※この作品はR-18です。

人格基盤形成の不全における弊害と観察   作:キューブケーキ

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社会的相互作用の質的向上1/2

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 鳥の囀(さえず)り声で董卓は目を覚ました。質素だが品位を損なわない装飾の部屋だ。

 周り皆のお陰で、衣食住に困る事無く日々の暮らしが出来る事に感謝しながら、今日の予定を思い返す。

 漢の敵を討つ戦いで命を散らせた愛国烈士達の追悼式が行われる。大切な人は心の中に居るから、残された者は死んでも愛し続ける。失った悲しみは、ただ金があれば良いと言う訳では無く、気持ちの整理も必要だ。

 幸福と不幸は個人によって感じ方が異なる。それが平等では無いからこそ、結果を出さずに死んだとしても死者の人生は無駄ではなかったと、式典で偉業を讃えられ死を納得し認める事が出来る。偽善だが効果的で、被殺者や戦死者の遺族に対しての宣撫の意味もあった。

 任地から離れられない者を除き、董家の直系、分家、姉妹(きぃうだい)分の主だった一門が参列している。

「──自分がこの世で一番哀れだと思いなさい。涙を溢した分だけ幸せになれる。幸せは他人を踏みつける事で成り立つなら、我慢をしてはいけません。その後に敵と味方、善と悪で割り切り、苦しんで逝けと憎む事で悲しみを吹き飛ばすのです。そして、必ず勝ちましょう! 勝つ事が正義であり、幸せを手に入れる唯一の道なのですから」

 民にとって世を統べる英傑は願い、待っていればやって来る物だが、王と成る者は、国と臣下と契約し私を捨てる。そこには儚げな少女としての姿は存在出来ない。完璧を目指し強くあらねばならない。

 浅ましいと内心で思いながらも、ここまで来たら新しい真実を作るしか無い。

 為政者として偽物か、本物かは心の持ち方次第で決まる。だから薄っぺらい言葉で飾り演じきる。

 大好きな人と過ごせる場所を、時間を作る。その夢を実現する為なら、恋する女の子は強い。リアルの逆境に立ち向かう。

 国は民を守り、民は国に従う。婚儀と同じであり、家風に従うのが嫁いで来た者の務めで責務だった。

 国は搾り上げ税を取り上げる以外に従う者には、努力をすれば必ず報われると教える。内憂外患を乗り越える為にも、従順な同朋以外を拒絶し排除する姿勢を見せる。数え切れない程、敵を打ち倒してやっと、朽ちかけた漢は延命される。屍の山を築いて土台は揺るがなくなる。

「皆を守りたい」

 光ある未来を手に入れる。董卓の思いはそれだけだった。

 英雄は魔王を倒して旅を終えるが、現実の統治とは苛烈な程、飴と鞭の効果が出る。

 天下分け目の決戦であった冀(き)州の戦いで奸臣(かんしん)袁紹の首級をあげる事に失敗。幽州に取り逃がした。

 生かして置いては天下の見せしめにならん。しかし取り逃がした魚は大きい。

 ならば反乱軍は纏めて閉じ込めてしまえと言う結論に達した。ジョージ・ウォレスではないが、隔離政策は住み分けとして必要であると考えていた。

(この世には無価値な人が幾らでも居る)

 話も通用せず襲いかかって来たキチガイの様な異民族、匈奴。そんな敵を涼州でこれ迄に相手して来てた経験がある。

 初心を忘れず、董卓は反董卓連合に加わった諸侯の支配地を確保した後、弾圧と圧政を始めた。敵対する者に同情は禁物だった。命じられた士卒は、董卓の政を邪魔する輩に対しての焦りや怒りを糧に、占領地の民に締め付けを行う。

 追悼式では空気を読めない者も居ず、参加者全員が反董卓の諸侯打倒を誓い、滞りなく終了した。退場する董卓に報告が入る。

「袁家を慕う民の一部が幽州に向かおうとしております。実態としては、袁家のシンパに勧誘(オルグ)され転向した物と考えられます」

「袁家への敬意や憧れを好意に変えさせる。見事な人身掌握で、土地の者は従う。参りましたね」

 歴代王朝の進退を決めるのは天命であるが、政の努力も怠ってはならない。技量や知識はいずれ身に付く。

「漢に逆らう愚か者に与する等、これは許せません。追っ手を向けましょう!」

 社会悪は駆除すべきだと言う意を持つ李傕(りかく)の言葉に、どうしたら良いのか董卓は考える。

 今一番必要な物、大切なのは武威を示す事であり力だった。殺しは禁忌ではなく、民を救う術の一つである。赤黒く血に染まった大地では、民の暮らしに秩序が求められ、滅びを止める力によって国が維持される。

「幽州は賊軍の支配する地。漢を捨てると言う事は、漢の民として生きるに値しない事です。権力簒奪の野心で戦を引き起こす袁紹を打倒し、関東諸侯の権力基盤を解体しなくてはいけません。その為に必要な処置を取るべきです」

 自派以外の勢力は、漢の敵と捉える唯一論で排他的な考え方だが、国が滅びれば崇高な理念や想いも消える。政とは犠牲の上に成り立つ闘争だった。

「月様、今しばらく、今しばらくお待ち下さい!」

 古くからの家臣は、心優しい董卓に罪悪感を負わせまいと民の懐柔を進言する。しかしプロなら、辛い事や悲しい事があっても言わない。誇りを持って職務に邁進する。それが政に挑む者だった。

 政の為、悪(あ)しき事も余儀無くされ心が痛む。董卓は後世に『ブーメランが刺さり過ぎて笑う』と言われる決断をした。

「稚然(ちぜん)さん、宜しくお願いします」

 旧約聖書で神はソドムとゴモラの街を罰し、ロトの妻は振り返り塩の柱と成ったと記述される。

 董卓の許可を得た李傕(りかく)は地の果てまで追い詰める気合いで挑み、「漢の為に死なねばならん。生きたいと思うな。死ね」と語り、親袁反民族行為者は文字通り不適格な不穏分子と一様に断じて、女子供に至るまで穴に埋め殺した。人が生き残れるのは『死を受け入れた時』であり、逆に『諦めず足掻く者』には必ず死が訪れる。断種と屠殺は、国が秩序を維持する為に必要な事だと信じた。

 為政者には人の生き死にを決める責務がある。

 愚かな禽獣夷狄も子や仲間を思う心は深い。漢の同朋であったなら尚更だ。

 民を殺すのは嫌だが、董卓の統治を受け入れず旧領主に従う不穏分子なら、多くを救う為に死んで貰うしかないと割り切るしかなかった。

 生かしておけば仇に成るなら容赦をしない。それが漢を導く相国として歩む覚悟だった。

 討たれた首は干し首として西域との交易で使われた。この動きは『董卓肆虐、侵我冀州。掠我財産』等と伝わっている。

 川の流れは簡単に変えられる。戦力の再編、整編を急ぐ連合軍は、反攻準備を整えつつあった。

 田豊は斉の恵(けい)王に仕えた田単(でんたん)に習い、多種多様な迎撃の策を立てていた。

「麗羽様、残念ながら冀(き)州から董卓の軍勢を追い出すには力が足りません。青州を制し、幽州、徐州の経済帯を一帯として築き固め、董卓に対抗し得ると考えます」

 田豊の自信があるからの献策を、袁紹は繊細に吟味する。

 支持基盤であった本拠地奪還は不可能ではない。しかし直ぐには無理だった。ゆえに青州に兵を進める事は、戦時だから仕方がないで済ませられる。

「短期決戦に失敗した以上、持久戦に備えるのは当然の事ですわね」

 袁紹を首班とし正統性を訴える連合軍によって実効支配される幽州と徐州に挟まれた青州は、渤海と黄海に挟まれた山東半島に位置する。

 刺史の焦和(しょうか)は反董卓連合軍の一員として参戦していたが、冀(き)州の戦いで戦死。この混乱に乗じて黄巾党残党が蜂起し、青州を席巻していた。

 社会では成果に見合った報酬を得られる。陶商が未だ抵抗を続けているとは言え、実質的に徐州を制し、袁紹から平東大将軍に任じられた曹操。ハマチからブリに成ったように、人類の歴史を創るのは彼女の様な先駆者だった。

「華琳様、此度こそは陶商は必ず降して御覧に入れます」

 主の気分を害さない様に、頭を深く垂れる夏侯惇。

 妹の後塵を拝する形に成った夏侯惇は、ジタバタする事になるが、頑張って汚名返上するぞと意気込んでいた。そんな夏侯惇を見下ろしていた曹操だが、進言を却下した。

「いいえ、春蘭。囲むだけで良いわ」

「はい?」

 夏侯惇の視線の先で曹操は、機嫌良さ気に微笑んでいた。

「桂花、説明しなさい」

「はい、華琳様。陶商は臣下からの人望もあり、徐州の統治では旧臣や民を纏める上でも役立つ。だから幾らかの権限を与えて支配を任せる。それが華琳様のお考えなの」

 城郭の普請は軍事的着眼で行われており、落とし穴や振り子の罠も用意されている。全く油断ならない以上、力攻めで無理に兵を損なう必要は無い。餓城で味方の兵を損なう事無く、敵の心を砕き開城させる。

「華琳様の御下知、承知しました。抑えはお任せ下さい」

「良い子ね、春蘭。物分かりの良い子は好きよ。帰ったら可愛がってあげるわ」

 その様に夏侯惇に告げると、曹操は増援として派遣された臧洪(ぞうこう)と田楷(でんかい)の軍勢を加えて、青州の平定に挑んだ。

 英傑と呼ばれる者は皆、悪徳と背中合わせで生きている。徐州を迅速に平定した曹操は、今回は州牧も不在で楽に勝てるであろうと判断していた。慢心ではなく虫ケラ相手の勝利と確信していた。

 青州に於いて曹軍は、賊から漢の権益を守り、民を保護すると題目を掲げながら山東半島を分断する形で進攻した。東莱(とうらい)郡の天然の良港である膠州(こうしゅう)湾から北海国を横断し、渤海の菜州湾に至る──かつての北海郡と膠東国を分かつ線だ。

 意気揚々と勝利に向かって前進した連合軍であったが、青州征伐を描いた『血色青州』によると青州の賊徒は、黄巾賊時代の宣撫工作や遊撃戦を目的とする武工隊が中心となって、落とし穴や毒矢を使って散発的な抵抗を繰り広げた。

 時には曹軍の小部隊を見れば、好機とばかりに糞団子や糞玉、矢の雨を降らせ、倒木で進路を塞ぎ、火攻めを行った。生存者の耳に「打鬼子!」の雄叫びが聴こえたと言う。

 王佐の才と評価されながらも、この戦を荀彧は恥じた。ミスをするのは当たり前だが、軍師はミスをフォローする立場だからだ。

 一方で、後に抗日戦争や国共内戦で活躍した国府軍の名将白(はく)崇禧(すうき)は、青州兵の戦術を評価している。己の武器に拘る者は二流以下、地形・地物、あらゆる物を扱える者こそ一流であると。

 

      ×  ×  ×

 

 人は接点の無い者に関心を覚える。それが好奇心や興味である。異性ならばセックスアピールと言える物で引き寄せられる。

 だから人は日々、エロくなっていく。

 一刀の生きた時代を彩るのは見目麗しい華達だ。男も女も子孫を残し家を継がせる為に、年中、繁殖期であり発情期でもあった。華を楽しむ以外に命を脅かす事象も多かったからだ。

 社会的相互作用の本質として、物欲や金銭欲のある相手は向上心があり、餌を与える限り裏切らない。官位と言う名誉を与えれば恩に変わる。いつの時代も人の欲が平和を築いた。最後に笑うのは賢く生きる強い者だった。

 街道には軍勢が溢れている。馬や牛、ロバが荷馬車を牽き嘶(いなな)きながら進んでいた。

 董卓陣営の切り崩しによって内応した袁術軍によって連合軍が敗れた時、軍役を申し受けた孫権は袁術の後方支援を行っていた。連合軍参陣に当たって姉の孫策は、袁術麾下の与力として一門を率いて前線で戦っており勝利に一役買っている。才能の力は積み重ねた努力の何倍も先を飛び越えて行く。

「雪蓮様より火急の用向きとの事です」

 使いから文を預り孫権は読み上げた。雄叫びを上げて嬉々として戦っているであろう姉からは、連合軍が敗れた事、袁術軍がそれに貢献した事が書かれていた。

 家族の事を考えてどう立ち回るか、姉は常に考えて生きて来た。今回もそうだ。

 剣はただ斬り倒す為の武器であり、真価を発揮するのは持ち手次第。生粋の戦争好きな孫策なら勝利は当然だが、敵は董卓軍だった。

 血飛沫の中で地獄に落ちるのは本望。戦いに生きる女の生き方だが、興奮や憤りを抑えて溜め息が出た。

 袁紹は、ホームグラウンドでアウェイの董卓軍を迎え撃ったのに敗れた。それだけ袁術軍の寝返りは完璧なタイミングで成功を収めたのだ。

「ん………、成る程、張勲の策か。袁術と袁紹が反目してる事は知っていたが、悪徳に身をやつし汚名を被ってでも勝利を得たいとは、私には読めなかったな」

 政の上で約束とは破る為にある。裏切りも正当な策の内である。ただ孫権は、その勝ち方を潔いとは感じなかった。

 姉は策謀の内を知らされてはいなかったが、張勲の描いた通り、見事に動いた。生真面目な孫権では裏切りの予想もつかなかった。

 威信や格式にとらわれない田舎者の付け焼き刃な兵法では戦に勝てない。身分や階級、生い立ちは絶対的であり、階層の違う相手の思考は読めないからだ。

 眉間に皺が寄ってしまう。だが卑怯とは言わない。穢れや汚れを気にせず、家を残す事が務めだからだ。

「要求貫徹とはいかなかったが、ともかく此度の戦は味方の勝利で終わった。恩賞は思いのままだろう」

 街道は物流の要だが賊の標的になりやすい。黄巾の乱ではきちんと躾されていない百姓が簡単に悪の道へ転がった。道徳教育を受けた現代人と違い、悪徳を積む事で飯の種に成る事を選んだ。

 敗残兵狩りで負けた側を襲いかかる民兵も居たが、勝った側や統制の取れた正規軍相手に襲いかかる馬鹿は居ない。孫権の仕事は終わったと言える。

「今回の戦、董卓を排除して堕落した漢を正す義挙との事でしたが、返り忠で勝ちを得た袁術の行いは、卑怯としか言えません。これでは諸侯に義理が立ちません」

「止せ。私だって納得はしていない。しかし、此方の首尾は上々であったと理解は出来る。だから姉様達も従ったのだろう」

 姉は優れている。王としての才能は努力を一生に伏す程に隔絶している。ゆえに従う。

 家名の存続を考えれば勝ち馬に乗りたい。万が一を考えれば、親族の一人は袁紹側に従わせる選択もあった。そう言った諸々の懸案を含めて判断された事だから。

「それに苦しむのは私やお前達では無い。姉様だ。応援はしないが、私は姉様の味方だ」

 戦勝祝いの宴で割り切る事を諭して、開き直って楽しむ事にした。好物の蛙を肴に酒を飲み、夜がふける。

「私は寝る。お前達は楽しんでくれ」

 部下と腹を割って飲み交わす事を度々、経験して酒に強くなった。上に立つ者としての意識から心も強くなっている。

 孫権は髪飾りを外し着替えをしていた。そうして孫仲謀から蓮華に、公から私へ気持ちが切り換わる。

 力のある者は一夫多妻、一妻多夫が許されているのだが、良い物件から売れて行く。隣に座る席は有限だった。だから江南の女性達には、肌を見せ体型を強調した童貞を殺す服が流行っていた。

「んっ」

 胸がつかえて服が入らない。眉間に皺を寄せて腕を止めた。

 また成長している。

 自分の容姿には自信がある。勘違いと自惚れの自信も必要であるが、物には限度がある。

 一刀の教えてくれた美容法は、しみ、そばかす、吹き出物、肌荒れ、乾燥、日焼け止め、肌のトラブルを解決し神仙の御技と言える効果をもたらしたが、胸の成長抑制する効果までは無かった。

 世の男は若い女を好む。女性上位の社会と言っても、死亡率が高く早世する世界なら、早く子孫を残す事が男子一生の仕事であった。

 一方の男を迎え入れる女も悠々自適とはいかない。男とは違う悩みが存在する。

 平民、富豪を問わず、洗濯板やまな板に例えられる貧乳には無い者の悩みが存在する。しかし大きい胸にも汗疹(あせも)や肩こり、服のサイズと悩みは尽きない。

 大した中身の無い者こそ『人は中身が大切だ』と言う。人は外見が大切であり、第一印象に左右され、往々にしてそれを覆せる事の方が少ない。

 心も身体も全て愛する男に見合うだけの女になりたい。肌は荒れたり傷が無ければ良いと言う物でも無いが、自分を磨く事を厭う理由にはならない。

「ままならない物ね……」

 帰郷した蓮華は、休みを利用して賢者と名高い名士の話を訊きに訪れた。

 順番を待つ者は少なくない。通された蓮華は、悩みを打ち明けた。

「今の世の中は辛い事ばかりだ。どうしたら不幸な子供を産み出さず、民は喜びに溢れた人生を生きる事が出来るのか?」

 問いに対して名士は答える。

「貴女の知りたい事はそれだけでは無いでしょう。その答えは、貴女自身も知っています」

「えっ?」

 胸の悩みだ。

「言葉は不要です。貴女が問う全ての答えは、既に貴女の中に存在しているのです。貴女が貴女らしく生きれば、答えに気付けるでしょう」

 酔っていたとは言え、新しい世界の扉を開いた。その手助けで、受けた恩義は倍返しする。愛されたから、一刀を愛する。刷り込みでも本人は納得していた。

 幸いにして蓮華の愛する一刀は、大きな胸に微塵も魅力を感じない程でも無い。美しい女なら来る者、拒まない。それにバブみを感じる事を好む男では無いから、乳に拘りは少ない。

 希望や願望、目的意識を持てば人は強くあれるが、生物学的な番(つがい)の根拠も存在する。

 孫家の者は情が厚く結束しているが排他的で、血が濃いと劣性遺伝子を受け継いでしまう。胞状奇胎ならまだしも、ダウン症や無脳症、奇形を産みたく無ければ、外から一刀の様な優れた血を一族に入れれば、子孫繁栄も間違いなかった。

(私の中……。私の身体で一刀に愛を証明すれば良い?)

