ガディアは精霊達と共に、初めて生まれ故郷のアフィユーカスの地に足を踏み入れた。精霊達の話で、大体の予想は出来ていたガディア。しかし、いざ目の当たりにすると、哀しみと怒りで気が狂いそうになる。
アフィユーカスの街を一望出来る丘の上で、ガディアは、今のアフィユーカスの情勢が絶望である事がすぐに分かった。目に飛び込んで来る景色は、荒れ果てた街並み。崩れ落ちた家屋や廃墟の建物が、街の全体を占めている。そして、街の人は正気を失った目で、アフィユーカスの兵達に鞭で打たれ、過酷すぎる重労働をさせられていた。今、彼等が痛みと共に築いているのは、荒れ果てた街には似つかわしくない豪華な別荘。恐らくダウのものであろう。
「……これが、今のアフィユーカス」
消え入りそうな声でガディアが言う。
『そうだ。これが今のアフィユーカスの現状だ』
ガディアの言葉に、グロムが話す。話す二人に精霊達は黙って、街を見つめた。ガディアが無言のまま、無意識に奥歯を噛み、拳を強く握る。
『ガディア様のお父上、ダリオ様とお母上シュリ様が生きていた頃は、この国は沢山の笑顔で輝いていました。街も人も華やかで』
昔を懐かしむ様にヴァッサーが言う。
『精霊達、同胞も毎日楽しく踊り、飛び回り、生き生きしていた』
イグニスが小さく微笑む。その目には、その時の景色が写っているのだろうか。
『ガディア様がお生まれになって、みな。大いに喜びました。』
『人と精霊達を、大きな愛で包み込むお二人の子。ガディア様がどの様に成長するのかと』
『しかし、その想いをダウは……』
カエルム、ウェントゥス、アルバが口々に話す。ガディアは視線を街並みに向けたまま、耳を傾けた。
『アフィユーカスの民、そして、我々の同胞もガディア様は死んだと思っています。シュリ様が殺されたあの日に』
『俺達、五人はガディア様のお側に。グロムとウィケッドは、ダリオ様に対しての罪悪感から、ダウ側につくしかなかった』
ウィケッドとウェントゥスの言葉に、ガディアは目蓋を閉じて、静かに聞き入る。誰かがガディアの手を握った。ガディアは目蓋をゆっくり開け、その相手を見る。目が飛び出るほど見開く。そこには、シーファーが立っていた。優しく微笑むシーファー。ガディアが驚いたのはそこではない。シーファーの姿に驚いているのだ。シーファーの姿は、全身全てが鎧で纏われ、手には大きな槍を握り締めていた。
「私も戦うわ。アフィユーカスの民と精霊達の為に」
シーファーの言葉と共に、後ろから十二連合国の連合部隊が、現れガディア達の後ろに立つ。その数は恐らく千人位だろうか。兵士達は各国の強者ばかりだ。一人で何十人分の力を持ち合わせている。
「……本当、惚れ直しそうだ」
ガディアがそう言って、シーファーの頬に触れる。シーファーの頬が薄く染まった。
『ガディア様、民と精霊達の為に』
精霊達が恭しく膝をつき、頭を下げる。
「ああ、親父達の為にも、ダウは必ずこの手で」
そう言って、ガディアはシーファーと精霊達と共に、部隊を引き連れ、アフィユーカス城に向かった。
城に向かう途中。先程見ていた別荘建築に立ち寄り、アフィユーカスの兵を捕縛する。何故殺さないのか。それは彼等も、ダウに逆らえず、命令に従うしかなかったからだ。甘い考えにも取れるが、誰もガディアを傷付けようとはしない。何故ならば、その目は涙で滲み、絶望から希望の表情に変わっていったから。
「……あぁ、ようやく私達は救われる。ガディア様、ガディア様……」
痩せ細り、土埃と汗で汚れてしまった身体で、その場にいた民達がガディアに寄っていく。ガディアはその差し出された手を握った。ガディアは服が汚れる事を気にする事なく、彼等を抱き締めた。しばらく、ガディアはその場で話をする。
『ガディア様、そろそろ』
「……あぁ、そうだな」
立ち上がり、その場を後にする。アフィユーカスの民が、ガディア達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
アフィユーカス城前
「お前が、ガディアか?」
城の前で悠然と立つダウ。ガディアは無言のまま、その目を見た。後ろにはシーファーと精霊達。そして、十二連合の部隊がダウともう一人。ピスケス国のリース国王を睨んで見ていた。城の前には、ダウとリースしかいない。
