謎な空間にいた。
どこもかしこも真っ暗で、宇宙のごとく何もないのだが、地に足のついた感触はしっかりとあり、視界もハッキリとしてる。
俺の輪郭を自分で視認できるのだ。
そんな静かで不気味さのある場所で、俺が手持ち無沙汰でぼんやり佇んでいると、とうとつに後ろから声をかけられた。
「お久しぶりねん」
この、特徴的な無駄にいい声は。
俺は臨戦態勢を取ってガバッと反応すると、そこには案の定。予想を結びつける形で出現した筋肉ダルマがいた。
「きっ――」
「き?」
「金玉クラッシャアァアアア!」
「ぶるぁあああああああああ!」
ここで会ったら百年目。
のっけから全力で筋肉ダルマの股間を蹴り上げた俺は、奴を悶絶させる。
急所を押さえて内股になる筋肉ダルマは、半泣きになって俺を非難した。
「ひどい、ひどいわっ。乙女のハートを足蹴にする何て」
「お前の心臓、そこかよ!」
毛が生えて図太そうなだけではなく、欲望まみれで卑しい心だ。
去勢した方が、世の為になるのでは。
「てか、今更なにしに出やがった。俺はこれから帰って、子供達の世話をしなくちゃいけないんだよ。お前に構っている暇は、一秒たりともないんだ。わかっているのか?」
ああん。と睨み付けると、もう痛みから回復したのか。
姿勢を正した筋肉ダルマは、悠然と俺を見下ろして語る。
「残念だけど、そのお話の続きはないわよん。貴方のいた外史は閉じてしまったから」
「どういう意味だ?」
「映画と同じ。敵と戦って倒した後の人生まで、詳細に描かれない。反公孫賛連合に勝った時点で、貴方の役目は終わったの。それでハッピーエンド。帰ってからのエピローグは残ってないわよ」
「勝手に人様を見世物にして、完結させるなよ。こちとら、遊び感覚でゲームソフトをやってるんじゃないんだぞ」
「そう言われてもね、私達も困ってはいるのよん。三国志の武将は女だったのかもしれない。元はその妄想で外史は作られたのだけど、近年は様々なジャンルが乱立して、色物な外史が増えて大変なの」
「俺が知るか」
俺達にお前が振り回されたからって、お前が俺を振り回していい理由にはならないだろうが。
だってのにこの筋肉ダルマは、片足を上げてキモイポージングを取りながら、俺を殺しにかかった。
「だから、貴方には次の外史へ行って欲しいの。お・ね・が・い」
「嫌に決まっているだろ!」
むしろ俺がお願いして、この筋肉ダルマに死んでもらいたい。
出来うる限り悲惨で、絶望の淵でもがき苦しむ感じがお勧めだ。
「あらん、残念ね。もしやってくれるのだったら、貴方を元の外史に戻してあげようと思っていたのだけれど」
「おい、何をちんたらやっているんだ。いいからその外史ってとこへ、早く俺を連れていけ」
「いやん、せっかちな男は嫌われるわよん」
「お前が言い出したんだろうが」
このハゲー!
