを持っていたが、ゲスな物言いをした下郎相手に正々堂々と戦おう等と言う考えは浮かばなかった。

 溝に落ちた犬は肉に叩き潰される。ゴロをまくつもりが倒された男は、同郷の者達によって直ぐ様、食肉に解体された。

 信頼性とは程遠い、暴力と恫喝が溢れている。少しの事で激昂する異常性格者ばかりだ。

 武者修行の旅には良いかもしれない。

 だが文化的ではない場所は一刀にとって苦痛でしかなかった。0(ゼロ)は倍にしても0(ゼロ)だ。時間の浪費でしかない。

 未来に生きる子供達の情緒教育にも環境的にもよろしくない。

「こいつら、そこらで痰を吐きすぎだろ」

 金を使えば経済が動く。人を救う事は自分を救うと言うが、救いたいと言う気持ちは起きなかった。転貸資金の融資どころか持ち逃げをしかねない。

「魚と塵と糞ばかりか。臭いも衛生も景観は悪い。海苔の養殖場があると聞いていたのに美食どころか何も無い」

「でも決めたのは主殿ですぞ」

 何不十無く過ごすと言うのは簡単では無い。時には跪いて泥を被り許しを乞う場合も必要だ。

 でも今回は采配ミスでは無い。

「ああ、良い事を教えてやろうか。メンマも無いぞ」

「帰りましょう!」

 即答する星が愛紗に睨まれ小言を受ける。

「貴様、仕事を舐めてるのか」

 投資に結果を出す上で焦燥感は無い。感性を豊かにすれば、何も無い事は無い。

「でも竹林はあるぞ」

 欲望が文明を発達させて来た。躍進する為のベストな選択。誠実さは何よりも下らない物だ。

「頑張りましょう! 私達に夢を託してメンマ職人が待っています」

「いや、メンマ探しに来た訳じゃないから。真実(ブランド)を作りに来たんだ」

 不用地で牛の繁殖に成功すれば儲けが出る。不幸な結末にはしない。他人任せでは失敗する。現代人である自分の味覚以外に旨い牛を手に入れる手段は無かった。

「で、何から始めるのですか」

「んー、役所に行って土地を手に入れる手続きとか伝を作る事だな」

 参入障壁の低い新規事業は、競争相手が居ない。それで投資者に還元する所存だった。

「辺境の異民族相手に漢の権威がどの程度通じるか疑問ですな」

「五朱銭の詰まった袋で殴ってやれば堅物でも揺れるさ」

 捕縛した甘寧の訊問をどうやるか考えながら足を進めた。

 役所に向かう道中、魚人面が「いあ!いあ!」と偶像に祈りを捧げている姿が散見された。

 神を完全に理解する事は出来ない。それでも人は欲や弱さから宗教を求める。

 人は宗教より簡単だ。

 異文化交流の第一歩は、砲艦外交や武威を示す事から始まる。根っから他者に隷属する奉仕種族には有効な手段と言える。

「漢人とは珍しい。交易の御用ですかな。お連れの方も美しい」

 出て来た担当者は愛紗達の容姿を誉め称えた。魚人面から言われても嬉しくは無いが、愛想笑いと礼を述べておいた。

「御用向きを御伺い致しましょうか」

 一応は法治国家なので役人との交渉は、長期の滞在で事故や怪我をしない準備を進める目的があった。性善説は信じていないが、金の力は通用する。

「はい。この辺りで土地を購入し商売を初めたいと考えております」

「ほうほう、それは景気の良いお話ですな」

 手土産の菓子や装飾品に混ざって、五朱銭の袋が詰まった木箱が並べられている。それを見て、一刀が資産家だと判断した役人は愛想笑いを浮かべていた。

「出来れば上役の方にも御挨拶をしたいのですが……」

 役所は平日営業だが常に人が居るとは限らない。今回は、タイミング良く責任者が在席していた。

「──牛の飼育と輸出。その為の用地買収か」

 事業計画と申請書に目を通し終えた高官は差し入れた茶を啜る。

「ええ。販売(パブリッシャー)と生産(デベロッパー)を兼ねた直営なので、食の安全は保証しますよ」

 支那大陸では年間何万人も寄生虫や病気で亡くなっているから、食の安全は金を払う価値がある。その事は役人にも理解出来た。

 土地の評価額の釣り上げを狙うのはよくある事だが、急激な上昇を避ける為にも詳しく事業の説明はしない。牛の飼料には隠し味でケシを入れて麻薬成分を足す予定で、リピーターの確保に自信があった。流通する数を制限すれば価値は上がる。

 魚人面は手土産の目録に目をやって頷いた。

 古の神を信仰心ながらも秦、漢と朝鮮の支配者が変わる度に影響を受けており、中原からの土産は歓迎された。漢服の影響を受けた朝鮮服の意匠からも見て取れる。

 それに資金の流入は地元の地域を活性化させる。

「構わないぞ」

 贈り物は「ちょっと良い様にしてやれねばいかんな」と譲歩を引き出す潤滑剤だ。魚人面相手にも効果的で、あっさりと許可された──と一刀が笑みを浮かべようとしたら付け加えられた。

「少し頼みがある」

 事業の実施にあたっては適正な価格に少し色を着けて買い取る用意があった。

「私でお力に成れる事でしたら」

 あまり吹っ掛けられると投資家も買う事を躊躇う。その辺りは相手も承知していた。

「何、簡単な事だ。君の連れている女を何人か譲って貰えんか」

 ヤング率の高い欲望を言って来た。

 美女を目の前にして夢を抱くのは良いが、願望を口にするのは別だ。

「ははは」

 笑い声をあげる一刀。合わせて高官も笑い声をあげた。

「ふははは」

 しかしピタッと笑いを止め一刀は言った。

「せっかくのお申し出ですが申し訳御座いません。この者達は王家へ嫁ぎ先が決まっておりまして、事業が落ち着きましたらぜひ一席儲けさせて下さい。その時こそ漢の誇る美女をご紹介させて頂きます」

 彼女達を啼(な)かせるのは自分だけだと言う内心を隠し、口からの出任せで適当に流そうとしたが、王族と言う言葉では誤魔化せなかった。

「それがどうした。ここは楽浪国、漢だろうと何処の王族にも口出しはさせん。安心して逗留するが良い」

 高官が鈴を鳴らし、控えていた武装した兵が得物を向けて来た。

 取り次ぎをした役人はおろおろとしている。

 上に立つ者は、間違った指示でも撤回させる事は間違いだ。例え、その為に被害が拡大しようとも権威は維持しなければならない。上に立つ者が謝罪や撤回をする事は統制を乱す。

 上に立つ者は過ちを決して認めては成らない。長期的に見れば、その結果が組織を守り利益に繋がるからだ。

 とは言っても、交渉の席ではそれなりの礼儀が求められる。どうすれば折り合いが着けるかと意思の疎通を求めようにも、結論ありきでは纏まる話も纏まらない。

(すげぇ阿呆だったのか)

 愛紗と星は取り囲む兵を警戒をしている。

 株は9時から15時までで土日祝日が休み、外国為替証拠金取引(FX)は7時から7時までで土日が休み、仮想通貨は0時から0時までで休みが無い。役所も業務時間が決まっている。

 一刀は臆せず退庁する意思を伝えた。

「あー、もっと語り合いたい所ですが予定が詰まっておりますので、今日の所は御挨拶だけで失礼させて頂きたいと思います」

「ああ、お前は帰って良い。だが女達は置いていけ」

 女性陣を拘束しようと兵が手を伸ばして来た。一刀は二人に向かって頷いた。

 人の欲は社会的視野を拡げる。特に戦争は良い。相手と交渉がやり易く成る。

 底抜けの馬鹿でも、直接的な肉体言語は伝わる。実力を見せる事とした。

 会談の場所で武器を預けていたが、二人は兵から得物を奪い一刀に近寄らせないようにした。人間は結局、類人猿の進化形態で強い雄に従う。雄が魅力的であれば、強い雌が代わりに戦ってくれる。恋する女の子はいつだって強い。