『二人で我々を相手にするのか?』
アルバが言う。すると、ダウとリースはゲラゲラと不愉快な声で笑う。そして、ガディアにニヤリと笑みを向け、指を鳴らした。その音を合図に、十二連合の部隊がガディア達を取り囲む。一瞬、何が起こったのか。シーファーは分からず、狼狽えた。気が付けば、拘束されダウの元に連れていかれるシーファー。
「……あまり驚かないな?」
「まぁな、あんたの行動は予測出来たから」
「大事な婚約者が人質に取られても?」
「シーファーは精霊達が護ってくれるからな。あんたが傷つける前に」
その言葉にダウの表情が不愉快に歪む。
「……これでも、精霊達が婚約者を護ってくれると思うかな?」
再度、指を鳴らすダウ。しばらくして、城の後ろから小さな生き物達が現れる。息を飲む精霊達。
「同胞も我々の手の内だ。さぁ、どうする?」
精霊達がゆっくりとガディアを囲む。そして、拳を握り、ガディアの身体を貫いた。シーファーの悲鳴が上がる。その光景に、ダウの表情が緩んだ。
ガディアの意識が覚醒する。目の前に広がる光景は、真っ暗な、光さえない漆黒の闇。ガディアはその中を漂っていた。
「……ここは?」
ガディアの声が反響し、耳に入る。ガディアは無言でそのまま漂い、無心になった。
『ねぇ』
真っ暗な闇に女性の声が聞こえる。ガディアは上か下か、それすら分からず。ただ首を左右に動かす。
『ねぇ、貴方。ガディアでしょ?』
ガディアは振り向く。そこには、先程までいなかった女性が、同じ様に漂い、ガディアを見つめる。
「あんた、誰?」
ガディアの反応に、女性は少し喜んでいる様だった。その女性は美しく、綺麗だった。色白の肌に、銀色の髪をなびかせ、黄金色の目は大きく、唇は艶っぽさがあり、妖艶だ。身体の特徴はシーファーに近い。滑らかな曲線に、ふくよかな胸。引き締まったお尻、スラッと長い足。しかも裸の状態で。ガディアはすぐに視線を反らした。
『あら、照れてるの?可愛いのね』
女性がクスクス笑う。ガディアは反応に困った。チラリと横目で女性を見ると。
「何で俺の名を知ってる」
そう聞くのがやっとだった。女性は微笑む。
『知っているわよ。私は何でも知ってる。ガディアの事も、シーファーの事も。アフィユーカスの事も何でも』
ガディアの視線が、女性を捉える。
『私は、ウー・ニウェルスム。全ての生みの親。まぁ~、呼び方は色々あるわね。森羅万象とか、神とか。色々ね。でも、私的には美姫って名前が気に入っているの。だから、美姫ちゃんって呼んで』
「美姫ですか……。初めて聞く言葉ですね」
ガディアの返しに、美姫が表情を明るくさせる。
『でしょ?この名前はね。ここに帰ってくる前に立ち寄った地球って言う惑星のある人から付けて貰った名前なの。素敵でしょ!』
そう言いながらはしゃぐ姿は少女の様で、ガディアの表情が少しだけ緩む。
「……まぁ、貴女にぴったりだと思う……」
小さく答えるガディア。美姫は、満足したようでガディアに近付く。ガディアが美姫を見た。
『どうしてここに来たのか分かる?』
その言葉に首を横に振るガディア。
『俺達がここに連れて来たんだ』
聞き慣れた声が、ガディアと美姫の後ろからして、ガディアは振り返る。精霊達が二人と同じ様に漂い、ガディアを見つめた。
『ウー・ニウェルスム。アフィユーカスの民と同胞が』
悲痛な表情で精霊達が美姫に言う。美姫は溜め息をついた。
『長い、とても永い時間の中で、数多くの命が生まれる。私はそれを見守り、成長する姿を感じる事が、とても嬉しい。中にはやんちゃな子もいるわ。でも、それすら私には可愛い子』
一呼吸する美姫。
『本来なら、私が干渉しない方が良いの。だって、そうでしょ?他の惑星、子供達は私の手を離れ、自ら成長しているのに。この惑星、アフィユーカスの子達は』
小さく、小さく溜め息をつく美姫。
『……私が干渉するのもこれが最後。ガディア、貴方にアフィユーカスを任せるわ。これからガディアとガディアと共に生きていく子達がどんな道を進むのか。私は見守り続ける。……さぁ、私の可愛い子達、貴方達の新しい行く末を、私に見せなさい。』
美姫は満面の笑みで精霊達にそう言った。
いよいよ、大詰めです。