今回はこの話を書く決め手となった、キャラクター達の登場回です。
皆様。
暖かい拍手と共に、お出迎えをお願い致します。
美醜逆転。
それがこの世の常識であるらしい。
しかし前とは違い、男女の数はほぼ均等。あげくに男性ですら戦場に出陣するのであれば、性差の逆転も感じる。
と、桃香は貂蝉の説明を聞いて思ったりした。
気になる事実があるとすれば、こちら側だと桃香ら四人は顔の悪い女性になるそうだ。
私達って、絶望的に男の人と縁がないんだね。
自分はどこにいても、もてない人種であると悟った桃香の目は、仄かに濁ったりもした。
すでに桃香は夫と子供のいる身。
だから別にいいんだもん。何て強がれるほど高潔ではいられない。
一回でよかったら他の男にきゃーきゃーとちやほやされ、ご主人様に嫉妬されてみたかったのに、その機会は永遠に訪れなさそうである。
また一つ、桃香の小さな夢が潰えてしまった。
そうして心の中でさめざめと泣き、桃香は皆と美醜逆転の世へと降り立つ。
愛紗と白蓮は身ごもっていたが、そこは貂蝉の不思議なぱぅわーで解決。
ここ数年はなかった。全員、子宮の空いた身軽となった桃香達は、この現象に騒ぎ回った。
だから気が付くのが遅れた。
ご主人様がいない事実に。
ちょっと遠くにいるのかなぁ。と皆で手分けをして捜索してみるものの、ご主人様の影も形もない。
次第に不安は募ってゆき、桃香らは慌てた。
自分達と一緒にこの世で冒険すると疑ってなかったので、冷や汗がだらだらと流れる。
不味い、不味い。まじで不味い。
ご主人様はか弱い男性だ。桃香らが傍にいて、守るべき大切な夫である。
もし自分達と同じようにこの世へ一人、放り出されているのであれば、速やかに守護らねばならない。
さもなくば、ご主人様の命と貞操は無事では済まないだろう。
最悪の想像が頭をよぎった四人は、それこそ死に物狂いになった。
走って、走って、走って。白蓮が転んで、桃香の体力が尽き愛紗が背負って、ときおり星が倒した槍の方角へ全力の疾走をした。
その姿が不憫に映ったのか。
音もなく現れた貂蝉から、ご主人様は天の御遣いとして保護された情報が桃香達にもたらされる。
それじゃあどこにいるの?
という問いは教えてくれず、また貂蝉は忽然と消えたが。
ひとまず最低限。ご主人様の安否がわかった四人は安心し、平地で失った体力の回復に努めていたのだが、休んでいる間に異変が起こった。
それは当初。見過ごすほど小さな物で、気のせいかと思っていた。
しかしやがて何度も目につき、遂には無視できぬほどの問題となり、とうとう桃香達の障害として立ちふさがったのである。
「がるるるるる!」
愛紗が発狂したのだ。
「おお、何という事だ。主の安全が判明したのに、しばし会えぬと悟ってしまったのか。先ほどからしきりに首元へ手をやり、時折わんわんと吠えていた愛紗が、胸を押さえてうずくまったかと思えば……こんな有様になるとは」
「こうなるの、読めていたよね」
くっ。と泣くふりをする星に、途中で止めてよ。と桃香は非難の眼差しを向ける。
もっともそれなら、桃香も同罪であるのだが。
しかし桃香と星を責めたりは出来ない。
こうなった愛紗には、あんまり関わりたくないのだ。
ご主人様に誰が一番、執着しているのかと言えば満場一致で愛紗の名が上がる。
人の身でありながら犬となったのであるから、当然だ。
それは赤子を授かってからも変わらず、首輪を着けたまま授乳する愛紗に、ご主人様はたびたび渋い顔をしていた。
そうしてあくる日。痺れを切らしたご主人様から、もう親になったらどうだ。と暗に犬の卒業を迫られた愛紗は、こうご主人様に答える。
『雌親ではいけないのでしょうか?』
それからの事については、あまり思い出したくはない。ご主人様があんなに怒っているのを見たのは……結構、あったかもしれない。
とにかく、その件により愛紗の首輪は没収。後の家族会議により、子供の前で首輪をしないのを約束に、愛紗の元に犬の証は戻ったのであった。
そんな愛紗の魂にも等しい愛用の首輪も今は、残念ながら手元にない。
妊娠中で愛紗は首輪を外しており、そのまま慌ててこちらに来たので、自分達の世に置きっぱなしになっているのだ。
せめて子供がここにいれば、愛紗も親としての面目を保ったかもしれないが、現状。子供なし、首輪なし、ご主人様との再開はいつになるのかわからない。
愛紗は自らの安定を図る為、犬になるしか道は残されておらず、無力な桃香と星はその変貌を眺めるしかなかった。
「どうしよっか?」
「主を探すしかないのでは?」
「そうなんだけどね……」
「おい、よせよ愛紗。そんな姿を見せられたら、私も悲しくなるだろ。ううう――びえぇぇん、ぱぱ。どこへ行ったの、ぱぱぁあ!」
「きゃんきゃんきゃんきゃん!」
これでやれるの?