 井の中の蛙大海を知らずと言うように、朝鮮人は現実を知らず、長い支那の歴史で同族や異民族相手の殺し合いで鍛えられた漢人の本質を見誤っていた。

「慮外者め! ええい、何をしておる。此奴らをさっさと捕らえよ!」

 自分の事を棚にあげる様子は、韓半島で賊反荷杖(ジョクバンハジャン)と呼ばれる典型だ。

 一刀は大声で怒鳴る高官に不敵な笑みを向けた。

 武に於いて大切なのはバランスでは無い。一つを極める事だ。周りを気にしては足を引っ張られる。限界を越えるには強さを求める貪欲な姿勢が一番で、それが富や名声、大切な物を守る力となり幸せをもたらす。

「俺を殺そうとしてるみたいだ」

「ならば主の敵を排除しましょう」

 一刀の言葉に、二人は周囲に向かって殺気を叩きつけた。

「手向かいするか! 男は斬って捨ていっ!」

 それには何があっても誰も頼らない事、頼る事は共依存であり自分のレベルを下げる間違いの元だ。そして自分を信じない事、自分を否定する事。過信こそ油断の隙を生む。

「うわあああああっ!?」

 数の優位を覆されると言う想像を超えた事態に高官は、腰砕けに成って後退る。彼女達の前では非力に近く何も出来ない。震えて尿を漏らすどころか脱糞までしていた。

 戦いはスポーツではなく殺し合いの喧嘩で、死人に夜明けは来ない。役所は制圧下に置かれた。

 負の感情が勝利へ成長させる糧と成る。その成果が転がる魚人面の骸だった。

「ずっとこの調子では面倒くさいな。誰かにやらせるか……」

『牛の食肉流通』の看板を掲げた一刀ではあったが、暴力を必要とする朝鮮での現実を認め、拡張路線をとる公孫度に接触。融資と言う形で派兵を促し「楽浪郡の役人は賊の跳梁跋扈を許し、漢の治安を揺るがし適切な行動をとっておらず、極めて無責任である」と都に報告。

 一刀の要請を受けた張譲が動き、宦官の勢力で準構成員である公孫度を朝鮮支配の先兵として指名。各地の反抗分子を討伐して行った。

 結果、官吏による詐欺、横領、公文書偽造、背任等の汚職が次々と明るみに成り、悪を正した意味でも一刀の事業は、楽浪国周辺に漢のフロント企業として影響力を広めた。

 後に丙寅(へいいん)と辛未(しんみ)の年に米仏と交戦する事案、洋擾(ようじょう)を発生させたのも、朝鮮の外交下手な所以からだった。

 

 

4

 

 故郷で桂花(けいふぁ)は一刀を待っている。桂花にとって一刀は、ずっと側に居て当たり前だった。離れて、自分は思うよりずっと弱かったと気付かされた。

 だけど愛情だけではない。短期借入金の名目で、荀家から一刀に出資させて荀家の脱税を図ると言う現実的な税金対策もあった。

 一緒に過ごす安心感だけでは待てない。身体の相性や経済的理由、現実的な実利もあった。

 持ちつ持たれつの関係で、一刀も浮気をしても桂花を裏切った事は無い。多分、と本人は付け加える。

 役所を出た一刀は露天を覗き歩いていた。

 隠れた名店があっても隠れたまま潰れる場合もある。

「おっ」

 屋台の前で足を止めた。

 世界に伝わった朝鮮食品の中に、日本的巻き寿司の紫菜包飯(キムハプ)と言う物が存在した。麻油で味付けされた朝鮮海苔(ジム)で巻いた米飯である。

「へぇ、巻き寿司か」

 これを人々は食べ、「今日も一日がんばるぞい」と一日が始まる伝統料理だ。

(彦龍ラーメンより不味い食い物って訳でも無いだろう)

 懐かしさから幾つか買う事にした。

「これくれ。代金はこれで良いか?」

 屋台の売り子の少女は無垢な表情を驚きに変えた。

「旦那様、申し訳ありませんがうちには支払える釣り銭がありません」

「ああ、釣りはいらん」

 ラッドローチの肉を食材にした紫菜包飯(キムハプ)を買う為に一刀が支払ったのは宝石だが、朝鮮を含む東夷(とうい)では軽く百人の奴隷を買う事が出来る。北狄(ほくてき)では氏族の名家から妻を抑える事が出来る。そんな代物だった。

「ええっ!?」

「良いから良いから」

 一刀が宝石を押し付けて、売り子から紫菜包飯(キムハプ)を受けとっていると、隣から熱を感じた。

「んっ……」

 顔をしかめて星が寄りかかって来た。潤んだ瞳に何かを堪える表情だ。

「ん、どうした?」

「生理痛です。凄く痛い」

 そんな事を訊くべきではないと愛紗から咎める様な視線が向けられる。

「早く帰ろう」

 優しく星の身体を気遣い声をかけたが、帰りを急ぐ理由は他にもあった。

 捕らえた賊の一人、甘寧の処遇だ。

 甘寧は一刀をたぶらかした訳ではないが、紫のかかった髪と瞳が美しく、一目で彼女を気に入っていた。

 それは仕方がない。美味そうな物があれば食べたくなる。

 だから決して桂花を裏切っている訳ではない、と内心で言い訳をしていた。

 人はそれを、現状が楽しければ良い破滅型と呼ぶ。

 港には一刀達の船が停泊している。星を船室に送り届けると、賊を捕らえている船倉に向かった。

「下がって良い」

「しかし御主人様!」

 愛紗は一刀の身を案じた。

「良いって、俺を信じろ」

 縛られ船倉に転がされた甘寧の姿を見下ろした一刀は、しゃがみ込み甘寧を抱き上げると自室の浴槽に浸からせた。

 陶器製の浴槽でたっぷりのお湯に浸かり、石鹸を泡立てた手拭いで身体を洗われる感覚は新鮮で、甘寧はなされるがままだった。

 虜囚の身でありながら、まるで王族の様な気分で戸惑いを覚える。

「目を閉じてろ」

 お湯をかけられ頭を洗われた。虜囚に相応しくない一刀の対応に甘寧は戸惑った。

 一刀は甘寧の白い内腿に手を伸ばした。指先がまだ閉じている秘裂に伸びる。

「あっ……」

 入浴で弛緩していた身体が咄嗟に反応出来ない。一刀は甘寧に口付けをした。舌が口腔を蹂躙する。

 舌の感触と呼吸に意識が取られている間に、一刀の指が潤んだ秘裂の中に差し込まれた。

「ああっ! 何を……んっ!」

 一刀の指使いに容赦なく攻め立てられる。挿入の経験が無いわけではない。他人に触らせた事が無かっただけだ。たまらず背を震わせる。

 石鹸水とは違う愛液の粘着感が一刀の指に絡み付いている。

「んあっ」

 湯に濡れた身体が寒さではなく震える。

 彼女の腰を抱き寄せる形で、脚の間に一刀は腰を割り込ませると決め顔で告げた。

「楽しもうぜ」

 甘寧が一刀の毒牙にかかった瞬間である。

 ────浴槽から寝台に場所を変え、四半刻ほど睦合い猛りが静まった時、一刀は甘寧に自分の女に成れと言った。

(私はどうしてしまったんだ。こんな奴に身体を許すなんて……)

 愉悦に浸り嬌声をあげていた甘寧の頭は冷静に成っていた。

「私を口説いているのか」

 大切に貞操を守ってきた訳ではないが、こまされてイカされた事は苦々しくも認めざるを得なかった。

「ああ。口説くのは責任を持って養える男の義務だ」

 甘寧の額にかかった前髪を掻き分けて口付けすると、一刀はそう言った。

(狡い男だ。この手で他にも女を落として来たのだろう……)

 賊は疑似家族を構成し団結する。一刀は本質的にすけこましであると甘寧は確信していたが、彼女にとって必要だったのは本当の愛。妾として囲われれば、賊に身をやつした者でも福利厚生が保証され孤独から救われる。

