ヒロインはカドフェルの菜園の手伝いをします。
やっと自分の居るべき場所に戻ってきた菜園の世話、薬の調合、やらなければいけないことは山ほどあるが、カドフェルは正直、ほっとした。
修道院へ早急に戻るように言われて副院長のロバートは院長に何故、呼び戻されたのか、理由は何なのかと問いつめた。
院長は渋い顔で修道院で飼っている馬、食料を差し出すようにと言われたのだと説明した。
戦の、いや、これから何が起きるかわからない、備えておくことに越したことはないと言われては反論のしようがない。
馬小屋にはロバートがお気に入りの馬もいたので意見を聞きたかったと院長に言われると返す言葉もない。
ところが、カドフェルたちが戻る直前になって馬が姿を消したのだ。
何かの拍子に扉が開いて自分で外に出たのかもしれない、村の人間が盗むという事は考えられないが、泥棒のたぐいはどこにでもいるものだ。
ロバートが不機嫌なのは、いつものことだが、お気に入りの馬が行方不明、姿を消したとあっては尚更だ、いずれは修道院長になりたいと思っている上昇志向の強い性格なのでむりないのないことかもしれない。
その風貌から育ちが良い家、貴族の出てはないかと噂する者もいたが、修道院という場所では、そんな事は関係ない。
そして、ここにきてカドフェルにも問題が起きた。
一人の若い修道僧がいなくなったのだ、まれにだが、修行に耐えきれなくて逃げ出す者がいてもふしぎではない、若ければ尚更だ、今は一人でもいいから人手が欲しいとおもっていた矢先のことだ、だが、こうなっては仕方がない、予定していた苗の植え換えは自分一人でもできないことはないと割り切って考えることにした。
ところが、その数日後、予想もしないことが起きた。
尋ねてきたのはベリンガーだ、だが、一人ではない、白い髪の女性が一緒だった。
何故と、驚きいたのはも無理はない、いや、まだ驚くことが、馬だ。
「言いたいことは分かります、ブラザー」
女性はこんにちはと声をかけてきたが、その声は明らかに疲れきっていた。
カドフェルは馬を見て安堵すると同時に色々な事を頭の中で考えた。
いなくなった馬が見つかったのは嬉しいことだ、ロバートの機嫌はよくなるだろう。
だが、それよりも不思議なのは、何故、ベリンガーだけが馬に乗っているのか。
「馬に乗るのは苦手なようで、自分は歩くと言って」
「どこからだ、まさか、彼女はウェールズから歩いて来たというんじゃないだろうな」
多分と頷いた後、自分が出会ったのは一週間ほど前ですとベリンガーは話し始めた。
「あの馬は途中で見つけました、あの女性と一緒だっのです、以前、修道院で見かけたことが有ります、足を怪我していたようで」
ベリンガーの説明を聞きながら、カエドフェルは自分の顔が不機嫌になるのを感じていた。
「それはいい、君は自分一人だけ馬に乗り、女性をずっと歩かせたというのか」
「ブラザー、言わせて下さい、弁解と思われてしかたありませんが、構いません、揺れるのが苦手なのか、一度、落ちそうになったんです、彼女の抱いていたもの見ましたか」
カドフェルは頷くと猫か、と呟いた、彼女は胸の前に首から布をかけて、その中に猫を抱いていたのだ。
「途中で拾ったらしいのですが、子猫も一緒だったんです、こちらの修道院に行きたいというので正直一人で無謀だと思い、私も今は休暇中なので、その、心配で一緒に来たのですが、あの女性は一体、誰なんです」
らしくない様子にカドフェルは男の顔を見た。
「礼を言っておくのを忘れたうよ、彼女一人ではここまで来るのは大変だったろうから」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「院長には私から事情を話す」
とにかく今は休ませた方がいいだろう、長旅で疲れているだろう、彼女は、今、自分が薬の調合をする部屋で眠っているのだ。