「で、俺はちゃんと家に帰れるんだろうな。行った後でやっぱり無理でした。ってなると、片玉くらいは覚悟をしておけよ」
「その辺りは問題ないはずよん。少しだけ、貴方のいた外史とは違っているかもしれないけどね」
「……内容にもよるな。どれくらい変化がありそう何だ?」
「並行世界は知っているかしら?」
「多少は」
天気予報の降水確率を見て、傘を持って行ったり行かなかったり。いつもの帰り道で、違う道を通ったり。
そのちょっとした差異の積み重ねで構成される、ある種もしもの世界だ。
「貴方が貞操逆転の外史に降り立ってから、その平行世界が幾つも生まれた。例えばそうね……最初の賊に犯されて自殺した貴方もいれば、賊から逃げ一人で迷子になりのたれ死んだ貴方もいるし、逃げた先でまた別の賊に捕まって、犯され自殺をした貴方もいたわ」
「ろくな俺がいないな」
よかった俺は俺で。
しかし桃香と愛紗に拾われていなければ、もれなく悲惨な運命になるのな、俺。
その辺りは雑魚だし、しゃーない。
「それだけ同じ外史があるのだから、貴方と似たような行いをして、未だに続いている外史もあるの」
「そこに俺を送ると。ドッペルゲンガー現象が起こったりしないだろうな?」
同じ自分に会えば死ぬという、あれである。
「向こうの貴方と、ここにいる貴方を統合する形にするから、大丈夫よん。最初は記憶が混濁するかもしれないけど、同じ人間だもの。しばらくしてからは、どちらの記憶もある貴方になるわ」
そこはちょっと不安が残るな。
統合されて新人格になるならまだしも、二つの俺が混ざって主導権の奪い合いにでもならなければいいのだが。
まぁ、そうなったら俺は大人しく身を引いて、消えるか。
もう一度、家族と再会して暮らしたいけど、そこにいた俺を蹴落とすのはさすがに悪い。
とにかく今は、このチャンスに賭ける事だけを考える。
「概要はわかった。ただ、俺が弱いのはお前も承知しているはずだ。次の外史に行くのなら、桃香らに護衛をしてもらいたい」
なんせ、かなりの俺が死んでいるみたいだからな。
無駄死にはご免だ。さらに自殺はもっと勘弁。
俺がそう口にするのは読んでいたのか。筋肉ダルマの癖に、妙な寛容さを奴は見せた。
「安心してちょうだい。すでにこちらの外史の娘を待機させているわ」
「そうか」
となると、桃香・愛紗・白蓮・趙雲の四人。誰ともはぐれず、一緒にいられそうだ。
うん、最近はみんな忙しかったからな。遅い新婚旅行と思えば、ちょっとは楽しみも出るというものだ。
「オッケー。で、次の外史に行くにはどうすればいいんだ?」
「そのまま後ろを見れば、わかるわよん」
「あん?」
筋肉ダルマの言葉につられて振り返ると、遠くから白い光がこちらへと迫っていた。
その光は新しい世界を構築するかのごとく、黒い風景をガラスの破片のように砕き、間もなく俺を飲み込もうとしていた。
タイムリミットが短いな、手順くらいは踏ませてもらいたかったわ。
あのスピードだと、もう残り時間が僅かもないぞ。
「おい」
なので俺は、最後に筋肉ダルマへ一声かける。
当然、別れを惜しんでいるのではない。
俺とこいつは友達どころか、知人や恩人なんて生易しいカテゴリーには属さない。
せいぜい、利用する者と、される者の立場だ。
だから俺が筋肉ダルマに宛てる言葉は、どこまでも自分の為のものであった。
「聞き忘れていたけど、今度はどんな外史に飛ばされるんだ?」
また貞操がおかしな世界じゃないだろうな。
そう思っていたら、予想にかすりもしない正解がぶつけられた。
「美醜逆転の世界」
「……はっ?」
理解が及ばず、聞き返そうとする俺であったが、そこで眩い光に包まれた。
思わず腕で顔を庇い目を閉じるが、それでもまぶたの裏に強い光源が入り込む。
ちょっ、まぶしいって。ひかりつよっ。
このまま網膜が焼き切れそうで焦るが、徐々にその明るさも落ち着つく。
そうして俺が目を開けられるようになる頃には、辺り一面に平地が広がっていた。
「……まーたここからか」
一回目も、こんな景色からスタートさせられた記憶がある。
しかし今回は、強くてニューゲーム。
俺はさっそくクリア特典の嫁達を探すが、おかしい。どこにもいやしない。
桃香らはどこだ。
何かドクロの髪留めをして、大鎌を担いだゴスロリ少女がいるけど、あいつ一人だけが俺の仲間とか言わないよな。
俺と同じものを見たり、聞いたりしてないこいつは、真の仲間に足り得ないぞ。それはわかっているんだろうな、筋肉ダルマ。
「さっきからおろおろして、どうしたのよ。気分でも悪いのかしら?」
「……質問するが、お前が俺の同行者か?」
「そうよ。こちらに来る前に、説明は受けなかったの?」
わかってなかったよ、あのハゲ!
