7
生命が誕生して十億年。動物誕生から数百年、人類は飛躍的に進化したが、脳の活用されてる部分は3~5%に留まっている。イルカは脳の機能の20%使ってるが、人はイルカに劣っている訳でもない。
むしろ特別待遇だ。
仏教では善い行いを『徳を積む』と表す。同じ様に旧約聖書、詩篇第133篇では、姉弟達が一つになるのは
常に情熱を込めて愛して誠実であれと言う天意だ。神によって人は勇気、犠牲を胸に抱き繁殖を認められている。そう信じて日々を過ごせば楽しめる。
目覚めると河原だった。股間にはまだ一刀の感触が残っている。周泰は隣で眠っている一刀を確認すると、昨夜の事を思い出して頬を赤らめた。
愛しい人がいると甘く溶けてしまう。
(ふつつか者ですが、よろしくお願いします)
暴行によるショック死もあれば、心を交わし愛を感じる行為もある。好きな人との行為で幸せを噛み締めた。
一刀を逃した賊にそんな余裕はなかった。
「お頭、客人ですが……」
「あ?」
その報告を受けた賊は焦り、鳳統達を捕縛しようとする。
合図を受けて襲いかかる手下達だが、護衛は歴戦の猛者。快刀乱麻とばかりに倒して行く。
「気が晴れましたか? しかしお気の毒に。御主人様を害した以上、貴方達は天も見放しています」
「人生なんて自分で決めるが、怖いね。ぞっとするね。だけど客人を殺すなんてあり得ないだろう」
一応、言い訳をしておいたが鳳統は取り合わない。
「簡単な質問です。一刀様は何処ですか。返して下さい」
謝罪の言葉を繰り返せば罪を軽減されたかもしれない。しかし賊には謝罪の誠意を見せる姿勢さえ無かった。
「ごちゃごちゃとうるせぇ!」
賊は年老いた事を痛感した。
「覚えてやがれ!」
今回の営利誘拐は雑ではないが失敗した。
失敗の経験はリフレクションする事で学習効果が高い場合もあるが、それを唯一のエビデンスと捉え、情報源にすることは危険だ。
「ふむ。小者に相応しい捨て台詞ですな」
嘲笑う趙雲の言葉通り賊は逃げ出したが、死は逃げる者を追う。物事には結末が要るのだ。
「腑に落ちません。愛紗さん、星さん。そのまま逃がして下さい」
「ああ、承知してる。道案内させるのだな」
鳳統は賊をわざと逃がし一刀の位置を把握しようとする。最速クリアのRTAの様にはいかないから、石橋を叩く慎重さが求められた。
「手段を問いません。必ず助けに行きます」
現実を見て、正妻になれないのは分かってる。しかし一刀は人生は面白いと思わせ、不充の無い生活を与えてくれる。
情を捨ててこそ軍師だが、頑張り過ぎて重い女と思われても構わないと言えるほど強くはない。もう他の主を頂く事は考えられないのだから、ずっと寄り添っていたいと思っている。
所望の成果を得る為にも、今回の任務を完遂する不屈の決意を以て挑んでいた。
× × ×
中原を離れた緩衝地帯でも
関東諸侯が西征、解放戦争と呼ぶ反董卓連合軍と董卓軍の戦いは、黄巾賊が
「本初様、腰抜けと裏切り者は気づけば棺桶に入ってると言うのが世の常です。大事をなすには犠牲が付き物だと申します」
「狡猾さが成功者の秘訣、と言う事かしら?」
「はい。漢を築いた高祖劉邦も、西楚覇王を撃ち破る為には手段を選びませんでした。確かに項羽は武には秀でておりましたが、結果として高祖が残りました」
敗れた反董卓連合軍は賊軍とされたが、関東の領域支配で国家としての呈を成しており、既存する封建主義な漢帝国としての地方行政は機能し、賃金や労働時間、退職金制度は引き継がれ税収を維持し続けていた。
漢を分かつ内戦に対して皇帝は無力であった。飾りはしょせん飾り。黙って飾られておれば良いと放置されている。
両陣営が正統な漢帝国の忠臣を互いに称する。そんな情勢下で発生した洛陽
当時、袁紹の指揮する関東軍の中央軍事委員会は敗戦の痛手から回復しつつあった。
経済的にも政治的にも漢の中枢である帝都を落とせば、課題は要約され論理的にも盤の戦況がひっくり返る事を認識していた。その為、全国解放戦争の起点として洛陽を何としても落とす必要があった。
「しかしながら、我が方の兵力は限られております。ここは持久戦に徹し、現状を先延ばしする事で戦力の回復を図るべきかと」
「いや、均衡は崩れる。敵の攻勢を食い止めた今だからこそ反攻に出るべきだ! 中途半端に守りを固めるだけでは、相手も力を回復するだけだろう。本懐を遂げず諦めるのか? 本物の勝利が欲しく無いのか?」
ヒエラルキーの上位に位置するのは袁紹であり、周囲はやいのやいのと言っている。
戦は地獄への道筋であると同時に、手柄の稼ぎ場であり、出世の近道であった。一兵卒でも大功を上げれば、勝てば論功行賞で列侯として封建され遇される可能性もある。だからこそ誰もが進める機会を望んでいる。