愛紗の犬化に感化され、白蓮の幼児退行すら現れる始末。
息子達の子育てで、しきりにしつこくご主人様が、ぱぱなる言葉を告げていたせいか。たまに白蓮はご主人様をそう呼んだ。
用途は色々で、寂しかったり甘えたかったり。後は抱っこをされてあやされる息子達を羨ましがり、自分も赤子になったりと、幅は広い。
子供を産んで、どうして白蓮は大人になれないんだ。
そう言ってご主人様に叱られる度。嬉しそうに正座をする白蓮の様子に、ご主人様が頭を抱えたのは一度や二度では済まない。
「親指までくわえ、しゃぶり始めたぞ」
「これはもう、駄目かもわからないね」
まだ一日も経過してないのに、この惨状である。
桃香と星も、もらい泣きしそうだ。
もともと愛紗と白蓮は妊娠中であり、精神的に不安定な面もあっただろうが、崩壊が早すぎる。
貂蝉が危ないからと、こちらを旅する間だけ愛紗と白蓮の体を元に戻してくれたのだが、あまり意味はなかったのかもしれない。
これで長期に渡ってご主人様と会えなければ、どうなるのか想像するのも嫌だった。
ううう……そう考えると、私もあそこがむずむずしてきた。
母親になったとは言え、桃香もまだまだ女盛り。
こんな時は体を動かせば性欲は発散されると、反公孫賛連合で学んだ桃香は、またひとっ走りしようかと腰を浮かす。
「んっ、あれっ?」
するとそこで、こちらに忍び寄る不穏な者達の存在を察知した。
「兄貴、見て下さいよ。あんなところに不細工な女共がいますぜ」
「み、みにくい。みにくいんだな」
「おええ、化け物じゃねえか。こんな女、初めてだぜ」
こんな人気のない地でもたもたしていたせいか、どうにも人相の悪い者達と遭遇したようだ。
それぞれ長身・短身・太っていると、三者三様の体躯をしているが、各々に武器を用意しており、どうにもまともな民でないのは明らかであった。
「野盗?」
「これで官軍に見えるかよ。顔もそうなら、目もおめでたい女共だぜ」
「いちおう聞いておくが、不細工やら化け物は、私達をさしての台詞か?」
「わーお、頭までおめでたいですぜ兄貴。こいつら、自分が醜い自覚がねぇ」
「め、めでたい。でも、おでたちは、めでたくないんだな」
「いい獲物がいたと思ったら、こんな人外な容姿だからな」
事前情報があったとは言え、散々な罵られようである。
これが本当に男性から言われているのであれば、それだけで自殺をしてもおかしくはない責め苦だ。
「おい、そこの砂利共」
もっともある程度は覚悟していたつもりだ。
ここまで酷いとは想定を超えていたりするけど。
それでも賊らの悪口を飄々と受け流した星は、地面の小石を拾い軽く握りつぶした。
「口の聞き方に気を付けろ。私は今、非常に機嫌が悪い」
ぐしゃっ。と手で砕いた石が粉になったのを見せつけから、息を吹きかけ賊達に飛ばす。
次はお前達がこうなる番だ。
そんな脅しである。
星の強さの一端をかいま見た賊達は、情けないほどすくみ上った。
「ひえっ!」
荒事だと、星は頼りになる。
そしてそれ以外で、星はあんまり頼りにならない。
ご主人様いわく、星は生粋のとらぶるめーかーだそうだ。
ただ、やり過ぎである。
「星ちゃん。相手、男の人だよ男の人」
「おお、そうであったな」
両手をはたきながら、いま思い出したと言わんばかりに星は頷いた。
桃香らにとって男性は、暴力を振るうなど論外な対象である。しかし女性ばかりの世で暮らしていた弊害で、まだ異性と対峙している認識が薄いのだ。
そもそもこんな感じの女性も、処女を持て余すほど向こうでは徘徊していたし、ちゃんと意識しておかないと、男であると忘れてしまいそうになる。
乱暴、駄目、絶対。
しかしその桃香と星の情けは、賊達に顰蹙を買った。
