では、続きをどうぞ
ピスケス国へ、出立する日の朝。シーファーは自室に籠っていた。いつもなら、剣術の鍛練を欠かさないくらい元気姫。それが部屋から出てこず、レンが持って来た朝食すら手を付けない。そんな元気姫の様子を、城内の使用人や兵士が心配し、見守っている。
『あんなに落ち込んでいる姫様。見ていられないわ』
『俺達の心のオアシスであるシーファー様を嫁がせるなんて!』
皆が口々に言っている。レンはそんな城内の様子を横目で見ながら、足早にシーファーのいる部屋に向かった。部屋の前に行くと、数人の兵士が困り顔で立ち尽くしている。
「どうされたのですか?」
レンは同じ年頃の兵士に声を掛けた。すると、兵士は苦笑いし、シーファーの部屋を指差す。
「お迎えに上がったのですが、出て来ないので困っているんです」
他の兵士達も同じく頷いた。レンは思い切って扉をノックする。
「姫様、レンです。ドアを開けて下さい」
「嫌よ!扉を開けたら、無理矢理でも連れて行くんでしょ。絶対にここから出ないから!」
シーファーはベッドの上で、布団を被って膨れっ面になっていた。扉の向こうにいるレンに訴えている。レンはその気持ちが分からない訳ではないが、一介の侍女が、両国の王が決めた事を覆せる訳でもない。
「姫様、私は姫様と立場は違いますが、姫様のお気持ちは痛い程分かります。ですが、侍女の私にはどうする事も出来ません」
シーファー自身も本当は分かっている。こんな事をしても、無駄だと言う事を。しかし、それでも少し位は抵抗したい。その結果、こうしてみんなが見ている状況で、自分の気持ちを示しているのだ。シーファーは大きく。深い溜め息を一つし、ベッドから飛び降りると、扉の前に立った。一つ深呼吸したシーファー。ゆっくりと扉を開ける。扉の向こうで、レンと数人の兵士が立ち、離れた場所では、騒ぎを聞き付けた使用人や達が心配そうにシーファーを見ていた。次の瞬間、目の前の兵士達が頬を染める。
「姫様!な、何て格好を!」
そう言ったレンが、シーファーを部屋の中に押し入れ、自らも部屋の中に入ると、扉を閉めた。シーファーは何が起こったのか分からない様だ。
「どうしたのよ」
「もう姫様!少しは自分が女性である事を自覚して下さい。そんな格好で部屋から出ちゃダメです!」
レンが怒るのも無理はない。シーファーの格好が下着姿だったからだ。シーファー本人は『この格好の方が動き易いから』と言う。自分が女だという意識が全くない。それでさえ、シーファーの容姿は、同性すらも魅了する程の美貌。なのに、本人はそれすらも自覚がなく、フォル王も気が気ではない様だ。
「兎に角、この服を着て下さい。」
レンは、呆れ顔でドレスを渡す。ドレスには赤やピンク色の華が装飾されていた。シーファーは不満そうにそのドレスを受け取り、レンに手伝ってもらいながらそれを着る。
「ねぇ、レン。好きな人がいれば、この申し出、断れるのよね?」
「そうですね。フォル王もそうおっしゃいましたね」
フォル王が、ピスケス国の申し出を受ける条件として、『シーファーが想いを寄せる異性がいる場合、申し出を断る』と言うものだ。しかし、シーファーが異性に恋心を抱く事は、皆無である。何故なら、シーファーが、結婚相手に求めるものは、自分より強い者だ。シーファーは、十二連合国の中でも随一で、シーファーの右に出る者はいない程の実力者。戦場でも、先陣を切り出る。その姿は鬼気迫り、鬼姫と呼ばれる由縁だ。そして、剣術、武術を会得したシーファーにとって、それは外せない条件なのだ。
「強い人に会ってみたいわ」
天井を見つめ、独り言を呟くシーファー、レンはそんなシーファーを黙って見つめた。二人は黙々と準備を終え、城内のエントランスへ向かう。エントランスには、ピスケス国へ向かう馬車と、出立準備を終えた護衛兵達が、シーファー達を待っていた。勿論、シーファーの部屋の前にいたあの少年兵士の姿も。シーファーはゆっくりと馬車へ歩み始める。
(もう、逃げられないのね)
「シーファー」
虚ろな目で馬車に乗り込むシーファーに、フォル王とリュイ王妃が呼び止める。シーファーは二人を見ない。
「シーファー、ピスケス国との縁談。やはり断ろう」
「……お父様、ご自身でもおっしゃったではありませんか。私が断れば、両国との関係が悪化します。」
「それはそうだが」
苦虫を噛み潰した様な表情のフォル王。
「私はレオ国の第一王女。これは私の運命。お父様もお母様も心配しないで、これ位大丈夫」
シーファーは思い切り微笑んだ。その笑顔は誰が見ても作り笑い。口角が小刻みに震えている。そんな痛々しい笑顔を見て、その場にいた誰もが目を覆いたくなった。でも、それは出来ない。それが自国の為に、他国へと向かうシーファーに対しての敬愛だ。
「それでは、お父様、お母様。行ってきます」
シーファーを乗せた馬車が、静かに動き出し、城門を潜る。フォル王達は、馬車が見えなくなるまで、見守り続けのだった。
次回は、主人公との出逢いです。