「誰がとか、聞いてなかった……」
「呆れた。しっかりしなさいよ、貂蝉」
「その、貂蝉ってのは誰だ?」
「そこから?」
大鎌を持った少女は、ペチッと自分の額を叩いて眉間を揉んだ。
「筋骨隆々で下着だけをはいた、嬉しくない男……男? とにかくそれが貂蝉よ」
「あいつにそんな名前があったのか」
筋肉ダルマじゃなかったんだな。
でもあの筋肉ダルマに貂蝉なんて小難しい字は似合わないので、これからも俺は筋肉ダルマを筋肉ダルマと呼ぶ事にした。
まぁ、出来ればもう会いたくもないのだが。
「で、お前は何者なんだ?」
「あらっ、私を知らないのかしら。これでもそれなりには、名が知れ渡っていたと自負しているのだけれど」
名前だけ伝わっていても、ネットやテレビのない時代で、当人だけ見て有名人と一致させるのは難しいだろう。
なのにその自覚がない少女は、勘違いをした芸能人のごとく上から目線で自己解決する。
「ああ、貴方。幽州なんて田舎に住んでいたのだったわね。なら私を知らなくても、おかしくはないのかしら」
お前が例え洛陽にいたとしても、俺からすればド田舎だぞ。
現代日本人の俺には、三国志は発展途上国未満だ。
それでも自分が都会っ子だと信じ疑わない悲しい少女は、俺に左手を突き出して名乗りを挙げた。
「我が名は曹孟徳。人は私を――」
「生まれる前から、ずっとファンでした!」
曹操、曹操じゃないか!
俺は曹操の手を取り、ブンブンと上下に振った。
マジかこれ、もうゲームクリアでいいんじゃない。
でかした、筋肉ダルマさん。
ひゃっほーい。と喜びまくる俺に、曹操は怪訝な表情をする。
「ふぁんってなに?」
「あー。まぁ、好感の持てる人。みたいな意味でいいのか?」
好きじゃないと、応援しようと思わないだろうし。
「なるほど。貴方は私に好意があると」
いうや否や。大鎌を地面に刺した曹操は、俺が握っていた手をそのまま自分の方へと引き寄せた。
「それなら話は早いわね。いいわ、一発やりましょう」
そうして血走った眼をして、放たれる失言の威力たるや。
俺の偶像な曹操を、一発で粉砕するのには十分であった。
「幻滅しました。曹操のファンやめます」
「残念だけれど、私のふぁんは、私の許可なくやめられないわ」
「お前が俺をファン認定するのかよ」
ファンの定義が壊れる。
「いいからやらせないよ。貴方が御遣いだとわかってから、私はずっと目を付けていたのよ」
最終的に巡り巡って、お前が俺のファンになってないか。
しかも過激で面倒くさいぞ、このファン。
だいたい俺は天の御遣いなだけで、キュートでクールなパッションのアイドル性を、売りにはしてないんだよ。
だからファンサービスもなしだ。
「落ち着け。優秀な曹操なら、自国にたんまり男がいるはずだろ。なのにわざわざ俺に盛るな」
「いないわよ。男なんて、一人も」
「本気で言ってる?」
「嘘をついても仕方がないでしょ。女としか経験がないわよ、私は」
「ええ……」
マジかこいつ、レズか。
「ええ。私が女と寝ると、ほとんどの人間は、貴方のような視線を向けてきたわ。でも自慰では満たされなかったの。それなら女を抱いて気持ちよくなるのの、何がいけないのかしら」
「開き直るなよ」
「そう割り切っていたのだけれどね。ふふっ、どうしてなのかしら。私が抱いた娘は、やがて私を敬愛するようになったの。そして皆、口をそろえてこういうようになったわ。もう、男はいりませんよね、って……なぜ、こんな事に……」
「後悔するなよ」
いきなりそんな、自虐をされても困る。
子供のあやし方ならともかく、傷心したレズの慰め方とか、俺の経験にないぞ。
なのに悲劇のヒロインぶった曹操は、自分語りに熱が入ったのか。
赤裸々に、自身の過去を暴露した。
「それでも私は諦めなかった。この曹孟徳が、処女で終わるのはありえない。自国の発展と戦場での活躍で名声を高めた私は、少しずつ配下を増やし、男に否定的な空気から、男に肯定的な場へと整えようとしたわ」
やる事が、みみっちいな。