「あ、ああん。女が舐め腐った事を言いやがって。お、俺達がそんな脅しに屈すると思うなよ」
「そ、そうだ。へへへ、わかるんだぜ。実は怖いんだろう。後ろにいる女共なんて、泣いて命乞いをしてやがる」
「くぅうん、ううぅん」
「ぱぱ……助けて、ぱぱ」
それ、違うんだけどなぁ。
たぶん愛紗と白蓮の内面を知ったら、賊達もそんな事は言えなくなるはずだ。
だが、ここでは基本的に男性は女性に勝る者。
だから男性は女性よりも優位であるし、もし力で劣っていようとも、やりようは幾らでもある。
それでこの賊達は今日までを生き延びてきたのだ。
だから今回もうまくいくと、根拠もなく信じる長身の賊は、四人に太った手下をけしかけた。
「でぶ、お前の恐ろしさを教えてやれ!」
「武力たったの五ではないか。塵め」
「へっ、強がっていられるの今の内だ。でぶはやばいぜ、超やばいぜ」
「……………………」
ぬっと大きな体で桃香らの前に立ちはだかる太った賊は、眼を凝らして見つめてくる。
「どうだ、でぶの瞳は。つぶらでまさに、子犬のようだろう!」
「こいつはこれで、不細工な女共を、何人も骨抜きにしたんだ。おらっ、犬のでぶを殴れるものなら殴ってみやがれっ!」
「いぬっ……はっ!」
そんな中で、犬という単語に反応した愛紗が我に返った。
同じ犬属性。
どこか通じ合うものがあったのか。
その愛紗に狙いを定め、太った賊はその愛くるしい眼差しを降り注ぐ。
「……こ、これは!」
「こいつであの黒髪の不細工はお終いだ。一生、でぶのいいなりになって――」
死ぬまで貢ぐ。
という、長身の賊による、お決まりの文句は最後まで続かなかった。
狼狽えた体で動揺する愛紗に勝利を確信していたのだが、一閃。
垂直に伸びあがった愛紗の足により、つぶらなでぶは空を舞った。
「この贋作動物がぁあああ!」
「で、でぶぅううう!」
人間の急所の一つ。
顎をつま先で綺麗にとらえたその蹴りは、愛紗よりも数倍はあろう肉体の重さも何のその。
豪快にぐるりと一回転させてから、太った賊を顔面から激突さる。
跳ねるのに失敗した無様な蛙のごとく倒れた賊は、びくびくと四肢を痙攣させた。
「お、ごごご……」
「あっ、よかった。殺してない」
それでもまだ息があるのは確認できたので、桃香は心底安堵する。
もし愛紗があの太った賊に全力を出していたなら、首から上だけちぎれて天高くまで昇っていた可能性が高い。
どうやら男性向けに、ちゃんと手加減はしたみたいだ。
男の人に足を振るったのは、だいぶ減点だけど。
これは後でお話合いだね。とか桃香は厳しく採点するが、さらに愛紗は女性失格な烙印を押されかねない蛮行に出ようとしていた。
「こ奴が犬だと、ふざけるな。犬真似をしただけの、狡猾な人間ではないか。この畜生め、私が制裁してやる!」
「ほえっ!」
蹴りだけでは飽き足らず、拳を固めて男性虐待すらも愛紗は視野に入れていた。
いけない、今度こそあの人の頭が果実みたいに潰れちゃう。
慌てて愛紗に抱き着いた桃香は、惨劇を回避させるべく必死になってなだめる。
「愛紗ちゃん、落ち着いて。あの人、おちんちんがついているんだよ!」
「このような粗暴な男など、いるはずがありません。離して下さい、桃香様。私はご主人様に躾けられた犬として――はっ、そう言えばご主人様は。そもそもここはどこだ!」
「愛紗ちゃん、まじでしっかりして!」
どうやら人か犬かもあやふやな愛紗は、記憶すら混濁していたらしい。
桃香にしがみつかれたまま訳もわからず、愛紗はいるはずもないご主人様を呼び掛けた。
「ご主人様、ご主人さまぁああ、ごしゅ……わんわんわんわん!」
人語で駄目なら、犬語なの?
