ピスケス国内
その日の夕方、シーファー達一行はピスケス国内にいた。ピスケス国城に通じる大通りを通る。大勢の人で賑わう大通りは、沢山の露店が軒を連ね、そこで売り買いする人達の活気に溢れていた。時折、風が美味しそうな香りを運び、シーファーやレン、護衛兵達の鼻腔を擽る。
「お腹空いたわ」
「そうですね」
シーファーの言葉にレンが賛同する。それと同時にお互いのお腹が鳴り、二人は顔を見合わせ、小さく笑う。和やかに笑う二人を乗せた馬車が、ピスケス国城門前まで来ていた。
ピスケス国城の門を潜り、ピスケス城のエントランスに着く。馬車からレンが先に出ると、シーファーに向かって手を差し出した。レンの手を取り、ゆっくりと馬車から降りるシーファー。シーファーが到着した事を聞き付け、すでに多くのピスケス国兵士が出迎えていた。ここでも、シーファーの美しい容姿にうっとりしている兵士がいる。シーファーが、ピスケス国兵士達に向かって微笑んだ。それだけで気絶する兵士達もちらほら。内心、シーファーは溜め息をつく。
(どこに行っても、私を普通に迎えてくれる人はいないのね)
その時、森で出逢った青年を思い出す。あの青年は、シーファーを見ても顔色一つ変えず、それどころか、全く興味を示さなかった。青年の冷めた眼差しを、シーファーは忘れられないでいる。物思いに更けたシーファーが、深い溜め息をつき、悩ましげな表情を見せると、ピスケス国兵士達はさらに『ドキリ』とするのであった。
「シーファー。御待ちしておりましたよ」
ピスケス城入り口で、ピスケス国王、リースが立っていた。シーファーはドレスを軽く掴み、頭を下げる。
「リース国王、お久し振りです。私の為に出迎えて頂き有り難う御座います。」
「いやいや、我が息子の嫁になられる方を御迎えするのは、父として当然の事」
その言葉に、シーファーの口元がピクリと動いたが、誰も気付いていない。
(冗談でしょ!あんたの息子に嫁ぐ訳ないでしょ!)
そんな事を思っているシーファーを他所に、ピスケス国王は勝手に話を続けている。シーファーの後ろで控えているレンも、呆れ顔でその様子を見ていた。
ピスケス国王の後ろで、シーファーに求婚を迫っている当事者、ジュギがシーファーを舐める様に見ている。この男、見た目も中身も気持ち悪い男で、陰湿だ。どの位気持ち悪いかと言うと、十二連合国随一だと思われる。いつも自室に籠っては、壁や天井に所狭しと貼られたシーファーのポスターを眺めて、何やら如何わしい事をしているらしい。
そんな男の顔は、あまりにも見るに耐えない程、不細工である。目元は細く、鼻は潰れており、口は血色が悪い。髪はいつもボサボサで、所々にフケがあり汚ならしい。とても、ピスケス国の次期国王だとは思えない姿だ。それをシーファーの父、フォル王も知っていて、何度も来る求婚を断っていたのだ。とは言え、今回は両国の関係の為の苦渋の選択。シーファーも仕方無く了承するしかない。
夜、シーファーを持て成す為の晩餐が開かれた。シーファーは、おおよそ三十人程が同時に座り、会食等が行える長方形テーブルの一番端に座っている。向かい合って座っているのは、勿論リース国王である。その横には、ジュギ王子も同席していた。部屋の隅、シーファーの後ろに控え、立っているのはレンである。晩餐の為に、一度着替えたシーファー。ピンク色の生地に、沢山の華が装飾されたドレスを着ていた。次々と運ばれる料理の数々。シーファーは、黙々と豪快に食べていた。その姿はまるで男。その様子を、リース国王とジュギ王子は唖然と見ている。
「シーファー様、もっと上品に召し上がられて下さい。」