「でもね……女を抱くと知れ渡ってしまった私の元には、その趣向を持つ者ばかりが集まってしまったわ。ねえ、どうして!」
「答えが出てるだろ」
自業自得だ、バカ。
「男が素直に欲しいって、もう言えばよかったのに」
「言えるはずがないでしょ。私が認めた娘は皆、基本的に能力が高く男嫌いなの。ここで無理に男を迎え入れて、亀裂が走ったら政がなりたたなくなるわよ!」
「もう完全に、男子禁制な女の花園と化してるな」
いい匂いがしそうだけど、近づきたくはない。
「終わったな」
「いいえ、まだよ。天は私を見放さなかったわ。御遣いの貴方がようやく見つかったから。私はこれを最大の好機と捉えたわ。幾ら男を嫌っていても、天の御遣いである貴方なら、皆もそう無下にはしないと考えたのよ」
「それで曹操も反公孫賛連合に加わったのか」
てか、そんな事情があったのなら、どうにか曹操に連絡を取って、同盟を結んでおくべきだった。
でも、子育てに忙しかったからな。初めてのベイビーで、かなり切羽詰まっていたし。
当時をそう顧みる俺であったが、曹操の爆弾発言に、しんそこ育児に忙殺されてよかったと胸をなでおろした。
こいつ、俺が制御できるタマじゃないわ。
「万が一にでも貴方に何かがあれば、私の名誉も地に落ちるでしょうから、気を回したけれどね。大変だったのよ、袁紹を焚きつけて連合を結成させるの」
「黒幕はお前だったのかよ!」
「何を言っているのかしら。総大将は袁紹だったでしょ?」
こいつ、しれっと惚けやがって。
しかし得意な顔もつかの間。曹操はすぐにどんよりと表情を曇らせた。
「それでも勝てなかったのだけれどね……あんなの卑怯よ。全裸の男にお願いされて、聞かない女はいないわよ。ならばせめて、私が一番の手柄を上げ貴方を頂こうとしたのに、あそこで寸止めって……」
「ちょっとくらいは不憫だと思う」
でも、ちょっとだけだ。
俺の家族を危険にさらした罪は重い。
「ふふっ、貂蝉もそうだったのかしら。私を可哀想な女扱いして、こちらへ誘ったわ。同情なんて、私が最も忌避すべきものだけれど……貴方もそうであるのなら、抱いてくれてもいいのよ?」
「歓迎しているじゃないか」
何なんだ、こいつは一体。
「やる以前の問題に、まず改心が先だろ。自分だけの為に、幽州を襲いやがって」
「しょうがなかったのよ。こうでもしないと、私ずっと処女だったし。もう女の膣に手を入れて、膜を破る生活は嫌だったの。私も男に膜を破られたかったの!」
そうわめいて、わんわんと曹操は涙を流した。
大の曹操が泣くなよ。
すっかり子供達の相手で、あやすのが板についた俺は、しょうがなく曹操を抱いて頭をなでてやる。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい。もうしないから、許して!」
「……今回だけだからな。二度とないぞ」
まぁ、幸いにも被害はゼロだったので、恨みも軽微だ。
目を赤くはらしながら、曹操は俺に問いかける。
「私……許された?」
「許された」
「あ、ありがとう……ぐすぐす」
ポフッと胸板に顔を埋める曹操は、しばらくぐずるかと思いきや、不意打ちで俺の足をかけて地面に倒した。
「ぃって」
そのまま俺に馬乗りとなり、鳴き顔を嬉々として晴らした曹操が、服に手をかけてくる。
「女の涙にほだされる何て、可愛いところもあるじゃない」
「おまっ――、騙しやがったな」
「いいえ。私が泣いて、貴方は慰めた。それで私が発情しただけだから、これは自然な性交の流れよ」
「不自然だらけだ。お前もう、捕まれよ」
「こんな荒野の真ん中で、誰が私を束縛するというのかしら」
「あっちにいるぞ」
「うそっ!」
目には目を、嘘には嘘を。
適当に指をさして曹操をどかした俺は、乱れた服装を正し、土ぼこりを払って立ち上がる。
さて、ここからどうするかな。
逃げたいけど逃げた後、一人で生きられる自信のない俺は、曹操と離れる訳にはいかないのだが、こいつはこいつで危険だ。
