原作、ドラマ、どちらも魅力があり、今頃になってはまってしまいました。
ここ数日、雨が降り付き、ようやく晴れ間が見えてきた。
庭の草木の緑色がまぶしく見えて、植物の世話をする修道士達の顔つきも嬉しそうに見えるのは久しぶりに外に出たせいかもしれない。
勿論、カドフェル自身もだ、だが、こんな時に限って。
若い修道士に声をかけられたとき、カドフェルはミントの手入れをしているところだった。
手入れらしき事はしなくても、このハーブは雑草のごとく増えるので移植だけてなく植える場所にも注意しなければならない。
自分を呼びにきた修道士の顔つきにカドフェルは、おやと思った。
浮かない顔、いや、どことなく不安そうな顔つきなのだ。
今朝はミサも聖書の朗読もとどこおりなく、無事にすんだので、後はのんびりと植物の手入れと薬の調合に好きなだけ時間を費やす事ができると思っていたのに、何かあったのだろうか。
半年前に聖人、ウイニフレッドの遺骨を寺院に持ち帰った事により、修道院は落ち着いていた。
といっても、それは表向きだ、彼女の元、亡骸が眠っていた場所の奇跡を巡礼で訪れたベネットが話したことにより、あのときの副修道院長の顔は思い出しただけで、なんとも言えない気持ちになる。
「ロバート様がお呼びです」
小声で言われ、カドフェルはまじまじと青年の顔を見た、何かあったのかと聞きたかったが、青年はわずかに首を振ろうとして、だが我慢できなかったのか、聖女ですと小声で囁いた。
「おお、ブラザー、カドフェル」
部屋に入るなり驚いた、その声と表情から、何かあったのだろうとは想像がつくが、何がと聞かれると正直、見当がつかない。
ところが。
「聖人、いや聖女が蘇ったのだ」
最初の一言が、しかもウイニフレッドのと言葉が続き、カドフェルが不可解な表情になったのも無理はなかった。
ロバートは興奮していたのかもしれない、かって自分達が持ち帰った遺骨の地にウィニフレッドが降臨したのだと話し続ける様子を室内にいたカドフェルだけでなく院長のヘリバート、いや、室内のにいた全員が黙ったまま聞いていた。
亡くなって骨になった者が、例え聖人だろうが降りてきたなど、突拍子もない、正直、信じられない話だ。
「それは噂なのでは」
話し終わったロバートは院長の言葉に大きく首を振った。
自分が聞いた、おそらくは眉唾物の話もあるだろうに、まるで真実のように、自分が見てきたように話すのだから驚いたものだ。
「もし、これが真実なら大変な事です、院長、我、修道院は彼女の遺骨を所持しています」
誰もが続く言葉を待った、この男が何を言おうとしているのか、予想できたからだ、同時に皆が思ったのは、また、面倒な、厄介な事が起こりそうな気がするということだ。
「もし、本当に聖女が蘇ったというなら、噂だけではすまないでしょう」
院長の言葉にロバートは、むっとした顔つきになったが、その不快な表情は長くは続かなかった。
頷きながら、ならば、それが真実なのか確かめる必要があるのでは、世間の人々が真実に騙されてあの地を訪れて落胆するのはいかがなものでしょうと、まるで自分は正しい事を言っているのだとロバートは言葉を続けた。
二年ぶりに、またあの地を訪れないといけないのか。
知人と会えるのは嬉しい、だが、今回の訪問は前回とは違う。
天候がよければ道中の旅は楽だろうし、庭の世話も若い者達に任せて問題はない、つまり、自分が同行しなければならいのは必然だ。
あの後、ロバートは興奮していた、人選が決まり次第、すぐにでも出発しようといわんばかりで周りの者が驚いたくらいだ。
「ブラザー、どうされました、気分でもよくないのですか」
夕食をすませた後、若い修道僧に声をかけられて思わず、弱音、いや愚痴の一つでもこぼしたくなるのをカドフェルは我慢した。
正直なところ生まれ変わりという事に対してカドフェル自身、あまり深く考えた事はなかった、戦場で亡くなった者、死体が生き返るだろうか。
過去に、それを願った事はあったが、叶えられた、奇跡など見たことがない。
この話が、どこかよその場所で流れてきた噂話ならいいのだ、問題があるとすればウェールズから、この話が流れてきたということだ。
あそこの住人は全てを知っている、カドフェル自身がした事を全てを。