「天下の民草は己の運命に従う。痩せても枯れても我らは漢の臣。ならば我らの大願成就の為、為すべき事を為すべきです。本初様、御決断を!」
最悪の戦い。殺ったら殺られ、殺られる前に殺れと言う激しい報復戦だが、これで勝てば漢は静かになる。
「……本初様、宜しいでしょうか」
君主が求められているのは家臣の柔軟な思考では無い。持論や思想を実現する策だ。
だから視点を変えて、主の目的を実現する一助として、発言を求めた。
「どうぞ」
連合軍が攻勢に出れるとしたら、董卓の政権が安定するまでの間だけであり、長期化すれば敵にも利する事が多い。国力差を考えれば、連合軍に継戦能力の限界が来る。破綻する前に戦を終える機会は今回だけとは限らないが、持久戦に持ち込めば──最後だ。
「御承知の通り、先立って我らの義挙に賛同する様に諸侯に働きかけましたが、益州牧と荊州牧は動きませんでした。我らに敵対したのではなく、彼の方々が動けないと言う理由もありました。益州にも荊州にも叛乱分子が居たからです」
「そうですわね」
「例えば荊州で叛乱勢力に与するのは、董卓の枝の枝に当たる孫策です。荊州牧を董卓は味方に取り込む事が出来なかった。袁公路様が荊州を欲しているからです」
「言いたい事は分かります。美羽さんには困った物ですわね」
「この先、戦が長引けば漢全土の交易や商いにもっと影響が出るでしょう。そうなれば、荊州や益州に閉じ籠って居ようとも、帝の権威を背景にした董卓によって既得権益を脅かされ、先行き不安な時代がやって来ます」
「なるほど。泣き寝入りは国を裏切るのと同じですし、両州牧を口説き落とす事は、貴方にお任せしますわ」
「承ります。祖国の為に」
「その間に戦で成果を上げる事が大切ですわね」
外交でイニシアチブを手に入れるには、クリエイティブのある目立った戦果が求められる。政治的にも軍事的にも効果の高い物だ。
かくして命令は下され、支配地域から新たに20万人が動員され武装させたが、精兵は直ぐに育たない。家族を公営住宅に住まわせ、職を与える事で忠誠心は確保している。
それでも行動するしかない。立案されたのは、大陸沿岸部の島嶼争奪戦で董卓軍の注意を引きながら洛陽を叩く事だった。
言葉にすれば簡単だが、この
「華琳様。益州と荊州を味方に引き込む為とは言え、この計画は少々、複雑ではありませんか?」
「そうね、秋蘭。だからこそ麗羽が洛陽に向かい、私が指揮を採る」
選択肢は常にあった。いつ何処で反攻を行うか。
人生に偶然が無い様に、勝利に必要な物は用意された。曹操の指揮下で、歩兵6個師、騎兵
正々堂々と戦わないのが戦争であり、邪魔する者を殺し勝って生き残った者が正義で、死んだ者は悪になる。痛ましい話だがそれが歴史だ。
戦で敵をたくさん殺めた者は英雄とされ君主に誉められる。しかし私情で人を殺めた者は罰される。反社会的で市民生活を脅かし、社会的規範行動から逸脱する者を処罰出来るだけの社会は正しい。
関東軍は水陸両用作戦にあたり、最新の組立式舟艇数百隻を調達。兵の質にばらつきはあったが、夏侯惇を先手の将とした初戦の奇襲は成功し、守備隊519名が冷たい土の中に埋められ、根性無しの567名が捕虜となった。
更に無頼の輩を煽動し、各地で略奪や放火を行わせる事で、董卓陣営を対応に追わせた。
魔女の大窯は煮えたぎっている。後は董卓軍の増援を洛陽から離れた地に誘き寄せ、少しでも主攻の助けを行うだけだった。
× × ×
一刀は
現代基準では清廉とは程遠いが、事実の奥にある真実では、自らが恥じる事をしないのではなく、恥の基準が違った。
一刀は縁によって結ばれた女達に支えられている。一度、情を通じたならば彼女達へ義理を欠く事はしなかった。
一戦を交えた後、昼寝をしていたが目を覚ました。
「どぶの臭いがする。スパルヴィエロか……」
カラスに混ざって
川で身体を洗っていた周泰も兆候に気付いた様だ。内向的だが意思は強く、仕事への姿勢は確りしている。
マザーグースで女の子は砂糖とスパイスで出来ていると言うが、人体の神秘は未だ解き明かされていない。
一刀は神秘を探求する開拓者だと自負しているが、女性の持つ観察力や直感を侮らない。
周泰に手を引かれ先を進む。
「止まって下さい」
周泰の指示で一刀は繁みに身を潜めた。目の前の街道を軍勢が近付いて来る。
旗指物には張の文字があった。一刀はサラシを胸に巻いた先頭の将に見覚えがあった。
後頭部で纏める様に結われた紫の髪と翡翠の色をした瞳が閨に誘われた日を思い出す。
「張将軍」
藪から飛び出た一刀は声をかける。
「俺だよ」
董卓政権を支える尖兵として行動隊長の将、張遼その人だった。