 期待感から震える蓮華の頭の中は明るい家族計画で桃色だった。

 

      ×  ×  ×

 

 駿河の国に茶の香りと言う様に、名産品は何処にでもある。戦で市場に流れる物流が滞ると、食料自給率の低い地域では、山葡萄やヒメニラでさえ足りず餓死者が出る事もあり、それに乗じて稼ごうとする者も居る。ウジ虫入りの肉でさえ贅沢な食材であり、そんな粗食にありつこうとする田舎から人手を集め、口入れ屋として仲介の役割を果たしつつ、奴隷として売り払う悪どい商人も居た。

 貧しければ娯楽に飢え、子作り位しか楽しみは無い。「you fucking dicks man」と罵られ様ともボコボコ造り、貧困の連鎖は止まらない。好きならヤれば良い。禁忌も無く、実の家族であっても性の対象とされ、産まれた子は売り払われる。

 人は快楽と悪徳に転びやすい。

 戦乱の最中、大局的な戦いには不干渉であっても、隙を見れば商人だろうが、役人であろうが襲いかかる土匪が各地に跋扈した。

 持つ者が奪われるのは物の道理。土匪によって戦利品を運ぶ董卓軍の一隊が襲撃を受けて壊滅した。

 下手人は、厳虎(げんこ)とその一党である。

「しょうもない物を拾うな。使える物、金目の物を探せ。来い」

 厳虎は酒に水を混ぜて売る水商売の親を持っている。食べる為に利を選んだ親を尊敬し、孝行する侠の人であり、自分の仲間を救う為に賊を組織した。そして私腹を肥やす役人や地主を襲い、仲間に分け与えていた。その人柄は仲間から慕われていたが、それでも義は無い。

 賊は襲った獲物からどんどん金目の物を奪い、豊かな生活を目指すハクスラとトレハン要素がある人生だと言える。

「団長、ここにも官軍の死体がありますよ」

「おう」

 死体を調べると校尉の身分らしく、上質な甲冑を身に纏っていた。懐中からは、無作為に選ばれた様な単語が書かれた小本子が見つかった。

「何だこれは?」

 識字率は高くなく、字が読め無い者も多い。中味が何かは分からなくても、重要な物だとは理解出来た。皆から後ろ指さされる賊徒だとしてもだ。

「反董卓の袁紹の所なら高く売れるかもな」

「団長、団長!」

 警戒に配置していた歩哨が董卓軍の接近を報告して来た。孫権麾下、蒋欽(しょうきん)の隊。ただの素人とは違う。

「不味いな。このままでは鉢合わせだ」

「引き揚げますか」

「いや。人民の敵、鬼子の野郎を返り討ちにしてやろう」

 アグレッシブに隘路を利用して待ち伏せをしたが、賊徒に対して官軍の兵数は多い。硬気功で身体を硬くする事も出来ず、幾らかの雑兵を倒してもきりがない。

「見えてんだよ、私にはな。打、打、打!」

 必殺兵器の火炎壷を投げ込むが、焦って慎重さの無くなった攻撃は奇襲に成らなかった。董卓軍は土匪を迎撃する。

 数で勝る正規軍相手に奇跡は起きない。好機は掴む物だが、奇跡が奇跡と言われるのは神か人成らざる者だけが与えられる物だからだ。

「嫌々、嘘でしょ!? あーっ、もう最悪!」

 やる気が削がれ、愚痴が零れ落ちる。

 モチベーションの下がった戦いは散々だ。敗れた一味は捕縛される。

 見晴らしの良い高地を道沿いに登ると廃村があった。元は清涼里と言う立派な名前も着いていたが、見る影も無い。

 廃墟の中に捕虜が並べられている。裸に剥かれ後ろ手に縛られており、裸体行と呼ばれる物だ。タバコシバンムシが顔の回りを飛んでいるが、払う事も出来ず精神的苦痛を受けている。

 人並みに羞恥心を持っていれば、こんな恥ずかしい事をされるなんて耐えられない。この状況から逃れようと、素直になる。

 東方からやって来たと言う行商人の用意した解酲湯(ヘジャンクック)を食べながら蒋欽は対処を考える。

 連合軍との戦が終わったとは言え、後方警備と言うリスク管理の一環として、孫権より兵一千を預けられていた。

 厳しい軍律で纏められていたが、安月給で金欠病。だからこそ賊に落ちぶれる気持ちも理解出来た。

(だけど可愛そうとは思わない)

 軽薄ではない。

 兵士に捕縛された厳虎は連行され尋問を受ける事となった。誰のシマで的(まと)にかけようとしたか背後関係を洗う為だ。

 捕虜は罪人として鉱山で労役を課せられたり、容姿が良ければ性奴隷として使われ、公娼の軍中特約茶室に送られて日に数十名を相手にさせられたりする。その為、性病で死ぬ者も多く、代わりが随時募集されていた。

 怯える厳虎を見下ろしながら尋問官は目を細めた。

「よし、まず名前を教え貰おうか」

 持っていた羽毛扇で厳虎の首筋を撫でる。

「厳虎……です……っ」

 厳虎は、別に世界革命戦争を企てる共産主義者同盟赤軍派の様な、崇高な思想的信条を持ってる分けでもない。根っからの労働者階級根性で、敗けが決まったら以上、尋問官の問いには素直に答えた。

「何処から来た?」

 厳虎の反応に尋問官は嬉そうに微笑みを浮かべ、質問を続ける。

「ゃ、待って、止めて!」

 手下の見てる前だ。羞恥心から厳虎は、頭を必死で振る。

 しかし尋問官はプロだ。あっという間に、快楽に震え、甘い声を押さえきれなくする。

「答えろ。根城は何処にある?」

 性器の挿入こそはしないが、羽毛扇で何度も身体をなぞら、弄られ、快感に蕩ける。

「あ、ああ、んっ、呉の烏程(うてい)……っ」

 厳虎の唇から甘い吐息と共に、新しい固有名詞が出た。尋問官はさらに情報を引き出すべく話を合わせた。

「その辺りを詳しく説明してくれるかな」

 尋問官は優しい声で問いかける。

 尋問の結果、揚州で食い積めた者が他国に流入していると言うありふれた話を聞き出した蒋欽だったが、揚州を取り巻く情勢から背後に益州の存在が感じ取られた。

「孫幼台、あの御方なら……」

 揚州呉郡に女なら人妻や幼女でも襲う鬼畜が居た。この世で完全無欠の真逆を行く孫堅の弟、孫静である。

 ある時、不正蓄財をした豪族の家を襲撃し皆殺しにした。悪には悪、火を以て火を制す。それも手だ──そこまでは良い。

 孫静は役得とばかりに幼い娘を襲った。役人が後で遺体を検分した所、娘の膣と肛門は裂けており、最後は首を跳ねられていた。

 梅毒は娼妓に交購して共の臭蔵の気に触れて伝染する病と言う。だから襲うのに選んだのは身持ちの固い、または男をまだ知らない女だった。それがたまたま、不正を犯していた罪人の家族だった。

 孫静は若い頃から姉、孫堅を襲い妊娠させたり、少しでも罪がある相手なら虐殺、強姦、略奪ばかりしていた。犯した女は毛を剃る性癖を持っており、あまりの鬼畜振りから、孫家の禿げ虎として近隣の豪族や賊に恐れられている。

 そんな孫静は出奔し、益州で武官を務めていると聞いていた。そして益州の州牧は、野心溢れる劉焉であった。

 

 

2

 

 支那大陸は呪われている。そう言う程に陰惨な歴史が積み重なっている。 

 事実、幸せは無く不幸しか無いが、考え方次第であるからこそ、子孫と家名を残す強い血は、高貴な家柄、名家、名族として尊ばれる。

 東漢時代末期、漢の宗室である劉焉は、州牧の印綬と赴任の命令を受けた時も、大いなる義憤を感じながらも時勢に逆らわず従っていた。

 とは言っても大人しく籠っている劉焉ではなかった。匪賊の襲来を警戒しながら劉焉は益州に赴任した。幾度かの戦闘で負傷者を出しながらも、広漢(こうかん)郡の綿竹(めんちく)県に拠点を確保した。

 一妻多夫で子を残す事が何よりも大切なこの時代、オラオラ系のイケメンな男と妹背(いもせ)となり、堕胎の必要も無く子は逞しく成長していた。

 子の父は、自分をアピールし興味を持たせ、警戒心を解く上手い男だった。

「母様は此度の件を、如何なる御所存でありましょうか」

 問いかけたのは娘の劉瑁。まだ幼いが知識人として世に知られている。

「朝廷の権威は衰えている。王に必要なのは圧倒的に敵をねじ伏せる力。民草を守れずして政は出来ぬ。弱きを挫き強きに靡くは自然の摂理ではあるが、監軍使者としての責務もある。益州の虚像を排し地盤を固めて居れば、自ずと私が返り咲く時が来るわ。そんな所ね」

 益州は都と違い鬱蒼とした木々の生え茂る山々に囲まれた、奥深い田舎だった。しかし劉邦も漢中の田舎から楚を滅ぼし覇者と成った。それを考えれば左遷とは思わない。

 中央に居たからこそ、地方の田舎者と違い処世術や洞察の感覚も鋭い。

「斬られた手足を繋ぐ事は出来るが、穴の開いた服は捨てるしか無い。漢の権威を取り戻すその時に備え、先ずは益州を纏め力を蓄える」

 後世に、賎民の生まれで紅市賊の賊徒であった朱元障が帝位に就き、明の太祖と成った事を考えれば、劉焉の行いは道を外れた行いではないと言える。

 益州は天然の要害であり引きこもるには最適とも言えるが、豪族の取り纏めや賊の問題など前途多難であった。

「はい、母様。民を守ってやる事は、宗室である我等が責務と存じます。しかし益州は同じ漢の人とは思えぬ程に民度も低く、自らの分を弁えぬ愚かな賊が多いと聞いております」

 やる気に道満ち溢れている訳ではないが、前向きに考えようとしていた。

「そうね。連中は庇護する民達と違い醜い。世が乱れる原因だわ。まったく穢れた愚民共は匂いも口も臭いし、身の程を弁えないから鬱陶しいわ。敵を全て滅ぼした後にも、躾や考えるべき課題が多いわね」

 浅い知識の賊ごときが、民と向き合って税を取る為政者相手にイキるな。相手をする時間を返せよと言う気持ちがあった。

 これからどうやって生きていくか。

「本来の立ち位置を弁えぬ者は禍を撒き散らす。だからこそ、手始めに賊の討伐を大々的に行う」

 人生の最大のテーマは赦さない事。赦さない事は簡単で、報復する事は人の義務と言える。それが世間の常識だが、死ぬも生きるも時の運、死ぬ時は死ぬ。永遠には生きられないと誰しもが認識している。

「賊と豪族が手を結んでいるとの噂もありますが」

 国人衆に当たる土着の豪族は、地域密着型であるだけに影響力も無視出来ず侮れない。隙を見せれば土匪や匪賊、凶賊に様変わりする。

「喚問されぬと踏んでか舐められたものね。ま、舐められた方が相手の油断を誘えるけど、たまった豪族連中(ホコリ)の掃除も必要ね」

 敵は少ない方が望ましい。敵対勢力は手を結ばない様に分断し力を削ぐ。先ずは賊の討伐を進める。

 とりあえず程度の差はあっても罪を償う事は永遠に出来ない。覆水盆に返らず、だから罪を赦してはいけない。

 戦無き世を作るのは武力であり、国家に属する正規軍とはいつの時代も正義の軍である。正義を遂行する為に、整理、編成、訓練、兵器の改良統一を目指すの当然であった。益州の軍事強化の一貫として、人材も集めた。

 使人(つかいびと)に伴われ武官が現れた。民を愛する劉焉の真心に触れて、器のデカさを知り招致に応えた厳顔だ。

「劉瑁殿、ついこの前まで小童であったのに、大きゅう成られましたな」

 厳顔の胸は大きい。心のゆとりは胸のゆとりであり、ただの脂肪の塊とは違ってダイエットや戦技の練成では燃焼されない。

「桔梗(ききょう)様! 西域より伝わる牛の乳を飲めと言う教えを守っておりますから」

 彼女とは幼い頃より顔見知りであった。少し前まで尻丸出しの開襠褲でうろうろしていた事を覚えている。

(知性、度胸、忍耐もあるのに、まったく惜しいものよ)

 劉瑁の頭をがしがしと撫でながら厳顔は残念に思った。劉瑁に幾度か稽古の真似事をしてみたが、武の成長や素質が見受けられなかったからだ。

 代わりに劉瑁には知恵があった。その交遊関係は広く、交友を深めた名士の中には一刀の名もある。

 一刀は将来有望な子女に粉をかける事を怠らない男であり、様々な噂話で彼女を楽しませた。

『──それで、北の大国ボーレタリアは突如として濃霧に包み込まれ、連絡が途絶えたのですが、濃霧の中では魔物を襲い、襲われた者達は正気を失い、他の者達を襲いました。魔物達は力を溜め込んでいて、それは人外の無謬(むびょう)の力をもたらすと言われました。ボーレタリアは、遥か北の地、貴壁の先、ドラングレイグ程に遠い地では無かったので、多くの英傑が挑んだそうです。その中には蛮族の男も居たそうで、身につけていたのは、ウッドシールドとひのきの棒(クラブ)のみと言う貧弱な物だったそうです』

 ある時、劉瑁は対外戦略の一貫として軍備の強化を行う為に、一刀が冗談混じりに伝えたひのきの棒の軍事利用を劉焉に進言した。

「鬼と化した賊の跳梁は金儲けや出世の機会でもあります。そんな時に弱き者には自衛手段が必要です。古来より殴殺、撲殺、刺殺、絞殺、毒殺等と様々な殺害方法が御座いますが、打撃ほど簡単な攻撃はありません。殺す時に殺せる武器。しかもただ振れば良いのですから」