愛紗ちゃん、私にはわからないよ。
「やばいよ、兄貴。あいつら絶対にやばいよ」
「う、うろたえるんじゃねえ!」
そんな桃香と愛紗のやり取りを、余すところなく目撃した二人の賊は、恐怖から体を震わせた。
比喩的な太った賊と違い、完全なる人犬一体な存在がいたのだ。
こうして現実にいる分、不確かな幽霊よりもよっぽどおぞましい。
長身の賊は強がっていたが、さり気なく愛紗から離れ逃げ腰になっている。
しかし悲しいかな。
この四人の間では、一線さえ守れば、愛紗はまだ良識がある方だったりする。
「ろくな物を持っておらんな……おっ」
もっとも自分本位な星は、早くも太った賊の追いはぎを始め、目当ての物を入手した。
男も女も関係なく、賊であれば平等に扱うその姿勢は、ある種の潔さがあった。
「めんまはなしか。やむをえまい」
欲しかった酒壺を探り当てた星は、封を切って臭いを嗅いだ。
一度これで痛い目をみたので、当然の措置だ。
「すんすん……賊にしては上等な酒があるではないか。ふはは、貴様らにこの酒はもったいない。これは私がもらってゆくぞ」
そう言って爽やかに酒の所有権を主張し、勝手に星は一杯やり出す。
以前に引っかかった水で薄めた安物ではなく、味は売り物としてまともな物だった。
その背景には、太った賊がつぶらさを武器に不細工な女から金をせしめ、奮発していい酒を買ったのであるが、そこには弱者は強者に巻き上げられ、強者はより強者に搾取される、世知辛いこの世の掟が透けて見えた。
「いや、それはやっちゃいけないだろう。男相手に盗みとか、女が廃るぞ」
愛紗が鳴き止むと共に立ち直った白蓮は、星の酒をひったくりたしなめた。
しかしその程度でへこたれない悪びれない星は、自らの正当性を主張する。
「男とか女以前に、賊は賊でしょう。だいたい、ここでは男が普通にいるらしいではないですか。ならば私の行いは称賛こそされ、非難するのは誤りでは?」
「そういう見方もできるのか。でもぶっ飛ばしたのが愛紗で、星はその戦利品をかすめ取っただけじゃないのか」
「果たしてあれを正義と呼べるので?」
「ふー、ふー、ふー、ふー!」
「愛紗ちゃん。そっちに行ってもたぶん、ご主人様はいないから。私のいう事を聞いて……うくく、助けてご主人様!」
星の指さす方角には、四つん這いになって駆け出そうとする愛紗と、その横髪を引っ張って抵抗する桃香の姿が目撃された。
お互いの体勢のせいでどうにも、大型の犬に振り回される飼い主の構図に見えなくもない。
「……愛紗はもう、人間ではないな」
「主と離れ、野生が芽生えたのでしょう。ですのでその酒の権利は、人である私に委ねられても問題はありますまい」
「だったら私は主君として、この酒を預かって管理する。趙雲よ、みだりに酒を飲んではならない」
「そう嘘をついて、後でこっそり一人で楽しむつもりなのでしょう。感心しませんな、伯珪殿」
「そんなずる、私がするはずないだろ。私はご主人ちゃまと約束したんだ、もう酒は飲まないって!」
白蓮がここまでお酒に拒否反応を示しているのは、かつての大失敗があるからだ。
何を隠そう。最初に男児を出産したお祝いで、白蓮は宴を開き酒を出してしまったのである。
母親の食事が、母乳としての栄養になる。とはご主人様の言であるが、それを知らずに酒盛りをした桃香達が翌日。赤子に母乳を与えると、それぞれの我が子の顔が赤くなり、目をぐるぐると回し酔っぱらった。
母体が丈夫なおかげか。息子達にそれ以上の症状はなかったが、あの時のご主人様の怒りようは未だ全員の目に焼き付いていた。
さすがの白蓮も、ご主人様の雷が落ちればびびる。
もっとも、そうした白蓮の内心など丸っとお見通しな星は、手立てならぬ口を立てて酒を奪取しようとした。
「主が怒られたのは、我々が赤子に乳を与えるのに酒を飲んだ故。今であれば、主もとやかく言いますまい」
