オリジナルヒロインが登場、逆ハー内容です。
これは一体、何だ、まるでよくできた、芝居の一場面を観ている用だとカドフェルは思った、自分の隣にいる若い僧が小さな呟き、それは溜息だったのかもしれないが、我に返ったとき、真っ先に口を開いたのはロバートだった。
「まさしく聖女だ」
それは感嘆の声だったのかもしれない。
聖女ウイニフレッドが、どんな姿をしていたのか、誰もが知っているわけではない。
亡くなった当初、どんな姿だったのかさえ伝えられていないのだ。
詳しい文献も残っていないのたがら無理もない、髪や肌の色、年齢もだ、それどころか、ウェールズの聖人となる前、生前は異国からやってきたのだという噂さえあった。
髪は肩口まで伸びているが、それは真っ白だ、だが年老いた老人のように乾いた白さではない、艶とみすみずしさがあった。
肌の色も白く、瞳は黒っぽい色をしているが、それは室内の灯りのせいなのかもしれない。
この容姿を見て誰もが驚いただろう、ウェールズでは、こんな容姿の人間は見たことがないからだ。
異国の人間だと言われたら納得するかもしれないが、戦争で諸外国を放浪した事のあるカドフェルでさえ、見たことがなかった。
村の司祭のヒウは、ロバートや周りにいるカドフェル達を見ながら女性に説明を始めたが、二人の会話が今まで聞いた事のない響きであることに気づいた。
副修道院長ロバートの顔色が一瞬、青ざめたのも無理はない。
「大丈夫です、彼女は多少ですが、ウェールズ語は話せます」
ヒウの言葉にロバートは、ほっとした顔つきになった。
夕食の席には是非ともあなたも出て欲しい、ヒウの言葉にカドフェルが、
一瞬、迷ったのも無理はない。
ヒウから話を聞き、事が簡単には住まないのではと思ったからだ。
彼女は聖女ではないとヒウは言う、村の人間もそう思っていると聞いてカドフェルは、では奇跡を起こしたという話はと尋ねるとヒウは困った顔で彼女には知識と知恵があったのだという。
「それは村の外から来た人間が大袈裟に吹聴したのでしょう、具合の悪い者に薬草を与えたりして治った者がいましたから、彼女の姿に聖女だなどと言ってますが、本人は一度も、そんな事を口にはしません」
そう言ってヒウは困った顔をした。
「ある日、偶然、この教会に来たのです、何かにひどく驚き怯えていました、自分がどうしてここにいるのか名前も家もわからず覚えていないというのです」
話を聞くとカドフェルはなるほどと思った、ヒウが嘘を言っているようには思えない。
だが、この話をロバートが聞けば、どんな反応をするだろうか。
自分の名前どころか、何も覚えていないと聞けば尚更、彼女は聖女の生まれ変わりだと思い、修道院に連れて行こうとするのではないだろうか。
いや、そこまで無茶な事はしないだろうと思うが、断言できないのが弱いところだ。
そもそも、ウイニフレッドの遺骨を持ち帰ってからも、権力志向の高い彼が満足していないのは傍目から見ても一目瞭然だ。
後になってみれば、悪い冗談か真実なのか、ベネッドの話が追い打ちをかけた、奇跡の数々、あの話を聞いた時の悔しそうな顔、真実を知っている自分たちからすれば喜劇だが、本人にしてみればどうだろう。
翌日、カドフェルは目を覚ますと教会を訪れた。
昨夜はベネッドの自宅に泊まり、蜂蜜酒を飲んで話しこんだこともあって、まだ少し頭がぼんやりとしていた、やはり、若い頃のようにはいかないものだと思いながら向かったのは教会だった。
「ブラザー・カドフェル、お聞きしたいことが」
待っていたといわんばかりに司祭、ヒウに声をかけられてカドフェルは、笑顔で答えようとした。
「どうしました、気分でも」
少し蜂蜜酒を飲み過ぎたようですとカドフエルが答えたのは気分を軽くする為でもあった、相手の表情から話の内容は予想がついたからだ。
「あなたは、その、修道院へ、彼女を」
連れて行くつもりなのですか、彼女をと言われて返事に困ったのも無理はない。
生身の聖女という存在に疑問を感じない訳ではない、昨夜、ベネッドと話した時も、彼自身、笑い話ですませたくらいだ。
あの容姿を見れば、本物と思っても無理はないだろう、だが、本人が聖女ではないと言っているし、人間は病気や心労などで髪の色や容姿が別人のように変わる事もある、奇跡の話も偶然が重なっただけと言われたら、それまでだ。
「司祭様、おはようございます」
振り返ると女が両手に何かを抱えて近づいてきた、畑から取れたばかりの土のついたキャベツや人参だ。
「これ、今日の昼ご飯です、スープにして、残りは包み焼きにしようと思うんです」
そう言って女はカドフェルの方を見た。
「あなたもご一緒に、ええっと」
「カドフェルです」
「ブ、ブラザー・カドフェル、でしたよね」
敬意を払わなければといわんばかりの表情と態度を見て、カドフェルは妙にくすぐったいような、面はゆい気持ちになった。
「修道院は遠いところなんでしょう、ここには用があって来たんですか」
女の言葉にカドフェルは驚いた、ロバート副修道院長は何も言わなかったのか、だとすると、自分が先に話してしまうのはまずいだろう、後でややこしい事になるのは目に見えている、副修道院長が自分のことを嫌っているのはわかっている、自分が模範的な修道士でないからだ、正直、彼に気に入られたいとも思ってはいない、だからといって自分から喧嘩をするつもりも、険悪な仲になるつもりもない。
そばにいたヒウも何となく気まずい顔つきをしている、そのとき、教会に住んでいる女性マラレッドが姿を現した。
女の抱えている野菜を見ると嬉しそうな顔で、今日の昼は御馳走かいと嬉しそうな声でだ。
「野菜ばかりだけどね」
「あんたの料理を食べてか体の調子がいいんだよ」
「たまには肉も食べたいけど」
「だったら夕飯に間に合うようにベーコンの大きな塊がいいかい」
「煮込みにしようかしら」
女達の会話に男二人は、ほっとした顔つきになったのも無理はない。
そのとき、足音と同時に、おお、ここにおられたかと仰々しい男の声が聞こえてきた。
それは今一番、会いたくないと思っている相手、ロバート副修道院長の声だった。