夜の森。
開けた場所にある湖の前で服を脱ぎ、水の中に足を踏み入れる。
季節はたぶん春くらい。夜の肌寒さはないが、やはり水に浸かると、ひんやりとした冷たさがあった。
それでも構わず奥へと進み、中央の辺りで俺は肩まで潜らせた。
「ふぅー」
思わず漏れるため息。
今日も一日、大変であった。やはり生まれ住んだ日本と違い、新しい土地での生活は、慣れがないせいか疲れる。
ましてや過去の中国世紀末の代名詞である、三国志の時代である。
現代人にとっては、かつての人と比べ、息を吸うだけでも、カロリーの消費がダンチであった。
「何で俺、こんなところに来ちゃったんだろう」
そう改めて口に出してみても、原因は一つしか思い当たらない。
筋肉ダルマに、無理やり連れて来られたからだ。
ご主人様に行かせたくない外史があるから、お前が行け、と。
他人が聞けば、全く持って意味がわからないだろう。大丈夫だ、俺もよくわかんない。
ただハッキリとしているのは、ここは三国志の世界で、男女の立場が微妙に逆転していて、男女の貞操感は完全に入れ替わっていた。
しかも男の数は絶滅種なみに少なく、精力もかなり弱いらしい。
これが判明した時の俺は最初、喜んだ。
だって俺でもモテモテになれると思ったから。
しかしすぐに後悔する。
だって俺でも本気で襲われるから。
女と形容するもはばかれる、北京原人から少しだけ進化の形跡が見られる、サル(雌)に逆レ未遂をかまされた瞬間は、本気で舌を噛んで自害しようかと決意したほどであった。
しかも後になって判明したのだが、俺を襲った雌ザルは、俺を男装した女と信じて疑ってなかったのだから、驚きである。
空恐ろしかった。
要するにこっちの世界の女は、気持ちよければレズも辞さない覚悟があるのだ。
ぶっちゃけ引いた。どんだけ性欲が強いんだ、と。
そうしてその認識が、あながち間違ってもないのがマジで辛い。
俺は今、ここでこうして水浴びをしているのだが、少し離れた場所には、一緒に旅をしている仲間達がいる。
俺を強姦から救ってくれた、女神のような人達なのであるが、悲しいかな。彼女達もやはりこっち側の女だ。
常に性欲を持て余していた。
例えば俺の着替えどころか、トイレまで覗こうとしていたり。
深夜。寝つけずに黙って横になっていると、枕元から一時間くらい、はぁはぁ……と荒い息のミュージックを奏でられたりと。
彼女達が処女であるからためらいがあり、俺の童貞はまだ守られているが、いつ強引に迫られてしうまうのかと、毎日ヒヤヒヤしてる。
だって組み伏せられたら俺、ぜんぜん抵抗できないし。
日増しに過激化する、ストーカーを観察しているようで、すごく落ち着かないのだ。
「桃香も愛紗も、顔や体はいいのに……どうしてなのか」
もちろん二人にも、いいところはたくさんある。
野宿に不慣れで、足手まといな俺の替わりに、寝床や食料の調達などの、もろもろの仕事を一手に引き受けてくれるし、俺が何かミスをしても笑って済ませてくれる。
優しい人達ではあるのだろう。
けれど、俺が手伝いを買って出て、思いがけないハプニングで、軽いボディタッチが発生したら、顔を赤らめるだけではなく、乳首を突起させるのは、俺が笑えないので止めて欲しい。
「はぁ」
と、ため息をもう一度。
「……帰りてえ」
切実にそう願う。でもそれは無理だ。
歴史博物館で割ってはいけない物を俺が割ってしまったらしいので。筋肉ダルマが言ってた。
ここで頭を抱えてもどうにもならないが、そうしたくもなる。
俺が頭に手をやると、不自然なくらいに後ろから、草木が動く音がした。横目で盗み見ると、緑の中に目立つほどピンクが混ざっていた。