「た、確かに貂蝉の妖術みたいな力で、私や愛紗のお腹の膨らみは消えたけどさ……帰ったらどうなるかわからないだろう?」
「心配無用。貂蝉も言っておったではないですか、ここは胡蝶の夢のようなものだと。夢で飲み食いをして、太ったり酔っぱらう者などおりません」
「う、うーん。そうなのかな?」
「ええ」
ここが勝負どころと睨んだ星は、白蓮に畳みかける。
「それにこの場で私が飲んでも、主に叱られるのは私だけです。もし白蓮殿にまで類が及ぶのであれば、私が責任を持って庇い立て致しますので。どうかその酒を、私の元に」
「よっ、よし。そこまでいうのであれば、酒は返そう。でも悪いのは星だけだからな。私を巻き込むなよ」
「勿論ですとも」
そうなったら当然。星はご主人様にある事ない事を吹き込み、白蓮も道連れにするつもりである。
酒の恨みは恐ろしいのだ。
こうしてやっと満足して酒を堪能できるようになった星であったが、ゆったり舌で味わっていると、白蓮が人差し指を咥えてじっ~と羨ましそうに眺めてくる。
「…………」
「飲みますか?」
「……うん。飲む!」
やはり大きな童よな。
人が飲んでいると飲みたくなった白蓮は、星から渡された酒壺にあっさり口をつける。
あの苦労は何だったのか。
とてつもない徒労感に悩まされる星だが、前向きに考えれば最低限。怒られる仲間を確保したと思えなくもない。
なお。白蓮が心の奥底で、これでまたご主人ちゃまにいっぱい叱ってもらえるかも。とか、微かに期待を膨らませているのを星は知らない。
予測するのが土台無理な話であるが。
踏んだり蹴ったりとは正にこれであり、たまったものではないのが、ずっとここまで放置されていた二人の賊だ。
「あ、兄貴。あいつらでぶの私物を物色したばかりか、酒まで飲み始めましたよ」
「ゆ、許せねえ。俺らを馬鹿にしやがって」
何て不届きな不細工共だと、賊達は憤った。
賊とは本来、奪う側だ。
それが奪われる側になるなど、我慢が出来るはずもない。
広い世の中。その手の話はごまんとあるのだが、そこまでの危険を理解しているなら、この三人は賊などやってはいまい。
例え半端であろうとも、これで生活していた自負もあり、ここで尻尾を巻いて逃げるにはいかないのだ。
その無謀さが破滅に続く道とは知る由もなく、二人の賊は再び桃香達に威勢よく恫喝をし、注目を集める。
「こ、この醜い女共が。でぶはやられたみたいだが、ここからそうはいかねえぞ。ちび、やってやれっ!」
「へいっ。おい、てめえら。覚悟しろよ!」
太った賊は確かに不細工な女性に好かれたが、全員が全員。同じ手口にかかった訳ではない。
生意気にも犬が嫌いな不細工もいる。
その取りこぼした女性を落とす、魔性の魅力が短身の賊には備わっていた。
短身の賊は険しく睨んでいた表情を一変させ、柔らかで舌足らずな声音で桃香らへ媚びる。
「ねっ、お姉ちゃん」
これぞ小さな身長を最大限に生かした戦法。
ちびにしか不可能な女心をくすぐるこの芸当。しかもこの短身な賊は立派な大人。
まさに合法ちびなのである。
これで財布の紐を緩めた不細工は数多いる。
しかしどうにも、子持ちである人妻には効果がいまひとつのようだ。
「私よりも年上の癖に、童の真似をするな。気色が悪い」
「それにしてもあの男。ちんちんが小さそうだな」
「これくらいか?」
「ぐぉおおおおおお!」
「ち、ちびぃいいいい!」
愛紗・星・白蓮の容赦の欠片もない言葉によって、短身な賊は雄たけびを上げて埋まった。
効果はばつぐんだ。
単純ではあるが、不細工な愛紗の気持ち悪い発言が地味に効いた。さらに密かな劣等感を星に言い当てられたあげく、白蓮が親指と人差し指で想定した一物の小ささが、短身な賊を過呼吸に追い詰める。