「え、一刀? 拐われたって聞いて来たんやけど?」
兵が得物を向けるのを制止しながら張遼は、一刀の顔を見つめる。
表情から見て一刀の栄養状態も悪くはない。
「一刀が無事で良かった。でも一つだけ気に成る事があるんや」
「と言うと?」
張遼の瞳を見詰めながら一刀は促す。
「その女は何? 浮気したら殺すってゆーたやん」
「あー、……周泰は俺を助けてくれたんだ」
張遼は周泰を一瞥すると判断した。なるほど、ただ者ではない。いかなる試練も乗り越える者であると、しかし一刀の情人である。やはり浮気をしていた。
一刀を見る時、周泰の瞳には強い雄に惹かれる雌の色もあるが、自分には烏滸がましいと分をわきまえてもいる。一刀の女としての
「ふーん、そうなんや……浮気ではなく本気か」
情人は女をまた増やした。増やしたならば面倒は最後まで見ると言う清さが一刀にはあった。モテる男の甲斐性だと言うならば、それは仕方がない。
初対面で大切なのは信頼と礼儀であり、周泰は礼儀は弁えているが、張遼の信頼をまだ買っていない。
不機嫌そうな張遼に一刀は顔を寄せて囁く。
「嫉妬か? 今夜、お前を抱いてやる」
「なっ、違っ!」
しかし言葉は飲み込む。洛陽で共に過ごした甘美で刺激的な日々を思い出し、恥ずかしさから身体を強張らせた。
一刀の言葉に頬を薄桃色に染めたが、部下の手前でもあり、周囲を気にする張遼だった。
武官であり将として働く彼女は、男達の視線に遭う事も多く、誘い文句もお見通しだった。だから誠実な人柄の中に、雄としての自信と野性を感じさせる一刀は新鮮だった。
どんな男なのか酒を飲み交わせば分かる。気持ちよく飲まされた。そして酔ってふらりと倒れた所を抱き締められた。
一刀の胸は男らしく、間近で見る顔立ちは端正だった。まるで年頃の娘の様に照れ臭さを覚えたが、目が合ってしまうと、唇を重ねるまで時間はかからなかった。
ああ、きっとこの気持ちが恋なんだろうなと張遼は思い出してにやけてしまう。
しかし酒で女を酔わせて抱くのは一刀の常套手段だった。泥酔させてやり捨てしないだけ彼はまだ紳士だと言える。
「俺はいつでも力になる」
「な、何言ってるんや。そう言うのは二人だけの時にやな、……って、何見てるんや。ぶち殺すぞ!」
ニヤニヤ注目していた部下に張遼は殺気を向けた。
慌てて視線を反らすが、張遼は更に怒声をあげようとした。
「張将軍、敵の部隊が接近!」
報告が入り弛緩した空気を一変させた。
将として必要なのは敵の力量に臆さず、敗北ですら糧にする事であるが、賊相手に苦戦するとも考えられなかった。
「返り討ちにしたれ」
官軍を相手にするとは、賊は自分で墓穴を掘っている。張遼の兵はそう思った。
前提が間違っていた。賊は密売や恐喝、殺人、ショバ代以外に、芥子を栽培し阿片を流していた。
合成麻薬や覚醒剤と違い阿片や原料の芥子自体、紀元前から人類と共に存在しており、この種の麻薬や幻覚剤の利用ではペルーのインカ人、南米アンデス山脈のインディアンの神草であるコカ葉等の話がある。
思慮ある者は、感応の享楽のみに使用する事は無いが、阿片やモルフィン、コカイン、ヘロイン、ハシーシュ等、習慣性の危険がある。薬物依存は理性では抑えきれず、人生で得た友達、家族、愛、友情、金と言った物を忘れさせる。
賊は官軍に討伐されるのが相場と決まっており、体力やスタミナの管理と言ったスキル、諦めない根性には欠けており本物の兵士にはなれない。いざ戦いになれば恐怖は白塩化症候群の様に広がる。
だからこそ戦闘では阿片を使い苦痛や恐怖心を消している。恐怖を消した死を厭わぬ兵の出来上がりだった。
「下がれ、下がれ! 何だ、あいつら。完全にイカれてやがる!」
魚油を被って火ダルマになりながら突っ込んで来る自殺兵も居た。意識清明な状態での度胸ではない。勇気と献身ではなく、ハイなだけだ。
8
洛陽は大漢帝国の帝都であると言うのは、東漢を興した光武帝が都を置いた事により始まるが、西漢を興した高祖劉邦も早くから洛陽を都を置こうとしていた。紆余曲折を経て長安が西漢の都となったが、後の為政者達は洛陽を巨大な城塞都市に発展させた。
董卓は洛陽から、天下を認めぬ反董卓な諸侯の様子を窺っている。
腹心である賈駆は頭が切れる。反董卓連合に加わった諸侯の旧領で、冷酷で残忍な統治を行ったのも漢に逆らった懲罰だからだ。
「
期間や場所を限定した事で免責を与えられた董卓軍の士卒は、仲間やパートナー以外を好きにした。これは雇用主が労働者に支払う給与、待遇として考えれば分かる。あくまでもビジネスだった。
しかし被害者となった民は違う。
袁紹の帰還。殺戮や略奪を受けていた