ぶるりと体が震える。
「すぅう」
俺は大きく息を吸い込み、それから限界素潜りのチャレンジを開始した。
十十十十十
「うへへへへへへ、今日のご主人様のご主人様は、どんな感じかな」
「あ、姉上。そ、その、口からよだれが……」
「おっと」
愛紗に指摘された桃香は、慌てて袖で口元をぬぐう。
そうして綺麗綺麗にしてから再度、湖に視線を向けた。
「さて、ご主人様は――あれ、ご主人様は?」
「ついさきほど、潜られました」
「ううん、間が悪いな。もう少しだけ、早く来られれば見られたかもしれないのに」
そう言って桃香は、頬をぷくっと膨らませる。
「愛紗ちゃんが止めるから、出遅れたんだよ」
「……覗きを行おうとする者がいれば、止めるのは当然です」
「それで結局、一緒に覗こうとしているのに? 説得力ないよ、愛紗ちゃん」
「わ、私はただ、桃香様の邪な目から、ご主人様の柔肌を守ろうと」
「とか言って、今もちらちらご主人様の方に目がいってるのが、丸わかりだよ」
「うぅ……」
かあーっと顔を赤くしながら、愛紗は手で顔を覆った。
しかし両手には微かな隙間があり、瞳だけは隠れていなかった。どうやら恥ずかしいながらも、未だ覗きは続行するらしい。
その妹分の性的欲求の深さをかいま見た桃香は、愛紗に警告をする。
「普段は関心ない風を装っているけれど、愛紗ちゃんってかなりのむっつり好色だよね」
「そ、そのような事など」
「あるよ。私、知ってるんだから。たまにご主人様が眠ってから、寝顔覗きに行ってるの。それこそ止めないといけないんじゃないかな」
ばれたら大変だし。と、自分を棚に上げて攻める桃香に、愛紗もたまらず反撃をした。
「わ、私は近くで、ご主人様の護衛をしていただけです。桃香様こそ、自重して下さい。ご主人様がお花を摘みに行かれる際に、後をつけようとするのはやり過ぎです」
「だって男の人のおしっこと精液って、おちんちんから出るんだよね。つまりご主人様のおしっこ姿は、間接的に射精の瞬間と同じなんだよ。だったらすごく見たくない?」
「その発想はありませんでしたけど、でも、だからと言ってそこまでは。またやり過ぎて鈴々の時のように、ご主人様と喧嘩別れをしたいのですか、桃香様は」
「あー、うん。鈴々ちゃんはね」
『こんなはれんちといられないのだ! 鈴々は村に帰るのだ!』
ご主人様と出会う前。
かつてそう怒り、本当にいなくなったもう一人の妹分を桃香は思い出す。
「何で急にああなっちゃったんだろうね。いきなりで、私もおどろいたよ」
「どうやら桃香様が男を見るや否や、字や名も言わず、真名だけを名乗るのが、嫌だったのかと。一度だけ、そう相談を受けた事があります」
「うーん、手っ取り早く、男の人に真名を呼んでもらえる機会なのに?」
「ですが真名とは、我々にとって、大切な名です。鈴々は、それが軽く扱われているように感じ、不満を持ったのではないでしょうか?」
真名を軽視した者が、相手を激怒させ、切り殺される事件は年に数度ある。
桃香のように、距離をつめて仲良くなる為の一歩として使う者もいれば、宗教のごとく神聖視している者もいる。
精神的にまだ未成熟だった鈴々は、どちらかと言えば後者よりの考えが強かったのだろう。
言ってくれれば直したのに。
そう思わずにいられない桃香であったが、そこでふと。気になった疑問が湧き、愛紗に尋ねた。
「……愛紗ちゃん。鈴々ちゃんに相談されてたんだよね。何て返したの?」
「気持ちはわかる。と、だけ」
あれ、これって私も悪いけど、愛紗ちゃんも悪くない?
