大獣と獣達にブラッシングをしているガディア。先程までガディアの側で寝ていた一頭の獣が唸り声を出す。と、同時に女性の悲鳴がガディアの背後から聞こえた。ガディアは振り返る。そこにいたのは、シーファーだった。シーファーは獣達を見て怯えている。
「……な、何で、お前がここに」
ガディアの思考は混乱している。それもその筈。ガディアはシーファーが森を抜けるのを見たのだ。なのに、今目の前にいるのは、間違いなくシーファーである。
(確かに森を抜けた筈だ)
一方のシーファーは、目の前に映る光景が信じられないでいる。獣、大獣がガディアの側にいるのだ。しかも、ガディアに対して心を開き、なついている。ガディアはシーファーに背を向け、シーファーに警戒し、唸る獣達を宥めていた。
(どうして、彼の側に獣達がいるのよ)
身体の震えがいつの間にか消えていた。シーファーは挫いた足を引き摺りながらガディアに近付く。一頭の獣がガディアに近付くシーファーを見る。ドキリとシーファーの鼓動が脈打つ。
「帰れ」
獣を撫でながら、ガディアはポツリと呟いた。その言葉はシーファーに向けている。それでもシーファーは近付いた。
「……ねぇ」
ガディアの服の袖を掴むシーファー。だが、ガディアはその手を振り払う。そしてシーファーに向き直った。その目は鋭く苛立ちを含み、シーファーを睨む。
「帰れ、二度とここには近付くな」
ガディアの言葉は静かに、しかし、明らかに苛立っている。シーファーの鼓動が軋む。小さく頷くと、踵を返そうとした。その時。挫いた足が痛み、シーファーはバランスを崩した。咄嗟にガディアがシーファーの腕を掴み引き寄せる。二人の身体が、初めて触れ合った。鼓動と鼓動が共鳴し、同じ速度で脈打つ。以前からそうしてきたかの様に、互いの温もりを感じ合う。ガディアはシーファーの髪に顔を埋め、微かに香るシーファーの匂いを無意識に嗅ぐ。それはとても甘く、落ち着く匂い。ガディアはシーファーの匂いを嗅ぎながら、数日前の出来事を思い出す。
数日前
ガディアはギルに呼び出される。夜、外へ行くところだったガディアは、不貞腐れていた。
「何だよ。俺は今から出掛けなきゃいけないんだ」
「まぁ、そう怒るな。ガディア、ちょっと頼まれて欲しい事があるんじゃ」
「……」
「実はな、レオ国の王女様を護衛して欲しいんじゃけど」
「何で俺が、大体、護衛兵がいるだろ」
ガディアの言葉に、ギルは溜め息を一つ。
「護衛兵だけで何とかなるなら、お前に頼まん。」
その言葉に怪訝の表情のガディア。
「ピスケス国に王女様、シーちゃんが行かねばならんのじゃ。つまり、この森を通る」
そう言われて、ガディアは理解した。
「様は、俺に獣達から、その王女を護れって事か」
ガディアの言葉に、ギルは頷く。それを確認して、溜め息をつく。
「ガディアは、シーちゃんを見た事がないじゃろ?シーちゃんは、とても綺麗な子じゃ。一度、見に行って来んか?」
浮かない表情のガディア。しかし、渋々快諾する。次の日、ガディアはレオ国城から少し離れた場所にいた。ギルの話によると、シーファー王女は、毎日剣術の鍛練をしていると言う。半信半疑でガディアは茂みに隠れ見ていた。すると、馬に跨がり、こちらに向かう人影。シーファーだった。いつもの短パンにTシャツ姿のシーファー。ガディアは息を飲んだ。日の光りに照され、美しいシーファー。手に持った槍を振り回し、型を決めていく。次第に汗が滲み、動く度にポタポタと落ちる。その姿にガディアは心を奪われた。一目惚れ。そうガディアはこの時、シーファーに好意が芽生えたのだ。
「ん、痛い」
ガディアの腕の中で身動ぎするシーファー。いつの間にか、抱き締める腕に力が入っていたようだ。ガディアは身体を退ける。お互いしばらく見つめ合い。無言で立ち尽くす。
「……悪ぃ、歩けないんだったな」
視線を反らして言うガディア。シーファーはガディアを見つめ、掛ける言葉を探す。その様子に、獣達が小さく吠えた。先程まで警戒し、唸っていた獣達が、シーファーに歩み寄り、その手を舐める。中には、シーファーの匂いを嗅ぐ獣達も。驚くシーファー。しかし、すぐに慣れ、獣達を撫でる。ガディアはその様子に驚く。
(獣達が、俺以外に)
獣達に微笑むシーファー。その姿も美しく、ガディアの鼓動が速くなるには十分だった。
「さっきはごめんね。驚かせて」
優しく語り掛けるシーファー。獣達はそんなシーファーをじっと見つめ、ガディアの方を見た。シーファーもつられて見る。
「……そろそろ、戻るぞ」
少しだけ頬を染めたガディアが、シーファーに背を向け、腰を下ろす。いきなりの行動に、シーファーは動けない。
「早く乗れ」
ガディアは背中をシーファーに近付けるが、シーファーは動こうとしない。
「何してる」
苛立つガディア。
「自分で歩くから」
「はぁ?その足で歩けないだろ?」
「何とか出来るわよ」
そう言って、足を引き摺りながらガディアを無視するシーファー。それにガディアはキレた。シーファーの身体を無言で担ぎ上げ、そのまま歩き出す。
「ちょ!ちょっと!降ろしてよ!」
ガディアの肩の上で暴れるシーファー。それをガディアはものともしない。すたすたと歩く。しばらく暴れていたシーファーだが、観念したのか大人しくなる。
「……ねぇ、この体勢キツイから変えて欲しいんだけど」
足を止め、ガディアはゆっくりとシーファーを降ろす。その動きに無駄がない。あまりの出来事にシーファーはガディアを見つめた。背を向け、腰を下ろすガディア。シーファーは吸い寄せられる様に、ガディアに身体を預ける。見た目、華奢に感じたガディアの身体は、肩から全身にかけてがっしりとしていた。シーファーは無意識にガディアの首に腕を回し、身体を密着させる。汗の臭いとは違う匂いが、シーファーの心を掻き乱した。
(どうしよう!ドキドキする!)
ガディアの背中の上でシーファーは悶絶する。一方のガディアも背中に感じるシーファーの胸の柔らかさに、鼓動が速くなり、身体が熱くなるのを感じていた。無関心にみえて、ガディアは意外とムッツリである。自分が変な気分にならないよう、歩く速度を早めた。足場の悪い森の中。ガディアは迷う事無く、ある場所へ向かったのだった。
次回は、二人が戦います!