旧領の平定は後続に任せて袁紹は、軍勢を西へ、西へと洛陽に進軍させる。河川の水運と言う移動手段が連合軍の進撃速度を稼ぐ。
湯あみをさせて、
「問題があるわ」
問題は嫌いだが賈駆は報告する。
「司隷に侵攻して来た敵軍の兵力は約1万5000人。騎兵は750、投石機30~40。逐次、戦力を推進して
陽動に味方が誘引され、董卓軍の戦力は分断された状態だった。
「幽州との境や異民族対策で并州に張り付けていた我が軍は7万。最低限、抑えの兵を除き、洛陽に集結する様に命じたのだけど。でも兵馬が揃うのは7日以内。何とかそれまで耐えれたなら勝ち目がある」
賈駆の目が呂布を捉えた。立ったまま居眠りをしてる。
「方針は汜水関において陣地防御し、敵の攻撃を阻止する。7日後には敵を撃破し、爾後は戦果拡張して敵軍を殲滅する。指導要領を説明するわね。華雄と
「おお、詠殿の突っ込みは相変わらずですね」
陳宮は呂布を庇うが、大切な場で寝る精神が分からないと叱責する。
戦が始まって戦況は董卓達にとって有利に事が進んでいた。このまま地道に勢力を拡大すれば、国力で勝る此方が天下を手中に入れる事は明白だった。
それを打破すべく敵は乾坤一擲の侵攻作戦を始めた。負けていた反董卓連合が、やっと勝てるかもしれないと考えて実行した策。高潔な任務、袁紹達の信念は理解出来た。
しかしケチをつけられても董卓達に行く所が無い。
ここで気を抜いては負けてしまう。
「話を聞いていたの?」
張遼や華雄の様に、武人として戦いで勝利を得る。その過程で殺しの術を楽しめるなら、それにこした事は無い。
だがそれは生活がかかり、兵役として徴用されて来た兵卒の様なガチ勢とは違う。
武人の生き方はあくまでも個人の趣味嗜好であり、個人のエンジョイを優先する武人達を賈駆は無責任と思っていた。
彼女らが武の魅力を賈駆に力説しても分からない。文官と武官では住む世界が違い過ぎると言うのもあった。同床異夢の言葉が当てはまる。
特に呂布は普段から何を考えているのか分からない。
人柄をよく知る者からすれば何時もの事で、話もそれまでだが、詰問する口調が厳しくなったのも、戦時に不確定要素は少しでも減らしておきたいと言う心理もあったからだ。
「恋殿の補佐はねねがするので心配は無用ですよ。恋殿、霞殿は応援が洛陽に到着次第、逆襲に転ずる。それまでは
権力者は椅子を常に狙われる。その立場では疑心暗鬼にもなる。
我が身第一で安心、安全を優先するのは当然であり、イキるか意固地になるしか選択肢は無い。
賈駆は董卓を守る為に万難を排して事に挑もうとしていたが、ストレスは重く心が荒む。
董卓を救うにはどうしたら良いのか。賈駆にも分かっている。それには重荷を取り払う事であり、権力の委譲をスムーズに行う事だった。
しかし互いに殺し過ぎた。面子の問題であり、血を流さずに和議が成立とはいかない。
仮に董卓が矛を収めたとして、袁紹が手を抜いてくれるとは考えられない。大将軍何進の仇討ちとして、十従侍ら宦官の排除で宮中に兵を入れた時と同様に、容赦の無い粛清が行われる事は明白だ。
叱責で声を上げた為、喉がヒリヒリして痛い。
自室に戻った賈駆は、心の清涼剤を求めて文箱に手を伸ばす。張遼から「目標確保、本人と確認」の報告と一緒に届けられた一刀からの文が入っている。
一刀に出逢わなければ、賈駆は独り身を貫き、何れは
色恋だけではない。気になる記述があった。宦官の動きや内通者の存在だ。
董卓の旗色が悪いと見れば裏切り、城門を開き、火を随所に放つ等の動きで洛陽に連合軍を招き入れる手引きをする可能性があると言う事だった。
帝都が陥落する。そんな事になった場合、董卓だけは脱出させたい。
近習の者や民草であっても、彼女の顔を知る者は殺さなければいけない時がある。
董卓には守るべき者も多い。それが彼女の足枷になっている。
親友として、臣下として、董卓の栄達を願っていたが、心得違いをしてはいけない。
彼女の地位が彼女の幸福を邪魔してるなら、敗北こそ枷から解き放つ切欠となる。最後の手段は足枷を壊す事だ。
閨で賈駆の髪を優しく撫でながら一刀は言っていた。一人の為に何万も犠牲に出来る。身内ではない他人なら尚更だと。
「それが普通だと思うけど」と、賈駆は答えた。「大切な人が一番なんだから」
「そうだな」
一刀の甘い囁きと優しい指先の感触を思い出しかけて、雑念を振り払う。
取捨選択の優先順位は賈駆も一刀と同じだ。
関わりの無い多数を犠牲にして少数を救う。それが身内や身の回りの者であるならば、自分の幸せを守る上でも正しい選択と言える。
沈黙の対峙で終わる事はない。敵は嵩にかかって攻めて来る。勝つか負けるかどちらにしても困難な七日間になる。