 子供ならではの柔軟な考えで理に敵っていた。益州の土と太陽と風によって育ったひのきから産み出されたひのきの棒はマルチ運用を可能としながら、安価で丈夫で手軽に量産出来ると言う利便もあった。

 益州の民にひのきの棒を配布すれば、有事には即戦力と変える事が出来る。これにより益州は国民皆兵制度を実現出来、従来のミリタリーバランスを一変させた。

「自衛用の簡易な武器ですから鉄器に比べ軽く、製造も簡単です。漢が滅びようと我が益州は、永遠に不滅です」

 一芸に秀でる事は身をたてる。劉焉は我が子の才を愛した。そして良い配偶者を与えようと誓った。

 益州は漢の西端に当たる。漢の藩塀として蛮夷の外敵に備えると言う役割もあり、州牧には軍事力を行使する権限が与えられていた。

「同じ宗室として、母様には陛下より独自の裁量が許されております。ですが伏魔殿の朝廷で政争に勝つ為には金と命を惜しまねばなりません。今後も金は幾らでも入り用でしょう。賊や異民族の討伐に朝廷の認可を待って兵を集めていては間に合いませんから、当然ですね」

 荊州からの流民を利用して、東州国境集団軍を新設し、荊州との境に配備した。いわゆる東州兵で朝廷に縛られぬ州牧直轄の軍事部門であるが、益州兵としては厳顔等の直系に対して傍系に当たる。

 劉焉直系の益州兵と諸侯、豪族の私有する雑軍を比較すれば技能に隔絶する物があった。

「これで劉表の益州に対する介入を牽制すると同時に、逆に此方が荊州に影響を与えられるでしょう」

 益州同様、荊州は膨大な費用を使い、兵を集めている。漢の要衝であり、州牧の劉表が常日頃示している言動は、野心を隠さず穏当ではない。

 戦となれば賊や敵対する者に情けを見せず、残忍鬼畜の相貌を現し、死傷者に対していかなる残虐行為も行える必要があった。

「迷惑事は全て切り捨てる。それでこそ益州と民は必ず守れるわ」

 大人の殺しは回り道をしない一本道だ。劉焉は州牧として正義を貫く。

「はい、母様」

 子は親の為に死ぬ者であり、劉瑁は子として義を貫く。

 一度、政に携われば一切他言無用。余所者は全て仇敵とする信念、国土を死守せんとする本能に刷り込む意識。それが官吏の勤めとして求められるが、口の軽い者は居る。最先端の軍事技術もいつかは外に漏れる。兵器開発はいたちごっこだった。

「母様、武器の改良を提案致します」

「あら、何かしら」

 新たに、ひのきの棒に釘を打ち込んだ釘バットの元祖を考案した。ただ暴れまわれば殺傷効果を生み出す。最高の兵器だった。

「さすが我が子ね。そうじゃなかったら、その才は惜しいけど殺してるわ」

 シマは命懸けで守る物であり、益州の防衛強化は武器の他にも、巧みに落とし穴や罠を使用し、飽くまでも防御持久的な努力を惜しまず、外敵の侵入を拒む方策を進めた。それは卑怯で卑劣だが、一刀との文通で知った策の一つだった。

 

      ×  ×  ×

 

「私が日和見した時は殺せ」

 劉焉は楊修や張松と言った有識者をそう口説き、直系の家臣として招く事で、益州の政は改革が進められた。人は賢いからこそ思い通りに動く。強い者に味方をする。ケツモチが漢であり、劉焉が直系の宗室であるからだ。

 鉄と血による富国強兵の布告をなして賊徒の討伐も行われていた。

 沛人の張魯と名乗る者が使者として孫静の下にやって来たのは、劉焉が益州に赴任を命じられた後だった。

「我等はまだ知らない。この漢の国の事も、世界の事も。強くなる為にも知るべきだ。一歩を踏み出そう。家族や民を守る為にと綺麗事は言わない。武で天下を切り開こう」

 劉焉が不満分子を狩る為に挙兵すると、孫静は尖兵を任された。たいした時給も出ないが、戦場で捕らえた女は自由にして良いと許可を得ていた。

 今も水音を立てて、孫静の猛々しい幹に奉仕する女の姿があった。

「んっ、ちゅっ……」

「甘っちょろい事してねえで、しっかり頑張らねえと妹を犯すぞ」

 孫静との行為は情交とは言わない。一方的に蹂躙し荒れ狂う獣染みた交尾だった。

 妹を守る為に姉は身体を差し出す。母は子を守る為に、妻は夫を守る為に。麗しい家族愛だった。

「劉州牧は益州官民の幸福を増進する為に、該地域の討伐を施行すると同時に秩序を回復せんとする」

 兵を動かせば出費がかさむ。しかし賊は貯め込んでいる。

 賊は賭博や飲食で使えば身ばれするから大都市には行けず、ほとんど使えていない。盗品は転売も派手にやれば足がつく。

 討伐で簡単に資金を稼げるから、賊は良い鴨で国庫に金が残る。孫静は金より女だと各地を転戦した。

 客分扱いの外様である事から恨みを買っても良い。白色テロの暴力装置としての役割を求められていたのだ。

「跪け。抵抗するなら容赦はせず、ぶち殺すぞ」

 賊の末路は身柄(ガラ)かわせなければ、自殺した方がましか誅殺かの違いしかない。民は州牧を信じて頑張れば報われる。ヤンキーもパンピーも等しく担ぐ神輿を間違えてはならない。

 陰惨な大量殺人では無く、明るい賊退治。私利私欲で権力を悪用する訳では無いので、益州の皆が劉焉に従った。

 陳家は益州の動乱を稼ぎ時と考えた。

 守銭奴や銭ゲバは勝ち馬に乗る。人や金が集まるこのビックウェーブに乗って地上げやノミ屋、売春宿が次々と現れた。シノギの何割かは豪族のカスリとして上納されているが、州牧には回って来ない。

 だから原則として押収した財産は、捜索差し押さえの後に公売にかけられる。

「保身に働くならすり寄って来るべきよね」

 陳家は州牧の顔を立て、一刀を窓口にする事で繋ぎを取っていたが、道理を弁えない者も多かった。

「はい母様。時勢を読めぬ愚か者どもです」

 因果応報。州牧を舐めれば報いを受ける。

「付け届けも寄越さないで私腹を肥やす者は許されない」

 食べる物や着る物を民に与えるよりも前に、顔に集る蝿を除ける事が先だ。不正を働く豪族は破門、絶縁の後に仕置きされる。

 主流派に属する厳顔は、劉焉に招致されるだけあって義を重んじ、不正に財を溜め込む悪官を退治して行った。

 黄巾賊の乱は、漢の政や官吏の腐敗に不満を高めていた民が反旗を翻した。益州の場合は、不正を正す州牧の劉焉に反抗する土着の豪族と手を組んだ賊徒であり、漢に対する勢力としては貧弱な物だった。

 七王国の乱で呉王が景帝を撃破していた場合、漢は幾つかの諸国に分かれたとかんがえられるが、子を殺された呉王の復讐と異なり、州牧に叛逆する現状に大義名分も存在しない。だから私兵を募った所で、孫静達に撃破される。その後は孫静のご褒美タイムとなる。

「大人しくしろ。声を出せば歯をへし折るぞ」

 劉焉に反旗を翻した事が、最悪の運命との巡り合わせだ。

「ん、漏らしてやがるのか。はははは、これは傑作だ」

 検察官による送致と言う手続きも存在しない。ガクガク震えた捕虜を殺し、豪族の子女は犯す。後の妊娠を気にしてはいない。孕んで邪魔に成るなら降ろすだけ。

 バイアグラも不要な精力で、孫静は子宮口をチョンチョン突つく様な生易しい攻め方をし

ない。始めからガンガンに切り替わっている。漫才師の様に『もうええわ』で終わる行為ではなかった。

 膣穴からは愛液が溢れている。膣内は食虫植物の様に緊張と緩和で締め付け、孫静の凶器から搾り取ろうとしている。

「オラオラオラオラオラオラ──」

 四つん這いの女を背後から貫き腰を振っていた孫静は動きを止めた。

 込み上げてくる射精を孫静は我慢しない。結果を出す孫家の男だから、突っ込みにはオチを着けた。

「ふひぃ。今日も楽しめたぜ」

 満足した孫静は、グッタリとした女を郎党に回した。欲求不満な士卒は与えられた獲物を前に、旺盛な性欲をぶつけた。

 輪姦を行う様に人として、女としても納得出来ず、厳顔は顔をしかめる。

「……下衆め」

 孫静の粗暴さには辟易していた。非違を聞く事があれば咎める事もあったが、劉焉に奉公する同格の将として武の腕は認めており、戦での指揮には従った。

(まるで獣か……)

 軽薄、我侭、横着、傲慢と色々な言葉が浮かぶが、仕事はきっちりとやっていた。

 串刺しにした叛逆者や罪人の死体は、恨みよりも恐怖を与えた。カラスがつつく死体は、漢の正義を背景にした権力に逆らえばどうなるかを雄弁に語っている。

 孫静の蹂躙した後には、奪い尽くされて死体しか残らない。己を律する厳顔とは異なり、凄まじい生き方であった。

 名士にとって官吏として出世する誘惑は大きい。身の丈に合わない出世を望んで破滅するより、地元に留まり続ける方が地域に密着した貢献が出来る。しかし、真面目で潔癖、完璧な仕事をこなそうとする者ほど理想と現実の違いで壊れる。

 だから孫静の様な余所者が汚れ役をやる事で、後からやって来る厳顔による治安維持や劉焉の政が不信感を抱かれる事無く真っ直ぐに伝わる。

 益州は不満分子を殲滅する過程の惨劇を通じて利益を得た。戦禍に巻き込まれた益州の再生プロセスは、土木、建築の経済効果で莫大な金が動く。

 再開発の景気の波に乗って、地域格差の関係無しに皆が潤っていく。宗室であり州牧の劉焉を支持する者は増える一方だった。

 

      ×  ×  ×

 

 益州が対反乱鎮圧作戦を展開してる頃、徐州は残敵掃討にかかっていた。

 徐州彭城(ほうじょう)国。彭城の城塞(まち)を包囲する曹軍の囲みは厚い。

 曹操が実力で才覚を示し、曹嵩(そうすう)は娘の援助を決めた。価値観の違いはあるが、一門から従妹の曹仁(そうじん)、曹純(そうじゅん)の姉妹、曹洪(そうこう)等の連枝(れんし)衆を送り出した事も戦況に大きく寄与している。

 陶商は眉間に皺を寄せながら敵情を観察していた。

 騎兵は若干で、歩兵を中核に弓兵及びその他からなる。兵力差から隙を探す事は無駄だった。

「我らの結束は堅く、離反する卑劣な者はおりません。しかし敵は負担に感じる攻城戦を行わず、包囲する事で我が方の疲弊を待ち、無理に攻めてこない以上、他の手を取るべきだと小生は考えます」

 軍師の一人である陳珪は、彭城保衛戦に於いて補給が途絶えても成り立つ策として、遊撃戦による曹軍の後方攪乱を行う様に進言し、策は採択され徐州の民を扇動した。

 この呼びかけで民兵の武装集団(パルチザン)が乱立した。30~50人の義勇兵に対して武を経験してる者は一人いれば十分である。

 業務上の生産性を考えるならば、ミーティングをしたりすべきだが、人材育成は求めていない。曹軍を攪乱し足を引っ張る事が第一の目的であり、戦利品は副産物でしかなかった。

 武官として指揮・統制の研修をしてない為に襲撃の失敗を経験する訳だが、陶商側は何とか戦果をあげている。一言で言えば、兵の士気と指揮官の素質だった。

 徐州住人である劉偕(りゅうかい)は同志を募り、曹軍の糧秣を奪うべく商隊を襲った。

 相手は戦闘のプロではないので安全に武功をあげ、数字を取れていたので各地を転戦した。

 義勇兵に加わる者の出自は問わない。心根が卑しくても、戦力になるからだ。

 寂れた寒村に点在する家屋。その一つ、小汚ない小屋の中で娘は父の根っこに奉仕していた。

 小柄な身体に似合わず、豊かな胸を持つ少女は徐福。徐福は生き方についてなぜかと考える前に教えられたのが、殺しの術と閨での房中術。どちらも稼ぐための手段だ。

 現代日本なら、片親の家庭には国から児童手当、児童扶養手当、住宅手当、医療費助成制度、生活保護、遺族年金、児童育成手当が受けられるし、寡婦控除、国民健康保険や国民年金の免除、上下水道料金の割引もある。しかしこの時代でその様な救済処置は存在しない。

 村では父に命じられるまま時と場所を問わず、何処でも誰とでも寝た。稼ぎは父と徐福の生活費と成った。

 村一番の精力を持つ父は徐福の誇りだ。

 父の根っこを手で握りながら、自分の蜜壷を濡らすと導き入れる。

「ああっ……父様………」

 これまでに徐福は幾度となく子供を下ろした。父が父なのか、誰が種を蒔いたのかも分からない。それでも幸せだった。

 この瞬間だけは官能の疼(うず)きに身を任せて快楽に溺れていた。

「父様、大丈夫だから膣内(なか)で一杯出して下さい。父様を感じて居たいです」

「この淫売め!」

 そう言うと父は徐福の髪を掴み獣の様に挿入を激しくした。

「あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁ……っ!」

 きつい挿入で摩りきれそうだが、快感に痺れて蜜液が沸き出す。

「出すぞ」

 熱い種を撒き散らされるのを感じた徐福は、父の大きな根っこを物足りないのか締め付けて離さない。

「淫売、明日は稼ぎに出かけるぞ」

 貧しい村での稼ぎは旅人目当ての売春か略奪であった。頭の隅でぼんやりと父の声を聞いたが蕩(とろ)けた身体は思うように動かない。

 今、大陸を支配するのは神聖不可侵な皇帝の治める大漢帝国だが、董卓陣営と反董卓陣営に別れ世は乱れている。急迫不正な侵害に対して民や日々の生活を守ると言う大義に便乗して、徐福も義勇兵の皮を被り父と共に劉偕の配下に加わった。

 その日の獲物も隘路で待ち伏せを行った。我に有利な戦場の選択で、予定通り商隊が囲まれる。

「曹軍の荷駄を運ぶ商人だな。遠路はるばる御苦労な事だ。我らは義によって起った徐州の士。荷と命をいただく」

 強さとは生き残る力を言う。略奪だけならまだましな方で、捕まれば凌辱と虐殺が待っている。これは人の本能であり、仕方が無い。

 奇声をあげて襲いかかって来る自称義士の賊は積荷を狙っている。

「荷を守れ。文達さんも、ほら!」

 声をかけられて、読んでいた呉子を閉じると、少女は馬車から降りた。名を李通と言う。

「曹操に味方する屑が。地獄に落ちろ」

「遅い……」

 李通は持っていたひのきの棒で賊の頭をかち割った。そして剣を奪い斬り殺した。

 快刀乱麻と言うには凄惨な殺し方で、首や四肢を切り飛ばしているから辺りは血の海だ。

 李通が無茶をするのも、後は鳥獣が処理してくれるからだ。

 今までは奪う側だった者が追い詰められると脆い。

 曹操に降った村を襲った時は、焼き討ちをした。生きながら焼かれた村人は苦しみながら死んでいた。

 徐州の裏切り者と、その様を笑いながら眺めていたが、今は賊の顔が恐怖に染まっていた。

「何なんだお前は!?」

「ただの護衛さ」

 襲撃は返り討ちにあった。仲間は次々と討ち取られる中で、徐福は父を背負いながら逃げていた。

「淫売、俺を降ろせ」

「嫌です! 父様を置いては行けません!」

 致命傷だった。経験から父はその事を理解していた。

「お前に俺の大きな根っこをやろう。俺の形見だ」

 最後に徐福を抱いてやる。それが死に逝く親として残される娘に出来る唯一の事だった。

「父様!」

「ほらしゃぶれ」

 そう言われ大きな根っこを咥えるが、大きな根っこは大きくならない。どれ程、心を込めて奉仕しても二度と大きくなる事は無かった。

「あ……っ……、いや……父様……嘘、死んで、る!」

 ぼろぼろとあふれる涙が頬を濡らした。

 死後硬直で硬くなった父の大きな根っこに涙目で頬擦りする徐福の顔が歪んでいる。

 泣いて泣き続けた徐福は父の遺言に従い、大きな根っこを切り落とすと懐中に入れた。残された遺体は、敵の手に渡さぬ為、その場で埋めた。

「……村に帰りましょう。父様」

 懐中の大きな根っこを撫でる徐福は優しい顔を浮かべているが、狂気染みている。

 そして戻った徐福が見たのは、劉備の兵に攻められ焼け落ちる村の光景だった。

 

