※この作品はR-18です。

人格基盤形成の不全における弊害と観察   作:キューブケーキ

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共同体の思想と形態2/2

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 事実は小説より奇なり。

 東漢時代、斜陽にあった漢帝国。政の建て直しを図っていた相国である董卓は、反董卓連合による風評被害を受けていた。

 自分を棚に上げて、根拠も無く勝手に他者を批難する。それは政戦として間違いでは無い。如何なる手段を使ってでも相手を引き摺り落とす。それが戦だ。

 敵は気に入らないからと叩いて来るが、董卓は人として腐ってもいないし、堕ちてもいない。

 正味の話、異民族の外寇(がいこう)と内輪揉めが中華の歴史を形成している。

 正史を補完する野史は数多い。妥協案策定交渉は決裂しており、反董卓連合との戦に負ければどんなに高潔な人物であっても、崇高な想いを持っていても塵芥と同じで、商(しょう)の紂(ちぅ)王の様に暴君として捏造、歪曲、操作された醜聞が正史に成ってしまう事を、董卓陣営の者は認識していた。

 そうなれば、それだけの者でしか無かったと自分を納得させられるが、董卓は無軌道な暴力に曝される民や家臣を思い、忙しい仕事の中で心が張り裂けそうだった。

 帝都洛陽から少し離れれば未開の原野が広がっている。

 西域や涼州、并州出身の部下は馬を走らせる事を好んだ。

 今日は気晴らしの狩りに送り出して貰ったが、親友の賈駆は諸侯に負けない様に頑張ってくれている。

 賈駆は戦略家で戦術家ではない。戦術は董卓麾下の将達が補ってくれるが、誰もが太公望に成れる訳ではない。

 共同体の本質は精神的な物であり、善し悪しも全ては心の思うまま。個人の自由を尊重しつつ家族と地域を大切にするのだから、董卓の気分転換は大切だった。

「月(ゆえ)様、鹿を追い込みました」

 護衛の華雄が報告して来た。弓を携えて少女はこくんと頷く。

「有難うございます」

 愛らしく繊細な美貌の少女、董仲穎は隴西(ろうせい)臨洮(りんとう)の人で、性格は麤猛(そもう)とはほど遠い。「守りたい、この笑顔」と、董卓の美貌に誰もが声を奪われた。

 親政を行った桓帝(かんてい)の時代に、従中郎将張奐(ろうかん)の視線を釘付けにし何度も愛を囁かれたが首を縦に振る事は無かった。張奐にも真心はあったのだろう。その言葉に嘘は無かった。

(だけど、貴方では無かった)

 董卓の司馬としての能力は高く、羌(きょう)族の反乱鎮圧で手柄をたて月日は流れた。

 彼女の心を射止めたのは、身分を隠し潜り込んだ陳家の一刀であった。

 身持ちの固い董卓であったが、相手の優しさで恋に溺れた。優しい男は幾らでも居たが、本の少し違った。金や地位で寄って来た男では無いのも大きい。

 他の男と違い一刀の囁く言葉は、甘く蕩けさせ彼女の官能を刺激する。女が尊ばれるこの時代に多くの女を侍らせ囲い、一夫多妻を実現出来る雄の魅力があった。

 それは、誰もが一度はかかる恋の魔法。ずっとずっと待っていたのは、この男かもしれないと思い知らされた。

 一刀の事を思い出していると恋しいと言う想いが募る。そして独占欲と言う感情も。

 だからこそ、女として好きな人に寄り添いたい。五感全部で愛情を感じたいと言う気持ちもある。

 もっと触れ合っていたい。

 董卓の本音が溢(あふ)れ出す前に、獲物が目の前に現れた。

 狩りは好きな人が好きな時にやってるのが良い。部下を用いて時間を拘束するなら、褒賞としての金が必要な大人の娯楽だ。

 セロトニンが分泌され脳の処理速度が増加、董卓が矢を射ると鹿は額に矢を生やして倒れる。

「あっ……」

 董卓の桜色の唇から吐息混じりの声が漏れた。

 矢は二本刺さっていた。一本は董卓の物。もう一本は──。

「恋、月様の獲物を横取りすると何事だ!」

 それを見て華雄は、主を虚仮にするとは接待も出来ないのかと呂布を怒鳴り付けた。

「……ご免、月」

 一本は董卓の矢だが、もう一本は呂布の放った物だった。

 華雄に叱られ謝罪する小さな子供の様な呂布の様子に董卓は微笑んだ。

 

      ×  ×  ×

 

 政は一寸先は闇、災いが転じて福と成す。

 人生は選択の連続であるが、戦は大人の最終的解決の時間で、一歩踏み出せば後戻りの出来ない前人未到の世界が広がる。

 しかし反董卓連合が組まれ、遂に勃海(ぼっかい)で袁紹が起兵。天下の豪傑、義士は袁紹の虚言を信じて配下に馳せ参じている。

 従妹の後将軍袁術、冀(き)州牧韓馥(かんふく)、豫(よ)州刺史孔伷(こうちゅう)、兗(えん)州刺史劉岱(りゅうたい)、陳留(ちんりゅう)太守張邈(ちょうばく)とその弟で廣陵(こうりょう)太守張超(ちょうちょう)、河内太守王匡(おうきょう)、山陽太守袁遺(えんい)、東郡太守橋瑁(きょうぼう)、濟北(せいほく)相鮑信(ほうしん)等が呼応した。

 戦の原因の一端であり、盟主と成った袁紹は自らを車騎将軍と名乗り、天子である皇帝の住む都に軍勢を率いて攻め上ろうとうとしている。

 董卓陣営から見れば敵の兵力は多い。文官の中には戦う前から敗北感が漂っていた。有名所の私塾を出てもいざと言う時に使い物に成るかは人次第と言える。

 降伏か遷都かが論議されていた。

「都を長安に移してはどうでしょうか……」

 そう進言したのは董卓の信頼も厚い侍中(じちゅう)の周毖(しゅうひ)であった。

 羌(きょう)族と交易をしていると言っても、連合軍相手に戦うには金も人も足りない。

 戦わずに勝つ。政争の面で既に袁紹は勝っていた。

 実戦を重視する武官は敗北主義を良しとはしない。政に携わる文官とは思考、着眼が違った。

 盤をひっくり返すには、戦場で盟主を倒し諸侯の軍をバラバラにするしかない。それは困難だが命ぜられればやる気概を持っていた。

「カス、ほんま。あかんもんはあかんとはっきり言わなあかんけどな、仲遠。ビビりやがってどつきまわすぞ」

 罵声を浴びせかけられた周毖は文官だ。至近距離でメンチをきられ、タマタマ硬直こちこちに成ったが言い返す。

「何と無礼な。言わせて貰えば此方にも都合がある。我等、文官を蔑ろにして強行しようとしておられるが、継続審議もせずに強引過ぎる。貴殿も将軍職にある者なら、兵力差、国力差の状況を理解しなさい!」

 品が無いと言い返す周毖は豫州刺史周慎(しゅうしん)の子であり、努力して出世して来た自負がある。

 周囲の者はこいつ、とちりやがったと言う目で見ているが気付かない。

「何や。えー格好して、うちとやんのか」

 怒気が溢れる中でも張遼は闘志を溢れさせていた。眉間に皺を寄せた表情で、低い声をあげた。

 武官の殺気を浴びた文官は畏縮して押し黙った。手打ちの条件や機会について話し合う事も出来る空気では無くなった。

 黄門侍郎の荀攸(じゅんゆう)等は醒めた目でやり取りを見ている。

 連合軍に向けた檄文の中で、董卓側は政権奪取の一環として漢の体制を否定し、暴力的な手段で諸侯の廃絶を企図する各種の活動を行っていると言う記述も散見された。

 袁紹からの檄文は内容が薄すぎて説明出来ていない。董卓の性格は残忍、都で皇帝を蔑ろにして專政(せんせい)を行っているから、撥乱(はつらん)反正(はんせい)──討とうと言っていた。

「袁紹の奴、名族の出か何か知らんけど、値打ちこいて阿呆ちゃうか。考えて物言え」

 袁紹の叔母である太傅(たいふ)の袁隗(えんかい)、太僕(たいぼく)の袁基(えんき)や一族の者五十余人が朝廷に出仕して洛陽に居た。

 敵対勢力の身内をそのまま放置する程、甘くはない。

「奴等の凶悪な計略は明るみに出ました。賊臣の一族、獄に捕らえて誅するべきです!」

 華雄の言葉に賈駆や陳宮は賛同する。貴賤を問わず私財を奪い、婦女子を暴行する輩と扱扱き下ろされ根に持っていた。

 エジプト性器神チンガ王に触った訳でもあるまいし、董卓軍の士卒は軍規が維持されていた。無辜の民をバタバタ殺して行く程、人の命を軽くは見ていない。

 董卓は連合軍に参加した関東諸侯の義絶状を発布し、義絶通告状によって漢からの絶縁を国中に周知させた。

 

      ×  ×  ×

 

 晋(しん)の桓叔(かんしゅく)の子、韓万(かんまん)を祖とする韓国は、苦難に満ちた歴史を辿っている。

 戦国時代末期、秦に併合され一時は歴史の表舞台から姿を消したが、秦に対する反乱で項梁、項羽に協力する事で復権。楚漢戦争の後、漢の郡国の一つ、潁川郡としてその名を消した。

 永遠の物は存在しないと言うが、人々の記憶は記録として残る。

 西漢の時代、潁川郡に生まれた鼂錯(ちょうそ)は愚かな景帝の権威を笠に着て劉氏の力を削ぐ事に活躍した。

 潁川郡は才ある者の生まれる地であった。

「うーん……」

 一刀は道に迷っていた。街を出てから三刻が過ぎている。

 水筒に入れた蜜柑水で喉を潤しながら考える。

 華琳に言伝てを頼み桂花を見送った後、川沿いに潁川郡に向かっていたら、順調には行かなかった。

 路銀は持っているが、気紛れから山中を踏破しようとして迷ってしまった。頭に周辺の地理を思い浮かべる。

「河は渡っていない。西から昇ったお日様は東に沈むんだったか?」

 丁寧に掘り下げれば、途方に暮れる程でも無い。腹が減ったらそこらに生えてる物を食べれば良い。

「迷子に成ったなんてばれたら朱里や星に叱られるな」

 気がつくと、泥の海が広がっている。

 生臭い香りもした。

 泥の向こうに微かだが丘の様な物が見えた。

(何だここ……)

 その景色は漢とは思えなかった。

 こうして待っていて誰かが通りかかるとは限らない。

 一刀は泥の海を渡る事にした。

 一般人なら四日はかかる行程だろうが、鍛えている一刀は丘の麓に夕方には着いていた。

 丘の向こうには渓谷が広がっていた。

「マジで、どこなんだ、ここは……」

 自分の進んできた方角は東だと認識してる。取りあえずは西に向かう事にした。

 日が沈み月が輝く頃、白い巨大な岩を見かけた。それは人工的に手の加えられた遺跡だった。

(春秋時代に、斉に滅ぼされた拉莱耶(るるいえ)の城堡だった遺構かな)

 腐った臭いのする泥で汚れているが、表面には象形文字が刻まれている。

 遺跡があると言う事は、人の生活があった場所だ。近くなくても人家はあるはずだと考えた。

 遺跡から離れて歩いていると水音が聴こえた。

 振り返ると、巨体の怪物が現れた。そして岩に向かって祈祷してる様な姿を見せた。

(あー……。ま良いか)

 物事を決めるのは自分自身だ。

 軽くスルーして進んでいると、疲れたので木陰で腰をかけて休んだ。

 月は消えて辺りは真っ暗だった。

 夜明けにはまだ早い。ふと一刀は暖かさを感じて見回すと、金髪が美しい少女と眼鏡をかけた少女が傍らで横になっていた。寝息が聴こえる。

(これ、何の御褒美。それに無警戒過ぎないか?)

 悪い事をすれば絶対バチが当たる。一生懸命頑張らなくても日々は生きれる。

 状況が分からず一刀は困惑した。

「おお、起きたか。兄ちゃん」

「え?」

 金髪少女の傍らの人形が喋った。

「兄ちゃんが倒れていたから俺達が拾ってやったんだぞ」

「それはどうも……」

 山中で迷っていたのは事実だし、一刀は礼を言おうとした。

(チンパンジー以上の霊長類はコミュニケーションを取るんだったっけ?)