× × ×
賊軍として追い払われたはずの反董卓連合軍が洛陽に迫った。この事実に董卓側は肝を潰した。政の上でも、敵に攻められた時点で失策と言える。
それでも洛陽に到る関所はまだ抜かれていない。
都への関所はそもそも有利な地歩を占める。この場合、要点である隘路口に築かれており、都へ侵攻する敵軍は
防御戦闘を考えた場合、防衛の第一線は正面を小さくする事が最良の方策と言える。増援を受けると同時に敵を拘束、
四世三公を輩出した名門袁家も一族は玉石混淆であったが袁紹は才気溢れており、人生勝ち組コースが約束されていた。一度は戦に敗れ、董卓に逆らった愚か者として評されたが、ここに来て捲土重来、不屈の信念を見せつけた。
泥沼化するであろう漢の内戦だったが、袁紹は無理をしてでも事態の転換を図る事に動いた。
「幾ら何でも後方を空にして洛陽を叩くなんて正気の沙汰ではない」
関東諸侯の中には敗戦で弱気になり、今回の攻勢を無謀だと批判する者も居た。
危惧するのは仕方がない。董卓軍の応援が到着するまでに洛陽を落とせなければ挟撃されてしまう。窮地に陥るのは自分達だった。
しかし策は上手く進み洛陽の手前、汜水関まで兵を進める事が出来た。家臣や諸侯は、今後は、盟主である袁紹の作戦構想の意図を読み、積極的に具現を図らねばならぬと心に深く期した。
「
司隸校尉の
何気無い問いかけだが、袁紹は魅力を損なわず愛らしく苦笑を浮かべる。
「
信用はしても信頼はしない。それが上に立つ者だ。
思索を深めていく袁紹の胸中には悔恨の思いが渦巻いている。
袁家は漢の調和を守っていた。この戦に勝ち漢を守る。漢帝国の栄華を取り戻すべく、歪みは修整する。二度と董卓の様な下賎な輩が増長しない様に、脱宦官依存の政を実践し、税の無駄遣いを一掃する。戦後は専横を許さず名士、名族が漢を統制すると言う、真の意味での漢の世を造り上げていく絵図を描いていた。
「本初殿が承知しておられるなら、我らは下知に従うだけであろう」
社交儀礼や序列、軍規の面でそれは正しい。的確な言葉に疑問の口は
味方の士気は高い。ここまで来た以上、将は元より士卒も挙って功名心を掻き立て猛っていた。
漢の命運は袁紹に託されていると言う自負、名族としての矜持もあった。
「猪々子さん、任せました」
連合軍の先鋒は袁紹配下の文醜。先の戦では袁紹を逃す為に殿軍として残り、率いた兵は壊滅。本人も行方不明で生存は絶望視されていたが、領民に保護され傷を癒し帰参していた。
単純明快、文醜にとって復帰戦のここは活躍の見せ場であった。
進出して来る文醜隊に対して董卓軍は許容最大の兵力を指向し、攻撃を加え撃退しようとした。
本来、防御に有利で籠城し持久戦に徹したい董卓軍だったが、築城資材の集積、障害物の構築も出来ていない。ここで士気を上げておく必要があった。
「賊軍は小勢。将は猪武者か。これは好機だ、掛かれ!」
第一梯隊を撃破し敵の可能行動を阻止する。理由としては妥当性のある物だったが、しかし逆襲は成功しなかった。
寡兵であっても必勝の信念を持つ連合軍の士気は高い。逆に汜水関の前方地域である警戒地帯を軽く一揉みで抜いて、主戦闘地域の防御地帯に進出してしまった。
これにより董卓軍は主陣地を抜かれ、補足陣地や予備陣地を使う間も無かった。
「董卓の兵は弱いな」文醜の活躍に士卒は目を輝かせた。
汜水関まで勝鬨が響いて来る。複雑なのは守備側で、士気は見る間に下がって行く。
「情けないぞ。それでも都を守る官軍か! 文醜ごとき奴は袁紹の腰巾着に過ぎん。成敗してくれん!」
汜水関に詰める兵の出撃は控制されており洛陽の認可を必要としていた。張遼は反対したが、守将の華雄は独自の判断で予備隊を率いて応援に出陣した。
釣れたと判断した文醜は後詰に合図を送った。押し寄せ包囲して来た連合軍を前に、華雄の率いて来た兵は支えきれなくなる。
「
手柄を求めて士卒は華雄に向かって来る。華雄は声高に叫び切り結んでいた。
しかし文醜は素っ気ない。包囲環形成で華雄の隊を潰す為、引き続き攻撃を続行させ指示に専念していた。
一騎打ちに応じ様としない事に華雄は舌打ちをした。「臆したか! 袁紹も家臣を見る目が無かった様だな。しょせんは賊軍の首魁、先祖の七光で───」
華雄の言葉は飛んで来た矢によって遮られた。矢による支援射撃が始まったのだ。
「やばいっ!」
その攻撃は汜水関にも降り注いでおり、張遼達が建物の中で頭を下げて身を隠していた。
激しい衝撃と共に足下が揺れた。漢の国有財産である関所に損害を与える事も躊躇せず、
連合軍の洛陽攻撃計画は、構想の記述を見る限り、方針、指導要領、各部隊の任務、弓兵運用計画、