「三食昼寝付き、毎日楽しいぞ」

 一度は賊に堕ちた身。安らぎと平穏が得られると甘い考えを持って居なかった。

 

      ×  ×  ×

 

 霊的に生まれ変わり臣従させるべく朝鮮討伐が進められる中、一刀達は漢に戻った。

「御主人様、お疲れ様でした」

 出迎えには朱里が来ていた。半島土産の大衮(だごん)人形を差し出すとデザインが気に入らなかったのか、朱里は複雑そうな表情を浮かべた。

「んーっ、空気が違う。魚臭く無いし、やっぱり漢が一番だな」

 にこやかに微笑む一刀は、これから食肉業界で牛肉と言う美食を流行らせようと考えていたが、朱里は険しい表情で「皇帝陛下崩御」を知らせた。

 大漢帝国第一二代皇帝の劉宏には二人の皇女が居た。協と弁である。皇帝の死で新しい時代がやって来る。

「弁様が即位され、董太后陛下の庇護下にあった協様が渤海王に任じられました」

「何太后の意思か」

 自分の子供には幸せに成って欲しい。親なら当然で、跡目はスムーズに移譲された。

「はい。現状、何進大将軍と十常侍は手を組んでる様ですが、長続きするとは思えません」

「まぁ、そうだよな」

 淡白な反応を返した一刀だが、何進の宦官嫌いを知っており、張譲の死期が近い事を悟った。

 武力で漢帝国が打ち立てられるまで中華の歴史は内紛、分裂、離脱の繰り返しであった。何進は大将軍であり、武力で圧力をかけコントロールしようと抗争を始める事は明白であった。

「涼(りょう)州の牛も見たかったんだが、華琳に会いに行くか」

 涼州には野生の牛が生息している。朝鮮に確保した牧場をベンチマークで飼育する事が出来れば、牛肉の流通量は増え、新たなブランドを育てる事が出来ると睨んでいた。

 抗争が始まれば呑気に物見遊山する事も出来ない。今の内に、将来の最大勢力に繋ぎを付けて置く事にした。

(それに桂花の転職先だって事だし、顔ぐらい見れるかもな)

 カリスマを持ちながら跡目争いに負けた曹操は、知己である袁紹を頼る事で後ろ楯を得て実力を発揮して、西園八校尉の一員に選ばれた。

 一刀が訪ねた時も所領の政で忙しなく働いていた。

(袁家に縁のある華琳としては、袁紹の味方する何進に付くか)

 とは言っても我慢せずやる事が男の道、一刀の生き方だった。

 愛に溺れていては生活が出来ない。貧しくても愛があれば、と言うのは戯言だ。半島の魚人王国ですら、金さえあれば尊敬を得られ幸せに成れる。金が無ければ生きれず、金があれば殆どの問題は解決し、望む物も手に入るのが現実だ。

「収入を増やしたい。でも今のままでは裕福に成れない。遊興費もばかに成らない。家の資産を食い潰してしまう。働かなければ出ていくだけよね。何度か言ったけど、もう一度言うわ。私に仕えなさい。官吏の成ればお金の問題は解決するわ」

 人並みに鍛えられた一刀の胸板に抱かれた華琳は、閨に相応しくない話題をしたが、言葉にしなければ伝わらない事は多い。だから一刀も華琳の金髪を撫でながら、はっきりと目を見て伝えた。

「うん、それも良いかも知れないが、官吏に成るのは俺の趣味じゃない。俺は商売で君を支えるよ」

 艶やかに微笑まれたが、華琳は誤魔化されないと一刀の頬をつねった。

「……ばーか。歯が浮く様な台詞をよく言えるわね」

「俺はいつだって本気さ」

 小柄な見かけと違って強く、何でも出来る賢い女。良い子ぶった偽善者では無い華琳だが、乱世に立つには優しく潔癖な所がある。

(社畜に成るよりは、セミリタイアしたいし、華琳に家臣としての俺は必要じゃない。俺の女を見る目は確かなんだ)

 華琳は溜め息を吐いた。

「ま、理解はしたけど、納得した訳じゃないから」

 家臣は武や智で支える。一刀は明日の十万やその先の百万を救うのでは無く、今日の百──それも自分の女だけが笑って暮らせる為に、食肉業界や露店商を取り仕切り、無頼の輩を従え、強い依存性のあるケシを育て、汚い金を用意する事にした。

 漢の食品安全イニシアチブの自己評価指標(ベンチマーク)規格はまだ出来ていない。利権を確保する為にも根を張るなら今の内だった。

「私は欲しい物は必ず手に入れる。それが人であってもね」

「分かってるよ」

 不満そうな華琳の細い身体を一刀は抱き締めて優しく口付けをした。

「んっ……」

 女には怒ったり悩んだ顔より笑っていて欲しい。甘く吐息を漏らす華琳の髪を撫でる一刀だった。

 一刀以外にも華琳の重臣達は主の為に何をすべきか日々、考えていた。武官筆頭である春蘭も脳筋と見られていたが自分なりに考え結論を出していた。

「最後に物を言うのは度胸と腕っぷし強さだ」

 実戦部隊を指揮する行動隊長である春蘭がそう言うと、桂花は呆れる。

「アンタ、馬鹿? 猿なの? 武具を揃え、給金を支払う財源、それを捻出する土地無しに勢力の維持なんて出来ないわ。アンタが戦えるのも自分一人の力ではないと自覚しなさい」

 華琳を中心としたピラミッド型の組織の基盤を築くには、プロデュースしたアイドルの興業、賭博、不動産や金融業などでの資金繰り以外に実家である本家の掌握が重要だった。

「桂花、直参の軍師とは言え無礼だぞ」

 春蘭も力だけでは切り崩す事も出来ない事は知っている。桂花が南皮で経験を積んでおり直参の軍師に抜擢されたとは言え、新参者に馬鹿にされる事は古参の将として沽券に関わる。

「お前より、私の方が華琳様の事を知ってるんだ!」

 王や君主を志す者であれば、それなりの物事の筋、道理を理解して、妥協していく一面を持つのが普通であるが、華琳の場合は、相手を信じず仕事を与え結果を評価する。覇道進む為にも社会を信用せず、絶対に妥協をしない。効率であり、自分のしてる事が絶対的に正しい。しかも仕える家臣も、心の底から信じ込む強い指導力と魅力があった。

「うるさい。そんなのだから一刀……陳家を通して有力者に賄賂も贈って、揉み消しやらやってるんじゃない。ま、アンタの頭何てどうでも良いけど、華琳様に恥をかかせるんじゃないわよ」

「何だと、桂花の癖に生意気だ!」

「意味分かんないわよ」

 秋蘭は二人のやり取りを少し困った笑顔で静観していた。

 重臣が言い争うのは善くないが、譲れない矜持がある。だから口出しをしない。

 なんだかんだで華琳を敬愛してる彼女達だった。

 

      ×  ×  ×

 

 都の売春街は、皇帝の住まいである宮城から丘を挟んだ反対側にあり、様々な人種が揃っていた。

 張譲や有力者に顔を見せた後、一刀は美姫を求めて売春街にやって来た。都に来る前日まで華琳と散々、交わったと言うのに底無しである。

 一刀は投資を行い売春街に顔が利いていた。ヤクザは駆逐され自警団が巡回をしている為、治安も良い。

 利権を持つ監護者は売春婦と性交を行う『試し穴』が許されているが、異人や罪人と交わる事は特殊な性癖と忌避されている。そもそも性病で死ぬ事も珍しく無かった時代だから接触は限られだ。