また、桃香と愛紗が来てくれないかな。
そう願っていたらこちらへ向け、遠くの方から二頭の馬が走っている光景が見えた。
マジで誰かいたのかよ。
桃香と愛紗は徒歩だったので、これは新パターンだ。
「私の情事を邪魔する不届き者は――」
そんな敵味方の判別がつかないどこぞの馬の骨に、曹操は大鎌で迎え撃とうとした。
「私に斬られて死になさい!」
くの字に刺さった柄に手をやり、レバーのように強く押し引く。
それで下がった大鎌が地面に激突する前に、足を差し込んだ曹操が、リフティングのごとく蹴り飛ばす。
そしておっかなく空中を旋回する大鎌へ、ビビッて下がる俺とは逆に、自ら腕を伸ばして柄を掴み取った曹操は、ビュンッ。と風切り音を鳴らし大げさに構えた。
「……格好良かったけど、今のいる?」
「いるわね。こうしないと、戦う気になれないの」
スポーツ選手のルーチンみないなものか。
かの有名な野球選手は打席に入って、バックスクリーンのポールかピッチャーへバットを合わせるが、その直前までは素振りや屈伸運動で体をほぐしている。
そうして勝負時に抜群のパフォーマンスを行えるようにしているのだが、曹操の場合は今の厨二っぽい動きがそれとなるのだろう。
趙雲みたいなにわかじゃなくて、ガチだな曹操。
もっとも、歴史に名を残す英雄というのは、往々にそういう面があるのかもしれない。
これであの馬に乗っている奴らが、ただの賊なら即死だな。と、楽観視して俺は眺めるのだ、ふと大変な事に気が付いた。
そう言えば曹操って、強いのか?
赤壁での負けがなければ、たぶん魏は三国を統一していたと思う。
しかし、その国力的な物と個人の資質はまた別である。
戦国時代の徳川家康は、武田に追い詰められてミソを漏らした何て話もあるし、曹操が弱くても不思議ではないのだ。
あれ、これって場合によってはヤバくない。
仮に馬上にいるのが賊として、エンカウントでゲマみたいなのが現れたら殺されてしまう。
だから、ざーこ。ざーこ。と、相手があばれうしどりラインくらいで留まるように乱数へ祈るが、無情にも奴らはジャミとゴンズだった。
「……駄目ね。あの二人と戦えば、私でも勝てないわ」
困った風に構えを解いた曹操がぼやく。
ぬわーーっ!
「あれだけ見得を切って、それはないだろ」
「一対一なら負けないわよ。けれど、貴方を守りながら二人同時は厳しいわ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「戦うだけが能ではなくて。人ならば、話し合って矛を収める事もできるでしょ」
切り替えが早い。
もっと俺にも着いて行けるスピードに抑えてくれ。
だってのに、曹操はガンガンと容赦なく俺を置いてけぼりにした。
「ひとまず貴方、私と駆け落ちした伴侶になりなさい」
「凄まじく飛躍したな。何が何やら……」
「いい、ここでは私達の身元を証明する人も物もないの。それなら駆け落ちした夫婦にしておけば、その辺りはどうとでも誤魔化せるわ」
「なるほど」
「納得したのなら、これから私の事は華琳と呼びなさい」
また、脈絡のない偽名だな。
ただ、仮面夫婦を演じるのなら、それなりの心構えが必要になる。
俺は了承の返事と共に、一つ頼みごとをした。
「はいよ、華琳。それなら俺は、ハニーとでも呼んでくれ」
なぜハニーをチョイスしたのかと言えば、呼ばれる度に華琳とのやり取りを演技だと忘れずにいられるからだ。
それでいて、俺が嫁であれば絶対に口にさせないであろう呼び名がこれだ。
ご主人様も大概だけど、あれを使うのはさすがにな。
そんな俺の心をどこまでくみ取ったのかは知れないが、華琳は腕を絡めてウインクする。
「よろしくね、はにー」
パーフェクトだ、華琳。
だけどその、突起した乳首は隠せ。
「貴様ら、ここで何をしている?」
こうして仮初の夫婦になった俺達の前に、馬に跨った奴らが立ちふさがった。
褐色肌の二人だけど、ここは本当に三国志の世界でいいのか?