そして、結局のところ、翌朝まで一晩中、彼女は目を覚ますこともなく、食事もとらず、ぐっすりと眠ったのだ。
翌日、院長に馬が戻って来たことをカドフェルは伝えた、今回は、そのまま素直に説明した、遺骨の時のような脚色して説明する必要はないので、その点は気が楽だった。
偶然、途中で彼女にも出会った、馬にも、そして、昨夜、いや夜明け近く、修道院に到着したという筋書きだ。
院長はそうでしたかと、深く説明を求めることはなかったが、気になるのはロバートだ。
何か言いたげな、本当に佐連だけかといわんばかりに問い詰めるような視線を向けてくることにカドフェルは何故と思わずにはいられなかった。
「こんなものでいいかしら」
野菜の苗の選別をしていたカドフェルは腰を上げると植えられたキャベツの苗を見て頷いた、朝からの畑の仕事を手伝ってくれるのは数人の修道僧と彼女だ。
女は良かったと嬉しそうに笑うが、その様子に内心、暢気なものだと思わずにはいられなかった。
村から、このシュールズベリまで歩いて来たという話を直接本人から聞いて、最初は言葉が出てこなかった、女一人で危険な目に遭わないとも限らない、あまりにも無謀だと言うと、だからスカートではなく古いズボンとシャツで男のようななりで来たのだといわれては返す言葉もない、それは運がよかっただけだと言いたかった。
「野菜の収穫大変だって言ってたでしょう」
自分は、そんなことを言ったのか、いや、初めて言葉を交わしたとき、最初、何を話していいのか分からず言った気がするが、すっかり忘れていた。
まさか、わざわざ、それだけの為に、こんな遠いところまで来た訳ではあるまい。
「実は、あなたに頼みがあって、薬草の事に詳しいと聞いたから、染め粉を作れないかと聞きたかったんです」
意外な言葉だった、白い髪を染めたいのだと言われてカドフェルは黙り込んだ。
「でも、ここに来る間、色々と考えて無理じゃないかと思って」
できないことはないだろう、布や紙を染めるように人の髪も草木を乾燥した粉や汁で染めることはできる、だが、体質によっては頭皮や肌が荒れたり、湿疹やできものができることもある。
「今の髪の色は嫌いかね」
すると女は肩を落とし、はははと乾いた笑いを漏らした。
「その為に、あなたに会いに行くと話したら、あの人はやめたほうがいいって言うの、それで」
それはベリンガーのことだろうか、そのとき。
突然、割り込むような声が響いた、ベリンガーの声だ。
「ブラザー、良かった、探していたんですよ、ああ、こちらにいたんですか、何をしていんですか」
振り返ると近づいてくる彼の顔は怒っているように見えるのは、その歩き方と表情だ。
「何かあったのかね」
二人きりになるとカドフェルはベリンガーに尋ねた。
てっきり仕事に戻り、帰ったと思っていたのに。
「副院長ですよ、仕事が暇なんだと嫌みを言われました、馬が戻ってきたときは機嫌がよかったのに、私がここにいるのが気に入らないんでしょう」
「気の毒なことだ」
カドフェルは、そういってベリンガーの視線が小屋へと戻っていく彼女の後ろ姿を追いかけていることに気づいた。
「気になるかね」
「彼女は、あなたに染め粉を作ってほしいと、髪を染めたいと言いましたか、できるんですか、ブラザー」
できないことはないよとカドフェルはわずかに肩をすくめた、だが、正直にいうとあまり勧められないと付け足すように言った。
「万能な薬やハーブというのは反復する作用もある、体質によっては害をなすこともあるんだ」
「以前、おっしゃっていましたね、正直なところ、私もあまり賛成できません、それに染めなくても綺麗だと思うんです」
今、この男は何を、カドフェルは相手の顔をじっと見た、そしてベリンガーは自分の口にした言葉に気づき、まるで言い訳でもするように、あなたもそう思うでしょうと同意を求めた。
何を焦っているんだ、この男はとカドフェルが思ったのも無理はない。