 少女が起き上がった。

「うーん、宝譿(ほうけい)うるさいですよ」

 少女は一刀に気がつくと目を瞬かせた。

「おはようございます、お兄さん」

「おはよう」

 眠そうな眼差しだが、際立つ美貌に言葉が出ない。

「お兄さん、変わった雰囲気をしてますよね」

「そうかな?」

 そう言う少女こそ、ふわーっとして不思議な雰囲気の子だと一刀は思った。

「稟(りん)ちゃんは、まだお休みの様ですからお兄さんももう一度寝ましょう」

「うん。わかった」

 横になると、そのまま寄ってきた女の子に煩悩で吹っ飛びそうになるが、リビドーを殺して眠ろうとする。

 そして明け方、疲れから眠りに落ちた。

「──ぶはっ!」

 翌朝の目覚めは最悪だった。生暖かい物を浴びて目覚めると、一刀は血塗れで腕の中で金髪少女を抱いていた。

 目の前で眼鏡をかけた女の子が血を流して倒れている。吸血鬼なら甘い雫と喜ぶかもしれないが、一刀にとっては惨劇の現場でしかない。

 驚きで思考が纏まらないが、金髪少女を起こして無事を確認する。

「はーい、稟ちゃん。トントンですよー」

 落ち着いた所で互いに自己紹介をした。

 鼻血を出してる少女は戯志才(ぎしさい)、金髪の少女は程立(ていりつ)と名乗った。二人は漠逆の友であり、仕える主を見極める旅に出ていた。

 漢で一番の主に出会ってみたい。そして主の理想の為に全知全能を捧げてみたい。そんな目標を持っていた。

「私は潁川の陳と言います。実家に帰る所で、ちょっと近道しようとして山に入ったら、迷ってしまいました」

 あはは、と屈託の無い笑顔を見せる一刀に、二人は悪人では無い様だと心を許した。一晩、不埒な真似もせず共に過ごした事も信頼を寄せる理由に成った。

「このあたりは兗(えん)州の東郡ですね。私達は曹孟徳様の下に仕官する所です」

 華琳は未来を作る製作陣として優れた才を持つ演者を広く求めていた。前歴を問わないと言う事で、中には前科者も居る。

 華琳は袁紹の下で腰かけではあるが、冀(き)州で城邑(まち)を預けられていた。

 人間の価値は力の強さ。弱い者に強い武器や防具を与えれば必ず大成する。正しい知識を与えれば賢者と成れる。

 戦いは知識だけで勝てる。金を貯め力を着けると言う事も大切だ。

 強い国とは経済的な豊かさが第一と言える。そして巨大な公共工事は需要を呼ぶ。円滑、効率化は国家の経済的な発展に繋がる。

 だから各所の機能を高める為に適格に取り組む能力がある官吏が求められた。

「袁家との縁を考えれば曹孟徳様も参陣なされるでしょう」

 曹孟徳と言う英傑を友に持った袁本初は強運の持ち主である。曹操は袁紹の犬。これが周囲の評価であった。

 しかし見る者が見れば、雌伏の時と羽を休めている宿り木なだけだと見て取れた。

 配下に加わる者に華琳は、『伝聞出来ない様な下品な言葉を言わない』『パンチ効いてるなとか、通りがかりの人の悪口を言わない』『むやみに人の頭を叩かない』『腹が立っても乱暴しない』『民をビビらせない』『誰彼とメンチを切らない』『健康管理も仕事の内で、煙草を吸いすぎない』『上官の指示に従うこと』等々、周囲と揉め事を起こさない最低限の注意する事を布告していた。

 軍規を徹底するのも羽ばたく時を忘れていないからだ。

「そうですか」

 それよりも、戦が始まると言う戯志才の言葉に一刀は董卓達に思いを馳せた。

(何ゆえ、宮中での噂が漏れているんだ……)

 一刀は自らの人脈と知識によってこの先を理解していたが、二人は分析力の高さから大きな戦が起きると考察した。

「これは董卓と袁紹の政争ですが、そろそろ態度を決めかねませんと立身出世の機会は減るでしょう」

 歴史を知る者は秦朝末期と重ね合わせる。戦の人的被害を客観的な数字として捉えられる者こそ軍師や将に相応しい。

 彼女達は利で動く軍師だ。義士ではない。民の暮らしは二の次で、私利私欲だ。

 戯志才が華琳に憧れている事は理解した。だが深く関わると面倒なので無難な返事で一刀は流す事にした。

「牛の糞にも段々(だんだん)があるんで、御二人も担いでる神輿(みこし)は慎重に選ぶべきですね。そう言う意味でも曹孟徳様は魅力溢れる人物でしょう」

「陳さんもそう思いますか! やはり曹孟徳様は大きく成られる御方です」

 漢室の藩屏である役目を棄てた叛乱か維新か。それは勝者が決めると戯志才は眼鏡の位置を直しながら言った。

 程立は二人のやり取りをじっと見つめていた。

 

      ×  ×  ×

 

 山を降り街道に出ると、冀(き)州に向かう二人と一刀は逆方向になる。

「では俺は此方だから」

 子供の相手をする様に優しく程立の頬を撫でた一刀は手を離した。

「はい、お兄さん。またお会いしましょう」

「一刀殿、失礼します」

 僅かな時間で真名を交換する程、心を開かせた一刀の手練手管は流石だが、あっさりと二人を見送った。

 食指が動かなかった訳では無い。

 御馳走ばかり食べていれば、たまにはお茶漬けが食べたくなると言う様に、食傷気味となる。

 容姿を誉めるのは単純過ぎる。それよりは才能や知識を誉めたり、趣味で共通の話題を見つけた方が会話は深く入り込める。

 いつも女を侍らせて居るのも飽きた訳だが、二人には、ガツガツしていない一歩引いた清廉な姿勢と好意的に見られた。

 のろまで要領の悪い男とは違うので、一緒に曹孟徳の下に仕官しないかと誘われたが、「袁紹が董相国を倒せば、代わりに天子を操り天下に号令するだけです。民にとっては何も変わりはしません。それよりも、漢の13州全てを見て回った訳ではありませんから」と、迷い無く断った。

 朝廷の腐敗は親族や周囲から散々聞かされていた。失望して官を辞した者も多い。

(今の暮らしを崩す訳にはいかないと言うより、他の生き方に目が向かない)

 一度、情を通じた女達を捨てる事が一刀には出来なかった。

 一刀の為に市場を牛耳って銭を稼ぐ女達は献身的で、居心地も良い。彼女達の為にも傍らに居てあげたい。出仕すればその自由が減ってしまう。

 比翼連理な相手を求め生活を守ろうとするのは自然な事だ。一刀の知人、辛毗(しんぴ)も言っていた。

「戦で武功をあげて城持ちに成るよりも大事な物は存在しないが、美しい妻や側室を得て閨を楽しむ事は男子の本懐である」と。女性にしてみれば無礼な考え方だが一刀は共感出来た。

(ま、朱里にも注意されていたしな)

 旅先で婦女子にちょっかいを出さないように。今後の商売も考えて知り合う人には真剣に愛想良くするように。配下が失敗をしても「どうせ金はある!」的な態度は慎む様に、等々。

 ちなみに生まれた子供の辛憲英(しんけんえい)は、後に羊耽(ようたん)へ嫁ぎ、夫より有名に成る。

 話を戻せば、この年、袁氏の味方をするか董氏の味方をするか、諸侯は割れていた。袁紹は国の為に挙兵したと謳っている。しかし一刀は、それよりも今を楽しみたい。

 何者にも従属しないが孤独ではない。深入りした特定の女達も居るけど、一人で動く事もある。仕事一筋の官吏でも無い。

 済陰(さいいん)の定陶(ていとう)に入ると、かつての西楚覇王が楚軍の将として軍勢を率い北へ渡河した故事を一刀は思い出した。

(昔からこんなにボロ家ばかりだったのか?)

 この頃は人災以外に天災も多かった。大雨、雹が降り、河川が近いと大水(おおみず)もある。崖崩れで道路の壅塞(ようそく)や大疫も珍しく無かった。

 世の中は年々、贅沢に成っているが、街に入れば通りに残骸を散らし屋根や壁が崩れた家も多い。

「やっぱり泣くのはいつも貧乏人ばかりか。うん、金を貯めよう」

 財を成すには情けは無用。だから五朱銭を積まれた商売に成る。

 人間の運命は人事を尽くして天命を待つ必要は無い。

 情報を鵜呑みにせず、それだけちゃんと疑う目や考える頭を持ってるなら、主体は自分にあると分かる。

 人生は短いのだから刹那的に快く生きれば良いと一刀は信じている。

 そもそも生殖行為は子孫を残す為だが、決まりきった社会の風習、身分に縛られる事無く彼は自慢の逸物を携え狩り(ガールハント)に行くのも楽しむ為だ。

 自分を解放した情事は恋愛を長続きさせるコツだと言える。

 

 

8

  

 竜虎相搏(あいう)つと言う事で非常事態宣言が出され漢帝国に激震が走っていた。

 一刀が実家に着いた頃、「曹孟徳が兵を集め、行奮武将軍を自称した」「王匡の軍勢が董卓軍に破れた」等と様々な噂が入って来た。

 大きな寝台の上、昨夜のめくるめく時を共にした女の裸を眺める一刀。相手は昔から仕えてくれている侍女だ。

 優しく彼女の髪から背中、臀部にかけてと撫でていると、愛の言葉をねだり甘えた喘ぎ声と吐息で誘いかけて来る。

 もじもじして花びらから蜜を流している様は淫らだ。

 誘いに乗ろうとした所で、廊下から声がかけられた。

「一刀様、宜しいですか」

「良いよ」

 寝台の上で朝食を食べ、寛ぎ、報告を受ける傍らで、囲っている女達を可愛がり骨休めをしていた。

「董仲穎様の臣、賈文和様が当家に参りました。朝廷への協力要請だそうです」

 一刀の生国である潁川郡は支那大陸の要衝と言える。

 賈駆は潁川郡に兵を進め、名士と言う人材、豊家から財を集め戦の資金にしようとしていた。戦でも政でも金こそ命綱であり、金蔓こそ命を懸ける価値があった。

 才能があっても長期戦になれば策は枯渇するし、精神は磨り減る。だから先手を打った。

(高祖には天命があった。袁紹がどうかは分からないが、同じ助けるなら月だな)

 陳家は董卓の施政について正確な情報を手に入れていた。「董卓は努力の人である」と、心情的にも都を騒がそうとする袁紹よりも董卓に寄っている。

 ここで篤実(とくじつ)であると評判のある一刀が声を上げれば、陳家も動き潁川郡の名士も味方に取り込められる。

 その辺りを一刀が考えていたら、家人は報告を続ける。

 賈駆は手土産として、一刀の母、陳紀(ちんき)を五官中郎将の一人として迎えると言っていた。

「賈文和様は、当家からの借用に対して文契(ぶんけい)を残すと述べております」

 漢の経営状況は悪い。しかし戦に勝てば、反董卓連合に参加した者から財を取り上げる事で黒字へと転化する。

「そこまで言ってるなら貸してやれば良いんじゃ無いかな」

 一度貸せば、取り返すまで潰させる訳にはいかない。その事を分かった上で一刀はそう言った。

「はい。それとは別に一刀様にお会いしたいとの事です」

「俺と?」

 一刀を登用する事で陳家への人質と成る。賈駆はその様に考えていた。

「失礼します。お待たせ致しました……」

 客間で待つ賈駆は一刀の登場に不快感を現した。

「金(チン)黒坡(ヘイボウ)。あんた、此処で何してるのよ。私は破門って言ったでしょ!」

 同席していた母や家人は、賈駆の態度から一刀が何かをしたと悟り静観する。

「賈文和様、初めまして。陳長文に御座います」

 賈駆は一刀の自己紹介にギョッとして陳紀を見ると、頷き肯定していた。一刀は洛陽で見慣れた柔らかな笑みを浮かべている。

 目の前の憎たらしい男が、陳家の嫡男、陳羣(ちんぐん)。

 強引にでも陳氏の協力を得ようとしていた。だが無礼を働いたのは賈駆の方だ。

 ハッとして唇を押さえるが、出た言葉は戻らない。目の前が真っ暗になる様な気がした。

「あは、あはは。陳先生もお人が悪い」

 賈駆はその場を取り繕う様に愛想笑いをした。

「いやぁ、まさか陳家の御子息とは露知らず、失礼の数々、どうかお慈悲を」

 勢い良く頭を下げ、態度を豹変させた賈駆に一刀は言った。

「賈文和様、何か誤解がある様です。貴女とは初対面ですよ」

 賈駆は下げていた顔を上げる。一刀は笑っていた。洛陽では何も無かったと言っている。

(どうして庇うの。私なんかの為に? ううん、月を釣り上げる為かも知れないじゃない!)

 邪推をしながらも、一刀の笑顔は惹き込まれそうで、賈駆の不安な気持ちを安堵させるには十分だった。──そして、胸の奥が疼(うず)いた。

「御用向きをお伺い致します」

 これ以上、不様な姿を見せたくないと賈駆は己の体面を保とうと努力したが、一刀にとっては瑣末(さまつ)な事だ。

 家長である母は賈駆を夕食に誘い、積もる話も有るだろうと、浅からぬ縁があるらしい一刀に接待をさせた。

 酒が入り賈駆の心も解きほぐされる。

 一刀の部屋に誘われた賈駆は背後から抱き締められた。そして口付けをされ、頭が混乱するまま流された。

 董卓を敬愛し心酔する賈駆を落とすのは簡単だった。官吏としての生活が長過ぎて男女の機微が分からなく成っていた。

 女として枯れている。だけど一刀は構う事無く、賈駆の身体を求め、潤いを与えた。

「月には、この事は秘密に……」

 そう呟く賈駆は小柄な体型だが、熟した果実を胸に持っている。一刀は賈駆の胸を揉みしだいた。

 一刀は秘め事を吹聴してまわる人物では無い。その代わりに女癖の悪さは有名だ。

「あぁ……っ」

 生まれて初めての経験に、睫を震わせ脚の間が自然と開いていく。

「やっ、ああん……っ」

 首筋を唇と舌で愛撫され羞恥を覚えた。一刀の手は賈駆の下半身に伸び、誰にも触れさせた事の無い場所に刺激を与える。

 おおよそ男と言う者は穴に入れる事ばかり考えるが、一刀は散々、花びらを弄って焦らした。

「ふぅ……。はぁ……」

 床に膝を着くと賈駆は振り返って一刀を見上げた。

 視線は一刀の股間に固定される。

 月と一緒にこっそり見た艶本で知識はあった。頬を染めてその先を求める。

「挿れて、欲しい……」

 破廉恥だと思いながらも言葉に出していた。

 背後から一刀の性器が、蜜液を溢す花びらを割って沈んでいく。

 トロトロに蕩けた頭の片隅で賈駆は、想像してたよりも破瓜の痛みが少ない事にほっとした。

 一刀は初物の征服感に酔いながらも、賈駆を気遣いゆっくりと腰を送り込んでいる。

「く……っ、ん……あ……あん……っ」

 かき混ぜられるその度に賈駆の胸が揺れた。

 愛の行為は二人の共同作業だと言う。

 優しく抱かれ、賈駆は董卓が一刀に心を許してる理由が少し判った気がした。

(こんな事、駄目なのに……、でも、ボクは……)