しかも一人は下乳どころかへそまでパックリと服が開いているし、もう一人はパンツが丸出しだ。
痴女じゃん。
その露出狂にも、突起乳首は一歩も引かなかった。組んだ腕をこれ見よがしにアピールする。
「わからないのかしら。夫婦の逢引をしていたのよ」
「その割には、物騒な獲物を持ち歩いているようだが。それを一度、私達に向けようとしていたな。遠目にも映ったぞ」
「ごめんなさいね。駆け落ちしたばかりで、少し神経質になっていたの」
「どうだか。その話が本当だったとしてもだ……」
鋭い目つきで華琳を追及していたパンツ女は、そこでギロリと俺を睨んだ。
「貴様、どうして妻に任せて前に出ない。女に守ってもらうのが、貴様の仕事なのか?」
「あら、男を守るのは女の仕事ではなくて?」
「ふざけるのもいい加減にしろ。そのように臆病な夫の話など、聞いた事がない」
しまった。
そう言えばここ、貞操逆転じゃなくて、美醜が逆転しているんだったか。
となると、男女関係はあんがい普通なのか。
やべっ、どうしよう。
焦って俺は言い訳を探そうとするが、その前に華琳がとんでもない言葉を放った。
「ふーん、ここではそうなの。実は私達、天から駆け落ちしたから、あまりこちらの常識がわかってないのよ」
「えええっ、天の御遣い――って、きゃわっ!」
馬に乗っているのが頭から抜け落ちたのか。
下乳女は身を乗り出し、前に手をつこうして失敗。そのままグラグラとバランスが取れず、尻から落馬した。
「いたぃ……ううう」
「れ、蓮華様。大丈夫ですか!」
「え、ええ。問題はないわ、思春。つい手綱を離しちゃって」
パンツ女が馬から降りて下乳女へ駆け寄る隙に、俺はぼそぼそと華琳を問い詰めた。
「おい、天の御遣いって……ばらしてもいいのか?」
「向こうで伝わっていたもの。どうせ、こちらでも噂になっているわよ。だったら早い者勝ちでしょ。また帝に先を越されると効力がなくなるし、はにーは本物。問題はないわ」
「そういうものなのか。けど、俺らが御遣いを名乗るのなら、夫婦の役はいらなくないか?」
「こちらではたった二人っきりの女と男が、結ばれて夫婦になる。素敵だと思わない?」
「お前……」
夢見る乙女みたいな感情を、女のしたたかさでコーティングするなよ。
完全に俺、手のひらで転がされているじゃん。
今更あの二人に撤回しようとしても、余計に怪しまれるだけだろうし、はめられた。
性欲は丸出しの癖に、頭でアプローチをかけてくる分、桃香らよりもやりづらいわ。
何だろう。結婚して子供もたくさんいるのに、気が付けば華琳が内縁の妻ぐらいになってそうで、恐ろしい。
どうするんだよ、こいつ。
と内心で冷や汗をかいていたら、尻をさする下乳女が俺に御遣い証拠提出を迫った。
「ねっ、ねえ。貴方、本当に天の御遣い。醜女な私達でも、美しく感じるって噂で聞いていたのだけど?」
こっちではそう出回っているのか。
つくづくその世界に都合よく作られてるな、天の御遣いは。
おおむね間違ってはないけど。
「本物じゃないのか。俺には君が、綺麗に見えるし」
「きゃあああああ、私、綺麗? 綺麗って言われちゃった!」
「貴様。蓮華様が綺麗などと、正気か!」
「お前こそ大丈夫か?」
パンツ女って、下乳女の家来みたいな者だよな。
無礼で首をはねられても知らんぞ。と心配してやったのに、失礼にもパンツ女が俺の首をはねようとする。
「天の御遣いよりは、精神異常者の類か。ここで首を落としてやるのが、せめてもの情けか?」
「誰の為にもならないから、止めておけ」
剣を抜くパンツ女と俺の間に、嬉しそうな下乳女が割り込む。
そうして呂律の回らない口で、何かを話そうとしていた。
「あのっ、私はね。名は、ええっと、そ、その――」
「ああ、蓮華でいいんだろ?」
「はうっ!」
まごつきつつも、蓮華の言いたい台詞を察した俺が先回りをして答えてやる。
すると蓮華は胸を押さえてうずくまってしまった。
不整脈か?