短身な賊のあれは、それよりも小さかったのである。
「違うんだ、これはまだ勃起じゃないんだって。えっ、そんな。気持ちよくなかったって、俺は、俺は……うがぁあああああ!」
「ちび、しっかりしろ。ちびっ!」
「え、ええっと。大丈夫」
「うっせえ、不細工は黙ってろ。俺に近づくな、臭いんだよっ!」
涙どころか涎や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして暴れ始めた短身の賊を案じ、桃香が駆け寄ると、汚物のごとく払いのけられる。
「ふーん」
だが、それが桃香の逆鱗に触れた。
かつて閨の後、桃香はご主人様にふと言われた事がある。
『桃香ってたまに、ビッチ臭がするよな』
聞けば性交が好きな女性という意味らしい。
しかし桃香は深読みをする。
ひょっとして私、遠回しに臭いって言われているのかも。
そうでなければわざわざ、臭い。などとつけたりはしないはずだ。
ご主人様は違うとはっきり口にしたが、女性としては死活問題な内容も手伝い、桃香は一抹の不安を抱える羽目になった。
それから桃香の入浴時間が激増したりするのだが、そんな桃香に臭いの二文字は、完全に禁句である。
禁を破った者は、相応の刑が執行される。
「ぎるてい」
星が砕いた小石よりもでかい。手の平くらいの大きさはある石を拾った桃香は、短身の賊をそれでぶん殴った。
ごつん。と石で殴打された全てが小さいちびは、ぴゅーっと側頭部から血を噴き出して大地へと沈む。
「おごっ……ぐへぇ……」
「……ねえ、私って臭う?」
「ひぃいい!」
返り血を拭いにっこりと笑いかける桃香に、長身の賊は腰が砕ける。
ここで強気に暴言を吐けば、その何倍以上の暴力で返されると短身の賊が証明している。
だから長身の賊は、尻餅を着いたまま首をぶんぶんと横に振った。
「い、いいえ。貴方様は、とてもいい香りがします!」
「ほ ん と う?」
「は、はぃいい。まるで美人が傍にいるような、心地よさすらあります!」
とにかくおかっべで身の保身に全力な長身の賊は、しかし。痛恨の失態をやらかし、自らの首を絞めた。
「……それじゃあ、私って綺麗なの?」
「うええ!」
世辞だってわかれよ、この不細工。
よいしょで言った美人発言を真に受け、とんでもなく罪作りな台詞が生み出されてしまった。
産まれてこの方、長身の賊はこんな図々しい醜女を見かけた事がない。
普通であればぼこぼこにしている。
だが実際は、自分の命が粉々に砕け散るので、長身の賊は自らの価値観に背き桃香へ命乞いをした。
「き、ききききききき、綺麗です。とっても!」
「…………これでも?」
そう言って桃香がにこにこと微笑む。
その姿はまるで世に太平をもたらさんとする、天から下りた女神。
おちんちん何て言わなそうな、清楚さと可憐さと優雅さが兼ね備わっていた。
ご主人様が見れば、ずっとそのままの君でいてくれ。と、土下座をして頼み込んだであろう。
それほどまでの威光が桃香にあった。
けれどもこれが通用するのは美醜が逆転していない地であり、長身の賊からすれば、おだてられてどぶに突っ込んだ、醜い塊でしかなかった。
死ぬほど不細工だと、叫びたい。
でもまだ、本気で死にたくはない。
そうした相反する感情が長身の賊を緊張させ、その肉体に強い拒絶反応を示した。
「ぐぉおおおおおお……!」
口元を両手で覆った賊は、こみ上げる嗚咽を必死になって抑えた。
ここで吐いたら、殺される。早く、美人だと言わないと。
そう思い、わかっていても。奮い立たせようとした気持ちが空回りとなり、嘔吐感を刺激する。
「ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ」
満足に呼吸もできない。
瞳には涙が溢れ、視界が歪む。
俺はこんな所で、みじめに終わってしまうのか。