 

3

 

 道端に並べられた賊の死体は十を数える。

 李通を雇っていた商人の楊は、家で子供が待っている。被害の弁済として金目の物を剥ぎ取りながら、今回は幸運だったと痛感する。

「文達さん、助かったよ。あんたが居て本当に良かった」

 曹軍から報償金を貰う為に、劉偕や一味の首を切り取る李通の腕は慣れた物だった。

「感謝は金子でお願いします」

 死体を前にして余裕を見せる李通の言葉に楊や従業員達は大笑いする。

「ははは、勿論ですよ。文達さん、給金とは別ですが、これはあんたが貰って下さい」

 そう言って楊は銅銭の詰まった皮袋を差し出す。賊から集めた金だ。

 李通は戦国時代、時勢を読めず王に排除された趙の武安君の子孫だと親から教えられて来たが、石を投げれば李姓の者に当たると言うぐらいに居たので真に受けてはいなかった。

 頭を砕かれ小便を漏らしながら絶命した賊の姿が、初めての殺しを思い出させた。

 李通の母は武の腕っぷしだけはあり、故郷の江夏郡で男を侍らせ淫蕩にふける暮らしをしていた。

「ただいま……って、ん」

 ある時、母を組み敷き喘ぎ声を漏らす幼馴染みの少年の姿を見た。

 いつか自分の物にしようと思っていた少年だ。

「な、何だよ。ちょっと待て、話せば分かる!」

 キ○タマ、蹴りあげてやらねばと言う感情が、言い訳を始める少年を前にして吹き飛んだ。

(畜生、殺してやる)

 李通は二人の元に飛び込むとひのきの棒で殴打し、撲殺した。

「裏切ったな! 私の気持ちを弄んで、二人して裏切ったな!」

 死んだ後も勃起していた剥き出しの陰茎を見て、自分の毛も生えていない陰部にあてがい屍姦したが、痛くて楽しくない過去の記憶となっている。

 舌打ちをして頭を振る李通。

 幸いにして李通には武の心得がある。それでこれまで食べて来た。このまま武官を目指しても良いが、窮屈な生活は好きでは無い。

 蓮根の穴の様に先を見通せる訳ではないからこそ、これから先の事を少し考え、商隊の護衛をこなしながら曹軍の支配する街に向かった。

 一端の男や女に成るには、金に汚く貪欲で無ければ成らない。金の価値は重い。金に綺麗である事は美徳に成らないからだ。だから李通は金を稼ぎ貯める。

「何か街の雰囲気が暗いですね?」

 往来には巡回をする兵の姿が多く、治安は維持されている。しかし商いの活気は小さい。

「曹孟徳様が徐州を平定なさってから、見目麗しい女性は外を歩けなくなったそうですよ。文達さんも、容姿は良いのですから気をつけて下さいね」

 楊が聞く所によれば、曹操は気に入った婦女子を拐かし凌辱してると醜聞が伝えられていた。

「そうなんですか」

「火の無い所でも埃や湿気で出火するそうですが、曹孟徳様に関しては、夏候の姉妹と閨の関係だと言うそうですし、他にも人妻を拐った事もあるそうで、官吏の採用基準が美醜であると言うから、噂も事実無根とは言えないでしょう」

 夏候惇、夏候淵の姉妹は端から見れば、毒牙にかかっている様に見えた。

「ふーん。英雄色を好むってやつですか。生産性の無い同性愛は、御遠慮しますよ」

 夜に成ると街の外では虎や狼と言った獣も出る。篝火が獣を寄せ付けないが、夜間外出は控えた方が良い。

 宿を取ると自由行動になった。李通は両替商を探した。

 曹操は自分の支配地域限定で兌換(だかん)紙幣を発行し経済の活性化を目指した。その為、銀行業の前身に当たる両替商が流行った。

 懐具合を考えながら歩いていると、飲食店から怒鳴り声が聴こえた。視線を向けると曹軍の士卒が酒に酔って暴れていた。

「止めてくれ! わしは匪賊の連中に協力なんてしてない」

「それはどうかな。丁度良い。お前の娘に聞いてみよう」

 街では曹軍に逆らう者は厳罰に処されると布告が出されている。尋問は公務であり、取り調べだとその場で強姦を始めた。曹操は軍規を徹底してると言うが、酷い有り様だった。

「誰か助けて!」

 散乱するちくわぶ。助けを求める両親も暴行を受けているが、巻き込まれるのを怖れて誰も助ける者は居ない。

 踏みにじられるちくわぶを見て李通は注意した。

「ちょっと、やり過ぎじゃないですか」

「何だとコラ!」

 険しい表情で振り返った兵士は、誰もが可愛いと言う李通の容姿に、唇の端で笑った。未熟な身体でも楽しみ方はある。

「ふーん、お前の態度次第では、こいつらを勘弁してやるぞ。どうだ、俺の相手を──」

 情欲と色欲にまみれた視線に不快感を覚えた。卑猥な言葉を最後まで言わせ無い。

「お相手はお断りします」

 曹操の権威を背景にした横暴であり、全面的に依存してる。酔っ払いに正義は無かった。

「てめぇ、曹将軍を敵に回して逃げれると思ってるのか。コラッ!」

「貴方の誘いを断る事と、どう関係あるのですか」

 権力を笠に着た愚か者は、往々にして越えてはならない一線を簡単に越えてしまう。ついに得物を向けて来た。

 

     ×  ×  ×

 

 曹操の情夫として一刀は見られているが、征伐の出兵には参加せず、陳家の仕事を手伝い、夏侯惇の攻囲や復興支援で一稼ぎをしていた。

 気分転換に陳家の用意した宿舎を出ると、正義の刃がどうのと叫ぶ曹軍の兵士が、抜刀して少女に斬りかかるエキセントリックな行動が見えた。

「ちょっと黙っていて貰えますか」

 そう言うと少女はひのきの棒で剣を払い、逆にプロである兵士に一撃を入れた。

「糞、やりやがったな! てめぇ、舐めてんのか!」

 兵士は携帯していた警笛を吹いた。他の兵士が集まって来る。

「御用改めだ。神妙にしろ」

「捕まるんですか? 逮捕状請求して下さい。それでも拒否しますけど」

 軽口を叩いているが、揉め事を起こして不味い状況だ。一刀は駆け出した。

「待った、待った!」

「何だお前は」

 一刀は賄賂を握らせ懐柔を図る。

「ちょっと待って。すみません、あの子、うちの従業員なんです」

 心命を賭して闘う女は、銭を惜しまず守ってやるのが一刀だ。

「おい、コラ! 甘く見るなよ、農民出だからって! ……って、こんなに!?」

 金子の予想外な重みに狼狽えている。それでも何のかんのとごね出した。

 正義は金で買える。金の亡者なら尚更だ。

「ちょっと、あんた達、何やってるのよ」

 刺々しい口調で現れたのは荀彧だが、末端の士卒は彼女の顔を知らなかった。

 努力をした強者は努力をしてない者に何を言っても許される。それに愛する男が女絡みでトラブルに巻き込まれている状況に苛立ちもあった。

「生意気言いやがって、何だお前は」

 直接、関り合いのある上司だったなら対応も違ったかもしれない。

「うっさいわね。私は荀文若。済南の相だった典軍校尉、曹孟徳様の臣下。あんた達が絡んでる此方は、私の婚約者で、陳元方様の嫡男よ」

 言ってる意味が脳に浸透するまで時間がかかった。しかし理解すると態度が豹変する。

「典軍校尉……西園八校尉の……って、あれ、俺達の親分、曹将軍? それに、陳元方様と言えば四府の招聘を受けたと言う……。そんな馬鹿な……。ま、不味いぞ」

 クリーンな政治を目指す曹操にとって軍規を乱す者は処断される。

 相手は雲の上の存在に近い。暗黙の了解も通用しない。真っ青に成った兵士は、何卒御許し戴きたくと謝罪をして来たが、衆人環視の中で行われた事で揉み消しは出来ない。

「殺せ!」

「そんな奴を許すな」

 群衆が取り巻き罵声をあげている。

「さっきまで出て来なかったのに、調子良いな」

 呆れる一刀だが、このままだとリンチを行いそうな雰囲気だったので、一同を庁舎に連れて行った。

 巡回だった、息抜きではめを外し過ぎてしまった等と言い訳を並べ立てるが、容赦はしない。

「あんた自分のした事を反省しなさいよ。何自分に都合の良い事を言ってんのよ。華琳様の名を汚したのだから、賠償とかそんな話じゃ無いわよ」

 曹操の留守を預かる夏侯惇に報告が上げられる。一連の事案を吟味して、不祥事は迅速に処理されるとの事だった。

「いつの世も悪は絶えないけど、こうやってのさばる凶悪な賊をなんとする、と民は嘆いているよ」

「分かってるわよ」 

 一刀の言葉に顔を歪める。今や曹操にとって勘違いした部下こそ身中の虫だった。

「ふん」

 桂花は一刀に紙袋を差し出した。中身は焼き菓子が入っている。

 食えと言う事だ。

「何かあれば私が対処するけど、私が何時も傍に居れるとは限らないんだから……」

 桂花は他の目を気にしてか、多くを語らない。だけど付き合いから、一刀は好意的に解釈した。

「ありがとう。注意するよ」

 桂花は仕事が出来たと庁舎に戻って行く。

 一刀の視線は、親子から礼を言われている李通に向いた。

 引き締まった身体だが、旅路で日焼けした肌のコントラストが淫らに見えるのは、一刀のリビドーが高いからだ。

 ふくらみかけの胸は、桂花に比べて成長の余地がある等と考察していた。

「……刺されたい?」

 腕をつねりながら桂花が囁いた。

「痛いのは嫌だし困るな」

 そんな二人のやり取りを李通は怪訝そうに眺めた。

 

      ×  ×  ×

 

 李通はいつもの通り仕事を終えたら、次の稼ぎを探しに行く積もりだった。

 彼女は諦観していた。仕える者が居なければ、無頼の輩にいつ身をやつすかも分からない。武勇だけではなく、機を見るに長けていなければ要領よく生きれないと。

 そんな考えも僅かな時間で変化した。

 悪官も居れば、困っている者を救おうとする者も居る。それを手助けする者も居る。

 世の中には本当、色んな人が居る。その事を李通は再認識させられた。

 縁とは奇妙な物で、無邪気な笑顔で食事に誘われ、行ける口だろと酒を勧められ『うちで働かないか』そう誘いを受けた。

 これまで幾人から同じ言葉を聞いた事か。それでも心の流浪の果てがあった。

 陳長文と名乗った青年の雰囲気と言葉は、堅く閉ざされていた李通の心を開ける事が出来た。

「どうして私を雇おうと思われたのですか」

 女慣れをした一刀は終始、微笑みを浮かべている。

「あの時の君は、勇気があるなと思った。だから誘った。詳しい契約内容はうちに帰ってから話そう」

 丁稚奉公と言う言葉がある様に、暖簾分けをされるまで滅私奉公は社会の常だった。

 奉公人の給与は、衣食住が保証され、微々たる小遣いを貰う程度。年功序列で、死ぬまで働けと言われる。それが世間の雇われると言う認識だった。

「仕度金はこれ位で良いかな?」

 一刀は足りなければ言ってくれと言いながら、どさっと中身の詰まった巾着袋を手渡して来た。

「多過ぎです!」

 報国の義士や烈士、独立の闘士でも食わねば生きていけない。無位無冠の民なら尚更だが、金額が大きい。

 李通は固辞するが、無意味な金子では無い。俸禄と同じで有意義な投資だった。

「俺を信用しろ。悪いようにはしない。それに貰える物は貰えば良い」

 そう言うと優しく微笑まれ、彼女の視線が一刀の瞳に釘付けにされる。

 だが、この感情は恋では無い。

 この青年の傍らに居るのも面白いかもしれないと、久し振りに好奇心を刺激され、一刀に雇われようと腹を決めた。

 

 

4

 

 漢の歴史で姦臣と言われる者は少なく無いが、列伝に補記として記される者も多くは無い。後世に名を残すのは、それなりの功罪があったからだ。

 袁公路の忠臣と言えば、張勲(ちょうくん)と紀霊(きれい)の名前が上がる。

 では袁本初の忠臣と言えば誰か。郭図(かくと)、審配(しんぱい)、それだけではない。

 輝く将星の影に隠れた荀諶(じゅんしん)も忠臣であった。

「糞……ここまでか……公則、本初様を頼んだぞ」

 漢の大賊、董卓との決戦になるはずだった冀州(きしゅう)の戦いは、袁術の裏切りで勝機を失い、混乱の中で軍勢は烏合の衆へと変わり、連合軍は潰乱。董卓は追撃の手を弛めず、袁家の旗に集った士卒は敗走していた。

「友若、御主はここで死ぬ積もりか!」

「私は死ぬ積もりも無い。役職に身合った給金分の仕事をするだけだ。董卓の手下ごときにこの首は取らせんよ。だけど万が一、帰れなかった場合は後を頼む」

 そう言いながらも自分の最期の時が近い事を友若は覚悟していた。

「……任された」

 ここでは敗れたが、諸侯の兵は多い。後詰の兵を率いる逢紀(ほうき)と合流すれば立て直す事も出来た。だから撤退は急がれた。

 敵の先鋒を率いる将は勇猛果敢だった。

 友若は残った兵に迎撃の準備を指示した。

 名族は生まれながらにして名族。代わりは存在出来ない。袁紹と重臣さえ無事なら何度でもやり直せると信じていたからだ。

「どれだけ時間を稼げるか……。しかし、本初様は天に愛された御方だ。董卓ごとき成り上がり者には負けん」

 金や権力より大切な物は無い。主さえ生き永らえれば残される家族も安泰だった。幸せに成れる。名族や名家は、人々を導く存在だ。だからこそ立場をわきまえ、命をかけて最期の奉公を行おうとしていた。

 

     ×  ×  ×

 