ひとまず蓮華を起こしてやろうと屈んだ俺に、華琳が叱咤を飛ばしながら引きはがす。
「っ、馬鹿!」
人をバカとは――って、うおい。
一閃、首元に涼し気な風が通り抜けた。
それはパンツ女が俺を斬りつけようとした剣先であると理解するのは、数秒してからだった。
すでに剣を振り切っていたパンツ女は、ゆらりと剣を構え直し、俺に殺気を浴びせる。
「貴様。認められてもいないのに、蓮華様の真名を口にしたな!」
またその設定かよ。
それで人殺しとか、穏やかではないな。
心が凍り付いたぞ。
「……真名くらいで怒るなよ」
てか、ここでも真名とか……流行ってるのか?
「はにーこそ、真名を何だと思っているのよ。許されてもいないのに、勝手に真名を呼んだら、殺されても文句は言えないのよ」
「……昔、趙雲に大切だと説明を受けたような。あれ、マジだったのか?」
「まじがわからないけど、たぶんまじよ。公孫賛は、はにーにどんな教育をしていたのよ。あの田舎者」
白蓮を軽くディスって、頭を抱える華琳。
マジかー、マジで。だったら曹操の真名は華琳?
すると桃香や愛紗にも真名があった?
でも趙雲は信頼の証とかそんな感じだと言っていたし、ひょっとして桃香と愛紗が真名?
次に再会したら確認しよう。とか、気楽に考えられる空気じゃないね、これは。
パンツ女に、死刑宣告されているからな、俺。
「そこを動かなければ、痛い思いをせずに首をはねてやる」
「もし動いたら?」
「手元が狂い、もがき苦しんでから首がはねられる」
結局、首が刈られるのか。
「大変、申し訳ありませんでした」
首と胴体が真っ二つになる前に、俺は最敬礼をして素直に詫びた。
これでダメならもう土下座しかないが、そんな俺らへ正気に戻った蓮華が、やけに低姿勢な態度で仲裁に入った。
「はっ……い、いいのよ。そ、それよりも、頭を上げて。私、気にしてないから、ね。もう一度、蓮華って呼んでもらえる?」
「……蓮華」
「も、もう一回」
「蓮華」
「し、思春、どうしましょう。私、男の人に初めて真名で呼ばれたわ、呼ばれちゃったわ。それもたくさん。綺麗って言ってもらえるし、今日は幸せな一日ね!」
満足するまで俺に真名を連呼された蓮華が、イエーイ。と喜び露わに飛び跳ねる。
きっと君は、世界で一番の幸せ者だよ。
そんな蓮華に俺は優しい眼差しを向け、華琳は完全に呆れていた。
やり場のない怒りだけを抱えたパンツ女は、俺に強烈なガンつけをし、剣を突きつけた。と思ったら、半回転させて俺に柄を取らせようとする。
「おい、貴様」
「な、何だよ」
「蓮華様を真名で呼んだ礼だ。私の首をはねてもいいぞ」
「やるかっ!」
だいたいそんな腕前がまず俺にはないし、切り落としたとしても後の扱いに困るわ。
どんだけ首に、並々ならぬ情熱を注いでいるんだよ。
「帰りてえ……」
もう子供達の顔を見て、眠りたい気分だ。
ここでも変人奇人のダブルパンチは、ガチで疲れるって。
「弱音を吐いては駄目よ、はにー。私達にはもう、帰る場所なんてないの」
「…………そうだな」
一応、俺は帰還の目途が立っているけど、華琳には黙っておこう。
こいつ、俺と一緒に戻って来そうだし。
「とにかく、はにーが限界みたいだから、どこかで休ませてもらえないかしら。こんな自然に囲まれた場所ではなくて、人の文化が息づいた所へ案内してちょうだい」
「だ、そうですが。いかがなさいますか、蓮華様」
「えっ、あっ……そ、そうね。移動しましょう。格好いい男の御遣い様は私の馬に――」
「ちょっと待て。いま俺をカッコいいと言ったか!」
「え、ええ。そうだけど」
それじゃあ俺って、日本だとだとブサメンだったのか。
嘘だろ、自分ではフツメンだと信じていたのに。