しかし連合軍に参加する諸侯は漢帝国の敵ではない。董卓を漢帝国の敵として認識し、排除する為の義戦であり、必要な被害と考えている。
董卓軍は急な事で、第一線陣地の分散や偽装もされていない為、損害も出た。唖然としてるだけの張遼ではなかった。任務分析を適切に行う事によって、行動方針を案出していた。
「射ち返せ!」
矢が収まると、汜水関の第一線陣地地域に配置されていた弓兵は、ほどなくして果敢なる反撃を断行し、数度に渡り大なる損害を与えた。それも所命の地を死守して、重傷者以外は徹底敢闘を継続する事が求められたからだ。
賈駆は華雄の失敗を認めながらも、董卓と統帥部への批判を避ける為に、汜水関から友軍士卒の貢献を報告されると、官軍の真髄を発揮した功偉大、漢の名誉として感状を授与した。
× × ×
その晩も一刀は楽しんでいた。
陳家の縁者が営む宿の一室から押し殺した吐息が聴こえる。
周泰は一刀に抱き締められていた。これから暫く一刀は忙しくなると言っていた。そうなれば寵愛を受けれる
甘えた声で口づけをねだる周泰を前にしたら、自重しろと言われていた事も忘れてしまう。
「んっ……はぁ……」
幼い姿からは想像もできない程、淫靡な雌の香りを漂わせて反応してくれる。たくしあげられた胸はいわゆるチッパイだ。貧乳を愛でる事も紳士の嗜みと言える。
常々、いつかはチッパイ同士のかけ算も見てみたいと複数プレイを夢想してる一刀だ。ムラムラして来たので、チッパイを弄ったら周泰は良い声で鳴いてくれた。
「あっ、あっ、あっ、あぁ……」
しかし周泰は自分の幼い容姿にはコンプレックスがある。
一刀は誰も楽しんでくれなかったチッパイを心から求めてくれた。
望めば幾らでも仕官先を見つけられるであろう周泰が、一刀に仕えるのも、それだけ女として求められる充足感からだった。
「ひ、ぁ……明日は、お迎えが参りますから……っ、今夜は、これぐらいに……いっ、しませんか?」
張遼の軍勢と別れた一刀は、陳家に自分は無事だと使いを出していた。
「そんな事言っても
真名を囁き、チッパイに着いた苺を指先で摘まむ一刀。きゅっと力を込めて引っ張ると離し、また繰り返す。
「あ……あの……、私は」
周泰の蜜壷も期待からとろとろと糖蜜を溢れさせている。
一刀は周泰の唇に口づけして続きを封じた。
「ああ……、寝過ごしても、知りませんよ……っ」
一刀は周泰のチッパイを攻める手を弛め吸い着いた。
強制された早寝早起きはストレスを生む事もある。一刀は好きに寝て、好きに起きるだけだ。
救出された時、張遼と一緒に洛陽に行く事も考えたが、外からやれる事の方が多いと考えた。色事だけではない。
周泰を胸元に引き寄せながら、悲劇的な結末を避けて董卓達を救う手段も考えていた。
常識的に考えれば漢帝国の都、洛陽は難攻不落ではないにしても要点なだけあって守りは固く、兵力が充実している。攻撃側に主導性があると思うのは間違いで、防御側にこそ戦勢を支配する主導性がある。
考え事をしてると愛撫が止まってしまっていた。
「一刀様?」
顔を赤らめる周泰の額に口付けし一刀は誤魔化した。
戦について細かい事を考えるまでもない。都までの道程は険しく、錯雑とした丘陵、屹立した山に囲まれた要害で、機動打撃が有効な開闊とした平地は存在しない。
部隊運用には色々あるが、切迫して戦力劣勢であるはずの袁紹達が、敵に有利な地域で動いたのは勝ち目があるからだ。軍事のプロである武官や軍師連中が知恵を振り絞って攻め落とそうとしてるのだから、それぐらいの事は気付いていて当然だった。
(世知辛い連中の事だ。攻めるなら当然、諸事万端の手配りはしてる。そう言う物なんだよな)
愛する者の為になら一緒に死ぬ事も出来るが、無理に死ぬ方向を選ぶ必要は無い。
9
翌日の早朝、鳳統は護衛の関羽、趙雲と共に宿まで馬を飛ばしてやって来た。手綱を離し飛び降りると、一刀の下へ駆けて来る。すがり付きたくなる気持ちを抑えて、三人は遅参を詫び頭を下げた。
「御迎えが遅くなり申し訳ありません」
「ああ、俺も心配かけたな。すまん」
いつもなら会話に花を咲かせている所だが、一刀は人手を集める様に指示を出した。
「はて、兵はいかほど入り用でしょうか」
「いや、そこまで大事にはしたくない」
琥珀色の瞳に疑問の色を浮かべて、関羽の胸に不安と胸騒ぎがした。
「では、どちらに」
「洛陽だ」
なぜ、御主人様が洛陽まで……と関羽の思考が及んだ時、鳳統が口を開こうとした。しかし、それより先に趙雲が断定した。
「と申しますと、また女ですかな?」
「はは、図星だな」
言い訳どうぞと言う前に、あっさり一刀は肯定した。
「洛陽に入られるなら、単身では危のうございます。主は私がお伴