シーファーに耳打ちするレン。シーファーには、思惑があった。それは、下品な姿を見せれば、相手が幻滅し、求婚を取り消してくれるであろう。そう思ったから。現に、リース国王は引き気味だ。
(引いてる。引いてる。この調子でいけば)
シーファーの思惑はジュギの一言で覆る。
「豪快に食べる姿も素敵だ」
目をホの字にさせてジュギは呟く。シーファーは食べる手を止めた。
「ところで、挙式はいつされますかな?」
「……ッゴホ!?」
リース国王の唐突な言葉に、シーファーはむせた。シーファーの後ろで控えていたレンが、素早く吹き溢した食べ物を片付ける。シーファーは何とか平静を保ちつつ、口を開いた。
「その事ですが、私、気になる殿方がいますから、このお話はお受け出来ません。」
リース国王を真っ直ぐ見つめ、キッパリと言い放つ。シーファーのその言葉に、その場にいた全員が固まった。
「姫様、そんな方いらっしゃいました?」
後ろで控えていたレンが、そっと耳打ちする。シーファーは肩越しにレンの方を少し向くと。
「今日、森で逢ったでしょ?」
「どこのお方なのかも分からない、あの青年の事ですか?」
レンの問いに力強く頷くシーファー。レンは呆れていた。その青年は、年齢どころか、名前も住んでいる場所も分からない。そんな青年に、シーファーは興味を示したのだ。シーファーの心に迷いなど無いようだった。
「それはどの様な方ですか」
ジュギが身体を強張らせ言う。目付きが危ない。身体に触れれば、迷う事無く切り付けそうな勢いだ。しかし、シーファーにはそんなモノは効かない。
「貴方みたいに陰湿じゃない人よ」
胸を張り、突き放し言う。その姿にジュギは顔を歪ませ、勢い良く立ち上がると、部屋を出て行ってしまった。しーんと静まり返る室内。
「シーファー殿は、我が息子の求婚を断るおつもりですかな?」
静まり返った室内にリース国王の声が、重々しく響く。シーファーはリース国王を真っ直ぐ見据え。
「えぇ、貴方の息子と結婚する位なら、馬と結婚する方がマシね」
「何と失礼な!今すぐこの国から出て行け!」
リース国王が激昂する。顔が熱い溶岩の様に真っ赤になり、鼻息は荒く。すぐにでもシーファーを殺さんばかりの勢いである。シーファーは落ち着いた物腰で席を立つ。
「では、御機嫌よう」
軽く会釈し、颯爽と部屋を出て行く。その後ろをレンが慌ててついて行った。リース国王の怒鳴り声が聞こえているが、シーファーは気にする様子もなく、ピスケス城内の廊下を歩く。
「姫様、良かったのですか?」
「確かに、良くないわね」
歩きながらシーファーは大きな溜め息をついた。状況は良くない。シーファーが求婚を断った事で、レオ国とピスケス国の関係は険悪になる事は明白である。だが、それでも、シーファーにとって今回の件は聞き入れられない。ピスケス城のエントランスに出ると、すでに護衛兵達が、待っていた。それには、当のシーファーも驚く。
「……貴方達、待っていたの?」
「はい、こうなる事は分かっていましたから」
「どういう事?」
シーファーは困惑しながら兵士に問う。
「実は。フォル王から言われていたのです。『シーファーの事だから、求婚は破談にしてくるだろう』と」
兵士の一人がそう答えた。その言葉に、苦笑するシーファー。
(伊達に、父親していないわね。私の性格を分かっている。そうよ、弱い男なんてお断りよ)
「ただの親バカじゃないって事は、認めて上げようかしら」
シーファーはクスリと笑った。そして、馬車に乗り込む。
「皆、帰るわよ!」
「っは!」
シーファーの掛け声で馬車が動き出す。ピスケス国の兵士達は止める事もせず、無言でシーファーを乗せた馬車を見送ったのだった。
次回は、色々と動き出します。