桃香に不満を持って愛紗に愚痴ったのに、賛同が得られるどころか、話し相手が敵側に立ってしまったのだ。
恐らく鈴々は、かなりの疎外感を感じたであろう。
いつか鈴々と再会したら、愛紗と一緒に謝ろうと桃香は決めた。同時に、今は遠い地にいるであろう妹分が、少し心配になった。
「鈴々ちゃん。あと数年もしたら、変なこじらせ方をしそう。ほら、今のご時世って、みんな限りなく処女で死ぬから」
男は基本、権力者が集めて侍らせている。
若い男でも一日一回しか射精できないので、数をそろえて世継ぎを作る為であるが、反面。多数の男を従える事で、自らの権力を知らしめる側面もある。
では村の男性事情はどうなっているのかというと、その土地を治める太守が飽きた男を下げ渡し、その男と村の女達は子作りをするのだ。
当然ちんこのたちは悪く、雨乞いのごとくいつかちんこが勃起しますように。と、祈る日々が今の日常であった。
こんな生活が長く続けば、だいたいは処女をこじらせてしまう。
「それが嫌で、みんな処女喪失が出来る、優しい世の中を私は目指しているんだけど」
「立派な志だと思います。ですが実際、これからどうするのですか? 幸い私達には、天の御遣いである、ご主人様がおられますが」
「噂になった占いだと、一晩に何回も勃起できて、精液も白水みたいじゃなくて、どろどろに白く濁ってるんだよね。その辺り、本当なのかな?」
「毎朝、お元気ではあるようです」
あっ、これは愛紗ちゃん。早朝もご主人様の寝顔を覗きに行ってるな。と桃香は推測したが、ひとまずは大切な会話を進めた。
「女性経験はないって言っていたし、私達で経験を積んでもらってから、ご主人様には恵まれない女性達に、おちんちんを差し伸べてもらいたいんだけれど――」
「我々が出会う直前に、襲われていましたからね。その頼みはさすがに……」
「うーん、やっぱり難しいよね」
男に対する強姦。あるいは未遂は、週に一回の頻度で発生する。
そうして事件が起こってしまえば、ちんこが完全に勃起しなくなる話も、桃香達の耳には届いていた。
「女性嫌いになり、同じ男性を好きになる事もあるそうですし。こればかりはやはり、ご主人様に確認するしかないと思うのですが」
「今度、さり気なく聞いてみようか…………ところで、愛紗ちゃん。ご主人様は?」
「ですからさきほど、水中にもぐられ――へっ?」
最後に愛紗がご主人様の姿を確認してから、数分は余裕で経過している。
武人の愛紗であれば、まだまだ水の中で息を保っていられるだろうが、男らしく貧弱なご主人様は、そうとう苦しいのではなかろうか。
事実、辛かったらしい。
二人が改めて湖に目を向けて数秒後、ご主人様が水面に浮かび上がった。ただし顔はまだ水に浸かった状態で、背だけがぷかぷか、頼りなさげに揺れていた。
「ご、ごごご、ご主人様!」
「らめえ、死んじゃうよぉお!」
ご主人様が溺れていると察した二人は、着の身着のまま湖へと飛び込み、陸上まで担ぎ上げた。
そうして口内に残る水を唇で吸い出し、呼吸が戻った事に安心する。
それからご主人様の体を拭き、服を着せて二人は火を熾した。
「もう大丈夫だと思うけど、ご主人様の事。愛紗ちゃん、お願いね」
「……はい」
一通りの救出活動を終え、桃香と愛紗はそれぞれの役割を果たそうとしていた。
愛紗は引き続きご主人様の看病。
桃香は一人、山の奥へと。
何をしに、こんな夜更けに山奥へと向かうのかと言えば、自慰をする為だ。
不可抗力ではあるが、ご主人様の裸を見て、口づけまでしてしまったのである。
落ち着いたら、股がむずむずして仕方がなかった。
「十回くらいで、戻ってくるから」
そう言い残し、桃香は森の中へと消えて行った。
出来れば愛紗も、己の手で遠慮なく体を慰めたかったが、主従関係はこんな時に不利だ。
結局、交代の時間になるまで、喘ぎ声を出すのを我慢するしかない。
「はっ……くっ……ぁぁっぁ……」
愛紗はご主人様を見守りながら、声を押し殺して自慰った。
目もくらむような快楽に、愛紗はすぐさま虜になった。
だからだろう。
「やっぱり帰りてえ」
ご主人様が呟いた言葉を聞いた者は、誰もいなかった。
書いた本人がいうのも何ですが、この話。頭悪いと思う。