 自分より先に口説かれていた事を羨ましいと思いながら、罪悪感と同時に情熱の炎が燃え上がった。

「ああっ……はぁ……」

 きゅっと握り込んだ拳を口元に当てながら、白い腹を波打たせ喘ぎ声を漏らす。

 今は自分だけのモノ。間違いを犯したかもしれないが、親友の男に抱かれる背徳的な快楽に浸った。

  

      ×  ×  ×

 

 いつの間にか眠りに落ちていた。

 顔を上げると外は薄暗く、夜明けにはまだ早い。

 一刀は賈駆の髪を撫でていた。

 人は恋をすると狂うと言うが、この場合はヤりたい盛りと言うか、ヤった後の賢者タイムだ。

 賈駆は琥珀色の瞳で一刀を真っ直ぐ見詰めて言った。

「組みましょう。出世させるわ」

 自分は一刀の才を伸ばして引き立てる事が出来る。それは董卓にとっても、賈駆自身にとっても利にかなう事で私情ではない。

 腕枕の中でそう言う賈駆に対して、一刀は微笑み返しながら辞退する。

「金は出す。人も紹介しよう。だけど、銅臭をさせながら官位を得るのは好みでは無い」

 金で官位を得る気はないと伝えて来ると、一刀はきゅっと賈駆の身体を抱き締め、頬に口付けをした。

 無償の奉仕に賈駆はちょっとだけ眉を顰める。人の善意を信じる前に悪意に触れる方が多かった。だから裏を読もうとしてしまう。

 葛藤(かっとう)が渦巻きながらも、一刀の善意を信じたいと言う気持ちもあった。

「帰るわ」

 色々な思いで集中出来ない。だから身繕いを始めた。

 一刀の腕に抱擁される安心感は抗いがたい。

 官吏をやっていると仕事は忙しくても婚姻の話は腐るほどやって来る。そこで高望みをして妥協しないと婚期を逃し、出産適齢期が終わり、一人で寂しい思いをする者も多い。

 そこに大切に思えるかもしれない男と出逢い、普通の女として夢を見れる今があった。

 だけど賈駆は溺れる訳にいかない。董卓を守る為に動く時だからだ。

 立ち上がるとまだジンジンした。

 一刀の前では平気な風を装ったが、歩行が辛くなって陳家の家から送られて宿舎に戻った。

 賈駆の前に人影が現れた。

「詠(えい)様、お帰りなさい」

 ニコッと笑って挨拶したのは、宿舎で待っていた徐栄(じょえい)だ。

「交渉は上手く行きましたか?」 

「ええっと、そうね」

 交渉事で、余人(よじん)を交えない会合が一晩かかる事は珍しくない。相手は名士の陳家。朝臣(ちょうしん)であっても無下には出来なかった。

 一刀と一晩を伴にしたと正直に告げるのは、身体で金を引き出した様で憚られる。

「それは素晴らしい! さすがは詠様です。月様もお喜びする事でしょう」

 あからさまな称嘆(しょうたん)と違い、可愛らしさがあった。徐栄は楽しそうな声で笑った。

「えーと……」

 余計なぼろを出す前に賈駆は、話を切り上げて部屋に戻る事とした。

 資金は手に入る。これからどうするか。

 董卓陣営の戦闘意欲は高い。中核となる西涼兵は三万八千人、その内精鋭の鉄騎は八千人を数えた。

 初戦の勝利で気勢を上げながら、弁舌や筆の力で反董卓連合の切り崩しを図った。

「都に攻め寄せた袁紹は王莽(おうはん)の如く簒奪者である」

 戦での勝利も上乗せされ効果は出た。官軍に大敗した事で商人が売り渋り、反董卓連合に参加した諸侯は兵糧に悩まされている。

 持久戦に持ち込めば戦は長引くが、馬騰(ばとう)等を抱き込めれば西涼から九万を動員出来る。連合軍は自壊すると考えられた。

  

      ×  ×  ×

 

「ねぇ、文ちゃん」

「あたいは嫌だ。斗詩(とし)が麗羽様に声かけなよ」

 文醜と顔を見合わせた顔良は、嘆息して意を決すると主に声をかけた。

「れ、麗羽様……」

 麗羽と真名を呼ばれた袁紹は、形の良い唇を歪め、明るい翡翠色の瞳に怒りを浮かべていた。

 袁紹はその地位を得るまでは親族や有力者、これと見込んだ食客に身体を抱かせる事もあったが、過去は消せる。

 王は犠牲の上に全てを手に入れられるが独裁者では務まらない。現に袁紹は有能な士(ひと)を選んで使い、家臣や民に愛され満たされていた。

 今までは。

 兵馬を交えた事で、失敗は許されない。

「公節さんが、田舎者の董卓さんなんかに負けたから、私の華麗な進軍が出来なくなりましたわ!」

 王匡の敗戦は連合軍の足並みを乱した。そして商人達が手のひらを返して渋り出し、袁家の私財を投じる形に成ったが、兵站の維持は危機的状況と言えた。

 全てを捨てて撤退する。その選択は袁紹に無い。

「それに四世三公を輩出した名門袁家の私を王莽ですって! 董卓さんは何て罪深い、何て恐ろしい事を言う人なのかしら。絶対に許しません!」

 逆賊はそちらの方だと苛立ちが抑えきれない。

 袁紹が怒るのはこれまでの努力や人生、人格の否定だったからだ。

 分をわきまえず愚弄して来た無礼。袁紹は血統上に胡座をかく複製品(コピー)とは違う。

 名家は砂上の楼閣でありながら、その名は強い呪縛だった。いつも嘘まみれで本当の自分を見せられない。

 家の中にも逃げ場は無く、佞臣(ねいしん)の甘言にたぶらかされ無い様に警戒し、同じ袁家の者でさえ欺かねばならない。それが袁紹の背負う家柄の地位と言う重みだった。

 周りの者が袁紹の勘気に触れるのを恐れ、嵐が過ぎ去るのを待っていると報告があった。

「麗羽様、曹孟徳様の使者、夏侯妙才殿が参っております」

「華琳さんが?」

 王粲(おうさん)の『英雄記』の記述によると、袁家の食客から独り立ちして、官吏として身を立てた曹操は、盟友として袁紹を支えていた。

 宗室である劉虞(りゅうぐ)を敬愛していた袁紹は、異民族にも融和政策を行っており、烏桓(うがん)とも良好な関係を維持している。その為、袁紹の策源地である冀(き)州には北から人や物が流れ込んでいた。

 そして連合軍の前進拠点である兗(えん)州で、本国から運ばれて来る人や物の流れの纏め役を曹操は任されていた。

「まあ、妙才さん、お久し振りですわ。今日はどうなさったの?」

「袁本初様に再びお会い出来る事は、光栄至極に存じます」

 相手は曹操の片腕とされる将。ただのご機嫌伺いで来れるほど暇なはずがない。

 夏侯淵の礼儀に従った丁寧な挨拶を受けて、袁紹は用件を尋ねた。

「主、曹孟徳は予てより潁川郡の名士、陳長文殿と友誼を結ばれておりました。彼の人は賊に資産の一部を奪われ、その賊が徐州に匿われて手出し出来ないでいるとの事で、我が主に助力を求められました」

「そうですの。それはお困りですわね」

 どう言う話だと戸惑い、疑問を浮かべた袁紹は小首を傾げた。

「麗羽様、陳長文殿と言えば、黄巾賊に攻められた長社で官軍に助力した陳先生の事ですよ」

 顔良が袁紹に助言する。

「ああ、そう言えばそんな話もありましたわね」

 夏侯淵は一刀に助力すれば陳家のみならず、一刀の伝も味方に出来る事を語った。

 董卓軍との戦況は膠着状態であり、董卓寄りな徐州牧の陶謙は袁紹にとっても邪魔な存在だった。後方を固める上でも徐州の平定は利に敵っている。

 徐州を征伐する。それは袁紹の勝利に寄与する事に繋がる。

「賊と賊を庇う者に墨(すみ)を入れ賤民に落とす事が、我が主と陳長文殿の望みです」

 袁紹は長い睫の下から夏侯淵を見た。

「良いわ。この私、袁本初が何者であるか教えて差し上げます」

 唐突な宣言に周りの家臣はぽかんと口を開けた。

 

 

9

 

 一度やると決めた袁紹の動きは早い。「賊を匿うは天下の大罪である」と徐州に問罪使を送り込み問い質した。

 しかし陶謙は「徐州に賊はおらぬ」と否定。一方的な罪人の引き渡しの要求も拒絶。

 袁紹は返書を見て大いに怒り、征討令を出した。これに従い漢の商家は徐州への融資を一斉に引き上げた。

 金の力はどんな壁でも打ち砕ける。それも強さだ。

 反董卓連合に参加していた諸将と語り合った袁紹は「背後に敵か味方か旗色の定かでは無い者を放置は出来ません」と軍勢を東に向け、これに呼応して幽州の公孫賛が北から南下し徐州挟撃の姿勢を見せる。

 安全保障上の懸念材料である徐州。形としては漢の為の戦であり袁紹に従う関東諸侯は、反臣である陶謙と与する徐州の民を逆賊として除くと言う立場であった。

「真直(まぁち)さん。これで董卓さんは出て来るのかしら」

 袁紹は傍らに控える軍師の田豊(でんほう)に声をかけた。

 田豊はニヤリと笑った。

「はい。董卓軍はこの好機を逃さず、我らの背後を突こうと動くでしょう」

 実際、この袁紹の動きを賈駆は、董卓軍を洛陽から釣り出す罠だと考えた。しかし機動戦による決戦は董卓軍の得意とする所である。

 袁紹が董卓軍との決戦の地に選んだのはホームグラウンドである冀(き)州だが、アウェイである董卓軍は危険を冒してでも勝利を手に入れようとあえて兵を進めた。

 そして発端となった徐州の討伐指揮は、公孫賛を差し置いて曹操が袁紹の代理として進める事と成った。

 公孫賛の元に訪れた曹操は挨拶を述べた。

「あれぞ白馬将軍よ、と異民族相手の御活躍はお聞きしております。僭越ではありますが、この度は私が攻め手の将に任じられました。どうか御承知下さい」

 公孫賛は『後漢書』に美しい容貌と記載されている。美しい者が好みな曹操の目から見て、化粧は薄いが端正な顔立ちをしており、赤く長い髪はよく似合っていた。

「ああ、そんなに畏まらなくて良い。麗羽に真名を預けられているんだってな。だったら私の事も、白蓮(ぱいれん)で良いぞ」

 ただし覇気や威厳は感じられず性格も凡庸に思えた。

 だけど曹操の強い眼差しに押されながらも目を反らさずに居た。俯(うつむ)かなかった事に曹操は及第点をあげる事にした。

「そう。私も華琳で良いわ」

 真名を許されたのに礼を崩さない事は、逆に無礼者の謗(そし)りを受ける事になる。礼とは時と場所を選び、今は私的な空気が漂っていた。

 曹操が華琳として微笑むと、白蓮も公孫賛としての取り繕いが剥がれ、照れ臭そうに頬をほのりと染める。

(以外と可愛らしいわね。閨に呼べばどんな顔を見せてくれるのかしら)

 口元に笑みを浮かべながらそんな事を考えていた。

 公孫賛が袁紹との付き合いで諦観(ていかん)していた事もあって、すんなりと曹操の指揮権は認められた。

 一方で徐州の陶謙は争いは愚かな事と訴えながらも、非常事態宣言を行い兵を集めた。その中には青州から移住して来た元黄巾賊達の姿もある。

 漢は一応の法治国家であり、賊の誅伐は凄惨だ。彼らは恩ある陶謙の為に最後の血の一滴まで戦い抜く積もりだった。

 徐州の存亡がかかったこの時期に陶謙は、真理は自分の内側にある等と宣(のたま)っている。曹操から見て信念を保ち続けるのは立派で敬服に値するが、貶斥(へんこう)するまでも無く邪教の類いだ。

 立場を迷っている徐州の豪族に対して曹操は文を送り、陶謙陣営の切り崩しも行った。優秀ではない人材でも使い様によっては力に成る。亀は汚い水を飲まないが、政に携わるなら清濁併せ飲むしたたかさは必要だと曹操は割りきっていた。

 この国で従うべき領主が朝廷に逆らった場合、その民も賊徒として処罰される。

 重要なのは相応の報いを受ける事だが、徐州ではやり直せると信じられている。一度、黒く染まった賊でも灰色にはなれ、魂は救われ、昇華出来ると言う考えに染まっていた。

 連合軍を迎え撃つ徐州軍の中に、一刀と同門の劉玄徳は居た。

 多くの男に抱かれて来た汚い少女は諦観しながらも、金も地位も無い賤しい生まれだから宗室の末裔であると言う幻想にしがみついていた。

 今、桃香は徐州で義勇兵の一隊を指揮している。桃香の持つ劉氏の姓と徳で人は集まった。

 友人の簡雍(かんよう)や若き幼女田豫(でんよ)もそんな面子に入る。

 与えられた天幕の中で桃香は溜息を漏らした。

「桃香お姉ちゃん、曹操って人は何て言って来たのだ?」

 実年齢よりも幼く見える少女が桃香の持つ書状に視線を向けて尋ねて来た。

 黄巾の残党、張翼徳だ。

 張飛は桃香と出会い、その義妹に収まっていた。

「従うべきは自分自身だけど、英雄である武霊王も最後は餓死をした。正しさを見誤らない様にだって」

 戦国時代、群雄割拠してそれぞれが天下制覇の野望に燃えていた。

 武霊王は趙の王で、秦が三国と戦っている中原の混乱の隙を突いて、中山国を征服した。

 しかし、空気が読めず家中に不和を招いた。

 空気を読み立身出世の機会を逃さない。人生を切り開くとはそういう事だ。

 桃香は無益な殺生がしたく無くて、義があると信じて徐州にやって来た。

(七王の乱で呉王が勝利していれば歴史は変わっていた。恭祖様だって、輪で繋がれば絆が生まれるって言ってたよ)