 この時代、芸子と売春婦の差は紙一重で、一刀は未来の人間らしく差別意識は無い。

「陳先生、良い子が入ってますよ」

 声をかけて来たのは顔馴染みの蘿莉(ロリ)姥姥(ババア)だ。ティーンで成長を止めた身体は食べ頃と言える。

「今日は姥姥(ラウラウ)が相手をしてくれるのかと思ってたけど残念だな」

 この世界の女性は、無意識の内に氣を身体に巡らせる事で若さを保っていた。見た目が若ければ老婆でも熟女でも関係無い。穴さえあれば一刀は良いのだ。

「あら嫌だ。こんな年寄りをからかわないで下さいよ」

 三国人とされる黄巾崩れの流民、異民族、罪人は漢人と同じ人間同士では無い。人としての権利は剥奪され、奴隷の様に酷使されていた。女なら身体を売るしか生活手段が無い。

「本当だよ」

 路地に連れ込むとロリババアの手を取り、自慢の逸物に手を触れさせた。

「まぁ!」

 一刀自身の灼ける様な熱さに年甲斐も無く頬を染めて照れるロリババアの身体を、一刀は甘く囁きまさぐった。

「ふぁ……んっ、先生っ……」

 穢れの無い少女の様な身体に愛撫を繰り返し、腰に手を伸ばすと、ロリババアはビクッと震えて頭を振った。

「駄目……ですよ、先生」

 求められるのは満更でも無い。だけど、浮き名を流すには自分の年齢を考えてしまう。

 途中まで盛り上げながら止める我慢は体に悪い。抗うロリババアに一刀は人の悪い笑みを向けた。

「本当に?」

 そう言いながら太腿から秘所へ手を伸ばして行く。

 男の性(さが)は抑えられない。愛してる──以前、桂花にそう言ったが、それとこれは別である。

「んんっ……!」

 刺激を与えられ驚くよりも前に、淫靡な指の動きは焦らす様で疼かされた。

 ロリババアを追い詰めたと思った時だった。

 通りの方から喧騒が聴こえた。衆人の声に聞き逃せない台詞があった。

「大将軍が討たれたぞ!」

 一度は手打ちに成っていたが、何進は兵と引き離された宮中で宦官に討たれた。

 思ったよりも早い事態の変化に一刀は固い表情を浮かべた。

「陳先生……?」

「あ、ごめん。俺はしたいんだが──」

 戯れに女を口説く気分では無くなった。一刀は用事が出来たと告げて、都に在る陳家の別邸に戻った。

「御主人様!」

 家の前では、関羽が武装した家人を指揮して警備を固めていた。

「大将軍様が……」

「ああ、聞いてる。袁紹も腸(はらわた)が煮えくり返ってるだろうな」

 袁紹は何進に宦官の排除を進言していた。何進が討たれ足枷は外れた。餓えた獣は野に放たれる。

「来客があったら通して良いから」

 一刀は恩と恨みを忘れない。親しくしてる宦官達が一刀を頼って来るなら、義理を欠かさず受け入れる度量があった。

 自室で一人考え、首を傾げる。

 一刀は張譲が大きく見えていた。老獪で自分が勝てる様には思えなかった。

(あの張譲が自分から戦争を仕掛けるか? 袁紹達が暴発する事ぐらい読めただろう)

 世の中を渡り歩くには白い物を黒と言われて、何故黒いか考えて「はい、そうです」と答えられる頭が求められる。

「誰かに嵌められたか……?」

 何進を討った宦官派、頭のタマを取られた何進派、共に緊急幹部会を開いていたが、権力を握ろうとする以上は抗争を避けられない。それも漢の進む道だった。

 お互いに意地や面子と言う物がある。攻めてくるなら死に物狂いで戦うし、売られた喧嘩は買う。

 喧嘩は頭数であり、お互いの勢力を切り崩そうと動いていた。目の上の瘤を排除しようと動いたのも仕方が無い。

(座布団用意するだけでは駄目だ。結局、問題解決は力が全てか)

 その時、その時で敵味方を変えるのが政で、粛清の嵐が都に吹き荒れる。その事は確信していた。

 一刀もどっぷりと宦官と付き合いはあったが、思ってる程、宦官を好きでは無い。好きか嫌いかと言えば、自分の女を優先する。

(誰が沈みかけた船に乗り込むか。だが連中はまだ使える。カチコミで生き残れる様なら飼ってやろう)

 権力闘争に負けて中途半端に成るなら、政治生命が死んだ後、別の場で再生すれば良い。人脈や知識を活かす場を与えようと考えていた。

(宦官だけと付き合ってた奴はビクビクして、SAN値がゴリゴリ削られて、寿命がストレスでマッハってやつか)

 他人の喧嘩に首を突っ込む気は無いが、晴るかすとした気持ちには程遠い。

 抗争の予想が現実と成るまで時間はかからなかった。

 物事には順序がある。だが悠長に構えていては埒が明かない。

 何進派の動きは早かった。盟主を失いこのままでは宦官派に負けてしまう。ぐらつく前に一気に踏み潰しけりを着け様と、盧植や袁術と言った将は手勢を纏めると都の門を封鎖し、主要な施設の制圧を目指した。

 その間、袁紹は禁足地である宮中に兵を進めると言う荒療治で、宦官派と見られる相手を片っ端から殺害した。

「根こそぎ殺しなさい。完膚無きまでに!」

 一見、無茶苦茶な命令の様だが、高貴な生まれの者にはその地位に見合った責務がある。漢帝国の重責を担って来た袁家の者として、袁紹は後の禍根を断とうとした。

 それだけなら華琳も納得をしたが、袁紹は親しくしていた何進を殺され宦官の首を取る事に夢中と成っていた。

「何時までも殺し続けて、これじゃ、賊徒と変わり無い。宦官の首を取るだけが仕事じゃないのに」

 能力が低い訳ではない。だが袁紹は怒りで我を忘れており、配下の兵も血に酔って暴走した。

 友人である華琳と違い、桂花は遠慮無く袁紹を扱き下ろした。

「以前仕えていた主とは言え、たまには居るんですね。こう言う気違いが」

 華琳は苦笑しながら、女官に襲いかかる兵を斬り捨てた。

 頂点を昇る覇道とは何かと常々考えていた。

「命をかける覚悟が無ければ覇道は進めない、か」

 器量を兼ね揃えた英傑は多い。その中で飛び抜けるには、皇帝を確保するしかない。

「この戦争、好きにさせて貰うわ」

 幼い皇帝の身柄を確保する為、華琳は手勢を率いて宮中に乗り込んだが、なにやら不安な予感があった。

 空の玉座を前に報告を受ける。

「宦官は皇帝陛下と陳留王を拐って逃げました」

 不手際だった。イライラするとストレスが溜まる。ストレスが溜まると体調が悪く成る。

 一刀に教わった怒りをコントロールするアンガーマネジメントを思い出す。

 このままでは済ませない。自制心で怒りを抑え、華琳は追撃を命じた。

 

 

5

 

 皇帝、協の身柄を確保したのは北方の雄、董卓だった。

 漢はガチガチの縦社会で、信賞必罰とされている。その為に法と言う物がある。舐められたら終わりだから、きっちりけじめをつける。

 朝廷は魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿で、宦官と外戚、諸侯の生き残りをかけて血で血を洗う抗争に激化した。

 この抗争は皇帝が幼く傀儡で、皇后や宦官が当事者で間に入り仲裁出来る者が存在せず、手打ちとはいかなかった。何進を討たれ何進派は「返しもせずに手打ちなど出来ない! 大将軍だって成仏出来ない」「ここで手打ちにしたら、何進大将軍に合わせる顔が無いぞ!」等と怒りの報復を仕掛け、遂には宦官派が壊滅したのである。

 その結果、董卓達が都に入城し、戦争終結を告げた。

 董卓は皇帝の信認を得て漢のトップ、相国(しょうこく)に登り詰めたが、頭角を現す者は潰される。諸侯の反発を受け孤立しつつあった。

 大切な幼馴染を潰させたくない。その一心で董卓の軍師、賈駆(かく)は忙しさに頭を悩ませていた。

 何をして生きるかが問題であり、たった一人の幼馴染、董卓の為に何かを為せるならば死んでも良いと思っている。それが賈駆の生きる道だった。

 とは言っても人の身で疲労は蓄積される。眼鏡を外し眉間を揉むと溜め息混じりにぼやく。

「袁紹の馬鹿、殺し過ぎなのよ!」

 大暴落した漢を立て直すには董卓陣営の人手が足りない。

 宦官が殺されただけでは無く、宮中の女官に多数の自殺者が出ていた。袁紹が軍規を徹底しなかった結果である。

 その上、袁紹は立派な馬車に乗って大きな屋敷で優雅な生活を送っていたが、董卓は「私達は国家社会の興隆に挺身すべき身なのです」と朝廷の質素倹約を旨として経費を切り詰めていた。