情人の務めは愛しい人を支える事。忠誠は無二の物と言えるが、関羽は納得出来ない。
「ずるいぞ星!」
武に優れていても嫉妬はする。関羽も一刀の側に居たい。頭脳明晰な鳳統もコクコクと首を振っていた。
「そうだな。次は愛紗と出かけよう」
「はい! 分かりました」
口封じだとは分かっている。我ながらチョロい女だとは思うが、やはり嬉しくて甘い声が出てしまう。
一刀も完璧な美人など存在しないと知っている。既に日は昇っている。この話を終わらせると、周泰を手招きして三人に紹介した。
「明命には連絡役をやって貰う」
一刀相手だと、他にも羞恥プレイとして下着を
「承知しました」
礼儀を弁えて深くは追求しなかったが、自分達と同様に寵愛を受けた者だと理解した。女として愛される快感と歓びを知っている。ならば忠節は違えない。
女同士が諍いを起こす事はさもしい。欲張らない事も上手くやって行く秘訣だ。一刀の身辺に危険が及ばない様に鳳統は、趙雲と周泰に細かく下知をした。
洛陽の周囲は既に戦場となっている。それは死地へ赴く事だが、務めを果たした時に、それぞれが一刀から与えられるご褒美に期待もしてる。
× × ×
賈駆は洛陽の防御準備を固めるべく、住民を徴用して陣地構築を開始した。激励文よりも銭をばらまく事で勤労意欲を煽った。洛陽の防御は歩兵二個営、弓兵四個営、投石機と連弩の各一個営を基幹とした一個旅程度で、防御の重点は虎牢関と汜水関に置き、部隊も配置されていた。
一刀は、洛陽潜入計画を内示した。その要旨は、戦闘行動を起こさず一商人に扮して市街に入る。速やかに宮中の董卓を救い出す準備を整える。と言う物で、賄賂の力攻めで城門を通過しようとする物だった。
柔和な
連合軍が汜水関に対して攻撃を行っている頃、引っ切り無しに伝令の早馬が往復をしていた。
「主よ、あれはどうでしょうか」
「あれ?」
持参したメンマを壷から出してポリポリ噛っていた趙雲は、欺瞞情報を流せば賄賂を渡さずとも混乱に乗じて市内に入れると考えた。
「よし、任せた」
「行きます!」
計画には相違するが、先ず、汜水関からの伝令を槍の一薙ぎで始末した。次いで、洛陽からの伝令に偽の情報を流した。
息も絶え絶えと言う演技で城門に駆け込んだ。城門の守備をする部隊は編成直後にして戦力極めて劣弱であり、制止の声を勢いで振り切るのは簡単だった。出発しようとしていた伝令に声をかける。
「官軍の御方とお見受けします。汜水関を抜いた賊軍が都に向かって進軍中です!」
商人が買いに出かけたついでに戦に巻き込まれ逃げて来た。一行の身の上として、あってもおかしくない台本だった。
堅固な汜水関で味方は激烈な反撃を行っていたが、連合軍は撃辟しつつ突破し逐次戦果を拡大中。そんなガセネタにまんまと踊らされ、洛陽はいよいよ危機に瀕するに至ったと悲壮感を漂わせていた。
「何と!
「袁の文字が翻っておりました」
容易に信じられない事だが、嘘は大きい程、場の雰囲気と合わせて信憑性が高まる。
更に追い打ちをかけた。
「急がれた方がよろしいかと存じます!」
はっとしたのか、伝令は来た方向に馬を走らせて行った。
城門の周りもも慌ただしくなって来た。籠城戦に備えて通行は一時禁止、閉門される事になった。敵が敗兵に混入して急追して来る事は古今東西、先例の枚挙に暇がないからだ。
(一刀様は運に恵まれている)
周泰は同行していて、そう思った。
首尾よく通過に成功した一行は、髪や服装を直しながら陳家の別宅に向かう。役人と言っても簡単には踏み込んで来る事が無い。洛陽において安全な場所の一つだ。
「この先に天心の美味い店があるんだけど、そんな雰囲気じゃないな」
軽口を叩く一刀に従う趙雲と周泰。街歩きを楽しめる状況でないのが残念だったが、一刀は隙が多い様に見える分、自分達が護衛の務めを果たさねばと用心していた。
人気が無くなった所で、並んで歩いていた趙雲は顔を近付けた。睦事で愛を囁く様な恋人の距離。その様子に一瞬、周泰は硬い表情を作った。
「それで、宮中にはどの様に入るのですか。主が陳家の要人と言うお立場でも、無位無冠では門番にも相手にされぬのでは?」
名士や豪族が影響を与えるのは地元であり、今や知己のあった宦官の伝も減り、アウェイな宮中に入る事は難しい。
趙雲は済ました顔だが瞳の色は雄弁に語っており、心配そうに一刀を見つめている。
「まあね」
一刀は趙雲の手を握り、指先に口づけした。
こんな態度はいけないと思いながらも、周泰は背を伸ばして割り込む様に発言した。
「あの! 一刀様は以前、少しの間、あちらで勤めていたと伺いました」
「ほう?」