 曹操の申し出を断り、桃香は陶謙の勝利に賭けようとしていた。

「う~、難しい話は分からないのだ」

「そうだね」

 張飛が離れると桃香は呟いた。

「それに、自分だって賤しい宦官の孫の癖に上から目線なのは気に入らないよ」

 宦官の孫と言う卑賤な身で、落ちぶれているとは言え宗室の末裔に意見するので腹が立つ。大きなお世話だ、ほっとけ、と言う気持ちも桃香にあった。

 そして一番の理由は、女の勘が曹操とは馬が合わないと告げていた。

  

      ×  ×  ×

 

 主の命令を待ち、豫(よ)州の魯国に夏侯惇は軍勢と共に待機していた。

 商の紂王から簒奪した反逆者武王の弟、周公旦。その子である伯禽(はくきん)が父の代わりに任された魯の国は、中原の端に在り、初潮を迎えていない幼女を尊ぶ特異な文化から、人間としては下の下で禽獣(きんじゅう)にも劣る性癖、『蘿莉控(ロリコン)』の語源として伝わっている。だが太公望の子孫の国である斉に蝕まれ、楚によって滅ぼされた。

 しかし魯の公輸盤が生んだ攻城兵器は今日も使われており、幼女を愛でる文化も受け継がれている。

 夏侯惇が攻め込む徐州はかつての呉、楚の地であり、時代を超えた魯の復讐戦とも言えた。

 己の価値を決めるのは血や生まれ、常に他者からの評価である。

 夏侯惇はこれまで賊討伐で勝利を収め、賞賛を浴びて来たが、いつかは婿を迎えるか、嫁に行くかもしれない。今は敵を畏怖させる将として戦に挑む。

 反董卓連合は一枚岩では無い。袁紹の胆力に心酔してるわけではなく、王道を進める袁家の名声と力に寄り添っているだけだ。

 新たなヒエラルキーを作ると言う意気込みも無い。

 だが夏侯惇が忠誠を捧げる主、曹操はこの戦でのし上がる気だった。

 徐州攻めは董卓を釣り上げるブラフだが、卞(べん)から東海郡を横断し彭(ほう)城国制圧を命じられている。

「春蘭、なるべくなら多く血を流しなさい。見せしめが凄惨であるほどその後の戦は楽になるわ」

 凡将では怖じ気づくが、出来る事をやれと言われただけだ。

 倫理とは国や時代によって異なる。支那大陸の歴史で屠城は珍しい事では無かった。

 屠城の理由はアジア的優しさによる見せしめであるが、徐州と董卓が同じ敵を持つ者同士で組む可能性もあった。この攻撃は両者の連携を遮断すると言う意味もある。

 恫喝だったなら中途半端な姿勢を見せて妥協を求めるが、交渉の時期は終わっている。これからの犠牲は曹操の天下に必要な供物と考えられた。

「窮鼠猫を噛むの言葉がある様に油断はしません」

 直接、郯(たん)を叩けば良いと言う意見もあったが、逆に陶謙の手勢から側翼を叩かれる恐れがあった。

 勿論、死を怖れる夏侯惇ではない。彼女にとって共に歩く部下はいらないし、世の中に忠誠以上に大切な物は存在しない。

 縦の規律による絶対服従の秩序。主の為、礎(いしずえ)として死ねる者こそ有用だと考えていた。

 戦を前にして心に引っかかる事があった。

(華琳様が懸想されている男、陳長文。どんな男なのだろう)

 黄巾討伐の折に一度、顔を会わせた事がある。しかし人物を見極め語り合う時間は無かった。

 軍師として曹操を補佐する荀彧が一刀を高く評価している。細やかな表現であったが信頼を寄せている事を伺わせた。

 言葉として理解してるが、男女の仲で愛すると言う気持ちが分からない。

 代わりに苛々して忌々しい気持ちになる。それは嫉妬だ。

 徐州の戦いで夏侯惇と対峙したのは陶謙の子、陶商(とうしょう)で、戦に先立って夏侯惇は地位を保証すると使者を送ったが、「袁紹と同調する諸侯による一方的な侵略を強く非難する。漢の官吏、藩屏として無責任な行為であり、まさに逆賊として恥ずべき行いだ」と逆に非難。抗袁将官の一人として歴史に名を残している。

 とりわけ戦上手な夏侯惇を相手に軍勢を拘束し、連合軍の徐州侵略を遅らせ、結果として袁紹と董卓の決戦に徐州攻めの軍勢を参加させなかった意義は大きい。

 陶商は幼い頃、諸国を旅した経験から詩や歌を愛した穏やかな人柄だが、武や知が足りないと思われていた。しかし補佐をする者達は居た。

「今、袁紹達と事を構えてもうちに勝ち目は無いのに徐州を潰したいのか。闕宣(けっせん)等と言う怪しげな者を重んじるとは我が父も耄碌したものよ」

 その者は陶謙に影響を与え、下邳(かひ)を支配する怪人として知られていた。

 下邳は彭城から呂を挟んで東に位置しており、州都である郯との中間に当たる。その為、後方拠点として重要な役割があった。

「あの者は帝位簒奪を唆しております。いずれ君側の奸となるでしょう。徐州の為にも取り除くべきです」

 袁紹に詫びを入れて手打ちで共存共栄も出来ないなら、徐州が戦える様にすべきだった。麋竺(びじく)の言葉に、陳登(ちんとう)や家臣達も同意する。

「奴の周りには護衛の信奉者も多い。直接、的(まと)にかけるのは難しいぞ」

「体を張るのは若い者にさせます。御心配無く」

 州牧、刺史は世襲制ではないが現実主義者(リアリスト)な一部の民や名士、豪族は陶謙を盲信せず、より良い選択として陶商に徐州の王として後を継ぎ守ってくれる事を期待していた。

 裕福な家の生まれであった糜竺が、自らの家と財産を守るべく陶商を守り立て様と動いたのも当然であった。

 陳登も親から陶商によく仕え支える様に言われており、実家の方でも戦後を考えて色々と動いていた。

 400年前、楚は西楚覇王の下で秦を滅ぼし天下を掌握したが、劉邦の騙し討ちに敗れた。同じ轍(てつ)を踏む訳には行かない。

  

      ×  ×  ×

 

 異を唱えるには金がいる。

 連合軍を追って洛陽を出た董卓軍は、一刀や資産家から戦費調達に成功した事で十分な物資を得て黄河沿いを東進していた。その士卒は、黄巾賊や異民族相手に鍛えられた精兵(ツワモノ)である。

 朝廷から恩赦を与えられた張燕(ちょうえん)と黒山賊の面子も董卓軍に加勢し、連合軍の前哨に襲いかかった。その殺し振りは、血に飢えた地獄の猟犬の様であり、『董卓は非情』との風聞が流れる事となった。

 袁紹は警戒・監視に僅かな兵しか配置して居なかったので、董卓軍の前進を阻む者は居なかった。

 戦は机の上で始まっている。袁紹が董卓軍を田舎者と侮っていたのではない。これも敵軍を懐に誘い入れる為に、田豊ら幕僚が考えた策の内である。

「張将軍、御報告致します。呂将軍は朝歌に於いて敵騎約千名と衝突。後方に歩兵約五千名績行しており、城陽方向へ後退中との事で、後績部隊を撃破すべく攻撃続行中です」

「恋の本領発揮やな」

 仲間の勝利を確信していた張遼は翡翠色の瞳を細め笑みを浮かべた。

 敵を斬る事で呂布に敵う者は居ない。連合軍の前哨部隊を撃破した董卓軍は勢いに乗って前進する。

 頑強な抵抗で堅固な前線を築くはずだった連合軍は、董卓軍の攻撃で潮次破滅して行った。

 この動きが見える対岸の農家の前に荷馬車が停まっている。

「まったく、御主人様と来たら……」

 この忙しい時に何をしてるんだ。どうせなら自分を可愛がってくれたら良いのに。

 と、内心憤慨を覚えながら、眉間に皺を寄せて溜息を吐く諸葛亮。

 陳家の従者と共に対岸の動きを観察しながら一刀を待っていた。

「朱里様」

 朱里の横で軍記物を読んで居た丁稚(でっち)奉公の子供が声をかけて来た。軍事的才能を見込み、朱里は妹弟子として可愛がっている。

「何ですか」

「将軍が号令をかける場面があるのですが、全軍抜刀とか全軍突撃って大雑把な命令で兵は動ける物なのですか? 抜刀と言われても戟や槍、弓しか持ってなかったらどうするんですか」

「ああ、良く気がつきましたね。それは軍事考証をしていないか、雰囲気だけですよ。実際の指揮は、各級指揮官から部隊に命令下達されます。声だって周りにしか聞こえませんし、末端の士卒にまで迅速には伝わりません。それで軍が指揮・統制出来るなら、伝令だって要らないでしょう。まぁ、物語のお約束として流してあげて下さいね」

 そう言いながら子供の頭を優しく撫でながらも、朱里の視線は家に向いたままだ。

 水を分けて貰おうと立ち寄ったった一刀だが、その家に居た未亡人の容姿が良かったから「人体の穴脈に我が鉄杭を打ち込む事で、貴女の精気を活性化させる効果があるのです」と口説き落とし納屋で楽しんでる最中だった。

 腰から脇、腹部から胸へと撫で上げる一刀の手つきは優しい物だった。媚薬を刷り込まれた訳でも無いのに、胸に手を添えられただけで身体は波打ってしまう。

 一刀に抱かれ頬を赤く染めた未亡人は、外を気にして自分の袖を噛みながらくぐもった声をあげている。

 未亡人は一期一会で、旅の若い男と逢瀬を楽しむ積もりだったが、一刀の虜にされていた。

「あっ、良い。一刀様、んっ……」

 真名の安売りはしないが、女を抱く時は預けた。一刀にとって真名とは便利な道具だった。

 昨今の男は、女性の描く理想を演じ、機嫌を損ねない生き方をしようとする。ある意味、涅槃(ねはん)寂静(じゃくじょう)とも言えるが、それでは後半グズグズで、名声も極上の女も手に入らない。下手に他の女に手を出せば裏切り者と叩かれる。

 一刀にとって大局の流れは分かっても、自分の先の事が分からないからこそ自由に生きようとしていた。

(ギリシャの神様も、姉や人妻、婚約者の居る相手でも手を出していたよな。拉致や強姦をしない分、神様の前でも誇れる様に生きてる!)

 女性との愛称は身体で比較すると分かりやすい。当然、清潔にしてクラミジア、淋病、梅毒、トリコモナスと言った性病やケジラミには気をつけている。

 とは言いながらも、「前の穴と後ろの穴、どちらが良い?」と聞いて弄ったりして遊んでいた。

 そもそも骨肉の争いや下克上もある家族関係が複雑な時代で、家の繁栄は子孫をどれだけ残せるかということで成り立ってきた。

 スペアのスペアを造る事で備える。それが男の務めでもあった。

 そうした環境下で、ただ交尾するだけではなく相手に悦びを与える事が円満に繋がっている。

 乱世を治めるには人の痛みを知る者はいらない。悦びを知る者が増えれば殺し合う争いは無くなる。

 しかし現実的には戦が行われている。

 兵站の維持は軍の継戦能力を決める死活問題と言えた。特に糧食は兵の士気にも関わる。

 食人と言う行為は珍しくない。しかしそれを前提とした軍事行動は多くない。董卓軍と連合軍、双方とって陳家の提案は渡りに船だった。

 諸葛亮達は軍の兵糧として食肉を提供する事で、漢に新たな食文化を流行らせ様としていた。袁家には竜涎香(りゅうぜんこう)や希少価値の高い物を贈る事で、伝を作っている。

 竹鼠、穴熊、ハクビシンは以前から庶民にも食べられていたが、安全の面で心配があった。朝鮮からの牛は違う。「安心と安全な肉」を売り文句に、生きたまま届けられた。目の前で解体する。だから命の尊さを教え、どこの産地で誰が作ったかの安心を与えている。

 一刀は「昔から人を動かすのは異性と金と食で決まっている。だから肉の消費拡大には、先ず販路を確保する事だ。胃袋を掴めば、食を通じて漢の支配だって出来る」と諸葛亮達にそれらしい経営ビジョンを語っていた。

「愚弄(ぐろう)する訳ではありませんが、御主人様のお力ならもっと積極的な介入が出来るのでは無いでしょうか」

 人の上に立つと言う意味では家柄も良く、普段から慇懃(いんぎん)で愛想良くしてる一刀は下々に愛される要素があった。

(御主人様には智慮才覚もある。勇気の点でも不足されていない。漢に愛と平和をもたらす事が出来る)

 しかしながら、時を無駄にしてるかもしれないと言う疑問があった。男女の情愛に溺れるだけではなく、非は非と諌める事も時には必要だった。

 兵を挙げる資金に将、軍師も集まっており協力者も居る。だが危惧する所があれば覇を唱える事は不可能になる。だから不安材料は払拭しておきたかった。

「弱い奴は喰われる」

 ばっさりと否定の言葉を出した一刀に、付き従う女達は淋しさを覚えた。心穏やかではない。

 だけど一刀の顔色を見て理由があると察した。

「官吏が漢の天下泰平の為、尽忠報国として動くのは当然だ。それなりの地位と手当てを貰って来たんだからな。戦は連中にやらせとけば良い。解決を急ぐと失敗する事もある。ま、火中の栗を拾う必要は無いよ」

