では、続きをどうぞ
深い森の中を、シーファーを乗せた馬車がゆっくりと進んで行く。木漏れ日があるお陰で、いつもは薄暗い深い森も、今は明るく、馬の蹄の音と小鳥の囀ずりが心地よい音色に聴こえる。いつも騒がしい城内とは違い、まるで別世界だ。
しかし、今のシーファーに、馬車の外を眺め、景色を堪能する心の余裕がない。向かい合って座っているレンも、そんなシーファーの気持ちを察して、どう声を掛けたら良いか迷っている様だ。今、シーファー達が向かっているピスケス国は、レオ国から丸一日掛けて行く距離である。どんなに急いでも半日以上は掛かり、この森を通らないと行けない。この道以外にピスケス国へ通じている道が無いからだ。しかも、夜この道を使う者はいない。何故なら、今通っているこの森には、獣が住み着いており人を襲う。さらに、漆黒の殺人獣と呼ばれる大獣がいる。ただ、唯一の救いは、その大獣は滅多に人前に出て来ない。それは、大獣が夜行性であるからだ。故に、通る時間は主に日の出ている時間に限る。もし、夜にこの森を通れば最後。大獣に出会ってしまったら生きて帰れない。ところが、大獣の生態は誰も知らない。それもその筈。大獣を目撃した者は、生きて帰った事がない。それ故、大獣の姿を知らないのだ。
シーファーは、何気なく馬車の外を見る。外の景色は木々だけが流れ、ずっと同じ景色。時折、聴こえる鳥の囀ずりが、シーファーの耳に届く。暫く、外の景色を眺めているシーファー。その時、人の姿を見つけた様な気がした。
「ちょっと、止めて」
シーファーの声に、馬の方が反応し、歩みを止める。シーファーはすぐに馬車を降りた。辺りを見渡すシーファー。
「どうされたのですか?」
レンがシーファーの後を追う。レンの問いに、シーファーは答えず、森の中を何度も見渡した。
「今、人がいたの」
「こんな森の奥にですか?」
レンが怪訝な表情をしている。それもその筈だ。獣だけでなく、大獣がいるこの森に、好き好んで踏み入れる者はいない。ピスケス国に向かう商人や旅人ならともかく、普通の人間は入らない。それは、シーファーも分かっている。でも、確かに見たのだ。
「私の見間違いなのかしら」
確信が薄らいでいく。シーファーは小さい溜め息をついた。馬車へ戻るシーファー。その時。シーファーが乗り込む方とは反対側の方に、人が立っていた。藍色の作業服を着たその人物は、馬車から少し離れた段差のある場所に立っている。シーファーは急いでそちら側に向かう。見間違いではない。やはり人がそこにいた。
「ねぇ!ちょっと!」
シーファーは大きな声でその人物を呼んだ。シーファーの呼び掛けに反応し、その人物はゆっくりと振り向く。シーファーは息を飲んだ。短めの黒髪に、サイドの髪が一部白銀色。全てを見透かす様なその瞳は、真紅と白銀色の異色だ。整った目鼻立ちは、中性的な顔立ちで、顔だけで性別を判断するのは難しい。だか、唯一、両腕の袖を捲し上げ、そこから見えるガッシリと引き締まった腕の太さが、この人物が男性である事を示している。歳はシーファーと同じ位だろうか。
青年とシーファーの視線が交わる。青年の瞳に捕らわれたかの様に、シーファーは動けない。しかし、青年の方は、無言のまま背を向け、シーファー達とは反対の方へ歩き出す。我に帰るシーファー。
「ちょっと待って!」
再び呼び止めようと声を掛けるシーファーだが、その青年は一度も振り向く事無く去って行った。暫く、シーファーは青年が去って行った方を見つめる。
「あの者は何者だったのでしょうか」
シーファーの後ろで、レンがポツリと呟く。それは、シーファーも分からなかった。ただ、この時の出逢いが、シーファーの運命を左右する事など知る由もない。
次回はピスケス国から始まります。