 だから自分達の苦労を知らずにやいのやいのと言って来る外野の諸侯が腹立たしい。

「詠(えい)、月(ゆえ)がマトにかけられてるって話らしいな」

 反董卓の諸侯は徒党を組んで漢を割ろうとしている。現に董卓が暗殺者に狙われていた。董卓軍の切り込み隊長である張遼の言葉に賈駆は頷く。

「そうね。月を始末すれば目の上の瘤が消える訳だから」

 董卓の相国就任は拗れた。相国と言う物は諸侯の総意の下で決める物であって、一部の者で決められる役職では無い、支持出来ないと諸侯は反発している。

 筋が通ってない事は賈駆自身も理解していた。董卓の相国就任は、無理を通した結果だった。

「黙って引っ込む積もりは無いんやろ?」

「当たり前じゃない」

 政敵は武力さえ使って来る。頭数だけでも揃えようと、張遼に命じて使えそうな人手を確保させた所、しばらくして賈駆の下に一人の男が配属された。

 男の名は金(チン)黒坡(ヘイポウ)。顔は良いが、武も教養も無くただの兵卒で、要人である賈駆の身を案じた張遼の手配で編成された護衛の一員である。

 その正体は、遠目に見た董卓が気に入り、人となりを確認する為に入り込んだ一刀であった。

 ある人は言う。金黒坡は役立たずである、性根が腐っている、と。

 確かに護衛にしては、一刀の武は秀でていない。他に優れた者は幾らでも居た。

 賈駆は頻繁に、女と見れば軽く声をかける一刀の姿を見た。その都度、相手は違い、不誠実で心の賎しさを現しているとさえ思えた。

 しかし、その様な者を張遼が賈駆の側に置くはずがない。

(雑用係としては気が利いているのよね。喉が乾いたと思えば水を差し出されたし……)

 賈駆は、言われた以上の事をこなすだけの能力を一刀に認めた。

「あれを採用したのは霞(しあ)よね?」

「ああ、一刀か。巡回中、悪さする奴らをしばいたら意気投合して、飯屋で酒を奢って貰ってな、仕事を探してるって言うから、ウチが腕試しをして────」

 真名を交換してる事に驚いた。簡単に許したとは思えないが、他にも突っ込見たい所が幾つかあったが目を瞑る事にした。

「じゃ、腕は確かと?」

「いや、ウチより遥かに弱いで」

 脱力しそうに成るが、我慢して続きを促した。

「あいつは女たらしやけど、蛮族や賊と戦った経験もあるって言うてたし、武の腕は並み程度ある。それに頭は切れるから、いざとなったら、月と詠がガラかわす盾の代わりは出来る男や」

 賈駆の問いに張遼はそう答えると莞爾として笑った。

「あんたねぇ……」

 張遼とはその様な侠の人である。呆れながらも賈駆は納得した。

 信頼する仲間の言葉だから、賈駆は一刀に改めて話しかけてみる事とした。

「董仲穎様への忠誠心ですか? 給料分の仕事はしますけど、俺は死にたくないですし、自分の身が危険に成るようなら逃げますよ」

 ────こいつは最低だ。

 頭が痛くなった。主従の契り以前に、はっきり盾の役割を放棄すると言っていた。

 何があっても一生着いて行こうと決めてる賈駆とは違った。

「だったら何で、ここで働いてるのよ」

 流石に女を見に来たとは言えない。一刀は当たり障りの無い無難な答えを告げた。

「生活の為です」

 認識の差は埋められない。一刀を正直な阿呆と認識を改めた。

 そもそも大多数の民や兵卒に立派な志は無い。その事を知った賈駆は、董卓の為にもいかに大衆を動かすかを思案する事と成った。

 

     ×  ×  ×

 

「詠ちゃん」

 控え目な声と共に可憐な少女が入室して来た。董卓その人である。

 お茶とお菓子の臭いが賈駆の手を止めさせた。

 主自ら茶を入れる。何度か諌めたが、本人は息抜きにやりたいと言うので賈駆も諦めて、素直に礼を言った。

「いつもありがとう月」

 董卓は壁の置物として控えている一刀に声をかけた。

「一刀さんも如何ですか?」

「月様、御気持ちは有り難いのですが、勤務中ですので」

 二人のやり取りに賈駆はぎょっとして席を立つと、董卓の両肩を鷲掴んだ。

「ちょっと、月! どうして黒坡(ヘイポウ)と真名を交換してるのよ!?」

 賈駆にも人間性の好き嫌いはある。純粋培養に近い董卓に、プレイボーイの一刀を近付けたく無かった。

「霞さんが真名を預けた方だから私も交換したのだけど?」

 事も無げに答えられて賈駆は叫ぶ。

「うがあああ!」

 一刀に分を弁えろ。董卓に相手を考えて真名交換やれよと言いたかった。

 それが叫び声と成って現れた。

 董卓陣営とは董卓を家長とし、一つの家庭を大きくした様な、情の繋がりで皆が助け合うのを主眼とした組織であろうとしている。

 賈駆にとって結局、大切なのはファミリーとして董卓に忠誠を誓ってる根性のある人物であるかどうかだった。

 後世の歴史家は一刀を普通の人間では無い。快楽的思考を実践する能力、成果に対して何処かネジの外れた人物であると評価していた。

 董卓と真名を交換した事もその一つと言える。

「賈文和様、如何なさいましたか?」

 頭を抱え込んだ賈駆にしれっと一刀は話しかけた。

「黒坡(ヘイポウ)……月が許してるなら仕方無いけど、無礼じゃなければ良いわ。でも月に手を出したら殺すわよ」

 一刀は現状を楽しんでいた。無理をしない男は自由で何でも出来る。

 ガチャピンはスキー、ロッククライミング、スキューバダイビング、色んな事に挑戦していた。一刀も董卓を見て白皙(はくせき)の肌を羞恥で赤く染めるのも楽しそうだといかにこますか考えたり、張遼を口説いたりと色々な事に挑戦している。

 真の女の道を極める為に修羅場を潜り抜ける彼女達は、美しく輝いている。一刀の食指が動くのも仕方が無かった。

(そんなに気ばかり張ってたら疲れるぞ)

 幸せの定義は決まっている。親しい人達と楽しく暮らす事と一刀は確信している。だから、何もせず悠々自適、怠惰に人生を終える事を望んでいた。

 その割に今の環境は精力的に働く事を求められている。自由を好む一刀とは生き方が違った。

 賈駆は本質的に義に厚い人である。小さいころから、董卓を漢帝国の頂上(てっぺん)に登り詰めさせる夢を見て、漢の世にあって主の為、仕事に集中して一生懸命に励んで来た。本気で忠誠を捧げる価値のある主の事が誇らしかった。

 董卓を、身命を賭して盛り立てる。目的ははっきりしていた。諸侯を取り込むべく交渉のテーブルを用意したが、動きは良くなかった。

 諸侯により生きた毒蛇や小動物の死体が送られて来たり、度重なる嫌がらせによって董卓は体調を崩した。

「何を考えてるの、あいつらは」

 袁紹は一見、短絡的な思考で愚か者の様だが、郭図(かくと)、沮授(そじゅ)、田豊(でんほう)と言った名士が使えており、あの手、この手と様々な挑発行為に賈駆も頭を悩まされていた。