 言葉から大業を成そうと言う志士の誇りや壮士の気概は感じられないが、軽薄な人物では無い。

「火中の栗ですか。言い得て妙ですね」

「それに食は娯楽だ。ただ生きる為だけの不味い飯よりも、食べる事で幸せになれるのが本来の姿だ。正に食は最強の力だよ」

 民の為に血を流さない。しかしながら更なる影響力を手に入れる。大義に殉じるより身の回りの女を幸せにする方が本望だ。

「だけど、心配してくれてありがとうな」

 一刀はにっこりと笑ってそう言った。

 好きになるのと同じで、理屈が納得出来なければ人は動けない。動くには吹っ切れて無いのだ。

 朱里は恋を片想いで終わらせる気はない。戦も政も同じだ。女は強かだが、愛する男の為に死ねる。

 志を立ててもって万事の源となす。

 悩みや迷い、考え抜いた事も、言葉にすればはっきりと伝わる。換言する事を躊躇ってはいけない。一刀はそんな思いも受け入れる男だ。

 侮られず評価され任される責任とやりがいを考えて、良くも悪くも一刀がそう言うなら今は合わせておくが、僭越ながらいつか起って欲しいと思っている。それは一刀の下に集う女達の夢でもあった。

(孟子は周の武王が簒奪した事を、天命だから良しとしている。生きると言う事は子孫を残し血を繋(つな)いでいく事だから、その過程で決めた選択は正しい)

 軍師には主の命に従う者と反発する者が居る。しかし最後に必要なのは、策と知識、そして活かす心であり、天下はどう動き、敵はぶつかってくるのか。その為の献策を実行した場合は、世がどう変化するのかと言う主を担ぐイメージだった。

 だけど起って貰う事に気持ちが一杯だった。それは盲信と言えるが、魂が曇っている。

 一つだけ確かな気持ちがある。

 御主人様、貴方となら何処へでも参ります。それが例え地獄であっても進軍するでしょう、と。

 

 

10

 

 徐州の行為は悪質であり、賊の犯行を完全に否認して擁護している。反省の城が全く無い。よって屠城が選択された。

 夏侯惇が進撃を開始し、徐州の城邑を次々と制圧していた。

 報告を受けた荀彧は、オーバーレイ代わりの薄い紙を被せた地図に赤と青の染料で、彼我の動きを書き込んで行く。

 傍らで眺めてる曹操の思考は先を考えていた。

 徐州討伐を速やかに終えた後、転進して決戦に参加する。これが曹操に求められた動きであった。

 董卓は配下に猛将、知将を揃えており油断せぬように、と別れる時に曹操は袁紹へ忠告した。

 袁紹は競うべき相手ではないが、世の中は狼ばかりで曹操の不足を補うにも使える者であり、まだ家柄相応の役割を果たして貰わねば困る。力無き者を旗にしようとは誰も思わないからだ。

「賊を保護し続ける限り賊は減らない。野良犬に餌をやり続ける様なものよ」

「はい、華琳様!」

 傍らの猫耳軍師は崇拝の視線を曹操に向けている。

「桂花、必死に策を立てる貴女も可愛らしいけど、何事にも近道はある事を忘れないで。もう少し戦場の空気を読みなさい。今は徐州を足場にすると言う目的があるわ」

 他人の失敗は自らの好機に成り得る。

 誰かと手を取り合って共に生きていく。そんな夢を実現出来る機会が転がっている。

「はい、華琳様。我等が正義は董卓を討ち漢を建て直す事。その為の策、お任せ下さい!」

 クオリティの高い策を作れる様に努力するので、一緒に頑張りましょうと言う意気込みを見せる桂花だが、華琳は注意した。

「違うわ、桂花。私の為に漢と民が存続する。それを間違えないで」

「はっ!?」

 人は戦をする時に本性が出る。命を賭ける覚悟があれば平時にもっと出世も出来た。

 甘くて優しい考えでは立身出世は望めない。覇道とは築いた屍の上に立つ覇者の道なのだから、徐州は曹操の供物だった。

 趣味嗜好で戦を進める華琳の戦を桂花は支えた。覇道を進む上で優しさを捨て信念を貫こうとする主に、彼女は万難を排す策を誠意と努力と根性で作り上げ提言する。

 曹孟徳の理念、目標、策略、政策の現状を確認した上で、自軍の兵站と言った内部環境、市場や産業、政治、経済と言った外部環境、管理階層を分析し予算や計画を照らした考えだ。

「華琳様の好みから外れるかもしれませんが、敵の不和を利用するのは如何でしょうか」

「不和?」

 家臣の才を愛し、容姿と力で選ぶ曹操にとって、内輪の不和を作る職場環境は愚かに思えた。才ある者は才を裏切らない。才の無い物を使う事こそ誤りだと認識している。

 徐州は一枚岩に思われていたが、戦争方針を巡って割れており、鍛えられ忠勤に励む士卒が居てもまともな防衛計画が構築されていない。だから難攻不落とは言えなかった。

「はい。陶州牧の勢力、その子である陶商を担ぎ上げようとする勢力、そして漁夫の利を狙う闕宣(けっせん)の勢力。三者の対立を利用致します。体の病と違い、心の傷は何れ癒えますが跡に残ります。心を動かすのです」

 情報は吟味して真贋を確かめている。

「では陶商と闕宣に使者を送りなさい」

 戦で手を抜く様に裏工作を行い、勝利すれば重く用いると懐柔の手を差し出す。ただし事後は用済みであり、主に噛みつく前に毒酒でも贈って始末をすれば良い。

「承知致しました」

 部下に指示を与える為、宿舎に戻ると、一刀から桂花にガラスの器が贈られて来ていた。

 空の器だけなら死を賜(たまわ)ったと考えてしまうが、『これで美味い酒を飲もう』と手紙が入っていた。

 どんな時でも一刀は楽しみを忘れない。次への約束もその一つだ。

 氷を調達出来るのは王侯貴族だけではない。山から簡単に手に入れられ、お陰で氷を入れる器も発達した。

 純粋な好意と気遣いが嬉しい。孤独とは程遠く、爪の先、髪の一筋に至るまで愛されている事を実感して口元を微かに綻ばす桂花。

 世には甘い酒、苦い酒がある。何を飲ませてくれるのか楽しみが生まれた。

 女は心ごと愛され、望まれて嫁ぐのが一番と言う。人は仕事や仕える主を選べるが、夫は妻を選べ無い。選択肢は妻にある。

「で、何してるの。あいつは。やだな……全部、あげるのに……」

 桂花の骨幹となる思いである軍師の仕事は、主を磨き輝かせる事。それなら自分の男ぐらい、好む様に磨けない訳がなかった。

 油断をして妾に愛情を奪われては、負け犬になってしまう。熾烈な女の戦いに備えて愛を維持する術を家でも教えられていた。

「もう……あいつの事だし、どうせ、また行く先々で女を作ってるに決まってる!」

 いつの時代も持つ者が恵まれるのは普通であり、男がモテて他に女を作る事を許す桂花が特殊なのでは無い。

「はぁ……何だってあんなのを……。忍耐だ、忍耐。あははっ」

 自分でも何を言ってるんだと思いながらも、一刀を信じている。

 真の絆で結ばれていれば、幾ら他の女と結ばれていても、最後には桂花の下に戻って来る。

 本当に真剣な付き合いだから、妾に負けないし、気持ちは伝わる。

 ──たぶん。

 

      ×  ×  ×

 

 征討の陣にあった曹操の下へ、密かに決戦の形勢を報告すべく顔良がやって来た。

 ただ淡々と事実を語る。

「先だっての戦いは完敗でした」

 権謀術数を駆使した賈詡の離間の計によって、連合軍は戦場で傍観による不戦や裏切りが発生。袁紹の血族である袁術からは、張勲を通して「突然ですが、今日裏切らせていただきます」と言われ叛逆した軍勢に側面を突かれ敗北した。

 上の者が転落する様は仄暗(ほのぐら)い満足感を覚えるが、それでも子供の頃からの友人だ。亡くなり想い出に変わるのは寂しすぎる。

「麗羽は?」

「麗羽様は前々から公路様と折り合いが悪く、背撃の気配を知っておりました。文ちゃんが謀叛に備えていて、一騎当千の働きで頑張って時間が稼げましたので、幸いにして御無事です」

 奸賊を打ち払い勝った董卓軍は、敗残兵狩りと略奪に勤しんでおり、警戒に穴があった。末端の士卒はどちらの陣営にしても、理念が無いから思念も無い。目先の利益を優先する。

 しかし時に義の心が宿る。子は親を生かす為に、士卒は将を生かす為に先に死ぬ。忠孝であるが、敗北の文字通り袁紹は負けて北の幽州へ逃げ延びたと言う。

 一度の挫折で全てを失う者は多いが友人は生を繋いだ。

 殴りたいあの笑顔と思う事もあったがやはり友人だ。曹操は嘘の涙を流す必要が無い事にほっとした。一方で、親族の裏切りに友人は苦しみや悲しみを抱いているのかと哀れみを覚えた。

「でも逃げた事で批判する者も居るのでは?」

 世の中には生きていてはいけない者が居る。政の深淵は何処までも深く、足を引っ張り引き摺り込もうとする連中だ。その者達に信義の価値は低い。

 逃げるは恥だが役に立つと言えるのは勝ったから言える言葉で、他人は全て敵だから弱味を見せるべきでは無い。

 この考えは悪童として周囲に嫌われながらも、曹氏を背負う者として幼い頃に教えられた物だった。

 曹操の問いに顔良は頷き同意を示し即答した。

「確かに。ですがその様な輩に無理をして合わせる必要もありません。大切なのは、漢には正しい血統による秩序が必要と言う事。そしてそれを考えれば、麗羽様の命を救う為に逃げた事は大した問題ではありません」

「へぇ、そう……」

 曹操は素知らぬ顔だが、内心では顔良の発言に眉根を寄せていた。

(その辺りの価値観は、人それぞれだからどうでも良いけど)

 歴代王朝と民の関係はビジネスであり、民の奉仕はただではない。民の立場を無視して私利私欲の権力闘争に明け暮れ、ニーズに答えられない醜い王朝は倒されて来た。

 為政者は、民の生命と生活の質を考えて税を取り立てるバランス感覚が求められる。常に自分の利益を第一考えながら、民の求めにも耳を傾ける。大切な素質だった。

「ですから麗羽様は、批判を甘んじて受け入れられております。そもそも連合軍の発起人としての責任と義務を背負われていらっしゃいますから、復讐や反撃の見栄を張る必要があります。勿論、私や多くの者達は麗羽様に従う考えです」

 袁紹は自由奔放に見えるが、その重責から来る苦しみや悩みは他者の想像以上にあった。だから、他者をよく観察しており周りに優しく出来た。

「敗北を前にした時、どうしても敵の追撃を気してしまいますが、麗羽様は撤退の最中も家臣の悩み、苦しみや不安、負傷を気にかけて下さいました」

 天を見上げず人を大切にする。将なら士卒の死に向き合う必要は無いが、歩けない兵に自分の馬を与えた袁紹の行いに周りの士卒は感動した。

 人にとって従うと言う事はビジネスだけの物で、生きる為に繋がっている。まして敗戦時は余計に逃げたくなる。

 だが、心情的に仕えたくなる理由を演出であっても与えたのが袁紹だった。

「人は良い生活を送りたい。だから袁家の地位の高さによる社会的安定と収入を考え仕官して来た者もおりますが、困難な時にも優しさを持つ主に仕えられる事は望外の喜びでしょう」

 臆面もなく主人をべた褒めしている。周りで聞いている曹操の部下達は、何とも言えない表情を浮かべていた。

「ああ、よく分かったわ。麗羽が無事ならこのまま徐州を平らげ、次に董卓と戦う機会を待ちましょう」

「はい!」

 顔良は無邪気に目を輝かせて居たが、曹操は違う受け止め方をした。

 自分の立場を最大限に利用して、下の人を奴隷のように扱って、最後まで自分の為に使うには人心掌握が肝心であり、名家の生まれではそれが当たり前と教えられている。

 知ってるからこそ美談の裏を読み、胸を感動で熱くさせる事が出来ない。

(麗羽が容姿と家柄に優れているだけではなく、為政者として優しさを演じれる人間だと言う事は分かったわ。そして心が折れては居ない。家臣の士気も旺盛か)

 忠義の厚い者は嫌いでは無い。曹操は優しく微笑み、顔良の労をねぎらうと下がらせた。

 

      ×  ×  ×

 

 因果に導かれ大漢帝国に最大の国難が来ている。未曾有の大国難、重大危機に直面していた。

 国を憂い思う心は人の数だけ方向性も違う。『貴方が本当に平和を求めているのなら漢以外に安住の地を捜してみてはどうか?』と言う発想は除外されており、ただただ国内で殺し合う時代だった。

 董卓陣営の野心からの故意的策謀の結果、領土的野心からの反逆とされた連合軍の諸侯は賊軍とされたが、吉兆の兆しと言える八咫烏(ヤタガラス)に導かれ生き延びた袁紹はポジティブだ。