「んーっ……」

 長椅子で昼寝をしていた袁本初は、金色の長い髪に寝癖をつけたまま身体を伸ばすと起き上がった。

 金銭的に余裕があり、能力のある親元で育った袁紹には、望む事を可能にする力があった。それは家臣や財力と言った物以外に決定的な物、彼女の人間性と魅力だった。

 侍女に髪を直させていると来客を告げられた。

「本初様、荀諶(じゅんしん)様がお待ちです」

「友若さんが? 何かしら……通しなさい」

 曹操に仕える荀彧と同腹である荀諶(じゅんしん)──友若は若い頃から本初に仕えており、醜態を晒せる数少ない一人だった。

「本初様を脅かす袁家の逆臣、尽く誅殺致しました」

 家族や友人、親しい者の愛があるから人生は豊かになる。しかし友若は親しいからと主への敬意と身分を忘れた事は無い。

 友若は水の入った器を差し出した。丁度、寝起きで喉が乾いていた所だった袁紹は受け取ると喉を潤す。

「相変わらず気が利きますわね」

 友若はあくまでも臣下であり、仕える本初を最後まで守ろうと誓っていた。

 袁術の返り忠で袁紹は敗戦を負い、友若自身も途中退場する事になりかけた。

 反省を活かして、此度こそは捲土重来とばかりに、袁家の抱える問題の排除に努力していた。その一つが汚れ仕事である粛清で、友若が監督する保防部だった。

 保防部は老若男女区別なく、二心を持つ者や私利私欲の為に袁家を利用していた一門を皆殺しにした。その資産は没収され袁紹が勇躍する一助と成る。

 膿を出しきり、これからの袁家はコンプライアンス研修も行われ意識が変えられる。

「これが生き残りをかけた闘争だと分かっていてもやるせない物ですわ……」

 本初の言葉に、友若は頭を下げた。 

「弱さを見せれば逆に倒されていました」

「ええ、そうですわね」

 運命は変えられる。無能を演じて自分の敵と味方を見分けると言う考え方もあるが、実際の所は要らぬ波風を立てる事で味方を減らすマイナス効果の方が大きい。

 諸侯を纏める盟主としての立場が求められている以上、優れた指導者を演じ成りきらねばならない。

 女尊男卑なこの世界で、男は優れた子孫を残す為にも強い女性を求める。それは主従関係でも家庭でも同様だ。

 朝議では連絡、相談、報告のディスカッションが、上下の意思疏通を目的として行われる。経済諮問会議としての面も持つ。

「麗羽様、民への税が軽過ぎませんか。これでは民に舐められます」

 袁本初に仕える重臣の一人、郭図(かくと)は幼い頃からの友人で真名を許されていた。しかし民を同じ人間とは捉えていなかった。

「税を下げる事で消費を呼ぶ。結果的に税収が増えるなら宜しいのではなくて?」

「必要なのは、市場を冷静に見ると判断力、民の気配を読む事。麗羽様は間違っておられません」

 民を熱狂させ、甘く痺れさせるのは為政者の仁徳であり善政による所が大きい。田豊も袁紹の方針を支持した。

「欲は尽きる事がありません。一つ達成されれば、また別の欲が出てきます。本初様の御指示があれば直ぐにでも搾り取って参ります」

 袁紹への忠誠心は高い。しかし視野が狭い。民の支持を失くせば基盤が揺らぐ。

「時期尚早ですわ。華琳さんが青州を平定してくれるのを待ちましょう」

「はい」

 報告は続く。

「次に義勇兵の募集の件ですが、賤民を中心に集めております」

 義勇兵は常備される訳ではない。ただ働きの奴隷として斥候、先導、輸送、戦場の清掃、後方警備など、応募者は様々な分野で貢献できる。

「真直(まぁち)さん、給金はどうなってますの?」

 人事労務管理が出来ていないと組織は回らない。田豊は恭しく答える。

「実戦経験が無くても構いません。代わりに武器や交通費、宿泊費は自己負担ですが、食事は提供します」

 官僚としての事務処理能力が高いだけあって、士卒の宿泊施設の建設や食事は部外に手配していた。これで民は職を手に入れられる。

「二人とも御苦労様。今後も宜しく御願いしますわ」

「はい、本初様」

 花の咲いた様な笑顔を浮かべると、郭図と田豊が退室し友若と二人に成った。

「先程の件に付随しますが、再建、整編は予定通りで、出兵には間に合わせます」

「そう。後は戦に勝つだけですわね」

 問題がある。戦の止め時だ。

 徐州では州牧が亡くなっても、無意味な戦いから抜け出す事が出来ていない。

 馬鹿やその上のレベルである阿呆は殴って躾れば直るが、信奉者は宗教の信仰に近く、指導者が死んでも直らない。死は殉教として美化され、後追いの殉死を望む。

 だから曹操は、徐州抵抗の精神的支柱でもある陶商を討たずに降そうとしている。

 袁紹は董卓を死なせずに降し、城下の盟(ちかい)をさせねばならない。その為に初心貫徹で、洛陽を奪還する心積もりであった。

 幽州は間借りしており己の立場を弁えているが、袁紹は折れていない。その事に友若や家臣達は喜んでいた。

 関東の諸将は、盟主袁紹の指示で雌伏し反攻の時を待っているが、董卓陣営も動きを見せていた。

 司徒の王允(おういん)が窒息行為の特殊自慰中の事故で死亡。宮中で止める者が不在と成った事で、董卓が太師に就任した。

 一連の流れは出来過ぎた話として幽州の袁紹にも届いた。

「王司徒の件は李傕(りかく)が検分を行ったそうですが、奴も董卓配下。彼の御仁は謀殺されたと見て間違い無いでしょう」

「ああっ、何と言う事でしょう! あの方が自慰性窒息死だなんてあり得ません。あり得ません! 最近、身の回りに不安を訴えていたと言うのに、何も出来ませんでしたわ!」

 頻発する地震もあって都を離れる様に勧めていたが、誰も彼もが董卓にこびへつらう現状を憂い嘆いた王允は、帝を見捨てられぬと洛陽に残り政争を続けていた。

 だがこれで、諸侯王よりも上に在る太師として董卓の権力はますます強固となる。朱儁(しゅしゅん)等水面下で袁紹達に情報提供で協力する者も居たが、表立って対抗する者は宮中に居ない。

「先の戦の恩賞か配下の主だった者も、呂布は騎督、華雄は都督に任ぜられたとか」

 中郎将に董越(とうえつ)、段煨(だんわい)、牛輔(ぎゅうほ)ら手足と成り八面六臂の活躍を見せた子飼いの部下を任命しているが、端から見れば身内贔屓の専横にしか見えなかった。

「分を弁えぬ涼州の田舎者め」と怒りの声が沸き起こる。

 

      ×  ×  ×

 

 袁紹は優雅で華麗な王道を歩む。その影で汚れ役は存在した。

 人生を楽しみたければ殺して奪え。それがこの時代の、強者の論理だった。

 天と地の理(ことわり)がある様に、君臣や親子には忠、孝、礼、義の規範的行動がある。殺しも時代によっては正当化される。

 この世には殺戮の歴史が存在する。愛や名誉、富の独占を考えれば当然であり、自分自身の利害関係に外れる者は敵だ。生きる価値も無い。

 嘘か本当か定かではない紀元前2333年、満洲遼寧地方と韓半島西北地方にあった多くの部族を打ち倒して檀君(タングン)は屍の山を築き、いわゆる古朝鮮を建国したとされている。

 その後、高句麗(コグリョ)の時代には支那大陸の大部分や遠くビルマに至る北東アジアを支配していたと言うが、漢の時代には穢れた東夷族として僻地に追いやられ蔑まれて居た。

 いつの時代も必要なのは、勝利の日まで断固として戦い抜く団結力であり、敵を粉砕する決意だった。

 魅力ある主には忠を尽くす直系の家臣や舎弟が存在する。

 世間でも、自分の信じた道なら真っ直ぐ進めと言う。大した腕が無くても、進めば結果が出る。

 枝の枝にも成らない投降兵は、消耗品の奴隷兵、奴婢として前線に送られた。

 劉備も贖罪として、共に投降した徐州の兵達を率いて、青州攻めの先手に組み込まれている。

 先鋒は本隊に先立ち青州の地理状況を把握する事も任務の一つで、地図を作成する傍ら、風水で言う所の龍脈に鉄杭を打ち込み、青州の地気を乱す破壊工作も行われた。

 仕事はきついし責任もある。だが組織運営には給与も食糧も足りず、行く先々の村々から徴発を行った。

「何でこし餡じゃなくてつぶ餡なんだ。しかも、うぐいす餡だと。ぶっ殺すぞ!」

「ええっ!?」

 抗賊援青戦役で曹操は徐州の投降兵の忠誠を確かめるべく、徐州人民志願軍として戦に投入していたが、将には漢に奉仕する義士として、配下の士卒に立場に相応しい態度や言葉遣いを徹底する様に軍規を周知していた。

 当然、曹軍には軍規を維持する取調役監察としての役職を持つ者が配属されている。監察御史に類する職責で、徒(かち)目付や小人(こびと)目付を配下にする目付に近い。しかし末端の行いに関しては例外とスルーされている。

 このような凶賊の様な応対は、義勇兵としてあってはならないものであり、配下を厳しく指導すべきだが、劉備は討伐対象である青州の民には情けをかけなかった。

 人として理想を追及する立場でも、サロモン・モレル同様に敵対勢力の共同体に属する者には無関心と言う意味で、幾らでも残酷に成れた。賤民は生きる世界が違う。そう言う物だと私塾で教えられていたからだ。

「我等は義によって起った義士である。そう言う訳で、男が居るのはわかっちょるたい。協力ばしてくれんですか」

 協力を要請しながら実態は強制徴募、強制徴収であった。

「嫌、嫌、嫌、何で行かないけんのか! 戦なんか知るか。お前ら、勝手に死ねボケ! 他人に迷惑をかけるな!!」

「何だこの野郎。税金泥棒の官吏と違って大義の為だ。やるかこの野郎」

 食料だけではなく、働き手まで奪われれば立ち行かない。村はその年の冬を待たず離散確定だった。だから村人は反発する。

 劉備は青州で悪名を残すが、「私の友達にそんな事を言う人は居ないよ」と強気の姿勢を貫いた。

 彼女の家に伝わる宝剣靖王伝家は、これまで血を吸わず使われる事も無かった。しかし武器は壁の飾りではなく、敵を倒し手柄を立てる得物だった。より多くの者が、良い暮らしを出来る善政の為に手を汚す事を厭わない。

 そうしなければ、チャラ男のダメ男に都合良く利用されたり、騙される女に成ってしまう。

 一般教養や、人としての我慢や忍耐力、協調性を学べる私塾は社会の縮図だった。私塾に行かなければそんな判断力も手に入れる事は出来なかった。

「服を脱げ。早くしろ!」

 強制徴用でかき集められた男達が裸に剥かれ劉備の目の前で列を作っている。軍役に耐えられる者を選抜する為だ。

 陽に焼けた村人は普段の野良仕事で鍛えられている。対照的に、透き通る程に白い肌を持つ不健康そうな男は宦官や文官に多い。

「えっ……!?」

 もっこりした大きな根っ子が目についた。普段であの大きさなら、閨ではどれだけ大きいのだろうと考えてしまう劉備。思わず驚きの声を洩らしてしまったが、幸いにして周囲に気づかれてはいない。

 女尊男卑な世界での男の価値とは奉仕する事。誰にも負けない大きな根っ子があるだけで十分だった。

(容姿は下の上言い過ぎとしても、中の下かな)

 男は少しバカでニブくて単細胞の方がかわいいと言うが、実際に付き合う相手としては望ましくない。

 失礼な事を考えながら男を眺める劉備。

「桃香様、この者達で宜しいでしょうか。それとも気になる者が居たでしょうか?」

「ううん、任せるよ」

 男から視線を外し桃香は、私塾での一刀を思い出す。

 貧しい民と違いコネもある良い家の生まれで、リリカルな恋の詩を綴っていたりした。見ているとドキドキする。

 ギュっとして貰いたくても、一番は故郷に居ると聞いた。荀家の息女、到底敵う相手では無い。

 自分はズルくて汚ないし釣り合わない。手を延ばしてはいけない。

 それでも好意を抱いた。

 一刀は桃香の気持ちに気付いていない。桃香にとっては届かない想いだったからこそブレーキをかけており、大切な思い出だった。

(あ、いけない!)

 これ以上、考えていたら一刀の顔が浮かんで仕事が覚束無く成ってしまう。

 胸がギュっとなる。ただ好きと言う気持ちでも、報われない一方的な思いは、穏やかな恋では無い。客観的にキモい物だった。

 だからこそ隙間から何もこぼれない位に上手くやれば初恋は実る。もっと好きな人が相手に居るなら、でっち上げでも何でもやって潰せば良い。

 そもそも私塾では、学友でもお互いを信用するなと教えられ、噂を長し情報戦を実習したり殺伐としていた。

 出世をすれば、一刀の隣に立てるかもしれない。その時は誠実に尽くそうと思う。

「だから頑張る!」

「へっ?」

 突然、大声をあげた桃香に周囲は驚いたが、どんよりと濁った瞳に気付く事無く、いつも通りの奇行とスルーされた。

 

 

5

 

 夏侯惇は、犠牲の出る平攻めを許されていない。

 囲めとは言われたが、攻め無くても良いと言う理由にはならない。時折、矢を射かけ、太鼓や鐘、銅鑼を鳴らし挑発を行い、城兵に緊張を強いると言う心理戦も忘れず、攻める姿勢も見せていた。

 城攻めの包囲は才能では無く、努力を継続する事が大切なので、忠実に主命に従える夏侯惇には向いていた。

「失礼します。陳長文様が参っております」

「そうか。通してくれ」

 春蘭は箸を動かす手を止める。一刀の事は曹操から紹介されており、面識もあった。

 御用聞きとして納品された着替え用ポンチョや様々な品々で、一刀と陳家は軍の作戦行動に貢献している。

「元譲殿、お食事でしたか」

 一刀の献上した甘食としょうゆ豆が山盛りに盛られている。陳家のお陰で兵糧のレパートリーが増え、給食係りは配膳内容に頭に悩ましているが、逆に士卒の評判は良い。

「構わん。貴様には配慮する様に華琳様から仰せつかっている。今日は何だ」

 従卒が一刀と春蘭の前に、すあまと茶を置いて退室する。

「陶商には曹将軍に降る様、私が説得して参りましょう。勿論、大役を仰せつかれば一身をとす覚悟です」

 飢えが限界に達する前に降伏させる。出来るなら望ましいが、春蘭はすかさず声をあげた。

「お前に何かあったら、私が華琳様に叱られてしまう」

 沈着冷静な性格の妹に対して、春蘭も具体的な物事は理解していた。陳家の嫡男と言う肩書きだけではない。主の大切な者なら相応の気配りもする。

 そう言われても、一刀に失意の色は現れなかった。

「心配してくれて、ありがとうございます。でも、使者に手を出す愚かな真似はしないと思いますよ」

 根拠はあるのかと思ったが、春蘭は自信のある様子に了承する事にした。

 袁紹の面子を立てる上でも、陶商の首を斬っても収まらない事がある。陶謙の跡目として、きっちり型にはめさせるが、陶商にしてみれば家臣や民を路頭に迷わす訳にはいかないし守りたい。

 曹操側として譲れない和議の条件は、徐州が連合軍の傘下に入る事。

「良いだろう。だが忘れるな、お前の命はお前だけの物じゃ無いんだから」

 他の者の為に己を律する。曹操の片腕であろうとする春蘭らしい考えだった。

 春蘭の醸し出す凛とした空気も、一刀の好みに合った。

 着ている旗袍はスリットが大胆にカットされており、むしゃぶりつきたくなる足をしていたが、普通の女では無いのだ。曹操に選ばれた武官の筆頭であり、将軍の印綬を受けている。

「はい。ありがとうございます」

 一刀が笑いかけると、夏侯惇は恥ずかしい事を言ったと頬を赤らめていた。

 向こうは主の持ち物と言う感覚であろうが、悪感情でなければ幾らでも一刀の付け入る隙はある。

 恋愛感情の一押しとする決めて。それが好意を持ってくれてる相手なら簡単だ。

 例え曹操に心酔している夏侯惇がガチの百合でも、ちょっとした勇気があれば良い。ニコニコして愛の言葉を囁いて口づけまで持ち込めば、一発こましてハッスルする所までの道も遠くない。

 心から頼らせる為にも、今回の務めを果たせば好感度は更に上がるだろう。

 戦では敵に動かれる前に殺す。迅速な行動で先手を打つ事が、RTAやあらゆる道の本質だった。

 打算的な考えから即日、一刀は陶商に面会を申し込んだ。

 陶商としても現状はジリ貧であり、徐州から関東諸侯の軍を追い出せる等と夢想してる訳では無かった。

 包囲する曹軍と城壁の中間に天幕が用意された。

 妥協点を探り本音を引き出す為にも、身に寸鉄を帯びず、余人を交えずに語り合う。本の角も殴られるなら痛い。武器に成りそうな物は置かれていない。

 会談の席にはちょっとした料理と酒が用意されていた。護衛によって毒味済みである。

 おもてなしとして出された参鶏湯(サムゲタン)を一瞥すると、口にする事も無く冷笑を浮かべて陶商は問いかけた。

「陳家は面白い。以前は十常侍に近い者として動き、昨今では董太師と袁本初殿、双方相手に商いを行っている」

 一刀が張譲や宦官連中相手に金をばらまき、便宜を図って貰っていたのは事実だ。

 人脈こそ力であり、漢で有力者に知己も多い。名士への影響力もある上級国民だから、他家から手出しされないとも言える。

「それで今回、貴殿は誰の利益を代表して来られたのかな?」

 不遜な物言いであり、一刀を愛する女達がこの場に居れば黙っていられない。激おこぷんぷん丸確定であった。しかし一刀は眉根を寄せる事も無く、スルースキルを身に付けており嫌味には怒らなかった。