「舐めやがってぶち殺せ」

 董卓軍の武官は、主の現状を憂い、連中を叩き潰すのが安全を取り戻す早道だといきり立っている。抑えるのも難しかった。

 一方、一刀は気楽な物で、董卓に危険を寄せ付けない魔除けの塩、イラクサ、パクワ、水晶(クリスタル)から成る贈り物をして好感度を稼いでいた。

「あんたの贈り物、月が喜んで居たわよ」

 董卓の身辺が固められれば代わりに幹部連中が狙われる。一刀は引き続き賈駆の警護に着いていた。

「そうですか。文和様も身体を厭わないと駄目ですよ」

 世の中には楽な仕事が幾らでもある。辛い仕事を選んで火の粉を被るのは自分自身の責任だが、女が苦しむ姿は見たくない。一刀も相手に合わせた提案を行った。

「ありがとう」

 サラッと流した。

 言葉に耳を傾けるには信頼関係が全く無い。好感度が低過ぎる。

「黒坡(ヘイポウ)、一応聞いて見るけど、知り合いに名士とか居ないわよね」

 下手に諸侯を刺激しない方が良い。下手をすれば宦官の二の舞に成る。落日の坂を転げ落ちる。

 だからと言って、手を拱(こまね)いてる積もりは無かった。いつでも喧嘩が出来る準備を始めた。

「諸侯を敵に回して戦う者は居ませんよ」

 返事は期待して無かった。

「まぁ、そうよね」

 地獄を知る覚悟のある物好きは珍しい。

 漢の半分以上が敵に回る。官軍と言っても敵は優勢で物量で劣る。しかし、自分達は変わらない。

 後世の観点では、実際にかの大楠公(だいなんこう)が数万の敵に五百で当たった。大楠公や西楚覇王の事を考えれば何でも無い。死力を尽くして闘えば、一年、二年は戦える事を歴史が証明している。

「でもこれ以上、諸侯の好き勝手をさせていたら漢の名折れ。力を示すべきです」

 行儀の悪い連中で、どうせ潰せば良い相手だった。

「急いては事を仕損じる。足下が揺れるだけで自分の筋道決められない様じゃ、漢の旗を背負う資格は無いわ」

「舐めた真似をさせない。騒がしい事をさせない。それは分かりますが、あまり諸侯を買い被らない方が良い。話して片が付くにはもう遅いですよ。武官は殴るのが仕事です。腹を括って下さいよ。肝心の袁紹のタマを取らないで喧嘩は収まりません」

 一刀に言われるまでも無く、重々承知していた。誰かを蹴落とし、自分達の生き残りを図る。それには後腐れ無くするしか無かった。

 相国が、直参とは言え諸侯に負ける訳にはいかない。それでは朝廷の面子が立たない。

 負けない。絶対負けないと誓っていた。

「ボクだって分かってるわよ……どちらにしても、とことんやるしかない」

 家族を守りたければ力を着けるしかない。軍資金や兵の数だけではない、将が必要だった。

 先ずは丁原(ていげん)の部下から切り崩す事にした。

 誰もが恐れる武闘派、呂布。丁原の切り札で英傑と呼ぶに相応しい武を持つ人物だ。

 

     ×  ×  ×

 

 役所の仕事が終了する課業後、退庁する官吏の流れに逆らって呂布は賈駆の執務室を訪れた。

 董卓の用意した茶菓子を無言で飲み込んでいく呂布を、呆れた表情で賈駆は眺めていた。

 これからお願いをする。否と言われたら排除するしかないが殺せるかどうかの自信は無かった。

 ふと一刀と目が合った。何時だったか、『貴女の瞳は美しい』言われた事を思い出した。賈駆の心を読んだのか、一刀は意地悪く口を歪めた。

 賈駆は一刀を睨み付けると完食した呂布に視線を戻す。

「呂布。私達に着きなさい」

 豚共と戦争をする。その為に呂布の力は必要だった。口説き落とすしかない。だから熱弁を振るった。

 しかし呂布の返事は脱力感を呼ぶ物だった。

「丁原はご飯くれる。良い人……」

 呂布はそう言うが、丁原も殺人教唆、特別背任、資本充実責任の違反、不実行文書行使、叩けば埃は出る。

 ここで逃す訳にはいかない。畳み掛け様とした。

「丁原の倍を食べさせてあげるわ。月、董仲穎が新しい国を作る手伝いをして欲しいの」

 呂布は倍と言う言葉に心が動いた。倍あれば家族をもっと食べさせる事が出来る。食べれる事は幸せだった。

「分かった」

 拍子抜けする程、あっさりと呂布は鞍替えを了承した。

「そ、そう。良いのね」

 春秋時代末期、大陸の中央に位置する中山国。その君(王)は、宴会を開いたが、凡ミスをし国を滅ぼした。

 招待客の一人、大夫である司馬子期の羮(あつもの)が無かった。

 恥をかかされた事と食い物の恨みは恐ろしい。

 楚に渡った司馬子期は、百年の大計として周辺国と軍事同盟を結び、地域で孤立させ、中山国征伐を実行させた。

 そして戦国策を通して、食い物の恨みと恩は大きいと今日も教えてくれている

 呂布は食い物があれば働く。

 上下関係を確りしてないと示しが着かない。董卓陣営内で呂布は直参の将として迎えられた。

 呂布の離反に軍師の陳宮は驚きながらも、積極的に荷担した。

「毒を食らわば皿までもと言います。恋殿の武を天下に知らしめましょう」

 陳宮は呂布に心服する配下を動かし、丁原を排除すると兵を纏めあげた。

 都の騒動は反董卓の諸侯にも伝わり、「田舎者の董卓が遂に馬脚を表した」と、ここぞとばかりに批難した。

 その結果が、反董卓連合の結成である。

 それまで非公然だった反董卓の諸侯が連合を組む事で漢の分裂が決定的になった。賈駆は朝廷で反董卓の狼煙を上げた諸侯を漢から絶縁、所領を没収の上で解散を布告させた。

 諸侯が「はい、そうですか」と受け入れるはずもなかった。

 ここに至るまでに袁紹の軍師や盟友達による周到な準備があった。正義感の強い公孫賛は、一早く袁紹支持を打ち出し、董卓が相国である事の拒絶を通知した。

 反董卓連合に言わせれば、董卓が軍勢を率いて洛陽に入城し以来、董卓は配下の将兵に三日間の略奪を許した。白昼堂々、あるいは昼夜を問わず民は襲われ犯され奪われた。

 この様な風聞が流され、権力を握った董卓の暴政に都の民嘆き、苦しんでいるとして、袁紹からの使者が諸侯に檄文を運んだ。

『我等は漢帝国と平和を守る為にも、董卓の専横を許さない。董卓による秩序の破壊と虐殺を排撃し、漢の平和と民の尊厳を希求する為に決起した』

 董卓を闇の帝王と酷評しており、政争から闘争の季節に変わろうとしていた。

 

 

6

 

 金や権力があると快楽的な生活を送る者も少なくない。地位のある者には誘惑がやって来る。一日一日が誘惑との闘いで、今日も賈駆は小役人の相手でうんざりしていた。明日も面倒臭いと言う、毎日の積み重ねだった。

 犬も歩けば棒に当たる。人手が少ない宮中でも歩けば人に出会った。

「董相国が粛清をやったと言う噂は聞いておられますか」

「相国の地位から引き下ろそうとする下らない噂です」

 関係無い人間に噂されても気にしないが、主にかわって代わって賈駆は宮中での宣撫工作を行っていた。

「勿論、そうでしょう。あれほど荒れた洛陽を復興させた董相国の手腕、この目で見ておりますから。しかし聞く所によると、袁紹を盟主に反董卓連合成る物が結成されたそうで、一門の袁術は身内だから仕方がないとしても、北の異民族に備える公孫賛、馬騰も加わっているそうですよ」