「今回は負けた。だから何だと言うのかしら。一度負けたからと志まで捨てた訳ではありませんわ。私は勝つか死ぬまで戦い続けましょう!」

 大漢帝国が永遠に果てなく栄えると信じていた訳では無いが、捲土重来は誓っていた。敗者が胸を張るのは身の程を弁えず図々しい。だから試練と思い最後に勝てば良い。

 王者が自分中心の生き方をした場合、下々の民は幸福に成れる。何故ならば王の器を持つ者に全てを捧げれば、皆を幸福へと導く天命の力があるからだ。

「正しい事は敗れても正しいのです。董卓さんが肥え太った豚さんかはともかく、奸賊を誅し陛下をお助けする事こそ臣下の務め。皆さんも、私に力を貸して下さいな」

 死の臭いはしていない。まだ袁紹は生きている。それは天に愛されてる証だった。

 己の本分を曲げぬと告げた。それは家臣や民の為だと、心の同調や協調、忠義と命を懸ける覚悟を誘っている。

 高貴なる者は自らの手を汚しては成らない。逆に家臣は魂を切り売りする事も、自発的に捧げる事も出来る。

 人は衣食住足りれば満ちる訳では無い。金、名誉、権力。袁紹が勝利すれば全てを手に入れられる。不言実行(ふげんじっこう)は美徳だが、大義名分と欲が人を動かす。

「おお、我等が盟主は何と忠義に厚い! それでこそ漢の忠臣ですな」と袁紹を称賛する声が上がった。そして我も我もと共に戦う事を誓った。

 機嫌良く高笑いを上げた袁紹は個人崇拝を許しているが、偶像崇拝は遠慮していた。

 幽州は異民族と接する最前線として発展している。度重なる襲来から危機意識も高く、兵の錬度も高い。

 本来、皇帝を輔翼(ほよく)し奉(たてまつ)る最高顧問府である朝廷に反逆した形の討賊聯軍総司令官である袁紹は、先の会戦で惨敗したが戦はまだ終わっていない。まずは一歩、自分に出来る事から始めた。

「裏切りの無念は忘れませんわ。ですから誓いましょう。二度と屈辱を繰り返さないと。あの奸賊と匪軍を打ち払い漢に必ず平和を取り戻すと」

 幸運と不運のバランスがあるなら、負けて不運に傾いた分だけ幸運を取り戻す。双方が平和を求めながらも、相手を滅ぼすまで戦を止めぬと決意していた。

 袁紹が最優先しなければならない事は戦線の再構築であり、何でもない様に敗残兵を纏めあげ、公孫賛と聯合して董卓軍の追撃に対し戦線を堅持した。

 共同体(コミュニティ)では身内以外は他者であり排除される。同郷の者が厚遇されるのも共同体の一員だからこそであり、他の共同体出身者は冷遇される。

 董卓と袁紹。哀れな民を煽る魔女はどちらなのか。それは後世が決める。

 連合軍と董卓軍を支えたのは陳家や多くの商会による資金だった。戦による民の流出は、税収面でも手痛い損失と成る。復興事業も多大な出費が予想される。

 それでも『死は鴻毛(こうもう)より軽し』とされ、兵の数は壁を作る為に利用されている。

 地味ながらもこのドクトリンは紀元前以前から受け継がれ、1860年代の南北戦争に於ける戦いでは依然として歩兵による戦列の維持が重視されていた。

 無能、無価値と思われる雑兵でも壁には成る。董卓軍の将の質に対して、連合軍は効率的に雑兵の量と言う壁で対抗した。

 南北戦争当時の火器は、400ヤードも離れればマスケット銃の命中率は4.5パーセント、ミニエー銃でも半分の52.5%に下がっていた。銃でさえ命中率は下がる。

 そして古代中国では弩や弓、投石機が火器の代わりに存在する。飽和的な攻撃を行えば、矢の面制圧効果は大きいと長社の戦いで一刀が実証していた。

 日差しを遮り、矢が董卓軍に降り注ぐ。

 連合軍は低リスクで高リターンな戦闘を展開した。障害物で街道を塞ぎ、猛烈な矢や石が董卓軍を叩いた。悪あがきではなく、効果的な反撃だった。

 董卓軍も弱卒では無い。絶望の時こそ足掻けば生き残れると知っていた。

 幽州まで攻め寄せたのは呂布麾下の第一路進撃軍(文献によっては第一縦隊と記載されている)。情報欺瞞で軍や軍団と言った名称を使っているが差は無い。武力の誇示こそ支配の確立に繋がる。

 立ち塞がったのは袁紹軍の将、麴義(きくぎ)。旺盛な戦意で迎え撃とうとして居た。

「官軍を僣称(せんしょう)する奸賊董卓の士卒に告ぐ。この道を進む者は一切の希望を捨てよ!」

 董卓軍の尖兵を率いていた校尉李傕(りかく)はその言い様に激しく反発した。

「ほざくな逆賊風情が。敵の兵匪は烏合の衆よ。袁紹の細首を討ち取ってくれん!」

 迅速に立て直そうと勇敢に突進をした董卓軍の士卒は、善く整頓し各兵密接して前進を再開するが反って損害を増やすばかりで、護国の華と散った。

 戦場で仲間の命を守りたいと思って行動するのは英雄願望の青臭い者だけで、戦況には寄与しない。戦で負けるのは集団が崩れる時で個人のミスごときではない。

 本来であれば、フレデリック大王の野戦猟兵大隊や軽歩兵の様な散開戦ないし散兵戦を原則とすべきだが、そもそも董卓軍はクロアートやパンヅール軽騎兵の様な馬による戦を得意としている。この様な野戦築城され待ち受ける敵に向かうには不向きだった。

 後世に論ずるのは簡単だ。戦場に身を置いた瞬間から士卒は将に全てを委ねている。

「呂将軍、敵に対して我が要求條件を承認する様に下野勧告を行いますか」

 牛輔(ぎゅうほ)は意見具申した。

 そもそも董卓は都を押さえていたが、漢には従わない諸侯が多い。見せしめとして連合軍の追討が行われているが、可能であれば自軍の損害は抑えたい所だった。

 だから、平和に時局を収拾せん事を交渉するか部下は確認して来た。しかし呂布は却下する。

「いい。無駄……」

 激烈的阻止戦が行われる中で呂布は、状況漸次悪化せる不安の状況を鑑み、附近に展開せる連合軍の撃破を命じた。しかし無理だと判断すれば自分が動く。

 腕に痺れや脱力感を感じていたが、余計な事を考えずに、前方に行動しある友軍を支援するの決意を、己の得物を取って表した。

「呂将軍!」

「下がれ。ここは任せろ」

 武人として才能に恵まれた呂布と並みの将では、同じ戦うにしても殺せるはずの敵を殺せない事に成る。価値のある戦いだった。

「……有難い、助かります。宜しくお願いします」

 怪我の程度によって治療は違う。外傷を負う事の少ない呂布は、脊髄空洞症で痛みを感じにくい痛覚障害持ち主だったが、周囲も本人の生まれながらの強さだと誤認していた。

 自分の症状が分からなくても戦場の空気は読めた。

 退くべきか、攻めるべきかどうかのタイミング、彼我の兵力、そして地の利を考えた判断だ。

 一方、一刀の金を奪い徐州に逃れた賊は、資金の洗浄を行う事に失敗した。

 首謀者の張闓(ちょうがい)は、これまで帳簿を誤魔化し荷抜き等を行って蓄えていたが、徐州は連合軍との戦で政情不安に揺れており、インフレで通貨が機能しなくなっていた。

 具体的な対策を検討しようにも戦が始まっている。批難の声が民の間でも散見された。

「陳家で働くなら最低限の頭は持っていそうな物ですけど、あの者達は猿以下ですな」

 そう言う趙雲は、一刀の軍師が賊の居場所を下邳と特定した事で、曹操の軍勢に合流して限定的に参陣していた。

 私兵は揃いの装備で統一されている。藍色の盔(かぶと)を脱ぐと挨拶に向かった。

 一刀の寵臣(ちょうしん)と言う事で、曹操が趙雲の能力に疑いを持つ事は無かった。

「趙子龍殿、一刀が陳家の私兵を任させているその腕を頼りにさせて貰うわ」

 曹操は部下に求める要求水準が高い。手持ちの兵力が限られる中で、効率の悪い保安隊、警備隊と言った後方地域に配置する自衛力さえも動員しており、猫の手でも借りたい状況だった。

 そして付け加える。

「貴女は、一刀の敵を倒す槍でしょう?」

 曹操の艶やかな眼差しを受けて趙雲は答える。

「当然です。真実を明らかにして道義的責任を追及するのは我が務め。趙子龍の槍にお任せあれ」

 東へ東へと徐州奥地に進撃する曹操軍ではあったが、袁紹の敗北は影響を与えており後方警備に兵力を割く必要があった。その為、前線の兵も十分とは言えなかった。占領地が拡大すればするだけ、張り付ける兵が必要になり戦力も分散するからだ。

 陳家から提出された徐州の情報は荀彧の策に役立った。払暁、報告を受けた曹操は、下邳の街に火攻めを行わせる策に出た。

 陶商は、獅子心中の虫である闕宣を助けはしない。

 一刀の家臣である諸葛亮からの書簡で、誅する者は分かっていた。だから「張闓(ちょうがい)の一党と共に、下邳を塵芥(ちりあくた)にしてしまえ」と。

 他に代替案も無い。こんな時代で、城邑が一つ屠城で消えても誰も気にしない。籠城してる方も殉教覚悟の連中なので遠慮はしない。

 彼女達にとっては片手間で終わる仕事だった。それも愛する男の為だ。出来て当たり前と言えた。

 自分の女は全員愛し、愛される。それが一刀だが、生涯の精液には限りがあり出し尽くせば赤い玉を残し死ぬと信じられていた。賢虚(じんきょ)で早死にされても残される彼女達は困る。

 一刀に愛される女達の多くが有力者や知恵者であった為に、恋しい、独占したいと言う気持ちを理性で我慢して、横の繋がりで組織運営されている。

 戦乱の時代がやって来た事で、恋愛の形も自由に成った。

 戦場では些細な言い争いをしても死ぬ事は無いが、一刀の寵愛を受ける女としては不興を買いたくはない。

『例え一夜しか逢えなくても、その一夜の為に万難を排除して時間を作る』

 刹那的でもキラキラ輝く為に協力関係を築いており、聖典は口伝のみで伝えられ文字にして残さないと言う徹底振りで、助け合いと団結力で結ばれた同志は、いわば秘密結社の様な物であった。更には東のローマから、子宝を授かる性器崇拝の象徴であるファルスの一種、ティンティナブルムを同志の証として揃えていた。

 ただし油断しては足元をすくわれる。同志でありライバルでもあった。

 一刀との間に子供が授かる一番は誰か? 人工受精も無い時代だ。処女受胎はキリスト様の奇跡以外にあり得ない。より多く愛して貰う機会を授かった者が勝者に成れる。

 これも家族の形だと信じている。

(あ、でも世の中には子供の世話をしないで家に帰らない男も居るけど、一刀ってその辺りはどうなのかしら)

 勿論、気持ちも伴ってこそだけど決まった仕事にも着いて欲しい、等と考え込む曹操を気にせず、趙雲は部下達の所へ戻った。信じる者は心惑わされないのである。

 信じる気持ちは時に羞恥さえ耐えさせる。

 ゴディバの語源であるゴダイヴァ夫人は、領主の夫から税を安くさせ民を救う為に、裸で馬に乗り街中を廻る露出プレイを強要された。それでもこの人の側に居たいと夫人は思ったのだろう。

 一刀が求めるなら彼女も露出を楽しむ気持ちはあった。

 恋はいつでもハリケーンと、東の海にも諺(ことわざ)がある。

 身体を這う一刀の手の感触を思い出した趙雲は、頭を振って思考を切り換える。目の前の敵に対処する事が第一だ。

 直(じき)に、大地に染みた血が瘴気(しょうき)として臭いを漂寄って来る。憎悪と殺意が戦場では尊ばれる。

 街の外周を壁で囲い、一体と成った城邑は都市国家の原点である。その中では欲望と陰謀が渦巻いている世界の縮図だった。

 金で転ぶ者は居る。恩義で動く者も居る。日が昇る前の薄明、多くの者がまだ眠りから覚めぬ頃合いに紛れて陳家の手の者である土台人が、下邳の城内で放火を行った。惨劇の幕開けだ。

 最初に武器庫や兵糧庫、流出すると問題に成る物が焼かれた。一刀の大番頭として諸葛亮はその知謀を震い、忠義を尽くして情報収集に当たった結果だ。

 各所で行われた攪乱による混乱が広がる中で手引きが行われ、趙雲は快速な騎兵を率いて城門の一つを確保した。

「皆殺しだ!」

 雄叫びを上げて殺到する連合軍の士卒。下邳の周囲は包囲されており逃げ場は無い。

 生け贄を前に、奪う事、殺す事が許され士気は高い。精神高揚剤として唐辛子粉を食事に与えられており燃えていた。

「ふむ。曹孟徳殿は苛烈な御方だな」

 見た目で侮っては居ないが、殺戮と略奪を許可した決断に感嘆を覚えていた。

「趙将軍、連中は貧民街に逃げ込んでいるそうです」

 陳家の財力であこぎな高利貸しを潰し、賭場を乗っ取り、身売りされていた者達を抱え込むと恩義に感じ動いてくれた。

「よし。張闓の首を討ち取って主に捧げるぞ」

 探索方の監視から報告が入り、趙雲は手勢を纏めると、血の臭いが染み込んだ路地裏を通り貧民街に向かった。違法増改築された街は迷路の様だった。

 矢が時折、飛んで来る。鬱陶しいが相手をせずに、そのまま進んだ。

 濁った血は排除される。連合軍の士卒は派手に宴をやっていた。

 放火や失火で家屋が燃え広がり、通りの幾つかが燃える瓦礫で塞がれている。騎乗しているからと飛び込んでも、馬が大ダメージを受けてしまう。ゲームではないのだから、普通の馬に火の耐性は無い。

 残敵の掃討も任務の内だが、基本的に陳家の私兵は目標を優先して動いた。陳家の敵としてロックオンされた盗人は、徐州から逃げる事が出来ず、グルグル逃げ回りこの街に逃げ込んでいた。

 入り組んだ市街地の路地では、不意の遭遇もある。時には敵に囲まれる場合もある。予想外の逆襲で時間を食うのは、趙雲をしても避けたい所だった。

 守将の一人である曹豹(そうひょう)は、混乱から素早く配下の兵を纏めあげていた。

「ほう。敵も無能ばかりでは無いか」

 素早く迂回し目標を捕縛、又は攻撃する。状況によって判断は趙雲に一任されていた。問題解決能力を見込まれたのだ。

 趙雲達が迂回した先。そこでは少年の目の前で、母親が犯されていた。

「これは漢に対する不忠の心に蝕まれたお前らの、穢れた肉体と精神を浄化させる行為だ。感謝しろよ」

 戦で昂った兵士達は、下衆な欲望を女体にぶつけていた。それを見る少年はNTRの背徳感に襲われていた。

 武官である母が、自分が人質に取られた事でならず者に凌辱を受けている。いけない事だが少年は生理現象で海綿体に血が集まるのを感じた。

「こいつ、見ろよ。自分の母親が犯される所を見て勃ってやがる」

「末恐ろしいガキだぜ」

 身体を拘束された少年は、下半身を剥き出しにされた。羞恥に涙が浮かぶ。そんな様子に嗜虐心をそそられて兵士達は笑い声を上げた。

 触れてもいないのに、少年はそのまま母親の顔に射精をしてしまった。

「がはははははは」

 がっくりと頭を落とした少年。母親の顔にへばりついた自身の白濁とした精子は淫靡な印象を与えた。一度の射精で若い性欲は収まらず、陰茎はまだ勃起したままだった。

「息子の物を綺麗にしてやれよ」

 少年の首に剣を添えて恫喝する兵を前に、諦念と失望の色を瞳に浮かべながらも、強要された母はせめて子供だけでも助けようと、堅くなったモノに唇を開いた。

 だが屠城の命令が下されており、弱い者虐めもゲームだった。弄ばれた母子は救われず始末されるだけだ。

「あ……」

 母親の視線の先に通りかかった趙雲達の姿があった。

 支那人の歴史は呪われ人の様に繰り返し、繰り返し虐殺、略奪を行っている。ソウルジェムがあれば濁りまくっているだろう。

 戦場ではあったが、趙雲は惨劇、悲劇と言った光景を見て心が揺れるだけの良心を持っていた。

(愚劣な!)