「そうですね。董太師との縁もありますが、曹将軍を知る者として参りました。端的に言って、亡くなられた陶州牧では徐州は治められても、天下の趨勢を読めぬ以上は漢の為に成らぬ。盟主袁本初もその様に考えられ、徐州に兵を進められました。咎人を匿う事は美徳かもしれませんが、我欲で民は守れません。既に賊の首も討たれましたし、ここは矛を納め曹将軍に降った方が宜しいでしょう」

 臆面も無く、陶商の父は人の上に立つ器では無かったと告げる一刀であった。

 言葉を黙って受け止めた陶商は考える。

 目の前の男は官位を求めぬ未知の生物だったが、口に出すだけの実積と見識がある。

 一刀の始めた食肉牛開発は供給量が安定している。何れは肉食中心の食事への移行となり、民の健康を守り、困窮する人々に食事を与えることに寄与するだろうと、有識者の間で支持する者も増えている。

 自己中心的に生きているこの男が、州牧や官吏と違う穏やかなアプローチで、ロングセラーの男梅の様に漢に影響を与えている。

 陶商の背負う責任と違い、自由な生き方を正直に羨ましいと思った。

 挑発的な態度は色を潜め、穏やかな瞳で一刀に視線を向ける。

「私は皆の支持を受け、徐州の民を導く立場だ。袁本初殿と曹孟徳殿の友誼は知っている。彼女達の目指す漢の姿とは如何なる物なのか。返答の如何によっては降る事も吝かでは無い」

 反体制派は、自分の考えを絶対的に正しいと盲信し、反社会的な極左暴力集団の過激派としてゲリラ化する事が往々にしてあるが、陶商は民の暮らしを考え善政を行える人物だった。

「曹将軍は董相国と袁本初殿の争いを憂いております。どちらも漢を思っての事です。ですから、せめて貴殿には、真の友人になり漢の美しい未来を共に描いていける様に、重要な役割を果たして欲しいと仰っております。例えば徐州をお任せするとか……」

 反董卓として「董卓の政って、感じ悪いよね」「董卓が悪いから天が怒り、地震や嵐が来る!」「都で董卓はやりたい放題だよ。それで良いの?」と何でもかんでも皆、事件、事象が起きると誹謗中傷する諸侯と違い、一刀は情に訴えながらも実利を解いた。

 董卓が可憐な少女であり、壁ドンでデコチュウ以上の事をした関係だから、気を使った言い方になったと言う理由もある。

「非礼は承知の上で申し上げます。徐州の真の平和を求めるならば、聖戦を謳い文句に戦を行う関東軍を妨害してはいけません。逆に滅ぼされるだけです。吐いた唾は飲み込めますが、赦すのではなく裁くのが漢に仕える官吏の務めです。それは董太師や袁本初殿のどちらに着いても同じ事です」

 陶商が腹を括らねば屠城される。

「今ここで降る事を伝えれば、配下に異存のある者も出よう。意見を纏める時間が欲しい」

 一刀に頭は下げない。だが陶商は前向きに降伏を検討する姿勢を見せた。

 これ以上、戦を長引かせても勝ち目は無い。降伏受諾の妨げに成る城内の鷹派を粛清する。そうしなければ民に迷惑をかける。

 それは勇気の要る決断であり、従う者達への責任もあった。心の不安さえ解決出来れば、双方が幸せに成れる。

 一刀は城内に戻る陶商を見送った。

「親の七光りかと思ったが、進退を弁えている。大した奴だ」

 風景が変われば想い出も無くなる様に、悪い領主の記憶は消せる。

 一刀の予想通り、陶商は降伏を納得しない不穏分子の士卒千を斬首して、陶謙の残滓を清算する作業を行った。

 

      ×  ×  ×

 

 青州、そこは正に現世(うつしよ)と幽界(かくりよ)の境界、狭間の世界だった。

「漢の為に死ぬべき青州民よ、己の罪を悔い改めよ」

 官吏と名士、名族を支持母体とする連合軍は左派ゲリラに対して、木の杭で串刺しにした死体を各地に並べて挑発した。捕虜を戦の矢面に立てて使い潰す方法もあったが、この方が一罰百戒の効果的だったからだ。

 昨日、農民だった者はずっと農民根性のままだ。貧しい者が殆どであり、豪農と呼ばれる者は稀有であった。その為、苛烈な鎮圧と恐怖に弱い。

 荒れ地を開墾する事に慣れていても、中原の戦のやり方に慣れていない。根底にある物は変わらない。低所得層であると言う現状に甘んじ、変えようと言う根性が無いのだ。生き残りさえすれば良い。

 唯一、生存権を脅かされた時は嫌でも戦う。

 戦う勇気、自信も無い徴用された兵は血を流すだけだが、魂は娼婦を抱く事で癒される。それは義勇兵でも同じだ。

 人は娼婦と言う職業でヤリマンな生き方を選ぶ。それは愛の奉仕者であり素晴らしい事だった。

 何故、娼婦が直ぐ入れず奉仕から始まるのか。穴に入れて出す事は勿論だが、一本一本のチンコに宿る個人を尊重する事で、擬似的な愛情が生まれるからだ。

 専業娼婦と言う愛の伝道者が居ない場所では、行き場を失ったリビドーが爆発をする。連合軍は青州の民を襲い、青州兵は連合軍に協力する城邑を襲い、性の捌け口とする。

 ある村では幼い童女が、曹軍に対抗する青州の義士の義挙に感動し、臨時のパンパンとして義勇兵を相手に股を開いて、日に百人も相手をした。

「おら、出すぞ!」

 狭い蜜壷は滑りが悪いが、遠慮せず極太な性器を無理矢理捩じ込み、征服欲を味わっていた。

「痛い痛い痛い──────っ、もう、嫌っ!」

 感動した村の男達は挙って童女を誘い、腰を振り白濁を幼い身体に撒き散らすと、義士の義援金に募金したり、食糧を供出する事で抵抗活動を支援した。

 無敵の国を創るには、敵の罠があっても食い破り殲滅する圧倒的な破壊力、武力が必要だ。

 外敵の侵攻を防げなかった青州は、屈辱に耐えるしかない。

 北海国の下密と平城の間に位置する三戸山。山はゲリラの策源地と言え、掃討は念入りに行われている。

「女だ、女が居るぞ! 早く此方へ」

「へへへっ、調べろ!」

 天突(てんつ)き体操で準備運動を行い、体をほぐした徐州兵が攻め込んだ集落では、ゲリラ狩りを名目に逃げる民を追い、いたぶっていた。

「震えてどうした。寒いのか? 人肌ってさぁ、温まるのに一番良いらしいぞ。なぁ、スケベしようや」

 曹軍の士卒は命乞いの声を聞かない。曹軍の先鋒として組み込まれ、最前線で死傷者を多く出す徐州兵は、日常から外れ倫理観も麻痺している。

 弱者を虐げ、犯す事を楽しんでいる。

 小城(まち)とも呼べない集落は絶好の獲物だ。楽しい狩りの時間だったが、そこへ攻撃を受けた。

「糞、青州兵だ。青州兵が居るぞ! 敵の攻撃だ!」

「踏ん張れ、踏ん張れ! 負けるんじゃねえぞ!」

 ゲリラは建物の上から弓や弩で攻撃を行うが、曹軍の新手は投石機の支援でやって来る。

「アッハッハッハッ、愚かなり! 生きようと思うな。死ね」

「死ぬ、死ぬ! マジで死ぬがや」

 遠慮の無い攻撃で村は破壊され、家屋が焼き払われた。

 COIN作戦の基本は敵を捕捉・殲滅する事であり、儘滅(じんめつ)作戦が推奨されている。

 捕らえられた青州兵は徐州兵の報復を受けた。

「おんどりゃ、やりやがったな! ぶち殺してやるからな」

 ある所では、一列に並ばされ槍で何人貫通するか試し突きをされた。生きたまま頭を割られる者も居た。

「うぇひひひひ。最近、猿の脳みそ食って無いから食いたいと思ってたんだ」

「止めろおぉぉぉっ!」

 曹操は調子に乗る徐州兵の行いを黙認していた。人として不愉快であってもCOIN作戦としては有効であり、快楽殺人は前線で戦う士卒に許された唯一の現実逃避だからだ。彼らは懲罰的に動員された消耗品であり、罪も背負っていく死ぬべき者達だから腹は痛まない。

 誉めると叱る事を上官は行い、日常的に部下を統率するが、人として間違っていても戦では結果を出せば、殺戮も略奪も特別に承認される。これが士気を維持する秘訣だった。

 一方で曹操は、思い通りに行かぬ戦況に苛立っていた。青州での敵は賊匪であり、民兵に毛が生えた程度だ。指先一つでダウンさせる事は出来ないが、楽勝だと考えていた。

 何故、こんなにも青州の民は抵抗するのか。何故、素人相手に、こんなにも動きを拘束されているのか。

 最強、精鋭、無敵とは言わないが、一流の軍師と実戦経験を積んだ士卒が揃っている。捨て駒の徐州兵もある。それなのに何故、勝てないのか?

 味方の勢力圏では協力者から志願者を募って、現地人による準軍事組織を組織し、治安維持を任せている。それでも火種は燻っている。

 正義は最後に絶対勝つと決まっているが、苛立ちと同時に頭痛を感じた。後年、曹操の頭痛、倦怠感は性病による物であると論議が巻き起こるが、今の彼女に理由は分からない。

 そうだ。散歩をしよう。そう思い立つと行動が早い。

 馬の用意を命じ、身支度を整えた。彼女の居る巨定は味方の勢力圏だと言っても、各地で散発的な抵抗が続いている。軽装だが武具を纏っていた。

「華琳様、どちらへ?」

 呼び止めたのは夏侯淵、華琳の信頼する女で情人でもある。

「ちょっと散歩してくるわ」

 自分の能力に自信を持ってる者は、周りもよく見えている分だけ疲労も蓄積される。

 時には気分転換をしたい時もある。

 夏侯淵は頷く。ストレスを発散させる事も必要な事だと理解していた。

「お気をつけ下さい。最近は露出狂なる変質者も出没するようですし」

 夏侯淵が人生をかけてやりたい事は、主の覇道を支える事。自分にしか出来ない事があるならば、与えられた指命を全うするだけだった。

 その一つとして、主の身辺を気にした。

「秋蘭、たかだか変態相手に気を回しすぎよ。それに露出狂は別に襲ってくるわけじゃないわ」

 戦で心を病んでしまった哀れな被害者だろうと華琳は語る。

「そうなのでしょうか?」

「貴女って時々、知らない事があるのね」

 お供させていただきます、と親衛隊から数人が供廻りとして付いて来た。華琳は「好きになさい」と告げて馬を走らせた。

「変態は実害が無いだけまだ良い……」

 どちらかと言えば、神出鬼没なゲリラの方が厄介だった。世の中は話し合いで分かり合える者ばかりではないと言う事だ。

 悩むのは主君ばかりではない。

 郭嘉(かくか)は曹操の才に魅了され、彼女の下で従事する事に憧れを持っていた。旅路の末に彼女は、程昱(ていいく)と共に曹操の麾下に収まっている。

 官吏の募集に応じて馳せ参じた名士は多く、曹操の採点基準による厳しい考試が行われた。当然、成績の適正から配属が決まる。その中で名を高めるには実力による功が求められる。

 職場の空気は甘く色付く物では無かった。セクハラ、パワハラは日常茶飯事であり、側近として上がるには、未だ道程は遠い。しかしトップの曹操は柔軟な思考をしている。

 機会さえ掴めば自分達の才覚を認めさせられると自負していた。だから与えられた職責を果たすべく、黙々と机に向かっていた。

「ねぇ稟(りん)ちゃん、疲れたので休憩にしませんか」

 稟の眼鏡に隠れていない眉根が動いた。金糸の様に美しい髪と、翡翠色の瞳を持つ少女に視線を向ける。

 二人は、言葉通りそのまま素直に受け止める程、浅い付き合いでは無い。

「駄目ですよ、風(ふう)。そう言って、今までに席を外したら帰って来ましたか」

 生真面目な稟の毅然とした態度に怯む。

「うぅ……っ。でもですね、あの時のお兄さんは、無理をせずに頑張れば良いと言ってましたよ」

 あの時のお兄さん──甘く優しい声を思い出した。山中で出会った一刀は話も合い、稟から見ても好青年だった。

 そもそも人は自分の見たい物しか見ない。だから一刀の本質が、薄っぺらで善人でも無い俗物である事を知らなかった為、二人の中で評価が高い。

「分かってます。ですが今は徐州を制し余勢を駆って青州に兵を進めています。曹孟徳様は、それだけ急がれているのでしょう。ならばここで私達も勝利に貢献出来ると言う物です!」

 名を捨て身も心も捧げて忠義を尽くす。疑念の余地も無いほどに凝り固まる事で、臣下として昇華出来る。

 生真面目過ぎる友人の姿勢に風は苦笑する。

「稟ちゃんが恋焦がれる曹孟徳様にはまだお会い出来て無いですし、そろそろ手柄が欲しいのは分かりますが、具体的に何かあるのですか?」

「本来、農民の武装蜂起は長続きをしません。他国の支援が無ければ自ずと鎮(しず)まります」

 青州の賊徒に対する叛乱鎮圧作戦は社会的に正当な行為だが、民政の安定を第一に考えるならば、徐州兵による刈り取り自由と言う略奪や虐殺行為を認めるべきではない。

 既に斬首三萬余、死者数萬と伝わっているが、上官の命に服した作戦遂行中は違法性阻却(そきゃく)が原則とは言え、醜聞はかえって曹操の足を引っ張るからだ。

「董卓が動くには離れています。それでも収拾が着かないのは、益州の尊い御方が下知されているのかもしれません」

 義の為に起った連合軍だが叛逆の汚名を被せられた。それは勝てば中央に返り咲ける訳だし、どうにでもなる事だから懸念では無い。だが心配すべき事が増えた。

 折角、安定しつつある情勢を乱す勢力を、宗室が裏で手を引いている。仄聞(そくぶん)した事だが、根も歯も無い妄説とは言えない。

 しかし追求すれば、蜥蜴の尻尾切りで知らぬ存ぜぬで通される可能性もある。

 戦場で敵を討ち滅ぼし勝つのは上策で、戦わずして勝つ事は外道の策。しかし勝ち組に入る為には手段を選べない。マクロ的な視点から利益を優先する事は経営戦略の基本と言え、最低で最悪、胸糞の悪く成る様な勝ち方でも選ぶ時は選ぶ。

 血相を変えても良い話題だが、どこか楽しげな表情で風は先を促す。

「それで、稟ちゃんはどうしたいのですか?」

 力を誇示出来る宗室相手に、言いたい事を言える者は居ない。友人は浅はかな人物ではない。彼女の持つ灰色の脳細胞から、どんな奇策を献策するのか知的好奇心が刺激される。

「分かりません。打つ手無しです」

 苦々しい声で話す稟の言葉に風は耳を傾ける。

 毛沢東は「政治は血を流さない戦争、戦争は血を流す政治」と言ってるが、どちらも血を流す。

 ドイツの生んだ超偉大な哲学者イマヌエル・カントは、人間の本性は邪悪と評しており、不条理なこの時代、目先の民を救うよりも王たる主を奉じる臣下ならば、『敵を叩き潰す勝利か、敗れて死か』の選択肢しか無かった。

 外敵が叛乱を煽動してるならば、手出し出来ない様にすれば良い。具体的には借金で首の回らない多重債務者を使った外部委託(アウトソーシング)による暗殺、誘拐、脅迫、放火、流言等、幾らでも自らの手を汚さない策はある。しかし相手は宗室であり簡単には行かなかった。

 大地主や商家、豪族は既得権益を保証さえすれば転向する可能性があった。褒賞金目当てに劉焉を売る者が益州に居ないとは言えないが、稟に与えられている情報は少なく、不審な物も多い。