賊の脳裏にこれまでの半生がゆっくりと流れ、最後になって無様に転がる二人の手下が浮かんだ瞬間。
長身の賊に審判が下された。
「かっ!」
どすん。と前方で石が叩きつけられる音がする。
怖くて目が開けられず、がくがくと震える長身の賊を尻目に、振り返った桃香が三人に告げた。
「決めた……私、顔が悪い人でも笑顔で暮らせる世を作る。きっと私達みたいに、虐げられている人がいっぱいいるはずだから!」
「あの、ご主人様は……さらに言えば、我々はどうしてこのような場所へいるのでしょうか?」
「落ち着いたら説明するから、愛紗ちゃんはそれまで待ってくれない?」
「は、はぁ……桃香様がそう言われるのであれば」
「うん、ご主人様は探すから安心してね。でもそのついでに、世直しもしたいなって。それで私達の名が広まれば、ご主人様が保護している人と、会いに来てくれるかもしれないし」
「ふむ、やみくもに探すよりはいいのでは。ただ、ここにはここで、私達と対になる者がいるのだろう。名を広めるのは果たして、よいのかどうか」
「私や桃香や、星や愛紗もいるんだったか。ややこしい事になりそうだな」
「う~ん。偽名を名乗るべきなのかな……けどそうしちゃうと、ご主人様に気づいてくれるか……難しいね」
そっちの問題があったか。と桃香は悩む。
噂になってもこちらの自分に影響がなく、でもご主人様が聞いたら桃香達だとわかってくるような偽名。
そんな都合のいいものあるかと己の頭に問いかけると、ぼわっと。蠟燭に火が点いたように桃香が閃いた。
「そうだ、皆。ちょっと耳を貸して」
そして内緒話で自らの着想を伝える。
「私、張角になる」
それはかつて黄巾党を作り上げ、民にも男をよこせと各地で暴れた首領の名である。
掲げた題目からか、規模は瞬く間に全土へと広がり、外を出歩かないご主人様でもその存在を知っているほどであった。
よって知名度は十分。
桃香が張角として、ここでも黄巾党を結成すれば、自然とご主人様にも話が届くはずだ。
もっともこれだけでは片手落ち。美醜が逆転した張角がまた断頭をしたと、ご主人様には済まされてしまう。
だからこそ黄巾党として動く大義で、ご主人様にだけ理解できる声明を発表するつもりだ。
ご主人様が稀に口にする、天の言葉を当てれば、簡単に桃香達が張角をやっていると気づいてくれるだろう。
こっちの黄巾党がもう出来ていれば計画がおじゃんとなるが、まだであるのならば、確実に流れへ乗れるのは大きい。
それで数に任せた武力決起ではなく、声を上げる平和的な運動に収めれば、悪戯に無駄な命も失われまい。
これが成功すれば、張角に名を返した時に彼女は一角の英雄。
失敗しても、張角による大規模な逆賊犯罪を未然に防げるなど、いい事ずくめである。
まぶたをつぶればその裏で、全ての民が仲良くお花畑で手を繋いでいる未来が浮かびそうだ。
うんうん、いいんじゃない。
こう桃香が自画自賛する考えは、三人からも特に拒否されず認められた。
ならば後は、愛紗と白蓮と星が誰になるのかであるが、ここで少しいざこざが発生する。
「桃香が張角ならば、張宝は私がもらった」
「となると、私が張梁か? しかし死者の真似事をするのも、変な気分だ」
「じゃあ私は――ううん……誰だっ!」
張角一味は三姉妹。
必然的に一人あぶれる。
完全に余り者となった白蓮に、桃香と愛紗と星はにべもなく突き放した。
「白蓮ちゃんは、白蓮ちゃん?」
「好きになさればよろしいかと」
「白蓮殿じたい、そこまで影響力があると思えませんからな」
「びえ~ん、ぱぱ。皆が虐める!」
「嘘うそ嘘、冗談だから!」
地の彼方へ走り出そうとする白蓮を、桃香が抱き着いて止める。
ようやくまとまってきたのに、ここでまたこじれると収集がつかなくなる。
「それも後で一緒に考えよう。やる事たくさんあるし」