「漢に真の忠臣は居りません。でしゃばる事があってはならないとは言え、嘆かわしい事です」

 不安に思うのも仕方が無い。人は日々の暮らしを守る事が第一だ。

「連中が徒党を組んで都に攻め寄せて来たら如何為さる後所存ですか」

「筋は筋。漢の旗の下、官軍が逆賊を誅するだけです」

 自室に戻りながら今日の予定を確認する。

「……昼からは陳家の嫡男ね。定まった主に仕えていないと言うのは好都合だわ」

 在野の名士を根こそぎ召喚すれば官吏の不足を補える。

 黄巾賊の討伐で成果をあげた陳家の秘蔵っ子が都に逗留していると情報を得ていた。そこで、董卓陣営に勧誘し、相談役の椅子を用意しようと考えていた。

「んっ……」

 活発な足取りで廊下を進んでいると、曲がり角から微かな声が聴こえた。それは幼馴染の声。

「月?」

 どんな出自の相手でも、配下に成った者は董卓にとって家族の一人と言う扱いだった。懐の広い董卓に魅了され、敬愛して止ま無い様に成る。賈駆も董卓と一生、一緒に過ごしたいと思て居た。

 だから、董卓が誰かの者に成ると考えた事は無かった。だが現実は、目の前で口付けをし愛を囁き合っていた。

「一刀さんに出逢えて良かった」

 董卓の相手は一刀だった。

「俺もだ」

 敬語は取り払われており、二人の関係の深さを感じさせる。

「……でも一刀さんは出て行ってしまうのですよね」

「ああ、そうだ。でも約束する」

 一刀は董卓を抱擁し、首筋に口付けをしながら月は死なせない、と囁いた。そして片手は臀部を撫であげている。

「あ、あぁ、あ……っ」

 周りを気にし過ぎる男はチマチマして駄目だが、大胆にも人通りのある廊下で愛撫をしており、小物なのか大物なのか分からない。

 細胞レベルで恋をしていたら、恋の苦しみは他の苦しみよりも楽しいと言う。

 女として幸せそうな幼馴染の表情を見てしまい、声をかける事が出来なかった。そっとその場を離れた賈駆は、胸に手を当て思案する。

 家を継ぐ子を産むのは家長としての務めであると賈駆も理解していた。

 賈駆の見た所、一刀の私生活はだらしない。女と見れば声をかけるどころか、関係を結び回っている。

 董卓に相応しい相手だとは思え無かった。

(弱った月の心の隙間にあいつは入り込んだ……許せない!)

 神は死の鍵を持ち、人の運命を変える。プレイボーイは自慢の性技で女を昇天させ、女の一生を変える。

 いつの時代もモテる男はいる。数え上げればきりがない。

 問題は子供を残す事だ。 

 一刀を追放して、代わりの男は選べば良い。だが妊娠していた場合、堕胎で中絶させるしかない。

(あいつを追い出せば月は悲しむ。だけど、ボクと月は互いに信じ合ってる。だから何時か、この事も理解してくれるだろう。今は反董卓連合なんて連中の相手をしなきゃいけない時なんだし、雑事に気を取られる訳にはいかない。今さえ誤魔化す事が出来れば上手く行くに決まってる)

 賈駆は昼からの予定をキャンセルして手回しをすると、一刀を呼び出した。

「あんた私の一存だけど破門にするわ。理由は言うまでも無いわね? あんたが、私の忠告を無視したからよ。漢からの絶縁で無いだけ有り難いと思いなさい」

 司隷からの床払いと破門の触れが流されたが、陳家の一刀としては偽名なので痛くも痒くも無い。

 職場を追い出された一刀は陳家の屋敷に戻った。

「御主人様、申し訳ありません!」

 朱里は土下座をする勢いで謝罪した。一刀へ信頼と敬愛を向けていた瞳は暗く濁っており、負のオーラ、負け組の空気を漂わせている。

「どうしたんだ?」

「食肉事業の拡大で人手が足らず、求人の募集をかけたのですが……徐州で雇った者達がお預かりしている運用資金を奪い逃走しました」

「マジか」

 件の首謀者は張闓(ちょうがい)と言う者で、以前は黄巾賊だった過去を持ち、更正して働いていた。

「現地の事情に通じる者として責任ある役割を与えていましたが、すっかり騙されました」

 将来の曹魏建設、孫呉独立の軍資金から華琳や蓮華達から預かっていた。勿論、投資は自己責任である説明もしたし、食肉市場に変動のリスクはあったが、一夜にして消えたのは従業員の汚職であり管理不足、教育が至らない失態だった。

「うちは法令遵守(コンプライアンス)に問題は無かった。個人の倫理観(モラル)までは仕方無いさ」

「ありがとうございます。ですが、御主人様からお預かりした財から、豚にくれてやる様な金はありません! 現在、星さんと愛紗さんが、張闓(ちょうがい)とその一味を追跡しています」

 焦るべきだが現実感は無い。泡銭だったので怒る気持ちも少ない。

 驕り高ぶると心の余裕が生まれる。持つ者の余裕だ。多少の怠りも影響をしない。

「心配するな。あの二人なら、きっちりやってくれる」

 一刀は朱里の頭を撫でて慰めた。

「申し訳ありませんっ、本当にすみません」

「元本保証はしてないけど、損失補填は俺の蓄えから出して良いから」

 愛妾であっても賞罰は賞罰と決めるべきだが、自分の女に利益供与する事は男の甲斐性だ。

「そんな、御主人様にこれ以上の御迷惑をかける事は出来ません! 簿外債務にして、一時的でも評価額を下げずにしのげれば建て直しは出来ます!」

 顧客には一定の利益を保証していたがマイナスを出した。運用資金が持ち逃げされるなど、中小企業なら吹き飛ぶ爆弾──決定的な破綻で、含み損以前の問題だった。

 朱里は幾つかのペーパー・カンパニーを作り、債務を押し付ける粉飾決算を提案して来た。

「宦官連中はくたばったから返済しなくても良いが、曹孟徳、孫仲謀は怒らせると怖いぞ」

 抜本的な再建としては、一刀の資金投入、不良従業員の不採用が即日、実行に移される事と成った。

 

     ×  ×  ×

 

 徐州牧陶謙(とうけん)は黄巾賊の乱では各地を転戦した。その結果、賊徒に対して温情の「怒って人は変わらない。社会で溢れ落ちた人を拾う」と言う施政を実施しており、董卓の融和政策に合致した。諸侯の中でも朝廷に従う協力的な姿勢を評価され、刺史から牧に任じられたのである。

 陶謙は黄巾賊を救済し徐州の民として受け入れたが、中には本当の屑も居た。平穏な暮らしより人を騙し奪う生き方を選んだ者達だ。それでも徐州での悪さは控えていた。

「待てコラッ!」

 走る男達を陳家の手の者が追っている。身体能力、知力に優れた者達だ。

「知らん、本当に知らないんだ!」

 捕まえた者を袋叩きにしたが手がかりは得られなかった。

「張闓(ちょうがい)の奴等を逃がしたら姐さん達に叱られるぞ」

 この時代の武人や名士と呼ばれる人物は元来、侠客としての気風を持っており卑怯な振る舞いを嫌う。女達は一刀を裏切った者を許さない。その意を受けて追っ手が放たれた。

 徐州の民は口が固く、陶謙の受け入れた者を守る方針を支持していた。穏やかな聴き込みをしても非協力的だった。

「私は何も知らないし、見てません」

「何か思い出したら連絡を下さい」

 その様子を、逃げ込んだ民家から目を走らせて窺う者達がいた。張闓(ちょうがい)だ。

「上手くまけたようだな」

 徐州では賊でも民として守られる。罪人が逃げ込む安全な聖域だった。

「でも、どうするんだ。あいつら、陳家の枝の枝だぞ」

「やべえな。何か仕掛けて来るぞ」

 仲間の言葉に張闓の頬は強張った。

 やられたらやり返す。完全に叩き潰す。朝鮮で漢を動かした一刀のやり口は伝わっていた。

 金を奪われたままでは面子が立たない。その報復が怖かった。

 生と死は紙一重だった。

 

     ×  ×  ×

 