 力さえあれば何だって解決出来る。宗室の持つ力に対して、何が出来るか。何をなさねばならんのか考えねばならない。その手法が問われる。だから軽挙妄動は慎む。

「何ですかそれは」

「はい、仕事を続けましょう」

 尻切れとんぼなオチに、がくりと姿勢を崩すと風は目を細めて文句を言ったが、稟は休憩の終了を告げた。

(全て考え過ぎと言う事もありますしね)

 何事も慎重に成さねばならない。

 

      ×  ×  ×

 

 幸運に過度と言う物は無い。盛者必衰と言っても栄える時は栄える。

 青州は戦時下とは言え、膠州湾に面した不其は将来的に発展が期待出来る事から、多くの商人が訪れていた。

 己の力だけを信じて自分のスタイルを貫き通す女は、モテるが金を使わない。それが経済活動を阻害する。財布の紐も付き合いも、保守的で受動的だからだ。

 関羽は生真面目で将来的に何があるか分からないと貯蓄を心がけていた。

 傍目には遊ぶ金も惜しむ貧民に見えた。「愛紗ちゃんは貧乏が好きなの?」と友人はそう言ったが、そんな訳は無い。

 関羽は目を覚ました。傍らには愛する主の一刀と、同輩の趙雲の姿もある。女二人を相手にするぐらいは一刀にとって何でもない事だ。

 昨夜は愛紗も昂り楽しんだ。

 唇を重ね舌を絡み合わせる星と一刀を見せつけられ、愛紗は豊かな乳房で一刀の物を包み込み奉仕した。

 愛して欲しいから股を開き媚を売る。今までなら売女の様で汚らわしいと思う行為さえ行った。

 一刀の寝顔を見ていると胸がドキドキと鼓動する。

 たくましく柔らかな抱擁で、優しく何度もイカされた昨夜の痴態を思い出して羞恥した。一刀が、ただの自堕落な遊び人だったならここまで惚れる事も無い。

 酒の残りを一気に飲み干し気分を落ち着けた。

 英雄に憧れていた。世直しを誓っていた関雲長。今はどうなのか。

 男のせいで腑抜けになっている様だが、酒を飲ませれば何でもするアル中とは違う。心に火が着いただけだ。

 ふと目覚めた一刀と目があった。

「おはよう」

 微笑みを向けられただけで擽ったくなる。甘くて幸せな気持ちを感じる。

「おはよう御座います。御主人様」

 人生は一度っきりだから愛し、愛されたい。女である愛紗としての自分を否定はしない。

 家柄が釣り合わないのは知っている。だから一刀を主と仰ぎ、忠を尽くす。それが今の関羽の行き方だった。

 女は化粧で化けると言われるが、努力の結果である。一刀の基準ではスッピンでも可愛く見えている。

 愛紗の髪を手櫛で撫で整えてくれる一刀。優しさに顔が赤くなるが、その優しさは自分以外にも向けられる。

 正妻の座は家柄だけで決まる物だから苦しくなるけど、都合の良い女としてでも側に置いて欲しい。

 その願い通り、関羽は忠義の人として後世に名を残す。だがそれは先の話。

 一刀は関羽と違い、いわゆる良家の嫡男と言う立場にある。当然の様に名士を輩出する家らしく、私塾に通う以前から勉学の手解きも受けていた。そして一刀はその知識で商いを成功させている。だからこそ自警団を組織したり、関羽と出逢う機会もあったと言える。

 しかし今や漢は分裂している。関羽が一刀の下で、平穏に暮らす上でも誰か有力者による統一は必須であった。

『関東叛乱軍の罪行資料』によると、確かに董卓陣営からの攻撃による東侵ではない。董卓を抹殺しようとする袁紹と傀儡の諸侯が徒党を組み、計画的に準備して引き起こした叛乱戦争だが、董卓と劉焉の共謀により関東諸侯を蜂起させ、洛陽への西侵に対抗する形を装い戦を引き起こしたとの見方も出来る。

 誰も彼もが戦を引き起こすだけの理由を持っていた。

 董卓と袁紹、両者が停戦に応じるか応じないかと言えば、相手を倒すまで終わらない。応じない。

 匪賊も続発している。民が平穏に繰らせるまでの過程で、屍の山から偉大な英傑が生まれる。

 彼女達が勇躍する為なら、基本的に女に甘い一刀としては自分を踏み台にされても良いと許容している。

 そんな人だから側に居られるだけでも良いと思える。

(でも、私は荀文若殿が羨ましい)

 本当に想われてる一刀にとって特別な存在だと言う事を、周囲から教えられていた。答えは決まっている。流石に娶我とは言え無い。だけど自分の気持ちを諦めたくない。

 そもそも女は横の繋がりが大切で出る杭は打たれる。だから誰も傷つかず、楽しめる様にお互いが組み、情報を共有する事で牽制や調整をしていた。醜い争いを阻止し、秩序で勢力均衡を行う。頭が賢い女達ならではの選択だった。

「御主人様の負担になるなら話は別ですが、愛紗さんの事も受け入れて下さって居ます。分を弁えているなら良いんですよ」

 同じ様に寵愛を受ける諸葛亮がそう言っていた。だから不安や迷いも引っ括(くる)めて一刀を好きだと正直に生きる事にした。

 一刀だって荀彧が居ても、それはそれ、これはこれと遊んでいる。

 今だけは、この寝台の上だけは、星も居るけど自分だけの一刀だった。

 遅めの朝食を食べると、一刀達は市中に出た。

「気持ちの良い天気だ」

「はい、そうですね」

 一刀の供は多く無い。愛紗と星は、一刀を守る職務中の違法行為なら陳家の力で揉み消せる。だから無頼の輩が、一刀を獲物として甘く見る非常識と無礼を許さない。厄介な事が起こらないか警戒をしていた。

「あっ。ここでは人の目があります」

 だけど、一刀は時おり二人の身体に触れて愛紗に叱られている。 

「こんな雑踏で誰が注視してるって言うんだ? スリぐらいさ」

「それでも駄目です!」

 辺りを見回しながらそう言ったが、触られるだけでは物足りなく成る事は判っていた。

 街の城門は連合軍と自警団が守っている事は周知の事だったが、彼女達の目から見て市中の巡回は万全とは言えないからだ。

 不其の街には大金が動く。それを求めて人が集まり、事件、事故も発生している。星に言わせれば珍しい事では無い。

 薬物中毒の御者が操る馬車にひかれ子供が重傷。LGBTのカップルが喧嘩で刺し合い、止めに入った老婆が殺された。怪我をした所で誰も気にしない。それが今の漢全体だった。

 情報は金を生む。防諜に対して怠慢な姿勢は国を滅ぼし、商家を潰す。

 勿論、国にも寿命はあり、浪費する労力と財力に釣り合わない場合、無駄な延命処置は民を苦しめる。

 一刀にとって物見遊山な旅も、便りの文を受け取る家族や縁者にしてみれば、TVやまとめ記事も存在しない時代では万金に価する生の情報だった。

 昼からは街を離れ、東菜郡の東牟に向かった。途中で野宿する事も折り込み済みだ。

 基本的に商隊の様に荷駄は連れていない。戦乱の青州を横断するのだから、供が少ないのは正気の沙汰では無いが、一刀は飄々としていた。

 道中、『毒ヘビ注意。みだらに森に入るべからず』『火に御用心』『山くらげ注意』『クマ注意。この付近は、熊が出ます』『ツチノコ注意』と注意の看板が山道に沿って立っていた。行政ではなく周辺住民による自主的な物だ。

 実際、注意するのは賊の襲来だった。

 名士、名族は郷里を離れても名に価値がある。賊にとっては格好の獲物で、人質として身代金狙いの誘拐も行われていた。

 海運事業が普及すれば港湾荷役業界で潤うだろうが、今現在、一本独鈷としてやっていく事も出来ず、誘拐ビジネスは貧乏人にとって、上手くすれば巨万の富を得られるからだ。

 その為、漢の秩序に帰依する者にしてみれば治安維持は、公共事業を誘致し新しい産業を興す以前に重要だった。

 

 

6

 

 朱里は沛国の符離で、揚州と青州向けの商いの差配を行っていた。

 格差社会と言われても貧困は自己責任である。将来に希望が持てないのは、目標に対する努力をしないからだと言えた。皆が豊かになれる必要は無い。他者の犠牲を力に、社会のバランスは成り立っている。

 明日の来ない今日は無い。新しい生き方を作る力は、長期的な視点から見ても妥協の中にこそある。商いとは社会の縮図であり、政の経済政策に影響を与える。

 こうして真剣に働く事で成果は目に見えて来る。だから今、朱里はやりがいを感じていた。

「御主人様が消えた?」

 報告を受け取ると、持ち前の頭の物分かりが突然悪くなった様に困ってしまった。

 旅の前に、配下の内から手練れを選び一刀の護衛を増やすように進言したが、多くは連れていなかった。青州にも商いの手を延ばしてはいたが、身辺警護でやれる事にも限りがあった。

「大姐。枝にも捜索を行わせておりますが、賊の襲撃で捗っておりません。手がかりを得る前に、賊の死体から土民が剥ぎ取れる物を持ち去ります。まったく抜け目無いと言うか……。ここ数日の間、戦や賊の襲撃等理由の分かっている物を除いても、行方不明者が百名は軽く出ているそうです」

「行了行了行了(あーはいはい)。きっと大丈夫ですよ。それとも、御主人様が何処かで亡くなって居るとでも?」

 一日夫婦百日恩と言う言葉がある。妻には成れなくても情を交わして貰っており、感謝している。

 だから仕える主を蔑ろにしてる訳では無い。心配はしても、青州の状況が切迫している様には思えなかった。

「不不不(いえいえいえ)! そんな事は決して!」

「曹孟徳様に書簡を届けて下さい。事情を説明し協力を要請します」

 低次元な思考で一刀は動く事がある。それでも主の行動や決断は意義のある物だと朱里は信じている。

 賊に拐かされれば希望も救いも無い人生が待っている。そこから掬い上げられた。だからこそ忠誠と献身を誓っている。

 優秀な軍師として証明されるには深読みせずに素直に受け止めるべきだが、油断はしない。

 知識は人間を無限の高みに導いてくれる。同じ様に幸せに成る為の流程は様々だが、悪の蔓延る世の中だ。身ぐるみを剥ぎ、悪に生き、悪に殉じる。

 誰もがヴィリー・ヘロルトになり得る。死が待っていても、それも生き方の一つではある。

 見方を変えれば賊とは営利目的だが、貧困からの自助グループであるとも言えた。人生は8転び、9転びで転がり続ける事がある。心が折れた時こそ、形振り構わず他者を頼ってしまう。

(とは言っても巻き込まれるのは迷惑だな)

 内心でぼやくのは当事者の一刀。

 小用を足していた一刀は誘拐された。一刀に油断が無かったとは言わない。

 確かに量子レベルで見るならトンネル効果の応用で江崎ダイオードの様に物理的な壁も抜けられるが、どんな不思議な事にもそこには種がある。

 相手は手慣れた物で、夜警に当たっていた供が気づく前に拐って行った。

 一刀は目隠しと猿轡をされた上に、筵で簀巻きにされている。

「ご免なさい」

 一刀を俵の様に担ぎながらそう言う少女の言葉に、顔が見たいなと一刀は思った。

 謝罪と論理的な話が出来るなら、賊だろうと交渉の余地はある。文化人とはそう言う物だと知っている。

 外面を取り繕う事には慣れている。とりあえずは大人しく様子見をする事にした。

 むさ苦しい男相手なら違うが、声を聴いた感じでは容姿は期待出来そうだったからだ。人間の持つ潜在能力は無限の可能性もあり、これも一刀の持つ特技の一つだった。

 路傍の石でも拾えばダイヤの原石かもしれない。

(と言う事は、縛ったり、口にピンポン咥えさせたり、蝋燭で……)

 男と女が愛を交わすには十分な時間がある。

 賊は香や化粧品に金をかけられ無い貧民が多い。その為、不衛生で獣臭い生活を送っていいたりするが、彼女は侵入気取られぬ様にと水浴びでもして来たのか、不快な匂いはしなかった。

 意識を集中させ、星や愛紗とは違う女の体臭を楽しみながら、むふふと呼吸音で一刀は笑った。

 そんな一刀の様子を気にする素振りも見せず、足音と呼吸音が一刀の耳を打つ。

 船に揺られる感覚は無い。口と視界が自由になると、辺りを見回した。

 何処かの小屋の中だ。一刀を拐った少女が目の前に居て、他に気配はしない。

 黒く長い髪と紫色の瞳。化粧こそして居ないが、目を奪う素質があった。

(ビンゴ! 美少女だ)

 拘束されたまま少女に食事の世話を受けた。

 万人の幸福は日々食べられる事、命を脅かされない事だが、手遅れになる前にこの稼業から抜け出せ。一刀はそう訴えた。

「私は別に……」

 仕事を恥じてない。そう言おうとしたが、一刀は正論で封じて来る。

「駄目だよ、こんな事しちゃ。君も若いんだから無茶をするのは分かるけど、元気だと思っていても食中毒や感染性心内膜炎で突然、亡くなる事もある。だからこそ真面目に生きねば成らない。自分を大切にしなさい。皆が欲望のままに動いていたら、これじゃあ漢が滅んじゃうよ」

 役人の嘘、誤魔化しと同じで、話を飛躍させ思考を奪う事が一刀の常套手段だった。『嘘なら嘘で、半万年、平気な顔をして嘘をつき続けなさい。そうすれば歴史も塗り替えれます』と師も言っていた。

 女性を口説くには、相手に近付き、信用させ、安心させてから嗜好や弱点を探る。

 これも人品骨柄を見極める為、権謀術数の一つであり、私塾で学んで来た教えの極意を実践する機会でもあった。

 少女の瞳には何の感慨も浮かんでいない様だが、心に響かず揺れなかった訳では無い。

 一刀を眺め考えている。自分の過去とこれからの事を。

 彼女の姓は周だが、周王朝とは関係が無い。一刀を拐った女、周泰は貧しい家の生まれであったが、最初の夫は初夜を迎える前に酔って川に落ち死んだ。

 男運は悪く、二度目の結婚も夫の放蕩三昧に耐えきれず家を飛び出た。

 幸い娼婦の真似事をしなくても、鍛えられた身体能力は賊としての働きに役立った。今回の依頼も難しくはなかった。依頼は一刀を拐い引き渡す事。

 黒山賊の于毒(うどく)と言う者が、陳家の影響力に目をつけて誘拐を依頼して来た。董卓側が冀(き)州牧に任じた壺寿への手土産の積もりだった。

 このまま一刀を于毒に引き渡して良い物か。周泰は考える。

 朝令暮改は見方を変えれば、柔軟で臨機応変の証しと言え、それが名誉を保つ事もある。

 だから苦海に身を堕とした女でも人並以上の幸せを手に入れられる。

 

      ×  ×  ×

 