「おざなりみたいで、冷たく感じるなぁ……」
「一生懸命やるから、ね。ねっ?」
「絶対だぞ!」
「はーい……」
ご主人様って大変だったんだ。と今更ながらに、桃香は身に染みた。
子育てと白蓮を同時に相手をしていたとか、頭が下がる。
「ひとまず人と物資を集めて、こっちの情勢も調べたいから、付近の賊はぜんぶ掃除しちゃおっか?」
仮に男性が含まれていたとしても、やると決まれば桃香は迷わない。
この手の平返しの具合は、美醜逆転の男の人は、桃香らに排他的だと初対面の印象で刷り込まれた部分も多分にあった。
殺さないし手荒に扱うつもりも皆無だが、やはり自分達に好意的な男性がいると知っているだけ、無自覚に線が引かれたのだ。
「だから案内はよろしくね」
「え゛っ?」
こそこそと、手下を起こそうとしていた長身の賊は、そこで桃香に話を振られ驚く。
桃香らが賊に見向きもせず、何やら相談しているのをこれ幸いと、長身の賊は逃げる準備を進めていたのだが、間に合わなかったのが運の尽き。
彼とその手下の運命は、ここでぐるりとおかしな方向へと歪められる。
「聞いてなかった。賊を討伐したいから、いる所へ連れて行ってもらいたいんだけど?」
「お、俺がですか?」
「嫌なのか?」
聞き返す愛紗の背後で、黙って星が血の付着した石を踏み割る。
ばごっと、砕かれた石に自分の末路を幻視した長身の賊は、引き攣った笑みを浮かべて手を揉んだ。
「い、いえ。へ、へへへ。それくらい、お安い御用ですよ。俺に任せて下さい」
「頼んだぞ。それにしても、賊退治とか久しぶりだな。腕が――、鈍っていたらどうしよう」
「ずっとこもっていましたからね。少し不安ではあります」
「殺しちゃ駄目だよ、愛紗ちゃん」
「あ、あの、その前に。ちびとでぶを起こしても構わないですか?」
「好きにしろ」
「へっ、へい!」
急いで二人を覚醒させた長身の賊は、自らの厳しい状況を手早く説明し、桃香達の案内役として先頭を歩く。
「こ、こっちですぜ、皆様!」
「ど、どうぞ!」
「で、です……なんだな」
しかしへりくだった言葉遣いとは裏腹に、腹の奥では煮えくり返るほどの恨みが賊らには渦巻いていた。
どうして俺らが、こんな事をしなくちゃいけないんだ。この不細工共、調子に乗りやがって。
桃香達から表情がばれないのをいい事に、にやりと賊は邪悪に嗤う。
くっくっく、覚悟しやがれ。
賊らは桃香達の希望通り、まとまった同類の集団へ導こうとはしていた。
だがそこをねぐらにする賊どもは、一筋縄ではいかない奴らだ。
近頃、急速に勢力を拡大した新参者で、前からいた賊を次々に吸収。今やこの一帯を我が物顔で支配している。
噂では太平要術なる書を常に手放さない、変わり者が頭領であるらしいが、その手腕と実力に疑いはない。
けれども、三人からすれば目の上のたんこぶ。いけ好かない存在だ。
だからこの化け物どもをぶつける。そうすれば奴らも混乱は必至。
最後は奴らが勝つだろうが、その隙に貯め込んだ財宝をちょろまかしてやれば、様々な溜飲も下がるというものだ。
見てやがれ。俺らを舐めた事、後悔させてやる。
長身の賊がこんな絵図を描いているとも知らぬ桃香ら四人は、後ろについてゆきながら、黄巾党を発足してからご主人様にあてる声明を、呑気に掲げていた。
「それじゃあ皆。きゃっちふれーずんは、さんきゅーかにばる!」
「「「おー。さんきゅーかにばん!!!」」」
「いえーい、さんきゅうーかにぱん!」
「……さっきと変わりませんでしたか?」
「うん。何か間違えたかな?」
本物と張角と桃香。
このあやがどのような差となって現れるのか。
この時はまだ、誰にも先行きが不透明であった。
美醜が逆転した世界の美男美女がマウント取って殴ってきたら、反撃できるキャラ何ておらんやろう。
おったわ。