 性風俗営業禁止区域も無いから娼婦は珍しくない。しかし相手は娼婦と違い無理矢理だ。

 身体の熱が上がる。閨での睦事で火照るのとは違い、怒りからだ。

 趙雲は不快感から眉をしかめながらも、連合軍の兵に許された権利を邪魔する正当な理由が無かった。それに雑兵と言えど、怨みをもって復讐する気質も見受けられる。

 だから趙雲は苦しみを終わらせてやろうと、得物を突き刺し母子の命を刈った。

「ああ?」

 崩れ落ちた母子の遺体を前に、獣欲を吐き出していた連合軍の兵は唐突な宴の終わりで憮然とした表情を浮かべていた。

「何だ、姉ちゃん。お楽しみを邪魔しやがって、アヤつけようってのか!」

 代わりに相手をしてくれるのかと怒鳴る口を仲間が塞ぐ。相手は友軍であり、一刀の様なヤリチンでなくても趙雲と自分達の格の違いは読めた。

「止せ。そげな物言いいかんぞ! 行くぞ、お前ら」

 リスクを思慮して移動を促した。だが反発する者も居た。

「おい、これで済ませようってか!」

 執拗に趙雲を襲おうとする意思を隠しもしないが、仲間に諌められる。

「落ち着けって」

「何だよ、ガラ拐って回しちゃえば良いだろう」

 空気の読めない者が、見た目の良い趙雲の身柄も押さえて輪姦しようと発言をしたが、冷静に成った周りの者に小突かれる。

「舐めてたら痛い目を見る」

「一回だけ! 一発だけやらせろよ! 先っちょ挿れるだけだからさ!」

 自我を失い獣に堕ちれば軍律によって処罰される。ごねる者は、こいつマジかと仲間に抑えられた。

「うるせぇ、行くぞ!」

 趙雲が手勢を率いてる事から手出しも出来ず、舌打ちをして唾を吐き捨てると他所に獲物を物色しに行った。

 目につく者は手当たり次第に襲い殺す。一度穢れた者は決して綺麗には成らないからだ。

 士卒は自由に、略奪や強姦、輪姦、ヤリ逃げも許されるが、何もかも狂ってる様でも友軍相撃は許されない。思考を失い統制から外れれば賊と同じだが、彼らも格差社会の犠牲者だった。

 法を司る御史台に訴えても無駄である。秩序を持って殺戮を楽しむ。それが屠城のルールだった。

「下劣な屑め」

 屠城は、弱者に残虐性を発揮する民族性を現している。そして不安や恐怖を極限まで高める見せしめの効果を狙って行われる。

 老若男女を問わず全員強制参加であり、途中でやめる事は絶対に出来ない。指揮官の命令に従わなかった場合は罰が下されるからだ。だったらエロ河童と成り楽しむしかなかった。

 趙雲もその事は理解してるが価値観が違う。趙雲の描く正しい家族計画と違い、共感や納得は出来なかった。

 連合軍とは言っても枝葉に成れば、チンピラ同然の者も居る。

 人には一人一人、違った個性があってそれは素晴らしい事だ。強い男、強い女も個性であり恥ずかしい事では無いし、強くない男が性の捌け口を求める事も仕方が無い事だった。

 ただしマナー違反なら相応の報いを受ける事になる。

 

 

11

 

 幽州の戦いで、袁紹の追撃に董卓軍は失敗し取り逃がした。都ではスケープゴートとして司空の种拂(ちゅうふつ)、大尉の趙謙等が解任された。黄巾賊の討伐で活躍した朱儁(しゅしゅん)が山東の諸将と通謀している等の事案もあったからだ。朱儁の場合、発覚を察知すると荊州に出奔していた。

 潜血の彩る道のりは金ずくの殺しだけではない。無理をすれば報われ、愛しい者を連れて来てくれる。

 徐州にやって来た一刀は、仕事に誇りのあるプロとして活躍してくれた趙雲を可愛がった。

 人を斬るより片付けや、精神の方が疲れるからだ。

「先ずは久し振り。そして、お疲れ様」

 陳家をこけにした相手がどうのと言った理由やその結果はどうでも良い。戦での疲れを考えて手加減をした。

 リア充効果で雰囲気を大切にするのは当然だったが、この後に曹操との逢瀬も約束をしている。精力絶倫と言えても道具に頼る時もあった。

 愛に誠実とは言えない。料理の品評会で、奇抜にもお茶漬けを出し高得点を取る邪道な技だが、マンネリの打破には成る。

 人はチンパンジーとは違い考える事が出来る。見て、触れて、聴いて感じる。音フェチに限らず性行為は全てASMRに繋がるのであり、今日は張形の他に特注のボールギャグを使っていた。

(前に目隠ししたら乱れたから、もしやと思ったけど正解だったな。楽しくってつい悪のりしちゃった)

 勿論、使った道具は清潔にして性行為の感染症に注意も払っている。

 寝心地が良いのか、腕の中で寝息を立てる星を眺めながら一刀は思い出す。

 初めて彼女に会った時、抱きたいと思った。良い女ならそう思う。唯一絶対の真実で、男なら皆そうだ。

 唇と身体を重ねた回数もかなりの数に成る。

 子供が無事に産まれるかは分からない。合意の上で腟内に出していたが、この時代、不慮の事故や不幸が起きる可能性は高かった。

 本気で天下無双の武人成りたいなら一人の男に縛られるべきでは無い。殺しの技術、戦技は面々と腕を磨き、戦場で経験を積み重ねたからこそ身に付き意味がある。

 戦場では目潰しや金的蹴り、噛みつき、頭突き、髪を掴む何でもありだ。

 けつの青い理想論を信じず志を低く持ち続け、自分に高望みの嘘をつかない事が分相応な生き方に大切な事だが、趙雲と言う武人は勇気と信念を持っており飼い殺して良い者では無い。本質的に虚無主義(ニヒリスト)と言うよりも終日ぐーたらしたい一刀とは性根が違う。

(でも俺の知らない他所でムシがつくのはムカつく)

 一刀は独占欲が強い。

 何事も一刀次第で、相手も望めば道具として死んでもくれるだろう。

 日替わりでヤレる相手も居たが、彼女には側に居て欲しい。共に宛の無い旅をするのも楽しそうだが、やる事がある。

 星の潤いのある艶肌に耽りたくなるが、軽く額に軽く口付けをした。実年齢同様に肌年齢も若い。

「んっ……」

 充実した幸せ。そんな表情で星は寝返りをうった。

 無防備で安心しきっており、瞼を閉じて口は半開きの寝顔で、胸が上下に動いている。

(この様子だと朝まで起きないな。そう言えば、一晩に二人って考えたら久し振りか。最大、何人まで持つかな)

 この後も、自分の為だけに咲く花が待っている。恋愛とはやはり欲であり理屈だ。

 イケメンでモテても、いつか刺される可能性があった。

 ほんの一瞬で愛は憎しみに変わり、忠臣は一夜で逆賊となる。

 後世にも陳(ちん)円円(えんえん)と言う美女絡みで、味方にすべき呉(ご)三桂(さんけい)の敵意を買って滅んだ李(り)自成(じせい)と言う成り上がり者や、吉原で遊女の八ツ橋を斬り殺した佐野次郎左衛門等も居る。愛憎の念程に深い物は無い。

 一刀の複数愛(ポリアモリー)を、妥協して受け入れていなければ、女達はキ○タマを切り落とすか、蹴りあげる行動に移っていただろう。

 

      ×  ×  ×

 

 政の世界では、自分の功績よりも他人の失敗の方が成功の道に繋がる。強欲こそ向上心であり、生き残る力だ。

 都では司徒王允(おういん)、司隸校尉黄琬(こうえん)、僕射士孫(しそん)瑞(ずい)、尚書楊瓚(ようさん)等が憂国の思いから董卓排除の密謀を巡らせていた。

 そして連合軍に脅かされる陶謙は、徐州を守るべく民を駆り立て宣言していた。

「子供達は漢の宝だ。子供達の未来を守る為にも、躓かせる邪魔な石は排除する。それが例え諸侯の軍勢であってもだ!」

 傷付けられるより、傷付ける方が楽だ。敵を作れば団結をする。改易にも従わない。

 証拠に成って無い、罪人の存在は捏造。とにかく連合軍が悪いから謝罪しろと徐州側は反発をした。

 陶謙の周りの者達による扇動に乗せられた民は「理に従わぬ儒学後進国の愚民どもよ、徐州の怒りを震えて待て!」等とこぞって対抗心を高めていた。

「徐州は董卓に味方する行為をしてる。漢に変革が必要なのは分かるけど、董卓が先頭に立つ優れた指導者だとでも言うのかしら?」

 辛い選択には暗い未来しかないが、徐州も連合軍を敵に回すと決意していた。偽善だけで飯が食えるのだから。

 徐州侵攻に当たって曹操は、徐州に軍事的、政治的な根拠地を農村部に浸透させ築き、事前の偵察に一ヶ月、作戦の計画立案に二週間をかけた。

 徐州の都城を落とす為にも、民兵を組織し遊撃隊として活用する準備もした。

 目的の為に民を裏切り、泣かせ、嘘をつくのは正しいが、官軍として下品な事は許されない。

 陶謙の周りは、漢の秩序を乱す圧倒的な負の思念と欲望を隠す為に、一本独鈷(いっぽんどっこ)で威勢の良い言葉を出しても、いざ大軍を相手にすれば芋を引く事が予想されていた。だから曹操の敵では無い。

 実際、事が始まれば『百萬曹軍開赴徐州』と喧伝され、徐州に打撃を与え始めた連合軍だが、理非(りひ)を糾(ただ)す正義は存在しない。

 戦では大量の死体が発生する。死体の処理も労力を強いられる。ばらして魚の撒き餌にするには多過ぎる。

「埋葬は不要。焼きなさい」

 組織を纏めあげるのは知力と暴力のバランス感覚と権力であり、官吏が問題に上げなければ書類上、事件は存在しない。

「この件については」

 話によっては殺す。曹操はそう言う目をしていた。

 官吏は慌てて答える。

「一切、口外しません」

 誰もが高みを目指して生きている訳では無いので、何処の傘の下に入るかは大切だった。運は自分で掴みに行く物だ。益州でも張魯が五斗米道なる組織を立ち上げ勢力を広げていた。

「違う。過去も未来も、吹聴して周知しなさい。我ら東の地で、賊と組み国を脅かす叛徒を討ち漢の世を守らんと」

「は、はい」

 能力的に出来るのにやらない者を曹操は好まない。持つ者の義務であり責務だからだ。

 世の中は、一番最初に死ぬべき者、カスの為に犠牲者が出る。死んでも良い悪者はしぶとい。

 曹操は古い王達の治めた地、徐州を足掛かりにする絵図を書いていた。それも漢の頂点に昇ると言う桁違いの物だった。

 一刀との約束がある。曹操から華琳へと気持ちを切り替える。

 有力者の女の間では、夫以外に男を囲う事が許されていた。でも逆だ。

 出逢った時から心を捕らえられて離してくれない。身も心も一刀の物だ。だから共に過ごせる時間が少なくても、愛している。

 充電完了と部屋を出た一刀は、情交の残り香を水浴びで消していた。

「明日は何処か出かけないか」

「駄目よ。仕事があるもの」

 漢の産業帝国主義の手先である陳家。中立では無く、有力者と結び付きながらも政とは距離を置き、世の為、人の為と起つ事は無かった。

 一蓮托生と成らない、取り込まれない為の生存戦略だった。

「それは残念」

 小難しい事を考え論じる事が出来ながら、一方で金儲けを成功させていた。

 それも一刀の手腕による成果だった。だから為政者である曹孟徳としては一刀の才が自分の下で振るわれない事を残念に思う。

「はい、お待たせ」

 和牛のルーツとされる韓半島の大地で自然放牧し、育て上げた極上の朝鮮牛から採ったカメノコ、カイノミ、マクラ、ネクタイ、ブリスケ、トウガラシと言った希少部位を贅沢に酒の肴としている