 この世界には神の力が存在しない。異民族に襲われ、奪われ、犯される事もあれば、重税と凶作で民が喘ぐ中、母性以前に親が子を捨て、直接手を下し殺す事もある。

 漢では抗争の激化で乱が起こっていた。各勢力はそれぞれの地盤を固めるべく動いている。

 血が流れなければ、平和は手に入れられない。

 勇気と知恵で女は大将軍の地位を与えられていた。その女は張勲と言う。

 彼女は後の宇宙大将軍や張献忠の様な汚い不忠者とは違う。主に忠を尽くしていた。

 主だけでも守ろうと動いている。全てを犠牲にしても主さえ無事であるなら構わなかった。

 董卓に味方した袁術は、荊州を手中に入れるべく孫家に劉表討伐を命じた。

「それは私達だけで、劉表相手の戦をやれと言うのか」

 孫策の代理でやって来た孫権は、姉に劣らず迫力のある怒気を漏らした。

「ひーっ、七乃、怖いのじゃ!」

 真正面から受けた少女は張勲に抱きついた。張勲は真名を七乃と言い、相手は敬愛する主、袁公路──袁術であった。

「お嬢様、ここが頑張り所ですよ」

 張勲に抱きついた袁術は、翡翠色の瞳を瞑り震えている。動くと金髪が張勲の首筋を擽(くすぐ)る。

 袁公路は無能では無い。女は見栄っ張りな生き物だと言われるが、生きる為に暗愚を演じ、怯えた様に頷いていた。

「孫権よ。わ、妾は功績には相応の報いを考えておる。成功は報酬を得ると言うぞ」

 袁術は名家と言う生まれのしがらみ。その檻の中で折り合い着けている。

 理屈では理解出来る。民が求めるのは大樹であり、袁術は理想的な立ち位置に居る。

 孫策や孫権が欲しくても手に入らない血筋で、知識を詰め込みマニュアル通りに他者と接する事が出来る頭と演技力も持っている。悔しいが王として適格だった。

「そう。ならば孫家としては、郡の幾つかぐらいは貰わないと割りに合わないと答えておこう」

 孫権は袁術に近付くが、張勲が間に立ち塞がる。

「あらあら、随分と図々しい物言いですね。その首、いらないのですか」

「お前ごときが、私の首を取れるとでも言うのか?」

 二人が睨み合う。同席していた周りの者も黙っていない。

「孫仲謀、無礼は許さんぞ!」

「落ち着け、いつものやり取りだろ」

 紀霊が殺気を放ち、楽就がそんな紀霊を抑えているが、そんな茶番に孫権は怒りを募らせる。

 だが気づいた。袁術の周囲に居る者は才ある者達で、その忠義を捧げている。

 暗愚に誰が従うだろうか。袁術は演技をしている。

 孫権は袁術の人柄を誤解してた事に気付いたが、謝罪の気持ちは沸かなかった。暗愚と思われる言動をする者がそもそも間違っているのだから。

 命令を受けた以上は動く。それが契約だ。

 孫権が課題を持って帰ると、姉がしかめっ面で待っていた。

「一刀が拐われた?」

「青州は曹操が抑えている。きっと一刀は北の幽州には向かっていないわ。私の勘だと揚州から荊州辺りかな」

 曹操は青州の主要都市、交通網、重要資源地帯を治安地区、准治安地区、未治安地区に制定した。これは治安状況の調査と向上を目標としており、未治安地区では討伐作戦として徐州兵による三光政策を推し進めている。

 白色テロに分類される行為で、糧食、耕牛、衣具が奪われ焼かれたのも、敵を干乾しする計画の内であった。

 崩れる漢と言う国を補修するよりも建て直した方が早いと思わないでも無かった。

「ところで蓮華、あれ何?」

 孫策の視線は孫権の背後に向けられている。

「七乃、着いたのかえ?」

「はい、お嬢様。今日はここで休みましょう。明日は孫策さんも劉表さんを攻めてくれますし、荊州がお嬢様の物になるのも、もうすぐですよ」

 孫権は背中から聴こえる言葉に、身体を堅くして動きを止める。

 孫家の謀叛を袁術側は警戒している。それなのに、飄々と着いて来た。

「そんな事より喉が渇いたのじゃ。妾は蜂蜜水を所望するぞ」

「申し訳ありませんが、何方かお嬢様に蜂蜜水をお願いします」

 孫策の顔に苛立ちの感情が浮かんだ。

 図々しく厚かましい。姉の苛立ちを前に、その大胆な度胸に感嘆すべきか、答える事が出来ない我が身の不甲斐なさに、孫権は涙を浮かべた。

 孫策は一刀が言っていた事を思い出した。かっとしたら、落ち着くまで数を数えれば言い。

(一、二、三、四、五、六……)

 落ち着くと孫策は命令を了承した。

「……荊州攻めの件は承知したけど、後詰めはしてくれるのでしょうね?」

 そこは士卒を無駄に損なう事は避けたいから真剣だった。

「勿論ですよ。孫策さん達は速やかに攻撃位置に布陣し、劉表さんの息の根がかかった者を排除して下さい。具体的には、はい、これを参照にして下さい。」

 攻撃計画の書かれた一般命令が手渡される。

「私達もこんな戦はしたくありません。ですが、このまま奸賊を放置しておく事は出来ません。お嬢様と劉表さんのどちらが『漢の忠臣』であるかは、孫策さん達もお分かりですよね」

 仲間同士の信頼感と助け合いは美徳だが、孫策と張勲は価値観も目的も違う。

 外面が良いだけの女に、舌先三寸で言いくるめられる程に孫策も甘くは無い。この女狐めと孫策は腹で毒づきながら、溜め息を吐いた。

「──と言う事で、天から舞い降りて来た様に可愛らしく、純粋で真っ直ぐに育ったお嬢様のお顔を見てるだけで胸の高鳴りが!」

「はいはい、もう良い。分かったから」

 戦の準備と言う物も楽じゃない。あちこちで頭を下げて、宥めて、時には脅す事もある。これから孫家の舎弟商家から金と物を集めて戦の手配だ。だから苛立たせる。

「そうですか。じゃ、孫策さんにはお願いしましたよ」

 孫策の苛立ちを見抜いた様に、張勲はにっこりと微笑むのだった。

 袁術は間も空気も読めないが容姿が優れている。可愛さは武器となる。

 退かぬ、媚びぬ、省みぬをモットーとする孫策だが、袁術をひたすら可愛がり、行動規準を袁術第一とする張勲の相手は苦手とする所だった。

 自分達とは違う。曇りの無い眼をした袁術を可愛く思う張勲の気持ちは、散々聞かされておりうんざりする程に知っているが、孫家を軽んじて使い潰す積もりなら、その時は必ず殺してやる。

 そんな気持ちが心に浮かんだ。

「何なのあいつら!」

 二人が下がった後、周瑜は疲れたような顔をしながらもキレる孫策を諌めた。

「雪蓮、張勲を舐めない方が良い」

「分かってるわよ。それでも、あいつら嫌い」

 自分が思ってる事を素直に言ってる様で孫策もリスクヘッジは理解しており、素の感情は一部にしか見せていない。

「あー、こんな事なら、祭(さい)と亞莎(あーしぇ)に任せたけど、私が行きたかったな~」

 一刀が拐われた件で孫策は、周瑜に相談した結果、陳家の応援として黄蓋と呂蒙に兵を預けて送り出していた。

「ねぇ、冥琳。ここは蓮華に任せて行っても良い?」

「雪蓮、駄目に決まってるだろう」

「ちぇっ」

 袁術に対して孫家は、建前上は孫家の独立を援助してくれる立場だから臣従している。劉表攻めに動いてる現状では手駒も多くは無い。

 だけど、大切な家族になる人だから救いたい。だから信頼する重臣に任せた。

 

      ×  ×  ×

 

 一刀は漢で食肉業の経営などをする傍らで、関東諸侯の連合軍に協力、就寝中に行方が分からなくなっていた。

 事態を把握した。手は打った。その後、項垂(うなだ)れ報告する二人を前に諸葛亮は叱責した。今後、一刀が立身出世した時に直臣は、譜代の家老衆、あるいは親類衆として仕える事になる。戦働き以上に自覚が求められた。

「愛紗さんも星さんも何をやってるんですか。腑抜けるのは時と場合を考えて下さい。そんな事だから、こんな失敗をするんです!」

「すまない……」

 陳家は役人に比べて即応力と柔軟性が高かった。

 様々な伝を使った捜索の結果、黒山賊の于毒と冀(き)州牧の壺寿に動きがあると、正確な情報を掴んだ。

「敵の目的は何でしょうか」

 鳳統の疑問は尤もだった。

 董卓軍とも商いをしていた陳家としては、連合軍と手を切れとの脅迫かと最初は考えた。

 しかし賈駆と一刀は、五分の兄弟分としてではないが杯を交わしており、協定が出来ている。

 しかも身代金や要求は来ていない。陳家の嫡男であれば身代金として10億ぐらいの価値があった。

「相手が余程の阿呆で、価値を理解してないのか」そう関羽は感想を述べる。

 舐めている。好きな人が舐められている。

 まるでコロッケ蕎麦の様に扱われたのだ。賊ごときに主の価値を貶められたと怒る女達だが、一方で、ならば于毒単独の行動とも考えられた。

「雛里ちゃん、私は討伐と救出の準備をするから交渉に行って来てくれるかな」

「任せて朱里ちゃん。時間稼ぎをしてくれば良いんだよね」

 鳳統は戦術面の才に秀でており、諸葛亮は政や戦略面に秀でていた。互いの長所を知ってるからこその役割分担だ。

 最初の情報が入った時点で、監視の一団を現地に展開させている。

 打ち合わせを済ませると鳳統は陳家の私兵と、趙雲と関羽を連れて交渉に向かった。失態をおかした二人に求められる役割は、目に見える武による威圧が目的だった。

 馬を部下に預けて鳳統達は賊が根城にしている支配地域に入った。

 拉致された一刀の身柄を安全に取り戻すのが第一であり、強行手段は最後とされている。鳳統は先ず、黒山賊と解放に向けた交渉を行った。

 陳家の手代を名乗る鳳統を于毒は見た目で侮らなかった。陳家の金庫番として交渉の全権を委任されているはずなのだから。

 黒山賊はこれまでにも誘拐ビジネスを実行して来た。金を支払わないなら殺して死体を送りつけた。

 少なくとも于毒にとって信用が第一であり、ビジネスとして契約を完全に履行している。

 今回は董卓陣営に寄与し、壺寿との繋ぎに使う駒だったが、陳家の反応が早かった。しかし金銭を引き出せそうだと気付いた。

「于毒さんは陳家の影響力を甘く見てはおりませんか?」

 言葉は受け取り方次第で変わる。

「そう言う貴様も立場が分かっていないな。選択肢は無い。主導権は此方にあるんだぜ」

 必死に努力をしても成功出来なかった弱者、あるいは努力もしなかった屑が、負け犬と呼ばれ賊に身を落とす。それはありふれた話だ。

 誘拐はサイドビジネスだが、本業の武装勢力としての力もある。だからこそ陳家を相手にしても強気に対応していた。

「おい、お客様を連れて来い」

 手下に一刀を連れて来る様に命じた。その場で、指の一本でも切り落とせば交渉が上手く進むと考えたからだ。

 しかし陳家は一刀を優先する。多く女達と同様に、鳳統も主を害した者を許す積もりはない。

 鳳統には陳家の私兵以外に切り札がある。

 諸葛亮は董卓の支配地域で軍事行動を起こす事から、一刀が粉をかけていた張遼や孫策に話を通していた。

 彼が害されるのは彼女達としても望む所ではない。

 これまで自分達の害にならず、益になる働きもしてくれていたのだから、解放に向けて救出の手を貸すぐらいはしたいと考えるのも当然だ。だから兵を出してくれていた。

「陳長文様は御無事なのですね?」

「勿論さ。今の所は、大切に預かってるよ」

 一刀は人里離れた家屋で囲われている。周泰に拐われた一刀は大人しく彼女に従っていた。

 大人しくしていたのは、一刀個人の武が周泰に敵わない技量で、一線級の猛者相手に戦える物では無いと言うのもある。

 万年発情期と言う訳でもないが、偶然の出会いを活かしてモノにする摘まみ癖のある生活習慣は中々抜けない。周泰は好みに合った。だから、このイベントに付き合ってやろうと言う気持ちになった。

 出逢いを上手く掴む事はフラグ管理の基本とか考えるのは仕方がない。それでも、決して下心ではない。

(多分、買収では転ばないだろう。この子の場合、意思は強い。契約を果たせば雇用出来るかな)

 そんな事を考えながら監視下で一日を過ごしている。

 ここ数日、共に過ごした事で、一刀が無謀に暴れる事は無いと判断しながらも、周泰は大切な人質と言う事で一刀の身の回りに注意している。

「陳先生、私に何かできる事ははありませんか?」

 戸口に立っていた周泰は寝転がっていた一刀に声をかける。一刀は人質の身でありながら、緊張感も無く自然体でごろごろしていた。

「そうだね。犬でも連れて来てくれたら、気晴らしには良いかも知れない」

 日に二度、粗食ではあるが食事は与えられている。自由に出歩いて買い物を楽しむなんて事も流石に出来ないから、そんな事を言ってみた。

「お犬様ですか!」

 一刀はセラピードックとして犬を求めたが、周泰の反応は予想外だった。

 彼女の素に触れる機会でもあったので話を広げる。

「犬は好きかな?」

「はい! お犬様もお猫様も大好きです!」

 ですけど、と周泰はため息を吐いた。好意は一方通行で、動物には懐かれないと告げる。

「そんな風には見えないから意外だな」

 それらは周泰の仕事柄、好ましくない感情だったが、人としては自然な物だった。

「何か好かれるコツとかあるのでしょうか?」

「無くもないよ」

「それは本当ですか!」

 輝くような笑顔で迫ってきた。

「あ、うん。マタタビが猫には効くよ」

 男の魅力より、犬猫の魅力の方が周泰には効果的だと気付いた一刀は、内心で苦笑を浮かべる。

 少なくとも嫌われてはいない事だけは分かっていた。

 所有欲が擽られる。これもまた衝動制御障害の一種だが、愛玩動物を餌にズルく行こうと考える一刀だった。

「……それより、猫耳とか着けた方が良いのかな」

 甘い声で囁き、一刀は周泰の肩に触れた。

「あの、陳先生……?」

 びくっとする周泰だったが、そのまま優しい手つきで一刀は彼女の頬に手を添えた。

「何を……」

 恥ずかしくて俯きそうになるが、一刀の眼差しが離してくれない。一刀の黒い瞳に意識が吸い込まれる。

 一刀は周泰の頬を撫でる。この流れが、どうしてなのか周泰には分からない。

 アメジストの色をした彼女の瞳は、熱にうかされた様に少し潤んでいる。

 そして一刀が次のステップに進もうとしたら、邪魔が入った。

「あ、何してんだてめぇ!」

 賊が一刀を迎えに来たのだが、この場合は空気の読めない邪魔者でしかない。 

「うるさい」

「格好つけてるんじゃねえぞ、殺すぞ!」

 情動制御が出来ない短絡的思考か、脳足りんなチンピラに相応しくすぐ殺すと恫喝して来た。

 野菜ばかり食べ過ぎて肉の栄養が足りないから切れやすい。この場合、理知的な会話は不可能だ。

 賊は葬り去らなければならないが、勿論、可愛い子は別だった。

「可愛い女の子と語らってるのに、邪魔なんだよ。馬鹿なの? 解れよ」

 可愛いと言われて周泰は羞恥で顔に血が集まるのを感じた。

「ぶっ殺す!」

 チンピラは一刀に得物を向けて来た。しかし周泰と違って隙だらけだった。

「そうか」

 一刀はチンピラよりも、周泰の反応に手応えを感じて機嫌を良くする。

 反社会的勢力である賊徒は「社会は辛い自分に何もしてくれない」という一方的な感情を有している。困っていたり、辛い事でがあれば誰かが助けてくれると言うのは甘ったれの妄想に過ぎない。

 そもそも漢に逆らった時点で死罪だ。「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」と言うのが世間一般的な反応であり、一刀も同意する。

 だから一刀はチンピラ相手に遠慮をしなかった。手早く筆箱の硯を掴んで力一杯投げつけた。

「ぐぁっ」

 顔面に硯を当てられチンピラが怯んだ所を組み付いて、得物を奪うと始末した。

 周泰は凶行を前にして、目を見開いている。

 理由があれば人は簡単に殺害を行える。そして、そのまま女を口説く事も出来る。

(もう一押し欲しいけど、誘ってみるか)

 友達はなろうと言って作れる様に、愛も告白もしなければ伝わらない。言葉こそ最強の武器となる。

 一刀は周泰に笑いかけて、手を差し出す。

「命は惜しいからね。殺される訳にはいかなかった。さて、逃げようか」

 混乱と戸惑いが消えて、一刀に求められている事を理解した。

「はい!」

 これまでの人生を振り返れば、リスペクトの出来る男は居なかった。でも一刀は違う。

 荒屋であっても、何だかきらきらと眩く見える。

 彼女にとっては人生の分水岐だが躊躇いは無かったのだろう。周泰は幸せな気持ちで一刀の手を取る。

「感謝いたします。この御恩は忘れません」と周泰は一刀に告げた。

 一刀には分からない。彼女が救われたと感じてる事を。だから空気を読んで、「そうか」と笑みを浮かべておいた。

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