「ぐおおおおおお!」
「安心しなさい、はにーは酷くないわよ。よくもないけど、普通くらい?」
落ち込む俺の肩を、華琳が叩いて慰める。
さらにこっそり、耳寄りな情報が伝えられた。
「こちらだと、女は美女か醜女しかいなくて、中間がないそうよ。男も同じらしいわ」
「そうなのか?」
「ええ。だからはにーを格好いいと思う人もいれば、醜いと思う人も出てくるでしょうね」
「詳しいな」
「初めて行く土地だもの、貂蝉に色々と聞いておいたのよ。むしろはにーは、どうして知らないのかしら。また貂蝉のせい?」
時間がなかったんだ。
あったとしても、俺のおつむがそこまで回ったか。
つまり俺が悪い。けど筋肉ダルマはもっと悪い。
そんな感じだ。
そうやって華琳と内緒話をしていると、オドオドとした蓮華が俺の顔色をうかがう。
「あ、あの……私、変な事を言っちゃったかしら。わ、悪気はなかったのよ。もし気分を害したのであれば、謝ろうと……」
「天にいると、たまに叫びたくなるんだ。気にしないでくれ」
「はにーだけで、私はしないわよ」
軽く天に責任を擦り付ける俺と、自分の領分はきっちりと守る華琳。
息の合わない御遣いコンビの道中は、ここから始まった。
「じゃっ、じゃあ男の御遣い様の馬は――」
「貴様は私の馬に乗れ」
「貴方たちが相乗りしなさいよ。私は、はにーと乗るから」
「それで盗まれても困るのでな。いいから貴様らは、いう通りにしろ」
「はいはい」
別に我儘をいうつもりない俺は、パンツ女の馬に乗せてもらう。
そして出発前に、パンツ女が呟いた。
「思春だ」
「……いいのか。それ、お前の真名だろ?」
「蓮華様が許されたのだ。私が教えぬ訳にもいくまい」
「おう、よろしくな。思春」
「ふんっ。振り落とされぬよう、しっかりと掴まっておくんだな」
オーライ。
俺が腰に腕を回すと、思春は何を血迷ったのか。
馬の前足を上げさせ、俺ごと二人を地面に落とした。
落下の衝撃+思春の体重によるサンドイッチに、俺の息が詰まる。
「ぐふっ」
「ばっ、馬鹿者。いきなり肌に触れる者がいるか。手元が狂ったではないか!」
「何をしているのかしら。馬が逃げたわよ」
「や、やっぱり男の御遣い様は、私の馬に――」
「貴方は追いかけなさい。ぐずぐずするな、急げ!」
「は、はぃいいいいい!」
強くてニューゲームのはずなのに、何だこのグダグダ感は。
今度は楽にクリア出来るのか、それは俺が一番わからなかった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
この話はこれにて完結となります。
どちらも続きが書けるようにしてありますが、続くのかどうかは未定です。
これまで感想や評価を頂いた皆様、ありがとうございます。
私が予想していたものより反響いただき、大変励みになりました。
並びに、誤字報告を頂いた皆様もありがとうございます。
たくさん頂き、私の誤字、多過ぎ。と思いました。
ご苦労をおかけして、申し訳ございませんでした。
察せられる方もおられるかと思いますが、エロはこれが初めてでした。
また、三国志の知識は乏しく、軍事や政治の知識はスカスカでございます。
それでも恋姫でエロに挑戦しましたのは、天下統一伝で恋姫熱が再燃したからです。
投稿が止まったのも、やっぱり天下統一伝だったりします。
あのゲームのガチャは、プレイヤーの心を真っ二つに折る、鬼畜な排出をするのです。
それを除けば、キャラゲーとしての出来は一番いいと思うのですが……。
活動報告に裏話的なものや軽い設定などを公開しますので、そういうのがお好きな方は見て頂ければ幸いです。
長くなりましたが、あとがきは以上となります。
誠にありがとうございました。