「先ずは塩でどうぞ」

 華琳は目を細め味わっている。

「鹿肉に似てるけど脂身が多いから甘いわね」

 鹿肉の場合は噛む事で歯垢、歯石の沈着を押さえ、口臭を軽減してくれる。天然のオーラルヘルスケアらしい。

 土産の酒も勧めた。閨では手荒に扱われる事も許すが、食には粗い事を許さない。そんな華琳の厳しい舌を借りた。

「あ、美味しい」

 自他共に認める華琳の美食家の舌を唸らせる事が出来て、一刀は自慢気な笑みを浮かべる。

「だろう。厳選した米と水を使ってるからな。今度、これを商品として出す積もりなんだ」

 塩辛い物や糖分、酒は適度に採れば体の活力と成る。他にもニガヨモギを原料にしたアブサン擬きの蒸留酒、試作品のはらんぼやはしまきを出してみた。

「私の御膳番として雇ってあげても良いわよ」

 試験ではなく推挙によって雇う者を拳人と呼ぶ。身分ある曹操が試験をフリーパスさせるのも、佞臣(ねいしん)と違い阿諛追従(あゆついしょう)をしない自分を確りと持っている男だからだ。

「うわ、それは遠慮するよ」

 相手は美食家で優れた料理の腕も持つ。そんな相手の舌を、料理人の本職ではないのに満足させ続けられると一刀は思わなかった。

 食いしん坊は卑しん坊とも言う。一刀のリアクションが今一つ良くなかったが、今は好きな人の傍らに居る。華琳は、その事が幸せだと感じられた。

「ま、何れ落ち着いたらその力、借りる事もあるわ」

「了解」

 憩いの場であり、酒で舌が軽くなったのか、一刀の腕に頭を預けながら華琳は愚痴を溢す。

 心と立場を天秤に掛ければ、心を許した者を前に葛藤は無い。好きな人に愛されていたら、それで良いのだから。

 一方で耳朶(じだ)を擽る華琳の甘い声に、一刀は違う所を反応させてしまう。

 良い香りもする。

 顔を上げた華琳と視線が絡んだ。上目遣いで首を傾げる華琳だが、そんな表情を見逃さない一刀は誘われていると判断した。

 華琳の指を撫でて手を握ると、唇を重ねた。

「ん、んぅ……」

 唇を貪る様な口付けもあるが、酔ってる相手は嘔吐物が逆流する危険もある。一刀のそれは優しい物だった。

 華奢な華琳の体は一刀の腕の中に滑り込んで来る。

 アルコールで意識が朦朧とする程でも無いから、華琳は経験から一刀が何を求めてるか分かった。

 生娘ではないので照れる事もなく、笑い声を漏らした。

「ふふ、所有物気取り?」

 そう言いながらも、華琳は一刀になら利用されるのも良いと思っていた。

 太腿の奥では、まだ触れられていないのに、期待から花弁が濡れそぼっていた。

 一刀は華琳の小振りな胸に顔を寄せて、舌を這わせ一揉みすると、再び口付けを交わす。

 華琳は忌み嫌われる宦官の孫と言う立場だが、一刀は華琳の同性愛や加虐性愛(サディスト)な嗜好も宦官の穢れた家柄も含めて愛し、求めてくれる。

 好きな人が出来たら、その人の色に染まるか自分の色に染めたい。独り占めしたい物だから。

 唇を離し、華琳を膝の上に抱え込む一刀。両手は華琳の臀部を撫でている。

「あぁ……っ」

 ただ撫でられているだけだが、じわじわとした甘い快楽に腰を動かして華琳は吐息を漏らす。

 抱き締めらると癖に成ってしまう。何でもOKでは安い女と思われてしまう。

 それでは悦びも半減してしまう。

 難しく考えてる間に、伏せさせられていた。

 

 

      ×  ×  ×

 

 秘裂深く体内に何度目かの熱い白濁を受け止めてびくびくと震え、快楽に溺れていると外から声がかけられた。

「華琳様、荀文若参りました」

 荀彧だ。

 一刀と目を合わせると華琳は返事を返した。

「入りなさい」

「失礼致します……え、一刀?」

 桂花は入室して来たが、敬愛する主と一刀が睦合う様子を視界に入れて、遅鈍符でも食らったかの様に動きが鈍った。

 疲れたとかエネルギー不足では無い。

(えっと一刀が華琳様に手を出した……。そうだ、殺そう。一刀を殺して私も死のう)

 そう思ったのも無理は無いが、華琳の表情は蕩けており、牝の顔をしていた。

 愛人を囲うには年間に金がかかる。健康管理の薬や、食事以外に美味しいおやつ、服飾も贈る。陳家には財もあり、一刀なら妾に肩身の狭い思いをさせず、最高の家族として迎えるだろう……。

「桂花は一刀と同郷の上に、真名を預かってる位だから憎からず思ってる相手なのでしょう? 今日は桂花も交えて三人で楽しもうと思って」

 美しい者を好む華琳の性癖は、両性愛(バイセクシャル)もイケる口だが、桂花にとって現状はあまり宜しくない。家族とライフスタイルを大切にする桂花にとって、愛は百か零かの話だ。

(合意の上って事?)

 不誠実だと理詰めで怒鳴れば状況は変わる。しかし奴隷根性と言う訳では無いが、主を盲目的に信じていた。他の妾の存在を許している以上、排斥も難しい。

 行ってきます、帰って来た、お休みなさいの口づけが出来る正妻(仮)の地位も諦めて華琳に譲るなら、その程度の執着とも言える。華琳への忠義と一刀への愛情の板挟みに成りながらも、頭は正解を導きだそうとするが気持ち悪い。

「華琳様」

 私事よりも要件があった。トントン話を進めるべく、感情を抑えて報告を優先する。

 陶謙の傍らで間諜活動を行う人物より『謙病死』の報が入っていた。捕まれば協力者の処刑は免れない。死と隣り合わせの報告であり、情報の精度と信頼性は高い。

「そう。悔い改め、懺悔する事無く逝かせたのは残念ね」

 魔王を倒せば勇者の物語は終わるが、魔の都は残っている。

「しかし、今こそ害虫どもに鉄槌を下せる好機です。奇兵を以て郯(たん)を落としましょう。州牧の印綬さえ押さえれば、華琳様の勝利です!」

 溺れた犬は棒で打ち叩け、石を投げろ等と追い打ちをかける言葉がある様に、桂花は州牧が死んだ混乱を利用し、急傾斜地崩壊危険区域を走破出来る知謀優れた豪傑の士卒による郯(たん)の襲撃を提案した。

 二人の意識が女から闘う者へと変わる。奇策、奇兵は常道手段では無いから、兵力投入の時期は重要だった。

「数は?」

「卒三千人もあれば十分でしょう」

 迂回機動による浸透突破の成功例としては、猟犬師団と第9装甲師団の間隙を突破した米第3機甲師団の例があるので無謀とは言えない。

 それに陶謙の子、陶商が州牧を継ぐよりも先に、敵の中枢を叩けば徐州の戦は終わると言う現実もあった。

 徐々に敵を弱らせて敗北を教え込むのは楽しいが、狩りに時間をかければ隙が生まれ、獲物を取り逃がす、あるいは反撃をされる。

 零れ落ちる華琳の声に情欲を感じさせる物は消え去っている。一刀を置き去りにして二人のやり取りは進み、徐州の幕引きに選ばれたのは、華琳の家臣の中でも武闘派筆頭の夏侯惇では無く、同じく華琳の杯を受けた直系の最高幹部の一人、妹の夏侯淵だった。

 冀(き)州兵は董卓軍との戦いで弱卒と侮られているが、徐州征伐で汚名を払拭している。司令員兼政治委員として夏侯淵の指揮下で暫編北进(進)兵団を編成。兵団とは大袈裟な名称だが、部隊の規模を偽装、隠蔽、秘匿する目的もある。

 上に立つ者は下の者に個性を求めないが、指揮官の能力は別だ。夏侯淵は要求を過不足無く行える能力があった。

 總勢三千餘人の兵団は突囲戦を想定して機動性を重視しており、雲梯や弩、投石機の重装備は無かった。步兵特戦化に通じる物であった。

 だが天の采配か、郯を地震が襲った。

 心ある吏士は被災した民の救済や復興に意識を向けるが、夏侯淵は戦場に立っている。トイレで大を流さない事など考えられないのと同じで、状況に応じた判断が下される。

 地震を好機とばかりに、夜半に梯子を抱えて隠密に郯の城壁を登り、城内に攻め込んだ。

「敵襲、敵襲!」

 遅かれ早かれ連合軍に攻められる事は覚悟をして、波状攻撃を予想して守備に着いていたが、城兵は地震の混乱もあり市内に散っていた。

「敵の狙いは何だ!?」

「知るか馬鹿野郎! 俺達は既に死地に居る。陶州牧様の理想に殉じ、遺言に従うだけだ」

 混乱状況とあれば尚更で、口角を吊り上げて怒鳴っている。

 思い出は時に生きる活力となる。少なくとも戦前の徐州は地上の楽園だった。

「そうだ! 我々は陶州牧様への借りを返さねばならない。この土地には先代や若い者の血が染みている。死者を弔い、子や家族を養う。戦から徐州を建て直し、明日へ繋げる努力こそ恩返しだ」

 負け戦は指導者の能力不足による結果だが、敗戦の屈辱に耐えられぬ者は、忠誠と献身、陶謙が生前告げた言葉を正しいと信じて抵抗を続けていた。ウェルテル効果や集団心理による付和雷同だ。

 それでも人は挫ける。城内に侵入された守備側は士気の維持に苦戦したが、軍規を守る為、督戦部隊として劉備の義勇兵はよく戦った。その活躍ぶりから『劉備様かわゆ』と言われながらも、身の丈は七尺五寸もあるなどと誇張された伝聞が広がっていた。

 文句を言うのは自由だが命令に逆らう事は許されない。敵前逃亡や敗北主義者や士気を下げる為に死罪となる。

 その後は籠城戦に備え解体され、目利きの出来る者によって良い部位が塩漬けか干し物として活用される。

 肉を食べる者は阿呆ばっかりとベジタリアンは言うが、肉の正しい食べ方を知らない素人であり、肉には必要な栄養素がある。

 忙忙(せわせわ)しい時であっても腹はへるのであった。生ある物はいかに生きたかが大切であり、他者の血肉と成る事も誉れであり、最高の供養でもあった。

 本件に関して劉備は「私の行いを間違いだとは思わないよ。だって皆、お腹が空いていたんだから」と言葉を残している。

「桃香様、策が出来ました」

 劉備の元へ、軍師の楊儀(ようぎ)が後輩の蒋琬(しょうえん)と手を繋ぎながらやって来た。楊儀は脱走兵を制止しよとして斬られ、負傷したから歩行の補助を受けている。

 加害者は後悔や反省をする前に、秩序を乱す者として始末された。

「あっ、うん。聞かせてくれる?」

 城内に敵が攻め寄せた状況で落城も時間の問題と言う認識はあった。どう動くか劉備達も決断を迫られていた。

「全軍を率いて夏侯将軍の元に降伏致しましょう」

 供廻りが周囲を警護してるので外に漏れる心配は無いが、敗北主義に捉えられかねない不穏な発言だ。

 劉備の若中である費禕(ひい)は、軍師を日和見する信念を持たぬ者と判断し、他の舎弟や若中と共に睨んでいる。

「えっ! あぁーっ、ちゃんとご飯食べて寝たの?」

 現状を打破する具体的改善策を求めたのに、エラい事を言い出した。栄養不足や疲れで頭が回っていないのではないのかと心配をしてて劉備は問いかけた。

 しかし楊儀も蒋琬もニコニコしている。臆病風に吹かれて士気を下げようとしてる訳でも無い様子だった。

「勿論です。桃香様が士卒の栄養に気が配られておられる事は存じ上げております。私塾で師より教わった健康食、米7:麦3の割合で混ぜた食事を頂きました」

「あ、そう」

 徐州では高い理想で飯が喰えた。それも陶謙の援助があっての事だが、これからは違う。

「我ら城内守軍に増援が来る事は当然、敵も想定してるでしょう。であるならば対策もされていましょう。敵後続が外囲展開すれば進攻から落城まで、それ程の猶予は無いでしょう」

 夏侯淵に降らねば、逃げるか、戦うしか選択が無いが、殉じて死ぬのは論外だった。軍師達の意思は降伏で決定している。

「桃香様、降るなら手土産が必要です」

 そもそも軍師は敵を陥れ倒す事を生業にしてる者で、やがて主の寝首をかくやも知れぬと周囲から警戒され様とも、主の信さえあれば知謀を捧げ続ける寂しがりの生き物だ。だから劉備は全面的に信用した。

「まぁ、そう言うなら任せるよ」

 劉備も子供では無い。意地や理想だけでは戦えない事や、曹操達が虚飾では無く本気で正義を信じて未来を守ろうとしてる事も理解していた。王である州牧は死に、根城も叩かれている。徐州の壊滅は目前。

 義と利を天秤にかけながらも、曹孟徳に降るのでは無い。袁本初の連合軍に降るのだと自分を納得させた。

「はい、ありがとうございます」

 兵を連れて行くだけでは無く、大義名分となる州牧の印綬を確保する。

 この功績から夏侯淵が投降を受け入れた守軍は、劉玄徳以下兵数百人を数えるだけとあり、残りは屠殺された。

 後世に劉備は『仁徳や下からの人気は一流、組織を動かす将の器は二流、運は三流』と評価されるが、ともかく今回は命を拾う事が出来た。

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