聖女が本物ならロバートの是非にでも、その女性を、こちらへ連れてこようとするだろう。
だが、骨だったときと同じ、彼女がウェールズから離れたくないと思っているならどうだろう。
もしかしたら長引くかもしれない、万が一の為にカドフェルは若い僧侶達に植物の世話を詳しく、口頭だけでは不安なので紙にまで書いておいた。
ウェールズへの出発が決まったのはそれから二日後のことだった。
天気は良好だった、少し汗ばむくらいだったが、雨に降られる事もなく、夕方は涼しくて過ごしやすかったのだが。
これは自分達が訪れること、すなわち、迎えに行くことを聖女が祝福しているのだ、などと、こじつけのような事をロバートがR言い出した。
これに対して、仰る通りですと賛同したのはロバートだ、副院長の腰巾着と影で噂されている彼は、同行を求められると喜んでついてきたのは言うまでもない。
「どちらまで行きなさる」
途中、馬とロバに水を飲ませる為に立ち寄った宿屋で声をかけられたとき、聖女に会いに行くのだとロバートが重々しく口を開いたとき、カドフェルは、内心、まずいと思った。
我々は噂が本当か嘘か確かめに行くのではないか、ロバートの口調からすると、聖人、彼女は本物のように聞こえてしまう、後で誤解を生まないとも限らないではないか。
ロバートの言葉に老人の顔が強ばった。
「聖人というのはウェールズにいる人のことかい、迎えにって、来いって言われたのかい、あんた方は」
聖職者相手という遠慮はあるだろう、だが、老人の声には敵意と嫌悪がわずかながらに感じられた。
それを感じととったのはロバートとリチャード以外の人間だったのは幸いだろいう。
カドフェルと若い修道士の二人は互いに顔を見合わせたが、それは、ほんの一瞬だった。
「やあ、あんたか、久しぶりだ」
カドフェルはほっとした、ウェールズを訪れて最初に再会したのが、ベネッドでよかったとほっとした。
「いったい、何の用で来たんだ、まあ、一杯どうだ、蜂蜜酒でも」
嬉しい言葉だが、その前に聞いておかないといけないことがあると切り出すとベネッドは聖女の事かいと意味ありげな笑いを浮かべた。
「本当に、ウイニフレッドの生まれ変わりなのか」
すると、まじめな顔でベネッドは首を振ったあと、とんでもないと肩を
すくめた。
「俺はともかく、村の人間だって信じてないと思うね、それに本人だって聖女とか、ウィニフレッドの生まれ変わりなんて言ってない、だが、問題なのは、あんたのところのお偉い方、あの副修道院長がどう思うかだな」
「それはどういう意味だね」
「まあ、会えばわかると思うが、今は」
具合が悪くてなと言われ、カドフェルは薬や手当が必要なら手助けしようと申し出た、ところが、ベネッドは慌てたように首を振った。
たいしたことじゃないんだと、その様子を不思議に思ったカドフェルだったが、後になってわかった。
遠路はるばる、シュールズベリから来た聖職者達は聖女の生まれかわりに会いに来たという話が広まったのだろう。
決して大きくはない教会の中にも外にも村の人間が集まって来た。
聖女は教会で暮らしていると聞いてロバートは面会を申しこんだが、村の司祭ヒウは、最初、丁寧にこれを辞退した。
来たばかりで早々に、しかも自分には、この訪問は知らせれていなかったことが納得できないと言い出したのでロバートは驚いた。
拒絶ではない、だが、村の司祭ごときに、こんな言葉を返されるとは思ってもみなかったのだろう。
「お引き取りください」
ヒウは臆することなくロバートに向かって教会のドアに視線を向けた。
そのとき、祭壇の奥の扉が開いた。姿を現したのは女性だった。
だが、その姿を見てロバートは思わず頭を垂れると胸の前で十字をきった、リチャードもだ。
カドフェルの隣に立っていた若い修道僧は呆然とした後、頬を染め慌てて視線をそらしたが、自分の態度が恥ずかしいものだと気づいたのだろう。
俯くと、それきりになった。
そして、カドフェルだ。
彼は、ほんの一瞬、自分が惚けた顔をしていたのではないかと妙な錯覚を覚えて、落ち着けと自身に言い聞かせるように呼吸をした。
そして、何故か、自分でもわからず、若い修道僧と同じように視線をそらしてしまった。