 はんなりとした青州の済南、城下の大通り。路肩や店先の屋台には西方から渡って来たエスト瓶やクックベリーパイ、香辛料や野菜、果物も並んでいる。

 女性は猫耳フードの様なコートを被り、背を丸めて歩いていた。

 曹操の下に仕官した荀彧だが、彼女は敬愛する主人の元を離れ船旅でやって来ていた。

 これは全く異例の行動だったと言えるが、主の指示を受けての物だった。

 待ち合わせのお茶屋では、諸国を流浪しながら知己を増やす一刀が待っている。

「桂花、桂花」

 そう言って手を振る青年の姿を確認して、終生添い遂げる男であると認めてはいたが、女性は顔を嫌そうに歪めた。

「人の名前を犬みたいに何度も呼ばないでよ」

「久し振りに会ったのに御挨拶だな」

 桂花は一刀に愛情以外に恨みを抱いてる。爽やかな好青年に見えるが、一刀が現地妻の側女(そばめ)を行く先々で置いている事は知っているからだ。

 官吏になれば、仕込みとして狭い部屋での共同生活が待っている。一年間は見習いで自由にならない。

 庶民出の官吏が行儀作法、着付けを身に付けるよりも前に、一刀や名家の出の者は、家や私塾に通う事で実務に必要な知識を身に付けていた。稽古は嘘をつかない。即戦力に成るだけの実力があった。

 だが仕官もせず、今は縁を作り人を繋ぐ陳家の為だと一刀は言っていた。

(やっぱりコイツの女好きは病気よ)

 側目を作るのは家を残す為だと理解しても、一人の女としては納得していない。自分はそこまで物分かりの良い女だっただろうかと考えてしまう。

「それで、今日は何処のどいつと揉めたのよ?」

 冷たい眼差しで用件を告げろと促す。

「少々、面倒な件に巻き込まれてね……」

 女絡みかと桂花は眉をしかめたが、それだけなら主君が自分を一刀の元に送り出す訳がないと冷静な部分が告げていた。

 一刀は桂花の怒気に気付いて抱き締めた。

(誤魔化され無いんだから……)

 そう思いながらも一刀の口付けを許してしまう。

 軽い口付けでは済まない。桂花の口腔を一刀の舌が這い回る。気分が昂り腰が蕩ける前に、桂花は一刀の胸を押して殴った。

「んぅ……っ、もう、調子に乗るな!」

 閨中(けいちゅう)の睦事(むつみごと)では何時も、いつの間にか気持ち良くされるから話が進まない。

 ぐーたら暇人を気取る一刀と女達は違った。やる気に燃えている。

 一刀は張闓(ちょうがい)らが財を奪い徐州に逃亡した事を話した。

 陳家の顔に泥を塗ったとそう言うが、一刀から見ればハエにも成れない蛆虫以下の様な存在だった。自分の興味を惹く程でもない。

 しかしけじめを着ける事は必要だった。

 王莽(おうもう)が西漢より簒奪した新の時代、徐州は赤眉(せきび)と呼ばれる賊軍が蜂起した土壌がある。樊崇(はんすう)の様な首魁が存在するかもしれないと一刀は警戒してる事を語った。

「──それに、徐州で派手に動けば州牧の面子を潰す事に成る。だけど天や役人の裁きを待ってはいられない。そもそも州牧の配下である役人に正義を求め当てにする事は出来ない」

 もがく桂花を抱き締めながら一刀は続ける。

「纏まった金をばら蒔けば済む話だろうけど、皆がやいのやいの言うから仕方ない。助けてくれるか」

 華琳は袁本初から融資を受けて運用していた。その中の投資先の一つとして、人材派遣を行う口入(くちい)れ屋がある。

 口入れ屋は浪々の身や浮草暮らしな者、無宿人を囲い込んでいた。その中には様々な経歴、能力、出自を持つ者が居る。人材こそ力に成る。

「あんたには華琳様より格別の御配慮を頂いてるわ。ま、あんたの人生なんかどうでも良いけど、仕方無くなんだからね」

 主の命令で桂花はここに来ている訳だが、浪々の身でいつの間にか主と親しくお付き合いしてる事に、また悪い癖を出したと怒りをぶり返した。

 一刀を官吏として配下に迎えたい。それは華琳の望みであり、男として好ましく想っている事も、言葉の端々から桂花も薄々知っていた。

 努力次第で県令や太守にも成れる男だが、一刀は望んでいない。

(一刀の家は子供に継がせれば良いし、うちの婿養子として家に入れる手は打ってある。猿の分際で、何も華琳様に近付ける必要は無いわ。そうよ、これは華琳様の為なのよ!)

 桂花は一刀の胸に軽く頭を預け、如何にこの男を他の女から守りながら望みを叶えるか考えた。

 周の桓公(かんこう)が封じられ建国された鄭(てい)は、大国の間で衰え韓(かん)に滅ぼされたが、淫靡な夏姫(かき)を生んだその文化と血脈は韓に残った。

 閨房術もその一つで、荀家や陳家に伝わっている。桂花が他の者より持つ強みであった。

 しかし心底惚れた相手だから分かる。一刀を身体だけで引き留める事は出来ない。それは虫が良すぎる。

「……あのね」

「うん」

 自分を楽しそうに見つめる一刀の視線に気恥ずかしさを感じながらも、意を決して告げる。

「くれぐれも無理をしないでよね」

 一刀は護身術程度の武を心得ていた。それでも桂花は心配だった。いつか何処かで野垂れ死ぬかもしれない。

 普通の生活は送れないとしても、生涯添い遂げたいと思う運命の相手なのだから、一人の女として心配をした。

 顔、金、家柄、知性以外に、仲睦まじく共に過ごして来た思い出と相性は一番大切な物だから。

 そんな情熱は伝わってくる。一刀の胸に桂花を愛しく思う感情がかき立てられた。

「好きだよ、桂花」

 リップサービスでは無い。一刀の本心だから桂花は震えた。

「私も! 私も、一刀の事が大好きよ」

 チョロい桂花も可愛いなと思いながら、一刀は桂花の唇に口づけした。

 そもそも初めからチョロかった訳では無い。

 これまで親や周囲からの期待に応えるべく勉学に励んで来た。結果、頭は良いが人の心の機微に疎くなってしまった。

 思慮に欠ける。それはまだ良い。女として生まれた以上、子を作り家を残す責務があった。

 ただし荀文若は男嫌い。それが世間の認識であり、自他共に認める事実だが、生きていれば男と無縁である事は不可能だ。

 桂花の周りに甘い言葉を吐く男は幾らでも居たが、荀家と縁を結ぶ事が目的であり、邪な視線にはぞわっとした。

 妊娠する。触れられたくない。

 いつか誰かを好きになったり、なられたり。そう言う普通の恋愛をすると言う事が想像出来なかった。

 側に居た一刀の頭と容姿は悪くない。教えてくれた微分積分も面白かった。8歳の頃には一刀の知識を越えて、フェルマーの最終定理も解けた。それでも素直に一刀の知識を凄いと思っている。が、一刀は女にだらしない。

(あいつって、うちの使用人にも手を出してたわよね。本当、最低っ!)

 だからときめきもしなければ、惚れたりしない。

 自分は振り回されたりしない。

 そう思っていた。

 ある時、家の使いで陳家を訪れた。昔から馴染みの家なので、家人とも顔見知りだった。

 一刀の姿を探すと、庭で女と居た。

「陳家(うち)ではいつから働いていたかな」

「三年に成ります」

 自分以外に優しい声をかける一刀を見て、胸がきゅっと痛くなった。

「そうだな。何時も有り難う」

 モヤモヤして苦しい。切ない。一刀に髪を撫でられて照れる使用人の女を睨んでしまった。

 弁えなさいと怒鳴りたくなった。

(あれ、でも……)

 イライラする時は、気がつけば一刀の事を考えていた。それはつまり、そう言う事だと理解出来た。

(不味い)

 うずうずするこの気持ち。恋愛は好きに成ったら負けだ。でも惹(ひ)かれてしまった。

「まぁ、良いか」

 だから桂花は負けを知っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。