周泰に見せつけるかの様に、趙雲は一刀に身体を押しつけながら顔を向ける。
「その頃に抜け道を見つけられたとかではないでしょうか」
趙雲と周泰のやり取りに一刀は苦笑しながら告げる。
「俺は臆病なんだ。どんな時も無理はしたくない。道が無ければ作れば良い」
大言壮語ではない。やろうとしてる事も馬鹿げた話だ。
彼女達が大人しく待ってる訳がない事も理解した上で、計画に入れている。
× × ×
上古時代よりも前の神代、中洲国には悪い神々が住んでいた。その為、高天原から送り込まれた征討の神、
高天原の天照大神は、出雲を押さえさせた後に八百万の神々を率いて天降した。日本開闢の太古の時代だ。
日本の天孫降臨同様に、支那大陸の皇帝も天意により選ばれ民を統治してると言うのが建前だ。実際の所、高祖と呼ばれる者達の軌跡は、軍事行動や謀略による弑虐でセンシティブな内容を含む可能性が高い。
現在の漢帝国では皇帝の権威は形骸化しており、本人に為政者としての実行能力や意識が低い。結果、摂関政治に近く、相国である董卓が天上人の最高位として代行をしている。
強圧的な屑ムーブでは軋轢を生み、「駄目だよこれは」と嫌われ、距離感が近付くどころか離れてしまう。
春の日だまりは心地よく眠気を誘う。そんな風に人を和ませる笑顔の持ち主は多くはない。
董卓の笑顔を守る為に仲間は戦っている。董卓も皆の為に頑張ろうとハッピーエンドを狙っている。
「よっ、ほっ」
董卓は自室で柔軟体操をしていた。董卓も年頃な娘であり、体調と体型には気をつかう。
適度な運動は健康維持と美容の秘訣となる。それも一刀が手ずから教えてくれた事であり、今では習慣化していた。
「へぅ!?」
突然、激しい爆発音がした後、騒ぎが聴こえて来た。薄命や黎明時期を狙った敵の襲撃かと憂慮した。
都の石材を積み重ねた城壁は侵入者を拒む。現代建築は鉄筋が入っていても、一般的な民家では木ずりかコンパネ下地に、ラス網かラスカット、その上にモルタルかサイディングの外壁で衝撃には脆い。逆に攻撃される事を想定した城塞都市の外壁に穴を開けるのは簡単ではなかった。
落とされる時は落ちる。後世の歴史的に見ても、
日露戦役の奉天会戦でも、右翼の川村大将の率いる鴨緑江軍の攻撃を第三軍の攻撃と誤認し、露軍は予備隊を投入してしまい戦闘力を発揮出来なかった。
だから敵が正面から来ないで、攻撃企図を偽装、欺瞞、隠蔽して、側方、背面と迂回して攻めて来るとお手上げになってしまう事が多い。
地形上の特質を活かした我が防御配備に対して、敵はいかなる間隙突破作戦を実施したのか疑問が浮かぶ。
しかしそれは杞憂に過ぎなかった。
「お怪我はありませんか!?」
執務室に侍従武官が飛び込んできた。
「心配ありません。それで、何の騒ぎですか?」
「不遜にも、蝶々仮面を名乗る不逞の輩が暴れております。袁紹の手の者による仕業と考えましたが、いささか違う様でして……。それと宮城の各所で火の手が上がっておりますので、消火と共に捜索中です。ともかく彼奴を捕らえ尋問すれば自ずと分かりましょう」
負傷者は幸いにして居ないと聞き、董卓はそうなんだと胸を撫でおろす。
ここから好感度が上がるイベントが発生する事も無く、表に護衛を残し、現場指揮の為に侍従武官は下がって行った。
コイバナや照れ以前に、今そう言うムードではない。その気が無いので引き留めたりはしなかった。
「月、入るわよ」
ニ胡の手入れでもしようかと手を伸ばしたら声をかけられた。賈駆だ。
一緒に御飯を食べる時間にはまだ早い。
「うん」
親友の来訪に
賈駆は酔ってるのかと言うぐらい、顔を赤くして入って来た。
「詠ちゃん?」
百合脳でもないから董卓は邪推はしない。仕事が大変だな、偉い偉いと思っていたので、疲労かと心配した。
「良いわ。誰かに見られる前に入って」
彼女に促されて一刀が姿を現した。
「一刀さん!」
夢ではない。少女が信じる相手、彼こそ自分の生涯ただ一人の運命の男。
一刀は優しく微笑んで抱き寄せた。今だって、心はもう虜にされている。
「月、迎えに来たよ」
先触れを出せば堂々と逢えるが、一刀が彼女を連れ出せば陳家に迷惑がかかる。だからこの様な人目に触れない手配りをした。
傍らに控えてやり取りを見守っていた賈駆は、説明を思い出す。
趙雲は宮中に敢然楔入し、攪乱せしめる事で紛戦状況に導く。この攻撃に依り、宮中の警備態勢に破綻を來する目的を達成した。随分と勝手だが一刀らしいと考察した。
瞳を潤ませて一刀を見上げる董卓は、嬉しくて腰が砕けそうだった。
自分が幸せになる事を皆に望まれている。犠牲の上に成り立つ幸せが悲しくて、心苦しい。
一刀の顔を見た瞬間、どうしたら良いのか、分からなくなってしまった。